悪徳の栄え⑤ − マルキ・ド・サド | K's SHOPのブログ

悪徳の栄え⑤ − マルキ・ド・サド

・あたしは罪をつくってやりたいのに、どこへ行っても罪なんぞにぶつかることは絶えてなく、その代り偏見ばかりにぶつかってるんだから、まったく絶望しちゃうわ。ああ、畜生、いつになったらあたしは本当に罪が犯せるんだろう?


・後悔を与えるようなことが、陶酔にひたりつつ実行しおおせたら、次にはただちに冷静に実行せよ、ということよ。こんなふうにして、勢いを盛り返して来た美徳と正面衝突し、感覚が冷静が平静にかえった瞬間ふたたびすがたをあらわそうとする美徳と、積極的に闘う習慣こそ、永遠に美徳を根絶せしめるもっとも確実な手段のひとつなのよ。


・平静の瞬間が後悔という形の下に、あんたの心にふたたび美徳を芽生えさせようとするのを認めたら(というのは、美徳があたしたちの心を掴もうとするのは、いつもこうした偽装によってなのですからね)、ただちにあんたの心に後悔の種をまこうとしている物事を、ふたたび実行するのよ。この方法を二回三回と続けて行くうちには、あんたはもうどんな後悔の声にも耳を籍さないようになり、いつでも自若としていられることになるわ。


・とにかく、途中で止まってはいけない、目を後方へ向けるとしても、それはいつもかならず自分の辿って来た道のりの少なさを自分の心に咎めるためであって、自分の辿ってきた道のりの大きさに驚くためであってはいけないのよ。


・美徳の上に築かれた宗教のお伽話は、美徳と同様、もっぱら不条理な幻影でしかありえないのです。自然の唯一の法則はエゴイズムです。ところで、美徳は他人の幸福のために自己の性癖を犠牲にすることによって成立するのですから、エゴイズムと矛盾します。


・人があらゆる偏見の撲滅に到達しうるのは、自然のもっとも奥深い襞のなかまで探求することによってのみです。