TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -8ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

そのスペインの彼からメッセージが

来るのは、いつも突然で。

 

すっかり忘れた頃に、

それは、唐突にやってくる。

 

 

しかも、ふとした思いつき?

みたいな感じの短い一言。

 

それこそ、「tweet(つぶやき)」

みたいな一言が。

 

 

それに私は、適当に

一言、返事を返す。

 

 

そんな程度のお付き合いだった。

 

 

だから私たちは。

お互いのことは、ほとんど

知らなかった。

 

 

私も、自分のことを話すつもりも

なかったし。

 

相手のことを訊くつもりも、

なかった。

 

 

おそらく彼は。

 

ツイッター上での、暇つぶし程度で、

やっているのだろうと。

 

そう思っていたのだ。

 

 

*******

 

 

それがある日。

彼からまた突然、メールが届いた。

 

 

「今、日本に来ているので、

会いませんか?」

 

・・・と。

 

 

日本に来てる???

マジで???

 

・・・と。

 

 

いつものことだったけど、

それもあまりに唐突だったので、

最初は、冗談なのかと思った。

 

それにものすごく、

胡散臭く感じてしまった(苦笑)

 

 

会う。。。って。

 

さすがにそれは、、、と思い、

やんわり、断った。

 

「言葉に自信がないので」

 

・・・と。

 

 

すると、彼は。

 

「日本人のガールフレンドを一緒に

連れていくから、安心して。

 

彼女の連絡先を教えるから、

心配なら、彼女と話してみてね」

 

・・・と言ったのだった。

 

 

日本人のガールフレンド???

 

・・・と。

 

ますます、謎に感じて。

 

 

だから。

どこかでは、「怪しすぎる」と

思っていたのだけど。

 

でも少し、好奇心も湧いてきた。

 

 

なぜなら彼は。

ウイングメーカー・ファン。

 

しかも、スペイン人って。

 

 

私はそれまで、スペインの人とは

知り合いになったことが

なかったので。

 

スペインの人って、

どういう感じなのか?

 

・・・という興味もあった。

 

 

あのジェームズも、スペインで

生まれ育った人だったし。

 

いつぞやのセールスのおばちゃん曰く、

私には、「絶対に!」スペインの血が、

入っているらしいし(爆)

 

 

まぁ、最後のは冗談だけれども(笑)

 

 

そうやってそれまでも、

何かと気になっていたスペイン。

 

彼がそのスペイン人で、

しかも、ウイングメーカー・ファン

であるということは。

 

私の興味を引くには十分で。

 

警戒心よりも、

好奇心のほうが上回ってしまった。

 

 

彼が教えてくれた、その

日本人の彼女と、少しだけ、

メールで遣り取りして。

 

なんだか、大丈夫そうだ。。。と。

 

そういう気持ちになったので。

 

 

私は。。。

都内で、彼らと会うことにした。。。

 

 

*******

 

 

実際に会ってみると。

 

彼らは、普通の。。。

ちゃんとした人たちで。

 

私もホッとした。

 

 

スペインの彼は、最近日本に来て、

そして彼女と出会い。

 

すぐに、意気投合したようだった。

 

その詳しい経緯も聞いたのだけど、

忘れてしまった(苦笑)

 

 

彼女のほうは、カナダ人の旦那さんと

離婚したばかりで。

 

娘さんがひとりいるらしい。。。

 

だから、英語はペラペラだった。

 

 

なんだか。。。

 

まだ、付き合いたてのラブラブの

二人と一緒にそこにいるのが。

 

ちょっと。

居たたまれなかったりもした(苦笑)

 

 

 

スペインの彼は、

背が高くて、イケメンだった。

 

 

私は。

自分自身も背が高いほうだし。

 

父も弟も、180センチ以上ある。

 

父方の従兄弟、従姉妹もみんな、

大きい。

 

 

そんな中で育ったせいか。

 

背が高い人と一緒にいると、

なんだか、身内感を感じてしまう

ところがあるようで。。。

 

 

背がとても高くて。。。

スラッとした長い手足をした

スペインの彼を見ていたら。

 

父を思い出した。

 

 

そう言えば。

 

父の体型って。

やっぱり、西洋人っぽかったよな。と。

 

改めて思ったりしていた。。。

 

 

*******

 

 

スペインの彼は私よりも随分若く。。。

 

もう、ハッキリとは覚えて

いないのだけど、たしか。

 

ひと回り近く年下だったような。

 

 

そのくらいの歳の差があると、

彼に伝えると。

 

彼は随分と驚いていたので。

 

 

西洋の人からすると、

日本人というのは、やっぱり、

実年齢よりも幼く見えるもの

なんだなぁ。。。と。

 

つくづく思った。。。

 

 

20歳過ぎてからも。

 

海外でお酒を買おうとすると、

必ず、パスポートの提示を

求められたっけ。。。と。

 

そんなことをふと。

思い出したりした。

 

 

 

昔の私は。。。

 

30代とか、40代の前半頃

くらいまでは。。。

 

 

実年齢よりも、若く見られたり

するのは、嬉しかったし。

 

見た目はいつまでも、

若々しくありたい。と。

 

そんな風に思っていたものだ。

 

 

 

でも、ある頃から。。。

少しずつ、考え方が変わっていき。

 

 

スペインの彼と会ったあの頃は、

ちょうど、そんなことについても、

あれこれ考え始めるように

なった頃でもあったと思う。。。

 

 

「年相応」とは?

 

・・・みたいなことを。

 

よく、考えるようになっていた。。。

 

 

 

そのせいか。。。

 

ひと回り近くも年下の人に、

自分と同じくらいの歳だと思われることは。

 

どこかでは嬉しくて。

どこかでは、微妙。みたいな。

 

 

そういう、複雑な思いが

芽生え始めてきていた頃でもあった。

 

 

 

私の実年齢を知って、

驚いたような顔をしていた彼に。。。

 

 

「やっぱり、スペインでもみんな。

若く見られたいと思っていたりする?」

 

 

・・・と訊いたら、彼は。

 

 

「それは、もちろん」

 

 

・・・と、答えた。

 

 

「でもね。見た目があまりに若いと、

すごい年下の子からも、完全に、

同等扱いしかされなかったりするよ?」

 

 

・・・と言ったら、彼はなんだか、

ものすごく納得した顔をしていた。

 

 

*******

 

 

もう、ほとんど

うろ覚えなのだけど。。。

 

 

たしかあの時彼は。。。

 

「探していた」

 

・・・と、言っていたような気がする。。。

 

 

 

彼が探していたのは。

 

「本物のウイングメーカー・ファン」

 

・・・だったのだろうな。と。

 

 

彼の言葉の節々から。

私はなんとなく、察した。

 

 

 

なにせ。

 

彼との会話のほとんどが。

 

彼のガールフレンドの通訳を

介してだったし。

 

その彼女は。

ウイングメーカーのことなんて、

微塵も知らない人だったから(笑)

 

 

意思の疎通が。。。

いろいろ難しかった。

 

 

スペインの彼も。。。

今、彼女にウイングメーカーのことを、

あれこれ伝授中だ。。。と。

 

そう言っていたけど。

 

 

私は心の中で。

 

「それはきっと。

無駄な努力に終わるだろうな」

 

・・・と。

 

そう思っていた(苦笑)

 

 

彼女が云々。ではなく。

 

ウイングメーカーの世界というものが、

「人を選ぶ」ということを。

 

私はよく知っていたから。

 

 

そこに食いつく人は、

何もしなくても、勝手に食いつくし。

 

そうでない人には、たとえ、

「布教」とか「伝道」をしたところで。

 

意味ないのだ。

 

 

 

スペインの彼は。

 

実は以前に、どこかの国の、

ひとりのウイングメーカー・ファンの

女性(だったかな?)に、

実際に会って。。。

 

話をしたことがあったようだけど。

 

彼女はちょっと、

何かが違っていた。。。と。

 

そう言っていた。

 

 

私は彼が。

何を言いたいのか。

 

なんだかすごく、

よく解ったのだけど。

 

それを彼にちゃんと

伝えることが出来たかどうかは、

自信ない。

 

 

「うん、あなたの言いたいことは、

なんとなく解るよ」

 

 

・・・としか、言えなかったから。

 

 

 

そして多分。

 

彼は。

 

私と話していてもやっぱり、

「それ」を感じることは出来なかった

のではないのかな。。。と。

 

そんな気がした。

 

 

探し物を見つけるために、

はるばる日本まで来てくれたのかも

しれないのに。

 

なんだか、期待外れで

ごめんなさい。。。と(苦笑)

 

 

心の中で、謝った。

 

 

いや。

口に出して言ったのだったかな?

 

 

そのあたりももう。。。

忘れてしまったけど。。。

 

 

 

 

そこには、「言葉の壁」があって。

 

 

こんな、せっかくの機会なのに。

 

 

肝心なところは、何も話せない。。。

何も伝えられない。。。と。

 

 

私も。。。

そういうジレンマを抱えながら。

 

でも、そのジレンマを。

私はまったく、表情には

出さずにいた。。。

 

 

 

ガールフレンドの彼女は。。。

 

「私に構わず、ウイングメーカーの

話をしてください。

 

ちゃんと、伝えますから」

 

・・・と言ってくれていたけど。

 

 

それでもやっぱり、

気は遣うものだ。。。

 

 

だって。

初対面なのだから。。。

 

 

海外の人と。。。

スペインの人と。

 

日本人とはおそらく、

価値観も違うだろうから。

 

だから。

もっと、ウイングメーカーの

深い話をしたかった。。。

 

 

スペインの彼が。

 

どういう風に物を見たり。

どういう風に感じたりするのか。

 

そういうことをもっと、

知りたかった。

 

 

でも。

 

通訳を介してでは。。。

それが出来ないこと。

 

それがすごく。

もどかしく。。。

 

 

だから私は、途中から。。。

 

もう、諦めていたな。

 

ちゃんと、語り合うことを。

 

 

 

せっかくのこの機会を。。。

 

すごく。

もったいない。。。と。

 

 

そう思いながらも。。。

 

 

*******

 

 

片言の英語でも。。。

 

ミシャールの時のように、

ダンスでなら。

 

それでも、なんとかなったけど。。。

 

 

今回はやっぱり。。。

 

「片言の英語」では。

無理だ。。。と。

 

 

自分の英会話力を呪った(苦笑)

 

 

あれがキッカケで私はその後。

 

また、英会話を習うことを考え始める

ようになったのだけど。

 

 

まぁ、あとになってみれば。

 

いろんなことが繋がっていたな。と。

 

