逆境を突破させる詩集 -9ページ目

『 集中力と雑念 』


集中力を妨害するものの一つとして、
雑念というものがあげられる。

集中力を妨害するものとして、
食欲・性欲・睡眠欲というものもあるが、

それは、
求めたらキリのない 「 権力欲 」 とか 「 名誉欲 」 とちがって、

「食う!」
「やる!(処理)」
「寝る!」
という単純な行為で自分を満たせば解消されるので、
TPOを考慮しつつ大いに満足させてやればいいと思う。

性欲なんかは、
昔の修行僧は、女体と接触しなければいいのだ!と思い、
一生懸命に女を避けて頑張っているのだが、
頭の中は女のことで悶々でメチャクチャグチャグチャだぁぁぁ!!というであれば、
それはイコールで、女体と接触していることと同じであり、
頭の中から、性欲が消えなければ、
その修行僧は、
聖職者の皮を被った性の淫獣と言われても文句はいえないのだ。

言い方は悪いけどもな。

要は、肉体的に女性に接触したか否かではなく、
性欲が頭から消えたか、
いつまでも炎のように燃え滾っているかなのだ。

性欲は、「やる!(処理)」すれば、
しばらくは消えるものなので、
したくなったら、して、消してしまったほうが、
身のため精神のため魂のため修行のためだと普通に思うのだ。

性欲なんてキリのある欲なんだから、
「 すること(処理) 」 に罪悪感をもつよりも、
「 しないこと(不処理) 」 により、
頭の中に性欲が憑りつき欲望を消せなくなり、
キリのない欲にへと変化させてしまったことに
罪悪感をもったほうがいいと思うのだ。

その修行僧は、
人間の主体は ” 思い ” なのだということが、
いまいち理解できなかったのかもしれない・・


上記の前置き、いらないかな?とも思うが、
人間の3大欲は、
人間であるかぎり、絶対に無くなるものではないし、
無くならないとは言っても、
自分を満足させれば、(しばらく)消滅するということで、
あれやこれやと試行錯誤するほど重要なものではないと思う。

ゆえ、
ここでは、
欲による雑念ではなく、
『 ?クエスチョン 』 による雑念を語りたいと思う。


さて、

雑念とは何だ?

人というのは、
頭の中に疑問、すなわち、『 ?クエスチョン 』 が点灯すると、
それ解決の答えを求めて、
表面意思の指令がなくても、すなわち、
無意識にも思考が走り出してしまう生き物なのだ。

っと、
まずはそれをシステム的に頭の前面に据えて置くべきだ。

それが前面にいれば、
頭の番人となり雑念を客観的に処理できたりもするからだ。

そう、大げさに言えば、
思考の番人がいれば、
パニくらずに、冷静に処理・対処・対応できるということだ。


~~雑念の発生~~

日常的にたとえると、

例1)
「あれ?何買うんだっけ?」

例2)
「あれ?あのセリフ、ちゃんと憶えてるかなオレ?」

例3)
「明日、、ミスらずにできるかな?」

例4)
「あれ?スイッチ消したっけ?」

例5)
「彼女への告白の返事、、、どうなるんだろう???」

etcと、
人間くらいの知能をもった生き物は、
どんなことであれ、頭の中に?が点灯したら、
?解決の為に頭が回りだしてしまうのだ。

そしてまた、
『 気になる 』 という思いも、?の点灯なのだ。
「あのドラマのこの先の展開が気になる!」というのも、
次回から最終回まで見れば、すなわち、
知ってしまえば 『 ? 』 が解決するので、
『 気になる 』 = 『 ?クエスチョン 』 なのだ。

もうそれは一貫してそう!
『 ?クエスチョン 』 が点灯したら思考が走り出してしまうのだ。


例4)
「あれ?スイッチ消したっけ?」 の場合でいえば、

スイッチを消したかどうか?を、
記憶を辿って答えが鮮明になれば、それで解決となるが、

記憶を辿っても答えが鮮明に蘇らない状態になってしまうと、
もう、その場に行って確かめるしか方法はなくなってしまう。

『 ?クエスチョン 』 が消灯しない状態だ。

もし、遠場に居る場合は、
誰かに頼んだりして、
相手を信じる心ありきで解決し、
悶々思考を止めることができたりする。

しかし、
頼める人がいなければ、
もうそれは、一日中、悶々と考えまくるか、
諦めるかしか思考を停止できなくなってしまう。

またそれか、

「うん!大丈夫!あれこれあれこれでこれこれだから大丈夫!」
と、
自分が納得いく形に無理矢理思考を組み立てて、
モヤモヤ感70%くらいで 『 ? 』 を解決させたりとかもする。

、etcと、
あらゆる全ての事例においても例外なく、
頭の中に 『 ?クエスチョン 』 が点灯すると、
思考が走り出す、度合いによっては、暴走しだしてしまうのだ。

これが集中力を妨害する雑念たちの活動の実態でもあるのだ。


雑念の断ち斬り方として、

人によっては、
「 ちっ!面倒くせぇ~なぁ! 」 のひと思いで断ち斬れる人もいる。

また、

「まぁ、ええわ、大した損害でもねぇし!」という優先順位の上下で断ち斬る人もいる。

また、

「まっ、いいかっ!オレには関係ないし!」という無責任法で断ち斬る人もいる。

また、

「もう、あれを無くすのは仕方ない、諦めた!」という失う覚悟で断ち斬る人もいる。

etcと、
人の数だけいろいろあるが、
形は違えども、大体は、共通していたりもする。

『 雑念断ち斬りの方法 』 = 『 ?クエスチョンの解決 』


雑念は、日常生活をしている限り、
どんな人間の頭にも、例外なく、絶対に発生(点灯)してしまうのだ!
ということも知っておいたほうがいい。

『 ?クエスチョン 』 を点灯させないということは、
おそらくでもなく、誰にもできないことでもあるのだ。

ただ、
『 ?クエスチョン 』 の点灯から消灯までの時間が長いか短いかであり、

雑念発生のシステムを知っている人は、
知っている分、処理・対処・対応ができるので、
点灯から消灯までの時間が、極々、短くなる。

雑念発生のシステムを今日知った人は、
今日知った分、昨日よりは絶対的に消灯速度が速まっているはずであり、

雑念発生のシステムを知らない人は、
知らない分、無駄な足掻きをするので、消灯速度は当然遅くなったりもする。


『 ?クエスチョン 』 の点灯から消灯までの時間の短縮修行。


おそらくでもなく、
方法を知り、やろう!と背水の陣で決意すれば、
いちいち滝etcにうたれなくても、
日常生活の中で、誰にでもできてしまうのだろうと思う。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-be

『 裏目裏目な人生の過ごし方 』


『 面白くない気持ち 』 と 『 楽しい気持ち 』 の
どちらに成りたいかを天秤にかけたら、どちらに傾きますでしょうか?

『 面白くない気持ち 』 に傾く人は、
ここから先は不快な気持ちになると思うので読まないで下さい。

『 楽しい気持ち 』 に傾く人は読み進んで下さい。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

何をやってもダメだった人よ!

何を試しても裏目裏目にでてしまった人よ!

守りたいものが、全て、失う方向にへと展開してしまう人たちよ!

そんな不幸な人生スパイラルから抜け出せない人は、

もう金輪際、

「 プラス思考していれば、イイことが起こるはず♪」

とか、

「 優しい気持ちでいれば、素敵な未来が待っているはず♪」

などなど、そんな期待なんぞ何もかもスッカリさっぱり諦めて、

自分の心の空間(世界)を明るい思考のみで満たし切ることを決意しましょう!

