
NASAは当初この映画に協力していたそうですが、でっち上げの宇宙旅行というコンセプトが明らかになってからなのかどうか、途中で協力を中止したそうです。
アポロの月着陸はウソだった、とかいろいろと言われてるんですが、そう言われてもしかたないほど、ああいう別世界からの中継技術が当時そんなに確立されていたようには見えませんよね。いまの衛星放送のレベルよりは高いことを1960年代にやっていたように見えるわけですから。かりに着陸に成功したとして、それを映像・音声ともに中継する技術がほんとうにあったかどうか。あるいは宇宙飛行士のみなさんに機材を適切に扱うスキルがあったかどうか。
で、この映画はさらにその先の火星旅行にからんだものです。ことの発端は業者から納品された部品の一部に欠陥が見つかったこと。国家予算を宇宙開発につぎ込むことへの批判が高まる中、政府からの圧力をかけられた宇宙開発の責任者が選択した道は、計画の中止ではなく、映画スタジオからの疑似中継を本物と信じ込ませることでした。
まあ、途中でコンピューターを自作のソフトでチェックしているうちにデータの不整合に気づいた技術者が消されたり、その友人のジャーナリストが命をねらわれたりするところが、「フォーガットン」にもちょっとにたスリラーテイストがあって、これは嫌いじゃないです。本気で命を狙ったとしたら、もっと簡単に片がつくような気もしますが。
良心の呵責に耐えかねた宇宙飛行士たちの葛藤や、その家族などもリアリティーがあって、演出も冴えていると思います。最後の方のヘリコプターチェイスとかの決着の付き方はややあっけないかも。
で、じつは気になったのは、脱出したものの次々とつかまってしまった二人の宇宙飛行士の運命なのですが、これはやはり殺されてしまった、と考える方が自然なのでしょうかね。というのは、この影の黒幕であるところの3人の上司は、飛行士たちが見つかった、と電話で連絡をうけても一向に自分で腰を上げる気配がない。たぶん最初に3人に今回の偽装計画を話してからというもの、彼らと連絡を取り合った形跡もないですな。足掛け16年のつきあいとは言え、一度裏切ってしまったあとは、顔を見続けるのがつらくなるものでしょう。ましてや計画をバラしかねない、死んだはずの危険人物、どう考えても生かし続ける理由が見当たらない。監禁して3人揃ってから始末するよりは、その場で消してしまうのが自然でしょう。
ちなみに宇宙飛行士の一人は妻殺し容疑でつかまったO・J・シンプソンでした。
予算を維持するためにウソをつき続けなければならない、という枠組みは、最近発覚した、韓国のクローン技術の実験結果捏造に通じるものがありますな。そういう意味でも今日的なリアリティーのある映画でした。
監督はピーター・ハイアムズ。「2010年」ぐらいしか見てなかったのですが、こっちはずいぶん教訓めいた話で、あんまり感心しませんでしたが、これはおもしろかったです。エンディングも今日のハリウッド大作ほど饒舌ではないのですが、あとはどう描いてもいっしょ、みたいな思い切りのよさが気に入りました。