そう思う。

 

 

 

あの日。。。

 

早々に、「深い会話」を諦めた私は。

 

 

そのあとはもう。。。

 

始終、たわいのない。。。

 

どうでもいいような会話を、

していた気がする。。。

 

 

*******

 

 

つづく

『ウイングメーカー・プロジェクト』は、

1998年にアメリカのネット上で始まって。

 

この日本では。

たしか、2001年頃だったか。。。

 

あの、オカルト雑誌の『ムー』で、

取りあげられたことがあったらしい。

 

 

翻訳者の彼は、その、雑誌で

ウイングメーカーのことを知ったそうだ。

 

私はそのあと、2003年に。

いつか書いたような経緯で、

ウイングメーカーと、偶然出会った。

 

 

2005年に書籍化されたけど。

 

プロジェクトの内容を

書籍化して出版することを、

クリエーターのジェームズに

許可されたのは。

 

この日本だけだったとか。

 

 

書籍化されることで、一時期、

ウイングメーカーというものが、

一部で広まった時期もあったけれども。

 

その後また、下火になり。

本も、絶版状態が続いていた。

 

 

長い旅路の末。

私が、ウイングメーカーに立ち返り。

 

そこを自分の「ホーム」と定めたのが、

2011年の1月。

 

 

それ専用のブログなんかも作り。

 

翻訳とか、あれやこれやと、

やり始めた。

 

 

その年の5月か6月くらいに、

『ドールマンの予言』がリリースされ。

 

海外のウイングメーカー・ファン達は、

あのあたりで、大いに盛り上がっていたし。

 

私もその波に乗っていた。

 

 

そしてその年の秋ごろ。

WMFJに誘われた。

 

 

翻訳者の彼は、私のその、

マニアック・ブログの存在をなぜか

知っていたので、どうしてなのかと

訊ねると。

 

 

「『ウイングメーカー』で検索すると、

いつもLyricaさんの

ブログがトップで出てきていたから」

 

・・・と、教えてくれた。

 

 

 

今は、私のブログは、

検索しても、あまり出てこない。

 

ある時から、パタッと出なくなった。

 

 

その理由は、なんとなく

思い当たることがあるのだけど。

 

ここでは、あえて詳しくは

書かない。

 

 

 

当時、翻訳者の彼にそう言われて、

自分でも検索してみたのだけど。

 

その頃はもうすでに、

違う人のブログが目立つように

なってきていた。

 

 

それは、当時のある、

有名なブロガーの人で。

 

その人がある時、

自分のところで、ウイングメーカーを

取り上げたことがキッカケで。

 

 

それまではずっと、この日本では、

閑古鳥だったウイングメーカーが。

 

一部の人達の間で、

再び、注目され始めていた。

 

 

本が、再販されたのも。

ちょうど、あの頃だ。。。

 

 

 

ただ、そうは言っても。

 

 

その有名ブロガーの、ウイングメーカーの

取り上げ方の方向性もまた。

 

どちらかというと、「陰謀論」的な

扱いだったり。

 

 

そしてあの頃は。

 

デイヴィッド・アイクみたいな人が話す、

レプタリアンだのなんだの。

 

みたいな話が、流行り出して

いた頃でもあり。

 

 

そのせいか。

 

 

そうやって、再注目された頃には、

この日本でのウイングメーカーの

イメージが。

 

どうも、そちらに傾きがちなところが、

個人的には、イヤだったりもした。

 

 

アヌンナキの話も。

 

昔に知った時は、素直に

面白い。。。と思えたのだけれども。

 

あそこまで、話が大きくなると。

 

なんだかそこに、

「狂信者」的なものを感じて。

 

逆に、ドン引いて。

 

 

そういう、宇宙陰謀論みたいな

話しに対して。

 

いつしか私は。

 

アレルギーを

持つようにさえなったりもした。

 

 

 

「陰謀論」自体を否定するわけでは

ないけれども。

 

それに対する、人々の在り方が、

私には、「暴走」に見えていたし。

 

 

それは、ウイングメーカーにとっては、

単なる「入口」にしか過ぎないのに。。。

 

 

どうして、いつまでたっても。

 

そんなところでずっと、

盛り上がっているのか。。。

 

・・・と。

 

 

 

あの頃は、翻訳者の彼とも、

なんだか話は噛み合わないし。

 

 

だから、私は。

 

もしや、私のほうがおかしいのかしら?

 

・・・という気持ちにもなり。。。

 

 

だから、始めたのだ。。。

 

「Facebook」を。

 

 

*******

 

 

SNSは、もともと、嫌いだったし、

やるつもりもなかった。

 

 

じゃあなぜ、そんなことを

始めようと思ったのかと言えば、

それは。

 

海外の、ウイングメーカー・ファンの

人達が。

 

どういう在り方でいるのか。。。

 

・・・ということを、もっとよく

知りたかったからだ。。。

 

 

さすがに、海外の人達とは、

リアルで会うのは難しいので。

 

仕方なく、Facebookに頼った。。。

 

 

そこで、いろんな国の

ウイングメーカー・ファンの人達と

繋がっていくにつれ。

 

私は、どんどん安心していった。

 

 

あの当時、海外のファンの人達の多くが

重要視していたのが。

 

マテリアルの中で説かれていた、

 

「ハートの美徳の実践」

 

・・・であり。

 

 

それは、私も。

心から共感できるものだったから。

 

すごく、安心したのだ。。。

 

 

 

陰謀論者を暴走させるような

刺激をもたらすウイングメーカーって。

 

やっぱり、あんまり良くない。。。

 

・・・というか、私にはあまり

向いていない世界なのかしら?

 

離れたほうがいいのかしら?

 

・・・というような不安が。

 

 

あの頃。

自分の中には、多少あったような

気がするのだけれども。

 

 

そういう不安は。

そこで、吹き飛んだ。

 

 

そして。

 

ドールマンの小説のリリースと同時に

開設された、「Sprit State」という

サイトの中で。

 

ジェームズがやりたかったで

あろうことが。

 

 

こんな意外なところで。

 

「Facebook」の中で、

展開されていたんじゃないか。。。と。

 

 

ある意味。

感動さえ、覚えた。

 

 

*******

 

 

そしてあれは。。。

 

たしか、2013年頃だったと

思うのだけど。。。

 

ツイッターを通して、

ある、スペイン人の男性から、

突然、コンタクトがあった。

 

 

Facebookを通して、

海外の人とも交流を持つように

なった頃には。

 

そうやって、知らない外国人の

ウイングメーカー・ファンの人から

いきなりメッセージが来る。

 

なんてことは、よくあったので。

 

あの時も、そういうものかと思い、

適当に(というと申し訳ないけど^^;)

挨拶して終わりだと。

 

最初は思っていた。

 

 

でも、そのスペイン人の彼は。。。

 

何度も何度もメッセージを

送ってきて。。。

 

 

「この人は、一体何なのだろう?

 

なんだって、私に。

こんなに話しかけてくるのだろう?」

 

・・・と。

 

警戒心MAXながらも、同時に、

少し、不思議だったりもした。

 

 

ただ。

 

彼からのメッセを読むと。

 

彼が本当に、ウイングメーカーを

愛しているんだなぁ。。。と。

 

そういう気持ちだけは、

ヒシヒシと伝わってきたりして。

 

 

私も、嬉しかったりした。

 

 

この広い世界にはこうやって。

心底、ウイングメーカーのことを

愛している人って。

 

やっぱり、いたんだなぁ。。。と。

 

「仲間」

 

・・・が、いたんだなぁ。。。と。

 

 

・・・とは言っても。

 

 

彼が私に話しかけてくることの、

その意図は。

 

まったく読めなかった。

 

 

 

そんなある日。

彼からまた、突然メッセが届いた。

 

 

そこには。

 

「おめでとう!東京になることが

正解だと思っていたよ。

 

AKIRAの世界。

実現だね!」

 

・・・と、書かれていた。

 

 

情報に疎い私は。

このメッセの意味が全く解らず。

 

だから夫に、訊いてみたのだ。

 

 

すると夫は。

ちょっと呆れ顔で。

 

そんなことも知らないのかよぉ~

みたいな顔で(笑)

 

こう言った。

 

 

「次のオリンピックの開催地。

今日、東京に決まったんだよ」

 

・・・と。

 

 

スペインの彼は。

 

マドリードに住んでいたそうだ。

 

そしてそのマドリードも、

東京の他に候補地にあがって

いたそうで。

 

 

それなのに、オリンピックの

開催地が東京になったことを、

こうやって、喜んでくれる。

 

彼のその心が、とても嬉しかった。

 

 

 

それはそうと。

 

「AKIRAの世界」って何???

 

・・・と。

 

そっちの意味も、

私はまったく解らず。

 

 

それは、夫も解らなかったし。

 

でも、いちいち英語で

本人に質問するのも

めんどくさかったので^^;

 

自分で調べてみることにした。

 

 

すると。

 

そこには、すごい

マニアックな答えがあった。

 

 

『AKIRA』って。

日本の漫画のようで。

 

そこには、未来の東京オリンピックの

ことが書かれているのだとかで。。。

 

 

のちのち、この話題は、

日本でも言われるようになったし。

 

最近では、コロナのことなどで、

「予言だ~~」みたいにまた、

騒がれたりしたみたいなのだけど(笑)

 

 

それにしても、あの当時に。

 

この日本でさえも。

 

まだ誰も、そんな。

AKIRAのことなんて、話題にも

出していない頃だったのに。

 

 

いきなり、そういうことを。

普通に話しているスペイン人って。。。

 

一体、何者???