毎日々々、
「ああ、楽しい♪」「う~ん、最高♪」と、
いちいち空しがらずに、
自己完結ハイテンションで楽しみ上げましょう!

どうせこの先、何もないんだから、
自分の心の中だけでも楽しい世界に築き上げましょう!

希望も期待もないんだから、
自分の心の中だけでも楽しい世界に築き上げましょう!


想像力を駆使して、

独りっきりでも楽しめる力を築きなされ!

他人がいなくても楽しめる力を築きなされ!

自分独りでも、明るい目表情を意識して笑っていなされ!

なるべく、
変な誤解を招かないよう、心の世界のみで秘笑っていなされ!


想像の力を見くびらないほうがいい。

想像の力を舐めないほうがいい。

想像の力を実体のないものだと思わないほうがいい。


基本、

他人の思いや気持ちは自分の思い通りにはできないが、

自分の思考や想像は自分の思い通りにできるのです!扱えるのです!

自分の思考や想像を自分の思い通りに扱うことができれば、
自分の気持ちにだって反映してくれるのです。



自分の気持ちが明るくなると、
ついついと他人に対して積極的な優しさを向けたくなるが、
そこは、自分の意思にてご自由に・・

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-in

『 悶々思考を止める技。 』


苦しいから止めたいと思っているのに、
制御不能にも変な思考がぜんぜん止まらなく、
ネチネチくよくよ悶々と考えすぎまくってしまうというのは、
結局、自分からの 『 OK! 』 サインがでないからでもあるのだ。

『 OK! 』 サインをだす=その事に自分は納得した。
ということでもある。

そう、
その事実に対して、自分が納得できないから、
いつまでもいつまでも自分が納得できるような形に組み立てられるまで、
( 思考を ) 組み立てたり、やっぱり崩したり、
また別の形で組み立てたりを繰り返してしまう・・
という、
そのような思行為が、制御不能な悶々ネチネチ思考の正体だったりもするのだ。

自分が納得できる思考に組み立てられれば、
スッキリと満足して、すなわち、欲求不満が解消するので、
いちいち悶々と考え込む必要がなくなるのだ。

そう、
『 要は、その事を自分が納得すればいいのだ! 』
という、この思考システムを利用して、
悶々思考STOPの実践してみましょう。

例)
何かに失敗して、あるものを失い、
後悔で後悔でくよくよと嘆き考えてしまってる場合。
さて、
その、堂々巡りのような悶々思考を止めさせるにはどうするか?

まず、
人間という生き物は、
過去に戻ってやり直すことは不可能ゆえ、
結局は、
自分の思考を変革させる以外には手立てはないのだ。

すなわち、
過ぎたことを、
良い思い出にして未来に生かすのも、
悪い思い出にして陰鬱人生まっしぐらになるのも、
結局は、自分の思考次第!

という現実的なる事実を
とりあえず準備運動として理解納得しておく。

人間は、
過去に戻ってやり直すことはできない。
過ぎたことは自分の思考次第。
という、いわゆる、理屈をな。

次は実践です。

考えたくないのに、
何かくよくよと考え込んでしまって苦しい、疲れる、
早く、この思考を止めたいと思っているとする。

この思考を止めるにはどうするか?

要は、自分が納得できればいいのだ!

自分が 『 OK! 』 サインをだせばいいのだ!

だけど、どうやって納得すればいいのか?

過去に戻ってやり直すことができないのならば、
いったい、どうやって自分を納得させればいいのか?

要は考え方次第とは言うが、
いったい、どうやって自分を納得させればいいのか?

そう、
このような場合は、もう技を使うしかないのだ。

ちょっと暗示的な技でもあるが、
要は、納得をすれば、思考が止まったり、緩まったりするわけだから、
それを利用して、
今、悶々と考えている自分の口から、
あきらめ調子的でもいいので、
「まぁ、ええわぁ!」
「もう、いいわっ!もう、どうもならん!もう、知らんわっ!」
と、言ってやればいいのだ。 ( 『 OK! 』 サインをだしてやればいいのだ。)

悩み度具合にもよるが、
とりあえず、悶々思考が緩まったり、止まったりとかするでしょう。

(過ぎたことはどうすることもできないから、
 なんだろうと全部受け入れたるぞ!
 自分のことなんて、もうどうでもいいわっ!という
 ” 男らしい! ”、” 女らしい! ” 潔さがあれば、効き目抜群!)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(おそらくでもなく、最初は、
 「もう、ええわぁ!」なんて思えるわけねえだろっ!バカじゃねぇの!」
 と当たり前の如き反応がでるでしょう。
 そう、納得できないのです。
 「もう、ええわぁ!」では自分なりに納得できないから、
 また再び、自分の納得できる答えを求めて、悶々ネチネチと考え込むのです。)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

でもまた、なんかのキッカケで、
「なんかやっぱ納得できないなっ!」と思ってしまうと、
再び、悶々思考が始まるが、
同じく、
「 もう、ええわぁ!何回考えたって過去のことはどうもならん!」
という、 『 OK! 』 サインをだしてやれば、
また、とりあえずかもしれないが、悶々思考が止まる、緩まる。

ま、それの繰り返しにもなるが、
後は、その当人の修行次第で、
思考のコントロールが上手になれて、
瞬間で、悶々思考を停止させることができたりもします。

最初は上手くいかないのは当然ですが、
結局は、
何が起こっても、過去に戻ってやり直せないのです。
悶々と喘いでも、足掻いても、暴れても、
結局は、自分の思考次第ということになるのです。
悶々思考を止める最終手段は、自分を自分なりに納得させることなのです。
、という思考システムを、理屈を、しかと理解しておきましょう。

コントロール方法は、要は、自分を納得させることですので、
「 ま、ええわ! 」 「 もう、ええわ! 」 以外でも、なんでもいいのです。
自分なりに工夫して、自分を納得させる思考術(技)を考えてみて下さい。


注)
『家族が犯罪に巻き込まれた!』etc系の問題は、
 「 まぁ、ええわ! 」 では到底納得しきれないのは当然です。

ご理解願います。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-aaa


『 教養人の条件 』


まず最初に、ボクの嫌いなもの虫唾がはしるものの1つをのべます。

それは、

『 左翼思想者たちの会話 』

です!

嫌いといっても彼らという人間がALL嫌いなのではなく、
彼らの信じている ” 思想 ” が嫌いなのです。

なぜならそれは、(結果!)破滅と衰退にへと導く思想ですのでね。


~~ 本題 ~~

欧米のエリートたちは教養人であることの条件として、
平和主義者であっても、
軍事知識や戦史や様々な兵法を詳しく知っているということがあげられるそうです。

しかし、日本では、
軍事知識を知っていたり、
戦史に詳しかったり、兵法の勉強だなんて、
自衛隊以外ではまったく必要のない知識だ!ぐらいにしか認識されていません。

会社や企業を動かす人たちや、
大学の教授たちや研究開発に勤しんでいる研究者たちや、
ニュースキャスターや各評論家たちであっても、
軍事知識に疎い人たちが普通に多く存在しています。

このような日本人の現状は、
上記した欧米人たちには頭を傾げるくらいに考えられないことでもあります。

「日本?大丈夫か?ホントにそんな調子で大丈夫なのか?」
と、” 心配半分 ” 、 ” どうでもいい半分 ” で思っていることでしょう。

世界各国は第二次世界大戦の延長線上で、今、現在進行形の国家運営しています。
戦争は、いつかまた起こるかもしれない!?
という危機感をもち、油断をしない心構えで国家運営しています。

ええ、
この世の中に、
様々な考えや心情や信条をもっている人間たちが共存しているかぎり、
争いは永遠に無くならないと考えるのが
普通の神経を持った人間であったりもするのです。

