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このチャールズ・ディケンズの長編小説の原作を読んだのはなんと小学校5年生ぐらいの時。ずいぶん長くて、当時は孤児というものがどういうものか、そんなに理解していたとは思いませんが、それでもちょっとばかりは感動した記憶もあります。何十年もの時を隔てて、その感動がよみがえるかどうか、ちょっと試してみたかったりしたのかも。

最初にオリバーが孤児院に連れて来られるシーンから始まり、ろくな食事を与えられない孤児たち。そして、お代わりを欲しいと要求されると侮辱されたような顔をする、ぶくぶく太った教化委員のお偉方。児童虐待、なんてもんじゃなくひどい世界。不公平が当たり前だった世界。実は今からそんな昔じゃないのでしょうね。

で、引き取られた先でも表情の悲しげなところに引かれたダンナにかわいがられるが、やっかみを受けていろいろといじめられ、ロンドンに向けて家出する、みたいな話です。で、そこでスリの集団に引き込まれるが、最初のスリの現場でどじを踏んだドタバタで捕まってしまい、そこで親切な紳士に拾われる。

スリや悪党たちはオリバーに密告されて絞首刑になるんじゃないか、と疑心暗鬼に陥り、オリバーの口を封じようとしたり、引き取り先に強盗に入ろうとしたり。このへんの戦略がずいぶん大ざっぱで、効き目が薄いことを繰り返してるような気はします。

この辺のストーリーで、なんか物足りないな、と思う部分はあるのですが、それはオリバーがただかわいらしいから、みんなが構ってくれたり、「あいつは根っからの悪党じゃない」と信じてくれている、ように見えるところで、なんだか「顔さえよければこの世は楽に渡れる」みたいなメッセージとも受け取れないかなぁ、なんて思ったりします。あと、最初はオリバーはスリ集団に育ててもらってだいぶ借りがあるのですが、それが金持ちに引き取られた途端に、彼らのことはけろりと忘れ去ってしまう、そんな現金さがあります。オリバーが学問に目覚めたり、本を読むことにとりつかれる、みたいな長い目で見たエピソードがあればもう少しその辺は説得力があるのですが、なんせ2時間の中に詰め込んでるので、そのへんはどうもすっ飛ばしぎみでオリバーの人物像もただの恩知らずに見えます。

それでも、この映画には通奏低音のような悲しみが流れています。それは「しょせん、人間は平等ではない」というあきらめに似た悲しみでしょう。オリバーが最初から悲しみをたたえた表情をしていますが、その顔が最後に向けられるのは、絞首刑を待つフェイギンのところへと訪ねていくくだりです。

最後にはフェイギンも錯乱してしまっているのですが、それでもオリバーへの愛は残っていて、いろいろと財産を残してやるだとか、こっそり逃がそうとしてくれたり、やっぱり根っからの悪人ではなかったのだなぁ、と思えます。時代が時代なら、彼にだっていろんな才覚を発揮できる場はあっただろうに、ある者にはビジネスの成功が、ある者には社会の最底辺でその日暮らしを強いる社会が厳然としてあるのです。

最後の別れのシーンでは、さすがアカデミー賞俳優ベン・キングズレーの名演技が見れます。それから、オリバーを引き取ってくれるお金持ちブラウンロー氏は「シャーロック・ホームズ」のジェレミー・ブレットの相棒ワトソン役を務めたエドワード・ハードウィックでした。

監督はロマン・ボランスキー。「死と処女」や「フランティック」などを見た記憶があります。
大阪のバナナホールが、親会社の経営不振で存亡の危機にあるというニュースがありました。バナナホールといえば、ゆとりのある設計でごはんを食べられながらリラックスしてライブが聞ける、梅田でも屈指の名物です。仕事で大阪に住んでいたころはずいぶん通ったものです。ノコギリバイオリンの第一人者・サキタハヂメさんを聞いたのもここでした。

