「目からうろこが落ちる」っていう言葉、日本の古い格言だとずっと信じて生きてきました。

…これは間違いです。

「目からうろこのようなものが落ちた」という表現が新約聖書にあるんだそうですな。

もともとはキリスト教を迫害していたサウロの所にキリストが現れて「あなたはなぜわれわれを迫害するのか」と言って何日か目が見えないようにしたんですと。そうして、数日後に目が見えるようになった時に、「目からうろこのようなモノが落ちて見えるようになった」という記述があるんだそうです。

うろこそのものが落ちるのと、「うろこのようなもの」が落ちるのはだいぶ違うように思うんですが。うろこじゃないとすると一体なんだったんでしょう。コンタクトレンズ?いやそれじゃよく見えるじゃないか。

それじゃあ次の謎は、この言い回しを広めたのはいったい誰だったんでしょうね。キリスト教関係の人ですかね。
心筋梗塞で補助人工心臓なしには生きられなかった人が、心臓機能が回復したため、人工心臓を外して退院したんだそうですな。おめでたい話で、世界的にも例がないそうです。

どうも、臓器移植は高齢のため難しいので、骨髄細胞を用いた心臓再生治療を行った、ということですな。まったくちんぷんかんぷんですが。で、その後心臓機能が改善して、退院できるようになったんだそうで。ただ、記事によれば心臓機能が改善した理由がわからないとか。治療法は関係なかったんですかね。

人間の体ってまだまだ分からないことたくさんありますな。
またまた星野さんを巨人が本命視してるという話が伝わってややこしいですな。報道でも「星野で決まり」みたいなことを言ってますがそれは「巨人が欲しがっていることを肯定した」だけで、見出しの書き方にそもそもだいぶウソが混じってますな。スポーツマスコミって言うのはそういうところ嘘つきと提灯持ちの集団ですからな、まあ気にしない方がいいんですが。

ただ広岡さんが怒ったような話もありましたが、もともと巨人ってそんな清廉潔白な集団じゃありませんからな、選手の補強に関してはかつては国鉄の金田なんかは、もう功成り名遂げたあとの最晩年を巨人に引っ張られていい目を見ましたからな。そのわりには金田は「われこそ巨人OBなり」というような威張り方ですな。

元東映フライヤーズの張本だって、最後の数年間、長嶋の引退で抜けた穴を補うための補強で呼ばれたようなもので、それは野球の質とは関係ないようなものです。巨人のV9時代なんてそうやって札びらで作られたようなもんです。強力なライバルチームの柱を引っこ抜いて自分の所に持ってくるんですから買ってあたりまえ、いや勝ってあたりまえ。常勝巨人軍、というのは「これで勝てなきゃちょっとおかしいぞ」というようなチームの体質のことなんです。サッカーで言うならレアル・マドリッドですかな。

広岡さんも、その辺だいぶ巨人野球を美化して語ってますな。そういう意味では「川上哲治以降、巨人野球は死んだ」と言ってしまってもいいようなものですが。

本当に星野しかいないのか、というとそれもだいぶ疑問なんです。もしそうだとしたらこの10年ほど巨人を卒業した人々は一体何をしていたんでしょうね。中の人材では変えられないから外から呼ぶ、というなら経営陣を外から呼んだ方がよっぽど体質改善にはなりますな。

しかしそれにしてもお粗末だなぁ、と思うのは、マスコミに「星野がいいなぁ」と先にリークしておいて、間接的に伝わるのを待ってから、本人への交渉に乗り出そうとするやり方ですな。大巨人軍だから噂を聞いただけでうれしさで舞い上がる、とでも思ってるんでしょうな。まるで中学生が告白するのに恥ずかしいから友だちの口から間接的に告白してもらうようなもんです。企業のトップが恥ずかしげもなくこんな態度を取るんですから、まあ再建の道のりは遠いですな。
映画の都ハリウッドの地位が低下しているとのことですな。どうもコストが高いということでカリフォルニア州内で撮影された映画の割合が低下し続けているらしいです。シュワルツェネッガー知事は逆に呼び戻すためのロケ隊優遇措置を考えてるんだそうですな。

考えたら、そういうのも、ロケするプロダクションなどへの免税措置だとかをしてるんだそうで。しかも英語が通じないとスタッフが苦労するんで、そういう意味ではそうそう便利な場所ばかりではないみたいですな。まあ、撮影のためのスタッフが有能ならば、場所は本当はどこでもいい訳で。ただ、ハリウッドというのは、プロデューサーや脚本家などを含めてそこを本拠地にしてるから、映画産業が栄えたのかな、とも思ったんで、やや奇妙な感じもします。

まあ、お金といってもあってないようなもので、CGとか凝り出したらあっというまに吹っ飛んでしまいますからな、「製作費何億」とかそういうことばかり売り文句にされる映画が増えすぎた、ということかもしれません。

