父が亡くなりました。
1月3日午後4時過ぎでした。
たまたま年が明けて初めて病院に様子を見に行き、
これもたまたま来ていた医師と話していた時に、
「あれ?呼吸していないんじゃないの?」
となり、急遽死亡診断となりました。
全くの偶然で死に目に会えたことになります。
葬儀も昨日1月12日に無事終えました。
身内以外ほとんど来ることもない家族葬でしたので、
葬儀も内々でこじんまりと執り行いました。
(母の時と異なり、無理な営業のない良心的な葬儀社でした)
お坊様は母の時の方に声がけして応じてもらえました。
とてもあたたかい人柄の方で、
母の葬儀後もやり取りが続いていましたので、
どうせならそんな縁ある方にお願いしようと思いました。
これまで繰り返し書いてきているように、
既に長く生き過ぎた末の大往生ですし、
そもそも冷淡な親子関係で、喪失や悲嘆は全くありません。
勤務先の忌引きも本当は先週までだったのですが、
昨日は終日葬儀対応でなんだなんだ披露困憊してしまい、
今日は有休をいただき、このブログを書いています。
承認欲求に取り憑かれた配信中毒者みたいなのも嫌なので、
葬儀が終わってからまとめて書こうと思っていました。
これを書いている最中に久米宏氏の訃報が入ってきました。
享年が81と知り、あらためて父の長寿を実感します。
久米宏氏もそうですが、子どもの頃から見知った有名人が
こうして亡くなっていくことにも時間の流れを感じます。
見事なまでに悲嘆はないこともあり、
そんな私を見て、冷たいと思った人もいたかもしれません。
ただ二親とも気がつけばこの世に存在しなくなり、
命のバトンの先端に立っていることは不思議に感じます。
思い起こせば葬儀の時、娘はわがままを一切言うことなく、
しっかり対応していたので、そんな成長も感じた1日でした。
命のバトンの役割変化はすごく実感した年明けでした。
しばらく色々な手続きを次々にこなさないといけませんし、
(体感で進めるのは危険なのでタスク表を作成しました)
明日からの3週間ぶりの会社にもちょっと緊張しています。
ここも早く整理して、次にステップに移らないとですね。