関西には、本当にこれで商売がやって行けるのか、危ぶみたくなるような人やお店はたくさんあるのですが、バナナホールはその象徴のような存在です。なんとか音楽ファンの力で、維持していけないものでしょうか。

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最初の作品を見たのはもういつのことだったやら。ほぼ前キャストが揃ってのパート2です。もはやスパイもの、というよりもSF特撮アドベンチャーになってますな。現代ではスパイそのものがリアリティーがない、ということの現れでは。

こどものスパイ同士のライバル意識から大切なものを奪われてしまい、その遅れを取り返すためにバーミュダ海域の謎の島に潜入します。

で、これISLAND OF LOST DREAMS なんですが、「失われた夢」の「島」なんですが、邦題になったとたんに、「失われた」「夢の島」になってしまうんですな。それじゃゴミの埋め立て地ですがな。

そのあとで展開するのは、ハリーハウゼンの「シンドバッド」シリーズで見られるような古代生物の生息する島。現代テクノロジーを無効化してしまう恐ろしい島でもあります。というようなお話で、博士役でタランティーノ・ファミリーのスティーブ・ブシェミがなかなかおいしい役どころです。

他にはほとんど見るべきものがない、ともいえるわけで、やはりストーリー的にはプロットが見えすぎ、やっぱりお子さま向けかも、と思ってしまいました。

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せっかく「1」を見たので、あんまり間をあけずに見てしまおうと思いまして。

実質的には、何年か経過しているので、それぞれの女優さんも全く前のまんま、という感じではありませんな。特にキャメロン・ディアスは、前作の天然・おバカ・純粋の度合いはちょっと薄れて、お色気・貫祿・スター度がアップしています。それは、シリーズそのものにとってはいいことなのかどうか、ちょっと微妙ですな。とにかく彼女が笑えば、なんでも許されてしまう、というような神通力はもはや消えてしまったのかもしれません。

今回は何人か注目の人が出ていましたが、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のジョージ・マクフライ役のクリスピン・グローバーは相変わらず髪の毛フェチの殺し屋役で登場。ところが、ある乱闘シーンであえなく戦死してしまいます。あとは、「ターミネーター2」の液体金属アンドロイドT-1000のロバート・パトリックが冒頭から登場。最初は誰だか分からずに見てました。あとは、大御所デミ・ムーアが元エンジェル役で登場。「ゴースト」以降の彼女は、なんか首が太くて声がしゃがれてるのであんまり好きではなかったのですが、やっぱり風格はありますな。ただのセンパイ役で出るのはなんか変だな、と思っていたらやっぱりでした。

あと、ルーシー・リューのアレックスのお父さんとして、以外にも「モンティ・パイソン」のジョン・クリーズが出ていました。あの人のアグレッシブさはちょっと生かしきれてなくて、台本上しかたないのですが、マット・ルブランにウソを教えられて娘の生活の乱れっぷりに翻弄される哀れな父親役を演じています。

残念ながら、ビル・マーレイは前作でお役御免、今回はボスレー役は別な人(バーニー・マック?)がやっています。

ストーリーとしては大したことはなく、FBIの証人保護プログラムの変名がバラされてしまう、という危機だそうです。直接的に利害関係のあるのがドリュー・バリモアのディランだけなので、なんとなくぼんやりとした危機感しかありませんな。ディランがどうなっても、あんまり本気で心配する気になれないのは、なんででしょうかね。

キャメロン・ディアスのダンスシーンはやっぱり見物です。あとは、まあそこそこですかな。
どうも去年後半から我が一族に水難の相が出ているみたいですな。

自分の部屋が3階なのにベランダから浸水したりして、なんか変だなと思っていたら、先日は実家で風呂に入っている最中にお湯が全くでないことが判明、やっとそれが直ってゆっくり風呂につかれると思ったら、またしても実家の水回りでトラブル発生。しかもこんどは下水が流れないためにトイレも風呂も使えない、という大問題。またしても風呂もシャワーも使えなくなってしまいました。