だってというか、
普通に冷静に考えてみてください、
近所間だって、
友人同士の間だって、
家族たちの間だって、
意見や考えや価値観が衝突すれば普通に当たり前に争いが起こるでしょ。

話し合いで解決できることも結構あるけども、
話し合いにすら至れないくらいの実情もあるでしょ。

夫婦離婚の危機だって、
” 話し合い ” で解決できれば、離婚が激減するでしょうが、
離婚が激増しているということは、
” 話し合いでは解決不能の域 ” と考える人が増えているということでしょ。

価値観をいつにして創られた組織だって、
仲間割れしたり修復不能により組織崩壊したりとか普通にあるでしょ。

ええそう、
左翼思想をもった人の多くは、
国家と国家の間で問題が起きると、
十八番のごとくに、
「話し合いで解決しましょう!それが知識人の正常なる対応です。」
とか、
「全ては外交の問題です、
 軍事力の均衡ではなく、外交次第交渉次第なのです。」
とか、数え切れないくらいに、
現実を無視したメルヘンチックな論を発信したがりますが、
話し合いで国家のイザコザが解決できると強く主張する人ほど、
離婚率や仲間割れ率が高かったりもします。
(↑今度1回、左翼思想者を対象にリサーチしてもらいたいものです。)

ええ、
様々な考えや心情や信条をもっている人間たちが共存しているかぎり、
家族や夫婦や友人関係であっても、
争いや不和を避けることはできないのです。

国家間や人種間は、もっとシビアで厳しいものなのです。

世界は日本人が思っているほど正義がまかり通っていないのですよ。

国連だって正義がまかり通っていないのですよ。
(↑ええ、本当ですので、日本人も早く目覚めましょ!)

ええ、
残念ながら、世界は冷たいものなのですよ。
(尖閣諸島でのイザコザがエスカレートした時に、
 ええっ!という驚愕とともに、
 世界の冷たさを実感させられたりとかするかもしれませんね。)

世界は日本人が考えているほど甘くないのはなぜかって?

それはなぜなら、
世界各国の国々は、自国民と国益を守るために、
莫大な金を費やしてまで
自前の軍事・軍隊の増強に力を入れているのです。

日本みたいにアメリカ依存ではなく、
自国が不景気でも、莫大な金をつぎ込んで、自前の軍事に力を入れているのです。

そのくらい軍事力の必要性を切迫的に理解認識しているのです。

このように、
必死で頑張っている国々から
ただただアメリカに軍事依存してる日本をみたら、
普通の神経を持った人ならば、
「日本、ふざけるなよ!」
「1人立ちできない日本に世界の厳しさを ” いつか ” 教えてやらなきゃな!」
と考える人も普通にいるのです。

ええ、この先、” それが ” 強く、実感できる日がくるかもしれません。

ええ、
左翼思想に侵されていない保守系の人たちは、
” そんな日 ” が来てほしくないから、
「軍事に力を入れないと危ない!」
「日本も核を保有しないと、
 アメリカとの同盟に亀裂の入った今現在では抑止がきかない!」
と必死に警告しているのですけどもね。

ええ、上記のとおり、
日本以外の世界各国の国々では、
当然必須の如く軍隊の必要性を肯定しているので、
みな、軍隊を自国にもっています。

永世中立国でもあるスイスであっても自国の軍隊をもっています。

あの、バチカン市国であっても、スイスの傭兵を雇っているくらいです。

ええ、日本だけなのです、残念な思想(左翼思想)を信じて軍事を否定してるのは・・


~~ 省略 ~~


ええ、
戦争は過去の産物であり、もう2度と起こらないものなのだ!
と思っているのは、日本くらいなのです。

ええ、
日本人は、
戦後70年間、
アメリカ製の超安全な箱の中に入れられちゃったので、
箱についた小さな窓からでしか世界を覗けなくなったのです。
窓越しからでしか世界と付き合えなくなったのです。

そのアメリカ製の平和の箱の中が次第次第に繁栄し、
何不自由ない生活ももたらしてくれました。

そのような心地のいい平和の箱の中に
70年間も住み続けているうちに、
日本人たちは、身も心も頭もボケボケになってしまったのです。

あの勇ましい?態度で原発反対運動をしている元・芸能人?の山本太郎氏も、
今後の戦争の危機の話をすると、
「えっ?アナタはいつの時代の話をしてるのですか?(笑い)」
というくらいに、
戦争は過去の産物であり、
もう2度と起こらないものなのだと自己認識しているのです。

ええ、
このような日本人はいっぱいいるのです。
事実、自分の親父などもその類です。

現実を目前に見せてあげないと、解らないタイプの人間たちです。

現実が目前に見せられる=もう手遅れなんですけどもね。

ええ、
最悪の事態に対する対処・対応をしてこなかったぶん、
事が起きれば、
驚愕→ただただ泣き寝入りになるだけの未来が想定されますよね。

ええ、
残念すぎるのは、
親父や山本太郎氏etcのような一般市民ではなく、
国を動かせる力を持っているような人たち、
すなわち、
日本の知識人や大学の教授や実力者etc、総じて、エリートたちも
左翼思想に侵されているので、
軍事力の必要性どころか、
無知無能の如くにも軍事力の廃棄を求めるようなことを口走っているのです。

そんな調子で、
大学の教授たちは、
自虐史観などを中心に、
軍事にたいする否定的な見解を自分の生徒たちに刷り込んでいるのです。
左翼思想者の大量生産です。

ええ、
そんな調子で、
日本が崩壊する方へ崩壊する方へと
” 平和の仮面 ” をかぶって導いているのです&扇動しているのです。

左翼思想をもった人というのは、
自己意志裏腹かもしれないが、
未来現実的な事実としてその活動をみれば、
まるで、
とある物語に登場してくる、
腕を羊に化けさせ、
安心した子羊に扉を開けさせて、
子羊たちを騙し食った狼と同じようなことをしているのです。

バカな国というか恐ろしい国ですよ、現在の日本は。

おそらくでもなく、
日本というのは潜在的に強度なマゾ体質なのかもしれません。

だから、
中国や韓国や北朝鮮に理不尽なイジメられ方をされるのかもしれません。

今現在は、もう、
イジメがエスカレートして犯罪の域にまで突入してますけどもね。

ええ、さらなるエスカレートが危機として考えられます。

自分(自国)を守る力すらもない弱々しい国なんて、
言葉で凄いことをいくら吼えたって、
誰も恐れたりはしませんからね。

ええ、この先、
左翼思想をもった知識人たちの希望的観測に安心しきっていたら、
本当にヤバい状況になりますよ。


左翼思想をもった知識人たちの希望的観測ってどんな?と思う人、

分かりやすく言うと、
テレビ朝日などの情報番組やニュース番組で洗脳放送している、
中国と日本etcの今後的な見解やコメントなどのことです。

ほぼ全て、希望的観測で視聴者を安心させ、
日本国民が軍事の必要性に目覚めないようにさせ、
最悪の事態に対する対処・対応を真剣に考える工程にまで至らせないようにしてるのです。
まさに、狼が羊に化けて安心させる術をメディア媒体を使って実行中なのです。
(↑嘘だと思っている人は、巨大な陰謀に組み込まれたと思って間違いない!?です。)



難しい本をいくつも読破せずとも、
軍事と世界情勢について単純簡単述べられた知識を
手っ取り早く手に入れたいと思うのならば、
このブログの 『 国防を思う 』 を読めばいいと自負します。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-t

