プレ更年期か、気分が落ち込む感じがするので、黄体ホルモン剤を飲んで生理を止めている。

 

妊娠の予定もないし、出産もしていないので、経産婦に比べたら生理が来た回数も多いし、もうなくてもいいだろう(笑)。

 

婦人科の先生も、閉経は血液検査すれば分かるから~って感じだったし。

 

飲み始めて4ヵ月。

 

 

前検落ちが2回続いたので、1年行っていなかった献血にこないだ行ってきた。

 

いつ呼び出されるかとドキドキしていたけれど、呼び出されることなく本番へ。

 

デーツを毎日食べているのが効いたのかしらなんて思っていたけれど。

 

 

検査結果を見て驚いた。

 

ヘモグロビン濃度が13.7もあった。

 

過去最高かもしれない。

 

12あったらいい感じで、いつも11台で低空飛行だったのに。

 

 

ほかの赤血球関係の数値も軒並み高数値。

 

びっくりした。

 

男性並みじゃないかっ。

 

んで思いついたのが、生理がないから貧血になっていないんだということ。

 

ずっと貧血だったのは、生理のせいかっ。

 

恐るべし、生理。

 

 

気を良くして来月も献血予約。

 

そっか、閉経したら女性は貧血じゃなくなるのかな、男性並みの数値になるのかな。

株を始めて、ちょうど6年。

 

最近は塩漬け状態のものと、上がり続けているものとが半々で、売買はほぼしていないけれど。

 

今のところ、配当金と売却益の合計は、生活費2か月分。

 

3年前に転職して給料が3/4になってから、種銭に回すお金が半分になったので、証券口座の預り金もほとんど変化がないので、そんな感じ。

 

投資家でもないし、配当金生活をしたいわけでもないし、ちょっとずつお金が増えていくのが楽しいので、お金に働いてもらって満足している。

 

お金のネット記事は読むけれど、大きく儲けようとしていないので、株を始めてから株の本は読んでいない。

 

でも売るタイミングと買うタイミングは難しいなと思う。

 

もっと経済情報を調べないといけないんだけど、経済学部じゃないだけに全く興味がなくて調べる気にならないんだよな、だからこの程度の儲けなのだが。

 

味の素、売るのが早すぎた、売らなければ良かった。

「わたしの話を聞いてください!」って言う人ほど、一方的に話すタイプだと思う。

 

仕事柄、わたしが遭遇するそういう人は、メンタルに不調を抱えている。

 

話の中でこちらが気になって聞いた質問には答えないし。

 

それで話を遮られたと怒るけど、簡潔に話さず、そこに感情が付属されるから話が長い。

 

いつもこちらが悪いことをしたと思っていたけれど、メンタルが健全な人はそんなことでは怒らない。

 

それが会話のキャッチボールだから。

 

 

話が長いタイプに会話の主導権を握らせてはいけないらしい。

 

話を全部聞いてくれたからって、相手が満足するわけではないらしい。

 

こちらが主導権を握って、こちらが適切に質問をして、相手が自分のことをわかってくれたって思うことで満足するので、5分でも10分でもそれはできるらしい。

 

話をただ聞くことが傾聴ではないんだと。

 

 

だから自分は傾聴ができていないって思っていたけれど(それでまた自分を責めるので良くない)、問題がある相手に会話の主導権を譲っていたのが問題だった。

 

こちらが主導権を握れば、長い話も苦ではないらしい。

 

向こうも話疲れないだろうしな。

わたしの学歴。

 

学校教育法では専門卒である。

 

大学受験に失敗したので、浪人するのは恥ずかしいと思っていたので、それならアメリカに留学しちまえと、アメリカに編入学できる専門学校に進学した。

 

そして専門学校を卒業して、アメリカの大学に編入学をして、64単位を取って卒業した。

 

学歴詐称のニュースがあるが、わたしはちゃんと記録として残っている(笑)。

 

学校にも確かめているし、National Student Clearinghouseでも出てくるらしい、有料なので使ったことないけど。

 

地方の4年制大学で、全然難しいところじゃないから、GPAは3.40。

 

そして、約20年前の話なので、習ったことは忘れている(笑)。

しかも英語だったから、当たり前だけど。

 

 

就職には何の問題もなく、一応大卒でやってきたけれど。

 

学校教育法という壁があることを実感したここ数年。

 

学校教育法の大卒でないから、ハローワークの長期高度人材育成コースで受けたい学校を受けられず。

 

その後取りたいと思った資格も、同様の理由でストレートで受けられず。

 

どこでもいいから、日本の大学を卒業しておけば良かったと思った。

 

こんなところで響くとは。

 

 

んで、ちょっと遠回りをして、来年その資格の試験を受ける予定。

 

日本の大学にまた編入学するとか、大学院に入るとかもありだけど、そっちのほうがお金がかかるのでな。

 

資格の通信教育を受けつつ、同時進行で別件を学ぶために、学費=科目数の通信大学にも入った。

 