ですぐに直すのかと思ったら親は今夜から沖縄旅行。帰ってきてから修理の見積もりをしてもらって、それから修理なので、直るまでには相当かかりそうです。「うちらがいない間は銭湯にでもいったら?」なんてのんきなこと言ってますが、銭湯がやってるような時間に家に帰る仕事なら苦労はしないんですがね。

仕方なく自分のマンションの風呂を使うことにしましたが、これがまた、水の出が悪いんですわ。風呂桶に水がたまりきるまでに1時間、沸かすまでにさらに1時間と、準備だけで2時間コースです。この暮らしをどれだけ続けないといけないのか、と思うとちょっとブルーになるのでした。

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シリーズ3作目ですが、これでクリストファー・ウォーケンの出てる作品は終わりです。前回ホームレスになって終わってましたが、その後どうなったか、というお話です。

実はクリストファー・ウォーケンの他に、意外なレギュラーキャラクターがいました。それは警察の監察医なのか、検視官なのかわかりませんが、毎回天使の死体を検視して、それが生き返ったりやかれたりするのを目撃した人物です。第1作の主人公トマスの親友だったり、2作目のヴァレリーの妊娠を告げたりと、大活躍だったのですが、今回はそのヴァレリーの息子が銃撃されて死んだ後に復活するところを目撃します。

で、いつもと違ういでたちの大天使ガブリエルがどうからむのか、と思ったら、いつの間にか地上の生活になじんで人間の味方になってました。ずいぶんロン毛になって、車の免許も取り、トランペットも吹いたりしてご機嫌な暮らしぶりです。

いろいろあって、天界での争いごとはバカバカしいと傍観を決め込んだ様子。そのかわり、天界での争いに終止符を打つ可能性のあるヴァレリー(ジェニファー・ビールス)の息子を見守っているのですな。

そこへ新手の汚れた天使がやってきて、その息子を殺そうとする、というのがメインストーリー。格闘技はそこそこできるんだから、早くとどめを刺しちゃえよ、みたいなこともちょっと思ったりしますが、そこはゆるく楽しんでいいのかも。彼女役が結構けなげで、ガブリエルは二人をずっと見守る寅さん状態。直接手は下さないんですがいろいろな意味でサポートしてます。

救いのない生活でも、神は決して人間を無視したわけでも見捨てたわけでもない、ということがいつの間にか最大の救いになっているらしく、冒頭の反キリスト集会でのキーワードになったGet used to it.(そういう状態に慣れろ)が、最後の展開した場面でも繰り返されます。

ビジュアル的にダイナミックだとか、CGが派手だとか言うことはないんですが、ときどき胸に響く言葉が交わされるライト宗教映画なんでしょうか。
デビュー20周年を迎えた種ともこさんのマンスリーライブがいよいよスタート。ファンクラブでは最初の3公演通しパスなんかを発売してたんですが、いけるかどうかわからなかったんで結局当日券で入ることにしました。

場所は青山の「月見ル君想フ」。高校があった銀座線の「外苑前」駅からベルコモンズのところを折れてしばし歩き。結構このあたりは日曜の夕方になると暗くなってます。最初の信号を越えたあたりのはずなんですが、プリントした地図としばしにらめっこし、あっちをうろうろ、こっちをうろうろしてたら、やっとわかりました。一本路地みたいなところを入るようになってるんですな。ドリンクを頼んでしばし待っていると、3人体制で登場。ドラムス/パーカッションが楠均さん、ギターが戸田和雅子(まさこ)さん。楠さんは種さんのライブすごく久しぶりらしい。MCでメインアーティストを「バカ」呼ばわりしてたのが印象的。多分この業界でちょっと先輩、という関係なんでしょう。

で、ライブのオープニング曲がいきなり「謹賀新年」。いまさら、と思ったら意外にもこの日29日は旧正月なんだそうです。1曲目からこの3人で、という理由がわかりましたが、3人ともコーラスがシッカリしているので、楽器の編成が単純でも、微妙なあやがいろいろと表現できるんですね。他にもデビューアルバムから「ただそれだけ」など、コーラスワークで聞かせる曲がたくさんありました。「チャンスをちょうだい」「屋上へいこうよ」「水の中の惑星」など、佳曲が並びます。