 

・・・と。

 

 

私もちょっと。

 

彼に興味を持ち始める

ようになった。

 

 

 

・・・とは言っても。

 

 

私のほうから、

彼にあれこれ寄っていく。

 

・・・みたいなこともしなかったので。

 

 

そのまましばらくは。

何事もなく、時は過ぎていった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

このあたりのことは。。。

 

記憶が曖昧過ぎて、

覚えていないことが多い。。。

 

特に、時系列。

 

 

 

古い日記やメールなどを

確認してみると。。。

 

お姉さん先生のベリー・スタジオを

辞めたのや、ゼニスのヒーリングに

本格的に取り組み始めたのは、

2014年に入ってからのことだったようだ。

 

 

お姉さん先生のスタジオには、

そんなに長くいた感じがしなかった

けれども。。。

 

実は、結構長くいたのだな。と。

 

少しびっくりした。

 

 

 

だとすると。

 

2014年あたりが、結構、移り変わりが

忙しい年だったようだけど。

 

 

その前の、2013年あたりは、

何をやっていたのだっけ?と。

 

古い日記を読み返してみた。

 

 

 

あの頃は、歌にダンスに音楽に。

 

・・・という感じだったみたいで。

 

 

あとは、本当にしょっちゅう、

美術館巡りをしていたようだ。。。と。

 

そんなことを思い出したりもした。

 

 

 

その頃のブログの記事は、

絵のことも多く書かれていて。

 

 

あの頃はそうやって。

とかく「芸術」に、心が傾いていたようだ。

 

 

ヒーリングを学び始める前までは。

 

 

 

美術館も。。。

 

ある頃から、もうめっきり、

行くのをやめてしまった。。。

 

 

美術館とか博物館に行くのは、

子供の頃から好きだったし、

独身時代まではよく行っていた。

 

 

結婚してから。。。

 

・・・というか、子供が生まれてからは、

そういうところから少し、

離れ気味になっていたけれども。

 

子供達がある程度成長した頃には、

そういう趣味も復活していたっけ。。。

 

 

けれども、いつの頃からだったか。。。

 

美術館が、異様に混むように

なってきて。。。

 

いつ行っても、どこに行っても、

人がいっぱい。。。

 

・・・みたいになってきて。

 

 

絵を観に来ているのに、

人を観に来ているみたいだ。。。と。

 

そう感じたある頃から。

 

 

美術館巡りからも、もうすっかり。

足が遠のいてしまった。

 

 

人混みは。。。

 

苦手で(苦笑)

 

 

*******

 

 

2013年の日記を読み返していたら。

 

そうそう、こんなこともあったよね。

 

・・・と。

 

思い出したことがあった。

 

 

また。

 

諏訪のこと。

 

 

 

長野の物部守屋神社

 

 

 

上の日記にも書いてあるように。

 

この時は、この神社への、

3度目の訪問となった。。。

 

 

お彼岸の頃。

夫と二人で出かけた。。。

 

 

1度目の時と、2度目の時には、

随分と不思議なことがあったけど。

 

 

この日は、お天気も晴天で、

特に何もなく。

 

のんびりと気持ちよく、

参拝してきた。。。

 

 

 

あの日。

 

神社の鳥居の前の石段に、

とても綺麗な鳥の羽根が、

1枚落ちていて。

 

 

私はなぜか。

その羽根から目が離せなくて。

 

だから、つい。

拾ってしまった。。。

 

 

拾って。

 

それを、お守りにしよう。。。と。

 

なんとなく。

そういう気持ちになっていた。

 

 

 

その羽根を手にしたまま。。。

 

神社を参拝し。。。

 

 

そして、あまりの天気の良さと、

空気の良さに。

 

 

夫と二人でしばらく。

神社の中で、ボーッと、

日向ぼっこをしていた。

 

 

 

すると。

 

遠くの方で、キツツキが、

「カッカッカッカッ」と。

 

木を突いている音が聴こえてきて。

 

 

夫が。。。

 

「木霊(もののけ姫に出てくる)か?」

 

・・・とか、冗談を言って。

 

 

二人で笑った。。。

 

 

 

持ち帰ったあの羽根。

 

一体、なんの鳥の羽根なのだろう?と、

調べてみると。

 

それはどうやら、「アオゲラ」という、

キツツキの羽根だということが解った。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、あのあたりって、

キツツキがいるんだね」

 

・・・と。

 

夫と、そんなことを話していた。

 

 

 

そしてこれは。。。

 

それから、約1年後くらいの

話になるのだけれども。

 

 

ある時、夫が。

 

こんな話を見つけたよ。。。と、

教えてくれた。

 

 

寺つつき

 

 

「寺つつき」というのは、

キツツキみたいな妖怪らしいのだけど。

 

その正体は、どうやら「アカゲラ」で。

 

しかも、それは。

聖徳太子や蘇我氏に討たれた、

物部守屋の怨霊である。。。と。

 

 

そういう言い伝えがあるのだそうだ。

 

 

 

守屋の怨霊であるキツツキを、

鷹に変身した聖徳太子が

追っ払ったそうで。

 

 

「鷹の止まり木」

 

・・・なるものが、大阪の四天王寺には

あるのだとか。

 

 

私は。。。

この伝承の内容はともかく。。。

 

 

「キツツキ」が「物部守屋」と

結びついたことに、驚いた。。。

 

 

そんなこと。。。

まったく、想像もしていなかったから。。。

 

 

私があの日、

あそこで拾った羽根は。

 

「アカゲラ」ではなく、

「アオゲラ」だったけど。。。

 

 

やっぱり、ご先祖様。。。

 

私達に、何か伝えたいことが

あるんじゃないか。。。と。

 

そんな気持ちにさせられ。。。

 

 

私は、手元にあるその羽根を。。。

 

 

つい、まじまじと。

見つめてしまったのを覚えている。。。

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

「悟り」の話になったので。

 

今日は、物語を少し逸れて、

それについて、少し書いておきたい

気分になった。。。

 

 

「運命の出会い」というタイトルで

書いているこの話は。。。

 

この「物語」は。

 

 

それ自体が実は、

「閑話」のようなもの。

 

 

だから、これは。

 

「閑話休題」。

 

 

*******

 

 

私は、「悟り」に関する文献のようなものは、

ほとんどマトモに読んだことがない。

 

そういうのを読めば読むほどきっと。

余計に混乱すると思うからだ。

 

 

悟りは。。。

 

頭だけで解ったところで、

それでは全然、意味がない。。。

 

 

 

なのに、なぜ、

「言葉で解説しようとするのだろう?」と。

 

私はずっと不思議に思って

いたのだけれども。

 

 

まぁ、、、それが。

 

「人間のサガ」

 

・・・なのだろうな。と。

 

 

ある時、そう思った。

 

 

 

もし、本当の本当に、

「悟り」を求めるのであれば。

 

 

それこそ、俗世を「完全に」捨てて、

日々、ひたすら修行に励む。

 

 

現代もまだやっぱり、、、

これしかないのだろう。。。と。

 

 

今の私は思っている。

 

 

だって。

 

人間としての自分というものを、

「完全に一時停止」しなければ。

 

それは、起こらないから。

 

 

人間としての自分が、

完全にバグって。

 

消滅した時にしか。

 

 

それは、起こらないから。

 

 

 

そんなこと。

 

普通にこの、一般社会の中で

生活していたら、まず、起こらない。

 

 

だから。

 

一般社会の中で、普通に

生活をしながら悟るなんてことは。

 

おそらく、無理だと思う。

 

 

無理。。。というか。

相当、困難なのだと思う。

 

 

 

ここには。

 

気を散らすものが多すぎる。

 

死に向かおうとする時。

その足をひっぱるものが、多すぎる。

 

 

「悟り」に関する文献、

情報だってそうだ。

 

それもまた。

 

そうやって「気を散らすもの」の、

ひとつ。

 

 

 

ただ。。。

 

修行と言っても。

 

ひとりでは、厳しいよね。。。

 

 

例えば、瞑想するにしても。

 

そこでは、いろんな体験が起こり。

 

 

今、自分に何が起こったのかを

正確にジャッジ出来る人が

そばにいなければ。

 

 

それこそ、変なところで

満足して止まってしまいそう。。。

 

 

*******

 

 

10代のあの時に、

この身に起こったことは。

 

あの時以来、一度も起こっていない。

 

今でも。。。

 

 

大人になってから瞑想を始めて、

そこでも、様々な体験をしたけれども。

 

 

それこそ、「ワンネス」を感じるような

体験もしたけれども。

 

 

そういうのは、どれもこれも。

 

あの、10代の時の体験のものとは、

全然違っていた。。。

 

 

 

私がさっき、「変なところ」と

書いたのは。

 

そうやって、瞑想で経験した、

「ワンネス体験」のようなところのことだ。

 

 

そして。

私がこうやって書いたところで。

 

私が書いていることを、正確に

ジャッジ出来るのは。

 

 

私と同じ体験をした人だけ。。。

 

 

いや、それすらも危うい。。。

 

 

だって。

 

「言葉」

 

・・・というものでは。

 

それを正確に表現できないのだから。

 

 

*******

 

 

私はおそらく。。。

 

それが、そうなのか、

そうでないのかの。

 

ジャッジくらいなら、

なんとか、出来ると思う。

 

 

その人の体験が、単なる

ワンネス体験なのか。

 

それとも、人間としての自分が、

完全に消滅した体験なのか。。。

 

 

その人の話を聞けば、

だいたい解る。

 

 

そしてそれは。

 

その人がどういう体験をしたのか。。。

という話を聞く以上に。

 

その人の、今の生き様を見れば。

 

だいたい、解る。

 

 

 

でも。

 

何がどうなると。

何をどうすると。

 

そういうことが起こるのか。

 

 

その手順を知らないので。

 

 

誰かをそこに導くことは、

出来ない。

 

 

 

 

自分の思考のキャパを超えるような、

難しい物理学の本を。

 

死に物狂いで読みなさい。

 

そしてそれを、死に物狂いで

理解しようとしなさい。

 

 

・・・なんて言ったところで。

 

こんなのは到底。

 

説得力ないだろうし(笑)

 

 

説得するつもりも。

まったくないのだけどね。

 

 

 

だから私が。

 

子供達に出来ることは。

 

自分の体験のシェアだけだ。

 

 

 

おそらくまず、

ないだろうけど。

 

まかり間違って、もしも、

子供達がそうやって、悟りを目指す

ようなことになった時は。

 

 

どうか、本物のマスターと

出会えますように。。。

 

・・・と願う。。。

 

 

 

どうか。

 

偽物のマスターに、

ひっかかりませんように。。。と。

 

 

 

まぁ。。。

 

誰に出会うのか。。。もまた。

 

子供達のカルマ次第だし。。。

 

 

 

そもそも、今ってそういう。。。

本物のマスターって、いるの?

