最近、体重計に乗ってなかった。
というより、避けてた。


食べすぎてる自覚はあったし、  
お腹が空いた感じも、あまりなかった。  


気づけば、お腹はずっと張っていて、ちょっと不快ショボーン


見ないようにしてたんだと思う。


久しぶりに体重を測ったら、  
やばいくらい増えてた。


5月から、4kg増。  
ひょえーびっくりびっくりびっくりって声が出た。


ショックがなかったわけじゃない。  
でも、自分を責める感じでもなかった。


「そりゃ、そうだよね」  
それくらい。


もしかしたら、  
空腹感を感じたくない何かが
あったのかもしれない。


空腹って、不足感に近い。  

足りない

満たされてない

そんな感じ。



それを感じないようにするために
食べてた部分もあったのかな、と思う。


空腹感も
身体が出してるサインなんだよね。  


「お腹空いたんだね」って、  
それも感じてあげればいいのかもしれない。


だからまずは、  


体重を減らそう、じゃなくて  


体重計に乗ることを習慣にしようと思う。


見ること。  
知ること。  
そこから。


水分を少し多めにとること。  

食べたいって思ったとき、  
すぐ口に入れる前に、
ほんの少し間を置くこと。


我慢じゃなくて、確認。

「ほんとに今、欲しい?」  
「お腹?それとも気持ち?」


また、身体と付き合い直すところから。  

どうなっていくか実験スター
先日のブログで書いた、願い事リスト。



あらためて、書き出してみた。


50個くらいは、余裕でいくと思ってたんだけど、
気づいたら20個くらいでストップ笑い泣き


あれ?ってなって
昔に書いたリストを見返してみた。


そしたら
前のほうが、めちゃくちゃ自由だった。


お金のこととか

家族にどう思われるかとか

今より全然気にしてなくて

思いつくままに書いてたなーって。


しかも、その中に

「あ、これ叶ってるじゃん」
「これ、もう体験してるわ」


っていうのが、結構あった。


当時の私は

今よりずっと視野も狭かったし

経験も少なかったはずなのにね

不思議。


じゃあ今の私はどうなんだろう、って思って

もう一回、問い直してみた。


もし

お金の制限がなかったら?

時間も気にしなくてよくて

誰かに嫌われる怖さもなかったら?


