anemone-baronのブログ

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落書き小説根底にあるもの!
私の人生は、「存在しなければ、何を言っても正しい」という数学の存在問題の定義みたいなもの。小説なんか、存在しないキャラクターが何を言っても、それはその世界での真実なのだ。

ブルームエージェンシー オフィス

 夕方4時30分、ブルームエージェンシーのオフィスは緊迫した雰囲気に包まれていた。窓の外は徐々に夕闇に包まれつつあり、オフィス内の蛍光灯の光が緊張した空気を冷たく全体を包みこんでいるようだ。

パソコンのモニターが明るく照らすデスクの上には、書類やメモが散乱しオフィス全体に仕事の忙しさが充満しているようだ。カフェコーナーから漂うコーヒーの香りだけが、疲れた頭を少し和らげる。

  僕はキョッコ(住田)達が話し合っているグループに入って行った。


「自分もなにか手伝えないか?」とキョッコ(住田)にたずねると、彼女は笑顔で「ありがとう。でも、これは私達の問題だから、山本さんはお帰りになってください」と丁寧に事務的な口調で言った。

岡さんも「心配おかけしてすみません。代理店としてはよくあることなんですよ」と少しおどけて言ってくれたが、それは僕に対する気遣いだとは分かっていた。

僕は笑顔で二人の言葉を無視して「このポスター、どんな風に変更するんですか?」と尋ねると、岡さんは少し間をおいて

 

「メインの画は変更せず、周りに主要選手達の顔写真とプロフィールを囲む予定です。少しゴチャゴチャするけど、山本さんの画は絶対に変更しません」と答えた。

キョッコ(住田)も「広報用のポスターみたくなるけど、今は仕方がないですね」と続けた。

僕は考え込んでから提案した。

 

「写真の代わりに似顔絵のイラストを使うというのはどうでしょうか?」

その場にいた面々は互いに顔を見合わせて、「……たしかに面白いですね。その方がバランス、合いますね。しかし……」と言いかけた時、僕は「僕が描きます。」と強く言った。

するとキョッコ(住田)が慌てて「待って、だい!…山本さん。この変更プランは明日五稜商事に持っていかなければならないの、時間的に……」と言いかけると、僕は「ここで描けばいいでしょ」と答えた。

辻本さんがはっきりした声で「名案だと思います!」と賛成した。

 

山田も何か案があるようで「画は描けないけど協力できることがあると思います」と言った。

キョッコ(住田)は「どんなことが?」と尋ねた。

山田さんは「山本さんの描いた選手イラストを、以前から用意していた大会用のTシャツにプリントして、明日五稜商事とジャスティスにプレゼン材料にすれば……」と提案した。

岡さんが少し厳しく「うちには紙以外のプリンターはないぞ。朝までに完成できたとしてTシャツプリントはどこでする?」と指摘した。

山田さんはハッとして「そっそれは、和洋の出力センターにお願いして……」と答えたが、岡さんはさらに「その予算は誰が出す!」と問い詰めた。

キョッコ(住田)が山田さんの案を支援するように「データ・マーケティング部で持ちます。和洋にも私からお願いします。」と答えた。

 岡さんは最初から僕の案に賛成していたようで、決断後の指示が的確だった。

「山本さん、今回は全部で12人のイラストが必要になります。デザイン部に資料の写真や動画もあります。山本さんはイラストのデッサンをお願いします。背景や色つけは私も含めデザイン部の面々で行います」と説明した。

方向性が決まると一気に、動き出すスピード感と的確な指示と無駄なく作業に取り掛かる社員たちの動きが流れるように始まった。

僕はそれを見て(優れた人たとのグループって凄いな)と関心してた。


休憩スペース

キョッコ(住田)が僕の袖を引っ張って、自販機の休憩スペースに連れて行かれた。
温かいコーヒーを買ってくれて僕に渡すと、「ありがとう、だい(大樹)」と言った。

僕は「まだ、これから始まるから。上手く描けるように頑張るさ。それにキョッコ(住田)たちのチームの一員になったようで少し嬉しいし。」と答えた。少し照れくさいかったが本心だった。

彼女は「そうね。まだ始まったばかりだもんね……」と他に何か言いたそうな表情をしていた。

彼女は少女に戻ったような口調で「そういえば~、一緒に”一つの事”したことなかったよね。子供の頃は何時も一緒だったのにね」と微笑んだ。

僕は、その言葉に一瞬過去の記憶に引き戻され、心の奥底から懐かしさが溢れてきた。キョッコ(住田)と過ごした日々、楽しかった思い出、そして一緒に笑った時間。

彼女の言葉は、僕達二人にとって特別な意味を持っていた。

僕はコーヒーを一口飲んでから、からかうように「そうかな~。一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりさ、押入れの中に秘密基地作ったりさ。」と返した。

彼女は顔を赤らめて「バカ!それは大昔のことでしょっ!」と言って二人で大笑いした。

その表情に彼女の本心が少し垣間見えたような気がした。僕たちは大人になり、それぞれの道を歩んできたけれど、その絆をもう一度取り戻そうとしている。

「とにかく時間が無いけど頑張りましょう」と彼女が言うと、僕は頷いて笑顔を作った。

オフィスの窓の外には、夕闇が広がり始めていた。街の明かりが少しずつ灯り始め、夜の訪れを告げている。
 コーヒーを飲み終えた後、オフィスに戻る途中、僕はその光景を見ながら、キョッコとの再会がもたらした新たな希望を胸に、彼女が隣にいるだけで、不思議と心が落ち着き気力が湧いてくる。

この感情を大切にしながら、今回の仕事に全力を尽くせそうに感じていた。


bar.GaGuRr

 都内の静かな一角に佇むオーセンティックな「bar.GaGuRr」。バーの静かな空気の中で、バーテンダーが静かにグラスを磨いている。

 

重厚な木製のカウンターと柔らかな照明、バーテンダーの後ろの棚にはウイスキーのボトルがずらりと並び、その光景がこのバーの豊富な品揃えを物語っている。

藤岡は何時ものグレンリベットの水割りを、森本はアードベッグのオンザロックを前に置き、二人は深い談笑にふけっていた。

 

森本が葉巻をふかしながら、カウンター越しのバーテンダーに微笑を投げかける。

グレンリベットは、滑らかでバランスの取れたフルーティーな味わいが特徴で、藤岡の思考を研ぎ澄ませる一助となっていた。

藤岡は森本のアードベッグに目を向けて、「いい歳なのにそんなドライな物飲んで、大丈夫か?」とからかうように言った。

森本は葉巻の煙をゆっくりと吐き出しながら、「年だからこそ刺激が必要なんだよ」と反撃した。アードベッグのスモーキーでピート感の強い風味が口の中に広がり、強い刺激が森本の疲れを癒やしていく。

藤岡は住田達からの報告を受け作業の受理をした後、和洋の森本と「bar.GaGuRr」で合っていた。

 バーの静かな空気の中で、今日の出来事を二人で話し合っていた。

藤岡は軽くグラスを回しながら

 

「今晩、山本さんが選手たちのイラストを描くそうだよ。12人分だから彼も大変だろうな。」

森本はバーテンダーの方を見て

 

「彼なら、似顔絵描きなんかも、時々やってるから大丈夫だろ。うちは、何時でもデータを飛ばしてくれたら、印刷できるように指示してあるから、確認用でも遠慮なく使ってくれ。」

藤岡は感謝の意を込めて、「ありがとう。長い夜になりそうだな」と言い、グラスを傾けた。

森本は笑いながら「部下が徹夜してるのに、こんなとこで飲んでて良いのか。」

藤岡は微笑を浮かべつつ、「それはお互い様だろ。俺には俺の仕事があるし、第一、俺が現場にいても役に立たないどころか、皆んな緊張して仕事がはかどらんだろ。」と返した。

バーテンダーも二人の会話を微笑みながら流し聞きつつ、他のお客さんの注文したカクテルを作っていた。

森本は、笑いながら「ま~たしかにそうだな。で、五稜とは話ししたのか?」

藤岡は一瞬をおいてから、「まだだよ、情報を整理してから話さなと、ただの聞き手になるだけだからな。色々分析してるところさ。」と慎重な姿勢を見せた。

森本は葉巻きの煙を見上げながら、「流石だな。しかし五稜にとって大したイベント(仕事)じゃないだろ。オリンピック級なら分かるが、目的がさっぱり分からん。」

藤岡はグラスの縁を指でなぞりながら、「そうだな……」と気持ちを入れる。


「大きい目的か、小さい目的か、又はその両方か……」と藤岡は何かを考えながら、ぼんやりとした表情で呟いた。

森本は眉をひそめ興味津々に「何か分ってそうだな。おい!教えろよ。」

森本の方を向いて「そうだな……五稜商事、三崎晴彦は東大の後、プリンストン大学院出てる。」

森本は少し考えた様子で「プリンストン?……住田くんと同じか……」


閃いたように「あっ!ヘッドハントか?」と森本が言うと、藤岡は静かにグラスを口にした。

「あそこの会社の社風はよく知ってるだろ。派閥が出身大学で固まってることを、彼は東大法学部も出てるし、東大派閥の今はドン的な存在だろ。奨学金制度も要してあるし、若手人材育成に力を入れてることは確かだ。」と藤岡は続けた。

森本は藤岡を少しからかうように「教育熱心な事だな。学閥か……お前も、東大出てるだろ、同期だっけ?」

藤岡は手を横に降って「俺のほうが学年は3っ上だ。在学中は合ったこと無いが、もちろん今は、お互い知っているがな。」

「すると、住田くんと三崎は接点が何処かであるのか?」

藤岡も手のひらを上に向けるような仕草で、「それは分からん。ただ、彼女の在学中の情報は三崎に行っていたと思う。まぁ~他にも留学生は沢山いただろうから。その中の1人ぐらいじゃないかな。」

その瞬間、バーテンダーが二人の間に新しいナッツの皿を置き、「何かお困りのようですが、こちらをどうぞ」と笑顔で勧めてくた。

二人は一瞬の緊張感をもって笑い合い、藤岡はバーテンダーに「ありがとう。」と感謝を伝えた。

 「bar.GaGuRr」の落ち着いた雰囲気の中で、藤岡と森本の会話は続いていた。

 

彼らの頭の中には、明日の仕事と対策が渦巻いている。静かに流れる時間の中で、二人はそれぞれの役割を果たすために、心の準備をしていた。


ブルームエージェンシー デザイン室


私は、今晩のスケジュール内容を和洋画材の西岡課長と電話で打ち合わせしていた。

西岡課長は温かい声で、「住田さん、分かりました。こちらの準備は出来ていますので、何時でもデータを送ってください。」

「ありがとうございます。ご迷惑かけて申し訳ございません。」電話をしながら私は、デザイン室の一角にいる”だい”(大樹)を見ていた。

「我々も他人事では無いので、森本も心配しておりましたから、住田さん達も、頑張りましょう。」温かい言葉をいただき感謝して電話を切ると、 ”だい”(大樹)はデスクに腰掛け、スケッチやデザイン案を無造作に広げていた。

その集中した様子に、私は彼の熱意と才能を感じる。ノートパソコンの画面には、選手たちの動画や写真が映し出されており、彼はその映像を凝視しながら鉛筆を動かしている。

彼がペンを握りしめ、選手たちの特徴を捉えた似顔絵を描いていく様子を後方から見守る。

動画の一時停止ボタンを押して、選手の表情や筋肉の動きをじっくり観察しながら、その手の動きは滑らかで紙の上に鮮明な線が次々と浮かび上がっていく。

「岡さん、これお願いします。」と彼の声が聞こえ、画面が切り替わる。

 

新たな選手の顔に集中する彼の姿は、まさに真剣そのものだ。手元には各選手の特徴を書き留めたメモが並び、彼の脇には複数の鉛筆が置かれている。その光景を見ながら、私は彼の才能と努力に改めて感心していた。

デザインリーダーの岡さんが部下のスタッフに指示を出す。

 

「ここの色合いをもう少し明るくしてください」と、スタッフも迅速に応じ、モニターの前でデザインを調整していく。

岡さんは他のスタッフと協力しながら新しいアイデアを出し合い、スケッチブックにアイデアを書き込んでいる。

 

「このレイアウト、もう少しダイナミックにした方が良いかも」と意見を述べ、周囲のスタッフから賛同の声が上がる。

私はデザインのことは詳しくないが、このデザイン室のチームワークには本当に感心している。

 

彼らの情熱と連携は、私にとっても励みになる。”だい”(大樹)の集中した後ろ姿を見て、今夜の作業を絶対に無駄にさせないと強い気持ちが湧き上がってきた。

 大樹は静かに集中しながらも、周囲の賑わいを感じ取っていた。彼はこの環境に身を置きながら、クリエイティブな刺激を受け、自身の作品にさらに力を注ぎ込んでいた。


 僕は、キョッコ(住田)の指示や岡さんのアドバイスが、まるで背中を押してくれるように感じる。

 

「このプロジェクトが成功すれば、キョッコ達の努力が報われるんだ」と心の中で決意を新たにする。

 

ペンを握る手に自然と力が入り、ますます力強く紙の上を走らせる。選手たちの躍動感を見事に表現していくのが、自分でも分かる。

ここにいる全員の期待に応えるために、僕は一層集中力を高める。時々視線が交差するキョッコ(住田)の温かい眼差しが、僕にとって大きな励みになっている。

 22時を回ったが、まだ半分も出来上がっていない。かれこれ5時間ぐらいは皆んなぶっとうしで作業をしていた。そこに、辻本さんが「みなさ~ん。ご飯買ってきましたよ~」と元気な声とともに、両手に袋一派の差し入れを持ってきた。

カレーライスにカップ豚汁とコールスローサラダ、僕は「いい組み合わせだね。」と辻本さんに笑顔で声をかけた。

その時、岡さんが大きく両手を上げて「ヨッシャ!45分間休憩だ。皆んな食べて少しリフレッシュしよう。」と。

 ブルームエージェンシーのデザイン室は、創造性と情熱が交錯する場所だ。ここで生まれる作品は、多くの人々に影響を与え、イベントの成功を支える重要な要素となる。今回、僕もその一員として全力でプロジェクトに取り組んでいる。
 

ブルーム・エージェンシー・ Inc(BAI)本部長:藤岡亮一、コンテンツデザイン部:岡健介、
 データマーケティングディレクター:住田杏子、 部下:辻本恵美(女)、田中聡(男)
 
大手スポンサー五稜商事、部長兼取締役:三崎晴彦。マーケティング部:神山政市
 
陸上連盟 理事長:斎藤敦彦 専務理事:米田安子
 
和洋画材 部長:森本、現場課長:西岡

 

 

ブルームエージェンシー・本部長室

 辻本さんが本部長の部屋前に来ると、秘書の方に「山本さんをお連れしました。私はこれで。」と言いかけると、秘書の方が「辻本さんもご一緒にとの事です。」

 辻本さんがビックリして「えっ。私もですか?私が何の役目で……」と言いかけると秘書の方が笑いながら「山本さんの秘書代わりだそうです。」


「私が……しかし仕事が……」


「僕の秘書ですか?それ良いですね。忘れっぽいから、記録よろしく。辻本さん。」とからかってみた。

秘書の方が笑顔で「ご心配なく。ご連絡して了解得ておりますから。」


「私なんて何の役にも立たないのに……」嫌そうにすねてる顔が子猫みたいで可愛らしかった。

本部長室には、向かいのビルに反射した柔らかな夕日の光が大きな窓から差し込み、温かい雰囲気を醸し出していた。

 

 部屋の奥には立派なデスクがあり、その前には本部長が立っていた。彼は落ち着いた表情で二人を迎え入れ、親しみやすい笑顔を見せた。

本部長さんは明るい笑顔で「いや~よく来てくれたね。」と言って握手をして「まっ座って。」

僕がソファに遠慮なく座ると辻本さんはぎこちなく後ろで立っていた。

本部長さんは辻本さんに向かって「何つ立んでんだ。辻本君も隣に座りなさい。」と言って僕の横に座らせた。

辻本さんは頷きながらも、緊張からか体が硬直しているのが分かった。(何か辻本さんガチガチだな)って思い、正直、辻本さんの態度を見てると(なんか凄い怖い方なのかな?)と考えていた。