そして今2年目。

 

 

勉学に励むには、自分のお金を使うほうが気兼ねなく且つお金がもったいないので頑張れる(笑)。

 

留学のときも、1/3くらいは自分のアルバイト代だったけど、親ありきなので、またちょっと違う。

 

生きたお金の使い方ってこういうことなんだな。

 

自分で稼いだお金を自由に使える、大人の醍醐味。

 

 

興味ないことはおもろしくないので、何でもかんでも勉強できるわけじゃないけど、わたしって勉強好きだったんだなとも思う。

 

大学受験に失敗したので勉強できないと思っていたけれど、そうでもなかった。

 

大学受験に費やす時間が少なすぎただけだったと気づいた(汗)。

 

20代の頃に簿記3級も落ちているのだが、これも勉強時間が足りてないだけだった。

 

確かにテキスト網羅していなかった、前半の途中まででどうにかなるかなと受けたし(笑)。

興味もないのに、役立つかななんて思って受けたのが間違いだった。

 

この歳でいくつか資格の試験を受験したところ、試験代というお金がかかっているので落ちるわけにはいかないから、ちゃんと勉強するとどれも合格するので、わたしはバカではなかったと知った(汗)。

 

 

そんなこんなで、勉強のストレスで自律神経がおかしいけれど、学ぶことは楽しい今日この頃。

 

この先は専門職の大学院も行きたいけど学費が高すぎるので、どうしたものか。

 

貯金はあるけど、出しても痛くないほどの額はない。

 

資格マニアじゃないけど、勉強は楽しいので、あれもこれも勉強したいなとは思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

今の勤務先は給料が当月払いで、3年前に転職をしたときに給料が被ったので、次の転職時に備えて、口座には1か月分の給料を残すつもりだったのだが。

 

給料が3/4になったので、ちょっとしたときに使っていたら、1か月分の給料がなくなった(笑)。

 

前の勤務先のときに、深夜手当とか週40時間以上とかの手当分は、使わずに貯めていたのだが、それは通信教育と通信大学の授業料に消えているし(ま、これは良いお金の使い方なのでいいのだが)。

 

でも、ここの口座のお金は貯金の中に入れておらず。

 

固定費削減に気づいたときから、毎月割り振られた予算の中で生活をしているので、毎月資産は増えていっている。

 

個人的にはお金がないって感じだけど。

 

時価評価なので、この先目減りするときが来るかもしれないけれど。

 

わたしの中では、300万円を超えるとお金が貯まるのって早いなと感じた。

 

100万円から200万円は遠かった気がする、ほとんど覚えていないけど。

 

アベノミクスとか円安とか追い風があったのかもしれない。

 

10万円も貯められなかったわたしなのに。

 

それでも借金はなかったけど。

 

5万円の貯金でも嬉しかったし、仕事が決まらなかった20代のわたしの生活を支えてくれた。

 

 

1年後は転職をして、年収400万円にしたい。

証券口座を開いて10年経ったらしい。


実際に使い出すのは少し後だけど。


この10年でお金に稼いでもらった額は、給料2ヶ月分くらいなので多くないけれど、マイナスになってないから良し。


この額なので、NISAの恩恵に預かれた民。


転職して給料が下がってから、投資に回せる額が半減したので、残高も増えてなければ新たに買いつけた株もないけれど。


投資熱も覚めたけれど、一応口座は毎日チェック。


来年転職をして、給料が増えたらまた買えるように頑張ります。

予約の関係で、まだ精神科には行けていないけど。



もし見えなくなったら、今までのわたしを捨てて、生まれ変わろうと思う。



8割の人は自殺を考えるらしい。


そうだろう。


それぐらい、わたしたちは目に頼っている。



自分にしかわからないから、余計に怖い。



そのときは、今までと同じ生活は忘れよう。


新しい人生。


できていたことが、確実にできなくなる。


だけど、何もかもが新しい挑戦になる。



持っているものもほとんど捨てることになるだろうな。


家族がいないから、身1つで施設かグループホームに住むことになるだろう。


お金もいらなくなるな。


さらにひとりでは生きていけないから。


でも、ちゃんと腹をくくったら、わたしはきっとそれでも何かやれることで力を発揮する気がする。


社長になっている人もいたし。



同行支援の研修を受けようと思う。


わたしも使うときが来るかもしれないから。



今の状態が70歳なら、何も思わないんだけどな。


アラフォーには厳しい。

恐怖が消えなくて。


恐怖のほうが強くて。



やりたいことがいろいろあるから長生きしたい。


生命線も長いし、長生きしそうだな。


弟の分まで死ねない。


わたしは何があっても生き延びなくてはならない。



そんな感じで生きてきたのに。



元気なうちに死にたい。


恐怖に耐えらないから死にたい。



そう思うようになった最近。


鬱々とはしていないけれど、やることもあるし。


空想ができなくなった。



精神科の予約をした。


更年期障害の可能性は低いけど。


更年期うつなんだろうか。


セロトニンとか今まであったホルモンが著しく低下しているんじゃないだろうか。


この2か月、何かがおかしい。


先月は持ち直していたのにな。


この恐怖心が消えない。


最近はラジオをつけたまま寝ている。


ホワイトノイズとか音楽では不安で。



いきなり心に宿った治らない恐怖。


もっと悪くなる恐怖。


前向きに考えられない。



ホルモンだと思うんだけどなー。


生活に支障はない。


でも怖くてたまらない。


毎日神頼みしながら寝ている。

ここ2か月、ずっと怖いんです。

 

