ストケシア(轍鮒・エピソード3) | anemone-baronのブログ

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落書き小説根底にあるもの!
私の人生は、「存在しなければ、何を言っても正しい」という数学の存在問題の定義みたいなもの。小説なんか、存在しないキャラクターが何を言っても、それはその世界での真実なのだ。

ブルーム・エージェンシー・ Inc(BAI)本部長:藤岡亮一、コンテンツデザイン部:岡健介、
 データマーケティングディレクター:住田杏子、 部下:辻本恵美(女)、田中聡(男)
 
大手スポンサー五稜商事、部長兼取締役:三崎晴彦。マーケティング部:神山政市
 
陸上連盟 理事長:斎藤敦彦 専務理事:米田安子
 
和洋画材 部長:森本、現場課長:西岡

 

 

ブルームエージェンシー・本部長室

 辻本さんが本部長の部屋前に来ると、秘書の方に「山本さんをお連れしました。私はこれで。」と言いかけると、秘書の方が「辻本さんもご一緒にとの事です。」

 辻本さんがビックリして「えっ。私もですか?私が何の役目で……」と言いかけると秘書の方が笑いながら「山本さんの秘書代わりだそうです。」


「私が……しかし仕事が……」


「僕の秘書ですか?それ良いですね。忘れっぽいから、記録よろしく。辻本さん。」とからかってみた。

秘書の方が笑顔で「ご心配なく。ご連絡して了解得ておりますから。」


「私なんて何の役にも立たないのに……」嫌そうにすねてる顔が子猫みたいで可愛らしかった。

本部長室には、向かいのビルに反射した柔らかな夕日の光が大きな窓から差し込み、温かい雰囲気を醸し出していた。

 

 部屋の奥には立派なデスクがあり、その前には本部長が立っていた。彼は落ち着いた表情で二人を迎え入れ、親しみやすい笑顔を見せた。

本部長さんは明るい笑顔で「いや~よく来てくれたね。」と言って握手をして「まっ座って。」

僕がソファに遠慮なく座ると辻本さんはぎこちなく後ろで立っていた。

本部長さんは辻本さんに向かって「何つ立んでんだ。辻本君も隣に座りなさい。」と言って僕の横に座らせた。

辻本さんは頷きながらも、緊張からか体が硬直しているのが分かった。(何か辻本さんガチガチだな)って思い、正直、辻本さんの態度を見てると(なんか凄い怖い方なのかな?)と考えていた。

本部長さんが笑顔で「山本さんとお会いするのはここでは、2回目だね」

僕は(ここで?)て言葉に少し引っかかっていたが特別気にすることはなかった。

「実はね、和洋の森本部長からは君のこと色々聞かされていてね。”生きの良い絵描きが居る”って、ハハハ言葉悪ね。」と言って和ませてくれた。

僕も「ありがとうございます。活きが良いかどうかわかりませんが。取り上げていただいて光栄です。」受け答えた。

緊張していた辻本さんが「えっ、じゃぁ主任との事も?」と思わず口走って手で口を抑えた。

本部長さんは辻本さんを見て背もたれに寄りかかりながら「もちろん。森本部長が知ってることは全部知っている。彼が何考えてる事も知ってる。」

辻本さんの目には緊張の色が浮かんでおり、彼女の手は無意識に膝の上で指を組んでいた。その様子を見た僕は、(何かヤバイかな)と思い、僕も気まずくなるような緊張するような感覚になっていった。

本部長さんの口元には微かな笑みが浮かんでおり、その目は鋭くも温かさを含んでいるようだった。

「なんせ、月に一回は飲みに行ってるか、ゴルフにいってるか、だからね。」と笑いながら話す彼の声には、親しみと同時に緊張を和らげながらも、厳粛さが感じられた。


会議室

 会議室に静かな緊張感が漂っていた。住田がホワイトボードに向かい、スケジュールを確認しながら話し続けていた。彼女の声は落ち着いていたが、眉間に寄せた皺が問題の深刻さを物語っていた。