本部長さんが笑顔で「山本さんとお会いするのはここでは、2回目だね」

僕は(ここで?)て言葉に少し引っかかっていたが特別気にすることはなかった。

「実はね、和洋の森本部長からは君のこと色々聞かされていてね。”生きの良い絵描きが居る”って、ハハハ言葉悪ね。」と言って和ませてくれた。

僕も「ありがとうございます。活きが良いかどうかわかりませんが。取り上げていただいて光栄です。」受け答えた。

緊張していた辻本さんが「えっ、じゃぁ主任との事も?」と思わず口走って手で口を抑えた。

本部長さんは辻本さんを見て背もたれに寄りかかりながら「もちろん。森本部長が知ってることは全部知っている。彼が何考えてる事も知ってる。」

辻本さんの目には緊張の色が浮かんでおり、彼女の手は無意識に膝の上で指を組んでいた。その様子を見た僕は、(何かヤバイかな)と思い、僕も気まずくなるような緊張するような感覚になっていった。

本部長さんの口元には微かな笑みが浮かんでおり、その目は鋭くも温かさを含んでいるようだった。

「なんせ、月に一回は飲みに行ってるか、ゴルフにいってるか、だからね。」と笑いながら話す彼の声には、親しみと同時に緊張を和らげながらも、厳粛さが感じられた。


会議室

 会議室に静かな緊張感が漂っていた。住田がホワイトボードに向かい、スケジュールを確認しながら話し続けていた。彼女の声は落ち着いていたが、眉間に寄せた皺が問題の深刻さを物語っていた。

「まず、五稜商事とジャスティススポーツの双方にコンタクトを取り、現在の状況を正確に伝える必要があります。私が、五稜商事との交渉役を担当します。」

住田が岡の方に目を向けて


「その時に同時に追加のデジタルコンテンツや特別イベントなどプランニングを提示したいので、追加のイベントなどプランニングの作案を迅速にお願いできますか。」

岡はノートパソコンに目を落とし、キーボードを叩きながら 


「そうですね。新しいデザイン案や追加のプロモーションプランを準備し、迅速に提案できるようにしましょう。そのためには、デザイン部とマーケティング部の協力が不可欠ですね。」

「イベントなどプランニングについはジャスティススポーツとの競技が必要になります。それについては我々の方でやりましょう。」岡が素早く答えた。

営業企画部の一人が声を上げて「陸連と和洋の方はどうしますか。」

住田は冷静に「和洋は五稜商事と太いつながりがありますから、独自に動くことも考えられますので、森本部長と常に連絡を取ります。」


「陸連の方は進行状況を定期的に伝えればいいと思います。大会自体の変更はないのですから。」全員がテキパキに要所を確認して進めていた。

会議室の窓の外には、沈みゆく夕日が赤く染める空が広がっていた。

夕日の光が部屋に差し込み、微かな影を作り出していた。全員が視線を交わしながら、自分の作業に集中していた。指先がキーボードの上で飛び交い、電話の声が静かに響く。

住田は自分で書いたホワイトボードを見つめながら、(”五稜商事、部長兼取締役 三崎晴彦。マーケティング部 神山政市”、か……)次の行動を頭の中でシミュレーションしていた。

 

部屋の空気は緊張に満ち、全員が自分の役割を全うするために動いていた。

一通りの確認が終了すると、会議室を出てそれぞれの部所に戻ったり、会社を出て関係各社に向かったりと、動き始めていた。

 会議室の中は、もう誰もおらず、オレンジ色の光が差し込み、それぞれの心に宿る決意の空気だけが部屋を満たしていた。



ブルームエージェンシー・本部長室

 秘書の方が持ってきてくれたコーヒーを頂きながら本部長さんもコーヒーを飲みながら話してくれた。

「本題を言うとまだ先のことなんだが、内の社が主催の”未来のアート個展会”を開催する予定があり、ま~個展と言っても、内外たくさんのアーティストの方々に参加してもらってのイベントなんだがね。」

「各ブースはブルーム・エージェンシー側で用意するんだが、そこに山本さんのブースも作って出展してくれないかな。っという話。……まだ企画段階だから内緒だよ。」

(内緒って言っても隣でおしゃべりな辻本さんも聞いてるのに!)って心の中で突っ込んでいた。 

 

それよりも、そういったイベントは今までも沢山行われてきたし、その程度の事を大企業の本部長さんから直接申し出が有ることに違和感を感じていた。

「ありがとうございます。本部長さんから直接その様な申し出感謝します。僕ごときで良ければ参加させていただきます。」と応えると、辻本さんも僕と同じ様な考えがあったようだった。

辻本さんが恐る恐る、コーヒーを飲んでいた本部長に「あの~お言葉ですが、今まで当社が行なっているアーティスト展となにか違いが有るのでしょうか。」と質問した。

本部長さんは辻本さんに目を向けて「さすが、秘書の辻本君。」とからかうように言うと辻本さんが恐縮して下を向いてしまった。

本部長さんは微笑みながら僕らの疑問を察しているようで「実はね。まだ、上層部での企画段階だから詳細は言えないが、簡単に説明すると、コンサート・ツアーと同じ様な感じでのデザイン・美術イベント版、”アートツアー”とでも言うかな。」

僕は思わず「ツアーって全国を周るツアーですか?えっ各個展ブースごと全国を。」辻本さんもキョトンといしていた。

本部長さんは「国内だけじゃないよ。海外も対象にしている。大規模なツアーだ。もちろん当社だけでなく沢山の企業に協賛して出資して頂く予定だ。」

僕は、あまりの規模の内容に想像が追い付かなく何を答えていいか分からなくなっていた。辻本さんはもっと真っ白になっているようだった。


本部長さんは、まだ確定ではない事を前提に詳しく話してくれた。

内容は、出展内容はアナログからデジタルまでブロックごとに分けてのブースを作り。
絵画、版画、オブジェや彫刻、デザイン画、そしてデジタルコンテンツでは、動画(あくまでアート作品)、デジタル画、プロジェクションマッピングなど、いわば“アートのオリンピック”的な規模のイベントを開催すると言う内容だった。

僕は心のなかで(それだけの規模のイベントを丸ごとツアーで回るなんて、無理だろ……)と考えていた。

辻本さんは自社の秘密事項だと思っているのか、真剣に本部長さんの言葉を聞き入っていた。

本部長の目は輝き、情熱が感じられた。

 

「これらの各ブースを20万トンクラスの巨大な客船の船内外に設置する。関係者を乗せて、日本のみならず世界を回る計画だ。さらに、ツアー周辺の土地々のアーティストも招待して、伝統工芸を含む展示会も行う。」

僕はその壮大なビジョンに圧倒され、言葉を失った。本部長さんは続けた言葉に、見えてる世界の違いに更に言葉を失った。

「そして、この船の製造費だけでも5億ドルかかる予定だ。これは我々にとっても、アート界全体にとっても大きな挑戦になる。」

部屋の中は静寂に包まれ、向かいのビルに反射した夕日がさらに沈みかけ、部屋全体に赤い光が広がっていた。辻本さんも僕もその壮大な計画にただただ圧倒されていた。


和洋画材 部長室

 和洋画材の森本は陸連からの連絡の後、現場課長の西岡に製版工程の作業のストップを言い渡していた。

 

 昔の写真製版とは違い今はデジタル製版なので、印刷する前であれば和洋画材としてはそれほどダメージは無いが、印刷資材の搬入や納品のための発送スケジュールが変更なるので、課長の西岡はその対応に追われていた。

 部長室で森本部長がディスクの椅子に深く持たれながら、電話をしている。

相手は五稜商事のマーケティング部マネージャーの神山政市、マネージャーと言っても実質次長兼課長だ。内容はもちろん陸連の理事長からの内容の確認だ。

森本:
「神山さんも人が悪いですな。この時期に変更要請されるとは、山本画家の作品が気に入らなかったとかですか?」


神山:
「そんなことはございません。私どもも大変評価しております。ただ……」


森本:
要点をそらしてくる神山に対してハッキリと「端的にお聞きしますが、目的はなんですか?」


神山:
「何時も大変お世話になっている、和洋画材さんにもご迷惑おかけしてることは十分存じております。当社としては、現在のプランニングでは”我々の存在感が薄”と上からの指摘がありまして、我々の契約選手の露出を増やし、製品ももっと目立つようにしていただきたいのです。」


森本:
「経費対効果に合わないと言うことですか?ただ、おたくの子会社のジャスティススポーツとは、既に合意済みの契約があることも考慮に入れて頂きたいのですが。」

神山の声が一瞬沈黙するが、すぐに再び響く。

神山:
「もちろん、分かっております。しかし、私たちの出資割合を考慮すれば、もう少し柔軟に対応していただけると助かります。和洋画材さんの立場からも、ブルームエージェンシーさんに対して、ご協力をお願いしたいと思っています。」

森本は(分からんな~五稜の上層部の面々は変わっていなのに、第一、俺からブルームエージェンシーに”変更よろしく”なんて言えるか。エリートバカが!)内心思っていた。

 

しかし、状況打破するためには冷静に対処する必要があり、タバコを吸って気持ちを落ち着けた。

 電話の後、課長の西岡は部長室に作業の報告と承認を貰いに来ていた。


西岡は書類を差し出しながら、「部長、変更要請の書類にサインお願いします。」

「ああ分った。」と言って書類を確認しながら、「それにしても、うち以上に住田くん達は大変だろうな……」と言うと、西岡も「ホントですね。うちでもなにか手伝える事があれば協力したいと思います。」

森本は天井を見上げながら、「あ~たのむ。彼らは、今まさに”轍鮒之急”(てっぷのきゅう)だからな。」

五稜商事の要求をどのように受け入れ、現状をつつプロジェクトを進行させるか、その戦略を模索する時間が続いた。


五稜商事 本部長室

 神山は三崎のディスクの前に立って、変更要請後の各社の動きを部長兼取締役の三崎に報告していた。一通り報告が終了すると、三崎は神山を見上げて「和洋の森本さんは怒っていたかね?」

「電話ではそれほどでも、ただ、画家の話になると少しドスの利いた声になりましたね。」

三崎は笑いながら「ま~本人が連れてきた画家だからね。メンツが潰されたと勘違いもするだろ。」

「ジャスティス側の契約の事も持ち出してきまして……」

「タレント(選手)を抱えてるのはジャスティスだから、いざとなったらジャスティスが責任を取れば済むことだ。」

神山は、何かを言いたそうだったが口をつぐんでいた「……ハイ。」

三崎は神山を見て「心配するな、そんなことはしないから」と笑っていた。
「後は、ブルームエージェンシーがどんなアプローチをしてくるかだな。」


ブルームエージェンシー・オフィス

 ブルームエージェンシーでは、住田は他のメンバー達と追加のデジタルコンテンツやイベントの内容の調整などの作業に追われていた。

 

みんなが一生懸命に作業を進める中、藤岡本部長との話を終えた山本と辻本が楽しそうに戻ってきた。

オフィスでは、パソコンのモニターの前でキョッコ(住田)や岡、その他のマネージャクラスの社員たちが真剣に話し合っているようだった。緊迫した状態がオフィス全体を覆っていたので、その雰囲気に僕と辻本さんは驚いていた。

 僕は慎重にディスクに座っている山田さんの耳元で訪ねた。「何かあったんですか?」


「大会の広告にスポンサーサイドから変更要請があったんですよ。それで、蜂の巣を突っついた状態に……」


辻本さんも驚いて「なんで今さら、ほとんど出来上がっているのに」と言ってキョッコ(住田)の所に走っていった。


僕は、キョッコ(住田)達が話し合っている光景を横目に、山田さんに詳しく内容を教えてもらい、事の重大さにやっと気がついた。

山田さんも困惑しながら「何故、こんな無理な要求をしてくるのか?ホント分からないし、理が通らないですよね。」


僕は、なにか手伝えることが無いか考えながら、思わず口から「サピア=ウォーフの仮説か」と
山田さんは僕を見上げながら、「何ですか?サピア=ウォーフって?」

「”異なる言語を話す人々は異なる認知的世界を持っている”という仮説です。」と言うと、山田さんも思い出したように、「あ~それって”言語相対性仮説”ってやつですよね。でも同じ日本人ですよ。」

「そうですね。でも、もう一つ”言語決定論”ってあって、つまり、会社や立場の違いも、同じ言葉であっても、その世界観を認識し理解するかには違いが生まれるんじゃないかな。」

山田さんも苛立ちを隠せそうになく「そうですね~。だったら最初からぶつかり合っていれば良かったのに、この期に及んで……」

 僕は彼女を離れたところから見つめながら、ビジネスの世界の厳しい現実を見せつけられているようだった。

 

こんな世界で生き抜いて来てる、キョッコ(住田)に、改めて彼女の力強さと揺るぎない意志に深い敬意を抱き、彼女を支えたいという思いが静かに湧き上がってきていた。

彼女の強さは、嵐の中で揺るがない木のように感じられ、その存在が僕の心に優しくも力強い光をもたらしてくれる。彼女への思いは、静かな湖のように穏やかでありながら、深い感情がそこに隠されていた。
 

ブルーム・エージェンシー・ Inc(BAI)本部長:藤岡亮一、コンテンツデザイン部:岡健介、


 データマーケティングディレクター:住田杏子、 部下:辻本恵美(女)、田中聡(男)
 
陸上連盟 理事長:斎藤敦彦 専務理事:米田安子
 


 午前中の10:00。ブルーム・エージェンシーの陸上競技イベント(第45回全国陸上競技大会)格プロジェクトリーダー達が会議室に集まっている。

全員緊張した面持ちで座っていた。部屋の中央には大きなテーブルがあり、その周りに配置された椅子に、リーダーたちはそれぞれのノートパソコンや資料を広げている。

 

部屋の前方にはプロジェクターが設置され、スクリーンに報告書の要約が映し出されていた。

本部長藤岡亮一への報告会議だが、報告書はとっくに藤岡には上がっているので部長からの審議対応になる。

藤岡本部長は住田の直属の上司にあたる。住田の努力と才能を認めてマーケティングディレクターとして、当時新設したデータマーケティングシステム部の主任を任せたのも藤岡本部長だった。

 藤岡本部長が、テーブルの端に座り、報告書を手にしている。彼の視線は住田に向けられていた。

 

住田は、データマーケティングシステム部の主任として、今回の大会のマーケティング戦略の中心人物だ。

藤岡本部長が口を開く。「住田君、今回の報告書について一通り説明してもらおうか。」

住田はうなずき、資料を手に立ち上がる。

「はい、本部長。今回の大会に向けたデータ分析とマーケティング戦略についてご報告いたします。」

住田はまず、観客動員数の予測データと過去のデータの比較を始めた。

「今回の大会では、過去5年間のデータを基に観客動員数を予測しました。また、SNSでの話題性や、関連するイベントの反響なども考慮しています。」

藤岡は頷きながら、「SNSでの話題性というのは具体的にどのようにして測定したのかね?」と質問する。

住田は即座に答える。

「主にTwitterとInstagramのハッシュタグ分析を行いました。また、過去の大会におけるエンゲージメント率や、関連する投稿の増加率なども参考にしました。」

他のプロジェクトリーダーたちはメモを取りながら、住田の説明を真剣に聞いている。会議の雰囲気は緊張感に包まれながらも、各自が住田の報告に対して深い興味を示している。

「では、具体的なマーケティング戦略について教えてくれ。」藤岡本部長が続ける。

住田は資料のページをめくりながら、

「はい、今回のマーケティング戦略の柱は二つあります。一つ目は、デジタル広告の強化です。ターゲット層に応じたカスタマイズ広告を展開し、特に若年層の関心を引きます。」

「二つ目は、イベント会場での体験型ブースの設置です。実際に競技を体験できるブースや、選手との交流イベントを通じて、観客の興味を引きつけます。こちらについての詳しい内容は岡主任にお願いします。」

藤岡はうなずく。「なるほど、良い戦略だ。住田君のデータ分析と戦略に期待しているよ。岡君続きを頼む。」

岡は少し緊張じみた趣で、「コンテンツデザイン部の岡です。」と立ち上がって挨拶した。

藤岡は腕を組んで笑いながら「知ってるよ!」と言うとみんながドッと笑った。藤岡の一言で会議の緊張感がほどけた。

岡は、企業との提携や、業界の企業:提携し共同プロモーションやイベント内でのブース出展などを実施。


 インフルエンサー:協力スポーツ関連のインフルエンサーと協力し、イベントの魅力を配信。


 ニュースレター配信:イベント情報や最新ニュースをメールで配信し、登録者へのリマインド。
 個人的なメール:参加者の興味に合わせた個人的なメールを送信し、対応強化。