『あるがままの自分』論


『 あるがままの自分 』 とは、
「~ねばならない。」思考に脅迫的に背中を押されていない自分でもある。

あるがままの自分を自分でダメだと判定すると、
「~ねばならない。」という脅迫的なる声に副って
作った自分を演じなければならなくなる。

( あの人の前では、)
( あの場所では、 )
「笑わなければならない。」
「面白いことを話さなければならない。」
「明るいリアクションをしなければならない。」
「緊張を隠して落ち着いた感を表現しなければならない。」などなど・・、とな。

ところでというか、
「あるがままの自分って、いったい、どんな自分なのだ?」
と自分自身で明確に分かっていない人も多いことでしょう。

あるがままの自分。

一番分かりやすいのは、
今自分は自分ひとりの空間に居る!
安全に隔離されたプライベート空間に自分は居る!
と認識した時の、
自分自身の思考振る舞いを意識的にいちいち観照すればいいのだ。

” 意識的にいちいち ” というのは、
たとえば、
人前では、
いちいち人の目を意識しているので鼻くそなどは絶対に掘らないが、
いざ、安全に隔離されたプライベート空間に居ると認識すると、
人の目がないので安心しすぎてしまったり、
当然の如く、気も抜きまくっていたりもするので、
いちいち気をつけて自分に檄を入れないと
自分の思考振る舞いを観照しようという意志なんて忘れてしまい、
無意識にも鼻くそを掘ってしまったりもしたり、、etcという意味での、
安心感による見落としを少なくするがための ” 意識的にいちいち ” なのだ。

「意識的に観照せよ!」とはいっても、
おそらくでもなく、
ほぼ全ての人は、
教えられなくても自動的に観照し、
自動的に自分自身の思考振る舞いを判定しているはずなのだ。

だから、
「~ねばならない。」の「 ~ 」の部分を
(無意識にも)自分に枷せることができているのだ。

自動的に観照して自動的に自己判定しているので、
いざ改めて、「あるがままの自分って、いったい、どんな自分?」
と自分に問うても、
日頃意識していなかったからゆえに、
なかなか明確に分からなかったりもするのだ。

あるがままの自分を明確に知りたいのならば、
上記のとおり、
今自分は自分ひとりの空間いる!と認識した時の、
自分自身の思考振る舞いを、
”意識して” ”いちいち”観照すればいいのだ。

意識して自分の思考振る舞いを観照していると、
「こりゃ人には見せられないわ、マジで!」
「自分の暗さはヤバすぎる・・」etcと
つくづく判定してしまうような思考振る舞いを
いくつもいくつも発見したりもするでしょう。

そしたら、その部分を、
自分自身で、
「アホっぽいけど、けっこう自分ってイイ感じじゃん!」
「うん!自分ってなかなか申し分ない♪」etcと
自分で自分を肯定的に思えるような自分に
思考調教・思考変革させていけばいいのだ。
(↑一朝一夕では、なかなか難しすぎるものがある。
  人によっては何年もかかったりするが、
  日に日に確実に変革進歩できていけるはず!)


あるがままの自分の思考振る舞いを自分自身でイイと思えないと、
「自分って、イイ!、悪い!」を判定する物差しを
他人にあずけるようになってしまうので、
たった一人の視線・指摘すらも恐れるにあたるようになったりもするのだが、

あるがままの自分の思考振る舞いを自分自身でイイと思えるようになると、
他人に自分判定の物差しをあずけない心理状態になるので、
「~ねばならない」思考が、いちいち、わざわざ発動しなくなってくれるのだ。

誰に見られても恥ずかしくない自分に変革させるというか、
自分が見ても恥ずかしくない自分になれればいいのだ。

さすれば、
外部の目を意識した脅迫的なる「~ねばならない。」思考が消えうせ、
いわゆる、「あるがままの自分」で過ごせるようになれるのだ。

勿論、
社交辞令的な「~ねばならない。」
一般社会常識的な「~ねばならない。」

外部の目を意識した脅迫的なる「~ねばならない。」は別物です。


また、
自分のことを自分自身のことだから!と偏屈に思っていると、
自分に対して邪険な扱いを自分自身でしてしまったりもするので、
自分のことも他人のような気持ちで対話・対処する心がけが必要。

自分を邪険に扱う!=自分を嫌ってる!=自分への自信をもてない!

ということになるので、
自分を自分自身だとおもって邪険に扱っているかぎりは、
到底、「あるがままの自分」の肯定には至れないのである。

『自分は自分だが自分も自分の大切な親友なのだ。』
という思考を新たに抱いて、
自分という親友に対しても気づかいの心を持ち、敬意を抱くことが必要!

それが、自分自身への自信へと繋がっていく。


自信とは何かを簡単に言い過ぎれば、自分好きということだ。

自分嫌いは、自分の得にも他人の得にもならないから、
普通に考えても、
自分好きになったほうが、
世のため人のため自分のためになれるのだ。

そこでひとつ、
自分好きを妨害する思考として、
テレビの中の人物だろうと、
生活圏内の人物だろうと、
2次元アニメ世界の人物だろうと、
総じて外部世界の存在を、
基本姿勢(心構え)として、非難・中傷・批判しないことが大事なのだ。

なぜなら、
他者の言動・行動・仕草・雰囲気etcを非難・中傷・批判している自分を、
意識的にも無意識的にも客観的に観照している自分が、
「こいつ(自分)、イヤな奴!」
「こいつ(自分)、性格悪る!」
「こいつ(自分)とは友達になりたくねぇ!」etc、
と日々刻々と自分自身を他人をみるかのように自己判定蓄積しているがゆえ、
知らず知らずのうちにも、自分嫌いが加速してしまうからだ。

他人をマイナス的に見てしまいがちな癖があるのならば、
それを修正して、
プラス的に見るように努力改善したほうが、
ワープ的に自分好きに至れたりもするのだ。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-b



『 内省観照 』 の日常習慣と心の主権。


内省観照とは、



何か心が嵐れる(怒り・不安・悲しみ・etc)ことがおこる。
   ↓
なんで何だろう??(自問)
   ↓
(ほぼ大半の人は、)
・アイツがオレの邪魔をしたからだ!
・オレより年下のくせして、オレに助言・悟の言葉をかけてくるからだ。
etcと、
外部の原因によって自分の心に問題が起きているのだと、
外側起因の方向でついつい考えてしまう。(考えたがる。)(自答)


これは内省観照ではない。

このような思考習慣をしていては、
自分の心の平静は、永遠に外部(他者)主権のままなのである。



本当の内省観照とは、

何か心が嵐れる(怒り・不安・悲しみ・etc)ことがおこる。
   ↓
なんで何だろう??(自問)
   ↓
・う~ん、自分のプライドが他者比較的に高かったのかもしれない。
・凄いと思われたいと欲する自己顕示欲が強すぎたのかもしれない。(自答)
etcと、
外部要因ではなく、自分の心の内側を中心に省みる思行為を内省観照というのだ。
(不成就な欲たち、傷ついた誇大欲たちの存在etcを探す。見つける。読みとる。)

そして、起因となる浮き彫りになった欲たちの存在を、
軽減or可能なかぎり排除する修養をすることによって、
自分の心の平和・平静の主権を握ることができるのだ。



自分の心の内側の部分
(負の気持ち発生の起爆となった欲などの思い)を滅消・変革させないかぎり、
何か事あるたびに、外部の影響(支配)うけて心の中が掻き乱される。

そして、
自分の心の平和・平静は、
願い裏腹にも外部次第という面白くない奴隷のような現実を歩みつづける。


自分の心の主権を自分で握るための手段として
『内省観照』の日常習慣が必要なのだ。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-b


『 読み 』


自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでいる人は、

自分の精神にとっても、他人の現実にとっても、

よろしくはない結果をもたらす可能性が大となります。


自分の 『 読み 』 には、
『 思いつき 』 や 『 ひらめき 』 や 『 カン 』 などがありますし、
『 思いつき 』 や 『 ひらめき 』 とはインスピレーションともいわれます。

