あらやす日(本)誌 -100ページ目

法律等の制定過程への参画~民主主義のイノベーション

企業経営での従業員の「経営参画」意識の向上がお題目であるように、
国民の参画意識=「参政権」意識の向上と参政権の拡大も、
実際必要だとは考えられていないように見える。

アメリカの独立宣言時(1776年)、
独立宣言起草者8名の中で、
民主主義の思想を持っていたのは、
トーマス・ジェファーソンだけで、
他の起草者は貴族等の一部の特権階級で国を統治することを想定していたと言う。

なお、
歴代、今日まで2期を完全に務めたアメリカ合衆国大統領の中で、
議会の法案に大統領としての拒否権を一度も発動しなかったのは、
第3代アメリカ合衆国大統領になったトーマス・ジェファーソンだけだった。

歴代のアメリカ大統領のほとんどは、
大統領特権である拒否権を発動して議会が決議した法案をくつがえしている。



民主主義の現状維持・抑制=国民と議会の権力の現状維持・抑制は、
近現代史の中で主流となっているようにも見える。

民主主義を大きく拡大しようとは現代の為政者の多くは思っていない。

20世紀後半、資本主義と共産主義の2大思想が激突したが、
共産主義国家崩壊の最大の原因は、
民主主義を圧殺して、国民の知的・経済活動を抑制したことにあると、
個人的には総括している。

近未来の社会では、
政治などの社会運営に、
国民の参画がさらに進んでゆき、
半直接民主主義になってゆくだろうと、
個人的には思う。

すなわち、
参政権の拡大である。

それは人類の社会進化上、当然のなりゆきのように思う。



日本の社会運営の原則=国家統治の柱は、
代表制民主主義であり、
日本の経営幹部は国会議員であり、
議会は株式会社の取締役会のようなものかもしれない。

選挙は株主総会のようなものだが、
株主総会に参画する株主には総会の議案提案権などの多くの直接的な権利があるが、
選挙は候補者名と党名を選択できるだけだ。

候補者が選挙で選ばれると正式に議員となる。

さて、
議員の主な仕事とは何だろうか?

議員は議会に参加するメンバーだから議員と呼ばれる。

議会で審議されるのは「法律」案(新法・改正案)だ。

日本の法の制定の過程を見てみると…。

昨年2011年12/9に閉会した第179回臨時国会で、
野田政権(政府)が提出した法案(前国会で継続審議とされた案件を含む)は38本。
そのうち法律として成立したのは13本で、
成立率は34%で過去最低となった。

過去の国会を見ても提出法案の半数も成立していない。

莫大な時間と労力をかけて作成された法案の成否は、
選挙で選ばれた議員と議員が属する政党によって決まっている。

そもそも、
政府提出案のほとんどは行政官庁主導で作成された法案だろう。
日本ではほぼすべての法案がその法案を所轄する行政官庁と一体となっている。
法案が成立したときはその管轄官庁の業務そのものになるから、
簡単に言えば、
行政官庁は自分で自分の業務を自由に作っていると言える。

外国の議会では、多くの場合、議員が主体的に法案を作成して、
法案が法律として議会で通った後は、どこの所轄官庁でその法律を運用していゆくかを決める。
その意味で、行政官庁は受け身であり、粛々と法律を実施してゆく存在だ。

しかし、
日本では行政官庁が主体的に法案作成にかかわってしまうので、
行政官庁の発言力は強く、
また、国会での審議が必要とされない「規則・省令」との切り分けを、
行政官庁の裁量で法案作成段階で行うことができてしまう。

典型的な法の制定過程を見ると、
日本には2段階の過程(法律→規則・省令等)があり、
行政官庁の裁量で作成される規則・省令等の量は厖大だ。

日本における「法律」と「規則・省令等」の切り分けを非常に単純な例にすると、

法律 第1条 工場は有害物質を大気等に排出してはいけない。

規則 第1条 法律第1条の有害物質は●●である。



国会で審議される「法律」は総論的な骨子だけの条文でしかない。
この骨子でしかない「法律」が国会で成立すると、
各論的な詳細で厖大な量の条文=「規則・省令等」が、
行政官庁の主導によって作成される。


