『 集中力と雑念 』 | 逆境を突破させる詩集

『 集中力と雑念 』


集中力を妨害するものの一つとして、
雑念というものがあげられる。

集中力を妨害するものとして、
食欲・性欲・睡眠欲というものもあるが、

それは、
求めたらキリのない 「 権力欲 」 とか 「 名誉欲 」 とちがって、

「食う!」
「やる!(処理)」
「寝る!」
という単純な行為で自分を満たせば解消されるので、
TPOを考慮しつつ大いに満足させてやればいいと思う。

性欲なんかは、
昔の修行僧は、女体と接触しなければいいのだ!と思い、
一生懸命に女を避けて頑張っているのだが、
頭の中は女のことで悶々でメチャクチャグチャグチャだぁぁぁ!!というであれば、
それはイコールで、女体と接触していることと同じであり、
頭の中から、性欲が消えなければ、
その修行僧は、
聖職者の皮を被った性の淫獣と言われても文句はいえないのだ。

言い方は悪いけどもな。

要は、肉体的に女性に接触したか否かではなく、
性欲が頭から消えたか、
いつまでも炎のように燃え滾っているかなのだ。

性欲は、「やる!(処理)」すれば、
しばらくは消えるものなので、
したくなったら、して、消してしまったほうが、
身のため精神のため魂のため修行のためだと普通に思うのだ。

性欲なんてキリのある欲なんだから、
「 すること(処理) 」 に罪悪感をもつよりも、
「 しないこと(不処理) 」 により、
頭の中に性欲が憑りつき欲望を消せなくなり、
キリのない欲にへと変化させてしまったことに
罪悪感をもったほうがいいと思うのだ。

その修行僧は、
人間の主体は ” 思い ” なのだということが、
いまいち理解できなかったのかもしれない・・


上記の前置き、いらないかな?とも思うが、
人間の3大欲は、
人間であるかぎり、絶対に無くなるものではないし、
無くならないとは言っても、
自分を満足させれば、(しばらく)消滅するということで、
あれやこれやと試行錯誤するほど重要なものではないと思う。

ゆえ、
ここでは、
欲による雑念ではなく、
『 ?クエスチョン 』 による雑念を語りたいと思う。


さて、

雑念とは何だ?

人というのは、
頭の中に疑問、すなわち、『 ?クエスチョン 』 が点灯すると、
それ解決の答えを求めて、
表面意思の指令がなくても、すなわち、
無意識にも思考が走り出してしまう生き物なのだ。

っと、
まずはそれをシステム的に頭の前面に据えて置くべきだ。

それが前面にいれば、
頭の番人となり雑念を客観的に処理できたりもするからだ。

そう、大げさに言えば、
思考の番人がいれば、
パニくらずに、冷静に処理・対処・対応できるということだ。


~~雑念の発生~~

日常的にたとえると、

例1)
「あれ?何買うんだっけ?」

例2)
「あれ?あのセリフ、ちゃんと憶えてるかなオレ?」

例3)
「明日、、ミスらずにできるかな?」

例4)
「あれ?スイッチ消したっけ?」

例5)
「彼女への告白の返事、、、どうなるんだろう???」

etcと、
人間くらいの知能をもった生き物は、
どんなことであれ、頭の中に?が点灯したら、
?解決の為に頭が回りだしてしまうのだ。

そしてまた、
『 気になる 』 という思いも、?の点灯なのだ。
「あのドラマのこの先の展開が気になる!」というのも、
次回から最終回まで見れば、すなわち、
知ってしまえば 『 ? 』 が解決するので、
『 気になる 』 = 『 ?クエスチョン 』 なのだ。

もうそれは一貫してそう!
『 ?クエスチョン 』 が点灯したら思考が走り出してしまうのだ。


例4)
「あれ?スイッチ消したっけ?」 の場合でいえば、

スイッチを消したかどうか?を、
記憶を辿って答えが鮮明になれば、それで解決となるが、

記憶を辿っても答えが鮮明に蘇らない状態になってしまうと、
もう、その場に行って確かめるしか方法はなくなってしまう。

『 ?クエスチョン 』 が消灯しない状態だ。

もし、遠場に居る場合は、
誰かに頼んだりして、
相手を信じる心ありきで解決し、
悶々思考を止めることができたりする。

しかし、
頼める人がいなければ、
もうそれは、一日中、悶々と考えまくるか、
諦めるかしか思考を停止できなくなってしまう。

またそれか、

「うん!大丈夫!あれこれあれこれでこれこれだから大丈夫!」
と、
自分が納得いく形に無理矢理思考を組み立てて、
モヤモヤ感70%くらいで 『 ? 』 を解決させたりとかもする。

、etcと、
あらゆる全ての事例においても例外なく、
頭の中に 『 ?クエスチョン 』 が点灯すると、
思考が走り出す、度合いによっては、暴走しだしてしまうのだ。

これが集中力を妨害する雑念たちの活動の実態でもあるのだ。


雑念の断ち斬り方として、

人によっては、
「 ちっ!面倒くせぇ~なぁ! 」 のひと思いで断ち斬れる人もいる。

また、

「まぁ、ええわ、大した損害でもねぇし!」という優先順位の上下で断ち斬る人もいる。

また、

「まっ、いいかっ!オレには関係ないし!」という無責任法で断ち斬る人もいる。

また、

「もう、あれを無くすのは仕方ない、諦めた!」という失う覚悟で断ち斬る人もいる。

etcと、
人の数だけいろいろあるが、
形は違えども、大体は、共通していたりもする。

『 雑念断ち斬りの方法 』 = 『 ?クエスチョンの解決 』


雑念は、日常生活をしている限り、
どんな人間の頭にも、例外なく、絶対に発生(点灯)してしまうのだ!
ということも知っておいたほうがいい。

『 ?クエスチョン 』 を点灯させないということは、
おそらくでもなく、誰にもできないことでもあるのだ。

ただ、
『 ?クエスチョン 』 の点灯から消灯までの時間が長いか短いかであり、

雑念発生のシステムを知っている人は、
知っている分、処理・対処・対応ができるので、
点灯から消灯までの時間が、極々、短くなる。

雑念発生のシステムを今日知った人は、
今日知った分、昨日よりは絶対的に消灯速度が速まっているはずであり、

雑念発生のシステムを知らない人は、
知らない分、無駄な足掻きをするので、消灯速度は当然遅くなったりもする。


『 ?クエスチョン 』 の点灯から消灯までの時間の短縮修行。


おそらくでもなく、
方法を知り、やろう!と背水の陣で決意すれば、
いちいち滝etcにうたれなくても、
日常生活の中で、誰にでもできてしまうのだろうと思う。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-be