 

・・・という疑問もあるのだけど。

 

 

*******

 

 

時代はどんどん変わっていって。。。

 

 

この先、この世界が。

 

あと、どれだけ続いていくのか。

 

そういうことも、解らないけれども。。。

 

 

いろんなことがきっと。

 

成るようになっていくのだろう。。。

 

 

 

私の個人の希望としては。。。

 

 

これからは、科学者の人達に

頑張ってもらって。

 

ぜひ、悟り装置を開発してください。

 

・・・って感じなのだけど(笑)

 

 

たとえ、そうなったとしても。

 

その頃には私はもう。

ここには、いないだろう。。。

 

 

*******

 

 

 

こんなことは。

 

普段の生活の中では、

まったく話さない。

 

 

話す必要もない。

 

 

なぜなら今はまだ。

 

私は生きているから。

 

 

 

けれども、私が死んだあと。。。

 

いつかの日か、子供たちがこれを

読むかもしれないと思った時。

 

 

私が彼らに遺しておきたいことは。。。

 

やっぱり。

こういうことだったんだ。。。と。

 

 

 

19歳の時のあの体験が。。。

 

 

どれだけ自分の人生に、

大きな影響を与えたのか。。。と。

 

 

今更ながら。。。

 

しみじみ思う。。。

この世に存在するすべての人に。

自分の正体を思い出してほしい。。。

 

 

そうすればこの世界が、

真に平和になるから。。。

 

みんなが、心の底からホッとして

生きていけるようになるから。。。

 

 

そんな壮大な願いを。。。

 

長年抱えて、生きてきたけれども。

 

 

今では、そういう願いも、

すっかり手放してしまっている。。。

 

 

 

そうなるにもやっぱり、

「段階」があった。

 

 

最初は、「すべての人が」だった

ところが、いつの頃からか。

 

「私と縁のある人」

 

・・・に、変わっていった。

 

 

それがそのうち、

「私と関わった人」になり。

 

「身近な人」に変わり。

 

「家族」に変わり。。。

 

 

最後は。

 

「たったひとりだけでも」

 

・・・に、変わり。。。

 

 

 

そうやって、悟っていくうちに。

 

私はその願いを。

 

「コントロールしたい気持ち」を。

 

 

つまりは、「壮大なエゴ」を。

 

 

いつしか、手放していた。。。

 

 

*******

 

 

ある時私は。。。

 

自分の器を知った。。。

 

 

そして。

その器以上のことをしようとすれば、

余計なカルマを背負うことになることも、

知った。。。

 

 

なにより。。。

 

この世に、こんなにたくさんの人がいて。

 

こんなにたくさんの時間があったことの。

 

その意味を知った。。。

 

 

たくさんの人や、たくさんの時間も。

 

「幻想」なのだけどね。。。

 

 

 

そうやって。。。

 

今ではもう、手放してしまった

あの、壮大な願いも。。。

 

 

ゼニスのヒーリングに

出会った頃はまだ。。。

 

 

私の中には、

残っていた。。。

 

 

*******

 

 

本当の「安心感」。

永遠に消えない「安堵感」を持って、

ここで人間として生きていくには。

 

「悟り」

 

・・・を、自分で実際に

体験するしかない。と。

 

 

そう思っている。。。

 

 

それは、10代のあの時から、、、

私の中でまったく変わらない

思いでもあったりする。。。

 

 

 

けれども。

 

ここを、「リアル」であると信じて

疑わない「自我」が。

 

本気でその幻想の物語から

脱出しようと決心するまでには。

 

本気で悟りを目指そうと、

思い始めるまでには。。。

 

 

やっぱり。。。

時間がかかるものなのだなと。。。

 

 

そういうこともまた。

 

いろんなことを観察したり、

いろんなことを経験したりするうちに。

 

思い知ることになった。。。

 

 

 

現世的な成功や幸せを求めることが、

間違っているわけではない。。。

 

悟りを目指さないことが、

悪いわけでもない。。。

 

むしろ、悟りなんか本当は、

目指さなくてもいいんじゃない?

 

・・・とも思う。

 

 

だって、私たちは。。。

 

ドラマを経験したいのだから。。。

 

 

それが、人間の醍醐味でもあり。。。

 

それが、「すべてである私」の

望みなのだから。。。

 

 

 

けれども。

 

その物語に完全に取り込まれることで。

 

「すべてである私」としての自分の

感覚をすっかり忘れて。

 

「夢の登場人物としての私」に、

完全になりきってしまうことで。

 

悩みや苦しみが増えてしまうことも、

事実。。。

 

 

その、「苦しみ」さえも。

 

「すべてである私」からしてみたら、

貴重な宝物ではあるのだけど。

 

「人間としての私」の、自我にとっては、

もう、辛い以外の何物でもない。

 

 

そして、人として。。。

 

誰かが辛い思いをしているのを

見れば。。。

 

やっぱり、なんとかしてあげたくなる。

 

人情として。

 

 

私の「なんとかする」は。。。

 

それまでは、極論過ぎたのだ(苦笑)

 

 

安易に「悟り」の話を持ちだすことが、

逆に、相手を混乱させることに

気づいたのは。。。

 

 

いつのことだっただろうか。。。

 

 

 

どんな人でも。

 

いずれは、自分の正体を

思い出したくなるようになってる。

 

魂に、、、

そうインプットされている。。。

 

 

だから、どんなにジタバタしても。

 

私達はいずれ。。。

 

それを目指すように

なってしまうし。。。

 

 

それもまた、このドラマの。。。

 

根本的な骨格に、

なっているのだな。と。

 

 

そう思う。。。

 

 

でも。。。

 

そこには、「段階」があるのだ。。。

 

・・・と。

 

 

少しずつ、

理解するようになった。。。

 

 

*******

 

 

本物の「癒し」を得るには。。。

 

永続する「癒し」を獲得するには。

 

 

「悟り」しかない。

 

それが、私の本音だ。。。

 

 

そんな私があの時。

 

なぜ、ヒーリングに

興味を持ったのかと言えば。

 

 

「流れ」を感じたことが、

決定的な理由ではあったけれども。

 

 

本格的に悟りの道に至るには、

「段階がある」ということを。

 

あの頃の私はもう、どこかで、

理解していた事もあったのだと思う。

 

 

それ以外にはおそらく。

 

ダスカロスの影響が大きかった

ようにも思う。。。

 

 

ダスカロスは、マスターであり、

偉大なヒーラーでもあったから。

 

 

 

今も昔も。

 

私の中で「本物のヒーラー」と

いったら。

 

ダスカロスしかいない。

 

 

まぁ。。。

 

もっと言えば、

イエスもそうなんだけど(笑)

 

 

そして世の中にはきっと。

 

もっとたくさんの「本物のヒーラー」は

いるのだろうけど。

 

私は、そういうの、

あまり知らない。

 

 

 

ヒーリングというのは、本来は。。。

 

ああいう、マスター・レベルに至って、

初めて使える技なのだと。

 

そう思う。。。

 

 

だから、そういうレベルに

至っていない私には。

 

自分が、ヒーラーに

なるなんて考えは。

 

当時は、微塵もなかった。。。

 

 

 

 

それが今や。。。

 

巷には、ヒーリングが溢れていて。

ヒーラーが、大量生産されていて。

 

 

そして、そのヒーリングは。。。

講座を受講して、アチューメントを

受ければ。

 

誰でも使えるようになれるなんて。。。

 

 

これって、どういうこと????

 

・・・と。

 

 

私は最初は。

 

はなから、そういったヒーリングには

否定的だった。

 

 

レイキにすら、批判的だった。

 

 

けれども実際。。。

 

この世の中で、そういう現象が

起こっている。。。

 

・・・ということだけは、事実だった。

 

 

そのヒーリングが、本物か

偽物か。。。

 

・・・ということは置いておいても。

 

巷に、様々なヒーリング手法や、

ヒーラーが溢れているということだけは。

 

事実だった。。。

 

 

私は。。。

 

そういう現象が実現している意味を。。。

 

 

どこかで知りたかったのだとも思う。。。

 

 

 

そしてもし。。。

 

私がその「技術」を使って。

 

今、こうして流れの中で出会った、

「ゼニス・オメガ・ヒーリング」という

「道具」を使って。。。

 

 

本当に、ダスカロスのように

人助けが出来るのだとしたら。。。

 

 

それは、自分にとっても、

とても嬉しいことだと。。。

 

 

そう思った。

 

 

*******

 

 

究極の癒しは、悟りだと言っても。。。

 

人が「本気」でそれを

目指すようになるには。。。

 

 

通常は。

いろいろと、段階を踏んでいく。。。

 

 

 

まずは、そういった方向へと

目を向けさせるための、なんらかの

「キッカケ」が起こるだろう。。。

 

 

でも、その「キッカケ」というのは、

その人の自我に準備が出来た時。

 

その人の魂が勝手に起こすだろうから。

 

そういうところでは、

余計な手出しをせず。

 

ただ、任せておけばいいのだと思う。

 

魂に。

 

 

 

その次に必要なのは。

 

「自我を満たすこと」

 

・・・だと思う。。。

 

 

 

だって、人は。。。

 

「自我」は。

 

幸せになりたいのだから。。。

 

 

 

この「幻想の世界」の中で。。。

 

その、「物語」の中で。

 

幸せになりたいのだから。。。

 

 

 

それが、自我にインプットされた。

基本的な望みなのだと。

 

私は思う。。。

 

 

だからまずは。。。

 

自我の望みを叶えてあげなければ、

人は、おそらく。。。

 

その先には進もうとしないだろうと。。。

 

 

「幻想の幸せ」を求めることを、

決して、やめないだろう。。。と。

 

 

そう思うのだ。。。

 

 

 

多分、悟りというのは。

 

その幸せに飽きてからでないと。

 

真剣に求めようとは

しないものだ。。。

 

 

それは。

 

「絶望」とか、「空腹」からでなく。

 

「満足」とか、「満腹」から起こさなければ。

 

 

いつまで経っても自我は。。。

 

基本の望みを諦めきれないものだ。と。

 

 

私は思う。。。

 

 

 

だから、初心者。。。というか、

こういう世界に目を向け始めた

ばかりの人が。

 

いきなり、覚醒だの。

いきなり、悟りだの。

 

・・・と、そちらに目を向けて

しまうのは。。。

 

 

私には、逆に遠回りを

することになるように見えた。。。

 

 

幼稚園児がいきなり。

大学生の勉強をしようとする

ようなものだと。。。

 

 

それなのに今は。

 

そういう情報が、あまりにも安易に

出回りすぎているように見えて。

 

 

だから今の、スピ業界は、

嫌いだった。。。

 

 

いろんなものが、

ごちゃ混ぜになっていて。

 

逆に、迷路で迷っちゃうよね。。。と。

 

 

*******

 

 

その「キッカケ」さえも。。。

 

誰もが、今生で起こるとは限らない。。。

 

 

それは、ひとつの魂にとっては。。。

長い長い、旅なのだろうとも思う。。。

 

 

目覚めのキッカケのあと。。。

 

その、初歩の初歩として。

 

自我の願望を、

完全に満たすことを目指す。。。

 

 

 

何度も何度も、

寝たり起きたりを繰り返さないために。。。

 

 

自我が。

 

現世レベルでの幸せを、

心からかみしめるために。。。

 

それを妨げるあらゆる荷物を、

降ろすお手伝いをすること。

 

 

そこまでが、ヒーラーの仕事だと。

 

私は思った。。。

 

 

 

そして。

 

ヒーラーの領分は、

多分、そこまでで。

 

 

その先の、

悟りやら覚醒やらの世界は。

 

マスターの領分なのだろうと。。。

 

 

 

私の願いは。。。

 

たくさんの人が悟ることだったけど。

 

 

今の私の器で出来ることは。。。

 

せいぜい、ヒーラーまでだ。。。と。

 

 

あの時、思った。。。

 

 

そしてそれこそが。。。

 

菩薩の道なのではないのか。。。と。

 

 

*******

 

 

もうこうなったら、

とりあえず、試してみようと。

 

 

ゼニス・オメガ・ヒーリングを、

真面目に学んでみようと決めたら。。。

 

お姉さん先生のスタジオに

戻ることが。。。

 

なんだか、すごく

重く感じるようになった。。。

 

 

その間。。。

 

なぜか、足の痛みは

一向に引かなくて。。。

 

病院で言われた、

「全治までの期間」を過ぎても。

 

いつまで経っても、

踊れない状況が続き。。。

 

 

私の身体は。。。

本当に解りやすいものだ。。。と。

 

ちょっと、可笑しくなった。

 

 

あの時、駅の階段で

私を突き落としたのは。

 

私の魂だったのでは?

