悪徳の栄え⑥ − マルキ・ド・サド
・激しい情欲に動かされない人間は、凡庸な存在でしかないだろう。偉大な人間を生むことができるのは、偉大な情欲のみであろう。人間は情熱的であることをやめるや、たちまち鈍物になってしまう。
・法律によって人間を善良ならしめようなどと考えるのは、よしたがいい。法律によるかぎり、人間はますます狡猾、ますます悪辣になるばかりであって、けっして善良になどはならないのだ・・・
・王位は万人の望むところであって、人が嫌悪するのは王位にあらず、王位に就いている者なのだ。
・人間を支配するには、神の口を借りて語らねばならぬ。そうすれば人間は服従する。
・一方が正しくて他方が悪いなどとは、考えもしなかった。ただ強い方につくべきだと思い、そして実際、強い方についたというだけの話である。
・なぜなら一人の人間を幸福にするものは、他人の評価ではなく、彼自身の意見のみであるからだ。たとえばうまくやるためにどんな道を選ぶとしても、このみずから考えるという習慣を棄ててしまったら、人間万事、けっして己れの幸福を築きあげるわけには行かないにちがいない。
・法律によって人間を善良ならしめようなどと考えるのは、よしたがいい。法律によるかぎり、人間はますます狡猾、ますます悪辣になるばかりであって、けっして善良になどはならないのだ・・・
・王位は万人の望むところであって、人が嫌悪するのは王位にあらず、王位に就いている者なのだ。
・人間を支配するには、神の口を借りて語らねばならぬ。そうすれば人間は服従する。
・一方が正しくて他方が悪いなどとは、考えもしなかった。ただ強い方につくべきだと思い、そして実際、強い方についたというだけの話である。
・なぜなら一人の人間を幸福にするものは、他人の評価ではなく、彼自身の意見のみであるからだ。たとえばうまくやるためにどんな道を選ぶとしても、このみずから考えるという習慣を棄ててしまったら、人間万事、けっして己れの幸福を築きあげるわけには行かないにちがいない。
悪徳の栄え③ − マルキ・ド・サド
・一般に罪と呼ばれているものは、すべて偶然的であれ計画的であれ、人間が法律と呼んでいるものに対する形式的な違反である。
・要するに良心の呵責というのは、この最初心に萌した衝動の純粋な結果なのであって、習慣のみがこれを破壊することができる、われわれはかかる感情を断乎として克服すべく努力せねばならない。
・なぜわれわれは自然が動物の世界につくったものを、われわれ人間の世界にもつくったという明白な事実に目をそむけるのだろう?
・しかしおれは繰り返して言うが逆にもし彼が弱者を援助し、その力の一部を与えるかその権力の一部を譲るかして、自己と相手とを平等の立場に置こうなら、必然的にその行為は自然の秩序の破壊になり、彼は普遍的な法則を乱したことになるだろう。そしてまたこのことから憐憫という感情は、自然の法則によって要請された不平等という状態を乱すようわれわれを誘うものであってみれば、それは美徳どころか、歴とした悪徳であると言わねばならなくなるだろう。
・つまらない人気とりのために、民衆をやたら身近に近づけようとする権力者は、たちまち卑しくなり、身を落とす。
・結婚のすべての不幸が胚胎するのは、習慣によってあたしたちが結びついた相手とのあいだに、趣味の一致もなければ類似点もないという、あの絶望、あの耐えがたい、焦燥、あの嫌悪からではないかしら?
・要するに良心の呵責というのは、この最初心に萌した衝動の純粋な結果なのであって、習慣のみがこれを破壊することができる、われわれはかかる感情を断乎として克服すべく努力せねばならない。
・なぜわれわれは自然が動物の世界につくったものを、われわれ人間の世界にもつくったという明白な事実に目をそむけるのだろう?