その点、ロメロ監督の「ランド・オブ・ザ・デッド」なんかは、あんまりCGとかは使ってませんでしたな。作り手の腕前で見せる、というアナログ的技法が見直されてるという、ポストバブル期の思想もあるのかも知れません。
小泉さんが使ったんですっかり有名になってしまいましたが、ガリレオが地動説を唱えたときに異端審問に引っかかって撤回せざるを得ないということになり「それでも地球は…」といったとされる説、実は史実としてはない、というのが定説だと研究者が主張しているらしいですな。

この場合小泉さんの使い方は相当荒っぽいというのは確かですな。「それでも…」というのは普遍的な真理を指すことなので有効ですが郵政を民営化するのが正しい、というのは普遍ではなく、選択の結果どちらかになる、ということに過ぎないので。

ただ、気になったのはそこではなくて、ぼくが子供のころ読んだ伝記では「それでも地球は回る」というセリフになっていて、改めて「それでも地球は動く」といわれるとあんまりかっこよくないなぁ、と思ったりして。まあ「地動説」の文字には合ってるんですが。

また、けちをつける研究者の方も、そういう事実はない、という文句のつけ方にはなんのしゃれっ気もなくて、逆に興ざめですな。そう言った、という記録は残っても、そう言わなかった、という記録は残りませんからな。仮に言ったとしても聞いた人がいなかったから残らなかっただけかも知れない。

これはどういうことかというと、「勝てば官軍」ということですな。

というのは嘘で、要するに「そうあって欲しかった」という後世の願望がいかに強かったか、という証拠なんですな。真理を追求する科学者たるもの、何者のチカラに屈することもなく、真理のために身をささげるべきだし、そうできるほど強くありたい。その後も異端審問に屈して自説を撤回した無数の科学者、哲学者、その他さまざまな人々がいたでしょうな。その無数の人々の声なき声が「それでも地球は回る」と言った、ということなんでしょう。

そして、後年になって結局ガリレオが正しかったことになった。だったらヒーローに祭り上げて真理の勝利の象徴にしてしまおう、ということで物語には尾ひれがつくものです。だからやっぱり勝てば官軍、なのかも。
タイの首相が記者からの質問に対して答えたくないときには×印を出して記者たちを憤慨させたようですな。答えたい質問には○を出したらしいですが。

どうも息子さんが日本から持ち帰ったもので、場の雰囲気を和ませるために使った、と説明したようですが、かえって現場は殺気立ってたりして。

ユーモアのセンスは買えますけどね。もう少しどうでもいい質問の時に使ってはどうでしょう。きっと東急ハンズではこの札が爆発的に売れることでしょう。

でも意味は同じならば、「ハイ」の代わりに「ピンポーン」とか答える人、裁判所にいても面白いかも。
電子書籍についての調査が出ましたな。

読みにくい、というのが利用されない一番の理由だというのはちょっと困りましたな。そもそも紙より便利、を売りにしていたはずの電子書籍ですからな。独自にソフトをダウンロードしないといけないとか、いろいろと障壁はあるようですが、まあ簡単に言ってしまうと、そんなに必要性を感じていない、ということなんでしょうな。文庫本がポケットに入れて持ち歩けばどこでも読めるのに対して、PCを持ち歩いてないと読めない本なんて、あまりにかさばりすぎでしょう。何冊も入ってると思えばコストパフォーマンスは高いんですが、そういう目的で使うのは辞書とか百科事典みたいなモンでしょうな。しかもバッテリーが切れたらお手上げですからな。

じゃあ、実際に使われる、夢の電子書籍ってどんなモンでしょう。

1)フォント、大きさは自由に変更できる。(お年より向けの普及にはこれが絶対条件)
2)ハードが携帯電話並みに手軽に持ち歩け、どこでも充電・ダウンロードが可能。多分これを実現するにはA4ノートサイズで液晶パネルを1枚持ち歩いてる、みたいな手軽さが求められるでしょうな。巻物風の半透明フィルムみたいなものも面白いんですが、実現するにはまだまだでしょう。
3)サイバースペース上に自分の本棚を確保でき、どこからもアクセス可能。これで自宅が本棚用スペースから解放される。
4)読んでる最中に、漢字の読みが分からなくなったらすぐにルビを表示できる。
5)読んでる最中に登場人物の名前がこんがらがったときに一覧表を表示できる。
6)ボタンなどの操作がシンプルであること(お年寄りにはこれが必須)

これぐらいは、アピールしてもらいたいものですな。
駒大苫小牧高校への処分の案が決まりそうですな。高野連としてはできる限り柔軟な処分をしたと思います。部長は謹慎するとか、高校は独自で別途処分を考えるとか言うてますが、ちょっと考えたことを。

今回のような暴力沙汰、ホントに学校全体として発生するまで気づかなかったのかどうか。見てみぬふりをしてきたからこそ、内部告発のような文書が出回ったのでは、という気もずいぶんしますな、また告発があったあとでも学校側が必死にもみ消し工作や、生徒を懐柔あるいは恫喝しようとした形跡がありますな。そういう意味では大人の側の問題、というのが多く見受けられるようにも思えます。

