ストケシア(雨音色・エピソード) | anemone-baronのブログ

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落書き小説根底にあるもの!
私の人生は、「存在しなければ、何を言っても正しい」という数学の存在問題の定義みたいなもの。小説なんか、存在しないキャラクターが何を言っても、それはその世界での真実なのだ。

 社員食堂は、今日の雨によっていつも以上に混雑している様子だった。

 

窓ガラスには雨粒が煌めいて独特の雰囲気を描き出して、室内の乾いた空間と雨に濡れた外の世界とを隔てているかのようだ。
 
 周囲では同僚たちが、その仕事場から少し外れた雰囲気の中で、笑い声を交わし、雑談したり、時折、雨粒の窓ガラスから外の街並みに目をやる者もいる。

 

そんな日常的な光景の中で、私と辻本さんは隅のテーブルに座り、昼食を共にしていた。

「え~!主任、山本さんと知り合いだったんですか?」辻本が目を輝かせながら驚きを隠せない声をあげると、近くのテーブルの同僚たちがちらりとこちらを見た。

「そうなの、子供の頃からね。私も打ち合わせでの名前を聞いた時は本当に驚いたわ。

 

だって10数年ぶりだったから、まさかの再会にビックリしたわよ。」私はは少しおどけた様子で話しかけていた。
 
「幼馴染ですか?なんかいいな〜ストーリーがあって。私なんか何にもないから…」

 

辻本さんの言葉に、優しい笑顔を浮かべ「何を言ってるの。ストーリーだなんて、ただの偶然よ。」私はそっと言葉を返した。
 
「それがストーリーですよ、幼馴染で別々の世界で生きてきて、10年ぶりに偶然再会なんて。あ〜羨ましすぎます。」辻本さん本人の妄想に色を添えるような発言。
 
 私は少し苦笑いしながらも、この会話を通じて自分の感情を整理しようと努めている。
 
「妄想するのもそれくらいにして陸連のイベントのこともちゃんと考えてね。私たちが今集中すべきは仕事よ。だから、私たちはプロフェッショナルとして、仕事を優先させなきゃね。」

「もちろんですよ、それはそれ、これはこれですから。」

 

辻本さんの言葉に、私は内心、”だい(大樹)”との個人的な再会に対する期待と、仕事への責任感の間で揺れ動く自分の思考を整理していた。

 私は午後から雨の中、大手画材店「株式会社和洋画材」に陸連の仕事とは別件の話で、データシステム事業部に訪問していた。
 
 この「和洋画材」は世界中の画材は勿論のこと、印刷システムから半導体製造システムなど、実は社名からは想像できないほどの幅広い事業を展開している。

 

それぞれの事業でも数多くの特許を持っておりクライアントの中でも多種多様の案件を依頼されているお得意先。
 
 和洋画材の依頼はどんな規模の小さな案件でも絶対気を抜けないので、社内でも「和洋」って聞いただけで皆んな神経をとがらせるほどだ。
 
 私は、データシステム事業部の打ち合わせが終わり廊下に出てエレベーターで降りようと待ってると「住田さん」と声をかけられた。振り向くと森本部長だった。


「雨の中ご苦労さん、時間ある?少しお茶しない。」何故か待っていたように声をかけてきた。
 
「ハイ大丈夫です。私が来るの知っていたんですか?」
 
「そりゃ、同じ会社内の事だから、知ってるさ。」
 
 自販機の置いてある和洋画材の社内休憩スペースは静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。

 

私たちがテーブルを挟んで腰掛けていると、部長の秘書の方がコーヒーをわざわざ持ってきてくれた。

 「ありがとうございます。」と私がお礼を言うと秘書の方が申し訳無さそうに

 

「こんな所ですみません。前もって言ってくれれば部屋を用意してたのに」と森本部長の方を見ると「悪かったな。急だったから勘弁。」手を合わせて誤っている。
 
 私は、陸連のプロジェク関連の事だと思い「すみません。今日は陸連関連の資料は持って来ていないので、口頭で良ければ……」と言いかける。
 
 森本部長は手を振って「いやっあれの事は良いんだよ。っと言うか関連した話なんだけどさ。」と言いかけてコーヒーを口に運んで一息ついてから、


「さっきさ、陸連のイベントの事で辻本君と話をしてらさ…住田さん、山本君と知り合いなんだって?」
 
 私は、「えっ!」と驚いて、「あのおしゃべりめ!」って思いつつも冷静に「あっハイ、でも最初の打ち合わせの際は、出席できなかったので、私の知ってる山本さんとは気が付きませんでした。」
 
 森本部長はにっこり笑いながら

 

「いやいや、別にそれは良いの。プライバシーの事だから、ただ仕事と絡んでるからさ。それに、紹介したの俺だし……」森本部長は少し考え込んだ様子で「俺ね。実は二人を合わせたかったんだよ」
 
 私は森本部長の言ってることが理解できなくて混乱し思わず「えっ?」と困惑の声を上げた。
 
森本部長は言葉を選びながら「山本君とは10年近い付き合いがあってね。

 

君とも長いけどね……率直にゆうと、二人共同じ”匂い”がしてね。何処かで合わせたいな~って前から思っていたんだよ」
 
「あの~部長の仰ってる事が良く理解でいないのですが”匂い”ですか?」
 
森本部長は少し考えて「あ~ぁ、哲学者じゃないからうまい言葉が出てこないが、ジジイの経験値ってやつかな。」
 
「全く混じり合うことのない世界で生きてきてる二人になにか共鳴する物を前から感じてたんだよ。だから、合わせてみたいな~と思っていたらさ、それがまさか幼馴染だったとはね~俺もおどいたわ。」
 