などを説明していた。

会議はその後も順調に進み、各プロジェクトリーダーからの報告とディスカッションが続けられた。

各リーダーがそれぞれのプロジェクトの進捗を報告し、藤岡からの厳しいが的確な指摘を受けていた。藤岡は最後に全員に向かって

「皆さん、問題点は明確になりました。これからも引き続き協力し、イベントの成功に向けて全力を尽くしてください。各自、報告書の修正を行い、次回の会議で再度進捗を確認します。お疲れさまでした。」

 1時間ほどの会議が終わると、藤岡は席を立ちながら住田に向かって微笑み

「君の努力が実を結ぶと良いな。」と言い、「あっそれと今日、絵を描いた山本さんが来るんだよな。」


「はい。森本部長の所で印刷の打ち合わせの後と、言っておりましので午後からになると思います。」


「分った。今日は珍しく一日会社に居るから、来たら一緒に顔出してくれないか。」


「分かりました。お見えしたらご連絡します。」


「よろしく。」と言って会議室を後にしていった。


陸上連盟本部ビル

 その頃、陸上連盟内では大きな問題が浮上していた。理事長室で専務理事の米田(安子)の報告を聞きながら、理事長の斎藤は重苦しい沈黙の中、深く椅子に腰掛け、腕を組んで目をつぶっていた。

「理事長、どうしますか?今頃になってこの様な申し出をされても……」米田の声は不安と焦りを隠せなかった。

斎藤はゆっくりと目を開け、深いため息をつく。


「とにかく理事会を開いて対応を協議するが……急いで和洋画材さんとブルームエージェンシーさんに連絡してくれ。何か対応策があるかもしれんし。」

「分かりました。和洋画材は森本部長にブルームエージェンシーは住田主任へでよろしいですか?」

斎藤は一瞬の沈黙の後「む……。マーケティング予算がひっくり返る話だから、本部長の藤岡さんの方が良いだろ。」

「はい、詳細はメールと電話でお伝えして起きます。」

斎藤は再び深いため息をつき、重々しい口調で言った。


「頼む、後から私からも連絡すると伝えておいてくれ。」


ブルームエージェンシー

 私がディスクで仕事をしていると、藤岡本部長から連絡が入った。

 

”緊急の要件だ直ぐに来てくれ”とのことだったので、仕事を中断して田中さん達に「今、本部長に呼ばれたので席を外しますね。直ぐ戻ってくると思いますから」と言って席を立とうとすると。

田中さんは「午前中、会議したばかりなのに、なんでしょうね。」

「又なんか、別件の仕事押し付けるつもりじゃないんですか~」辻本さんは意地悪そうな顔をしてた。

私は辻本さんの問に誂うように「それならそれで、覚悟を決めて引き受けてくるから、皆さんよろしくね。」と答えると、オフィス全員が「え~ぇっ!」と嫌そうに反応していた。

私が「失礼します。住田です。」と本部長の部屋に入る。

本部長はコーヒーを手に持ち立ちながら窓の外を眺めていた。本部長はゆっくり私の方に振り向いて、「あ~すまないね。忙しいのに呼び出して。」

「はい、大丈夫です。他のメンバーがしっかりしてますから」と応えると本部長は、うなずきながら私にメールを印刷した紙を私に差し出した。


本部長は思い出したように「そうだ。山本さんはまだ来ていないの?」

「はい、連絡がありまして、こちらに向かっているそうです。後10分くらい……」
返答しながら、私がメール文に目を通すと思わず「えっ?……」

「10分ほど前に、陸連の理事長から連絡が入った内容だ。」本部長は立ったままコーヒーを飲んでいた。


陸連の理事長斎藤からの連絡を受けた藤岡本部長は、緊急会議を開くため関係者を招集していた。


 僕は、キョッコ(住田)のチームオフィスで、辻本さんと田中さんとでモニターを見ながらホームページや広告のサンプルの説明を受けていた。


「カッコいいですね~。僕の絵をこんな形にデザイン出来るなんて、流石のデザイン力ですね。」感心していた。


辻本さんは自慢げに「当社のデザイン力は世界でも優秀ですからね~」


「お前は、デザイン関係ないだろ。」と田中さんが突っ込んで三人で笑っていた。

三人で談笑している所へ、コンテンツデザイン部の岡健介さんが通りかかった。

 

辻本さんは岡さんを見つけて、声をかけた。「岡主任どうしたんですか、住田ならさっきから本部長の所へ行ってますけど。」

「あ~そう。俺も今呼ばれていくところなんだ。なんだろうね?なんかミスったかな?」

山田さんは少し心配そうに「ホントに何でしょうね。予定の前倒しなんてならなきゃ良いけど。」

岡さんは僕が居るのに気がつくと「あっ山本さんご無沙汰してます。今日打ち合わせですか?残り完成しました?」


僕は頭を掻きながら「ご無沙汰してます。まだなんですけもう少しで出来上がります。」

「期待してますよ、上方から下まで評判いいですから。じゃ又後で。」岡さんは笑顔で答えた。

 こんなやり取りが続く中、オフィスは和やかな雰囲気に包まれていたなか、キョッコ(住田)が戻ってきた。


キョッコ(住田)は岡さんに何やら話をして、岡さんはびっくりしたような顔をして急いで本部長の部屋へと走っていった。

僕を見つけると少し険しい顔をして「少し待っててくださいね。」と言いながらノートパソコンや資料を持って行ってしまった。何か取り残されたような感じだった。

山田さんも「なにかヤバイ事が起きてるようですね。」と感じているようだった。

 午後3時を少し過ぎた頃、ブルームエージェンシーの会議室には重苦しい空気が漂い、窓から差し込む夕方の光が無機質なテーブルに影を落としていた。

 招集を受けた関係者たちが次々と席に着き、ざわざわとした声が響いていた。やがて、本部長の藤岡がゆっくりと会議室に入ってきた。

 

彼の表情は普段と変わらず冷静だったが、その目には深い考えが読み取れた。


「皆さん、忙しい中お集まりいただきありがとうございます。」藤岡は静かに言いながら、席に着いた。彼の声には落ち着きと確固たる決意が感じられた。

「急遽集まってもらったのは、実は先程、陸上連盟の斎藤理事長から連絡を受け、今回の陸上競技大会の大手スポンサーである五稜商事からの広告デザインの変更要請が在ったようです。」

会議室の中がさらに静まり返った後にお互いにアイコンタクトしながら沙汰付いた。各リーダーたちの視線が一斉に藤岡に向けられ、その目には困惑と不安が浮かんでいた。

「住田くん、詳細を説明してくれたまえ。」と言って藤岡は腰を下ろした。

「ハイ、五稜商事からのクレームの内容は、画家山本が描いたポスターの内容をスポンサー側の契約選手の写真に入れ替えてほしいというものです。」住田は冷静に説明を続けた。

「しかし、皆さんもご存じの通り、ほとんどのデジタルもアナログも広告デザインは既に完成しており、今更の作り直しは時間的にも予算的にもほとんど不可能な状態です。」

全員が頭お抱え困惑の表情だった。住田も動揺していたが、冷静に話を続けた。

「これまでのデザインには内部・外部も含め相当な時間と労力がかかっています。今から変更するのは現実的に難しいと思われますが、スポンサーの要望を無視することもできません。」

住田は藤岡に目を送るが、(藤岡は続けて)といったような対仕草をして目を閉じた。

「五稜商事は我々にとっても重要なスポンサーです。この要望をどうにかして受け入れる方法を探さなければなりませんが、現実的にはどのような対応が考えられるでしょうか?」

コンテンツデザイン部の岡が「ちょっと待ってください。広告内容やマーケティングの趣旨などは、陸連さんも含め全スポンサーにプレゼンしましたよね。その時何処からも異論はなかったはずです。」

「ハイ、その通りです。全てのスポンサー及び関係者から了解を得ております。」

「その時、契約書の各署名を頂いているはずです。五稜商事の今回の要請は契約違反では。」

 

岡のその発言で住田も含め他のメンバー達も「そうだ!」と思い、解決策の糸口が見えたようだった。

藤岡がボソリと話し始めた「私もそれは確認した。ただ五稜商事は契約書に署名していない。何故なら署名しているのは子会社の”株式会社ジャスティススポーツ”だ。契約上別会社だ。」

「なら、口を出すのはおかしいのでは?」

「五稜商事はスポーツイベントに置いては、ジャスティスを通して今回だけでなく、殆どのイベントに出資している。特に今回は25%だ。”口を出すなと言うなら金も出すな”って事になるな。」

全員が沈黙していた。それは住田も同じだった。

藤岡は一瞬の沈黙の後、口を開いた。

 

「まずは、現状を正直に伝えることが必要。広告全体の変更がどれだけのコストと時間を要するか、詳細なデータを示して納得してもらうことが第一歩だ。そして、可能であれば、契約選手を別の形でプロモーションに参加させる提案の検討などを考えてみてくれ。」

住田は藤田をフォローする形で「例えば、追加のデジタルコンテンツやイベントでの特別出演などが考えられます。スケジュールや費用の問題もありますが、いずれにせよ、五稜商事と陸連との協議が必要です。彼らの要望を理解しつつ、我々の制約も理解してもらうように努めなければなりません。」

会議室の空気は徐々に落ち着きを取り戻し、各リーダーたちはそれぞれの役割について考え始めた。藤岡は最後に一言付け加えた。

「この問題を乗り越えるためには、我々の総力を結集し、外部からの支援を得ることが不可欠です。一致団結し、知恵と力を合わせて、最善の解決策を見出すよう努力してください。それから、何時になっても構わないので結果を私の所にメールしておいてくれ。」

本部長の藤岡は言い終わって席を立つときに住田に小声で


「山本さんは来てるんだろ。」
「あッはい、お見えになられております。」
「私のところに連れてきてくれ。」
「でも、私はこの会議を……」
「山田君でも辻本君でも構わなから。」
「分かりました。伝えておきます。」

会議はその後、具体的な対応策の検討に入った。関係者たちはそれぞれの分担を確認し合い、次の行動に移る準備を整えていた。

 

ブルームエージェンシーの未来を左右するこの問題に対して、全員が真剣な表情で臨んでいた。


その頃、大樹は。

僕は、オフィスで辻本さんや他の社員の方々と談笑していた。

ホームページの作成をしている女性社員が、僕の絵に対して興味津々の表情で話しかけてきた。

「山本さんの絵ってホントに引き込まれますね。どうしたらこんなアイディアが出てくるんですか~。」

僕は少し照れ笑いを浮かべながら、通路向こうに座っていた山田さんの方を見て「それはですね~、山田さんに聞いたほうが理論的かも。」

女子社員は驚いたように山田さんに向き直った。「へ~ そうなの?じゃぁ私の代わりにページデザインして!」

山田さんは慌てた表情で手を振りながら「なっなに言ってるんですかぁ。僕にアイディアなんか語れるわけないでしょ。やめてくださいよ山本さん」その焦りっぷりが面白くて、僕はつい笑ってしまった。

そんなやり取りを続けていると辻本さんが内線の電話に出て「分かりました。」と言った後に僕に向かって来て「本部長の藤岡がお会いしたいとの事なので、今から案内しますね。」

「あッハイ」と少し驚いた。(こんな大会社の本部長が僕みたいなプー太郎の絵描きに何のようだろう)と考えていると、「お会いしたことあります?」と辻本さんが人懐っこい笑顔で聞いてきた。

「一度、住田主任に案内されて挨拶だけしたことありますけど。カッコいい方ですよね。」

辻本さんは僕を下から見つめるように「また~、”住田主任”だなんて、かしこまって”杏子”で良いんじゃないですか~」と笑いながらからかわれしまった。

 

僕は微笑みを返しつつも、どこかぎこちない笑顔になってしまった。

辻本さんは明るい声で「今どき、デブじゃ出世出来ませんから、とにかくいきましょう」と言って、僕の手を引っ張っていった。

 

彼女の引く力に導かれながら、僕は緊張と期待が入り混じる中、僕たちは会議室へと向かって歩き続けた。
 

ブルーム・エージェンシー・ Inc(BAI)本部長:藤岡亮一、コンテンツデザイン部:岡健介、川村
 データマーケティングディレクター:住田杏子、 部下:辻本恵美(女)、田中聡(男)
 

 ブルーム・エージェンシーでは住田たちのプロジェクトチームは、迫り来る陸上競技イベント(第45回全国陸上競技大会)の準備に追われていた。
 
 ブルーム・エージェンシーのオフィスビルの一角にあるデザインシステム部。ここは、イベントの魅力を視覚的に伝えるためのクリエイティブな作品が生まれる場所だ。住田はその部所を訪れていた。

エレベーターを降りると、住田はまず部門のリーダーである川村と挨拶を交わした。

 

「お疲れさまです。住田さん、今日はよろしくお願いします」と川村は微笑んで迎えた。

川村の背後には、ポスターやチラシが所狭しと貼られたボードが見え、その前には数人のデザイナーが熱心にディスカッションをしていた。

「こちらこそ、川村さん。皆さん、順調に進んでいますか?」と住田は笑顔で応じた。

「はい、おかげさまで。今日は主にポスター、チラシ、バナー広告の確認をお願いしたいと思います。特に、イベントのビジュアルとメッセージが統一されているかをご確認ください」

 

と川村は言いながら、デスクの上に広げられたポスターやチラシの数々を見せた。

まず、住田はイベントのポスターに目を向けた。鮮やかな色使いとダイナミックなレイアウトが一目でイベントの魅力を伝えていた。

住田は「このポスター、素晴らしいですね。視覚的にとても引き込まれます。」


川村も腕を組みながら「いや~元のデザイン画が素晴らしいですからね。」と山本のデザインを評価していた。


「後はなにか付け足すことが有るのですか?」と住田は川村に尋ねた。
 
「そうですね~ 例えば、開催場所や日時の文字をもう少し大きくして、目立たせる所と。あとは、参加方法についても簡潔にまとめた一文を追加すると、見る人が行動に移しやすくなると思います。」と川村は修正案をまとめていた。

 次に、SNSコンテンツの確認に移った。デザイナーたちは、TwitterやInstagramに投稿する予定のビジュアルとメッセージを一つ一つ見せてくれた。

 どの投稿もイベントのエネルギーと興奮を見事に表現していたが、住田は一つの投稿に目を留めた。

 「このビジュアル、とても魅力的です。でも、少し情報が多すぎるかもしれませんね。SNSの投稿は視覚的にインパクトが強い方が良いので、情報を絞ってみてはどうでしょうか?」

コンテンツデザイン部のチーフの岡は「確かにそうですね。情報量を減らして、ビジュアルにもっと重点を置いてみます」と答えた。

「それから、ハッシュタグも重要です。#陸上競技イベント(第45回全国陸上競技大会)をメインにして、他に関連するハッシュタグもいくつか追加すると、より多くの人に見てもらえるはずです」と住田は続けた。

 その後、チーフの岡はデジタル広告について説明を始めた。

 

「Google AdsやFacebook Ads用に、ターゲットに合わせた広告を展開する予定です。

 

こちらがその広告のサンプルです」と言いながら、パソコンのモニターに広告のプレビューを表示した。

住田はモニターをじっくりと見つめながら、「素晴らしいです。この広告は、ターゲット層にしっかりとリーチできそうですね。ただ、もう少しCTA(Call to Action)を強調したほうが、クリック率が上がるかもしれませんね。」と提案した。

「OK!了解しました。CTAの強調を試みます」と岡は返答した。

 さらに、オフライン広告の確認も行われた。駅やバス停、新聞、雑誌などのオフラインメディアでの広告について、チーフの岡は「これが駅やバス停に掲示する予定のポスターのサンプルです。これまでにない大規模な展開を予定しています」と説明した。

住田はそのポスターを手に取り、「オフライン広告も非常に重要です。多くの人に目にしてもらえる場所での展開が鍵になりますね。このポスターのデザインは、シンプルで目を引くのでとても良いと思います。ただ、QRコードも追加して、デジタル広告と連携できるようにすると、より効果的かもしれません」とコメントした。