「法律」と「規則・省令等」の制定過程を簡単に見ると、


 行政官庁・議員・民間人が新法・改正案の発案
  ↓
 所轄官庁が審議会等の招集 
  ↓審議会等の経費は所轄官庁持ち?
 所轄官庁・法案推進者等が審議会等メンバー選出
  ↓
 審議会等開催
  ↓審議会等は所轄官庁の会議室で開かれる。
 所轄官庁が新法・改正案の草案作成
  ↓・議事録は所轄官庁の事務方が作成する。
 政府へ法案提出
  ↓
 国会審議→廃案
  ↓
 「法律」の成立
  ↓
 法律は「骨子」のみのざる法なので法律の抜け穴は、
 「規則・省令等」などで補完して埋める必要がある。
  ↓
 「規則・省令等」などの審議会等開催
  ↓
 所轄官庁主導で審議会等メンバー選出
  ↓
「規則・省令等」の詳細を作成
  ↓
国会審議をへずに「規則・省令等」の公布・施行



数えたわけではないが、
日本に存在する条文の5割以上が、
行政官庁主導で作成された「規則・省令等」ではないだろうか。

これらの精緻な「規則・省令等」は、
日本の優秀な官僚だからこそ構築できる。

精緻で厖大なこれらの「規則・省令等」が日本社会の安定を保持している面もあるが、
国民主権から逸脱する面も大きく、国会で成立した「法律」を骨抜きにできる危険性もある。

法案作成には民間人を起用した審議会等で審議されているが、
こうした審議会等のメンバーの選出方法、審議会等の経費、議事録の作成義務者等、
運営がきわめて不透明だ。

国会審議を必須とする「法律」とは別に、
「規則・省令等」などの大量のルールが行政官庁の裁量で生まれている。

規則・省令等でも審議会等が開催されており、
その議事録の多くがネット上等で情報公開され、
最後に国民向けに意見募集(パブリックコメント募集)等が行なわれているが、
その効果は…。

一人で30以上の審議会・委員会のメンバーになっている御用学者もいると言うから、
形骸化のはなはだしい審議会・委員会も多いだろう。
審議会・委員会のかけ持ち数を最大で1桁台までに落とさないと、
身の入った審議=熟議は不可能だろう。

原子力関連の審議会・委員会の運営の失策に見るように、
偏ったメンバーによる偏った話し合いでは英知は発揮されず、
当然、熟議は不可能だろう。

根本的に厖大な規則・省令等を最小限度に抑制してゆくと共に、
規則・省令等の制定過程をきめこかまく客観的に監視してゆく必要があるだろう。

なお、
地方議会に至っては、
その情報公開は国会よりも貧弱で、
毎回の議会で何を審議しているのか?…。
地方議会をチェックする機能は貧弱で、
都道府県・市町村の選挙民は議員と議会に丸投げ状態だろう。

その運営コストとムダは国会よりも、
不透明な地方議会の方がさらに大きいだろう。

中央政府(霞ヶ関)の束縛をゆるめて、
地方議会と地方議員の役割を変革して活性化しないと、
議会の段々席に置かれたお雛様のように飾られているだけの方々を増やすだけだろう。

それはムダそのものだ。
地方議会の場は、
余裕のあった20世紀後半は喜劇ですんでいたが、
今後は悲劇のステージになる。

国も地方も政治のイノベーションが必要だ。

法案作成のイノベーション?としては、
まずは行政主導の法案作成の流れを透明化して、
法案作成作業から行政を切り離して、
意見の異なる多くの人々を参画させることが肝要だ。

審議会などでの法案準備段階での予算を単独で国で確保して、
所轄官庁に束縛されない自由な審議を確保してゆく必要がある。

これは法案作成工程の単純なカイゼン=改善であって、
大きなイノベーションではないのかもしれないが、
明治時代から脈々と続く強大な行政の権力を抑制=国民主権の拡大ができたら、
それは大きな民主主義のイノベーションだと言える。