 

・・・とすら思った(笑)

 

 

そして、ここまで身体が

訴えてくるのだから。。。と。

 

 

とうとう、決断した。

 

 

 

電話やメールでは、

さすがに失礼だと思ったので。

 

直接、ベリー・スタジオに出向き。。。

 

お姉さん先生に伝えた。。。

 

 

イベントには出られそうに

ないことと。。。

 

ここで、スタジオを

辞めさせてもらう。。。ということを。

 

 

突然のことで。。。

 

お姉さん先生も、妹先生も、

そして、スタジオの他の人も

驚いていたけれども。。。

 

 

でも。

 

お姉さん先生は、本気で、

寂しがってくれながらも。

 

どこかでは、ちょっと。

ホッとしているようにも見えた。。。

 

 

それはもしかすると。

 

私の心の投影だったのかも

しれないけど。。。

 

 

*******

 

 

つづく

足を怪我して、ダンスから

離れていた時に。

 

「ゼニス・オメガ・ヒーリング」

 

・・・というものを見つけ。。。

 

 

あの時の私はそこで、、、

何かの流れを感じていた。。。

 

 

直感的にそこに、「出会い」を感じ。

 

 

だから私はこれから。

このヒーリングを学ばなければ。。。と。

 

 

そういう気持ちになっていた。

 

 

 

こういう、ニューエイジ的な

ヒーリング手法に対する拒絶感とか。

 

現代のヒーラーに対する

違和感のようなものは。

 

この頃は、だいぶ薄らいでいた。

 

 

例の、パニック障害の時の

あれこれがあったからだ。。。

 

 

・・・とは言え。

 

そういうものを、完全に

払拭しきれているわけでも

なかった。

 

 

ただあの時は。。。

 

それよりも何よりも、、、

 

 

「流れがそれを促してきている」

 

 

・・・という感覚が強かったから。

 

 

私はその流れに、

乗ってみようと思ったのだ。。。

 

 

*******

 

 

19歳で、あの体験をした時。。。

 

「悟り装置を誰か作って!」

 

・・・と、切に願った。。。

 

 

なぜなら、自身の身をもって

これを体感・実感すれば。。。

 

誰もがそれを、、、

瞬時に理解する。。。と。

 

自分の正体を思い出す。。。と。

 

そう確信したからだ。。。

 

 

そうすれば。

 

この世から、すべての悩みは消え。。。

苦しむ人はいなくなるし。。。

 

誰もがみんな。

心の底から、ホッとして生きていける

ようになる。。。

 

・・・と。。。

 

そう思った。。。

 

 

 

そういう体験をした私は。。。

 

本当にあの日からずっと。

心の底では常に、ホッとしながら

生きてきた。

 

何が起こっても。

どんなに大変なことが起こっても。

 

いつもどこかで、安心しきっていた。

 

 

だって、この世界は、

幻想の世界なのだから。。。

 

 

たとえ死んだとしても。。。

 

たとえ、魂が消滅したとしても。。。

 

この世界が滅んだとしても。

 

 

「すべてである私」

 

・・・は、不変であり、普遍で

あるのだから。

 

 

そして。。。

 

この世に存在するすべての人と。。。

 

すべての「もうひとりの私」と。

 

この「安心感」を共有したい。。。と。

 

 

そう思い続けてきた。。。

 

 

*******

 

 

でも。。。

 

長年、そうやって生きてきた私は、

ある時、気がついたのだ。。。

 

 

私には、人の苦しみが、

よく解らないのだな。。。と。

 

 

 

私も今、この「人間」というものを

やっているわけだから。

 

そこには自我がある。。。

 

思考や感情がある。。。

 

 

 

けれども、自分の思考や感情が。。。

 

「人間Lyrica」が。

 

「リアル」であると、

何の疑いもなく信じ込むことが。

 

 

私には逆に、、、

難しいことだった。。。

 

 

19歳の。。。

あの体験以降。。。

 

 

私はずっと。。。

 

そういう感覚で生きてきている。。。

 

 

 

だから。

 

それを「リアル」だと、

信じて疑わない状態で。。。

 

その思考や感情に、

完全に巻き込まれている時。

 

それが、どういう感覚なのか。。。

どういう感じになるのかが。。。

 

 

実は、よく解らないのだ。。。

 

 

解らない。。。というか。

 

「実感」できないのだ。。。

 

 

 

そのせいで。

よく、失敗もした。。。

 

 

昔は、誰かに何かを相談された時。

 

私は無邪気に、自分の見えているもの、

自分が思っていることを。

 

そのまま、ストレートに。

 

特に何も考えずに、相手に

告げていた。

 

 

そうすると、突然相手が

怒り出すことがあったりして。

 

私はよく、びっくりした。

 

 

なぜ、これで怒るのか。。。

 

それが、本当に解らなかったからだ。。。

 

 

中にはそういう時、結構な暴言。とういか、

私を否定するような強い言葉を吐いて

去っていく人もいたりして。

 

私はひどく、傷ついたりした。。。

 

 

 

けれども。。。

 

そうやって怒って

去っていった人の多くが。。。

 

時が経つと。。。

戻ってきた。。。

 

 

人によってはそれが、

数年後。なんてこともあったけど。

 

でも、彼らは戻ってきた時、

みんな、こう言っていた。。。

 

 

「あの時は、あなたに言われたことが

解らなかったけれども。

 

今は、解るようになった」

 

・・・と。

 

 

そういう時、私は、、、

いつも、思ったものだ。。。

 

 

「やっぱり、どんな人でも、

どこかでは知っているのだ」

 

・・・と。

 

 

なぜなら、すべての人の正体は、

今の自我ではなくて。

 

「すべてである私」なのだから。。。

 

 

それは、今、この瞬間でさえもそうで。

 

そうでない人など。

そうでない存在など。

 

この世にはいない。。。

 

 

「あなたがあの時言っていたことが、

解った」

 

・・・と、その人が口にする時。

 

 

それはその人の。

エゴのサレンダーに。

 

私には映っていた。。。

 

 

*******

 

 

いろんな人の在り方を見ながら。。。

 

 

ああいう場面で、ああやって怒ったり、

暴言を吐いたりするのはおそらく。

 

「エゴ(自我)の自己防衛」

 

・・・なのだろうと。。。

 

 

私には、そう見えていた。。。

 

 

 

私はどうしても、無意識に。。。

 

 

「この世界は幻想」

 

 

・・・というものが、根底にあったうえで、

何かを話しているところがあるようで。

 

 

でも、そこから見える景色は。。。

エゴにとってはあまり、心地よいもの

ではないことが多いのだと思う。。。

 

 

なぜなら、エゴ。。。自我にとっては、

ここは、「リアル」なのだから。。。

 

 

 

だから、その視点からの言葉は。。。

 

エゴにとっては、自分の存在を、

否定されたように感じるのだろう。。。と。

 

 

そう思った。。。

 

 

 

19歳のあの体験で。。。

 

私は自分の正体を

知ってしまったから。。。

 

 

だから、私にとって。

 

「エゴ(自我)」というものは、

幻想にしか過ぎなくて。。。

 

もっと言えば。。。

魂すら、幻想に過ぎなくて。。。

 

 

だからこそ。。。

 

私はここで、心から安心して

生きていけるようになったけど。。。

 

 

でも、その感覚を。。。

 

「本当に」共有できる人に、

私は今まで、会ったことがない。

 

 

こんなにスピが世の中に広まった

今ですら。。。

 

 

その「自我」をリアルとして

生きている人が。。。

 

ここでは、ほとんどなのだ。。。

 

 

だとしたら私は。。。

 

もっともっと、その「自我」のことを、

学ぶ必要があるのでは?

 

・・・と。

 

 

私はもっと。。。

 

「人間」というものを。。。

 

 

人の身体のこと。

感情のこと。

思考のこと。

 

 

・・・を、より深く理解する必要が

あるのではないか。。。と。

 

 

*******

 

 

あえてその、「幻想の自我」に

フォーカスしてみる。。。

 

 

いつの頃からか、、、

自分の中に、そんな流れが

起こっていたけれども。

 

 

最初はそれが、「自身」に

向かっていた。。。

 

 

自分を知ること。。。

 

過去生のこともそう。

自身の癒しや浄化もそう。

 

そして、自身の中にある

「ふたつの流れ」の統合。。。

 

自我と魂の統合。。。

 

 

そういう「自我」を透明にしていく

作業というものが。

 

あと残り少しだろう。。。

というところまできた段階で。

 

 

「ゼニス・オメガ・ヒーリング」

 

・・・と、出会った。

 

 

それは。。。

 

今までは、自分の自我だけに

向いていた視線が。

 

「他者の自我」にも向かった時

であったと。

 

 

今は思う。。。

 

 

*******

 

 

私は本当に。。。

 

19歳のあの時から。。。

 

 

ここに存在するすべての人に、、、

「自分の正体」を知ってほしいと。。。

 

 

「すべてである私」を思い出して、

心の底から、「真に」ホッとして

生きてほしいと。。。

 

 

一瞬で消える安心感ではなく、

永続する安心感を常に抱きながら

生きてほしいと。。。

 

 

そう、思い続けてきた。。。

 

 

それが私の願いだった。。。

 

 

 

でも、「悟り装置」がない、

今のこの世界では。。。

 

 

「ステップ」を踏んでいく必要が

あるんだな。。。ということに。

 

ある時、気づくようになった。。。

 

 

 

そうして、また更に、

経験を重ねていくうちに。。。

 

 

ほとんどの人が。

そのステップすら踏み出していない

ことにも気づいていった。。。

 

 

 

そして、そのステップの。。。

 

「回帰」のステップの、

その、第一歩となるものは、やっぱり。

 

 

この幻想の物語の中での、

「挫折」とか「苦しみ」が多くて。。。

 

 

故に、次に来るのは。

「癒し」なのではないのか。。。と。

 

 

そう思うようになった。。。

 

 

 

19歳で、突然。

 

何の準備もなく、一足飛びに

「それ」が起こってしまった私は。。。

 

 

「自我の癒しや浄化」

 

 

・・・は、今生ではずっと、

後回しにされてきていたけど。

 

 

普通は、逆なんじゃない?