「あ~忘れてた、すぐにQRコードを追加します」と岡は答えた。

 確認作業が一通り終わると、住田はデザインシステム部の皆に向かって「皆さん、本当に素晴らしい仕事をしてくれてありがとうございます。あと少しですが、力を合わせて成功に向けて頑張りましょう」と励ましの言葉を送った。

 スタッフたちは一斉に笑顔を見せ、「住田さんもお疲れ様です。イベントを大成功させましょう!」と声を揃えて応じた。住田はその声に背中を押されるように感じ、デザインシステム部を後にした。
 
 


 IT部門のオフィスはまるで戦場のように、スタッフが忙しく駆け回り、電話やキーボードの音が絶えず鳴り響いている。

 

デスクの上には、無数の資料やメモが散乱し、コーヒーカップが置かれているのが目立つ。疲労の色が見えるスタッフたちの顔には、それでも成功への熱意と緊張感が漂っていた。

 公式アカウントの運営チームは、Twitter、Instagram、FacebookなどのSNSプラットフォームで、イベントの最新情報や魅力を発信していた。

 ディスプレイの前に座る佐藤は、チャットAIを使いなら慣れた手つきで次々と投稿を作成していく。ハッシュタグキャンペーンの準備も怠らない。

 

「#陸上競技イベント(第45回全国陸上競技大会)」を使ったキャンペーンで、フォロワーに参加を促し、インフルエンサーとも協力してリーチを拡大する。

「佐藤さん、インスタのコメント返しお願いできますか?プレゼントキャンペーンの質問が山ほど来てます!」と、新人の加藤が焦った声で頼んだ。

「わかった、すぐやるよ。でも、ネガティブコメントも増えてるから注意してね。」佐藤はそう答え、迅速にフォロワーとのコミュニケーションを開始する。コンテストやプレゼントキャンペーンへの反応が上々で、参加者の興味を引くことに成功している。

 一方で、イベント特設サイトの運営チームも忙しさに追われていた。

 

ウェブサイトの構築が完了し、最新情報、チケット購入、参加方法などが分かりやすく掲載されている。しかし、まだSEO対策が十分でないため、担当の田中が必死に検索エンジン最適化(SEO)の作業に取り組んでいた。
 
田中は作業しながら「主任。山本さんのイラストWeb上でもインパクトありますね。」
 
 「そうね。でも、田中さん、サイトのアクセス数が伸びてきたけど、特定のキーワードでの検索結果がまだ弱いようですけど。どうします?」と、住田が話しかける。

「分かりました、今から関連キーワードの見直しと、メタタグの最適化を進めます。あと、ブログ記事をいくつか追加して内部リンクを強化するかな。」田中は自身を持って他の社員に指示を出し、作業を進めた。

 しかし、デジタルマーケティングの現場では、予期せぬ問題が次々と発生していた。SNS上で誤投稿があり、それが瞬く間に拡散され、ネガティブなコメントが増えていた。対応に追われる佐藤は、冷静に対処しながらも疲労の色を隠せない。

「何でこんなに荒れるんだ。すぐに訂正を出して、フォロワーに状況を説明して。」と、上司が指示を出す。

「すみません、すぐに対応します。」佐藤は急いで訂正投稿を行い、コメントに一つ一つ丁寧に返答していった。

さらに、広告プラットフォームのアルゴリズムが変更され、広告の効果が減少するという問題も発生した。マーケティングチームは、急遽対策を練り直し、新たな戦略を模索する。

「アルゴリズムが変わったみたいだ。新しいプランを考え直そう。」と、マーケティング担当の中村が声を上げる。

「わかりました。予算を再配分して、影響を最小限に抑えましょう。」と、住田が指示を出し、迅速に対応に取り組む。

また、サイバーセキュリティの問題も無視できない。特設サイトやSNSアカウントがハッキングされるリスクに備え、ITチームは常に監視と対策を講じている。

 

住田達は夜遅くまでオフィスに残り、システムのチェックと強化を行う姿が見られた。

「セキュリティチェック完了。異常なし。」と、IT担当の鈴木が報告する。

「ありがとう、引き続き監視を続けてください。何かあったらすぐに知らせて。」と、プロジェクトリーダーの住田が答えた。
 


 このようにして、住田たちのプロジェクトチームは、SNS運営、特設サイトの管理、デジタルマーケティングの問題に対応しながら、イベントの成功に向けて全力で取り組んでいた。

 スタッフ一人一人がそれぞれの役割を果たし、協力し合いながら最終調整に励んでいる様子は、まさにプロフェッショナルの姿だった。


住田のマンション

 夜も更け、私はようやくマンションに帰り着いた。ドアを開けると、愛鳥のオキナインコ、ピコがケージの中で興奮した様子で羽をばたつかせ、「おかえりなさい」と挨拶をしてくれた。ピコの元気な声に、自然と笑顔がこぼれる。

「ただいま、ピコ」と声をかけ、手を伸ばして軽く頭を撫でると、ピコは嬉しそうに手に頭を擦り寄せクチバシを鳴らした。

リビングに鞄を置き、バスルームに直行する。今日の一日の疲れを洗い流すために、少し長めにシャワーを浴びた。温かい水が肌を包み込み、緊張した筋肉がほぐれていく感覚が心地よい。

シャワーを終え、パジャマに着替えリビングに戻ると、冷蔵庫から炭酸水を取り出し、グラスに注いだ。

ベッドに腰を下ろし、炭酸水の冷たい刺激を喉に感じながら、スマホを手に取った。画面を開くと、そこには”だい(大樹)”からのメールが届いていた。

イラスト付きのショートメールだ。


「今日もお疲れ様。森本部長から聞いたけど、今、大変そうだね、僕ももっと頑張らなきゃって思うよ。無理しないでね。」

その短いメッセージとイラストに、私は今日一日のストレスが少しずつ溶けていくのを感じた。

 

”だい(大樹)”の優しさが、言葉の端々から伝わってくる。私は微笑みながら返信を打ち始めた。

「ありがとう、”だい(大樹)”。あなたも無理しないでね。ピコが『おかえり』って言ってくれるの。少しずつ疲れが取れていくよ。」

メールを送信すると、ピコがケージの中で再びクチバシを鳴らした。ピコの声が、まるで”だい(大樹)”からの応援のように感じられる。

 イラスト付きで返信がきた。
 
「おやすみ⭐」
 
私はイラストを見つめ炭酸水を一口飲み、目を閉じて深呼吸した。

仕事のプレッシャーや疲れは確かにあったけれど、こうして繋がっていることが、私の心を支えてくれている。

 

それは、まるで大樹の声が遠くからでも私を包み込んでくれているかのようだった。

ベッドに身を横たえ、天井を見上げる。明日も忙しい一日が待っているけれど、私はもう少しだけ頑張れそうな気がした。

 

 心の中で静かにみんなに感謝しながら、私はゆっくりと目を閉じた。
 

 

 さあ~祭り当日だ!空は晴天。朝早くから、空には「バーン!バーン!ヒュン~ズボッ」と音玉が軽快に鳴り響く。

 

そう、子供たちと若者たちが作った花火だ。歓声と笑い声が飛び交い、今までで一番賑やかな日の幕開けを告げる。道に行く“ァイディア”の人々は手を振り合い、顔には晴れやかな笑顔が溢れている。

 屋台は早くも色とりどりの旗で飾り立てられ、甘い焼き菓子や炭火でじっくり焼かれる肉の香ばしい匂いが満たされはじめる。 

 

子供たちも新しく学んだ花火の技術を披露するためにわくわくしながら道具の手入れの取り込み、大小の音玉を青空に上げては、その一つ々に自分たちの成果への歓声を上げている。

 村の名前の誕生祝ということもあって、道行く人達の会話も名前に意識されて明るい話題に満ちあふれていた。
 
 村人(男a)「よう~。姉さんおまはんは、何処のもんだぁ」


 村人(女a)「わたしは~“ァイディア”の牧草地村からさ~、肉をたくさん持ってきただ。」


 村人(男a)「牧草地村か~。あそこは見晴らしが良くて気持ちええ所だんべ~」


 村人(女a)「嫁いだときは、家畜の糞尿の匂いでたおれそうだったべが~」


 村人(男a)「ハハハ、確かに~はずめてだと、鼻が曲がるな~」


      「そっちの姉さんはどっからだ!」


 村人(女b)「あだいは~“ァイディア”の黒石郷だ~」


 村人(男a)「お~黒石郷か~、おまはんも嫁いだときは石炭の匂いしんどかったぺ~」


 村人(女b)「あだいは~まだ一人もんだべ。早くいい男みつけなきゃな。」


 村人(男a)「どげん野郎がええんだ?」


 村人(女b)「やっぱ~燃えるような恋がしたいから石炭男がええな~❤」


 村人(男a)「石炭男?んだども、燃えたあとは灰にしかならんべな~」


 村人(女b)「そしたらまた、石炭食わせればええわな🔥」


 村人(男a)(……この村の女は手ださん方がええな……汗)
 
 などと、道行く人達はこんな会話を楽しんでた。通る場所で、このように笑い声が絶えず、みんなは新しい村名を祝いながら、笑いに満ち溢れている様子だった。
 
 ゼックスファミリー達もァイデアの人達と一緒にお祭りを盛り上げていた。


フロブは酒を売る屋台の手伝いを。自分が作ってきたいろいろな酒を屋台に並べていた。

 

屋台の店主はそれらの酒を不思議そうに眺め一本を手に取り
「これななんちゅう酒だんべ~ん~。なんか入ってるがな。」


「それはコブラ酒、コブラの酒漬け」


「え~え!コブラって、あの噛みつかれたら死んじまうコブラけ!飲めんの?」


「当たり前だ、精力酒ってやつだよ。飲んだらビンビンだから」


 などと言って持ってきた酒樽を説明し始めた。


 大サソリ酒、毒イモリ酒、ふぐ肝酒、24タイム蟻酒、マウイイワスナギンチャク酒……


「いや~フロブの旦那~。みんな猛毒だらけだっぺ。全部精力酒だっぺか?」


「毒系じゃないのもあるぞ、にんにく酒、マカ酒、紫生姜酒、カツアバ酒……」


「これ、全部混ぜて飲んだらどげんなるじゃろ。」


「多分死ぬ。」 (っか!どぶロックの”神のイチモツ”になるか!)
「……」


 何はともあれ、祭りの盛り上がりに一役買っていた。

 


 リーラ、グランマ・ユニア、セレナの女性陣はァイデアの女性たちのパンやシチュの屋台の手伝いに女同士でお喋りの渦に、グランパ・モルフは鍛冶屋職人になって色々な道具の実演販売を、オンタとゾラは太鼓や踊りのチームに参加してみんな楽しんでいた。

ゼックスは大きな山車に乗って大太鼓を叩き、笛や踊りに合わせ地元の太鼓隊と一緒にリズムを刻んでいた。

 

その力強い太鼓の音は、祭りの空気を一層盛り上げ、参加者たちを一つに結びつける魔法のようだ。
 
近辺の村や集落からもたくさんの人達がお祝いにと、集まってきてくれる。其々の言葉が理解できなくても仕草や笑顔でわりとどうにでもなるもんだ。
 
 丘の向こうから何なら白い物体がこっちに近づいてくる。

 

よく見ると大きな荷車が”ガラゴロガラゴロ”と音を立てて巨大な白い物を乗せていゆっくりと向かってきている。
 
「なんじゃ!ありゃ~ しかしでけげもの(デカい物)じゃの岩みたいじゃな?」
 
「荷車引いてる牛と比べてもかなりでけげもんじゃ?」
 
徐々に近づいてくるとその大きさにはみんな驚いていた。やって来たのは北方の民、お祝いにとマンモスを一頭丸ごと荷車に乗せて馬で引いてきた。
 
 「いや~めんみん。おめでっとうござんすわ。おみやげにA5くらいのマンモスを1ぴきもってきたげね。」
(いや~皆さん。おめでとうございます。お土産にA5級のマンモスを一頭持ってきました。)


 
「これが噂に聞いたことあるマンモスか~しかしでけげものじゃのぉ。これを食うとかいうのけ?」

「もっちょん。おいしいげね〜こんなぁあんぶらのんだメンモズはなかなかおめぇにかからひんでがすわ。」
(もちろん。美味ですよ~なかなかこれだけ油の乗ったマンモスはお目にかかれ無い。)


 
「こんなぁ毛むくじゃらの外見から、油ののりが分かるのけ?」
 
 「あんべっか?おれらプロげなもん。」
(当たり前だです。我々プロですから。)
 
祭りの人達も初めて見るマンモスに興味津々でマンモスの周りにあっと言う間にひどだかりになっていた。
 
「いや~北の民さん。ありがとうごぜいます。これ焼いて食ったら1000人前くらいあるべや~」
 
 「あんぶらののりがえけげね、しおづけにしてなまハムやくんせいも絶品でげすわ〜」
(油ののりがいいので、塩漬けにして生ハムや燻製も絶品ですよ~)
 
「あんがと、あんがと、北の民さんも楽しんでいってケロや~。色んな食いもんや珍しい酒もあるべ。」
 
 「へぇへぇ。遠慮なしに食らぃしてもらうべな〜」
 
 様々な地域から集まった人々が、それぞれの特産品を置いてァイディアの祭りに参加して、会場はまるで国際食品展示会のような賑わいを見せて、来場者の期待感を一層高めてた。
 
 ァイデアの祭りは、ただの地域の集いではなく、文化や食の多様性を称える場としても機能して、来場者にとっては新しい味と未知の人達の出会いの場となっていた。
 
 そんな祭りの最中、山車のてっぺんで大太鼓を叩いていたゼックスが遠くで黒く大きな山のようなものがこちらに動いてくるのを見つけた。

 

ゼックスは太鼓を叩くのを止めて「あれはなんだ~?」と大声を出した。
 
 黒い山がドンドン近づいてくると、突然のどよめきが広場の端から起きた。

 

 海から道を進んでくる巨大な荷車が人々の視点を一点に集めてその迫力に一瞬で広場は静まり返えった。

人々は目を見開き、口を大きく開け、慌てふためいていた。


 「"Ουάου, ουάου, μητέρα! Κοίτα αυτό! Τι είναι αυτό;」
 (おっ、おっ母さん!あれ見てみろ!あれは一体何じゃ?!)
 
両手で大きさを表す仕草をしながら


 「"كبير، كبير، كبير! كبير، كبير، كبير، كبير ! أكبر من أي شيء رأيته في حياتي!"」
(でっけえ!でっけえでっけえ~! おれ人生で見たことねえくらいでっけえ!)
 
舌を出して頭を振リ回しながら


 「Вау, он просто огромный! Я не могу поверить, что в мире есть что-то настолько большое!"」
(うわあああマジでデカい!こんな巨大なものが世の中にいるなんてとんでもねえ!)
 
手で大きく円を描きながら


 「看看那东西的长度! 至少有 30 米长! 不,不,也许50米!"」
(あの体長を見ろよ!少なくとも30mはあるぜ!いやいや、50mくらいあるかもしれねえ!)
 
ガクガクと震える


「ゔぅゲゲぇぃ~こわっぺこわっぺ...これに襲われだらすんじまうべな!」
(おう怖い怖い...これに襲われたら終わりじゃないか!)

 腕を組んで考えながら


 「איך הצלחתם לתפוס דבר כל כך ענק?」
 (あんなでっけいの~どなんして捕まえることでけんだべ)

男a「あれは何だ!」


男c「黒い悪魔か!」


男d「敵の要塞か!」


長老「……クジラだっぺ。」


  「おめ~ら大騒ぎすんでね~どよ。あんれは海の生き物で”クジラ”っつうもんだぁ」
 
その時、海の民の代表者が前に出て、このクジラは”リヴィアタン・メルビレイ”と言う種類で最大最強のクジラだと、祭りへの参加祝としてみんなで食べてくれと
 
 「一番うっとぅいくじらぁ、みやげにちューってきたどぅ。」
 (たく、遠路はるばる運んできた。)
 
彼の言葉に、住民たちは感謝の意を表しつつも、その巨大な贈り物に驚愕した。その場に集まった人々は、クジラという海の怪獣に驚きのあまり口を大きく開けていた。
 
それでも子供たちは、安全距離を取りながらも、好奇心旺盛でその巨大な生き物に触れようと手を伸ばしていた。
 
 ゼックスファミリー達も生でこれほどの巨大生物を見るのは初めてだったようで、それぞれ驚いていた。


 「これがクジラか……肉の量を見るだけでも、圧倒的だな 一頭で村一年ぐらい賄えそうだ。」とグランパ・モルフがつぶやく。
 
ゼックスも興味深く「こんなに大きな生き物が、一体どんな食生活をしていたんだ?」

 

ゼックスが感じながらも疑問を投げかけて、オンタが隣で笑いながら、

 

「どんだけでっかいウンコするんだろ~?」と返した。
 
キラとトラも目を丸くして「資料とかで見たことが有るけど本物は迫力が凄いな。」
 
フロブはすでに酔っているようで「昔。シャチ族に聞いたこと有るわ。(ヒェクッ)クジラは絶好の獲物だが”リヴィアタン”だけは近づかね~ってさ(ヒェクッ)!」
 
ゾーランは天を仰ぎながら

 「人類はついにレヴィアサンをその手中に収めたのか? 


