罪と罰② − ドストエフスキー
・ラスコーリニコフ「良心がある者は、あやまちを自覚したら、苦悩するでしょう。これがその男にくだされる罰ですよ。---苦役以外のですね」
ラズミーヒン「つまり人を殺す権利をあたえられている連中だな、彼らは他人の血を流しても、ぜんぜん苦しんではならないというのかい?」
ラスコーリニコフ「ならない、どうしてそんな言葉を使うんだ?そこには許可もなければ禁止もないよ。犠牲者をあわれにおもったら苦悩したらいい・・・苦悩と苦痛に広い自覚と深い心はつきものだよ。真に偉大な人々は、この世の中に大きな悲しみを感じとるはずだと思う」
・なぜって、尋問のときのっけから何もかも知らん振りをするのは、ばかな百姓か、世間知らずの若僧だけだよ。わずかでも教養と経験のある人間なら、かならず、できるだけ、どうにも動かぬ外部的な事実はすべて白状しようとするものだ。ただしそれらの事実に別な原因をさがしだし、独特の思いかけぬ特徴を巧みにはめこんで、すっかり別な意味をあたえ、別な光をあてて見せるってわけだ。
・おお、馬上にまたがり、剣を振りかざして、アラーの神の命令だ、<おののく>者どもわれに従え、と叫ぶ<予諸>の心境が、おれにはよくわかる!大通りにばかでかい大砲をならべて、罪あろうがなかろうが無差別に射ち殺して、なんの釈明の必要があるというのだとうそぶいた<予諸>が正しかったのだ、それでいいのだ!われに服従せよ、おののく者ども、そして---何も望むな、それは---おまえらの知ったことではない!
・いまさらいうまでもありませんが、女には外見はどんなに怒っているようでも辱められたことが内心うれしくてたまらないという、そんな場合があるものですよ。それは誰にでもあります。人間はだいたい辱められることをひどく好きがる傾向さえありましてな、あなたはそれにお気付きになったことがありますか?ところが、女にはそれが特に強いんですな。それだけを望んでいる、といってもいいほどです。
ラズミーヒン「つまり人を殺す権利をあたえられている連中だな、彼らは他人の血を流しても、ぜんぜん苦しんではならないというのかい?」
ラスコーリニコフ「ならない、どうしてそんな言葉を使うんだ?そこには許可もなければ禁止もないよ。犠牲者をあわれにおもったら苦悩したらいい・・・苦悩と苦痛に広い自覚と深い心はつきものだよ。真に偉大な人々は、この世の中に大きな悲しみを感じとるはずだと思う」
・なぜって、尋問のときのっけから何もかも知らん振りをするのは、ばかな百姓か、世間知らずの若僧だけだよ。わずかでも教養と経験のある人間なら、かならず、できるだけ、どうにも動かぬ外部的な事実はすべて白状しようとするものだ。ただしそれらの事実に別な原因をさがしだし、独特の思いかけぬ特徴を巧みにはめこんで、すっかり別な意味をあたえ、別な光をあてて見せるってわけだ。
・おお、馬上にまたがり、剣を振りかざして、アラーの神の命令だ、<おののく>者どもわれに従え、と叫ぶ<予諸>の心境が、おれにはよくわかる!大通りにばかでかい大砲をならべて、罪あろうがなかろうが無差別に射ち殺して、なんの釈明の必要があるというのだとうそぶいた<予諸>が正しかったのだ、それでいいのだ!われに服従せよ、おののく者ども、そして---何も望むな、それは---おまえらの知ったことではない!
・いまさらいうまでもありませんが、女には外見はどんなに怒っているようでも辱められたことが内心うれしくてたまらないという、そんな場合があるものですよ。それは誰にでもあります。人間はだいたい辱められることをひどく好きがる傾向さえありましてな、あなたはそれにお気付きになったことがありますか?ところが、女にはそれが特に強いんですな。それだけを望んでいる、といってもいいほどです。
罪と罰 ①− ドストエフスキー
・はじめにちょっと泣いたが、もう慣れてしまっている。人間なんてあさましいものだ、どんなことにもなれてしまうのだ!