途中、ゲストでザバダックの吉良知彦さんが登場。ゲストコーナーになった途端にメインの3人は下手の通路から退場。「なに、俺一人なの?」とマジで慌ててるっぽい吉良さん。確かにゲストがソロで弾くのをステージ上で聞くのはありますが、ほったらかしで自分たち休憩、っていうのはあんまり聞かないですよね。あまりの狼狽ぶりにイントロのギターをとちってやり直す吉良さん。ちょっとかわいそう。

とは言え、種さんたち1曲でちゃんと戻ってきました。あとは吉良さんの曲を何曲か共演しました。タイトル、すぐには思い出せませんが、どれも素晴らしかったです。デビューが一緒ぐらいなのですが、ゲストでの共演は初だとか。昔ラジオで種さんの番組に出たときに、打ち合わせであまりに愛想が悪いので「この人に嫌われてる」と思った、というエピソードに会場爆笑。たしかに種さんて人付き合いうまくない、というか、普通の人と違う応対やリアクションをすることが多く、ちょっとつっけんどんに見えることがあるんですよね。

で、吉良さんが帰った後、こんどは種さんがギターに持ち替えて数曲。

どの曲についても思うんですが、現代の演奏にも十分耐えうる曲なんですよね。ボーカルスタイルは多少変わっても、それが種さんの声であることに変わりはなくて、当時打ち込みでややオーバーアレンジされていたものが、シンプルな形で提供されるとかえって伝わりやすくなっている、というんでしょうか。

アンコールは2曲。その後も会場は拍手が鳴り止まず種さんまた出てきたんですが、もうできる曲がないと。あいさつだけでおひらきに。

毎月最終日曜日の午後7時、同じ場所で、というのが決まりのマンスリーライブになるらしいです。楽しみが増えました。

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「フライトプラン」を見終わって外に出ると2時26分。2時20分から向かいの映画館でやっていることを思い出し、冒頭が欠けるぐらいはいいか、と思って駆け込みました。入った瞬間に伊東四朗の声が。どうもホテルのカウントダウンパーティーの相談をしているらしいです。

で、役所広司がどうも主役っぽいぞ。それからアシスタントの女の子といい雰囲気らしい、なんてことが少しずつわかってくるんですが。。。。

最初はいろんな人物がいろんな悩みやトラブルを抱えていて、それが微妙に絡み合って、大晦日のカウントダウンを迎える頃には新しい展開を迎えている、みたいな話なんでしょうな。

実際、最後の方に行くと「まあ、よかったか」みたいなユルい感動があったりして、まとまってくるんですが。

でも実際に声を出して笑える瞬間が本当にどれだけあったか、というとこれが2、3回程度でしょうか。それぐらい、「入っていきづらいストーリー」でした。

一つには、役所広司がちょっと太り過ぎていること。Shall We Dance?の頃と比べるのは酷かもしれませんが、彼によってこのホテルが支えられている、と受け止めるには、あまりにも溌剌さが欠けているように思いました。また、ホテルマンとしての顔と、元奥さん(最初藤真利子かと思ったのですが、原田美枝子でしたな)の前では見栄を張ってしまう、それから普段はみんなの前ではあまり情に厚いところを見せない、などの区別が、映画を見ている側にとってはそれほどデフォルトに刷り込まれてこないのが、ちょっと歯がゆい。

同じことは脇道の縦軸を形作る、愛人に間違えられてしまう松たか子にも言えます。彼女の迷いや悩みが形をとらないので、大富豪との関係を清算しろ、と迫られていくうちに変化していく彼女の内面というものがよくわからない。だから後で悟りを開いて説教する彼女のセリフが唐突に聞こえてしまうのかな、と思います。

で、トータルでは「夢をあきらめるな」みたいな安直なメッセージが、香取慎吾のベルボーイの夢とオーバーラップして終わるので、なんだかなぁという気持ちになってしまうのです。