 この巨大な力を持っていれば


 彼らの終焉も予想より早まるかもしれない。 


 さあ人類はその力をどう扱うべきか


 それが今後の彼らに問われている課題では!」
 
隣で聞いていたセレナは「……何いってんだか?また変なこと言ってる……」と相手にしていなかった。

 祭りの中央広場では、クジラを中心に音楽とダンスが祭りの心を躍動させていた。

 

太陽が空高く昇る途中、様々な地域から集まった楽師たちが一堂に会して、その腕前を披露し始める。

伝統的な笛、太鼓、弦楽器を学び、ワイディアの歴史と文化が息づいた旋律を奏でていた。
 
女たちの踊り手は、時には空中で華麗なジャンプを見せる。その布が風になびく様子は、まるで彼女たちの一瞬、空に舞い上がるように見える。
 

♪雨が降ろうが やりが降ろうが

 

朝から晩まで  おかくら見物

 

ピーヒャラピーヒャラ(ピーヒャラピーヒャラ)

テンツクテンツク   (テンツクテンツク)

 

ソーレソレソレ お祭りだ~!♪

 


 ァイデアの若者たちも負けてないと、太鼓のリズムは力強く、土の広場を震わせるほどに、それに合わせて踊り始める。

 

衣装は色とりどりのリボンや布で飾られ、動くたびに陽光を反射してキラキラと輝いている。
 
祭りのクライマックスに差しかかえると、夜空は星長く月明かりでほのかに照らされ、その中で子供達が用意した花火が打ち上げられる時が来た。

 

光を爆発させながら夜空を鮮やかに彩り、下界を照らす。

人々は、手にした酒杯を冷静に、その壮絶な光景に酔いしれている。 笑い声とともに、楽しい会話が飛び交い、いくつかのグループでは歌が始まり、祭りの喜びが夜空に響きわたる。

 花火の一つがァイデアの未来への工夫と努力の結晶であり、それを夜空で爆発させることができる喜びを噛みしめている。

 

人々の目は、上空で開いた花火に釘付けになり、その表情からは誰もが子供のような純粋な驚きと感動が読み取れる。

 しかし、その一群の中でゾーランだけが異なる感情を抱いていた。 

 

彼の目の差しは花火の美しさを楽しむよりも、その裏にある人類の技術の進歩さをとその未来への不安を感じていた。

彼はやりぼんと花火の華麗な夜空を見つめながら、心の中で思いを巡らせていた。

「この美しい景色が、いつか災害を起こすのではと思うと心配ではない。


 人類はこの力をどう扱うのだろうか。


 技術の進歩が実現するものは、時として予想もしない結果を考えて。


 我々が見守る中で、彼らがどのように成長し

 

 どのようにこの力を置くか、それが問われているのだ。」

ゾーランの心配をよそに、祭りはその夜遅くまで続く、人々は笑い、踊り、歌いながら、共に時を過ごした。

花火は上空で輝き続け 

 

三日三晩祭りは続き 

 

それは伝説となった。
 

 

 自分たちの村の名前が”ァイディア”(Ιδέα)と決まったことを記念して祭りをやることになった。せっかくだから、隣村やその周りに住んでる人たちにも参加してもらおうと、馬を走られて使者を送っていた。


 ”ァイディア”住民たちは、祭りの準備で大忙し。女子供達はバーベキュウ用の肉や野菜を準備したり、煮込み料理をつくったり、パンやお菓子を作る準備をしたり。
 
 さらに、太鼓や笛に合わせて踊りの練習をしたりと、村全体で大忙し。男たちは、汗をかきながら屋台を作ったり看板や、のぼりを作ったりと、中には遠くの海まで行って魚貝類を調達したりと頑張っていた。
 
 ノヴァファミリアの中でも村の名前が出来たことを祝ってゼックス達は何かプレゼントを考えてた。色々案が出たが、その中でアルトとエリダが「祭りと言えば、花火が良いよね!」 」と弾んだ声で提案する。

 ゼックスは少し驚きつつも「花火か…なつかしいな」と微笑んだ。グランパ・モルフも「うむ、我々の星でも祭りのときはよく打ち上げていたものじゃ。良いんじゃないか。」と懐かしんで同意する。

 ただ問題がある、それは火薬の製造方法だ。地球は酸素の星なのでゼックスたちの母星とは全く違う化学配合が必要になる。ゼックスはオリメ(AI)に聞いてみた。
 
 オリメ(AI)「ピ……地球での火薬は主な成分と化学式は硝酸カリウム、(KNO3) 硫黄(S) 木炭(C)黒色火薬の典型的な組成比は、硝石 75% 硫黄 10% 木炭 15%この混合物には化学式はありませんが、燃焼時には以下の化学反応がございます。
 
2KNO3 + 3C + S → K2S + N2 + 3CO2
 
この反応で、硝酸カリウム(KNO3)から酸素(O2)が供給され、硫黄(S) と炭素(C)が酸化されて一酸化二窒素(N2)と二酸化炭素(CO2)が生成されます。……」
 
ゼックスは頭を抱えて「……良く分からんが、それで花火が出来るのか?誰がそれを彼らに伝える?」
 
アルトとエリダが前に出て、「僕たちが教えるよ!」と。

アルトは続けて「色を出すには、金属塩を使うんだ。例えば、ストロンチウムで赤、銅で青、バリウムで緑の炎が出るから、これを使って色とりどりの花火を作れるよ!」と熱く語った。
 
ゼックスは心配そうに「分ったけど。しかし大丈夫か?そんな難しいことアイツラ理解できるかな。」
 
アルトとエリダは笑いながら「材料がきちんと揃ってれば子供の遊びだよ。間違ってもこの星が吹っ飛ぶことはないから。へへへ。」
 
他のファミリーたちも積極的に”ァイディア”のお祭りの手伝いをする事をよろろこんで引き受けていた。
 
 アルトとエリダは夜に村の若者や子供達を炭焼き場の近くに集めて、花火とはどういったものかデモンストレーションをしながら説明をしていた。
 
エリダは細い竹筒を持ちながら 「花火ってっとても楽しいんだよ。大人から子供までみんなで楽しめるものなんだ。特に夜だと凄く楽しいよ。」
 
アルトは葉っぱで包んだボールを持ちながら 「どういったものかこれから見せるから。今夜は僕たちが作ってきた花火でみんなであそぼう。」と言って準備を始めた。
 
村の若者と子供たちは、何が始まるか興味津々だった。
 
エリダは「さあ、行くよ飛んでいった先を見てね」を竹筒の底の導火線に火を付けるて、筒を空に向むけると、「ポン」と音と共に煙を吐いて何かが飛び出してきた。

 

そして上空で大きな「バーン!」という爆発して、赤や緑の火の粉が夜空を開いた。 輝く火の粉はしばらく美しく踊り、一瞬静かに消えていった。
 
 村の若者や子供達は目を丸くして、一瞬何が起きたか理解できなかったが、すぐに「わー!」「きれいだべ!」「かっこいい!」など空に広がる色とりどりの火の粉に目を輝かせて、驚きと喜びの歓声が沸き起こった。
 
 続けてアルトがボール状花火の導火線に火を付けて思っきり遠くまで投げた。みんなも期待して投げた方をみていたが、思ったタイミングで炸裂しない。
 
予想したタイミングでの爆発は起きず、一時的な静寂が訪れた「あれ~不発かな~」

 

とアルトが見に行っった時「バーン!」と炸裂!大音響とともに、まるで地平線に新たな星が衝突したかのような華麗な爆発が、一瞬アルトはその衝撃に驚いて尻餅を付いた。
 
 花火は地上で大きく弧を描きながら、赤や銀色の火の粉で大輪の花を咲かせた。その迫力ある美しさ、若者と子供たちは一瞬で魅了され驚きと尻餅をついたアルトを見て、笑いと歓声が響き渡った。
 
アルトとエリダは皆に竹筒花火を配って空に向かって、一斉に打ち上げてもらった。

 

規模は小さいが色とりどりの花火が夜空に輝いた。
 
 全員感激のあまり「もっとやりたい」とリクエストが起こったが、アルトとエリダが「今夜はこれでおいでだよ」と宣言すると、子供たちはさみしそうな顔をしてた。
 
 「でもね、明日からお祭りの日までにみんなに、花火を作ってもらおうと思ってるんだ。」


その言葉に子供たちは目を輝かせて「僕たちに作れるの?」と興奮気味に語った。
 
アルトとエリダは「出来るよ!でもね、少し危ないからちゃんと僕たちの言う事を聞いてくれる人だけだよ。」と言うとほぼ全員が手を上げて「はーい、言う事聞きます~。」と大声で答えた。

 

若者と子供たちは期待と興奮にワイワイガヤガヤ言いながらそれぞれの家に帰っていった。
 
 翌日、アルトとエリダはゼックスファミリーに頼んで水路の近くに火薬を配合するための配合小屋と倉庫それと水車を利用して鉱物を砕くためのスタンプミルも作ってもらった。

 

何てったて宇宙人なのであっと言う間に作り上げてた。(*スタンプミル=水車の回転によってくくり棒が上下に動き、錘が鉱物に当たることで鉱物を粉砕する古典的な装置。)
 
 村ではお祭りの準備が進む中、水車小屋に子供を中心とした村の若者達が集まってくる。

 

みんな昨夜の花火の興奮と感動を秘めたまま、これから行う花火作りに期待で心踊っている様子だ。
 
アルトとエリダは材料の説明や作業の順番など、みんなと一緒になって指示しながら花火作りを初めた。


水車小屋の中でエリダがスタンプミルを指さして「鉱物の材料はまず(スタンプミル)これで砕くんだ。」


みんなは一瞬ビックりたような顔をしたがすぐ「うん、わかった。すごいね~。なんでも砕けそう。」と歓声を上げた。
 
大人だとこうは行かない、すぐ「これどうなてんだ?……」とか「この部品はどうやってつくるのか?……」

 

とか理屈が先に走りがちだが、子供たちは見て使い方を教えるだけで、

 

「わかった!すごい!」でオシマイ、特徴を直感で理解したあと楽しみながらどんどん作業していく。

その後それぞれの鉱物をパウダー状になるまで、すり鉢で擦っていく。

 

そして配合だ。一番危険な作業なので、配合用の建物にうつる。アルトとエリダも真剣に指導していくと、子供たちもふざけることなく指示の元慎重に配合作業をおこなっていった。
 


 さて。村では、着々とみんなで、準備を進めていた。準備を見て回っていた長老が出来た村の看板を見て「?これ、文字間違ってね~か?」
 
男性(a)は「そうだべか?合ってるべ~」
 
長老は文字を確認すると「”είδωλο”だと”アイドル”だべや、意味がぜんぜんちゃうやろ!なおせや!」
 
男性(a)は手を叩いていきなり歌い出した「♪なんてたってア~イド~ル。ジャン ♬無敵の笑顔で荒らすメディアッ❤♬知りたいその秘密ミステリアッス❤! 長老はどっち派だんべ~!」

長老「ワシは、キョンキョ……あほんだら~村の名前だっべーさっさと直せー!」
 
他の看板も見てみると「”Πρωκτό”?これ◯◯◯じゃね~か!こんなの見たら肛門科とまちがうべ(怒)とっとと直せ!」(肛門科?他の意味もあるけど書けません笑)
 
 などなど多少のトラブルは遭ったがそれでも皆は、他所から来るお客さん達にも喜んでもらえるように真剣に取り掛かっていた。
 
 長老が村の周りを見回していると、遠くから良い匂いが漂ってきた。匂いに導かれるように歩いて行くと人だかりが出来ていた。
 
「おめ~ら、此処で何シてんだ。えぇ~匂いがするな。」
 
「お~長老! 長老さんもこれ食ってけ。うめーど。」網の上で焼かれていたのは貝やタコや魚だった。
 
 それを見た長老は「なんだこれ。あんま見たことねぃな?」
 
 男性(b)が魚介類を焼きながら「馬で、三日三晩かけて海まで行って採ってきたもんだ。」
 
「えれー遠くまで行ってきたな。うだども宴会には、はえ~べな?」
 
「何いってんだ。宴会ではね~ど。試食会だべや。ここ者ん魚介類を食ったことね~べ。祭りの当日に驚かね~ようにと。」
 
「ん?何で驚くんだべ?」
 
「海の村の者ん達に祭りのこと話したら、当日に海の幸を大量に持ってきてくれるんど。んだから、村の者んに事前知識いれとかんと失礼だんべ。」
 
「なるほどな、んだども横においてあるの酒じゃねいか?」
 
「へっへっへ。酒との愛称も事前知識入れとかんと。」
 
 男性(b)は少し酔っ払いながら「焼けたらみんなに配って回るから。」
 
長老は半ば呆れた様子で

 

「全くおめ~らは。食い終わったら、準備に戻れよ!」と言いながらイカ焼きを貰って食っていた。右手にはちゃっかり酒のコップを持ってた。


 子供たちはアルトとエリダの指示とおりに作業して、鮮やかな色彩の花火を賭けるために金属塩を巧みに配合していた。

 

時折、広場に出て出来た花火を確認したり、さらに配合を変えたりしてオリジナルの花火をも作っていた。

 いつの時代でも子どもたちの想像力は凄い、なんたって怖い物知らずだから。
 
一人は、紐の中に火薬を起用に詰め込んで、それを螺旋状に固めたり。またジグザク状に固めたりと。
 
別の子は竹とんぼの羽に小さな火薬の筒をくっつけたりと斬新たな試みを行った。それそれ色んなアイディアで楽しんでいた。
 
出来上がると広場は実験の場となり、子供たちの笑顔と歓声が飛び交う。 螺旋状の花火が地面を駆け巡り、ひゅんという音を立てて華麗に舞う様子に

 

「キャーキャー」言ってたり、ジグザク状の花火は更に、予測不可能な動きで左右上下に動き回り、みんなは歓声を上げながら飛んだりはねたりして避けて楽しんでいた。
 
火薬を搭載した竹とんぼは、点火すると急速に羽を回転させ、力強く空まで昇り上がり、子供達が手を叩いて「ワーワー」言ってはしゃぐ姿が見られた。
 
 アルトとエリダも子供たちと一緒になって、それぞれの作品の打ち上げを手伝い、成功するごとに感動と笑い声で応えた。カラフルな光に照らされ白い煙が流れていた。

「素晴らしいね!」とアルトが褒め称えると、エリダも「みんな、本当にすごいね。自分たちで作った花火を見るのは、ほんと楽しい。」と目を輝かせた。

 花火作りの合間にも子供達の作品を見て刺激を受けて、新しいアイデアを思いついては試し、そのたびに「こんなのどう?」や「次はこれを混ぜてみよう!」という提案が続く。
 
 この日から、ワイディアの水車小屋と配合倉庫は創造と冒険の渦と化して、子供たちの無限の想像力が火花を囲んでいた。


 
 私は実家に戻っていた。 父が倒れたという母からのメールを受け取り、仕事を早めに切り上げて慌てて帰ってきた。

 

 父は軽いめまいを起こしたようで、病院で初期の脳梗塞と診断されていた。私が、病室に入ると夕食後らしく父は部屋のベッドでくつろぎながらテレビを見ていた。
 
 私を見て少し驚いた様子で「杏子?なんでこんなとこにいるんだ?正月も顔出さないのに。」
私は呆れて「何でじゃないでしょ。お母さんのメール見て飛んできたのよ。」


父は包帯の巻いてある膝を見せて、「大げさだな~ちょっとつまずいて転んだだけなのに。」と笑って言った。


「 脳梗塞が見つかったんでしょ。もうお酒はダメよ」と私はため息をつきながら言った。

父は笑いながら、「母さんと同じこと言うなよ。別に大したことないんだって。この前の人間ドックの時に分っていたことだし」と返した。

「だったらなおさら注意してなきゃダメでしょ!」と私は少し強い口調で父に繰り返した。

「それも、母さんと同じこと言うな。」と父は呆れて応じた。

  軽いとはいえ、他の検査も含めて一日入院することになった父を見て、少し「ホッ」としていた。

 