そう考えてみたら


「これが欲しい!」よりも


「こう在りたいな」っていうのが、出てきた。


対等なパートナーシップを築くとか

人の顔色をうかがうの、もうやめるとか

自分がやりたいって感じたことを、行動にうつすとか


そんな感じ。


でも
それでもまだ50個には届かない。


まあ、無理に出さなくてもいいか、って思ってる。


この願いごとリスト出し
今の自分を知るには
なかなかいい時間照れ


数を埋めるより

「あ、今の私はここにいるんだな」って
それがわかるだけで、十分な気がしてるスター
あけましておめでとうございます。


今年も、この場にお立ち寄りくださり
ありがとうございますおねがい



さてさて。


昨日は初詣に、学業の神様・太宰府天満宮へ行ってきた。


参拝客が少なくなる夕方を目指して行ったのだけど、
いやいや、めちゃくちゃ多かった。


参道も人でいっぱいで、
お店に立ち寄る余裕もなく、
参拝だけして帰る流れ。


推薦とはいえ、
娘の高校合格祈願。


長い時間並んで、
ようやく順番がきて、
「さぁお願いしよう」と思ったわりに、
終わってみたら、あれ?もう終わり?って感じで。


あんなに待ったのに、
ちょっと拍子抜けするくらい、あっけなかった。


おみくじは、大吉。





願望は
「思うままに整う」


その言葉を見て、
願いごとリストのことを思い出した。


3年前、家庭内別居でしんどかった頃。
私は、必死に願いごとを100個出そうとしてた。


スラスラなんて全然いかなくて、
情報を収集したりして
また止まって。


でも今思えば、
あのワークは、あの時の私には必要だった。


夫のことで頭がいっぱいだった意識が
少しずつ、少しずつ、
夫以外のところに向いていったから。


今はどうかというと
100個は正直ハードル高いけど
50個なら、スラスラいけそうな気がする。


振り回されている時も、
振り回されていない今も


自分に意識を戻すためにも
今の自分を知るためにも


願いごとを書き出す時間は
やっぱり、あったほうがいいと思ってる。
この1年お世話になりました。


今年も、この場所に来てくれて
ありがとうございましたルンルン


今年は、夫の単身赴任が終わって
別居生活から同居生活に戻った。


嬉しい、もあったけど、


それ以上に、不安で揺れる日も
正直たくさんあったなぁ。


でも、その揺れをそのままここに書いて
「今、こう感じてるんだな」って気づくことができた。


書くって、やっぱり大きい。


来年は、ほんのちょっとずつでいいから、
自分の気持ちや思いを
相手に伝える練習をしていきたい。


うまく言えなくても、途中で止まっても、
まぁいっかで。


来年も、ここで、よろしくお願いします照れ
今年は、数年ぶりにおせちを作ろうと思う。


娘がまだ幼稚園児だったころは
今よりも
「よい母」「いい嫁」にならなきゃ、という気持ちでいっぱいだった。


お正月なんて
いい嫁をやるには最高の舞台だもんね。


年末は、片道3時間以上かけて義実家に帰っていた。

本当は、帰りたくもなかったんだよな…



田舎にある義母の家は、とにかく寒かった。


台所は冷え切っているのに
ストーブは義母のいる居間だけ。


そんな中で料理なんてしたくなかったから、
私はおせちを作って持って行っていた。


だから、いつもピリピリしていた。


書いていて、少しずつ思い出してきた。


「娘にいい思い出を作ってあげなきゃ」

「夫に申し訳ないから」


そんな理由ばかりで
自分の気持ちは、どこにもなかった。


義母は、作ることも後片付けも一切しなかった。


それがとても腹立たしかったけど、


あれは私が「いい嫁でいたい」と思っていたから、


させなかったという面もあったんだと思う。


ああ、私、よくやってたな。
いい嫁、できる嫁をしたかったんだよね。
きつかったね、って

今なら言ってあげたい。


でも今年は、
いい嫁をしたいわけでも
いい母を目指したいわけでもない。


ただ
「おせちを作ってみたい」
そんな気持ちが、ふっと出てきただけ。


ゆるくでいい。
ちゃんとできなくてもいい。


明日は、おせち作りをやってみようと思う照れ
仕事納めが終わって、今はおやすみ中。


だから、家のこともするけど
私のしたいこともやるって決めてるんだ。


今日は朝から掃除と断捨離。


それから、ひとりで温泉へ。


温泉って、ほんと身体に意識が向きやすい。


じわーっと緩む感じとか、
サウナのあとに感じるひんやりとか、
外の空気の冷たさとか。


心臓がドクドクしてるのも分かるし、
顔の毛穴が開く感じもする。


今日は水風呂にも入ってみた。
最初は足だけ。
次は肩まで。


思ってたより平気で、
痺れる感じじゃなくて、スカッとした。


背骨にも意識が向いて、
ただぼーっと、呼吸してる時間。


こうやって、
自分の身体とゆっくり一緒にいられる時間


やっぱり好きだなラブ
今日は、朝からワンコをお風呂に入れた。


そのあと、お風呂掃除をしていたら
夫が掃除機のヘッドをきれいにしてくれていた。


窓を拭きはじめると
今度は窓も、よりピカピカにしてくれて。


気づけば、大掃除が思いのほかはかどっていた。


最近、身体が軽い。
「やらなきゃ」と気合を入れなくても
気づいたら、身体がよく動いている。


冷蔵庫の中も、断捨離。
溜まっていたものを手放して、スッキリ✨


家の中が気持ちよくなると
気持ちも、静かに整っていく。


午後は、前から買っていた本を読んで
そのまま、少し眠った。


頑張った、というより
ちゃんと動いて、ちゃんと休めた日。


淡々としているけれど、
確実に、何かが変わってきている一日だった。


そういえば


夫と年末の大掃除をしたのは初めてだったかもしれない。


「一緒にしよう
みんなで住んでいる家だしね」


そんな言葉が、今日は自然に出てきた照れ

昨日のブログの続きです。
よかったら、こちらから


ブログを出してから、
あー…って、あとから気づいた。


「私はいつもやってるの」
って、家族によく言ってるわアセアセ


そりゃぁ
「怒られるからやった」
になるよね、って。

ちょっと笑った。


だって実際
いつもやってるんだもん。


当たり前みたいに。
気づいたら全部。


で、
「こんなにやってるのに…」
「私ばっかり…」
って怒りが、出てきたんだ



怒ってるのに
自分の気持ちを無視して
頼らずに
私がやる、を続けてた。



あー、やってるやってる、私。
って思った。


だから最近は、
自分に聞くようにしてる。


ねえ、
また一人でやろうとしてない?
それ、一人でやりたい?
それとも、頼りたい?