端的に言うと、登場人物が多すぎて使いこなせてない、ということなのでしょうが、会話自体もテンポはコメディーですが、内容はちょっと古くさい新喜劇みたいなベタな説明が多く、誰の目線で笑っていいのかがわからない感じです。大御所的な伊東四朗や西田敏行、津川雅彦あたりは、それでも存在自体がおかしいので空気感でもつのですが、松たか子、香取慎吾クラスはちょっと厳しいですな。川平慈英はちょっと健闘していたと思いますが、それでも良さが出たのは終盤になってからでした。

イギリスのシチュエーションコメディのような、テンポの良いおかしみを出すには、変人たちに対して怒ったり戸惑ったりする常識人がどうしても必要なのですが、この映画の場合そういう存在がいない。なのにテンポだけはそういうものを真似している嫌いがあり、三谷幸喜作品はそういう意味で僕にはあんまり面白くないみたいです。このまえやっていた古畑任三郎も、逆に同じような速い会話のテンポで、ミステリーをやっているんですが、頭を使って犯人のとまどいや焦りを表現すべきときに、考えるより先にセリフが出てしまうような脚本/演出なので、これはミスマッチだな、と思ってしまいました。

そんななかで、今回一番面白かったのは、YOUです。映画を通じて一番笑えたのは彼女の「死んだ!」というセリフだったし、一番感動的だったのは彼女の歌でした。彼女はバラエティーに出てもクイズに出ても、ドラマでも、自分自身をやっていて、しかも天才的に面白いですね。大好きです。

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本当は「フライト・プラン」の方が正確なような気もしますが、まあそこは抑えて抑えて。

ジョディ・フォスターの久しぶりの主演作、ということで来日キャンペーンもあったりして、華やかなので「面白いのかな」という気についさせられます。知り合いのオンナのコも「これは見とかなきゃ」なんて言ってたのですが、その子は僕と行ってくれる気はさらさら無さそうなので、仕方なく歌舞伎町オールナイト作戦。

で、大画面で久々に見て、やはり「タクシードライバー」の天才子役からは、年をとったなぁ、という印象がまず漂います。まあ、ドイツでいきなりダンナを亡くしてニューヨークに悲しみの帰国、という筋立てなので、にこやかに若々しくされてもしらじらしいとは思うのですが、それでも、年月というものの重みを感じさせますね。

で、帰国途中の飛行機の中で、一緒に飛行機に乗ったはずの6歳の娘が消えてしまう、というのが事件の発端。彼女は騒ぎ立てて飛行機の乗客全員を巻き込んでの騒動をおこすのですが、少女は見つからない。その真相は…?というお話です。

2階建てのエアバス、というんでしょうか。巨大な飛行機の中を自由に動き回るカメラの動きはなかなかで、閉塞感や乗客の戸惑い、というものはよくでているのかな、と思いました。

映画の序盤から、「ん、らしくないな」のオンパレード。何かというと、ジョディ・フォスターともあろうもの、ダンナの一人や二人死んだくらいであんなふうに取り乱したり、神経質に泣きわめくわけがない。いくら娘がかわいかろうと、冷静に割り切って犯人に復習する、くらいの冷静さがあるんじゃないか、というのがこちらとしての期待感。なぜそうなっているのか、は筋が進むにつれてわかっていくのですが、要するにこれは観客のシンパシーを主役のジョディから引き離す、大衆心理の操作が目的なのです。その仕掛けが機能している限りにおいてはまあ、面白い試みだった、と言えるのかもしれません。

問題は、その仕掛けが見透かせてしまったあとは、ただずさんなだけの物語になってしまったところでしょう。実際、どんでん返し、と思ったもののちょっと冷静に考えてみるとあり得ないことばかりのオンパレード。最後の決着もちょっと乱暴すぎてついていけませんでした。記者会見で「母親の娘に対する愛情の強さに打たれてこの役を引き受けた」などと言ってましたが、本当に脚本を最後まで読む力があったら、引き受けなかったんじゃないのかなぁ。それとも、監督の力不足かな。

