今日は昼まで寝てしまった。そのあとのろのろ起きてCDなど聞いていたら例の千葉県を震源とする地震。普段と同じ程度かな、と思ってぼんやりしていると、壁のCDラックがぐらぐらとゆれて支えてあるポールが外れかけている。「やばいっ!」と思ってあわてて走り、ポールごと棚を押さえる。隣にあるLP/LD の棚からは中身は飛び出さなかったが、棚の上においてあった買い置きのビデオテープが箱ごと落ちてきた。シーモンキーの水槽も、スピーカーの上においてあったので一瞬ヒヤッとしたが事なきを得た。

家にたまたまいたからよかったようなものの、仕事に行ってたら、帰ってからが大変だったに違いない。

その後合唱団の練習に行こうと思い、恵比寿で食事をするつもりで、早めに出た。すると都営線が「ダイヤが乱れています」の張り紙。まあしょうがないな、ぐらいのつもりで電車に乗った。

このときはまだ、世間の状況を知らなかった。

新宿駅について南口の改札を入ると、なんだか人の動きがおかしい。山手線のホームに下りて、電車が動いていないことをはじめて知った。よくアナウンスを聞いてみると埼京線は動き出した様子。迷わずそちらに向かった。

埼京線は、ごった返してはいたものの、それほどのパニックにもならず、りんかい線直通の電車に乗れた。最後尾の池袋側は人が乗り切れないほど殺到していたようだが、渋谷側は比較的楽だった。ただ、運がよかったのはここまで。渋谷で人がたくさん降りたのでひといきついていたら、渋谷と恵比寿の中間地点で停止。前が使えているのでホームに入れないのだそうだ。おいおい、そんなの渋谷駅にいる時点で教えてくれよ、と思ったがもう遅い。たっぷり20分は閉じ込められていただろう。

他の人も軒並み山手線の影響を受けて1時間から2時間の遅刻。ほとんど練習できなかった人もいた。
MEMORIESというイタリアの長寿海賊盤レーベルから入手したので聞いた。ミュンヘンフィルとの1991年の9月14日の演奏だそうだ。もう14年前か。カップリングは81年の10月4日の交響曲9番。確かこっちはかなり有名な演奏で、FMでも放送されたし、早くからEXCLUSIVEなどで海賊盤が出ていたはず。MORGAN'Sの幻想交響曲では音の悪さに辟易したが、ここはさすがに聞きやすい音源だ。しかも裏を見ると「Society for the study of Sergiu Celibidache」という所から音源提供を受けているらしい。海賊盤なんだかなんなんだか。

で、3番の方。帯には「晩年のしみじみとゆったりとした彼岸的演奏」うんぬんとあるのだが、聞いてみてびっくりした。

ずいぶん普通だ。

実はFMで以前シュトゥットガルト放送交響楽団との演奏をきいたときはこれどころの騒ぎではなかった。それこそ1980年か81年の演奏で、それはそれは精妙な演奏だった。フレーズの最後をしつこいほどディミヌエンドをかけて、ホールエコーを補うかのよう。残響も適度で聞きやすかった。ほとんどはピアニッシモ。そのかわりわずかな爆発どころはすさまじく、テンポの動かし方も大げさだった。もちろん叫び声も盛大に入っていた。

今回のCDに入っている演奏、それと10年の隔たりがあるとはいえ、テンポ設定はあまり変わっていない。このシンフォニーを乱暴に演奏する指揮者がたくさんいるから、それに比べたら「ゆったりしている」とは言えるだろうが、これはチェリビダッケの最晩年の演奏とは言えまい。ホントに担当者は聞いて書いてるのかな?