・良人は妻に対してすこしの借りもあってはいけないし、妻に恩人と思わせたほうがはるかにいい。
・自分のために、自分の安楽のために、自分を 死から救うためにさえ、自分を売りはしないが、他人のためなら現にこのように売るのだ!愛する人間のために、尊敬する人間のために、売る!要するに、これが真相なのだ。兄のために、母のために、売る!すべてを売る!おお、この殺し文句のために、時によるとわれわれは道徳心をおしつぶしてしまうのだ。
・それはつまり、人間は自然の法則によって二つの層に大別されるということです。つまり低い層(凡人)と、これは自分と同じような子供を生むことだけをしごとにしているいわば材料であり、それから本来の人間、つまり自分の環境の中で新しい言葉を発言する天分か才能をもっている人々です。それを更に細分すれば、むろんきりがありませんが、二つの層の特徴はかなりはっきりしています。第一の層、つまり生殖材料は、一般的に言うと、保守的で、行儀がよく言われるままに生活し、服従するするのが、好きな人々です。ぼくに言わせれば、彼らは服従するのが義務なのです。だってそれが彼らの使命ですし、服従することが、すこしも恥ずかしいことじゃないのです。第二の層は、みな法律をおかしています。その能力から判断して、破壊者か、もしくその傾向をもつ人々です。これからの人々の犯罪は、むろん、相対的であり、千差万別です。彼らの大多数は、実に様々な形において、よりよきもののために現在あるものの破壊を要求しています。そして自分の思想のために、たとえ血を見、死骸をふみにえても進まねばならぬと、ぼくに言わせれば、ひそかに、良心の声にしたがって、血をふみこえる許可を自分にあたえるでしょう。---もっとも、思想とその規模によるものでしょうが、 (略)しかし、それほど心配することはありません。いつの時代も民衆は、彼らにこのような権利があるとは、ほとんど認めません、そして彼らを処罰したり、絞首刑にしたりします(もっとも程度の差はありますが)、そしてそれによって、全く公正に、自分の保守的な使命感を果たしているわけです。もっとも時代がかわればその同じ民衆が、処罰された彼らを支配者の地位にまつりあげて、ぺこぺこするわけですがね。(これにも程度の差はありますが)。第一の層は常に---現在の支配者であり、第二の層は---未来の支配者です。第一の層は世界を維持し、それを数的に大きくします。第二の層は世界を動かし、それを目的にみちびきます。そして両者ともまったく同じ生存権をもっています。要するに、ぼくに言わせれば、すべての人が平等な権利をもっているのです、そしてviva la guerre eternelle.(永遠の戦争万歳です)---むろん、新しいエルサレムが生まれるまでですがね!
・良人は妻に対してすこしの借りもあってはいけないし、妻に恩人と思わせたほうがはるかにいい。
・自分のために、自分の安楽のために、自分を 死から救うためにさえ、自分を売りはしないが、他人のためなら現にこのように売るのだ!愛する人間のために、尊敬する人間のために、売る!要するに、これが真相なのだ。兄のために、母のために、売る!すべてを売る!おお、この殺し文句のために、時によるとわれわれは道徳心をおしつぶしてしまうのだ。
・それはつまり、人間は自然の法則によって二つの層に大別されるということです。つまり低い層(凡人)と、これは自分と同じような子供を生むことだけをしごとにしているいわば材料であり、それから本来の人間、つまり自分の環境の中で新しい言葉を発言する天分か才能をもっている人々です。それを更に細分すれば、むろんきりがありませんが、二つの層の特徴はかなりはっきりしています。第一の層、つまり生殖材料は、一般的に言うと、保守的で、行儀がよく言われるままに生活し、服従するするのが、好きな人々です。ぼくに言わせれば、彼らは服従するのが義務なのです。だってそれが彼らの使命ですし、服従することが、すこしも恥ずかしいことじゃないのです。第二の層は、みな法律をおかしています。その能力から判断して、破壊者か、もしくその傾向をもつ人々です。