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前作「アナライズ・ミー」の好評からつくられた続編です。スタッフ・出演者は基本的に前作を引き継いで来ています。

前作のラストで刑務所に入ったポール(デ・ニーロ)が刑務所の中で命を狙われたことから、精神病を患い、出所してソボル医師(クリスタル)のもとに預けられるという展開で、今回の騒動は始まります。

やや前提条件としては乱暴すぎるかな、とか思ったり、FBIがあえてポールを出所させる狙いが不明確なのですが、まあ、ウェストサイド・ストーリーを歌い踊られちゃもうたまりませんね。

ただ、全体を通じての縦軸はもう一つみえないまま、不確かな足取りで進んでいきます。個別のシーンは結構おかしいのですが、散発的に命を狙われたり、というシーンがあまり効いていないカンジはありました。いろんな職業に挑戦してすぐにぶち切れて転職してしまう、というのが主軸になっていくのかな、と思ったらそうでもないし。ほんとに堅気になろうとする、という話でも結構面白くできたと思いますが。

途中でマフィア映画のコンサルタントを引き受けたあたりからおやおや、と思ったのですが、これがまさか全体を解決する裏技につながるとは。

ただ、やっぱりこれはほんとは手を付けてはいけない裏技、というかもはや犯罪なので、あんまり切れはなかったかな、とも思います。

ソボル医師の父親への思い、というのがあまり本筋に関係なく来てしまったのが全体がまとまらなかった原因かもしれないですね。

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なぜか2作続けてイタリアン・マフィアとゆきずりの知り合いになる映画をみることになってしまいました。これは名優?ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルの共演によるコメディ。Friendsで人気女優の仲間入りをしたリサ・クドローがビリー・クリスタルの婚約者役で出ています。ほかにはライバルのマフィア役でChazz Palminteriががんばってます。

車の追突事故でマフィアの手下と知り合いになった精神科医ソボル(クリスタル)が、マフィア同士の抗争の最中に急に弱気になってしまったボス・ポール(デ・ニーロ)の診療をするようになる、という巻き込まれ型のどたばたです。監督がゴーストバスターズの出演者で「恋はデジャ・ブ」のハロルド・レイミス。コメディのツボを心得たベテランです。

実は父親コンプレックスを持つ、ちょっと頼りないソボルを名医と勘違いするポールの"You!"という芝居はちょっとブームになったらしいです。お笑いコンビの「どーよ」のテルが、デ・ニーロの瞬間物まね芸をやっているのですが、この作品によく出てくる表情は似てます。

多分まきこまれ型のどたばた自体は、まあ普通かな、と思って見ていたのですが、後半に、デ・ニーロの精神不安定の原因にたどり着く、という伏線のはり方は上手だなとおもいました。銃撃の最中にセラピーをやってしまう、というコントラストのおかしさとかもよかったです。

ビリー・クリスタルという人、実はなんとなく食わず嫌いであまり見てなかったのですが、もっと早く見とけばよかったかも。特典映像にはNG集もあって、普段は気難しい人なのかな、と思っていたデ・ニーロが意外なゲラで、笑い出すと止まらなくてNG連発、というのが面白かったです。

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スティーブン・キングの原作映画です。いままで何本見てきたかなぁ。

ジプシーのおばあさんを車で轢いてしまったにもかかわらず、むりやり無罪の評決をもらった弁護士が、ジプシーの呪いでどんどん痩せていく、というお話です。

主演のロバート・バークは、「シンプル・メン」の好演が印象に残っていますが、世間的には「ロボコップの下の人」という印象でしょうかね。結構中肉中背でどちらかというとやせている人なんですが、冒頭ではむりやり太らされていてかなり大変な状況です。

それがどんどんやせていく、というのが映像的な味噌なんですかね。なによりも、アメリカ社会の中でのジプシーに対する扱いというのがほの見える作品です。差別する男も悪いが、それに対する仕返しの表現の仕方もアメリカ的というか、やはりこれはそれだけでも差別的な映画なのかも。

ジプシーが撥ねられる道沿いのショップのおやじ役で原作者スティーブン・キングもゲスト出演しています。

ラストで、人をのろわば穴二つ、的なオチがあるのですが、もうここまで来るとただの狂気に過ぎない、という気もしてきます。逆にこういう白人対ジプシーの対立の構図の中に、勝手気ままに振る舞えるイタリアン・マフィア、という要素があり、そこらへんの位置づけ方はよくわかりませんね。イタリアン・マフィアに脅かされたら呪いを解く、という程度の姿勢なら最初から呪いなんかかけなきゃいいのに。でもジョー・マンテーニャのマフィア姿は面白かったですが。
オリコンが「音楽界のシンデレラ」という記事を特集しているらしくて、映画「NANA」でヒットを飛ばした伊藤由奈や倖田來未、中島美嘉、木村カエラなどが名前を連ねているらしいですな。

