『あるがままの自分』論
『 あるがままの自分 』 とは、
「~ねばならない。」思考に脅迫的に背中を押されていない自分でもある。
あるがままの自分を自分でダメだと判定すると、
「~ねばならない。」という脅迫的なる声に副って
作った自分を演じなければならなくなる。
( あの人の前では、)
( あの場所では、 )
「笑わなければならない。」
「面白いことを話さなければならない。」
「明るいリアクションをしなければならない。」
「緊張を隠して落ち着いた感を表現しなければならない。」などなど・・、とな。
ところでというか、
「あるがままの自分って、いったい、どんな自分なのだ?」
と自分自身で明確に分かっていない人も多いことでしょう。
あるがままの自分。
一番分かりやすいのは、
今自分は自分ひとりの空間に居る!
安全に隔離されたプライベート空間に自分は居る!
と認識した時の、
自分自身の思考振る舞いを意識的にいちいち観照すればいいのだ。
” 意識的にいちいち ” というのは、
たとえば、
人前では、
いちいち人の目を意識しているので鼻くそなどは絶対に掘らないが、
いざ、安全に隔離されたプライベート空間に居ると認識すると、
人の目がないので安心しすぎてしまったり、
当然の如く、気も抜きまくっていたりもするので、
いちいち気をつけて自分に檄を入れないと
自分の思考振る舞いを観照しようという意志なんて忘れてしまい、
無意識にも鼻くそを掘ってしまったりもしたり、、etcという意味での、
安心感による見落としを少なくするがための ” 意識的にいちいち ” なのだ。
「意識的に観照せよ!」とはいっても、
おそらくでもなく、
ほぼ全ての人は、
教えられなくても自動的に観照し、
自動的に自分自身の思考振る舞いを判定しているはずなのだ。
だから、
「~ねばならない。」の「 ~ 」の部分を
(無意識にも)自分に枷せることができているのだ。
自動的に観照して自動的に自己判定しているので、
いざ改めて、「あるがままの自分って、いったい、どんな自分?」
と自分に問うても、
日頃意識していなかったからゆえに、
なかなか明確に分からなかったりもするのだ。
あるがままの自分を明確に知りたいのならば、
上記のとおり、
今自分は自分ひとりの空間いる!と認識した時の、
自分自身の思考振る舞いを、
”意識して” ”いちいち”観照すればいいのだ。
意識して自分の思考振る舞いを観照していると、
「こりゃ人には見せられないわ、マジで!」
「自分の暗さはヤバすぎる・・」etcと
つくづく判定してしまうような思考振る舞いを
いくつもいくつも発見したりもするでしょう。
そしたら、その部分を、
自分自身で、
「アホっぽいけど、けっこう自分ってイイ感じじゃん!」
「うん!自分ってなかなか申し分ない♪」etcと
自分で自分を肯定的に思えるような自分に
思考調教・思考変革させていけばいいのだ。
(↑一朝一夕では、なかなか難しすぎるものがある。
人によっては何年もかかったりするが、
日に日に確実に変革進歩できていけるはず!)
あるがままの自分の思考振る舞いを自分自身でイイと思えないと、
「自分って、イイ!、悪い!」を判定する物差しを
他人にあずけるようになってしまうので、
たった一人の視線・指摘すらも恐れるにあたるようになったりもするのだが、
あるがままの自分の思考振る舞いを自分自身でイイと思えるようになると、
他人に自分判定の物差しをあずけない心理状態になるので、
「~ねばならない」思考が、いちいち、わざわざ発動しなくなってくれるのだ。
誰に見られても恥ずかしくない自分に変革させるというか、
自分が見ても恥ずかしくない自分になれればいいのだ。
さすれば、
外部の目を意識した脅迫的なる「~ねばならない。」思考が消えうせ、
いわゆる、「あるがままの自分」で過ごせるようになれるのだ。
勿論、
社交辞令的な「~ねばならない。」
一般社会常識的な「~ねばならない。」
と
外部の目を意識した脅迫的なる「~ねばならない。」は別物です。
また、
自分のことを自分自身のことだから!と偏屈に思っていると、
自分に対して邪険な扱いを自分自身でしてしまったりもするので、
自分のことも他人のような気持ちで対話・対処する心がけが必要。
自分を邪険に扱う!=自分を嫌ってる!=自分への自信をもてない!
ということになるので、
自分を自分自身だとおもって邪険に扱っているかぎりは、
到底、「あるがままの自分」の肯定には至れないのである。
『自分は自分だが自分も自分の大切な親友なのだ。』
という思考を新たに抱いて、
自分という親友に対しても気づかいの心を持ち、敬意を抱くことが必要!
それが、自分自身への自信へと繋がっていく。
自信とは何かを簡単に言い過ぎれば、自分好きということだ。
自分嫌いは、自分の得にも他人の得にもならないから、
普通に考えても、
自分好きになったほうが、
世のため人のため自分のためになれるのだ。
そこでひとつ、
自分好きを妨害する思考として、
テレビの中の人物だろうと、
生活圏内の人物だろうと、
2次元アニメ世界の人物だろうと、
総じて外部世界の存在を、
基本姿勢(心構え)として、非難・中傷・批判しないことが大事なのだ。
なぜなら、
他者の言動・行動・仕草・雰囲気etcを非難・中傷・批判している自分を、
意識的にも無意識的にも客観的に観照している自分が、
「こいつ(自分)、イヤな奴!」
「こいつ(自分)、性格悪る!」
「こいつ(自分)とは友達になりたくねぇ!」etc、
と日々刻々と自分自身を他人をみるかのように自己判定蓄積しているがゆえ、
知らず知らずのうちにも、自分嫌いが加速してしまうからだ。
他人をマイナス的に見てしまいがちな癖があるのならば、
それを修正して、
プラス的に見るように努力改善したほうが、
ワープ的に自分好きに至れたりもするのだ。