その他気づいた点では、ホールエコーがだいぶ少ないこと。演奏場所はミュンヘンのガスタイクだろうか。ピアニッシモからかなりの楽器が分離よく聞き取れ、まるでスタジオレコーディングのよう。ただ、どうもオリジナル音源はアナログらしく、若干のヒスノイズっぽいものや、時々ちいさく「ジリッジリッ」といったトラッキングずれみたいな音が聞こえる。

演奏としてはかなり技術的にミスが少ない。設計そのものはかなりオーソドックスと言えるのではないだろうか。オーケストラが違うから、当然なのだが、ティンパニー、ブラス、弦はシュトゥットガルトとはだいぶ違い、フォルテでのアタックはだいぶ強い。人によってはシュトゥットガルトの方がいいと思うかも知れない。楽器同士の溶け合いがそれほど聞こえてこないので、ピアノとフォルテの差があまり伝わってこないなぁ。ホールで聞きたいと思える演奏だった。
Windowsの次期OSがコードネームのLonghornから正式名称に変わるらしい。その名も「Windows Vista」。

…。

それってかっこいいかな?どうもスペイン語系が混じるとピンと来ないような気がする。ちょっとベタというかね。多分、映像ソフトなどにも強いOSをという狙いがあるように思うけど。ロゴも見たけど今までとほとんど変わりないし、Windows Vistaのロゴはやや細身でデザイン性もないし、存在感に欠けるね。Longhornのままの方がよかった?
寝苦しくてちょっと復活気味のエアコンをかけっぱなしで寝たら、やはりちょっと寝冷えした。そのおかげで寝覚めは最悪。1時間早く目がさめたかと思えば二度寝してあやうく遅刻。

昼からThinkpadのハードディスク換装と初期化で半日つぶれてしまった。リカバリーCDROMが6枚というのはやっぱり多い。読み込みが1枚終るごとに差し替えなければならないので、あまり長時間席を離れるわけにもいかないし、かといって読み込んでいる間にはパソコンがいじれないので他の作業もできない。ときどきスクリーンに意味不明の文字が出ては勝手にスクロールしているのだが、どうせ機械内部の話だ。いちいち文字にしないで自己完結してくれないかな。終了予測時間だけ表示してくれればいいのに。

午後は長い会議と、午前中にチェックした若手の仕事の再チェック。当初は18時を目標にしていたのが、20時となり、23時となり、とうとうてっぺんを超えて、実際に始まったのは24時30分。いろいろと修正を入れながら進めたので、こちらが解放されたのは3時過ぎ。やり直しの作業が続いたから、まだいまも続けているだろう。若いっていいね。

家に帰ってきたら、タイマーで起動しておいたエアコンがまた雲ゆきがあやしい、というか、下半分が凍りついてる。どうもある程度以下の温度に設定するとてきめんに凍ってしまうらしい。中が汚れているのかな。緩めの温度に設定して、風量をマニュアルで「強」に設定すると、送風口から氷の粒が飛んでくる。オーモーレツ!
最近エアコンの効きが悪く、シーモンキーもあえなく熱死の憂き目にあったばかりだが、ちょっとあまりに効きが悪く飼い主の自分までシーモンキーの後を追ってしまいそうだ。設定温度を思い切り下げてみたが、一向に涼しくならない…どころか、かえって暑くなっているような気すらする。

もしや…。エアコンの送風口に手を伸ばす。

やっぱり止まっていた。風が。

あわててエアコンのカバーを開けようとするが、びくともしない。これはいったい?と思いながらも何度か押したり引いたりしていると、やがて嫌な音を立ててカバーが開いた。下からのぞいたのは…。

クモの子がびっしりとエアコンの全面を覆っていた…。

だったらホラー映画だがそんなことはない。

凍っていたのだ。エアコンが。熱交換器とよばれるアルミのフィンの層がまるごとびっしり氷に覆われて、もう風の通る隙間なんてありゃしない。警告ぐらい出ないものか、こうなるんだったら?