確かに、率として非常に高い 『 読み 』 実績を誇っていたとしても、
絶対に絶対に、自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでしまったら、
それはすなわち、
ある種ある意味、
『 とある存在 』 の思う壺状態になってしまうようなものなのである。


たとえば、
ある人の態度や行動や仕草から、
「アイツが、オレの変な噂を流して、オレの名誉を壊そうとしているのかも?!」
という 『 読み 』 をしてしまったとする。

実際にそうなのかもしれないが、
心の世界が完全に丸裸状態の人間世界でないかぎり、
その 『 読み 』 は、あくまでも 『 読み 』 なわけであって、
真実ではない可能性もあるです。

心の世界が完全に丸裸状態の人間世界でないかぎり、
『 読み 』 が 『 事実を知っている 』 にはならないのです。
『 読み 』 が 『 読み 』 であるかぎり 『 100%の事実 』 にはなれないのです。

そう、たんにその時は、
ちょうどイヤな事もあって、
ちょっと気分がよくない精神状態であったために、
ついついと被害妄想的な、 『 読み 』 をしてしまっただけであって、
実際は、まったく、その人の変な噂なんて流していないという場合もあるのです。

なのに、
その、自分の (優秀な) 『 読み 』 を信じきってしまうから、
その人の精神世界では、
その人に対する激しい敵意で、戦争が勃発してしまうです。

そして精神世界での戦争勃発は、
じわじわと現実世界にも確実に不和 ( 影響 ) をもたらしてくるのです。

そう、
自分の精神世界は、怒りと憎しみと悲しみで面白くない状態だし、
間違った 『 読み 』 をされているその人は、
「あれっ?いったい何がどうしてこうなっているんだ???」
「オレ、あの人に、イヤなこと言ったっけ??あれ??」
ってな感じで、
「な、な、なんでだろう?」的な感覚で、、
その人から面白くない態度や仕打ちを受けてしまったりとで、
自分の精神にとっても、
相手の現実にとっても、よい作用はもたらせないのです。

そう、
事の始まりは、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!という思い込みなのです。

自分の 『 読み 』 は実績的にも高い精度を誇っているのかもしれないが、
高いと認識しつつも、
もしかして間違っているかもしれないという思考余地ももたいないと、
自分にとっても、他人にとっても、
よろしくない精神被害&現実的被害をもたらしてしまったりもします。

今の世の中は、
頭のイイ人が普通に増えてきています。

推理的なことが得意な人もいっぱいいます。

そして、
当然、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!
と絶対的に思い込んでいる人も、もの凄くいっぱいいるのです。

そういう、
精度の高い 『 読み 』 を誇っているもの同士の精神戦争が、
あちこちで日常的に起こりまくっています。

ほぼ、この省みられることもなく怪しまれることもない、
その (優秀な) 『 読み 』 が原因となっています。

自分の 『 読み 』 を省みることのできない者たちの精神戦争です。

ある種ある意味、
これが人間の平和を破壊する一番恐ろしい病原破壊思考でもあるのです。


まさに、
人間たちの心の中がみえる、とある存在たちにとって、
一番、操りやすい人間のタイプが、
自分の (優秀な) 『 読み 』 に間違いはない!と自負している人たちなのです。

自分としては、
主体性をもって考えているつもりなのに、
実際は、
とある得体の知れない存在に操られていたりもしているのです。


弘法大師・空海の師でもある密教僧の恵果阿闍梨が、
9割5分自分の方が正しいと思っても、5分、自分の方に非がある。

「自分の方に間違いがあるかも知れない」
という懸念が5分でもあるときには、対等と考えなさい。

10割の自信が持てない場合、
9割5分自分が正しくとも、
5分は相手の方が正しいのです。

9割5分正しいと思っても、
5分は相手の方が正しいのですから、
少しでも、
「もしかしたら違うかも知れない」、
「自分の判断が違うかも知れない」という思いがあるうちは、
相手に対して譲るこころを忘れてはいけません。

正法行者は、人より10倍の譜虚心を持て!

そうしないと、簡単に ( 魔に ) ヤラれます。

、という内容の話をしています。


一般現代的に言うと、
つまり、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!
という思い込みを持っている者は、
その思い込みが強ければ強いほど、
悪魔という存在に、
簡単に操られるから気をつけろ!という教えでもあるのです。

悪魔からみれば、
自分に対して、
謙虚さの欠けた慢心的な自信を持っている人間ほど、
簡単に操れる!ということなのです。

ええ、
自分が悪魔になったつもりで想定想像してみれば分かると思いますが、
謙虚に謙虚に、自分を省みるような人というのは、
抜かりなく自分の考えにも否があるかもしれないと思い、
ちょっと怪しいと感ずる自分の思いや考え方には、
即で自己修正したりするので、
なかなか、思った通りには操り難くなるのです。

人間同士だって、
調子に乗っている人間に対しては、
あれやこれやとおだてれば、思うように操作できたりもするが、
謙虚で調子に乗らない人間に対しては、
おだてが通用しなかったりもするでしょう。

それの、高度版だと考えればいいのです。


自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでいる人は、

自分の精神にとっても、他人の現実にとっても、

よろしくはない結果をもたらす可能性が大となります。


------------------------------------


『 思いつき 』 や 『 被害妄想 』 etcは、

自分から発生したものなのか?

それもとも、

とある目には見えない存在からのインスピレーションなのか?

と考えてみたことがあるだろうか。


たとえば、

とある存在(悪魔的な存在)が、人の不幸を楽しむ為に、
とある仲睦まじい関係を計画的に潰そうと企画した。

そして、
こちら側の人間に、
(アイツがオマエの悪口を言っているぞ!)
(アイツがオマエのこと、もうイヤになったと言ってるぞ!)etcな
(被害妄想)(思いつき)インスピレーションをあたえ続け、

こちら側の人間にも、こういうインスピレーションをあたえ続け、

そして、お互いにその 『 被害妄想 』 『 思いつき 』 『 読み 』 を信じ始めたら、

その存在たちの仲睦まじい関係は、
まず、精神世界で崩壊し、そして、現実世界でも崩壊を始めるのです。

このような、
一般常識的に、
「 アホらしい 」 「 摩訶不思議 」etc、etc、
で却下処分されるようなシステムが、
もしかして、あるかもしれないと考えたことがあるだろうか。

おそらくでもなく、
日本人口の9割以上の人は、
「そんなことはありえない!」としか考えられない人のほうが多いでしょう。

そして、
”「そんなことはあるわけがない!」と思い込んでいる = 真実を見抜けていない。”
からこそ、
何度も何度も、
とある存在からのマイナス的なインスピレーションを、
まるで自分から発生した思いつきのように錯覚させて、
騙し続けることができたりもするのです。


こういう現実って、あると思えますか。


「 ある 」 と思えた人、
その思考は100%自分から発生したものですか。


「 ありえない 」 と思えた人、
その思考は100%自分から発生したものですか。


・・・

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-ak

嫌いな人とのつき合い方 [SP Version]


ご近所仲間だからとか、
会社の同僚だからとか、
友達の知り合いだからとかetcといっても、

あんまり好きでない人のことを、
無理して好きにならなくったっていいと思う。

なぜなら、
そんなことは、絶対に無理なことだから。

その人(嫌いな人)から、
自分が好める何かを実際に見たり得たりを実体感できないかぎり、
嫌いという感情を好きに変換することなんて普通に絶対に無理なことだから。


人間特有の精神構造だと思うが、
他人を騙すことはできても、
自分のことは絶対に絶対に騙し切れないんだ。

騙せないものを、
無理矢理騙そうとするから、
自分を見失ってしまうんだ。

自分を見失ってしまって、
鬱病やらナントカ病やらに陥ってしまうんだ。

隣人関係という位置づけだろうが、
仲間という位置づけだろうが、
友達という位置づけだろうが、
夫婦という位置づけだろうが、
キライなものはキライのままでいい。

というか、
キライと思って何が悪い!!!
と思ってるくらいでちょうどいい!

