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悪徳の栄え④ − マルキ・ド・サド

・法律はうんときびしくしなければいけない。異端糾問所の支配している国のみが幸福な統治国なのだ。それのみが君主への絶対服従を実現しうる。政治の支配力を強くするには宗教の支配力を強くするのが、いちばんの早道だ。王笏の権威は香炉の権威に依存している。


・国家の真の政治、したがって、市民を堕落させうるようなあらゆる手段を、何百倍にもふやすことなのだ。多くの見世物、豪奢な贅沢、無数の居酒屋、淫売屋、砲塔の罪の全面的許可、これこそ人間を柔順にするための確実な手段なのだ。


・要するに、神も悪魔もありやしない、天国も地獄もありやしないのよ。この世であたしたちが果たさねばならぬ唯一の義務は、社会的な利害関係を別とすれば、ただ快楽の義務だけなのよ。


・真の道楽は子孫の増殖を嫌悪するものである。


・虚偽は女の本質的な性格の一種である。


・男は欺かれることを好む。やさしい悪事は悲しい現実よりも、心地よいものである。

悪徳の栄え② − マルキ・ド・サド

・自己の利益を他人の利益の上に置くとき、その男は悪徳男である、またよしんば、その男が美徳の懐にあったとしても、そもそも情欲の抑制であるこの美徳なるものは、かならず自尊心の衝動であるか、しからずんば、罪悪の手段が提供するよりも安全確実な幸福の一定量を回収したいという欲望であるか、そのいずれかであることに間違いないのだから、やっぱり彼は悪徳男である。つまりこの男が求めているものは、つねに自己の幸福であって、それ以外のものには彼はけっして心を労さないのである。だいたい動機なくして善を為すということがことき、無私無欲な美徳が存在すると思ったらそれこそとんだお笑いぐさである。そんな美徳は絵空ごとでしかない。人間が美徳を行うのは、そこから何らかの利益を引き出すため、あるいは何らかの感謝を期待するためにすぎないのだということを、よく覚えておくがいい。


・男なんてどんなに金持でも、どんなによくしてくれる人であっても、あたしたちはこれっぽっちも感謝する必要なんかないんです。だって、あたしたちをどんなに贅沢三昧にさせてくれても、結局男は自分ひとりのためにそれをやっているのだし、ぴかぴかしたものであたしたちを飾ってくれたとしても、結局それは女を独り占めにしているという己惚の結果であるか、さもなくば自分の愛の対象をだれとも頒かち合いたくないために、しぶしぶそのお宝を浪費させてやっているという、これは嫉妬心の結果であるか、どっちかに決まっていますもの。


・どんなに貞淑な女でも、不謹慎な言動をするとか嘘をつくとかいうことで、一たび旦那さんに何らかの疑いを持たれてしまったら、よしんば現実にどんな淑徳高い女であったとしても彼女は、朝から晩まで色事にふけっているがすべての人の目にそれを隠すことができる手練手管の女に比べて、どんなにか悪い女と言うべきでしょう。さらにもっと言うならば、どんな理由で一人の男を大事にしれいるにせよ愛しているにせよ、あるときふと共寝した別の男をやはり同じくらいに愛することだって、女にはできるので、このいわゆる移り気ほど、あたしに言わせれば、人間の情欲と仲よく折合うものはないんですよ。


・「罪の空想は何て快楽を持たさせるのでしょうね!」


・「この寛大にして親切な自然というやつは、利益もしくは恐怖という動機による以外、とくに他人のために尽くすことをわれわれに要求したりするものではないのだ。なぜ恐怖が動機になるかというと、われわれは自分たちの弱さのために、不幸を恐れているからであり、またなぜ利益が動機になるかというと、われわれの虚栄心が利得あるいは所有を望むからだ。」


・そもそも他人の苦痛をわれわれ自身との間に、どんな共通なものがあるというのだ?われわれが他人の苦痛を理解するのは、ただ自分も同じような運命になったら怖いと思うからではないのか?かように、もし恐怖から同情が生まれるとすれば、同情とは一つの弱さであって、われわれはすべからくそのようなものから身を防ぎ、できるだけ早く逃れねばならないわけだよ。

悪徳の栄え① − マルキ・ド・サド

・閉居している女たちにとって、快楽への傾向は、彼女らを互いに親しく結びつける唯一の動機なのです。女たちを結びつけるのは美徳ではなくて、みだら事です。女は自分のために張り切るものを好み、自分を揺すぶってくれる者を愛します。


・羞恥心なんて、根も葉もない感情です。それはただ風俗や教育の賜物であって、いわゆる習慣というものの一形態にすぎないのですからね。裸の男や女を創り出した自然が、同時に裸になることの嫌悪や羞恥心を人間に与えようはずがないじゃありませんか。


・人間社会の慣習なんてものは、殆どいつも、あまねく社会の成員の許可なしに広められてしまうものなので、多くの場合あたしたちの憎悪の的であり・・・世の良識とは相容れぬものよ。馬鹿馬鹿しい世間の慣習は、唯々諾々とそれに従おうとするあほうな人の眼にしか現実性をもたず、叡智と理性の眼にはただ軽蔑の対象でしかないものよ・・・


・原因のない結果にはないんだから、結果がああたしをおびやかすとき、まず第一の配慮は、直ちに原因までさかのぼってみるということね。


・所有権というものの発端にさかのぼってみると、どうしたってわれわれは横領強奪にぶつからざるを得ない。しかるに盗みが罰せられるのは、もっぱらそれが所有権を侵害するという理由による。ところがこの権利そのものが、元来盗み以外のものではないのだ。だから結局法律は、盗みを攻撃するという理由で盗みをを罰し、権利を確率し増強しようとしたという理由で強者を罰しているのである。


・美徳は人間の恒常的な道徳ではまったくなくて、単に社会生活が人間に尊重することを強いた、不自然な犠牲的感情でしかないことも明らかである。