 病室の窓からは、沈みかけた夕日の光と病室の明かりが重なって私と父の間に温かな光を投げかけていた。 

 

この瞬間、私は久しぶりに地元に居る安心感を感じながらも、父の健康に対して不安を抱いていた。
 
 実家に戻ると夕食の支度をしていた母に「大したこと無くてよかった。ホントびっくりしたから。」
 
母親が「仕事忙しんでしょ、帰ってこなくても良かったのに。大げさなんだら。」と笑ってた。
 
私は、リビングのソファに座り少し苛立ちを感じながら「あんなメール見たら誰だって心配になるに決まってるでしょ。それに軽いとはいえ脳梗塞が見つかったんだから、注意しなきゃ。」
 
 「はい、はい。」と軽い返事をして台所に立っている。母の後ろ姿しか見えないが、なんか嬉しそうだった。

 キッチンからは母の料理の静かな音が漏れてくる。久しぶりに戻った家の中で、忘れていた家の匂いやその空間が、言葉にできないほどの懐かしいさと安心感を添えていて私を包み込んでた。


 都内の居酒屋


 陸連との打ち合わせの後で、キョッコは辻本さんと田中さんと僕との4人で夕食に行く予定にしていたが、本人は実家に呼び出されて「お父さんが倒れた」のメールで不参加。
 
辻元さんが携帯を見ながら「お父さん大丈夫だって、明日は普通に出社するってさ。」
 
田中さんが「こんな事になるなら、予定変更して別の日でも良かったのに。ね~山本さん。」
 
「まぁ彼女の性格でしょう。僕も楽しみにしていたので残念ですが、また何時でも出来るじゃないですか。」と、返事をしながら僕にもキョッコから謝罪のメールが届いていた。
 
 僕はグラスを持って「とにかく、この仕事の成功を祈って乾杯しましょう。あと、住田さんのお父さんが大事がなかった事を祝って。」と言って、三人でグラスを傾けた。

 都会の居酒屋に来るのは暫く振りだったので、職業柄から、店内の作りや飾り、色彩の使い方などに自然と目が行っていた。

 

特に他のお客さんたちの会話や仕草なども、自分でも気が付かない程に観察していたようだった。
 
 しばらくして、少し酔いが回ってきたのか田中さんがスマホを取り出して、僕の作品の写真を見ながらいろんな質問をしてきた。
 
「この赤の強い色調がアスリートの緊張と情熱を表現していて、選手の冷静さを象徴する淡いブルーがバランスを与えているんですですよね~。凄いな~」
 
 辻本さんも田中さんのスマホを覗き込むようにして「どこ、どこ?」と。田中さんが絵を拡大して見せて「ほら、この部分だよ。全然違和感がなくマッチしてるだろ。」
 
「他の絵全体に言えることですけど、選手のレースに対する精神的な準備と努力、それと競技中の肉体的な努力を感じることができます。これらは、アスリートの内面世界と、彼らの競技への無言の献身を描いた作品なんですね」
 
僕は苦笑いしながら、「ありがとうございます。しかし田中さんは分析が明確で説明がうまいですね。僕にはそこまで明快な解釈は出来ないです。」と本当に感心していた。
 
彼はビールをグイッと飲み干すて、追加の注文をした後に、マラソンの絵に付いて更に続けて話してくれた。
 
「選手達のスタートを切る瞬間が、色彩的に捉えられていますね。色彩の使い方が非常に巧みで、暑さとスピード感を感じさせる暖色と、背景の冷たい色のコントラストが、レースの緊張感と熱気を際立たせているようで、凄いです。」

 彼は指を絵の中のランナーひとりひとりを指しながら、田中さんにスマホを見せて

 

「この絵の中で、各ランナーの表情や筋肉のハンドリアルに表現されてるだろ。彼らの目は前を見据え、一瞬の集中を物語っていて、自分が絵の中の一部となったかのような感覚になるだろ。」
 
田中さんも唐揚げとビールを両手に、その説明に頷いて「ハンドリアルって何の事?」と聞いていた。

僕は田中さんの手助けするつもりで「ハンドリアルって普通はミトコンドリアの事だけど、田中さんが言いたいのは筋肉の内面から湧いてくるエネルギーとか熱量ってことかな。」 
 
辻本さんが唐揚げを見ながら「そうなら、そう言いなさいよ。回りくどい。私は今ハンドリアルをいただきます。」と言って唐揚げを頬張った。
 
 田中さんはそれを見て半ば呆れた様子だったが、「作品全体としては、ランナー達のレースの中で体験する一体感と孤独、そしてその両方を克服するための力がすごく現れていて心拍と息づかいを感じます。これは、ただのランニングの絵と言うよりも選手たちの生の体験を表現した生きたドキュメントのようです。」

僕は、照れくさくなりそうだった。多少は酔ってはいたが田中さんの、その分析力と解釈の能力には本当に感心して自分でも頷いていた。
 

 住田の実家


私は母と二人でだけでデーブルを挟んで、久しぶりに食事をしていた。料理は、どれも彼女の幼い日の記憶に根差したもので、深い味が彼女を安心させ、懐かしい家庭の温もりを思い起こさせた。
 
私は思わず「やっぱり自分が育った味は体に染み込んでいるようね。あ~っこの味。久しぶりに食べるとほんとお美味しいわ。」目を閉じて言っていた。
 
母は手料理を堪能する私の姿をじっと見つめていた。 「杏子、たまには顔出さなきゃ、お父さんも心配してるんだから。それりゃ仕事も大変なんだろうけどね……」
 
「分ってるって、この間の正月はたまたまよ!締切が正月明けだったんだから、他の皆も全員出たんだからあ~。」
 
母は呆れた顔をして「正月だけじゃないでしょ!まったく、大きな会社に入ると大変ね。仕事が大変で自殺とかニュースになったりしてるけど、お願いだから過労死なんてやめてね。」心配しながらも冗談ぽく言い放った。
 
私も胸を張って冗談ぽく「私って女はそんなヤワじゃありませんから、心配ご無用。」と言い放った。
 
 私は何となく今日”だい(大樹)”と会った事をのを話した。


「そういえばね、母さん。今日仕事で”だい(大樹)”と会ったの、10年振りくらいかしら、お互いビックリしたわ。全然変わってなかったけど。」
 
 母は気づいたように目を丸くして「あらっ”だい(大樹)”ちゃんと!会社辞めた後一旦実家に帰ってきてたけどね。今何やってんの?」
 
「芸術家かな?イラストや絵画を描いているの、今の仕事でたまたま紹介されたイラストレータが”だい(大樹)”だったの” よっ!しばらく”って。」と話すと、母の顔に微笑みが出来た。

「そういえば、山本さんのお母さん(大樹の母親)もよく話すけど、愚痴ってたわね。”あの子、何考えてるかさっぱりわからない”ってね。うちの娘もよ。さっぱり顔も出さないって。お互いいつになったら孫の顔見れるかしらって。」と母はクスクスっと笑っていた。
 
「チョットやめてよ私の話し出すの……」と言いながら(全く何話してんだか?)と思い少し恥ずかしくなった。
 
母はお茶を飲みながら「でも、あんたの所の会社の仕事を依頼されるならずいぶん出世したのかしら?一緒に来ればよかったのに。」
 
「何言ってのよ。ホントは今日、会社の同僚達と”だい(大樹)”とで食事する予定だったの。なのにあんなメール送ってくるから……」
 
「あら、ごめんなさい。じゃぁ今度一緒においで、昔のように皆でご飯食べましょ。お父さんも喜ぶわよ、大ちゃんの話も聞きたいわ~。」
 
「呆れた。何で、”だい(大樹)”と一緒なのよ、意味わかんない。」と苛立った立ちを見せたが、心が少しざわついていた。

私は時計を見ながら「そろそろ私し戻るね。明日も早いし」
 
「えっ!泊まっていけばいいじゃない。少し早く出ればいいでしょ。」
 
「着替えも持ってきてないし、今日と同じ服って理由にはいかないの!」



 都内の居酒屋


 居酒屋の賑やかな雰囲気の中で、田中さん、辻本さん、そして僕の会話が弾んでいた。

 

 店内は様々な会話と笑い声で満足され、暖色の照明が落ち着いた空間をゆったりと、木の温もりを感じるインテリアが心地よい。

 

僕は心のなかで(やっぱ都心の居酒屋って作りも色彩も上手くまとまってるな~)と感心していた。
 
 田中さんが僕の顔を見ながら「山本さんってお酒強いんですね。全然変わらないんですけど。それに時々店内の色んな所を観察してますよね。」
 
「多分少し、緊張してるからだと思うんですけど。こんな洒落た居酒屋って初めてですし。」半分正直に答えた。
 
 辻本さんが誂うように「主任が居れば、少しは酔えそうでしたか?」彼女の言葉には、田中さんも同意するみたいな笑いが漏れていた。
 
「どうだろ。もっと緊張したかも」と僕は笑い気まずさをうまく避けると、辻本さんがいたずらっぽい表情をして私に向けて「10年ぶりに会う恋人同士ってどんな感じですか~。」

 

店内のガヤガヤした雰囲気とは対照的に、その質問は少し重く響いた。
 
田中さんが酔いながらも少し真面目に「やめろよ、プライベートな事聞くの。」
 
 辻本さんの「恋人同士」の言葉は、僕の内面に小さな波紋を作った。一瞬、キョッコの面影を思うとあの頃の純粋で未熟だった日々がフラッシュバックする。

僕は、顔には出さない様に心の中で一拍おいてごまかすように「いや~恋人同士って、訳じゃないいんですけど、家族、兄弟みたいな感じだったのは確かですね。」
 
 恋人という言葉が自分たちの関係を端的には表さない。キョッコとの間にあったのは、深い絆と青春時代特有の全域それは恋というより複雑で、言葉では説明しにくい感情だった。
 
田中さんがスマホの写真を見ながら「山本さんの様な生き方が羨ましいです。僕なんか取り柄のないサラリーマンですから……」
 
「僕はサラリーマンの失格でしたから。」と返答しさらに「あの分析力と説明力はとても取り柄が無いと思いませんけど。自分の描いた絵のことあんな考えたことなかったし。こっちが教えてほしい。」
 
田中さんが照れくさそうに笑っていた。
 
 辻本さんも上目遣いして「私は、主任に憧れているんですよ。アメリカの大学でPhD取得して、この会社で今の部署を作り上げたのも主任ですし。正しくスーパーウーマンって感じで……」

「それに、どんな取引相手でも何時も微笑んでいても常に"凛”と構えていて、凄いな~って。どうしたら主任みたくなれるのかって。」とため息を付いてた。
 
僕も少し酔いが回ってきたようで、辻本さんと田中さんの方を見ながら、心の中は複雑な感情で渦巻いていた。 

 

彼らが見ているのは、ほんの一面だ。いやっ他人の事など一面しか見ることが出来ないのだと自分に言い聞かせるように、彼らの問に答えてみた。
 
「そうですね~僕が思うには、お手本を見つけてそれでどうしようか考えるより、「自分は違う存在」なんだってことを認めて、それを人に向かって叫んで、どう説明したり 表現したらいいのかを 考える重要性が必要なことじゃないかな。」

「所詮、僕たちは自分以外の人間にはなれないのだから、たとえどんな人も自分の個性を就き包めると一般社会からは”変な人”にも特殊な人にもなれる。その事を知った上での他者に対する寛容性を持ち続けることが大切なんじゃないかな。」


 住田の夜行列車


 実家から都心のまで大よそ1時間30分の長旅。私は座席にもたれ、窓の外に広がっている田舎の闇を眺めていた。

 

遠くに見える小さな明かり以外何もなく、時々駅を通過するプラットフォームの明かりが一瞬内部を照らし出す。
 
 平日の夜の上り列車なので乗っている人はまばらだ。それ以外は、車内の微かな照明と静寂だけが佇んでいる。

 

その中で、”だい(大樹)”再会や父の容態、そして忙しい日々の仕事のことが巡り過去と現在が交錯する。
 
 22時を回ったところで、私は、スマートフォンを取り出して辻本さん田中さんにメッセージを送った。 その単純な行為は、私を現実に引き戻し、今日一日の出来事が夢ではなかった事を思い起こすには十分だった。
 
 住田「お疲れさまです。終わったかな?楽しかった?」
 
 辻本「お疲れまです。料理も美味しかったし、もう楽しかったし山本さん最高です♡」
 
 住田「あらまあ、だいぶ飲んだようね(笑)明日はちゃんと出勤してね。」
 
 辻本「ハイ♡ガンバリます。」
 
 こんな短いやり取りだが、辻本さんの笑顔と人懐っこさがすぐ浮かんできて気持ちを和ませてくれる。
 
 住田「お疲れさまです。山本さんどうだった?」
 
 山田「お疲れさまです。はい!とっても優しい方で自分の周りにはいないタイプなので、とても勉強になりました。しかし、山本さんお酒強いです。」
 
 住田「貴重な情報ありがとう(笑)明日会社で教えて下さいね。領収書忘れないで持ってきてね。お疲れさまでした。」
 
 山田「はい!ご馳走様でした。」
 
二人にメールのやり取りをした後、私はまた、ぼんやりと窓の外を見つめている。そのガラスには半透明の自分自身の映りがあり、まるで自分の内面を覗き込んでいるようだった。
 


 大樹の夜行列車


 何とか特急電車の切符を買うことが出来ホッとしていた。流石に平日の夜の下り電車はほぼ満席状態。僕は、通路側の席に座り、自販機で買ったコーヒーの温もりを感じながら隣越しの窓外を眺めていた。

 自分以外の周りの席は、疲れたサラリーマンでほぼ埋まっていた。 夜遅くの帰宅時間帯であるため、ほとんどの乗客がすぐに目を閉じ、静かに眠りについていた。

 

電車は走行音と時折入る車掌のアナウンスだけが、この移動する空間に生活の鼓動が静かに感じられた。
 
 僕は、ほろ酔い気分を和らげようとコーヒーの香りとほろ苦さを楽しみながら、今日一日の出来事を思い返していた。キョッコにメールを送ろうとスマホを取り出して「今日は馳走様でした。今帰りの電車の中……」と入力していると。
 
 キョッコからメッセージが入ってきたので、慌てて入力途中で送信してしまった。
 
 住田「今日は本当にごめんなさい。それと、辻本と田中がとても喜んでいたみたいで、ありがとうございました。」
 
 住田「?今帰りの電車の中ですか。私も実家から自宅に戻る途中の電車の中ですよ。(笑)」
 
 山本「とてもいい感じの居酒屋だったね。流石都心(笑)」
 
 住田「よかった。私のお気に入りのお店の一つなの、今度は一緒にいきましょうね。」
 
 山本「今度こそよろしく。でも親父さん軽くて良かったね。僕もずいぶん世話になってたから……」
 
 キョッコは実家の母親との話とかを、僕は、今日の辻本さんの鋭いツッコミの話や田中さんの分析能力の高さに舌を巻いた事などをメッセージでやり取りしていた。
 
 そんなやり取りをしていると、電車は都心の眩い光を背にして街を逃れて、少しずつ静かな郊外へと向かっていた。


 途中の駅で乗客の大半が降りたので、僕は窓側の席に移りそのうち、車窓から空をよく見ると三日月が佇み星が一つまた一つと現れ始めてくる。

 

電車の窓ガラスの外は星空の美しいキャンバスへと変わっていく。
 


住田の夜行列車


 ”だい(大樹)”とのメッセージのやり取りしていると、学生時代に戻った感覚になって不思議なくらい楽しんでいた。


 山本「田中さんから”サラリーマン失格”は僕も笑ったわ。」
 
 住田「確かにそうね。でも、それが良くも悪くも ”だい(大樹)”のスタイルだ。(笑)」
 
 山本「それから、辻本さんの”10年振りの恋人の再会ってどんな感じ……”にも笑ってしまった。」
 
 住田「全くあの子ったらそんな事ばっかり、で、なんて答えたの?興味津々」
 
 山本「恋人になる前だったから、恋人同士になったら考えてみる。って言ったら(ずるい!)だってさ。」


 住田「確かにずるいわね。(笑)」
 
 たった今日、10年ぶりに再会した「だい(大樹)」とのメッセージのやりとりが、時間を忘れさせるほど自然で心地よかった。 

 

