グルベローヴァのリサイタル
ついに、わがディーヴァ、グルベローヴァのオペラ・アリアを堪能してまいりました。東京文化会館、4月1日(日)午後2時開演。
上野駅公園改札口に着いたら、ものすごい人数が行列していました。桜が満開で、レオナルドの『受胎告知』の展覧会があって、パンダのなんだかもあって、ともかくおそろしく人が多い。
改札で足止めにあっている人がいるので、とアナウンスがあって、なんと演奏会は10分遅れで始まりました。
エディタが歌ったアリア:
モーツァルト「あらゆる悲しみが」(『後宮からの誘拐』)
ドニゼッティ「狂乱の場」(『ランメルモールのルチア』)
ベッリーニ「清らかな女神よ」(『ノルマ』)
ベッリーニ「もし私に墓をたてることが許されても」(『テンダのベアトリーチェ』)
そして、アンコール:
ドニゼッティ『シャモニーのリンダ』のリンダのアリア
ヨハン・シュトラウス『こうもり』のアデーレのアリア
すべて、自家薬籠中のアリアばかりですから、安心して聞いていられます。最初は風邪でもひいているか、と思わせましたが、だんだん声が伸びてきて、聞くほうは、いい心持ちになっていきます。
おどろくべきは、CDで聞くのとまったく違う、フォルティッシモの音量と強さです。高音の、ピアニッシモから次第にクレッシェンドがかかって、歌いきるときの鮮やかさ。一転してピアノに戻り、聴衆を引き込んでしまう技術。その美声で客を自在に翻弄するような絶唱でした。長生きしているといいこともあると、つくづく思った午後でありました。
菜の花や
けさラジオから蕪村の句と、人麻呂の和歌が聞こえてきました。
菜の花や 月は東に 日は西に
ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて
かへりみすれば月かたぶきぬ
蕪村のは夕方、人麻呂のは朝の風景を叙したものですね。柄が大きくてどちらもすばらしい。
そらで覚えられるのがよい歌だと思い込んでいます。その点で、五七五の定型句は覚えやすくて便利です。
奈良七重 七堂伽藍 八重桜
は、芭蕉でしたか。漢字だけを重ねてそよ風が吹く様が目に見えるようです。この句の読みは、
ならななえ しちどうがらん やえざくら
ですが、七の字が、音訓両方出てくるところもおもしろい。
柳瀬尚紀さんは、最近出版された『日本語は天才である』(新潮社)の中で、七は「しち」と読もう、と強く訴えています。
まさか、「赤穂四十七士」を「あこうよんじゅうななし」と読む人はいないと思いますが。
花
春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が
この歌のメロディーは、繰り返しではないことに気がついたのは60歳のときでした。
ソーソド ドレドシラソ ミソドレミソレー
ソーソド ドレドラシソ レーレレミド
となっているのですね。2部合唱で歌うとき下の旋律は、
ソーソミ ミファラソファミ
で繰り返していましたから、楽譜通りに歌うと、あとのほうは、音が1ヶ所ぶつかってしまったはずなのに、ちっとも気がついていなかった。みんな、1行目のメロディーを繰り返していたのかしら。
それと、この歌、4拍子だとばっかり思っていたのですが、楽譜は4分の2拍子で書かれていたのですね。
麦わら帽子にトマトをいれて
かかえて歩くと暑いよおでこ
タララッタン ラッタッターン タララッタン ラッタッターン
という歌を、1965年ごろ、長野県の小学生達が元気に歌うのをきいていっぺんに好きになりました。今でも歌えます。このあとの歌詞をご存じの方、教えてください。
ミュージカル
今から30年くらい前、はじめてロンドンに行きました。チャリングクロスのゆるい坂道を登った先の劇場で見た『ジーザス・クライスト・スーパースター』の衝撃はいまでもはっきり覚えています。劇場を出たら、いま聞いた Jesus Christ, Super Star, Who are you, what have you sacrificed? というメロディーが口をついて出ましたから。そのとき、Let my people come! という、黒人霊歌をもじった、ちょっといかがわしい感じのミュージカルも見たけれど、それは記憶に残っていない。Her Majesty Theatre というところで『ヘアー』もやっていたのですから、そっちを見るべきでした。あとで映画をみて、なんという名作を見逃したか、と、残念でした。
それ以来、評判のミュージカルを気をつけて見るようにしています。マーク・レスター主演の『オリバー!』も、映画で見て、朝の薔薇売りに始まる、もの売り(ナイフ研ぎ)たちの重唱から、合唱にうつる、クライマックスに感動しました。10年ほど前、ふたたびロンドンを訪れる機会があって、マチネーをひとりで見物しました。1階席の後ろのほうにすわっていたのですが、あまりのなつかしさに、涙が止まらなくなって往生しました。いまはもうやっていないらしい。
劇場で見たミュージカルのナンバーワンは『ライオン・キング』です。というか、劇場でみたあらゆる演目のなかで第一です。ニューヨークのニューアムステルダム・シアター。半分くらいがズールー語の歌詞ですから、ダンスと歌が勝負です。舞台の色彩も素晴らしかった。劇団四季のも評判ですが、失望するかもしれないので、まだ見ていません。
ミュージカル映画では、去年の『プロデューサーズ』がピカ一でした。『ドリーム・ガールズ』も傑作です。ジェニファ・ハドソンというかなりのボリューム(体重)のある歌手がうまいのなんの。アメリカン・アイドルというオーディション番組の3年前くらいに6番目だかで敗退してしまった人です。この番組(ケーブルTVのFOX)も目が離せません。
ドニゼッティのオペラ
もう何度も聴いているけれど(昔のLPなら、擦り切れるくらい)、今日も『ルチア・ディ・ランメルモール』を電車の中で聴いてきました。もちろん、グルベローヴァがルチアを歌ったCD。何度か録音しているようですが、今のご亭主、ハイダーが指揮した、ナイチンゲール・クラシックスの盤。例の、狂乱の場がはじまる前に、中断してこれを書いています。演奏も超一流ですが、なんと言っても、作曲者の力量が全面展開した傑作です。モーツァルトが聞いたら、自分で作曲してもこうしただろう、と言いそうな完成度だと思う。
『シャモニーのリンダ』もよく聞きます。これもハイダー指揮、ナイチンゲール盤。ストックホルムでの録音。イタリア人が一人しか歌っていないのに、これぞイタリア・オペラに仕上がっています。始まって30分くらいのところで、モニカ・グロープというメゾ・ソプラノが長いアリアを歌う。これが絶品。リンダ役はグルベローヴァです。
ルチアでも、リンダでも、(バス・)バリトンの二重唱が出てくる。これが聞かせどころです。この歌がよいので、タイトルロールのアリアがいっそう栄えるのだと思います。
『愛の妙薬』も素敵なコメディーですが、ドニゼッティのオペラは、悲劇性の高いほうが面白い。『マリア・ステュアルダ』『ロベルト・デヴリュー』もよかった。『アンナ・ボレーナ』はまだ聴いていません。
『うぐいすとバラ――エディタ・グルベローヴァ 半生のドラマとその芸術』(音楽之友社、1999年)という本があります。1970年代に花開いた、世紀のコロラトゥーラの軌跡と、音楽にたいする構えが活写された興味深い書物です。