そうよ、
心からの愛を抱ける自分になれるには、
まずは、
自分の中に蠢くマイナス感情の明確なる認識なくしては一歩も進めないんだ。

誰かを好きになりたいのならば、
自分の中の嫌い感情を表舞台で消滅させてからでないと、
いずれ、その好き感情は嫌い感情に打ち負かされてしまう可能性が、高し。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


・嫌いを抑圧してまで、相手を好きになろうとする心 = ベリーBad

・相手に対する嫌いを明確に認識しつつ、
 「しょうがねえ~!ま、とりあえず、アイツの長所でもさがしてみるか!」
 と、渋々思ってあげる心 = けっこうGood

・後々、短所が軽減して長所が増え、好き感覚が増したら、かなりGood

・後々、やっぱり短所しか見えなくても、普通にGood

なぜなら、

例)
クサヤという臭い食べ物を、1ヶ月で好きになろうと努力した場合、
好きになれる人は、1、2日くらいで好きになれるかもしれないが、
やっぱりあの臭いは受け付けられないという人は、
どんなに頑張ろうが、何年努力しようが、嫌いなものは嫌いですからね。

ゆえ、

やっぱり短所しか見えなくても、普通にGood

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-hsea


『魔法の力』、、欲しいですか?


今まさに自分を支配する、
腸が煮えくりかえり、発狂乱したくなるほどの怒りや憎しみ、

さていったい、
世界(自分の周り)がどうなってくれたら、
その怒りと憎しみはおさまるだろうか?

1、その存在が消滅したらおさまる。

2、そいつが、ただ死んだり大怪我したって意味がない!
  自分に対する心からの反省と謝罪の後、
  死ぬなり大怪我なりしてくれたらおさまる。

3、その存在も、自分と同じような気持ち(痛み)を味わって、
  心の底から、自分に対して申し訳なかったと反省したらおさまる。

4、タイムマシーンみたいな装置で、
  事が起きる前の状態、すなわち、
  自分から奪ったものを、全部、元どおりに返してくれたらおさまる。

etc、etc、と、人によって、いろいろとあると思います。


ではさて、
もし、自分が願ったことが、
数時間の間に、絶対に、叶うという『魔法の力』を得たらどうするだろうか?

そう、
10億円が欲しいと願えば、
目には見えない力が働いて、
数時間後に、10億円が自分の手中に入るという魔法です。

あの夫婦、今日これから、壊滅的な大喧嘩をして、明日中に離婚しろ!と願えば、
目には見えない力が働いて、明日中に、離婚してしまうという魔法です。

あいつ、美人だからといって調子こいてアタシを見下してるから、
あいつの慢心他攻な精神を築いているあの自慢の顔!
あの顔!だけがブクブクに太ってくれないかな!と願えば、
目には見えない力が働いて、
数時間後には、その人の顔がブクブクに太ってしまってるという魔法です。

オレの大事な娘を傷つけたあの野郎!
手・足・性器切断されて死んでくれ!と願えば、
目には見えない力が働いて、
数時間後には、願ったような結果になっているという魔法です。

etc、etc、。


ええ、
これは、魔法であるので、
まるで、不慮の事故のように、その結果がでます。

そして、
自分がやったという証拠も存在しません。

なので、
罪をかぶって刑に処せられることは絶対にありません。

ただ、自分だけが、その結果の起因を知っているだけなのです。

ええ、もちろん当然、
死や怪我というマイナス面だけではなく、
あの2人、結婚してくれないかな!と願えば叶いますし、
あの人の病気を治してほしいと願えば叶います。

ええ、
その人の心が強く願ったことが、即、実現化する魔法です。

他人を幸せの絶頂に導くこともできるし、
不幸のどん底に突き落すこともできる魔法です。


どうでしょうか?

このような魔法を手に入れたいと思いますでしょうか?


自分は心底思います。

人間の本当の本性は、
このような、『魔法の力』を得て、
この世の現実世界を、自分の願った通りに操作できる力を得たときに、
束縛をとかれたかのように現れてくるのだと思います。

過去の有名な独裁者たちは、
自分の思ったとおりのことを実行できるという権力をもっていたので、
いわば、『魔法の力』を持っているのと同じような思考回路でもあったでしょう。

自分に助言してくる部下・家来がいれば、
「このオレ様の策が間違っていると思ってるのか!オマエは!」
「このオレ様に助言するとは何様のつもりだ!オマエは!」
というような思考で、
その部下・家来を自分の意のままに処刑したりとかなど、
自分の思い通りにならない存在に対しては、
即、処分・処刑をしてきました。

しかし、
そのような独裁的な権力のない普通の人間には、
ムカつくことが発生し、そいつをどうにかしたいと欲しても、
誰も、欲求実現のための実行部隊にはなってくれません。

おそらくでもなく、
ほぼ大半の普通の人たちは、
独り悶々とムカつきまくって、
次、泣き寝入り&怒り憎しみに蓋をして忘れたつもりになる・・
というパターンになったりもするのでしょう。

でもどうですか?
ある日突然、このような『魔法の力』を得てしまったら?

誰でも、過去から今現在までの間に、
なにかムカつくことや自分に嫌がらせをしてきたヤツに対して、
怒ったり、恨んだり、復讐心にかられたり、
「死んでくれ!」「自分の前から永遠に消えてくれ!」と願ったりした経験が、
一度や二度や三度、、くらいとあることでしょう。

(自分に正直に正直に正直に問えば、 
 普通の人間であるならば、普通にあるはずだと思います。)

ええ、
だけどしかし、いくら心の中で願ったところで、
この現実の物理的なものに対しては、
悔しくも、なんの作用・変化すらも起きなかったことでしょう。

そう、
この世の法則の中では、
物理的なものに対しては、
物理的な作用を与えなければ、
なんの変化すらも起これないのです。

ええ、たとえば、
ムカツク奴に対して、
「ケガをしろ!」と願うだけでは、ケガなんてしてくれません。

ケガしてくれるには、
拳なり棒なりで、物理的な攻撃をくわえなければ、
現実物理的にその肉体がケガを負ってくれることはありません。

そう、
心の中で願うだけでは、通常は、現実世界を操作することはできないのです。

だから、
普通に、諦めたり、忘れようと努力したりして、
怒りや憎しみに蓋をし、
学校や職場や地域や組織などの日常生活圏の中で、
常識人とか心の広い人格者etcを気取り装ったりして、
現実の法則に流されるがままに泣く泣く日常生活をおくったりとかしてるのです。

ええ、でも、だからこそ、ある意味、
この世の法則の中では、
「死んでくれ!」という心の中の願いがいちいち現実化してくれないから、
皆、なんとか、人殺しとか罪人にならずにすんでいるとも言えるのです。

ええ、
だけど、もし、
とある日に、
ある人に理不尽なる嫌がらせをうけ、腸が煮えくり返っている心理状態の時に、
その、「願い」というものが叶ってしまう『魔法の力』を得たとしたら、、、
どうしますか?