審議会等のメンバー選出レベル、
法案作成時の審議段階レベル、
新法や改正案などの法案の国会での決議段階レベルで、
国民が評価できる仕組が構築されることが望ましいと当然のように思う。

国民が法案や規則・省令等の評価行為にきめこかまく参画できれば、
もし、総論として国民が年に1回も実施されない選挙で間違った投票行為をしても、
各論である個々の法案準備~作成~制定レベルで方向修正が可能になる。


こうした国民の参政権拡大にインターネット技術は大きく貢献するだろうが、
個人の厳格な識別と個人情報の保護等のセキュリティ対策が大前提になるだろう。

参政権の拡大~民主主義のイノベーション

日本の参政権には、
投票権以外にも、
公務就任権(公務員に任用される権利)、直接請求権(地方自治のみ)、国民審査権があるが、
実際、国民がきがねなく政治的意思決定にかかわれるのは、
「選挙」での投票権だけだ。

しかし、
選挙は年に1回もない。

衆議院選挙は1890年(明治23年)7月1日に第1回投票が行なわれてから、
民主党が大勝した2009年の選挙まで、
たった45回しか実施されていない。

参議院選挙は1947年(昭和22年)4月20日に第1回投票が行なわれてから、
2010年の選挙まで、
たった22回しか実施されていない。

約120年間で国政選挙は67回、
平均すれば2年に1回くらいでしかない。

地方選挙は4年に一度(閏年の前年)だけ、
全国統一的に実施されている。
1947年(昭和22年)5月に最初の統一地方選挙が実施されて以来、
今までにたった16回しか実施されていない。

国政選挙と地方選挙を合わせて平均すれば、
2年に1.5回弱しか投票権を行使できないのが現実だ。

果たして、
これが真の民主主義の姿だろうか?

この数少ない選挙に加えて、
マスコミが逐次実施している怪しげなアンケート調査に、
国民と政界が右往左往しているのが現代の民主主義の現実だろう。

真の民主主義の姿は、
選挙以外のもっと多くの参政的な権利を国民にあたえることになると思う。

インターネットなど情報技術を活用して、
きめこかく、日常的に政治にアクセスできる仕組が今後つくられることは、
必至だろうと個人的には思っている。

現代の代表制民主義を主軸にして、
これを補完できる仕組で半直接民主主義を構築することが、
近未来社会をみつめる現代人の使命ではないだろうか。

外国人に投票権を与えるという参政権の拡大よりも、
日本人の参政権の質・量を拡大することを先に行なうことは、
言うまでもないことだ。


東京都の尖閣所有~石原氏、あっぱれ!

東京都知事の石原慎太郎氏が尖閣諸島を都で購入する意志があることを、
アメリカの地で表明した。

思惑のうずまく日本でなく、
アメリカの地でこの発言をしたことで、
泥臭い国境問題を国際法上の国際問題として、
ストレートに単純化できたようで効果的なことだった。

国が買い取って、
石垣市に払い下げるのも良いのだろうが、
一自治体には荷が重いか。

しかし、
今も一個人がその荷を背負っている。

尖閣諸島の魚釣島の所有権は一個人にあり、
国はこの方から島を賃借している。

今まで国境を守ってきた一番の功労者は、
この所有者の方だと思う。

今も昔も、
そして、これからも、
国を守るのは国ではなく国民なのだ。







徳川家康公と東京スカイツリーのお披露目~或る願い

今日4月17日、
東京スカイツリーが報道陣に公開されました。

奇しくも、
今日は徳川家康公の命日。


大きな地図で見る

徳川家康から家光までの三代の将軍に仕えた天海僧正の助言により、
江戸を守るために都市計画が行われたと言われます。

江戸城の鬼門の方角=東北に寛永寺、浅草寺が置かれ、
この東北方向の延長線上に日光東照宮が造営されました。
また、
反対の方角=裏鬼門に目黒不動を配しました

なお、
東北に位置する浅草寺は、
祈願所(お願い事を祈願する寺社、
南西の増上寺は、
菩提寺(徳川家の先祖を供養する寺社)としました。

浅草寺近くに建てられた東京スカイツリーもまた、
現代の東京を守る象徴にしたいという願いが、
今日の日にこめられているように思えます。

日常使用カメラ~OM-D E-M5登場でオリンパスに1本化

航空祭などでの非常に早く動く被写体の動体撮影は、
コストパフォーマンス(価格とAF性能・速写性能)から見て、
いまのところ、
キャノンのEOS・7D以外の選択肢は考えられません。
しかし、
いかんせん、カメラとレンズで2キロを超える場合もあり…重たい。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して