あわてて東芝のサービスステーションに電話したら、「2万じゃすまないかも」といって脅かす上に、来週の水曜日まで修理にも来れないという。とりあえず頼んだが、それまでどうやってしのごうか。雨乞いでもするか。

それよりかき氷でも売るか。
親が出かけていたのでちょっと留守番がてら毎日実家の方に帰っていた。

自宅から歩いて5分もかからないところなので楽勝である。おまけに風呂の水の出がいいのがうれしい。もう親も歳だから夜が早く、仕事が終って帰ると大抵寝ている。たまにあれを食べろこれを食べろと言われるのはうっとうしいものだが、こういうやり取りがあるのも家族ならではか。

で、今夜は両親が帰ってきていたのだが、例によってもう就寝中。置き手紙だけがぽつんと置いてあったが、「ゆでたとうもろこしがあります」。

これは久しぶりでちょっとうれしかった。一人で家に帰る時は自分からすすんで食べようとは思わないもののひとつだが、あるとつい食べてしまう。野菜サラダや牛乳だとなんだかなぁ、と思うのだがとうもろこしは別だ。

甘くておいしかった。
つぶれそうな富士通BIBLOの後継機が決まった。天下のIBMいや、もはやレノボになろうとしているThinkpadのG41、CD-RW/DVD-ROMモデルである。実際、DVDを焼くならDVDレコーダーの方が使い勝手もよさそうなので、あまりそこは欲張らずに行く事にした。

本日、ブツが付いたので、さっそく立ち上げてみた。2.6GHzの割にはあまり早い印象がないが、こんなものか。
リカバリー用領域付きのハードディスクで、全体容量が30Gなので、やや手狭な印象。いま使っている富士通もすでに17G程度は埋まっているので、ドキュメント全体を移してソフトも追加インストールする事を考えたらちょっとパンパンか。そうおもってハードディスクを増量する事にした。

その場合、リカバリー領域はどうするのか。CDROMもついていないので、サポートに電話して聞いてみると、「リカバリーディスクを自分で焼けるようになっています」とのこと。他にリカバリー用CDROMを実費購入するという手もあるらしいのだが、値段を聞くと7~8000円もするらしい。それはばからしいので、自分でリカバリーディスクを焼いた。

時間はそれほどかからなかったのだが、昨今のリカバリーディスク、OSが大きくなってきているので、CDROMにやくとなんと6枚もかかってしまった。やっぱりDVD-Rが焼けるモデルの方がこういう時はつよいな、と思った。

明日はいよいよハードディスク交換とバックアップの読み込みに挑戦だ。

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矢野龍王の「時限絶命マンション」を読了した。前作の「極限推理コロシアム」を以前読んで、この作家について評価を留保していた点がいくつかあったのだが、この2作目でなんとなく見えてきた。

この作品自体は、冒頭が貴金属塊をめぐる悪党のウチワもめと、その貴金属塊のありかについての拷問シーンで幕を開ける。そして、まったく語り手を変えての「ぼく=時田恭二」が奇妙な殺人ゲームに巻き込まれてからの出来事で展開していく。

ネーミングからも前作とのシリーズ的な関連性は明らかで、日常性の中に一見ありえないような非日常的な事件を発生させ、その中での人間の振る舞いを丹念に追っていく、という手法がとられている。舞台はマンションで、主人公恭二は若くしてそのマンションのオーナー。彼は、偶然部屋にいる実の兄とともにマンションの中に監禁され、部屋対抗の悪魔人形たらい回しゲーム、という殺し合いゲームに参加させられてゆく。

ここで作家が一番の工夫を見せるのは、ゲームのルール作りと、主人公を最後まで生き残らせるための設定作りである。悪魔人形を持っているところが時間になると爆発する、そのたらい回しの方法はいささか不器用で工夫がないが、かろうじて成立。また、青臭いモラルにとらわれ、自分が生き残る事に執着し切れない主人公を生き残らせるために、あえて現実家の兄と組み合わせている。

ないはずの人形がいつの間にか自分たちの手元にある。いったいどうして?とか、一体犯人グループの目的は?といった謎を縦軸に進んでいくのだが、最後にはやや大仕掛けなトリックが明かされ、オープニングの悪人どもとの関係も解き明かされる。