もうどうなってもかまわん!という感情的な気持ちになって、
「あの野郎!死んでくれ!」と願ってしまったら、
数時間後には、その人が、(客観視的に)不慮の事故etcで死んでしまうのです。

ええ、たとえ願った通りに事が起こったとしても、
現実的には、証拠がないゆえに、罪になることはないのです。

唯物思想が蔓延している現在では、
興味関心はあったとしても、
ほぼ大半の人は『魔法の力』なんて信じたりはしませんので、
誰も、自分のせいだなんて疑ったりもしないのです。

ただ、自分だけが、
その事故の、原因結果の全てを知っているだけなのです。

・・・・


どうしますか?


また、もし、
このような『魔法の力』を得ても、
自分に害を与える相手に対して、
怒りにまかせて報復の危害を加えない人がいたら、
その人のことをどう評価・判定しますでしょうか?

また、
人権擁護的な組織で客観視的に立派な活動しているような人が、
とある、自分の思い通りにならない他人に対して、
調伏と服従と支配のために、
このような『魔法の力』を使っているとした、
その人のことをどう評価・判定するでしょうか?

自分の願いが全て叶うという『魔法の力』。


さて、
こんな『魔法の力』を得ても、
日々の生活圏の中で、
思いやりのある常識人のような生活をおくれるでしょうか?

自分?

自分には、まだまだ扱いきれる自信がないから、いりません。

ええ、
お金だけ儲けるという感じで、
限定的な『魔法の力』であるのならば欲しいとは思いますが、

限定的なシステムではなく、
自分の願うことや思うことの全てが実現してしまうという魔法であるならば、
まだまだというか、この先もというか、、
マジでホント、恐ろしすぎて、いりません。

ええ、
おそらくでもなく、
今、そんな『魔法の力』を得たとしたら、
ムカツク人間や、思い通りにならない人間に対して、
報復的な思い(願い)をいだく可能性が高いと予測できるからです。

人を幸せにする数よりも、不幸にする数のほうが多いだろうと予想できるからです。

自分の調子が良かろうが悪かろうが常にして、
人間に対して、
自我心のない神様のような愛の精神が自分の心の中枢に自然体になければ、
自分の周りには、屍の山がいくつもできあがりそうな危うさが予測できますからね。

ええ、
理性的な人格者を装うのは心ない悪魔にだって可能ですからね。
一時的にはね。

しかし、
”もう一人の自分”の正体でもある、
「~したい!」「~したくない!」という欲求を心の底から正直に主張しまくる
”感情部分”をコントロール下におくのはなかなか難しすぎるものがあります。

”もう一人の自分”の正体でもある”感情”を、
表面意識と自己認識している”理性”が
世間常識を軸においた論理論調で抑え込んだとしても、
ある瞬間、あるきっかけと同時に、
再び、強い自己主張で拘束を破りはじめるのが”感情”というものでもありますからね。
”感情”そのものを根本から大変身させない限り、
この『魔法の力』は、正義の下に行使されることはなさそうですからね。


『魔法の力』・・・


ええ、

もし、
このような『魔法の力』をもっているのにもかかわらず、
(どんな屈辱的なことをされたとしても、)
その『力』を行使しない人がいたとしたならば、
その人は、
とてつもない神様の中の神様のような人間なのだと思えてなりません。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-wf


[希望]今日より日本は、核武装国家となることを宣言します!


つい数年前までは、
自衛隊もいらない!とか国防という意味も分からない人が多かった。

政治家たちは、
国防を口にすると、選挙に落ちるということが暗黙の了解でした。

それから数年後、
中国やら北朝鮮という、
近隣国からの挑発行為が増えまくりました。

今は、国防を口にしないと、選挙に落ちるかも!?という時代になりました。


今回のブログ、
「今日より日本は、核武装国家となることを宣言します!」
というタイトルを読んで、率直に、どう感じましたか?

おそらく、これも、
日本の近未来では、当たり前の常識になっていると思います。


中国の常識むしなる異常なるアタックに対して、
いち早い関係の修復をとなえるアホな日本のマスコミたち。

あの中国との関係修復は、
イコール、
中国の言いなりという主従関係、いや、
皇帝(中国)と奴隷(日本)関係という国家交流となるのですよね。

やめてくれ!

中国が頭を下げてお願いしてくるまで、
中国との関係なんてまったく修復しなくてもいい!

なかには、
中国との経済関係に影響がなんぞと心配する人もいるでしょうが、
今の中国の経済成長はまやかしの成長。

今や、GDP世界NO.2の中国なのだから、
もう、人民元の固定相場制という甘やかしをやめさせて、
日本と同じく、同じ土俵の変動相場制にしてやれば、
南沙諸島やら尖閣諸島に対して悪戯を仕掛けられないくらいに
経済が衰退してくれるでしょう。

中国の経済発展は、
まだまだ途上国だということで、
大人たちにハンディをもらって経済活動をさせてもらっていたのです。

中国も、自分ら(日本)と同じ、
大人のステージ(変動相場制)に立たせて戦わせたら、
あれやこれやと一気に赤字転落してしまうような経済事実なのです。

日本の企業は、
今より、中国から撤退したほうが今後のため身のためです。
(あの国は、そろそろ堕ちるでしょう。)


中国との関係修復なんて、日本が考える必要なんてないのです。
逆です、中国が考えなければならないことなのです。
日本がいなければ中国の経済は終焉なのですからね。
身の程知らずなところも、まさに、子供です。それもアホ寄りのね。


ま、とにかく、
頭が賢い知者・識者だと言うのならば普通に冷静に考えてくれ。

(左寄りの思想をもった人は、だいだい決まって、
 今の尖閣諸島での問題みたいな現実にぶつかると、
 「相手を刺激しないような言動で対処しましょう!」
 「それが、知恵のある対処なのです!」
 「石原東京都知事みたいな相手を刺激するような言動は、
  アホな対処だから即刻止めるべきだ!」 
 、的なことを、普通にコメントしますからね。)

子供たちの関係やら大人たちの関係やら男女の関係やら
ヤクザ社会etcと、どんな世界でも、
刺激なく、下手にまとめようとする物分りのいい人間は、
決まって、
都合のイイ使いぱしり人間にさせられたり、
イジメの標的にされたりするものなのです。

すぐに怒る上司と、まったく怒らない上司や、
よく怒る人や、何を言われてもまったく怒らない人に対する、
人間の心理対応にも、それとまったく似たようなところがあるのです。

なぜなら、
どんな人間にも、変な欲やら名誉心やら権力心があるからね。

これらの欲は、修行によって修養を繰り返しても、
なかなか消し去ることができないものなのです。

ましてや、修行もしない人間から欲を消し去るなんて不可能なこと。

子供の人間関係も大人の人間関係も男女の関係も国家と国家の関係もみんな同じ。

尖閣諸島における中国と日本も同じ。

左よりの識者&マスコミいわく、
知恵のある賢い処置を日本がとってしまったら、
もう、中国の奴隷国家になりさがったも同然なる扱いをうけるでしょう。

やはり、今の日本には、石原東京都知事みたいな、
中国に対して恐れをいだかずにガンガンに物申せる人間が100人は必要。

とにかく、日本のガン細胞でもある、
左寄りの教育者、左寄りの政治家、左寄りの知識人、左寄りのマスコミは、
今日より、日本から出て行ってくれ!中国に住民となってくれ!