日常使用の軽量なカメラについては、
昨今、選択肢が増えてきました。

数年前までは携帯電話のカメラとコンパクトデジカメで十分でしたが、
ミラーレス=ノンフレックスカメラの登場で、
ここ数年、悩ましい状況になりました。

ソニーのNEXのシステムにするか?
パナソニック&オリンパスのマイクロフォーサーズ(M4/3)のシステムにするか?
ここ1年以上、比較しながら、楽しみながら悩みました。

カメラ好きでお金と時間のある方は、
ニコンのNikon 1 J1、富士フィルムのX-Pro1を加えて、
5者を比較している場合もいらっしゃるようですが、
ニコンと富士フィルムはNEX以上にレンズ群が貧弱ですので、
選択対象外でした。

そもそも、
携帯電話のカメラとコンパクトデジカメの単純な延長線上を見れば、
レンズ群の充実はあまり意味はなく、
その意味で5者選択になりかねないのですが、
レンズ交換できる一眼レフカメラの醍醐味を知っている場合(小生の場合)は、
カメラ本体とレンズ群の充実が重要な選択基準になります。


そして、このたび、ついに、
オリンパスのハイエンド・ノンフレックスカメラ「OM-D E-M5」の登場で、
てんびんの重みは一気にオリンパスに傾きました。

●久々の物欲~待望のオリンパス「OM-D E-M5」カメラ発売
http://ameblo.jp/ararada/entry-11212693614.html


NEXとM4/3、
さらに、
M4/3の中でもパナソニックとオリンパス、
これら三者をてんびんにかけて比較するムダがなくなったことで、
お金と時間が節約できてまったくもってうれしい限り。

ぐたぐだと、このまま三者の比較をしていたら、
さらに深い泥沼にはまっていったでしょう。

その意味で、オリンパスさんには感謝。

OM-D E-M5のコストパフォーマンスの良さ、
具体的には超強力な手振れ防止機能と高感度機能、
防塵防滴性能、そして、M4/3の豊かなレンズ群が、
小生の心の中でNEXの魅力を打ちのめした決定キーでした。

OM-D E-M5のコストパフォーマンスは、
半額になったキャノンのEOS・7Dほどではないにしろ、
NEXよりもかなり高いと思いました。

思えば、
すべて日本メーカというところも、
すごいところです。

モノ好きな小生のような日本人が、
日本のカメラ技術を支えているのでしょう。


なお、
OM-D E-M5を新年度早々4/1に入手以来、
ここ2週間くらいで700枚くらい撮影しました。

実際に手にして期待以上だったのは、
超強力な手振れ防止機能とあいまったAFの精度で、
暗い場所での高感度撮影、カスタム設定の豊富さは期待通りでした。

●サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影
http://ameblo.jp/ararada/entry-11217912979.html

●サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影2
http://ameblo.jp/ararada/entry-11221442648.html

●神田川の桜~OM-D E-M5&45mmf1.8
http://ameblo.jp/ararada/entry-11217920560.html

●デジカメinfo~http://www.techradar.comの評価
http://digicame-info.com/2012/04/om-d-e-m5-7.html


しかし、
残念なことですが、現時点で、
小生のOM-D E-Mには2つの不具合が出ています。

不具合の一つは、
突然、4/14に液晶(ファインダーにも)の右上に小さな赤い点が出現ました。
非常に小さい点ですが気になる点です。
この赤点は角度を変えたり、被写体が白いと見えなくなります。
ファインダーとモニターの両方にこの赤点が出現し、
デジタルテレコンで拡大すると完全に画面から消えます。
液晶のドット抜けではないようです。