映画全体の中にも、名の知れたキャストというのはジョディぐらいなので、そういう意味でも彼女のソロ・プレイに依存する部分が非常に大きく、なんだかつらいです。去年見た「ダーク・ウォーター」のジェニファー・コネリーと比較してみると面白いのですが、同じシングル・マザーの物語でありながら、母親としてのプレッシャーや置かれた環境の描き方のディテールは圧倒的に「ダーク・ウォーター」の勝利ですな。ジョディの職業が飛行機のエンジンの設計で、飛行機の構造に詳しい、というのが、後で言葉だけでつづられるのですが、これが上滑りもいいところ。才能ある女優でも、作品を選ぶ才能があるとは限らないのかも。

似たようなことは同じ「タクシー・ドライバー」主演のロバート・デ・ニーロにも言えるようで、「ケイプ・フィアー」とか、「ボーイズ・ライフ」とか、「フランケンシュタイン」とか、「ハイドアンドシーク」とか、なんであえてこの役を引き受けたのか、よくわからないものも結構あります。ジョディの場合も「コンタクト」とかは、人物の実像とは合っていたのかも知れませんがかなりビミョーな路線だったように思います。

ちなみにこの映画ではかなり重要な役柄のフライトアテンダントの中に、浅丘ルリコそっくりの美人が出てきます。見るならば要チェックですぞ。

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追い込まれないと見ない映画ってあるんです。主にシリーズもので、大ヒットしている、という触れ込みのヤツは、あまのじゃくなんであえて見ないでおいたりして、あとでゆっくり見ようとか思うんですが、パート2を見る前には、パート1も見なきゃ、なんてことになり、あわててレンタルで借りて見たりします。「チャーリーズ・エンジェル」もその一つ。

正直に言うと、このチャーリーズ・エンジェル、ファラ・フォーセットが出てたオリジナルのテレビシリーズをろくに見たことがなかったのです。「600万ドルの男」は見てたのに。ちなみに600万ドルって、もうそんなにたいしたお金に思えなくなりましたね。プロ野球選手の年棒3年分で作れてしまうサイボーグって…。

まあ、もと諜報部員のチャーリー・タウンゼントが組織を抜けて個人的に世界平和のために才能豊かな美女を集めて探偵事務所を開いてる、ということなんでしょう。で、3人は自分の本当の仕事を彼氏にも隠してるので、なかなか恋もうまくいかない、出会いもない、みたいなことらしいです。

キャメロン・ディアスの微笑みだけで、600万ドルぐらいギャラが入ってそうです。やっぱりルーシー・リューが人気が出たのは、この3人の中で自分のポジションをわきまえてるからですよね。ホントに自分が主役だ、と信じ込んじゃったりしたら、これはとんでもないカンチガイ映画になっていたはずです。ドリュー・バリモアも、元天才子役からここまで来るのには結構苦労したでしょう。アイドル再生工場みたいなもんですな、この映画は。

プロットはかなりお間抜けだし、見え透いた悪役にだまされるエンジェルたちも相当お間抜けなのですが、そもそも依頼を受けたチャーリー本人がそれに輪をかけて間抜けなのだ、と思えてしまいます。まあ、それがなければ映画も作れないですけどね。

3人の連絡役でビル・マーレイが、なかなかおいしい。昔に比べると毒気の抜けた好人物を演じても違和感がなくなりましたね。以前は好人物を演じているはずなのにどこか冷たさも隠しきれなかったもんですが。

悪役の殺し屋に、バック・トゥ・ザ・フューチャーでダメなパパ役を演じたクリスピン・グローバーが出てます。最初見たとき分からなかったんですが、まだまだ若いですね。

この映画に関しては、実写とCGのつなぎも、結構ばればれなんですが、そういうことは気にしない、という潔い姿勢を打ち出してすがすがしいです。「フルスロットル」も見ようと思います。