で、ちょっと不思議に思ったのですが、「シンデレラ・ガール」という言葉、一体何を意味しているんでしょうね。というか、「シンデレラ」は何の象徴として機能しているんでしょうか。

原作の「シンデレラ」は、姉や継母にいじめられながらも、王子様と踊ることで、見初められてお妃になる、というサクセス・ストーリーをベースにしているわけですが、だとすると、まずそのキャリアの最初に「いわれのない苦労」をしている、ということが条件になるような気はしますな。

そういう意味では、最初から人気がでた人はちょっと違うんじゃないかという気にもなってきます。ただ、オーディションでデビューするような女優さんの中には、そういう下積みとは無縁の「シンデレラ・ガール」も多いような気がしますな。

もう一つ、原作の中に込められている「成功」の背景にあるのは、「王子様」という権威の裏付けです。これは、音楽界でも「プロデューサー」という裏付けに対応しているのでしょう。たとえ音楽の実力があっても、「プロデューサー」にほれこんでもらえないならば、それは成功には無縁である、ということのようです。

そういう意味では、シンデレラにはある意味の「娼婦性」も求められている、ということでしょうか。これらの条件に一番合うのは、やはり倖田來未嬢のような気がしてきました。うわさに聞くロマンスの相手がウエンツ瑛士、というのも王子様っぽいですよね。
Z会から預金が抜かれていた事件で、犯人がつかまったそうですな。

おもしろかったのは、犯人が探偵社の社長だ、というところで、しかもその会社の名前が「イリーガル」…。思いっきり違法じゃないですか、それじゃ。あと、この社長、34歳と若いですな。

あと、不思議なのは、協力者としてつかまった他の二人も、トラック運転手(33)、主婦(33)と若いこと。しかも名字も違うので、こういう主婦の単独行動でどういう関わり方をしたんでしょうか。まさか探偵に浮気の現場でも押さえられて、口封じに協力させられてたとか、かなぁ。

いろいろと詳しい人間模様が知りたくなる事件です。
自分の出向もさることながら、同時にいくつかつらい決断もしなければなりません。仕事を続けていく上ではしかたないのですが、スタッフの中からメンバーを外さなければならないこともあります。今日は、フリーでやっている人に、戦力外通告を行うことになりました。

本来は自分の役目ではなかったのですが、来年度のチームを組むにあたっての責任はあるので、そういう意味では半分責任もあります。

ただ納得がいかないのは、今年度の責任者である現在の僕の上司が、そういうことを全く自分から動こうとしないことで、しかもあろうことか先週の金曜日にはその人に誤解を招くような言い方で、別の何人かがチームを離れることを説明した上で「残りの人間は残留」などと言ってしまっていることです。「ああこれできっと誤解しただろうな」とぼくは思ったりして、一人でやきもきしていたんですが、月曜日にその本人が休んだのはしかたないですが、火曜日の丸一日、ぼくの上司はなにも手を打とうとしていなかったのです。

今日になってはじめてそれがわかって、あまりのことに絶句してしまいました。そんなにチームの長としての責任から逃げるというのはちょっと許しがたいことのようにも思いますが。

結局僕が本人を呼んで、説明しました。相手が自分よりも若干年上、というのも言いづらい理由なのですが、要するに「あなたはいらない」と言うセリフなわけで、どう言おうとその結果は変わりません。あとは誠意だけの問題です。本人はきわめて平静に受け止めているように聞こえましたが、心中は穏やかでなかったに違いありません。

憂鬱さと、いかりがない交ぜになった一日でした。
昨日21日に、異動の内示を受けて、正式に出向することがきまりました。まあ、別に正式も何もないもんですが。

で、出向先の部長さんやら、人事関係の人やらに連絡をとってくれ、と言われたのですが、この相手が困ったことにいつかけても席にいない。まあ大概は会議に出席しているため、みたいな理由なんですが、そんなに会議ばっかりやっているのかなぁと思うとやや憂鬱な気分にもなります。

でも、たまに河岸を変える、というのも仕事を続けていく上では大切なことなのかなぁ。と思ったりしています。やはり違う人々に会う刺激、というのも長い目ではきっと肥やしになるんでしょうね。
実は、最近いままでいた会社から、その子会社に出向することになりました。

仕事の内容自体は大して変わらず、どちらかというと、やや小回りが利くようになって、自分で決められることも多くなるので、僕を含めて現場の人間はそれを歓迎する雰囲気なのです。

しかし、ここで微妙な問題も。

いままで僕の直接の上司だった人々は、僕にとってはクライアント、と名前が微妙に変わります。それはまあそれでいいんですが、いままではわりにほったらかしで仕事を任せっきりにしてきたくせに、いざ自分の手元を離れて決定権がなくなる、ということを自覚し始めたとたんに「あれはどうなってる」「これはどう進めるつもりなんだ」と追求の手が。