「まず、五稜商事とジャスティススポーツの双方にコンタクトを取り、現在の状況を正確に伝える必要があります。私が、五稜商事との交渉役を担当します。」

住田が岡の方に目を向けて


「その時に同時に追加のデジタルコンテンツや特別イベントなどプランニングを提示したいので、追加のイベントなどプランニングの作案を迅速にお願いできますか。」

岡はノートパソコンに目を落とし、キーボードを叩きながら 


「そうですね。新しいデザイン案や追加のプロモーションプランを準備し、迅速に提案できるようにしましょう。そのためには、デザイン部とマーケティング部の協力が不可欠ですね。」

「イベントなどプランニングについはジャスティススポーツとの競技が必要になります。それについては我々の方でやりましょう。」岡が素早く答えた。

営業企画部の一人が声を上げて「陸連と和洋の方はどうしますか。」

住田は冷静に「和洋は五稜商事と太いつながりがありますから、独自に動くことも考えられますので、森本部長と常に連絡を取ります。」


「陸連の方は進行状況を定期的に伝えればいいと思います。大会自体の変更はないのですから。」全員がテキパキに要所を確認して進めていた。

会議室の窓の外には、沈みゆく夕日が赤く染める空が広がっていた。

夕日の光が部屋に差し込み、微かな影を作り出していた。全員が視線を交わしながら、自分の作業に集中していた。指先がキーボードの上で飛び交い、電話の声が静かに響く。

住田は自分で書いたホワイトボードを見つめながら、(”五稜商事、部長兼取締役 三崎晴彦。マーケティング部 神山政市”、か……)次の行動を頭の中でシミュレーションしていた。

 

部屋の空気は緊張に満ち、全員が自分の役割を全うするために動いていた。

一通りの確認が終了すると、会議室を出てそれぞれの部所に戻ったり、会社を出て関係各社に向かったりと、動き始めていた。

 会議室の中は、もう誰もおらず、オレンジ色の光が差し込み、それぞれの心に宿る決意の空気だけが部屋を満たしていた。



ブルームエージェンシー・本部長室

 秘書の方が持ってきてくれたコーヒーを頂きながら本部長さんもコーヒーを飲みながら話してくれた。

「本題を言うとまだ先のことなんだが、内の社が主催の”未来のアート個展会”を開催する予定があり、ま~個展と言っても、内外たくさんのアーティストの方々に参加してもらってのイベントなんだがね。」

「各ブースはブルーム・エージェンシー側で用意するんだが、そこに山本さんのブースも作って出展してくれないかな。っという話。……まだ企画段階だから内緒だよ。」

(内緒って言っても隣でおしゃべりな辻本さんも聞いてるのに!)って心の中で突っ込んでいた。 

 

それよりも、そういったイベントは今までも沢山行われてきたし、その程度の事を大企業の本部長さんから直接申し出が有ることに違和感を感じていた。

「ありがとうございます。本部長さんから直接その様な申し出感謝します。僕ごときで良ければ参加させていただきます。」と応えると、辻本さんも僕と同じ様な考えがあったようだった。

辻本さんが恐る恐る、コーヒーを飲んでいた本部長に「あの~お言葉ですが、今まで当社が行なっているアーティスト展となにか違いが有るのでしょうか。」と質問した。

本部長さんは辻本さんに目を向けて「さすが、秘書の辻本君。」とからかうように言うと辻本さんが恐縮して下を向いてしまった。

本部長さんは微笑みながら僕らの疑問を察しているようで「実はね。まだ、上層部での企画段階だから詳細は言えないが、簡単に説明すると、コンサート・ツアーと同じ様な感じでのデザイン・美術イベント版、”アートツアー”とでも言うかな。」

