「推薦で行くって、逃げって思われないかな」
娘がそうつぶやいたとき
あぁ、やっぱりそこ気にするんだな…って
胸の奥がきゅっとした
応援したい気持ちはちゃんとある
でも、「受験っていう壁、越えてこそじゃないの?」って
思ってる自分も、どこかにいたりして
応援する母でいたいのに
私も同じところでぐらぐらしてる感じ
「どう支えたらいいんだろ…」って
しばらく私までモヤモヤしてた
娘の迷いはすごくリアルだった
「楽な道って思われるかも」
「逃げたって思われそう」
「塾の先生、反対しないかな」
「担任の先生、応援してくれてたのにガッカリさせないかな」
そんなふうに
まだ起きてもいない評価とか期待とか
“目に見えないもの”を気にしてたんだよね
人からの評価への不安もあるんだよね
その感じがすごくわかってしまって…
だって私もどこかで
「努力してこそ意味がある」って信じてきたから
だから、「推薦でいいのか・・・」
「ここで簡単に進んでしまっていいのかな・・・」
という私自身のモヤモヤにも気づかされてしまった
だけど
数日後
娘が担任の先生に「推薦で受験します」と
伝えた瞬間から、明らかに表情が変わったんだ
迷いは消え、晴れた空を見ているような目になり
「これから楽しみ」といった声は
迷いからではなく「自分で決めた人」の声だった
これから
きっと嬉しいことばかりではなく
苦しくなる瞬間もあると思うんだ
推薦を選んだことを後悔しそうになる日もあるかもしれない
「やっぱり受験しておけばよかったかも」と思う夜がくるかもしれない
でも、私はそのときに
「自分で決めたんでしょ」と突き放す母ではいたくないなーと思うんだ
どれだけ自分で選んだ道であっても
人は迷いもするし、弱くもなる
そのときは、まず
「そうだよね、つらいよね」と共感できる母でありたいな
そして
「でも、大丈夫。あなたなら、また前に進めるよ」
そう信じて見守れる存在でいたい
私は、自分の選択を大事にしたいと思っている
だからこそ、娘の選択も
その結果だけではなく
“選び続ける力”を支えていきたい
これからも
娘が自分で選んだ道を歩けるように
たとえ立ち止まる日があっても、また歩き出せるように
私は
隣を歩いたり
少し後ろから見守ったりしながら
そっと支えていこうと思う