「そんなこと、いままでだってちゃんとやってきたし、第一あんたらに聞いたってなにかがスムーズに進む訳じゃないし」とか思ったりもするのですが、そこは大人になって「はあはあ」と受け流しておきます。

しかし、なんか急に孤児がほんとの親に引き取られるときにてのひらを返したように優しくなる、周囲の人々に対するような気分になりますな。「いままでほったらかしにしといて、いまさらなんだ」というか。

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タイトルは前から知っていて、内容は人に聞いたうろ覚えだったので、とりあえず借りてみてみようと思ってました。

NASAは当初この映画に協力していたそうですが、でっち上げの宇宙旅行というコンセプトが明らかになってからなのかどうか、途中で協力を中止したそうです。

アポロの月着陸はウソだった、とかいろいろと言われてるんですが、そう言われてもしかたないほど、ああいう別世界からの中継技術が当時そんなに確立されていたようには見えませんよね。いまの衛星放送のレベルよりは高いことを1960年代にやっていたように見えるわけですから。かりに着陸に成功したとして、それを映像・音声ともに中継する技術がほんとうにあったかどうか。あるいは宇宙飛行士のみなさんに機材を適切に扱うスキルがあったかどうか。

で、この映画はさらにその先の火星旅行にからんだものです。ことの発端は業者から納品された部品の一部に欠陥が見つかったこと。国家予算を宇宙開発につぎ込むことへの批判が高まる中、政府からの圧力をかけられた宇宙開発の責任者が選択した道は、計画の中止ではなく、映画スタジオからの疑似中継を本物と信じ込ませることでした。

まあ、途中でコンピューターを自作のソフトでチェックしているうちにデータの不整合に気づいた技術者が消されたり、その友人のジャーナリストが命をねらわれたりするところが、「フォーガットン」にもちょっとにたスリラーテイストがあって、これは嫌いじゃないです。本気で命を狙ったとしたら、もっと簡単に片がつくような気もしますが。

良心の呵責に耐えかねた宇宙飛行士たちの葛藤や、その家族などもリアリティーがあって、演出も冴えていると思います。最後の方のヘリコプターチェイスとかの決着の付き方はややあっけないかも。

で、じつは気になったのは、脱出したものの次々とつかまってしまった二人の宇宙飛行士の運命なのですが、これはやはり殺されてしまった、と考える方が自然なのでしょうかね。というのは、この影の黒幕であるところの3人の上司は、飛行士たちが見つかった、と電話で連絡をうけても一向に自分で腰を上げる気配がない。たぶん最初に3人に今回の偽装計画を話してからというもの、彼らと連絡を取り合った形跡もないですな。足掛け16年のつきあいとは言え、一度裏切ってしまったあとは、顔を見続けるのがつらくなるものでしょう。ましてや計画をバラしかねない、死んだはずの危険人物、どう考えても生かし続ける理由が見当たらない。監禁して3人揃ってから始末するよりは、その場で消してしまうのが自然でしょう。

ちなみに宇宙飛行士の一人は妻殺し容疑でつかまったO・J・シンプソンでした。

予算を維持するためにウソをつき続けなければならない、という枠組みは、最近発覚した、韓国のクローン技術の実験結果捏造に通じるものがありますな。そういう意味でも今日的なリアリティーのある映画でした。

監督はピーター・ハイアムズ。「2010年」ぐらいしか見てなかったのですが、こっちはずいぶん教訓めいた話で、あんまり感心しませんでしたが、これはおもしろかったです。エンディングも今日のハリウッド大作ほど饒舌ではないのですが、あとはどう描いてもいっしょ、みたいな思い切りのよさが気に入りました。

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2枚目の画像はフェイクです。画像を探していたらネットに落ちていました。

ミラ・ジョボビッチ主演のパニック物の続編です。ここまで見て気付きましたが、バイオハザードというのは原題の英語にはいっさい使われていないんですね。Resident Evilというのは、なんでしょうね。「悪しきものに巣くわれた体」みたいな意味なんでしょうか。

結構丁寧に前回の複線をなぞっているんですが、ゾンビがどんどん町を占拠していく、というのはまたぞろ同じ。ちょっと「ランド・オブ・ザ・デッド」を思わせます。まあ、ゾンビたちに知性は芽ばえないので、そこにストーリーとしての起伏はないんですが。

で、どうもそこに現れる実験動物としてのハイパーゾンビすらも、ミラ演じるアリスの前には赤児同然。どうもアリスは前回ハイブから脱出した後に生体実験をされて、いつのまにか問題のT-Virusを注入されたみたいです。

もともとずいぶん格闘技の強い人でしたからね。でも、その強さがちょっと中途半端なカンジもします。今回はさらにT-Virusで強化されたスーパーゾンビがやって来るのですが、その正体は…。

前作に比べると、人間関係や複線の張り方などはちょっとうまくなっているように思いました。特に最後のアンハッピーエンディングなどはなかなか次に期待させるつくりなんですが、ちょっとテレビドラマみたいな印象もあります。