まるでこの長い時間が存在しなかったかのように、彼との会話は昔の続きをしているようで、私の心の奥深くに秘めた感情が少しずつ呼び覚まされていく感覚に包まれていた。
 
 しばらくして、夜の田園風景は徐々に都市の光景へと変わっていく。 遠くの集落から漏れる灯りと星の光は徐々に大きな街の光へと変化し、高速道路で移動する車のライトが、車窓の外の世界が生きていることを教えられる。

 

遠くから見えるビルの明かりがどんどん増し、私の心の中で、また忙しい日常に戻る準備をし始めているようだった。

 

 
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 大樹は緑深い田舎へと車窓を滑らせながら帰途につき、キョッコは都会のネオンが灯る夜へと進む。その夜、二人の間を流れるメッセージは、かつてのように心を通わせ、新たな絆を紡ぐかのように静かに交わされていた。

 二人が見ている車窓からは、それぞれ異なる景色が流れていく、夜空には同じ三日月が、二人の唯一の共通の証人だった。 

 この静かな月明かりの下、大樹は自分の心中に郷愁を感じつつ、キョッコは希望に胸を膨らませて未来を見つめる。 

 彼らの会話は、深夜の旅において時と空間を超えた見えない橋を渡しとなり、静かな夜の中でそれぞれの心に寄り添う月の光に照らされている。
 
 月は、二人の切なさと希望を新たな始まりへの誘いとなる物語の証人となり、一筋の光として彼らの心を照らし続けていた。

 

 

 太陽がちょうど天頂に達する頃、地域Dを横断する川から引かれた灌漑用水路のそばを、一人の旅人がロバに乗ってゆっくりと進んでいた。彼の目は、水路の技術に感心したように、水は静かに流れ、周囲の野菜畑に生命を与えていた。その構造を感心しながらに観察している。

 水路を管理していた地域Dの男(a)は、旅人の興味深げな視線に気づき、近寄って声をかけた。「おまはん、どこから来たんじゃ?」彼の声には、好奇心と暖かい歓迎の意が込められていた。

旅人はロバから降りながら答えた。「山向の山脈を超えて来たんじゃよ。この素晴らしい水路はどこの村のものかね?」彼の問いに、地域Dの男(a)は少し戸惑った表情を浮かべた。

「ドゴっちゅうぎゃね? ここじゃげんでが。ここったったの地域Dじゃげろが、そうえば正式な名前なんて付けたことがあらンだべさ。」

その晩、地域Dの男(a)は地域Dの集会所で男たちと酒を飲みながら旅人との会話を話した。
 
「名前がねえこっとに、けんねえっち気がついたじゃヶ。うちらの村にも、ちゃんと名前を付けるべけえなもんじゃ?(うっぷ)」
 
「そげなのう。最近は色んなとこから人らがきよるだろうげ。名前あっだっげえげしょうげ。(は~)」
 
仲間たちの間でざわめきが起こった。地域Dの長老が立ち上がり、提案を述べた。
 
 「みんなでかんげた名前からトーナメントガタでけつめとうじゃないげ。(あっぷ)これわいら、めんなの村じゃげ。(げっふ)」
 
「こん村んなまぇ付けらならだがいどぉ~おらんどげんから1つずつ考えて、あれだぎょう参っと発表しれ。(げっふ)」
 (略・この村に名前を付けるのだから、各家庭で一つずつ考えて次の集会で発表してくれ。)


 と続けると、皆の表情に期待と興奮が浮かんだ。男たちは「集会」という名の飲み会が終わると、すぐに回覧板を用意し、それを家々に千鳥足で回していった。

翌日、ねんど板館前の集会場に住民達が持ってきた、それぞれの地名を見て盛り上がっている。
 
「面白山村(おもしろやま)誰じゃこんなの付けたのは?」


「へ~あっしでごわす。」


「どげんしてこんな名前なんじゃ」


「家の裏の丘が白い岩肌だらけだからでごわす。」


「あ~あれ花崗岩だんべ、そんなら”花岡村”とかの方がきれいだんべさ。」
 
「”金玉落とし村”またけったいな名前考えたな~おまえか?どげん意味があんだ~!」


「ほれっ金色の木のみがぎょうさん落っこちてくる時有るだろさ。んだから”金玉落とし”」


「あれ、銀杏だんべ、だったら(おちんこ なっ村 ginkgo nut)の方がしゃれがきいてねいか?やだけど。」

 集会は楽しい雰囲気の中で続いていた。各家から提案された名前はバラエティに富んでおり、住民たちは次々と奇想天外な地名を披露していた。
 
「これ?なめ~いか?誰だぁこんな書いた奴、やたら長いんだが。」


「”こげん男の、どこよて惚れた、夜が長いと月に笑われ”ね。綺麗でしょ♡」


「それなら、拙者も”三千世界の烏を殺し、君と朝寝がしてみたい”」
 
「アホか!これ都々逸じゃね~か。すかもこれ、おめ~んとこの情事じゃね~か!駄目だこんなの。おぬしのは、高杉晋作じゃけん。この村には吉原はね~ど!アホ。真面目に考えろやっ!」
 
長老の声を遮るように、オレも私もと歌を披露し始めた。
 
私のも聞いて~と「”寝顔見たいと口説いたくせに なのにウソつき 寝かさない(村)”キャッ♡」
 
それなら私も負けてなわよっと
 「”この膝はあなたに貸す膝 あなたの膝は わたしが泣くとき借りる膝(村)”ワァーオ♡」
 
 男として黙ってられんバイと
「悋気(りんき)は女の慎むところ、疝気(せんき)は男の苦しむところでごわす。」


 長老は木の杖を振り回して「やめれーやめれーっバカモん。都々逸大会やってるんでわ。ね~べや!」と怒鳴り散らした。

 

なんだかんだ言いながら盛り上がっていた。取り敢えず地名を決める発表会は何とか無事終了し、後はジャンケンで決めることになった。

 ジャンケントーナメントとはいえ、都々逸などは最初から外された。(当たり前だ)ちゃんと考えた住民の地名が最終選考にまで残った。
 
・黒石郷(こくせききょう) - 炭鉱が多い地域にちなんだ名前。
・水源郷(すいげんきょう) - 清らかな水が豊富な地域を表す名前。
・新墾郷(しんこんごう) - 開拓者たちが開拓した新しい里を意味する名前。
・牧草地村(ぼくそうちむら) - 酪農が盛んな地域にふさわしい名前。
・星影村(ほしかげむら) - 星がきれいに見える静かな村をイメージした名前。

長老が候補の粘土板を並べて「なかなかええなまえが据えられたべな。この中からへとつだけえらんで、おぜいでげじめるごとにしょわい。」と語った。

(略・中々いい名前がそろったな。この中から一つだけ選んで多数欠で決めることにしよう。)
 
 住民は真剣に悩んでいた。どれもふさわしい名前だ。一つ選べば残りは無くなってしまう事になるので皆頭を抱えていた。


一人の住民が長老に向かって「おくいなげが決められます。おらっちゃ決めらあんがじゃ」
 (略・長老がきめてよ。儂らには決めあぐねる。)
 
長老も困った顔して「でもねぇ〜。みんなでげじめんげあのかんべな…」
 (略・でもな~。皆で決めないと……)

 ロバに乗った旅人が、地域Dの日常を静かに観察していた。水路を詳しく調べた後、彼は地域の"炭化平炉"で炭を作る過程や"反射炉"で鉄を生産する様子にも目を向けた。

 

さらに、ねんど板館を訪れて、その中をくまなく見て回り、知識と経験に感心していた。そして最終的に、この日の集会場での激論と地名投票の光景を、一部始終静かに見守っていた。

長老は決心した様子で「やっぺり、みんなで決めるばいがいがね。こげだけばってれの意見から、ええなまえが集まるたけぇ……」

(略・やっぱり皆で決めよう。これだけ皆の意見からいい名前が揃ったんだから……)
 
すると一人の若者が「ばってれくっつけたらどがいでしょう。黒石水源新墾牧草地星影村(こくせきすいげんしんこうぼくそうちほしかげむら)てどげです?」
 
皆は苦笑していた。「ハハハ、わるげねどす、長すぎるべな。舌くち噛みそうだべさ。」

長老も腕組みをしながら考えこんで「今までも、みんなで考えて良い知恵出し合って話し合って決めてきたじゃないか……これだけのアイディアを……」と言いかけた時。
 
 ロバに乗った旅人が、「それがええで!」と大声でいきなり割り込んできた。

 

長老及び住民たちが旅人の方に振り返って「それって?……」口を揃えて言うと。
 
旅人は「アイディア(Ιδέα)だよ。」
 
「ァイディア(Ιδέα)?」住民たちが今一意味が解らず困惑していると。
 
「この地域の名前は”ァイディア(Ιδέα)” town where ideas are born”頭文字を使って”ツアイブtwiab”でもええな、アイディアの生まれる町って意味だべさ。」

「オレは、この町を見て回ってホント感心してな~、こげん進んだ村とか今まで見たこともなかったべ~。まさにアイディアが生まれる町だんべ。」
 
 長老は「んだども、皆が選んだ名前はどうすっぺか?」

「地域D全体の地名は”ァイディア(Ιδέα)”通称”ツアイブ”で、個々の集落に皆さんが選んだ地名をつければいいべ。」


長老は手を叩いて「なるほど、例えば”ァイディアの黒石郷”とか”ァイディアの星影郷”とかってかぁ~」
 
「んだ!そうれな、みんなが考えた地名も使えるべ。」
 
 この案に住民たちも大賛成して納得していた。長老も感激して旅人に感謝して「おまはんは、名前とかあるんか?」

 旅人は「オレの名は”タレス”」

 「そっか、タレスさんか。あんがとね。」
 
「よ~し、みんな~、正式な地名の記しての祝に、来週、記念祭りをすっぺ~」


「ウオ~!」


ァイディアの住民たちは、年老いても若くても一堂に会し、歓喜の声を天に向けて力強く上げていた。老若男女が踊り出すように互いに抱き合い、喜びの雄叫びを上げては、熱狂的な笑顔で地名が出来たことの幸福を祝福していた。


子供たちも大人たちが喜んでいるので、意味もわからず興奮して走り回り、親たちの目を盗んでチャッカリ、パンや肉を盗み食いしてた。

 

大人たちは手を振り上げ、声を限りに喜びを表現してその場の空気は、まるで祭りの前夜祭のような熱気と歓声で満ち溢れていたのであった。
 

 

   

 

       

 

 

     

 

 住田の部下:辻本 恵美(女)、田中 聡(男)、陸連担当者(男性)
 
「わお、これが山本さんの作品ですか?すごい……まるで選手が画面を破ってこちらに飛び出してくるような迫力ですね!」

 

辻本さんは絵の前に身を乗り出し、思わず体を覆うようにして目は、絵に釘付けになり彼女の声には純粋な驚きと感動が満ちていた。
 
 ブルーム・エージェンシーの会議室には緊張感が流れつつも、”だい(大樹)”の作品に対する色彩の爆発と生き々とした選手たちの動きに目を奪われた興奮が明るく響いていた。

田中「色の使い方がものすごく力強いですよね。特にこの赤い色の情熱が伝わってきます。」

陸連担当者は作品の眼の前にし、しばらく無言で絵を見つめていた。

 

しばしの沈黙の後、「これは……想像をはるかに超えるクオリティです。見るだけで、選手たちの闘志や汗の一滴まで感じられます……圧倒的ですね。選手たちが実際に動き出す瞬間を目撃しているような……。」

陸連担当者は少し絵を撫でるような仕草で「これは、何で描かれているんですか?油絵のように見えますが。」

”だい(大樹)”は落ち着いた声で答えていた。「はい、これはアクリル絵具を使用しています。重ね塗りをしているので、油絵のような質感が出ているんです。」
 
辻元「細かいディテールも素晴らしいですが、山本さんの感性が光っています。動きの一瞬を捉えたダイナミズムが、もう……鳥肌が立ちます!」

”だい(大樹)”の手際よい説明が会議室に響き渡る中、私は一歩引いた位置からその様子を眺めていた。辻本さんの熱量に満ちた声が私の注意を引く。

辻本さんが興奮気味に私に向かって「主任、これ見てくださいよ! 山本さんの作品は本当に別格ですよね!」

私は微笑みながら頷いた「ええ、見てますよ。」と「流石ですね。森本部長が推薦するだけのことはあります。」私は認めざるを得ない素晴らしさに、ただただ感心した。
 
 しかし、その言葉は単なる礼儀ではなかった。”だい(大樹)”の描いた絵から、彼の会話から、私の記憶の奥にしまい込んでいた思い出と感情を浮き上がらしていた。

絵には”だい(大樹)”の情熱が溢れ、彼の姿勢は集中と落ち着きが共存している。まるで過去の彼と現在の彼が、静かに融合しているかのようだった。

辻本さんは、私のその変化を察知している様子もなく、さらに興奮を隠せない。

辻本「本当に、山本さんの作品は心を奪われます。特にこの動きの表現! 選手たちの汗が飛び散っていそう……」
 
田中「このやり投げのイラスト、空との対比が絶妙ですよね。青空の広がりと、選手の躍動感が完璧にマッチしています。」

陸連担当者「これはもう芸術作品と言っても過言ではない。大会のイメージアップに大いに寄与するでしょう。いや~大いに期待しますね。」
 
 ”だい(大樹)”は謙遜しながら、「芸術だなんて大げさな。僕も中高校時代に陸上部でやり投げをやっていたので、それぞれの種目には少し思い入れがあるんです。これら作品には、その時の熱い気持ちと静かな集中力を表現したかっただけです。」と続けた時、

 

彼はふと私の方に視線を送った。

 私は、その視線を捉えながらも、彼の言葉に微笑を浮かべて「これらの作品には、見る人の心を動かす力があるわ。それぞれの種目が持つストーリーが伝わってくる。」と彼から視線を外して事務的に語った。


(素晴らしい作品です。”だい(大樹)”!)と心の中でつぶやいたが、その言葉が口に出るのを避けた。
 
陸連担当者は頷きながら、「だから、これらの作品には生命が宿っているんですね。ただの絵を超えて、アスリートの魂が伝わってくるようです。」
 
辻元「本当に、山本さんの才能には脱帽です。このランニングのイラスト、まるで選手の情熱が走っているかのよう……この迫力、大会で絶対に目立ちますよ!」

田中さんは何やらメモを取りながら「これらの作品を大会のプロモーションに使えば、参加者も観客も熱狂すること間違いなしです。」

 
陸連担当者が大樹の作品を携帯で丁寧に撮影していたその時、大樹がさりげなく提案した。

「あっ、これはまだサンプルですから、お持ち帰りいただいても構いませんよ。」

その一言に、会議室は驚きの声で満たされ辻元さんは思わず手を叩き、「本当ですか?! こんな素晴らしい作品をもらっていいんですか?」と興奮を隠せずに言った。

田中さんは辻本さんを小突いて「お前じゃないよ!陸連さんにだよ」と。
 
「ですよね~ハハㇵ失礼しました。」と残念そうに誤っていた。
 
 陸連担当者の方も辻本さんに向かって笑いながら「気持ちはわかりますよ。これ、持ち帰って一度皆んなに見せたら、ブルームエージェンシーさんにお繰り返します。」
 
 私は、陸連担当者さんに頭を下げて「お気遣い、ありがとうございます。私たちもこれを元にアイディアをまとめようと思います。」
 
 田中が熱心に舐めるように眺めながら「これが……サンプルなんですか?もうこれで完成品としてもいいじゃないですか。」

 ”だい(大樹)”は謙虚に首を横に振りながら答えた。

 

「いや、これはテスト紙に描いたもので、本物は布キャンパスに描きます。そうすると、質感も含めて印象がさらに変わるんですよ。」

その言葉に、部屋の空気がわずかに変わり、新たな驚きの声が上がる。大樹の絵に対するこだわりと、作品への深い理解が、私も含め出席者たちの尊敬を集める。

陸連担当者の方は少し興奮気味に「山本さんのこの創造力と表現力を活かして、是非とも大会を盛り上げていきたいですね。我々も全力でサポートしますよ。」
 
 私はそんな彼らのやり取りを見ながらも、複雑な思いを隠していた。

 