僕は思わず「ツアーって全国を周るツアーですか?えっ各個展ブースごと全国を。」辻本さんもキョトンといしていた。

本部長さんは「国内だけじゃないよ。海外も対象にしている。大規模なツアーだ。もちろん当社だけでなく沢山の企業に協賛して出資して頂く予定だ。」

僕は、あまりの規模の内容に想像が追い付かなく何を答えていいか分からなくなっていた。辻本さんはもっと真っ白になっているようだった。


本部長さんは、まだ確定ではない事を前提に詳しく話してくれた。

内容は、出展内容はアナログからデジタルまでブロックごとに分けてのブースを作り。
絵画、版画、オブジェや彫刻、デザイン画、そしてデジタルコンテンツでは、動画(あくまでアート作品)、デジタル画、プロジェクションマッピングなど、いわば“アートのオリンピック”的な規模のイベントを開催すると言う内容だった。

僕は心のなかで(それだけの規模のイベントを丸ごとツアーで回るなんて、無理だろ……)と考えていた。

辻本さんは自社の秘密事項だと思っているのか、真剣に本部長さんの言葉を聞き入っていた。

本部長の目は輝き、情熱が感じられた。

 

「これらの各ブースを20万トンクラスの巨大な客船の船内外に設置する。関係者を乗せて、日本のみならず世界を回る計画だ。さらに、ツアー周辺の土地々のアーティストも招待して、伝統工芸を含む展示会も行う。」

僕はその壮大なビジョンに圧倒され、言葉を失った。本部長さんは続けた言葉に、見えてる世界の違いに更に言葉を失った。

「そして、この船の製造費だけでも5億ドルかかる予定だ。これは我々にとっても、アート界全体にとっても大きな挑戦になる。」

部屋の中は静寂に包まれ、向かいのビルに反射した夕日がさらに沈みかけ、部屋全体に赤い光が広がっていた。辻本さんも僕もその壮大な計画にただただ圧倒されていた。


和洋画材 部長室

 和洋画材の森本は陸連からの連絡の後、現場課長の西岡に製版工程の作業のストップを言い渡していた。

 

 昔の写真製版とは違い今はデジタル製版なので、印刷する前であれば和洋画材としてはそれほどダメージは無いが、印刷資材の搬入や納品のための発送スケジュールが変更なるので、課長の西岡はその対応に追われていた。

 部長室で森本部長がディスクの椅子に深く持たれながら、電話をしている。

相手は五稜商事のマーケティング部マネージャーの神山政市、マネージャーと言っても実質次長兼課長だ。内容はもちろん陸連の理事長からの内容の確認だ。

森本:
「神山さんも人が悪いですな。この時期に変更要請されるとは、山本画家の作品が気に入らなかったとかですか?」


神山:
「そんなことはございません。私どもも大変評価しております。ただ……」


森本:
要点をそらしてくる神山に対してハッキリと「端的にお聞きしますが、目的はなんですか?」


神山:
「何時も大変お世話になっている、和洋画材さんにもご迷惑おかけしてることは十分存じております。当社としては、現在のプランニングでは”我々の存在感が薄”と上からの指摘がありまして、我々の契約選手の露出を増やし、製品ももっと目立つようにしていただきたいのです。」


森本:
「経費対効果に合わないと言うことですか?ただ、おたくの子会社のジャスティススポーツとは、既に合意済みの契約があることも考慮に入れて頂きたいのですが。」

神山の声が一瞬沈黙するが、すぐに再び響く。

神山:
「もちろん、分かっております。しかし、私たちの出資割合を考慮すれば、もう少し柔軟に対応していただけると助かります。和洋画材さんの立場からも、ブルームエージェンシーさんに対して、ご協力をお願いしたいと思っています。」

森本は(分からんな~五稜の上層部の面々は変わっていなのに、第一、俺からブルームエージェンシーに”変更よろしく”なんて言えるか。エリートバカが!)内心思っていた。

 

しかし、状況打破するためには冷静に対処する必要があり、タバコを吸って気持ちを落ち着けた。

 電話の後、課長の西岡は部長室に作業の報告と承認を貰いに来ていた。


西岡は書類を差し出しながら、「部長、変更要請の書類にサインお願いします。」

「ああ分った。」と言って書類を確認しながら、「それにしても、うち以上に住田くん達は大変だろうな……」と言うと、西岡も「ホントですね。うちでもなにか手伝える事があれば協力したいと思います。」