なぜかいきなり意識した、目の悪さ。

自分の視力がいくつか知らないけれど。

 

いつからこんなに見えなくなったのかわからないくらい。

 

25年でここまできた。

 

最近、裸眼で短いまつげを抜くことが難しいようだ、見えにくくなった。

 

ひとまず強度近視+乱視で。

 

 

2011年から主にパソコンを使う仕事をしているので、多分中度近視から強度近視になったんじゃないかと思う。

 

体力を使う仕事を選んでいたら、ここまで進まなかったと思うけど。

 

 

元々目の作りが弱いんだろう。

 

父親は眼鏡をかけていた。母親は遠視で眼鏡はかけていなかった。

 

 

ここまでわたしの近視と乱視が進んだのは、わたしがそれだけ勉強や仕事や趣味を頑張ってきた証でもある。

 

矯正視力は出るので、今のところ問題はないけれど。

 

でもなぜかいきなり襲ってきた見えなくなる恐怖。

 

見えなくなるのなら、死んだ方がいいとすら思った。

 

今まで自殺なんて考えたことがなかったのに。

 

怖い。

 

毎日怖い。

 

これが中年の危機なのか、更年期の前触れなのか。

 

 

どうしたらこの恐怖に打ち勝つことができるのだろうか。

 

この現代社会、環境要因は避けることは難しい。

 

そこに遺伝的要因が加わって、遅かれ早かれこの状態だっただろう。

 

数年前は、老化で視力の低下が止まったかなと思っていたんだがな。

 

でも眼鏡を作り変えているから、進んでいるよな。

 

眼鏡をかけなければ良かったのかとも思ったけれど、それが原因ではないらしいので、やっぱり元々目が弱いんだろう。

 

冷え性で血流が悪いから、目も凝りやすいんだろう。

 

 

高齢者になれば、誰でも見えにくくなるようだが、あと40年くらいこの目は持つのだろうか。

 

その頃にはもっといい方法が見つかっているだろうか。

 

仮性近視みたいに、点眼で治ればいいのに。

 

そう、治らないから怖いのだ。

 

治療をしても治らない恐怖。

 

元に戻せない恐怖。

 

全く希望がない恐怖。

 

それに打ち勝つにはどう考えたらいいんだろうか。

 

 

わたしのせいではなく、遺伝のせいだと思うと、少しだけ楽。

小学校のときは出来が良かったけど。

 

中学校のときは、数学が振るわなかったので、行きたい高校に確実に行けるような成績でもなく。

 

内申点が良かったのかもしれないが、無事行きたい高校に合格して。

 

高校では部活とテレビに忙しく(汗)あまり勉強ができなかったので、成績も中の下以下で、自分の成績のピークは小学校だったなんて思ったり、みんな賢いのに同級生ですみませんなんて思ったり。

 

だからセンター試験の点数も振るわず、行きたい大学には落ち。

 

専門学校からのアメリカ留学も、何てことない大学だったけど、アッパークラスになったら成績もそこそこ。

 

正社員で働いたのは2年ちょっと。

 

それ以外はずっと非正規雇用だったので、人に自慢できるような社会人生活でもなく。

 

だから自分は大したことないとずっと思っていた。

 

 

 

それがここに来て、賢いと言われることが増えた。

 

自分ではそう思っていないので、「あら、そう?」って感じだったのだが。

 

 

やる気が持たないから、いつも勉強がそこそこになるので、及第点だったりするけど。

 

でも、そこそこの勉強で試験を合格するのは、賢いのかもしれないと思いだした。

 

自分より点数のいい人を見るので、みんな賢いんだなって思っていたけれど。

 

それだけ勉強できたってことだし。

 

 

通信教育のレポートの返却があったのだが、これも及第点取れたらいいやと思っていたのだが、予想に反してA評価だった。

 

採点が甘いんだと思うけど。

 

 

でも。

 

実感としてそこそこの努力で、その結果なのであれば、賢いのかもしれない。

 

いい先生についたら、めっちゃ成績いいのかもしれない(笑)。

 

だけど稼いでるわけでもなく、出世しているわけでもないので、賢い凡人なのかな。

 

 

同僚と距離があったのは、実はわたしが賢かったからなのかな、なんて。

 

でもずば抜けて賢いわけではないから、同級生とも話は合うし。

 

 

そんなこんなで、自分は賢かったのかと思った今日この頃。