 

・・・と。

 

そう思った。。。

 

 

 

普通はみんな。

 

十牛図を、順番通りに

辿っていくものなのではないのか。。。と。

 

 

そう思った時に。。。

 

これから、自分がやるべきことが、

見えたような。。。

 

 

そんな気持ちになった。。。

 

 

 

*******

 

 

つづく

お姉さん先生のベリーダンス教室では、、、

 

気づけばいつの間にか、

スピリチュアル・クラスがなくなっていた。

 

 

そこはもう、すっかり、

ミシャール色は消えていて。

 

お姉さん先生のワールドが、

展開され始めてきていた。

 

 

そんな中で、私はずっと、

辞め時を考えていたけれども。

 

 

近々予定されているイベント出演が

終わるまでは。

 

どちらにしても、辞めることは

出来ないな。。。と。

 

 

そう思っていた。

 

 

 

そんなある日のこと。。。

 

ベリーのレッスンに向かう途中、

私は駅の階段で足を滑らせ。

 

そのせいで、足首を捻挫してしまった。

 

 

階段から落ちた時は、

そこまで大したことないと思って

いたのだけれども。

 

だんだん、痛みが強くなり。

 

 

その日はレッスンを休んで、

そのまま病院に行ったら。

 

全治2~3週間だと言われ、

びっくりした。

 

 

そんなわけで、

しばらくレッスンには行けなく

なってしまったけれども。

 

出演予定のイベントまでには、

まだ、1ヶ月以上はあったので。

 

それにはなんとか、

間に合うだろうと。。。

 

 

お姉さん先生にも、

そう告げたのだった。

 

 

*******

 

 

もしこれが、バレエだったら。。。

 

舞台前に怪我をして、

2週間も3週間もレッスンが出来ない

なんてことになったら。

 

私はもっと。

アワアワしていただろう。。。

 

 

でも、ベリーダンスだったら、、、

振付さえちゃんと覚えておけば、

全然、大丈夫。。。と。

 

なんだか、まったく。

慌てていない自分がいた。

 

 

 

 

ベリーダンスのことを心底愛していて、

それに真剣に取り組んでいる人からは、

ちょっと、怒られそうだけど(苦笑)

 

 

私の中で、ベリーダンスというものは、

そういうものだった。。。

 

 

頑張らないダンス。。。みたいな。

 

 

 

バレエでは、、、

とことん頑張りたかった。

 

トゥ・シューズで、つま先が

血だらけになっても。

 

それこそ、血を吐くような

苦しいレッスンであったとしても。

 

それすら、楽しいと感じられるほど。

 

頑張ることが、楽しかった。。。

 

 

 

でも、ベリーダンスでは、

そんなキツイ思いはしたくなかった。

 

頑張りたくなかった。

 

 

なぜなら。

ベリーダンスは私にとっては。

 

「自分を解放するためのツール」

 

・・・だったから。

 

 

そこでは、ただただ、、、

気持ちよさだけを、

感じていたかった。。。

 

 

ベリーで、苦しい思いとか、

大変な思いなどは。

 

微塵もしたくなかったし。

 

もっと上手に踊れるように

なるために、「努力する」。

 

・・・みたいな気持ちになったことも。

 

ほとんどなかった気がする。。。

 

 

 

これは、「歌」に関しても同じで。

 

クラシックの声楽では、

バレエみたいな気持ちになり、

すごい気合いを入れて、練習を

していたけれども。

 

ボイトレでは、それよりも、

「ただ、気持ちよく歌っていたい」

みたいな気持ちが強かった。

 

 

そういう、二つの流れが、、、

常に私の中にあり。。。

 

 

上を目指して頑張りたい。

みたいな、「上昇」のエネルギーが

男性性で。

 

今のそのままを、ただ楽しみたい。

みたいな、「下降」のエネルギーが、

女性性だと。

 

 

私は、自分の中で、

そうカテゴライズしていたようで。。。

 

 

だから。

 

お姉さん先生のスタジオでは、、、

その「上昇志向」というか、

男性性が強くなってきていたのが。

 

私にとっては一番の、

違和感だったのだろうと思う。

 

 

*******

 

 

そんなに大したことないと

思っていた足の捻挫は。

 

普通に生活する分には、

さほど支障がないのに。

 

ちょっとでも踊ろうとすると、

なぜか、ものすごく痛くて。

 

 

そうやって、全く踊れない

状況が続く中。

 

私の気持ちは少しずつ、、、

違う方向へと、そのベクトルを

向け始めていた。

 

 

 

あの、『クォンタスム』の小説に

登場してきていた「ゼニス」という女性。。。

 

 

古い日記を読み返してみると、

どうやら、そのゼニスとは。

 

なにやら、いろいろとシンクロを

感じるようなことが、当時、

自分に起こっていたようで。

 

そうやってシンクロが続いたことで、

ゼニスのことは、やっぱりどこかで、

気になっていたようで。

 

だから。

あれこれ調べたりした時期もあった。

 

 

でもその頃は、これと言ってあまり、

ピンとくるものを見つけられなかった。

 

 

「Zenith」とは、「天頂」という

意味である。。。

 

・・・ということ以外は。。。

 

 

 

たしかその頃は。。。

 

翻訳者の彼とのあれやこれやで、

考えることが他にたくさんあったし。

 

お姉さん先生のベリー教室のことでも、

思うことがあれこれあったし。。。で。

 

そんな、ゼニスばかりに

気を取られていられるわけもなく。

 

 

だからそのうちに、ゼニスのことは、

徐々に、意識の中から薄らいでいった。

 

 

 

それから、しばらく時が過ぎ。。。

 

あの、「お悩み相談」の流れが

起こった頃に。

 

「Listen」が、私の中で、

大きく意味を持つようになり。。。

 

 

だから、再び。

ゼニスのことを思い出した。。。

 

 

「聴いた者」である、

ゼニスのことを。。。

 

 

 

それでまた、ネットで検索してみたら。

 

なぜか、トップに出てきたのだ。

 

 

「ゼニス・オメガ・ヒーリング」

 

 

・・・というものが。

 

 

 

「こんなの。。。前に調べた時は、

出てこなかったよね?」

 

・・・と思いながら。。。

 

 

でもどこかではもう、

なんとなく、察していた。

 

 

今のこういう流れからして。。。

 

私はおそらく。

 

今後、このヒーリングと、

関わっていくことになるのだろうな。。。

 

・・・と。

 

 

*******

 

 

つづく

その不思議な流れ。というのが

起こっていたのは。

 

古い日記を読み返してみると、

2011年の6月頃だった。。。

 

・・・とすると、パニック障害のような症状が、

治まったあとくらいだったのか。。。

 

 

*******

 

 

ある時、突然。

 

「Listen!」

 

・・・という言葉が、頭の中で響いた。

 

 

たった一言。。。

 

少年のような、女性のような声で。

 

 

 

え?今の何?

 

・・・と思ったのだけれども、

響いたのは、そのたった一言だった。

 

 

今までも、こういう経験は何度か

したことがあったけれども。

 

それは、夢から醒める直前とか、

瞑想中とか。

 

そういう時に起こっていたもので。

 

あんなに意識がしっかりしていた時に、

あんなにハッキリ声が聴こえたのは、

その時が初めてだった。

 

 

何なのだろう?と思いながらも、

そこまで深く気にしていなかったところ。

 

ある時、書店でなぜか、

ミヒャエル・エンデの『モモ』の本が

目に留まり。。。

 

そしてなぜだか無性に、

その本が気になりだした。。。

 

 

『モモ』は、あまりにも有名だし、

どこの学校の図書室にもある。。。

 

 

小学生時代から、図書室で見かけて

いたその本。。。

 

その存在は知っていたけれども、

私はそれまで、マトモに読んだことが

なかった。。。

 

 

13の月の暦にハマっていた頃、

「時間」ということで、一部でこの

『モモ』のことが話題になったことが

あったのだけど。

 

その時も私は、

この本を読もうという気は、

起こらなかった。。。

 

 

それが今回はなぜか、

無性に読みたくなり。。。

 

 

後日、娘に学校の図書館から

その本を借りてきてもらったのだった。

 

 

そして、その本を読んだ時、

ハッ!となって。。。

 

なんで、今、『モモ』だったのか。。。

 

その意味が解ったような気がした。

 

 

『モモ』の物語の中に。

 

先日聴こえてきたあの、

『Listen!』という声に関わりそうな、

ヒントを見つけたのだ。。。

 

 

*******

 

 

その本の後書き。。。

 

たしか、ミヒャエル・エンデ自身が

書いていたその後書きには。

 

こんなことが、書かれていた。

 

 

でも、どうしてでしょう?

 

モモがものすごく頭がよくて、

なにを相談されても、いい考えを

おしえてあげられたからでしょうか?

 

なぐさめてほしい人に、

心にしみることばを言ってあげられた

からでしょうか?

 

なにについても、賢明で正しい判断を

くだせたからでしょうか?

 

ちがうのです。

 

こういうことについては、

モモはほかの子とおなじ

程度のことしかできません。

 

 

するとモモには、どこかこう、

人の心をほがらかにするようなところが

あったのでしょうか?

 

 

たとえば、とくべつ歌がじょうずだとか、

なにかの楽器がうまいとか、それとも、、、

 

なにしろモモはサーカス場みたいな

円形劇場に住んでいるのですから、、、

 

おどりだの、アクロバットの曲芸だのが

できたのでしょうか?