 (まったく、辻本さんったら、どこまで喋ったのかしら)と思いながら

 

「いえ、私も彼だと知ったときは驚きましたから、それにメールだけでまだ合っていませんし。」そして私は少し躊躇しながら、「森本部長と彼とはどこでお知り合いになったのですか」と思い切って聞いてみた。
 
「あ~、俺の友人が経営するデザイン事務所で。その友人から聞いた山本君が面接の時のエピソードが面白くってね。印象に残っていた。」
 
 「どんな内容なんでしょうか?」私は興味深く、思わず尋ねてしまった。
 
「いや~。美大や芸大出のやつが面接の時には自分の一番の自信作を持ってくるのが普通だろ。」

 森本部長は懐かしそうに微笑みながら「彼が持ってきたのは、何と中学時代に授業中に描いた落書きをぎっしりと描いたB4ノートを持ってきたんだってさ。

 

本人曰く”最初に他人に評価された作品”だとさ、友人含め面接官みんな大笑いしたそうだ。」
 
”あの落書きノートだ”と思い出し思わず笑いそうになるのおこらえて、「森本部長も見たんですか?」と訪ねた。


「あ~後から本人に頼んで見せてもらったよ。自分が学生の時を思い出してしまって笑ったわ。デッサンも何も、全くなっていない絵だったが人を引き付ける魅力があった。」


「その後、2年ぐらいしてから体調を壊し退社したんだよね。確か突発性難聴とかなんとかで。ストレスかな。その後だよな彼に仕事出すようになったのは。」
 
 その言葉で私の知らない”だい(大樹)”の姿が頭をよぎった。森本部長は私が次、何を聞きたいかをさとったように私の目を見て

 

「俺はね、二人が合ったら、どんな化学反応をするのかが、見たかったんだ」


 「正直に言おう。二人がお似合いだな!ってずっと考えてたんだよ。俺の勝手な妄想、辻本君よりもずっと前からね」と言って大笑いしていた。
 
 私も笑いながらどう反応して良いのか分からず、冷めたコーヒーを飲むことでごまかしてたが、森本部長の言葉は私の心に何か温かさを残しつつも複雑な感情を引き起こしていた。
 
 森本部長が思い出したように「そうそう、今回の件も意外な偶然だったけど、山本くんは俺の兄貴が経営してるのコンビニのバイトもしてるんだよ。

 

それを知った時もびっくりしたな~。偶然?いや運命の糸だな。」

 和洋画材を後にし、駅へと向かう帰り道は小降りだがまだ雨が降っていた。

 

時折大粒の雨粒が傘を叩く音が、過ぎ去る時間を刻んでいるように感じられる。

 私は、森本部長の「化学反応」という言葉が頭の中で反響し、その意味をかみしめながら、雨に濡れる街を静かに歩いていた。

 まるで雨音の向こうに、過去と現在、そして未来の糸をつなぎ合わせるように、私の思い出と希望を織り交ぜていく。その瞬間、私は「だい(大樹)」と再会することの偶然の意味を、もう一度深く考え直していた。
 


 
 自宅の作業台には、色とりどりの絵の具と筆類が並んでいる。

 

今日は不安定な天気で時折雨脚が強くなったりしている。僕は今回のプロジェクトを通じて、ただ単に種目を描く以上のものを作り出したいと願っていた。

 

それは、観る人の心に深く響く、動きと生命力に溢れる様な作品だ。
 
 僕は自宅のアトリエで、雨が時折強く窓を叩く音が環境音として空間を包みながら、テーブルに広げた陸上競技大会のイラスト案に集中していた。

 

23種目も競技がある陸上競技をテーマにしたこのプロジェクトで、各種目に生命を吹き込むデザインを模索中。

 

「アクリルで描くべきかな?それともガッシュか(※)」と自問自答していた。

 

(※アクリルガッシュ・完全不透明 [ gouache ]のアクリル樹脂絵具のこと)

 考えているイメージの背景には、紅色と空色が主軸となり、情熱と冷静さのコントラストを表現することに意義を見出していた。

 

紅色は競技のエネルギーと選手たちの情熱を、空色は彼らの冷静さと集中力を表す。この色彩のバランスをどう取り入れるかを、雨音を聞きながらの思案中だった。
 
「情熱と冷静、この二つをどうバランス良く表現できるか…」と考えながら、僕は再びブラシを手に取り、紅と空を塗り始めた。

雨粒に濡れた窓ガラス越しに外へ目をやると、山並みの彼方からわずかに青空が顔をのぞかせていた。

雨つぶが織りなすリズミカルな模様と、遠くに見える青空の一筋の光を、今回の作品に取り入れようと思った。

外の雨がアトリエの静けさを一層深める中、どんな作品が生まれるかはまだ不確かだが、この試行錯誤のプロセスそのものが、創作の真髄だと僕は心から感じていた。

 僕は思索を巡らせながら、紅色と空色の絵の具をパレット乗せ、雨音に打たれながらも強く立ち向かう選手たちの情熱と、競技に臨む冷静さを表現するための色彩を模索していた。