日本のためにならない事ばかり発信するあなた方は、
平和の仮面を被った戦争起因者となってしまう可能性が大だからな。


日本は今日より、
憲法9条の改正!核武装!軍事力の拡大!をしないと、
マジでホントに、
狼に狙われた羊状態になってしまいますよ。

平和憲法をお経のようにとなえるだけの無力な無抵抗状態で、
理不尽極まりなくされるがままに、
近隣の平和を愛さない狼たちに食われる日本なんてみたくはないですからね。


そうです、
核兵器というのは使うために保有するのではないのです。

核兵器を保有している全ての国の政治家たちは、
皆、核兵器の恐ろしさと非道なダーティーさを知っているのです。

たった一発の原爆の威力とその恐ろしさは、
実際に核攻撃を受けた日本をみて、
全ての国々が心身にしみて理解納得しているのです。

日本は、たった2発のアメリカの核攻撃によって、
あっという間にアメリカに敗北し占領されてしまいました。

その現実を知った他の国々は、
自分たちも核保有をしなければ、
アメリカの脅しに屈する未来が待ってるかもしれないと思い、
諸々の国々が核保有に走りました。

今は、核保有国どうしでの戦争はありません。

イラクやらアフガンやらetcと、
核兵器をもってない国となら戦争はできるというような状態になっています。

(北朝鮮も、アメリカにとどく大陸間弾道弾核ミサイルを完成させてしまったら、
 アメリカは、北朝鮮に対して、手を出すことができなくなるでしょう。
 だから、北朝鮮を叩くならば、完成前の今なのだと強く認識しているでしょう。)
 大統領選の終わった来年あたりに、北朝鮮を攻撃するかもしれませんね。(予想)
 完成させてしまったら、
 あのヤクザ国家をのさばらせてしまうことになりますからね。
 日本も、100%に近く危険にさらされます。)


核を持っているということは、
たった一発で、甚大なる被害と後遺症が自国に残ってしまうゆえ、
どんな国も、核兵器を持っている国に対しては、
攻撃、いや、刺激することさえも躊躇するのです。
(あの中国も、
 もし日本が核保有国だったら、絶対に今のような暴挙にはでれません。)

それが、抑止力効果というのです。

もう、世界はそういうシステムになっているのです。

そういう抑止システムによって平和が築かれているのです。

核を持ってりゃ、誰も、自分らに手出しはできない!
軍事力が強ければ、調子こいた外交なんてされない!
というシステムになっているのです。

その抑止力が平和を維持しているのです。

逆に、核を持ってない国どうしでは、
今現在でも様々な紛争が起きまくっています。

日本も今、平和を愛さない近隣国の暴挙によって、
流したくない血を無理矢理流されてしまうかもしれない可能性に面してます。

もしも北朝鮮が核を完成させたら、
あの若造でアホそうな国家指導者が、
日本に対して脅しをかけてくる可能性も大なのです。

ま、いろんな意味で、平和を本気で愛し、その状態保ちたいのならば、
今の時代は、核保有をし軍事力を拡大することが第一なのです。

対等な外交というのは、
核保有と強大な軍事力という基盤がなければ、
正常に機能しないのです。
(平和ボケ&世間知らずな日本人でしたが、
 ジワジワと、この事実に肯けてる人々が増えつつあります。)

核保有と強大な軍事力という基盤を早く築かないと、
今現在の、
日本に対する中国の侮辱的で攻撃的なる侮辱外交よりも、
さらにエスカレートした異常で侮辱的なる外交をしいられてしまうのです。

ええ、
泣いても喚いても、世界は、そういうシステムで成り立ってしまったのです。
(左翼思想をもったアホは、このシステムがまったく理解できないのです。)

ええ、
ましてや日本は、核保有してないどころか、
法律でもない非核三原則というものも一生懸命アホみたいにまもっているし、
相手に攻撃されないかぎり、こっちからは攻撃できないという、
自殺行為となんら変わらない憲法9条すら戦後70年間護りつづけている国です。

そうあの、
戦闘機でスクランブル発進するときには、
かならず、2機以上で飛ぶのですが、
それは、憲法9条にのっとった対応をしているのです。
そう、
1機が攻撃される用、もう1機は反撃用という意味です。

そう、
相手から実弾で攻撃されないかぎり、
明らかに攻撃的モーションをかけられても、
こっちからは実弾は撃てないってのが憲法9条なのです。

こんなデタラメな憲法、とっとと糞貯に捨てちまえ!ってな感じですよね。
(朝ズバっ!のみのもんたは、
 この、世界で日本一カ国にしかない、この美しい憲法9条は、
 永遠に護りきらなければなりません!!なんぞとヌカしてましたね。)

日本は自ら自身で勝手に、その平和憲法を護ってはいるが、
他に国にとっては、そんなことなんぞまったく関係がないのです。

むしろ、軍事を否定する日本のほうが、
自分らにとって都合よく利用できるから便利だ!と思ってるくらいなのです。

だから、
日本の領土にちょっかいを出されたり、
従軍慰安婦問題とか言って、
金を巻き上げられようとしているのです。

ええ、
従軍慰安婦問題というのも、
事実は、都合よく捻じ曲げられています。

ええ、
日本軍が強制連行をして、
慰安婦たちを性の奴隷として扱っていたかのように言っているが、
それは事実ではなく、
今で言えば、民間の風俗商売に身をおく女性たちが、
お金を儲けるために、
軍人に対して体を売っていただけなのです。

「何分いくらだよ♪」とかいう、
今で言う、民間の風俗商売のようなものなのです。

日本軍に強制連行された性の奴隷ではありません。

個人的な理由はあると思いますが、
それぞれの女性たちが自ら望んだ商売だったのです。

ただ、
日本軍が突然負けて、
日本軍が倒産してしまったがために、
その当時、
日本軍の軍票という、
軍が通貨に代えて発行している手形みたいなものが利用不可となり、
軍票が現金に代えられなくなってしまって
大損をこいた娼婦たちの不満が強まり、
あれやこれやと、
政府に補償を求めているという話なんですよね。

その話に、
韓国政府ものっかかっているのです、都合よく利用しているのです。

日本という国は、
近隣国に罪悪感をいだかされて都合よく利用されているのです。

これもまた、
真実・事実をよく知らないのか知っているのか、
日本の左翼思想家たちが、
自虐的なのか売国的なのか、
「私たち日本国は悪い国なんです!」
と、アホみたいに書いたり言ったりしてるから、
それを他国に上手く利用されたんですよね。


ま、従軍慰安婦問題というのは上記のそれが事実なので、
日本はアホみたいに罪悪感を感じる必要はないのです。

反論したいなら、
左翼思想家やら左翼著者による捏造書籍ではなく、
真実・事実を勉強してから言え!ってことですよね。

ま、
日本兵たちの事実として、
奥さんがいながらも、
娼婦と交わってしまったという事実とかはあるかもしれないが、
ま、
あまりにも事実が捻じ曲げられているゆえに、
日本軍に属していた長老たちは、皆、
捻じ曲げられた事実に怒っています。

ま、
一般的に考えても、
奥さんやら、彼女がいながら、
風俗で遊んでいるだなんて、
普通に、胸はって語れることではないですしね。

事実と捻じ曲げられて、
国際問題にさせられていても、
「オレは、戦争に行って平和的に娼婦を買い、
 一夜の恋人のように○○人を抱いたのは事実だが、
 まったくをもって、
 今、人権問題となっているような強制強要的なものではない!」
だなんて、
奥さんやら彼女がいながらでは
なかなか言えないかもしれませんですしね。

ま、とにかく、
従軍慰安婦問題は、事実とはちがいます。

学校などで学んだ方!、それは左翼教育を受けてしまったのです。
それは言わば、売国洗脳みたいなものなのです。


もうホント、日本を蝕む悪性ウィルスでもある、
左寄りの教育者、左寄りの政治家、左寄りの知識人、左寄りのマスコミは、
今日より、日本から出て行ってくれ!

明日から中国人にでもなって、反日デモにでも参加しててくれ!

それか、北朝鮮にでも行って、飢餓体験でもして経験値を上げてくれ!

ホント、奴ら日本にはいらないわ!

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-adoria