しかし、なんである。読んで分かりはするのだけど、残念ながら面白くないのだ。

思うに、この人は、「人生みたいなゲーム」と、「ゲームみたいな人生」の区別をあえてつけずに突き進むタイプの作家なんじゃないだろうか。現代に生きる作家ならば、当然自覚的であるべきミステリーのトリックのリアリティーやモラルにあえて鈍感な態度をとりつづけ、世間を知らない青臭い主人公の立場を貫こうとする。あえて物理トリックにこだわって丁寧に仕掛けを作っているのは評価できるのだが、リアリティーのなさがすべてを弱体化してしまっている。

初めてミステリーを読むような中学生ぐらいには面白いかも知れない。「バトル・ロワイヤル」の焼き直し版ミステリーだといえばそれなりに通るのかもしれない。事実、前作の「極限推理コロシアム」はテレビドラマ化もされたそうだ。だが、読後感の悪さ、主人公の心理の甘ったるさ、住人の振る舞いのリアリティーのなさ、どれをとってもせっかく作られたルールと人物設定を生かし切れていない。最後の謎解きも中途半端におわり、ちょっと残念な作品になった。もうこのシリーズを無理に継続すると自分の首を絞める事になるような気がする。
最近一生懸命にミュージッククリップなどエアチェックしたり、映画を録ったりしながら、気に入ったものはDVD-Rにコピーしたりしながら「極楽、極楽」と思ったりしていた。時々DVD焼くのに失敗したりして、「やっぱり国産にしとくに越したことはないか」などと思いながらも、安いところでは国産メディアが1枚100円を切るところまで来たし、まあいい時代だなぁ、などと思っていた。

ところが…。

先日「森メディア」という自主レーベルのDVD-Rを立ち上げた人がいて、その記事の中にDVDの素材のポリカーボネートの耐久性すら、30年しかない、という話を聞いて愕然とした。いま自分がせっせと焼いているディスクも、もって30年、しかも人によっては10年でだめになるという人もいるのだ。そんなことのためにDVD焼くのって、なんかばかばかしい。劣化する前にまた別のメディアに焼くということか?

まあ、30年後にも映像メディアの主役がDVDであるとは思わない。そんなことはいい。でもプレイヤーさえ残っていれば同じメディアを再生するぐらいはできると思っていた。レコードだって針音は入っても50年前のものが立派に再生できるじゃないか。なんでそんな時限爆弾みたいなメディアばっかりが普及してしまうんだろう。

ブルーレイだってどうせその程度あるいはそれ以下の耐久性しかないのだろうな、とおもったらなんだか急にばかばかしくなった。
昔のテレビ番組が好きだ。テレビガイドなんかであらすじがあらかじめ分かることもなく、毎週テレビの前で出たとこ勝負で「今週はどんな話なんだろう」とわくわくして待ち構えた時代が一番楽しかった。

そのなかではマイナーな記憶の部類に入るのだが、こんなシーンがフラッシュバックした。
「アイアンキング」というマイナーな特撮ヒーロー番組で、カウボーイハットをかぶった風来坊役の兄ちゃん(当時売り出し中の若手イケメン俳優石橋正次)が結構かっこよかったのだが、その彼が、ドラマの途中でその回のメインゲストである女性に「おれは…おれはあんたが…好きなんだよ」と告白して照れくさそうに笑うシーンである。特撮ヒーロー物の主要キャラクターが女性に告白する、なんてシーンはそれまで見たことがなかった。「おいおいいいのかよ」と子供ながらに思ったことを思い出す。

で、結局女性はその回の怪獣の被害にあってあえなく死んでしまうのだが、そのなきがらを抱き上げて、泣くでもなく、怒るでもなく、静かに石橋正次が、その女性にキスするのだ。ああ、おれもあんなふうにしずかにキスしたい、と思ったかどうかは知らないが、かなり衝撃的なシーンだった。タイトルは「死者へのくちづけ」だっただろうか。今風に言えばネクロフィリアとかいえなくもないが、そうではないにしても、当時の製作者としては大胆なことをしたものだ。

いまでは多分ボックスセットなど買えば改めて見ることもできるのかも知れないが、あえて自分の記憶を大事にしたい世界もある。ちなみに石橋正次さんはいまもご活躍中で、ホームページなどもある。発見したときはうれしかった。