”だい(大樹)”の作品に込められた熱意が自分の心にも響き、仕事と私情の間で心が揺れていた。

 私は”だい(大樹)”の作品を静かに見つめ、彼の才能と、再会によって目覚めた昔の記憶と感覚が交錯するのを感じながら、彼に大してどんな言葉も口にできずにいた。
 
彼の近くにいることで感じる安堵感、そして同時に、何年もの間心に封じ込めていた感情が解き放たれるのを感じた。

彼に対して溢れる感謝と、途切れてしまった時間に対する名状しがたい喪失感。

彼の作品の中に、まるで私たちの過去の瞬間が切り取られて展示されているようで、どうにも言葉にできず、ただ、目に映る美しさに心が動かされていた。
 
そして、彼への複雑な感情の波が、言葉になる前に消えていく。私は、心の中で彼の名を呼びながらも沈黙を選び、彼の芸術だけが語るのを許していた。
 
 


 僕は打ち合わせの最中、表面上は担当者や自分の作品に注意を払っていたが、内心は「住田さん」、つまり”キョッコ”の方に強く傾いていた。

 彼女の反応を伺い、彼女が作品にどんな感情を抱いているのか、どんな表情を浮かべているのかを知りたくてたまらなかった。

 

”キョッコ”の姿は僕の視界の隅にあるが、その存在感は他の何よりも強く僕の心を覆うっていた。
 
 陸連との打ち合わせが終わり、住田さん"キョッコ”は社内の関係者に紹介すると言って、僕を社内を案内してくれた。

 

廊下を二人並んで歩きながら、僕は何を話しかけたら良いか分からず「立派な会社だね。廊下までこんなに綺麗で広いんだね」と適当なことを口にした。

 彼女の横顔をちらりと見ながら、昔と変わらずに見える彼女の姿に、内心では「昔と全く変わっていないな……でも、なんか大人っぽくなったよな。まあ、当たり前か」と心の中でつぶやいていた。

 

 そんなとき、”キョッコ”静かに言葉を切り出した。「”だい(大樹)”は全然変わっていないわね。正直、また会えたことがすごく嬉しいの」と。

 その言葉に、「え?」と思ったその瞬間、彼女の言葉に心の中で反応した。彼女が再会を喜んでいることを聞いて、僕の胸は甘い痛みと温かさで満たされた。

 それは、長い間、自分でも忘れていた昔の感情が突然呼び覚まされるような感覚だった。

 

彼女は少し視線を下げてから、また僕を見て「”だい(大樹)”は、どう思ってるの?」と静かに問いかけてきた。

 僕はその直接的な問いに少し戸惑いつつも、その感情をどう表現していいのか分からず「僕も、キョッコにまた会えて嬉しいよ。本当にね」と素直な気持ちを伝えた。

 

その一言が、久しぶりの再会がもたらした不思議な感覚、そして彼女への淡い思い出と新たな感情が交錯していた。
 
 僕たちは社内を歩きながら、関係者に挨拶をしていた。廊下は賑わっており、すれ違う同僚たちが時折、私たちに目を留めていた。

 一人の若い社員が「お疲れ様です、住田さん」と挨拶してきた、キョッコは優しく微笑みながら「ありがとう、岡田君もね」と応えた。その短いやり取りからも、キョッコが社内でどれだけ尊敬されているかが伺えた。

 別の部署から来た中堅の社員が、僕に興味深そうに目を向けて「この方が噂の山本さんですか?作品、素晴らしいって聞きましたよ」と声をかけてきた。

 ”キョッコ”はさりげなく僕を紹介しながら、「ええ、今日は彼の作品についてクライアントも感心されていました。」と説明してくれた。

 

彼女が同僚に挨拶する姿、誰かと話をする時の優しい目つき、そして時折見せる無邪気な笑顔。これらすべてが、昔を思い出させる。

それは、高校時代、放課後の教室や校庭で過ごした、あの日々の記憶と重なった。

 

僕はそんな事を考えながら、「お褒めいただき、ありがとうございます」と適当に礼を言った。
 
 "キョッコ"が微笑みながら「それにしても素晴らしい絵だったわね。”落書きノート”よりも感動したわ。」と言ったとき、彼女からふわりと香りが漂ってきた。

 

昔を思い出させるような、柔らかく懐かしい香りだ。
 
 僕は「ハハ」と笑いながら「なんか、キョッコ方がお姉いさんぽいね。」と誂うと、彼女が僕の方を見て同じ笑顔で、「私の方が学年は上ですから」と返してくれた。

 昔と変わらない笑顔や仕草を見ていると、僕は不思議な感覚に包まれた。

 

それは、まるで時間が戻って、子供の頃に戻ったかのような錯覚に、しかし同時に、彼女が過ごした年月が彼女をより魅力的な女性に変えていったことも、しっかりと感じ取れた。

 


 会議室では辻本と田中が打ち合わせの後片付けに勤しんでいた。資料を整理しながら、辻本はふとした瞬間に遠くを見つめ、夢見るような表情でぽつりと「あの二人、今、何を話しているんだろうね〜。」

田中は現実的な反応で「何を話してるって、社内の挨拶回りでしょ。役職とか業務内容とか、そんなものじゃないの?」と返した。

辻本は苦笑いしながら、「これだから男はダメなのよ〜。ロマンがないの。」と非難げに言う。

「はぁ、打ち合わせや顔合わせにロマンなんて関係ないよ」と田中は淡々と反論した。

しかし、辻本はもっと深く考えて「二人が廊下を歩いている後ろ姿を見て、何も感じないの?」と、彼らの関係に何か特別なものを感じ取っているように言った。

田中は辻本のロマンチックな妄想に付き合うつもりはなく片付けている。

「私には見えるの。まるで月と潮のように、互いを引き寄せ合うけれど、同時に潮の流れが二人を別の方向へと導くような……分かる?」と辻本はもっともらしいことを言った。

田中は呆れた表情で、「全くわからんよ。それより、仕事に戻ろうよ。営業企画部がこの後使うんだら」と仕事への集中を促してた。

 

 社員食堂は、今日の雨によっていつも以上に混雑している様子だった。

 

窓ガラスには雨粒が煌めいて独特の雰囲気を描き出して、室内の乾いた空間と雨に濡れた外の世界とを隔てているかのようだ。
 
 周囲では同僚たちが、その仕事場から少し外れた雰囲気の中で、笑い声を交わし、雑談したり、時折、雨粒の窓ガラスから外の街並みに目をやる者もいる。

 

そんな日常的な光景の中で、私と辻本さんは隅のテーブルに座り、昼食を共にしていた。

「え~!主任、山本さんと知り合いだったんですか?」辻本が目を輝かせながら驚きを隠せない声をあげると、近くのテーブルの同僚たちがちらりとこちらを見た。

「そうなの、子供の頃からね。私も打ち合わせでの名前を聞いた時は本当に驚いたわ。

 

だって10数年ぶりだったから、まさかの再会にビックリしたわよ。」私はは少しおどけた様子で話しかけていた。
 
「幼馴染ですか?なんかいいな〜ストーリーがあって。私なんか何にもないから…」

 

辻本さんの言葉に、優しい笑顔を浮かべ「何を言ってるの。ストーリーだなんて、ただの偶然よ。」私はそっと言葉を返した。
 
「それがストーリーですよ、幼馴染で別々の世界で生きてきて、10年ぶりに偶然再会なんて。あ〜羨ましすぎます。」辻本さん本人の妄想に色を添えるような発言。
 
 私は少し苦笑いしながらも、この会話を通じて自分の感情を整理しようと努めている。
 
「妄想するのもそれくらいにして陸連のイベントのこともちゃんと考えてね。私たちが今集中すべきは仕事よ。だから、私たちはプロフェッショナルとして、仕事を優先させなきゃね。」

「もちろんですよ、それはそれ、これはこれですから。」

 

辻本さんの言葉に、私は内心、”だい(大樹)”との個人的な再会に対する期待と、仕事への責任感の間で揺れ動く自分の思考を整理していた。

 私は午後から雨の中、大手画材店「株式会社和洋画材」に陸連の仕事とは別件の話で、データシステム事業部に訪問していた。
 
 この「和洋画材」は世界中の画材は勿論のこと、印刷システムから半導体製造システムなど、実は社名からは想像できないほどの幅広い事業を展開している。

 

それぞれの事業でも数多くの特許を持っておりクライアントの中でも多種多様の案件を依頼されているお得意先。
 
 和洋画材の依頼はどんな規模の小さな案件でも絶対気を抜けないので、社内でも「和洋」って聞いただけで皆んな神経をとがらせるほどだ。
 
 私は、データシステム事業部の打ち合わせが終わり廊下に出てエレベーターで降りようと待ってると「住田さん」と声をかけられた。振り向くと森本部長だった。


「雨の中ご苦労さん、時間ある?少しお茶しない。」何故か待っていたように声をかけてきた。
 
「ハイ大丈夫です。私が来るの知っていたんですか?」
 
「そりゃ、同じ会社内の事だから、知ってるさ。」
 
 自販機の置いてある和洋画材の社内休憩スペースは静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。

 

私たちがテーブルを挟んで腰掛けていると、部長の秘書の方がコーヒーをわざわざ持ってきてくれた。

 「ありがとうございます。」と私がお礼を言うと秘書の方が申し訳無さそうに

 

「こんな所ですみません。前もって言ってくれれば部屋を用意してたのに」と森本部長の方を見ると「悪かったな。急だったから勘弁。」手を合わせて誤っている。
 
 私は、陸連のプロジェク関連の事だと思い「すみません。今日は陸連関連の資料は持って来ていないので、口頭で良ければ……」と言いかける。
 
 森本部長は手を振って「いやっあれの事は良いんだよ。っと言うか関連した話なんだけどさ。」と言いかけてコーヒーを口に運んで一息ついてから、


「さっきさ、陸連のイベントの事で辻本君と話をしてらさ…住田さん、山本君と知り合いなんだって?」
 
 私は、「えっ!」と驚いて、「あのおしゃべりめ!」って思いつつも冷静に「あっハイ、でも最初の打ち合わせの際は、出席できなかったので、私の知ってる山本さんとは気が付きませんでした。」
 
 森本部長はにっこり笑いながら

 

「いやいや、別にそれは良いの。プライバシーの事だから、ただ仕事と絡んでるからさ。それに、紹介したの俺だし……」森本部長は少し考え込んだ様子で「俺ね。実は二人を合わせたかったんだよ」
 
 私は森本部長の言ってることが理解できなくて混乱し思わず「えっ?」と困惑の声を上げた。
 
森本部長は言葉を選びながら「山本君とは10年近い付き合いがあってね。

 

君とも長いけどね……率直にゆうと、二人共同じ”匂い”がしてね。何処かで合わせたいな~って前から思っていたんだよ」
 
「あの~部長の仰ってる事が良く理解でいないのですが”匂い”ですか?」
 
森本部長は少し考えて「あ~ぁ、哲学者じゃないからうまい言葉が出てこないが、ジジイの経験値ってやつかな。」
 
「全く混じり合うことのない世界で生きてきてる二人になにか共鳴する物を前から感じてたんだよ。だから、合わせてみたいな~と思っていたらさ、それがまさか幼馴染だったとはね~俺もおどいたわ。」
 
 (まったく、辻本さんったら、どこまで喋ったのかしら)と思いながら

 

「いえ、私も彼だと知ったときは驚きましたから、それにメールだけでまだ合っていませんし。」そして私は少し躊躇しながら、「森本部長と彼とはどこでお知り合いになったのですか」と思い切って聞いてみた。
 
「あ~、俺の友人が経営するデザイン事務所で。その友人から聞いた山本君が面接の時のエピソードが面白くってね。印象に残っていた。」
 
 「どんな内容なんでしょうか?」私は興味深く、思わず尋ねてしまった。
 
「いや~。美大や芸大出のやつが面接の時には自分の一番の自信作を持ってくるのが普通だろ。」

 森本部長は懐かしそうに微笑みながら「彼が持ってきたのは、何と中学時代に授業中に描いた落書きをぎっしりと描いたB4ノートを持ってきたんだってさ。

 

本人曰く”最初に他人に評価された作品”だとさ、友人含め面接官みんな大笑いしたそうだ。」
 
”あの落書きノートだ”と思い出し思わず笑いそうになるのおこらえて、「森本部長も見たんですか?」と訪ねた。


「あ~後から本人に頼んで見せてもらったよ。自分が学生の時を思い出してしまって笑ったわ。デッサンも何も、全くなっていない絵だったが人を引き付ける魅力があった。」


「その後、2年ぐらいしてから体調を壊し退社したんだよね。確か突発性難聴とかなんとかで。ストレスかな。その後だよな彼に仕事出すようになったのは。」
 
 その言葉で私の知らない”だい(大樹)”の姿が頭をよぎった。森本部長は私が次、何を聞きたいかをさとったように私の目を見て

 

「俺はね、二人が合ったら、どんな化学反応をするのかが、見たかったんだ」


 「正直に言おう。二人がお似合いだな!ってずっと考えてたんだよ。俺の勝手な妄想、辻本君よりもずっと前からね」と言って大笑いしていた。
 
 私も笑いながらどう反応して良いのか分からず、冷めたコーヒーを飲むことでごまかしてたが、森本部長の言葉は私の心に何か温かさを残しつつも複雑な感情を引き起こしていた。
 
 森本部長が思い出したように「そうそう、今回の件も意外な偶然だったけど、山本くんは俺の兄貴が経営してるのコンビニのバイトもしてるんだよ。

 

それを知った時もびっくりしたな~。偶然?いや運命の糸だな。」

 和洋画材を後にし、駅へと向かう帰り道は小降りだがまだ雨が降っていた。

 

時折大粒の雨粒が傘を叩く音が、過ぎ去る時間を刻んでいるように感じられる。

 私は、森本部長の「化学反応」という言葉が頭の中で反響し、その意味をかみしめながら、雨に濡れる街を静かに歩いていた。

 まるで雨音の向こうに、過去と現在、そして未来の糸をつなぎ合わせるように、私の思い出と希望を織り交ぜていく。その瞬間、私は「だい(大樹)」と再会することの偶然の意味を、もう一度深く考え直していた。
 


 
 自宅の作業台には、色とりどりの絵の具と筆類が並んでいる。

 

今日は不安定な天気で時折雨脚が強くなったりしている。僕は今回のプロジェクトを通じて、ただ単に種目を描く以上のものを作り出したいと願っていた。

 

それは、観る人の心に深く響く、動きと生命力に溢れる様な作品だ。
 
 僕は自宅のアトリエで、雨が時折強く窓を叩く音が環境音として空間を包みながら、テーブルに広げた陸上競技大会のイラスト案に集中していた。

 

23種目も競技がある陸上競技をテーマにしたこのプロジェクトで、各種目に生命を吹き込むデザインを模索中。

 

「アクリルで描くべきかな?それともガッシュか(※)」と自問自答していた。

 

(※アクリルガッシュ・完全不透明 [ gouache ]のアクリル樹脂絵具のこと)

 考えているイメージの背景には、紅色と空色が主軸となり、情熱と冷静さのコントラストを表現することに意義を見出していた。

 

紅色は競技のエネルギーと選手たちの情熱を、空色は彼らの冷静さと集中力を表す。この色彩のバランスをどう取り入れるかを、雨音を聞きながらの思案中だった。
 
「情熱と冷静、この二つをどうバランス良く表現できるか…」と考えながら、僕は再びブラシを手に取り、紅と空を塗り始めた。

雨粒に濡れた窓ガラス越しに外へ目をやると、山並みの彼方からわずかに青空が顔をのぞかせていた。

雨つぶが織りなすリズミカルな模様と、遠くに見える青空の一筋の光を、今回の作品に取り入れようと思った。

外の雨がアトリエの静けさを一層深める中、どんな作品が生まれるかはまだ不確かだが、この試行錯誤のプロセスそのものが、創作の真髄だと僕は心から感じていた。

 僕は思索を巡らせながら、紅色と空色の絵の具をパレット乗せ、雨音に打たれながらも強く立ち向かう選手たちの情熱と、競技に臨む冷静さを表現するための色彩を模索していた。