生徒たちももちろん出場するからには一つでも多く勝ちたいし、強くなりたいんでしょう。だけどそういう生徒を指導する、強化する技術を持つ人材が集まるか、その辺は運だったり、伝統だったりさまざまです。実際にチームを強くする技量がある人材ならば、素行に多少の問題があっても目をつぶる、ということも実際にはあるのかもしれません。マンガにもそんな監督いますよね。

ただ、学校のクラブ活動の場合は本当にそれでいいのだろうか、という疑問はあります。テレビで中継されるからといって、高校野球がクラブ活動でなくなるわけではありません。彼らはプロではないのですな。あるいはプロのようなものならば、もしくはプロを目指す人々の準備期間としてそれが行われているのなら、もはや高校という枠組みの中でそれをやることには無理があるのでは、という気すらしてきます。

大人のことばかりではなく、生徒サイドの態度の問題、というのもあるでしょう。高校生になってくると頭もそこそこ使います。監督の方針への疑問や、起用方法への不満だってあるに違いない。もしかしたら万年ベンチ、あるいはベンチに入れない選手だっているに違いない。でもプロじゃないから選手を自由契約にするわけにも行かない。そういうときに、ちゃんとコミュニケーションが取れるようなゆとりがあるかどうか。多分今回の事件でも、一番足りなかったのがここなんでしょうな。

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ボンカレーが「ボンカレークラシック」として生まれ変わるんだそうですな。新しいんだか古いんだかよく分かりませんが、ちょっと懐かしい味を目指すと言うことなんでしょうか。いまの現役の「ボンカレー」は、いつの間にか少しずつリニューアルを繰り返して、オリジナルとは似ても似つかないものになってしまった、ということかも知れません。

実は、子供時代から仁鶴のコマーシャルもさんざん見たし、自分の時代とともに成長してきた商品という意識はあるんですが、食べた記憶はほとんどありません。それほど、自分の家のカレー、つまり母親の手作りのカレーに慣らされてた、ということなのかも知れませんが。ハウスバーモントカレーにはそりゃお世話になりましたが。でもりんごと蜂蜜の味はしてないですよ、バーモントカレー。しかもバーモントってどこなんでしょ。

話はボンカレーでしたな。発売された当時から、食品業界では「レトルトのカレーなんて」と一段低いものとして見下されてた面も否定できないですな。いまはレンジで暖める商品が主流になってるし、いちいちお湯で煮ないと食べられない商品って実際のところどうなんでしょ。果たして大塚食品の大ヒット作となりますかどうか。

あ、松坂慶子さんね。あの人おかあさんて感じはあんまりしないですな。

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またまた古いLDを引っ張り出してみました。くしくも「ランド・オブ・ザ・デッド」にも出演の怪優デニス・ホッパーつながりとなったわけですな。帯には「カルトアクションの帝王デニス・ホッパーが挑むSFハードボイルド・アクション」と銘打ってあります。「SF」と「ハードボイルド」までは認められても、「アクション」とは言えないのでは、と思いますがね。

実は原作は「ラブクラフト」というのがあって、この作品はそのパート2のテレビ映画らしいですな。でも「1」の方は見てませんので、その点はご容赦を。

ハリウッドで魔法がいろいろと使えるようになった、この世とはパラレルワールドみたいな世界での出来事で、魔法が使える世界での殺人事件が起こるわけですな。これを見ると、ちょっと最近の日本ではやりの「世界設定の条件付きミステリー」を連想しますな。山口雅也の「キッド・ピストルズ」「生ける屍の死」や西澤保彦の「超問研」シリーズなどがその好例ですが。

で、デニス・ホッパーは私立探偵で、有名な女優さんから浮気調査を頼まれて調べているうちに、その調査相手が殺されたり、どうやら魔術が使われていた、と分かったり、で背後にある陰謀が次第に明らかに…って言う感じではあるのですが。ライバルっぽい魔術師にジュリアン・サンズが出てたり、ペネロープ・アン・ミラーがまるっきりすっぴんの田舎娘になっちゃったり(これはこれで美しい)、いろいろと見どころはある作品ですな。

原題はWITCH HUNT(魔女狩り)で、その通り物語後半の焦点は魔女裁判に。ここで悪役エリック・ボゴシアンのいやらしい名演説シーンも聴けます。

ただ、トータルではこれはコメディというかライトタッチのミステリーを目指しているようで、厳密な意味での謎解きは全くなくて、最初から怪しいと思ったヤツが最後の黒幕だったりするのでそういう知的推理ゲームを求める人は裏切られるかも。ノリはなんか「ナポレオン・ソロ」に近いんですよ。なんか気取った会話を交わしながら、すぐに後ろから殴られて気絶しちゃう、みたいな。そういえばデニス・ホッパーってロバート・ヴォーンに似てるかも。

で、もちろん最後は事件が解決するんですが、そのあとにデニス・ホッパーとジュリアン・サンズの決戦シーンもおまけでついてたりするんですが、トータルで言うと、話はわけわかりませんな。でもところどころにちょっと合成の面白い効果が使われてたり、デニス・ホッパーの演技だけでくすくす出来ちゃったり、奇妙な味わいはありますな。ちなみに音楽は「ツイン・ピークス」のアンジェロ・バダラメンティが書き下ろしてます。