森本は天井を見上げながら、「あ~たのむ。彼らは、今まさに”轍鮒之急”(てっぷのきゅう)だからな。」

五稜商事の要求をどのように受け入れ、現状をつつプロジェクトを進行させるか、その戦略を模索する時間が続いた。


五稜商事 本部長室

 神山は三崎のディスクの前に立って、変更要請後の各社の動きを部長兼取締役の三崎に報告していた。一通り報告が終了すると、三崎は神山を見上げて「和洋の森本さんは怒っていたかね?」

「電話ではそれほどでも、ただ、画家の話になると少しドスの利いた声になりましたね。」

三崎は笑いながら「ま~本人が連れてきた画家だからね。メンツが潰されたと勘違いもするだろ。」

「ジャスティス側の契約の事も持ち出してきまして……」

「タレント(選手)を抱えてるのはジャスティスだから、いざとなったらジャスティスが責任を取れば済むことだ。」

神山は、何かを言いたそうだったが口をつぐんでいた「……ハイ。」

三崎は神山を見て「心配するな、そんなことはしないから」と笑っていた。
「後は、ブルームエージェンシーがどんなアプローチをしてくるかだな。」


ブルームエージェンシー・オフィス

 ブルームエージェンシーでは、住田は他のメンバー達と追加のデジタルコンテンツやイベントの内容の調整などの作業に追われていた。

 

みんなが一生懸命に作業を進める中、藤岡本部長との話を終えた山本と辻本が楽しそうに戻ってきた。

オフィスでは、パソコンのモニターの前でキョッコ(住田)や岡、その他のマネージャクラスの社員たちが真剣に話し合っているようだった。緊迫した状態がオフィス全体を覆っていたので、その雰囲気に僕と辻本さんは驚いていた。

 僕は慎重にディスクに座っている山田さんの耳元で訪ねた。「何かあったんですか?」


「大会の広告にスポンサーサイドから変更要請があったんですよ。それで、蜂の巣を突っついた状態に……」


辻本さんも驚いて「なんで今さら、ほとんど出来上がっているのに」と言ってキョッコ(住田)の所に走っていった。


僕は、キョッコ(住田)達が話し合っている光景を横目に、山田さんに詳しく内容を教えてもらい、事の重大さにやっと気がついた。

山田さんも困惑しながら「何故、こんな無理な要求をしてくるのか?ホント分からないし、理が通らないですよね。」


僕は、なにか手伝えることが無いか考えながら、思わず口から「サピア=ウォーフの仮説か」と
山田さんは僕を見上げながら、「何ですか?サピア=ウォーフって?」

「”異なる言語を話す人々は異なる認知的世界を持っている”という仮説です。」と言うと、山田さんも思い出したように、「あ~それって”言語相対性仮説”ってやつですよね。でも同じ日本人ですよ。」

「そうですね。でも、もう一つ”言語決定論”ってあって、つまり、会社や立場の違いも、同じ言葉であっても、その世界観を認識し理解するかには違いが生まれるんじゃないかな。」

山田さんも苛立ちを隠せそうになく「そうですね~。だったら最初からぶつかり合っていれば良かったのに、この期に及んで……」

 僕は彼女を離れたところから見つめながら、ビジネスの世界の厳しい現実を見せつけられているようだった。

 

こんな世界で生き抜いて来てる、キョッコ(住田)に、改めて彼女の力強さと揺るぎない意志に深い敬意を抱き、彼女を支えたいという思いが静かに湧き上がってきていた。

彼女の強さは、嵐の中で揺るがない木のように感じられ、その存在が僕の心に優しくも力強い光をもたらしてくれる。彼女への思いは、静かな湖のように穏やかでありながら、深い感情がそこに隠されていた。