ブロアーでイメージセンサー(撮像素子)をしつこく清掃すると、
この赤点の大きさはかなり小さくなりました。
たぶん、イメージセンサーにブロアーで吹き飛ばせないゴミが付着した可能性が高いですが、
センサーの異常かもしれません。
レンズを交換してもこの現象が起きます。
原因は何にしろ、
撮影した被写体が白っぽいとなぜか消えることがあるのですが、
被写体が黒っぽいと必ずこの赤点が写り込んでいるので…困りものです。

もう一つは、
レンズ・キットの12-50レンズをマクロモードにしてカメラをスリープにしたときに、
スリープから復帰できずに電源の入れ直しが必要になります。
この不具合は他の個体でも出ているので、
オリンパスはソフトウエアのアップデートなどで対応してゆくのでしょう。

なお、
革新的な手振れ防止機構が発する微音は個人的にはまったく気にならないので、
不具合だとは認識していません。
アマゾンのOM-D E-M5のコーナーでは、
この微音についてのステマ的なレビューが散見されますが、
ほんとうに購入者のレビューなのか?困ったものです。

今は品切れ状態で交換に時間がかかるようなので、
後者の問題点はもう少し製品の供給が安定して、バグ等が改善されたら、
保証期間内に交換してもらおうと思っていますが、
前者の問題点(撮影した映像に赤点が残ってしまう)は早期に何とかしないといけません。

そこで、
さっそく購入店(都内大手カメラ専門チェーン)に相談しましたら、
うれしいことに1台在庫があるということでさっそく交換する予定。

今後の株式相場の展開~今年は上昇基調?

昨年2011年は、
2/21に日経平均は年初来高値10857円をつけて、
翌月3/11の大震災で日本の株式相場は当然ながら崩壊した。

昨年3/15に日経平均8605円、11/25に8160円の底値をつけて、
日経平均は下落基調で推移した。

今年2012年に入ると辰年の昇り龍の格言通りに好転して、
3/27に10255円をつけて調整入りした。

「11」つながりか?
今月4/11に騰落レシオは82まで落ちて、
日経平均8458円で調整終了になったと思われる。

4月の相場はここ10年、3回に2回は上昇で終わっている。
この確率から見れば、これから本来の上昇相場に戻ってゆくのではないか…。


今年は3月に日経平均は年初来高値をつけて、
4月に大きく下落している。

昨年は2月に初来高値、
そして、
翌月3月は大震災で大きく暴落した。

今年も昨年同様に、
年初来高値と大きな下落がペアで発生している。

偶然とは思えないシステム的な動きを感じる。

この上昇と下降がペアで起きているところは似ているが、
昨年は下落基調で、
今年はその逆だろうか。

すなわち、
4月のような調整はあるものの、
今年は高値維持で上昇基調でゆくのではなだろうか?…と思うが、
決定的な根拠があるわけではない。





サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影2

4/8のJリーグ・川崎フロンターレ対FC東京(川崎市・とどろきアリーナ)では、
0:1で川崎が負けましたが、
この川崎のゴールを揺らした瞬間一歩手前を撮影することができました。

フロンターレのファンの方は見たくないシーン…お許しください。

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OLYMPUS OM-D E-M5&レンズ:パナソニック・100-300撮影 JPEG・加工ナシ


●サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影
http://ameblo.jp/ararada/entry-11217912979.html

サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影

4/8、Jリーグの川崎フロンターレ対FC東京(川崎市・とどろきアリーナ)を観戦した。

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はて、
中村憲剛(14)はここから切り込んでどうなったのか?…
撮影に神経を使っていてわかりませんでしたが、写真をチェックしてわかりました。

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 OLYMPUS OM-D E-M5&レンズ:パナソニック・100-300撮影 JPEG・トリミング有 その他加工ナシ

得点が入らなかったことは知っていたのですが…連写の写真を見てはじめてわかりました。
ディフェンダーに当たって跳ね返されていました。





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     OLYMPUS OM-D E-M5&レンズ:パナソニック・100-300撮影 JPEG・加工ナシ

稲本潤一(20) がからみに入らずに立ってる…後半に入って疲労困憊だったか?