したくないことを
しなくていい時もあるし、


したくないけど、
今はやる、って時もある。


どっちが正しいとかじゃなくて、
今、私が選んでるかどうか。


今日も、
自分の気持ちを拾いながら、
選んでいこスター
家族に頼れた   と思った朝だった。

でも、その日の夕方、少し胸がチクリと痛むことが起きた。



今朝、ゴミ出しを夫にお願いして
洗濯を娘にお願いした。


娘は今日から冬休み


実はこれまで、
あまりお願いしてこなかった。


頼んで「嫌だ」と言われるのが怖かったし、
不機嫌になられるのも嫌だった。


がっかりしたくなくて、
最初から頼まない、という選択をしてきた。


背景には、子どもの頃の記憶がある。


家の手伝いは、兄はやっていなくて、私と妹だけ。


「やらされている感じ」が、ずっと残っていた。



だから自分の子どもには、
嫌なことをさせたくなかったし、
不機嫌にさせたくもなかった。



でも最近、少し考えが変わってきた。


経験って、やっぱり大事だなと思うようになった。


子どもの頃にやっていたから、今の私にはできることもある。


それに
全部を私が背負う必要はない。


家族に頼ってもいい。
それぞれができることを、少しずつやればいい。


今朝、夫はちょっと嫌そうだったけど、ゴミ出しをしてくれた。


娘も洗濯を引き受けてくれた。


今日は、

「次もお願いしよう」とか
「これを当たり前にしよう」とか
そこまでは考えない。


今日はただ、
頼めた。


お願いしたかった自分に気づけた。

それでいい。



夕方、夫にも娘にも
手伝ってくれたことへのお礼を伝えた。


すると二人とも


「しないと怒られるから」と言ったガーン


その言葉に、少し胸がギュッとなった。


私の不機嫌
家族にとって
まだ力を持っているんだな。


それに気づいた今日を
なかったことにはしないでおく。



また、小さなところからスター
今日はクリスマスイブ照れ


今年は、手作りのケーキを作る予定で、
昨夜、スポンジケーキを焼いた。


今日は娘と一緒にデコレーションして仕上げるつもり。


家族3人で、クリスマスイブを迎えられそうだ。

そんな今だからか
ふと、思い出した。


家庭内別居だった、あの年のクリスマスイブ。



思い出したくなくて、
ずっと奥に仕舞い込んでいた記憶。

でも今日は、
無理に蓋をしなくてもいい気がした。




3年前
夫とは食事は完全に別だった。


それでも一緒に食卓を囲めたのは
クリスマス、娘のダンスの発表会、卒業式。

たった3日だけ。



クリスマスの日

娘に寂しい思いをさせたくなくて
私は夫に「一緒に食べてほしい」と
何度もお願いした。


娘のために
父親を演じてほしかったんだ。


娘にも申し訳なかったし


父親という役割を与えることで


この関係を繋ぎ止められるんじゃないかと
必死だった。


結果は
見事に撃沈


ピザを食べたいということで
夫が買いに行き、
私はケーキを買いに行った…と思う。


そして、ピザを食べた。


あの空気

今でも思い出すと、ぞっとする。



私の空元気が空回りしていて
沈黙が怖くて
娘に必死で話しかけていた。



夫は一切、口をきかず、
視線は下に向けたまま。


流し込むようにピザを口に入れ
さっさと自室に戻っていった。



自室に戻ってくれてホッとした反面



こんなことなら

無理に一緒に食べなければよかったという後悔

娘への申し訳なさ。


悲しさ、寂しさ、惨めさ、悔しさ

そのどれもを感じる余裕は、当時の私にはなかった。


ただ、
「3人で食べられた」という“形”に、
必死にしがみついていた。



今、これを書きながら
身体が先に反応している。


肩にぐっと力が入る。

みぞおちが、ぎゅっと縮む。

眉間にしわが寄る。

鼻の奥がひくひくする。


「もう大丈夫」と思っていたけれど
体感は、ちゃんと残っていた。


でも同時に
あの頃にはなかった感覚も、確かに
ここにある。



あの夜の私は
誰にも頼れず
必死に場をつなごうとしていた。



今の私は
その必死さに、ようやく気づける。


大丈夫だよ
あの空気の中で、
本当によく耐えてたね


これは、回復の途中で
ようやく迎えに行けるようになった記憶。


これから少しずつ
家庭内別居の時間を振り返っていこうと思う。


今の私が、何を感じるのか。

身体が、どんな反応をするのか。

ちょっとずつ。
本当に、ちょっとずつ。



そして今朝

夫から、だった。

それが、ただただ、嬉しくて。
ウフフ ってなったスター