これからの人々の犯罪は、むろん、相対的であり、千差万別です。彼らの大多数は、実に様々な形において、よりよきもののために現在あるものの破壊を要求しています。そして自分の思想のために、たとえ血を見、死骸をふみにえても進まねばならぬと、ぼくに言わせれば、ひそかに、良心の声にしたがって、血をふみこえる許可を自分にあたえるでしょう。---もっとも、思想とその規模によるものでしょうが、 (略)しかし、それほど心配することはありません。いつの時代も民衆は、彼らにこのような権利があるとは、ほとんど認めません、そして彼らを処罰したり、絞首刑にしたりします(もっとも程度の差はありますが)、そしてそれによって、全く公正に、自分の保守的な使命感を果たしているわけです。もっとも時代がかわればその同じ民衆が、処罰された彼らを支配者の地位にまつりあげて、ぺこぺこするわけですがね。(これにも程度の差はありますが)。第一の層は常に---現在の支配者であり、第二の層は---未来の支配者です。第一の層は世界を維持し、それを数的に大きくします。第二の層は世界を動かし、それを目的にみちびきます。そして両者ともまったく同じ生存権をもっています。要するに、ぼくに言わせれば、すべての人が平等な権利をもっているのです、そしてviva la guerre eternelle.(永遠の戦争万歳です)---むろん、新しいエルサレムが生まれるまでですがね!
悲惨物語 − マルキ・ド・サド
・「たとえ何の知識もなく、宗教の教理をひとつも知らなかったとしても、それによって不幸になることは、まずありえませんよ。」というのは、かりにその教理が正しいとしても、神は無知なるものを罰するほど悪人じゃないだろうからね。また、もしもその教理が間違っているとすれば、そんな出鱈目を話して聞かせる必要がどこにあるだろう。
・ただし愛情なんぞは要らないよ。冷静に彼女の心を虜にしてしまえばよいのだ。間違っても彼女の自由になんぞさせるなよ。
・要するに習慣と社会的約束の結果(フランヴェルの結婚についての考え)
・つまり馬鹿者か、のらくら者が結婚するのです。ある哲学者が言いました。「人間は自分が何をしているかわからない時か、さもなければ、もう他にやることがないと以外はけっして結婚しない。」とね。
・猫かぶりで、嫉妬ぶかくて、横柄で、手練手管にたけていて、気ちがいじみた信心家、これが女です。陰険で、浮気で、横暴、これが亭主です。要するに地上の人間というのは、みんなそんなものです、奥さん。無いものねだりはやめましょう。
・幸福とは、ひとつの理想であって、想像力の産物だからです。それは感動の一形式であって、人間の見方感じ方にのみ関係するものです。必要の満足というのを別にすれば、すべての人間をひとしく幸福にするものなどは
ひとつもありません。他人には、この上なく不快なものが、あるひとを、幸福にさせるという例は、われわれが毎日のように見聞きしているところです。
・ただし愛情なんぞは要らないよ。冷静に彼女の心を虜にしてしまえばよいのだ。間違っても彼女の自由になんぞさせるなよ。
・要するに習慣と社会的約束の結果(フランヴェルの結婚についての考え)
・つまり馬鹿者か、のらくら者が結婚するのです。ある哲学者が言いました。「人間は自分が何をしているかわからない時か、さもなければ、もう他にやることがないと以外はけっして結婚しない。」とね。
・猫かぶりで、嫉妬ぶかくて、横柄で、手練手管にたけていて、気ちがいじみた信心家、これが女です。陰険で、浮気で、横暴、これが亭主です。要するに地上の人間というのは、みんなそんなものです、奥さん。無いものねだりはやめましょう。
・幸福とは、ひとつの理想であって、想像力の産物だからです。それは感動の一形式であって、人間の見方感じ方にのみ関係するものです。必要の満足というのを別にすれば、すべての人間をひとしく幸福にするものなどは
ひとつもありません。他人には、この上なく不快なものが、あるひとを、幸福にさせるという例は、われわれが毎日のように見聞きしているところです。