上の写真は共にISO3200にしてシャッタースピードをそれなりに上げている。ISO3200でもノイズが少なく常用できるレベルだじゃらこそこれができるのだろう。


オリンパスのOM-D E-M5が、
ここまで動いている被写体の瞬間を的確に切り取れるとは想定外だった。

この革新的な強力な手振れ補正とあいまってAF(オートフォーカス)精度がかなり向上している。
連写・速写をしなかったことこともあってか?歩留まり率も非常に良く、驚いた。
横方向の移動についてはAFの精度が高いが、
縦方向(向こうからこちらに動く等)は弱いかもしれない。

小さいマイクロフォーサイズの望遠レンズのおかげで、
周囲の人に迷惑をかけないである程度自由に振り回すことができ、
シャッターチャンスの好機をとらえやすかった。

より早い動体である航空機の撮影でも期待できるかもしれない。


●サッカー観戦~オリンパス OM-D E-M5の動体撮影2
http://ameblo.jp/ararada/entry-11221442648.html

●久々の物欲~待望のオリンパス「OM-D E-M5」カメラ発売
http://ameblo.jp/ararada/entry-11212693614.html

大人社会を復権するには…?

大人社会を復権するには、
どうしたら良いだろうか?

それは、
まずは、今の大人が本当の大人になること。

「本当の大人」の定義は難しい。

そもそも、
「本当の大人」は、
つねに「本当の大人」への過渡的な存在であり、
完成された「本当の大人」は存在しないだろう。

「本当の大人」を簡単に定義すれば、
本当の大人を追求してゆく姿勢だろう。

今の子どもが健全な大人になることも、
この大人のイメージを追求することからはじまるので、
健全な子どもと大人の間には重なる部分も多い。


●現代日本~失礼ながら女性・子ども向けの社会
http://ameblo.jp/ararada/entry-11218655550.html

●大手企業・役所よりも中小企業へ~健全な若者の姿かも
http://ameblo.jp/ararada/entry-11213924585.html

現代日本~失礼ながら女性・子ども向けの社会

1980年代か?
バブル崩壊後あたりからだろうか?
バブル時代からだろうか?
団塊の世代が現場を仕切る中堅管理職になった頃か?
日本社会は急激に大人向けの社会から、
女性向け、子ども向けの社会に変貌した。

そして、
世の中から大人が消えつつあるように見える。
大人と共に大人の責任も消えつつあるように見える。

これと、
ほぼ同時に「教養」も消えだした。

ある時代まで、
大人になる条件としてさまざまな儀礼的な文化的背景の習得があった。

知っておかなければいけないい歴史、音楽、絵画、文学、映画などがあった。
確かに現代も当然、それらはあるが、
それらの重要度、優先度は格下げされている。

個性化や多様化の名のもとに、
画一的に見られやすい「教養」が破棄された。

しかし、
その結果として、
知識と知恵の根を失って、
表面的な多様化を謳歌しながら、
実質的には画一化が進んでいるように思える。

人が本当の意味で継続的に多様化するためには、
学習が必要であり、
学習し続けるための基礎的な素養が絶対必要だろう。

この素養を根にして、
将来の奥深い大人の世界は構築されるのだろう。

この奥深い大人の世界は大きな市場でもある。

今後、市場がもっとも大きい大人向けの消費社会を構築できれば、
当然、ビジネスチャンスが大きく花開く。

現代は、
AKB48が時代最大の流行語になっている。
若い世代を尊重しているというよりは、
だましやすいターゲットを食い物にしているように見えてしまう。

それはまさしく無責任な子供だましのような社会を垣間見ているようだ。

そのような社会とはもうおさらばしないと、
日本の発展はない。

AKB48は否定するつもりはないが、
現代の日本社会は大人の世代の文化が貧弱ではないだろうか。

大人を時代の主人公に再設定して、
大人社会を復権することが、
今後の日本社会を支える最大のキーワードだろう。