 

 

いいえ、それもちがいます。

 

 

ひょっとすると、

魔法がつかえたのでしょうか?

 

どんな悩みや苦労もふきはらえるような、

不思議な呪文を知っていたのでしょうか?

 

手相を占うとか、未来を予言することが

出来たのでしょうか?

 

これもあたっていません。

 

 

小さなモモにできたこと、

それはほかでもありません、

 

あいての話を聞くことでした。

 

 

なあんだ、そんなこと、と

みなさんは言うでしょうね。

 

話を聞くことなんて、

誰だってできるじゃないかって。

 

 

でもそれはまちがいです。

 

ほんとうに聞くことのできる人は、

めったにいないものです。

 

 

そしてこの点でモモは、

それこそほかには例のない

すばらしい才能をもっていたのです。

 

 

物語の中で、モモという女の子は、

 

「町一番のヒーラー」

 

・・・とされていた。

 

 

モモと話すと、どんな悩みを

抱えていた人もみんな。

 

癒されてしまうのだ。

 

 

そのモモが唯一出来たことが、

「聞くこと」だと。

 

エンデは説明していた。

 

 

これを読んだ時。

 

あの時、頭に響いた言葉が、

私に何を伝えようとしていたのか。

 

なんとなく解った気がした。

 

 

「Listen」というのは、

「聞く」ではなく「聴く」なのだ。。。

 

 

「聞く」、、、「hear」は、

ただその音を聴覚が捉えるだけ

なのに対して。

 

「聴く」、、、「Listen」は、

意識して聴く。聴こうと思って聴くこと。

 

 

だから、あのメッセージは。。。

 

「意識して聴きなさい」

 

・・・ということ。。。

 

 

そういうことなんだろうな。と思った。

 

 

そのすぐあとだった。

 

私は、なぜか突然、衝動的に、

『シックス・センス』の映画が観たくなった。

 

なぜ、今、この映画?

 

・・・と、自分でも不思議だったけど、

とりあえず、観てみることにした。

 

 

それを観終わった時もまた、

あぁ、そういうことだったか。。。と。

 

納得することがあった。。。

 

 

あの映画の物語の中で、

ブルース・ウィリスの演じたカウンセラー、

児童心理学者は、昔担当した

患者の少年が成長した時。

 

その彼によって、

刺されてしまうのだけど。

 

 

なぜ、そんなことになったかと

言うと、その心理学者が、

その子の話を、ちゃんと聴いて

あげていなかったから。

 

 

知識や過去の経験によって

物事を判断することなく。

 

あの少年の話に、

ちゃんと耳を傾けてあげていれば。

 

おそらく、あんなことには

ならなかっただろうと。。。

 

 

あの時、私は思ったのだった。。。

 

 

この、『シックス・センス』という映画は、

それまでも、もう何度も観た映画では

あったのだけど。。。

 

そんな視点で観たのは、、、

この時が初めてだった。。。

 

 

それもひとえにあの、

 

「Listen!」

 

・・・という声があったからなのだろうと。

 

そう思った。

 

 

そうやって私はだんだん。。。

 

 

「聴くこと」

 

 

・・・を意識するようになっていき。

 

 

相手の話を聞くこと(聴くこと)とは、

一体どういうことなのか。。。と。

 

そういうことを、あれこれ

思いめぐらすようになっていった。

 

 

*******

 

 

それからしばらくたった頃。。。

 

それは、日記を読み返すと、

2012年の終わり頃なのだけど。。。

 

ジェームズの新しい小説、

『クォンタスム』を読んでいた時に、

また、新たに。

 

「Listen」について、私の中に

それを強く意識させるようなことが

追加された。。。

 

 

『ドールマンの予言』のあとに

リリースされたその小説。

 

『クォンタスム』には。

 

 

その物語の最初のほうに、

「ゼニス」という女性が出てくる。。。

 

 

いつだったか、翻訳者の彼が、

私のあの、洞窟の夢の話を聞いて、

その夢に出てきていた女性のことを。

 

 

「ゼニスですよ、それは!」

 

 

・・・と、テンション高く話していた

あのゼニス。。。

 

 

その時の私はまだ、

『クォンタスム』を読んでいなかったから

解らなかったけど。。。

 

 

その物語を今、自分で読んでみれば、

そのゼニスもまたおそらく。。。

 

たしかに、

主人公がそういう意識下、、、

夢の中のような。

 

そういう状況の中で出会った

女性であることは解った。

 

 

そのゼニスの出てくるシーンが、

なぜ、そういう意識下であるのかが、

すぐに解ったのかと言えば。。。

 

そのシーンからは、、、

 

「異次元の匂い」

 

・・・がしたからだ。

 

 

なんとなく。。。

「霞」がかかっていたからだ。。。

 

 

だからあの、ゼニスが登場している

シーンが。

 

夢とか、そういう意識状態の中で

あることは。

 

すぐに解った。。。

 

 

そして。

 

そういうシーンに登場する

ゼニスという女性が。。。

 

 

物語の中で。。。

 

「The One who Listened」

 

・・・と、称されているのを見た時。

 

 

私はなんだか。

これまでのいろんなことが

繋がっているような感じがして。

 

少し、ゾッとなった。。。

 

 

ゼニスは、「聴いた者」である。と。

 

物語の中で、そう言われていたからだ。。。

 

 

この「ゾッ」という感覚も。。。

 

おそらく、私にしか解らないもの

なのだろうと思うけど。。。

 

 

個人的に。

 

私の中では、何かが繋がった。。。

 

 

 

だから私の中では、ますます。。。

 

「Listen」

 

・・・が、大切なものになっていったし。。。

 

 

そしてこの、「ゼニス」という存在も。

 

その後、私の中でどんどん大きく、

クローズ・アップされていくように

なっていった。。。

 

 

*******

 

 

そういう流れがあったので、

私はあの時。。。

 

「お悩み相談」という流れが

起こっていた時は。。。

 

「聞き役」

 

・・・に、徹していたのだ。。。

 

 

そしてそうやって。。。

 

誠意をもって、一生懸命

相手の話を聞いてあげるだけで。

 

ただそれだけで本当に、

相手は自力で、自分の悩みを

解決していけるのだということを、

身をもって実感した。。。

 

 

心に関しても。。。

 

自然治癒力がある。。。

 

 

人にはやっぱり。

そういう力があるんだ。。。と。

 

 

そういうことを実感できて

嬉しかったし。。。

 

 

 

そうやって、自分で気づいたり、

自分で解決した時に。

 

人は、心の底から笑うんだ。。。と。

 

本物の笑顔になるんだ。。。と。

 

 

そう感じた。。。

 

 

そして私は。

 

その「笑顔」によって、私自身もまた。

 

ものすごく癒されていることに

気がついたのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

 

多分、あの頃くらいからだったと思う。。。

 

私が、「世代交代」というものを、

意識し始めたのは。。。

 

 

ベリーダンスのお姉さん先生。

そして、声楽の若い先生。。。

 

みんな、自分の子供達と同世代。。。

 

 

そういう世代の人達がもう、、、

社会の中でこうやって。

 

活躍するような時代に

なったんだ。。。と。

 

 

なんだか。

そういうことを、しみじみ感じた。

 

 

 

昔。

 

テレビに出ている人達は、

みんな、大人だった。

 

 

それがある時、自分と同じ年の

人達になり。。。

 

そのうち、年下になり。。。

 

 

更には、自分の子供たちと

同世代になり。。。

 

今や、子供達よりも、

更に若い人たちまでも増え。。。

 

・・・みたいな。

 

 

昔は、まだ一部の人しか

使っていなかったインターネットさえ。

 

今や、そこにいる人たちの

大半が。

 

自分よりも若い人たち。。。

 

 

 

そういう時の流れの中、、、

 

 

「憧れ」

 

 

・・・を、持つことが出来ないって、

つまらないな。。。と。

 

 

そう思った。

 

 

*******

 

 

お姉さん先生のスタジオの、、、

やっぱり、古参の人で。

 

その子もまた、私よりも全然

年下の子だったけれども。

 

その子からはよく、

愚痴を打ち明けられていた。

 

 

彼女が、お姉さん先生に対して

抱いている不満は。

 

ほぼほぼ、私と同じだったけど。

 

 

私は。

「聞き役」に徹していた。

 

 

でもどこかで。。。

 

自分の気持ちを、こうも素直に

表現できてしまうその子が。

 

ちょっと、羨ましいな。とも思った。

 

 

 

「この人なら、解ってくれる」

 

 

・・・と、私に対して感じたからこそ、

古参の彼女は、そういう話を

私にしてきたのだろう。。。

 

 

彼女はきっと。

私の中にも、自分と同じ不満が

あるだろうということを。

 

本能的に察していたのかもしれない。

 

 

じゃなければ、そもそも。

そういう話はしてこないだろうと思う。。。

 

 

でも。

 

それでも私は、頑として、

「聞き役」を貫いていた。

 

 

そこで、彼女に同調したら。。。

 

それこそ、女子の世界

まっしぐらになりそうだったし(苦笑)

 

 

そういうのもちょっと。。。

めんどくさかったし。。。

 

 

 

そうやって。

ハッキリと言葉にすることは

避けていても。

 

私の、古参の彼女に対する、

誠意みたいなものは。

 

やっぱり、どこかでは通じるもので。。。

 

 

そのうち、彼女は、

いろんな話を、打ち明けてくれる

ようになっていった。。。

 

 

面白かったのは。

 

よくよく話を聞いてみれば、

彼女もだいぶ、スピに傾倒していた

人だということが解ったことで。

 

 

彼女は、Kanという人を、

すごく慕っていた。

 

 

 

最初にその名前を聞いた時は、、、

 

KANって、ミュージシャンの???

 

・・・と、思ったけど(笑)

 

 

なんでも、スピ業界に、

そういう名前の有名な人がいるらしく。

 

彼女の話によると、

すごいマスターらしかった。

 

 

もちろん私は、いつものように、

疑いまくりだったけど(笑)

 

 

私は、「表に出てくる人」。

「それでお金を取る人」に対しては、

とにかく、懐疑的なのだ(苦笑)

 

 

それはともかく。

 

彼女の話を聞いているうちに、

なんとなく、解ったのは。。。

 

彼女はおそらく、その。。。

Kanさんに救われたのだろう。

 

・・・ということで。

 

 

彼女のその、敬愛っぷりは。

 

なんだかこういう感じは、、、

今までも、よく見てきたなぁ。。。と。

 

 

母とか、OSHOの彼とか。。。

 

そういう人たちのことが、

頭の中に浮かんだりもした。。。

 

 

*******

 

 

あの頃。。。

 

その、古参の彼女に限らず。。。

 

どういうわけか、いろんな人から、

 

「悩みを打ち明けられる」

 

・・・ということが、立て続けに起こり。

 

 

いろんな友達の、

お悩み相談を受けていた。

 

 

また。

以前、アトランティス関連のことで、

毎日のように知らない人から

メールが来ていた時のように。。。

 

 

なぜだか。

 

そういう、「お悩み相談メール」

みたいなものも、頻繁に届くように

なっていて。

 

 

これって、どういうことなんだろう?

