大企業を営業で回る。


電機メーカー、医療機器メーカー、おもちゃメーカー。


いずれも日本国内を物理的対象物としてとらえて施策を考えている。


しかも、社会的に意義があることを。


実に魅力的。非常に興味深い。


ネット企業では絶対にできない。


利益を唯一の指標とする考え方では太刀打ちできない。


「ああ、こういう貢献の仕方もあるのか、すげえな」と思った。

リーマン事件後、なぜか株価が3日連続で上昇中。


リーマン関連株から引き揚げた資金の投資先として、リーマン関連株と関係ないかつ流動性の低い株を選び、株価が上がる(orを上げる?)、という流れがあるのかと仮説を立てる。


当たっているかはわからないが、これも練習。

火曜日は、えびしんのインドからおかえりなさいの会で、大学時代のツレ達で会合。

お真面目な話をお馬鹿に出来るのは、クラブアリコを中心とするメンバー属性の賜物か。

今まではIT業界の中でどう生きていくのかを考えていたが、今後は世の中でどう生きていくのかを考えなければならない。

本質に近付いている気がして、わくわくする。


水曜日は、タケサダの二次回の幹事同士の顔合わせ。

マツシタはいまだにキスミーキスミー言うていたが、年に何度かこのようなイベントがあるのはとてもありがたい。

タケサダ夫妻は似ていた。幸せになってほしいな。


木曜日は、奥さまのお父様の還暦のお誕生会。

平和なトークに本当に癒される。大切な時間。


週に3度は多い気もするが、週に1-2度はこうしていたいな。

(一方で、早朝出勤もこれに伴って増えちゃうけど)



本当に資本主義経済の限界がきているとすれば、この先五十年は今までの常識が通じない世の中になるのかもしれない。

新しいチャンスや刺激と言えるのか。

そもそもマネーゲームで勝ち組・負け組が決まってしまうのは、純粋に違和感をもってしまう。

何百年か前の産業革命、その時の肌感覚と比べて今がどうなのか、知りたい。
政治にせよ経済にせよ他のありとあらゆる抽象的な事象は自分の身につきつけられて初めて腹落ちする。

だからこそ色々な経験をすることに意義がある。

古館氏が成長しないまでも安定した国にするためにと話していたが、この視点こそが重要。

リーマンのCEOは世界で優秀な経営者か何かに選ばれていたらしい(それも何年も)が、所詮外部の評価なんてあてにならない。これは身をもっと知っている。
別にそんな会社があるわけではないのだけど、メリハリという意味ではなしでもないアイディアかも?

メリットとデメリットがめっちゃありそうやけど。
3連休の中日。

お昼を食べようとでかけた一風堂で「忘れた!」と叫ぶ奥様。
その瞬間、「行ってくる!」と猛ダッシュの私。
奥様は、途中で寄った公園のトイレで手を洗う際に外した指輪を置き忘れてしまったのだ。

もう、猛ダッシュ。
500メートルくらいか、歩道橋もあったが猛ダッシュ。

・・・指輪はあった。
情けないくらいにヘロヘロで、神社めぐりをしようともくろんでいたその日の午後は、お昼寝で休養。
マラソン大会の夢まで見る始末。

そんな効果もあってか、2週間目に突入したダイエットも効を奏して67キロに!(約2キロ減)
第1目標の63キロまであと4キロ。心なしか顔も小さくなっている!

禁じていたお菓子もちょっとなら良かろうと、いま奥様が得意のチーズケーキを作っている。

なんて素晴らしいことだ。

誰に理解されなくても構わない。自分ほど私財で損をこいた人間はいないという自負を答えにする他、ない。

客観的な根拠などいらない、開き直りで構わない。

その瞬間、精神的もやもや病は一気に腹の中に吸い込まれていった。


自分は何で悩み、何で苦しんできたのか。

憎む気持ちはなぜか、そしてそのことでなぜ自分は苦しんできたのか。


考える時間があれば解決できそうなところまでは、来た。

ありがとう、姜尚中。

なぜ人間は自己矛盾をかかえるのか。

昔の世界では人はみな、一貫性を有していたのか。


客観的な根拠など存在しえない自分の判断にそれを求めだした瞬間に負けたも同然。

一貫性があればそんなことに戸惑わないのかもしれない。


多様性を認めた社会は、明確な答えを有さない社会になっていると言えるのかもしれない。

そもそも支持率がめちゃ低くて、誰もが批判していたわけで。辞めると決めたら決めたで無責任と批判をする政治家や一般人を見ると、「おたくはどないやの?文句言いたいだけちゃうの」と感じてしまう。

今の日本は、首相を二度連続でこんな形にしてしまう国だということ。

絆の希薄な組織では恐怖がないとまとまらない。