『 読み 』 | 逆境を突破させる詩集

『 読み 』


自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでいる人は、

自分の精神にとっても、他人の現実にとっても、

よろしくはない結果をもたらす可能性が大となります。


自分の 『 読み 』 には、
『 思いつき 』 や 『 ひらめき 』 や 『 カン 』 などがありますし、
『 思いつき 』 や 『 ひらめき 』 とはインスピレーションともいわれます。

確かに、率として非常に高い 『 読み 』 実績を誇っていたとしても、
絶対に絶対に、自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでしまったら、
それはすなわち、
ある種ある意味、
『 とある存在 』 の思う壺状態になってしまうようなものなのである。


たとえば、
ある人の態度や行動や仕草から、
「アイツが、オレの変な噂を流して、オレの名誉を壊そうとしているのかも?!」
という 『 読み 』 をしてしまったとする。

実際にそうなのかもしれないが、
心の世界が完全に丸裸状態の人間世界でないかぎり、
その 『 読み 』 は、あくまでも 『 読み 』 なわけであって、
真実ではない可能性もあるです。

心の世界が完全に丸裸状態の人間世界でないかぎり、
『 読み 』 が 『 事実を知っている 』 にはならないのです。
『 読み 』 が 『 読み 』 であるかぎり 『 100%の事実 』 にはなれないのです。

そう、たんにその時は、
ちょうどイヤな事もあって、
ちょっと気分がよくない精神状態であったために、
ついついと被害妄想的な、 『 読み 』 をしてしまっただけであって、
実際は、まったく、その人の変な噂なんて流していないという場合もあるのです。

なのに、
その、自分の (優秀な) 『 読み 』 を信じきってしまうから、
その人の精神世界では、
その人に対する激しい敵意で、戦争が勃発してしまうです。

そして精神世界での戦争勃発は、
じわじわと現実世界にも確実に不和 ( 影響 ) をもたらしてくるのです。

そう、
自分の精神世界は、怒りと憎しみと悲しみで面白くない状態だし、
間違った 『 読み 』 をされているその人は、
「あれっ?いったい何がどうしてこうなっているんだ???」
「オレ、あの人に、イヤなこと言ったっけ??あれ??」
ってな感じで、
「な、な、なんでだろう?」的な感覚で、、
その人から面白くない態度や仕打ちを受けてしまったりとで、
自分の精神にとっても、
相手の現実にとっても、よい作用はもたらせないのです。

そう、
事の始まりは、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!という思い込みなのです。

自分の 『 読み 』 は実績的にも高い精度を誇っているのかもしれないが、
高いと認識しつつも、
もしかして間違っているかもしれないという思考余地ももたいないと、
自分にとっても、他人にとっても、
よろしくない精神被害&現実的被害をもたらしてしまったりもします。

今の世の中は、
頭のイイ人が普通に増えてきています。

推理的なことが得意な人もいっぱいいます。

そして、
当然、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!
と絶対的に思い込んでいる人も、もの凄くいっぱいいるのです。

そういう、
精度の高い 『 読み 』 を誇っているもの同士の精神戦争が、
あちこちで日常的に起こりまくっています。

ほぼ、この省みられることもなく怪しまれることもない、
その (優秀な) 『 読み 』 が原因となっています。

自分の 『 読み 』 を省みることのできない者たちの精神戦争です。

ある種ある意味、
これが人間の平和を破壊する一番恐ろしい病原破壊思考でもあるのです。


まさに、
人間たちの心の中がみえる、とある存在たちにとって、
一番、操りやすい人間のタイプが、
自分の (優秀な) 『 読み 』 に間違いはない!と自負している人たちなのです。

自分としては、
主体性をもって考えているつもりなのに、
実際は、
とある得体の知れない存在に操られていたりもしているのです。


弘法大師・空海の師でもある密教僧の恵果阿闍梨が、
9割5分自分の方が正しいと思っても、5分、自分の方に非がある。

「自分の方に間違いがあるかも知れない」
という懸念が5分でもあるときには、対等と考えなさい。

10割の自信が持てない場合、
9割5分自分が正しくとも、
5分は相手の方が正しいのです。

9割5分正しいと思っても、
5分は相手の方が正しいのですから、
少しでも、
「もしかしたら違うかも知れない」、
「自分の判断が違うかも知れない」という思いがあるうちは、
相手に対して譲るこころを忘れてはいけません。

正法行者は、人より10倍の譜虚心を持て!

そうしないと、簡単に ( 魔に ) ヤラれます。

、という内容の話をしています。


一般現代的に言うと、
つまり、
自分の 『 読み 』 に間違いはない!
という思い込みを持っている者は、
その思い込みが強ければ強いほど、
悪魔という存在に、
簡単に操られるから気をつけろ!という教えでもあるのです。

悪魔からみれば、
自分に対して、
謙虚さの欠けた慢心的な自信を持っている人間ほど、
簡単に操れる!ということなのです。

ええ、
自分が悪魔になったつもりで想定想像してみれば分かると思いますが、
謙虚に謙虚に、自分を省みるような人というのは、
抜かりなく自分の考えにも否があるかもしれないと思い、
ちょっと怪しいと感ずる自分の思いや考え方には、
即で自己修正したりするので、
なかなか、思った通りには操り難くなるのです。

人間同士だって、
調子に乗っている人間に対しては、
あれやこれやとおだてれば、思うように操作できたりもするが、
謙虚で調子に乗らない人間に対しては、
おだてが通用しなかったりもするでしょう。

それの、高度版だと考えればいいのです。


自分の 『 読み 』 に間違いない!と思い込んでいる人は、

自分の精神にとっても、他人の現実にとっても、

よろしくはない結果をもたらす可能性が大となります。


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『 思いつき 』 や 『 被害妄想 』 etcは、

自分から発生したものなのか?

それもとも、

とある目には見えない存在からのインスピレーションなのか?

と考えてみたことがあるだろうか。


たとえば、

とある存在(悪魔的な存在)が、人の不幸を楽しむ為に、
とある仲睦まじい関係を計画的に潰そうと企画した。

そして、
こちら側の人間に、
(アイツがオマエの悪口を言っているぞ!)
(アイツがオマエのこと、もうイヤになったと言ってるぞ!)etcな
(被害妄想)(思いつき)インスピレーションをあたえ続け、

こちら側の人間にも、こういうインスピレーションをあたえ続け、

そして、お互いにその 『 被害妄想 』 『 思いつき 』 『 読み 』 を信じ始めたら、

その存在たちの仲睦まじい関係は、
まず、精神世界で崩壊し、そして、現実世界でも崩壊を始めるのです。

このような、
一般常識的に、
「 アホらしい 」 「 摩訶不思議 」etc、etc、
で却下処分されるようなシステムが、
もしかして、あるかもしれないと考えたことがあるだろうか。

おそらくでもなく、
日本人口の9割以上の人は、
「そんなことはありえない!」としか考えられない人のほうが多いでしょう。

そして、
”「そんなことはあるわけがない!」と思い込んでいる = 真実を見抜けていない。”
からこそ、
何度も何度も、
とある存在からのマイナス的なインスピレーションを、
まるで自分から発生した思いつきのように錯覚させて、
騙し続けることができたりもするのです。


こういう現実って、あると思えますか。


「 ある 」 と思えた人、
その思考は100%自分から発生したものですか。


「 ありえない 」 と思えた人、
その思考は100%自分から発生したものですか。


・・・

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-ak