・しかしおれは繰り返して言うが逆にもし彼が弱者を援助し、その力の一部を与えるかその権力の一部を譲るかして、自己と相手とを平等の立場に置こうなら、必然的にその行為は自然の秩序の破壊になり、彼は普遍的な法則を乱したことになるだろう。そしてまたこのことから憐憫という感情は、自然の法則によって要請された不平等という状態を乱すようわれわれを誘うものであってみれば、それは美徳どころか、歴とした悪徳であると言わねばならなくなるだろう。
・つまらない人気とりのために、民衆をやたら身近に近づけようとする権力者は、たちまち卑しくなり、身を落とす。
・結婚のすべての不幸が胚胎するのは、習慣によってあたしたちが結びついた相手とのあいだに、趣味の一致もなければ類似点もないという、あの絶望、あの耐えがたい、焦燥、あの嫌悪からではないかしら?
悪徳の栄え⑤ − マルキ・ド・サド
・あたしは罪をつくってやりたいのに、どこへ行っても罪なんぞにぶつかることは絶えてなく、その代り偏見ばかりにぶつかってるんだから、まったく絶望しちゃうわ。ああ、畜生、いつになったらあたしは本当に罪が犯せるんだろう?
・後悔を与えるようなことが、陶酔にひたりつつ実行しおおせたら、次にはただちに冷静に実行せよ、ということよ。こんなふうにして、勢いを盛り返して来た美徳と正面衝突し、感覚が冷静が平静にかえった瞬間ふたたびすがたをあらわそうとする美徳と、積極的に闘う習慣こそ、永遠に美徳を根絶せしめるもっとも確実な手段のひとつなのよ。
・平静の瞬間が後悔という形の下に、あんたの心にふたたび美徳を芽生えさせようとするのを認めたら(というのは、美徳があたしたちの心を掴もうとするのは、いつもこうした偽装によってなのですからね)、ただちにあんたの心に後悔の種をまこうとしている物事を、ふたたび実行するのよ。この方法を二回三回と続けて行くうちには、あんたはもうどんな後悔の声にも耳を籍さないようになり、いつでも自若としていられることになるわ。
・とにかく、途中で止まってはいけない、目を後方へ向けるとしても、それはいつもかならず自分の辿って来た道のりの少なさを自分の心に咎めるためであって、自分の辿ってきた道のりの大きさに驚くためであってはいけないのよ。
・美徳の上に築かれた宗教のお伽話は、美徳と同様、もっぱら不条理な幻影でしかありえないのです。自然の唯一の法則はエゴイズムです。ところで、美徳は他人の幸福のために自己の性癖を犠牲にすることによって成立するのですから、エゴイズムと矛盾します。
・人があらゆる偏見の撲滅に到達しうるのは、自然のもっとも奥深い襞のなかまで探求することによってのみです。
・後悔を与えるようなことが、陶酔にひたりつつ実行しおおせたら、次にはただちに冷静に実行せよ、ということよ。こんなふうにして、勢いを盛り返して来た美徳と正面衝突し、感覚が冷静が平静にかえった瞬間ふたたびすがたをあらわそうとする美徳と、積極的に闘う習慣こそ、永遠に美徳を根絶せしめるもっとも確実な手段のひとつなのよ。
・平静の瞬間が後悔という形の下に、あんたの心にふたたび美徳を芽生えさせようとするのを認めたら(というのは、美徳があたしたちの心を掴もうとするのは、いつもこうした偽装によってなのですからね)、ただちにあんたの心に後悔の種をまこうとしている物事を、ふたたび実行するのよ。この方法を二回三回と続けて行くうちには、あんたはもうどんな後悔の声にも耳を籍さないようになり、いつでも自若としていられることになるわ。
・とにかく、途中で止まってはいけない、目を後方へ向けるとしても、それはいつもかならず自分の辿って来た道のりの少なさを自分の心に咎めるためであって、自分の辿ってきた道のりの大きさに驚くためであってはいけないのよ。
・美徳の上に築かれた宗教のお伽話は、美徳と同様、もっぱら不条理な幻影でしかありえないのです。自然の唯一の法則はエゴイズムです。ところで、美徳は他人の幸福のために自己の性癖を犠牲にすることによって成立するのですから、エゴイズムと矛盾します。
・人があらゆる偏見の撲滅に到達しうるのは、自然のもっとも奥深い襞のなかまで探求することによってのみです。