 

・・・と。

 

自分でも不思議だった。

 

 

 

昔からよく。。。

 

人から悩みを相談されることは

あったりしたけれども。

 

あの時はそれが、

尋常でなかった。

 

 

 

そして。

 

以前の私はそれに対して、

「アドバイス」をすることが

多かったような気がするのだけど。。。

 

 

でも、あの時の私は、、、

意識して、「聞き役」に徹していた。

 

 

 

古参の彼女が、お姉さん先生に

対しての愚痴を言う時。。。

 

そこには、、、

 

「私まで同じ舞台に立って

愚痴を言ってはいけない」

 

・・・という気持ちも、もちろんあったけど。

 

 

でも実は、それ以外にももう一つ。

 

「理由」があった。。。

 

 

私が、「聞き役」に徹していたのは。。。

 

 

 

それよりも数年前に、、、

少し、不思議な流れがあった。

 

 

そこには、明確なメッセージが

あったのだけど。

 

でも、あの頃の私には、

それが、何のためのメッセージなのか。

 

あまりよく解っていなかった。。。

 

 

でも、今のこの「お悩み相談」の

流れの中、ハッと。

 

あの時のメッセージの意味を、

掴んだような気がした。。。

 

 

だからそれを。。。

 

実践してみたのだ。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

 

お姉さん先生のやり方に対して、、、

日増しに「不満」は溢れてきていたけれども。

 

だからと言って私は、、、

それに対して、どうこうしようとは、

まったく思っていなかった。

 

 

彼女を変えようとも思わなかったし、

自分が今、この状況を不満に

思っていることも、そのまま認めていた。

 

 

表面的には、彼女のやり方に

合わせつつ。。。

 

ただ、「はい、はい」と笑顔で

要求された通りの自分を演じ。

 

 

この流れをただ、見ていた。

 

 

これが最終的に、どういう決着を

見せるのか。。。と思いながら。

 

 

 

ただ。

お姉さん先生が、蟹座だったから。

 

この先、私の不満が消えたり

するようなことは。

 

おそらく、ないのだろうな。。。と。

 

そんな風にも思っていた。。。

 

 

射手座(火)が先生役で、

蟹座(水)が生徒役だった場合は、

もう少し、うまくいくのだろうと思う。。。

 

水の人は、、、

とても素直だから。。。

 

 

でも、その逆は、、、

ちょっと、無理だろうなぁ。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

水が火の上の立った時は。

火が水に、消火されてしまうから。

 

 

 

この人生の中で。。。

 

私の前にそうやって、

「水」のエネルギーを持った人が、

たくさん登場したけれども。。。

 

 

水の人が、私に対して、

「教える側」に立った時。

 

私はだいたい。

不満を持つようで。

 

 

不満。。。というか、

混乱する。。。と言ったほうが、

正しいのかもしれないけど。。。

 

 

だからそういう時。

 

私はいつも、

自分のカルマを感じてきた。。。

 

 

 

私の物語の中で、そういう

関係性が生まれた時、いつも

思い出すのは、母のことで。

 

 

母との関係性が、、、

 

私が水の人と、そういう

「混乱する関係性」を築く時の。

 

そのすべての「雛型」に

なっているんだな。と。

 

 

そう思う。。。

 

 

 

そして。

 

もっと、若い頃の私だったら、

そこにもう少し「希望」を持って。

 

「話せば解る」

 

「努力すれば、いつかは解り合える」

 

・・・みたいに思っていたけれども。

 

 

あの頃の私はもう。。。

 

これまでの経験から。

 

 

「世の中、どうしたって、

解り合えない人もいる」

 

 

・・・と。

 

 

それを。

認めるようになっていた。

 

 

それを認めたうえで。

 

そういう相手と関りを持った場合は、

それに、どう対応すればいいのか。

 

・・・みたいなことを、

考えるようになっていた。。。

 

 

だから。。。

 

お姉さん先生のスタジオでの

経験を通して。

 

あれやこれや起きていた頃は。

 

 

私はもう、「混乱」は

していなかった。

 

 

自分の中の「ま、いっか」が、

嘘になっていることに気づいた時。

 

自分の中に、不満があふれ出して

いることに気づいた時。

 

 

私はそれに対しても、

もう、「罪悪感」を感じることもなかった。

 

 

それはそれ。として、

認めていたし。

 

 

そこで、自分の考えが

ブレることもなくなっていた。

 

 

 

だから。

自分を見失うこともなかったし。

 

相手の在り方を否定することも

なかった。

 

 

 

そのうえで。

 

ただただ。。。

 

この状況の行く末を、

見守っていた。。。

 

 

*******

 

 

なんだかんだ言ったところで。

 

そこに「磁力」がなければ。

 

私は、そんなところからは、

さっさと退散していただろうと思う。

 

 

めんどくさいことは、ごめんだ。

 

・・・とでも言わんばかりに(笑)

 

 

でも多分、私は。。。

 

あの、お姉さん先生のこと、

大好きだったのだと思う。。。

 

 

どこかで、娘を見るような目で、

彼女のことを見ていたのだと思う。

 

 

彼女のほうは、おそらく。

 

そういう風に見られるのは、

イヤだっただろうな。とも思う。

 

 

なにせ、あの頃の彼女は。。。

必死に大人になろうとしていたから。。。

 

 

だから私も。。。

彼女を先生として、立てる演技を。。。

 

ずっと、し続けていた。

 

 

 

そうやって、成長していく彼女の。

 

まだ、少女だった頃のあの

純粋さを知っていたから。。。

 

 

彼女がどんどん、「鎧」を

身に纏って、大人になっていって

しまうのが。。。

 

変わっていってしまうのが。

 

私は、寂しかったのだろうな。

 

・・・とも思う。。。

 

 

 

昔、母が、紀野先生に出会って、

変わっていってしまったこと。

 

 

中川勝彦さんが、

ギタリストのCharと出会って、

変わっていってしまったこと。

 

 

翻訳者の彼が、

「ウイングメーカー研究者」という

看板を背負うことで、

変わっていってしまったこと。

 

 

そして、お姉さん先生が、

自分のお教室を持つことで、

変わっていってしまったこと。。。

 

 

水の人というのは本当に。。。

 

誰に出会うか。

何と出会うか。

 

・・・によって、こんなに変わって

いくのだなぁ。。。と。

 

 

そう思う。

 

 

もともとは、透明。。。というか、

真っ白だった自分を。。。

 

出会ったものの色で、

染めあげていくのだなぁ。。。と。

 

 

そして私はいつも。。。

 

その、染めあがる前の、、、

まだ透明だったその人と出会ってしまう。。。

 

そして。。。

 

その、透明さに惹かれる。。。

 

 

 

ただ。。。

私のカルマとして。。。

 

私はいつも。。。

そういう彼らの変化を。

 

目の当たりにさせられる。。。

 

 

そして、その変化は往々にして、、、

 

私とは、まったく合わない方向へと

向かっていくのだ。。。

 

いつも、いつも。。。

 

 

彼らのそういう変化に対する

寂しさが。。。

 

彼らの変化を、どこかで

認められない自分を作っていた。

 

 

今までは。

 

 

 

でも、なんだかそのあたりは。

 

あの、翻訳者の彼との交流を通して、

いい意味で、私の中で、

「諦め」がついた。。。

 

 

相手を透明に戻そうとすることは、

私のエゴだったことに気づいた。

 

 

 

だから。

 

お姉さん先生との交流の頃は、

そのあたりも、かなりクリアになっていて。

 

 

だから本当に。。。

 

不満やら思うことは、

それはそれは、たくさんあったけど。

 

 

でも、イライラすることは、

ほとんどなかったな。。。

 

 

*******

 

 

お姉さん先生の、ワンマンぶりは、

時と共に、どんどん増していって。

 

 

レッスンの時に、

しょっちゅう、プリントが配られる

ようになっていった。

 

 

そのプリントには、

「今後の規則」や「お願い事」が

びっしりで。。。

 

 

その「規則」は。。。

 

どんどん増えていくし。

 

締め付けが、どんどん厳しく

なっていくしで。

 

 

だいぶ、息苦しくなっていった。

 

 

 

ある時、そこに。。。

 

 

「お教室の掛け持ちは、

禁止とさせていただきます」

 

 

・・・というルールが出来て。

 

 

あぁ。。。

 

そろそろ、潮時かな。。。と。

 

 

そう思ったのを覚えている。。。

 

 

 

その頃は、スタジオ内で、

お姉さん先生の、今のやり方に

不満を持つ古参の人も、

ちらほら出てきていて。

 

辞めていく人もいた。

 

 

・・・と同時に。。。

 

 

入れ替わるようにして、

今までにはいなかったような

タイプの。

 

新しい人たちの入会が

ポツポツ増えてきて。

 

 

その新しい人たちがほとんど、

お姉さん先生と同世代の、

「若い人」だったのを見た時。。。

 

 

このお教室の流れが、、、

今から、変わっていくだろうと

直観した。。。

 

 

そしてそれは。。。

私にとってはどこまでも、

楽しくない方向へと向かうだろう。と。

 

 

 

 

それが、悪いことだとは、

決して思っていなかった。

 

むしろ、お姉さん先生にとっては、

明るい未来だったのかもしれない。

 

 

ただ、今の私が。

 

今更また、そういうところを

経験する必要は。。。

 

もう、ない。。。と。

 

そう思っていただけだ。

 

 

 

そうやって、私はだんだん。。。

 

自分の辞め時を、考えるように

なっていった。

 

 

*******

 

 

その頃もまた、次のイベントに向けて、

練習を重ねていた頃だったけど。

 

 

この『Tutuki』の振付が。。。

これがまた。。。

 

 

ねえねえ、先生。。。

 

これは、「ベリネシアン」じゃなくて、

もはや、「タヒチアン・ダンス」に

なってやしない?

 

・・・みたいな感じで(苦笑)

 

 

あの頃は、体力的にもちょっと。

キツさを感じ始めていた。。。

 

 

*******

 

 

つづく