「和銅五年正月廿八日  正五位上勲五等太朝臣安萬侶」


これは、上表文の署名です。上表文とは、天子に上奏する文のことです。


和銅五年正月廿八日は、712年1月28日のこと。1312年前の今日、いや実際には新暦の今日ではないのですが、1312年前「古事記」が元明天皇へ献上された日付です。つまりこれは、「古事記」献上の上表文の署名です。

 

古事記編纂を発案したのは天武天皇です。一度読んだものは決して忘れないという当時28歳の聡明な稗田阿礼(ひえだのあれ)に、「帝記」「本辞」を誦習させたのです。帝記と本辞は、古事記の原資料と考えられている文献ですが現存していません。帝記は天皇の系譜を記したもの、本辞は神話的物語を含んだものとする説が有力だそうです。

 

 

その発案には天智天皇の時代の白村江戦での敗戦が大きく影響していました。天武天皇は天智天皇の跡を継いで、敗戦の後の復興の一環として日本の礎を固めるために古事記・日本書紀の編纂を詔したのです。つまり日本の礎に神話や歴史は欠かせないということ、つまり、国の再建は歴史の再建から始まるのです。

 

 

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天武天皇の崩御による中断を経て、元明天皇の時代に再開され、太安萬呂が完成したのが「古事記」です。そしてその八年後には「日本書記」の編纂も終わりました。

 

2012年の古事記編纂1300年の年前後から、古事記に注目が集まるようになり、古事記本や特集されたMOOK本等が増え、それはその後ずっと続いているようにみえます。しかしまだまだ一般の認知は足りないように感じています。

 

古事記がなぜ重要なのかといえば、古事記の前半は神話であり、神話には民族の秘密が隠されているからです。つまりその民族の知恵が書かれているのです。だからこそ、日本人は、ギリシャ神話やローマ神話ではなく日本神話を知る必要があります。というのも日本人には日本人の知恵があるからです。それは日本という土地に生まれ育ち、生活してきた民の知恵なのです。そして同様に神話が書かれている日本書紀よりも古事記が重要なのは、古事記が大和言葉で書かれている日本人向けの書だからです。大和言葉とはまさしく日本で生まれた言葉、日本製の原点ともいえるものです。言葉が私たちの思考を形作ります。古事記はまさしく日本製の原点といえるものだと考えられます。

 

外国人が来てその国を知ろうとしたとき、一番先にやることはその国の神話を学びその民族を知ることです。神話は民族の取扱説明書なのです。ですから、日本に来る外国人は昔から記紀を学んできました。戦国時代に来たフランシスコ・ザビエルも幕末のアーネスト・サトーも、また戦前の有名なスパイ、ゾルゲもみな日本神話を研究したことで有名です。

 

つまり神話には日本人の特質が書かれていますが、それは長所や短所です。あるいは長所と思われていることが短所であり、短所と思われていることが長所になるということもあるかもしれませんが、その特質がわかれば操りやすい、つまり日本を攻略しやすいということです。
 
例えば天岩戸神話を読むと、スサノヲが暴れまわり決定的な事件を起こすまで八百万の神々は何もしません。そして、堪忍袋の緒が切れた天照大神が岩戸に閉じこもり世界が暗闇に包まれ災禍に見舞われて初めて八百万の神々はやっと集まってどうしようか?と相談を始めます。そこからは一致団結して天照大神を呼び戻し再び光が戻ってきます。でも、最初からスサノヲが暴れまわるのを抑えておけば、災禍に見舞われなかったのではないか?と思うのです。日本人はよく言えば最後まで我慢する、悪く言えば直接に自分に災いが降りかかるまでなにもしない、見てみないふりをする民族であるといえます。日本人同士でもこんなのは嫌です。しかし、現在の様々な問題をみると、この短所が随所に出ていることに気づくのではないでしょうか?今現在も、日本はこの短所を放置しているのです。

 

日本人を利用するだけ利用しようとする人ならこんな良い情報利用しない手はありません。利用できるだけ日本人を利用して搾り取れるものは搾り取ろうとします。そうしたことが、様々に社会問題として現実にありますよね。それが現在の日本です。つまり、私たちは見てみないふりはやめなければいけないし、そうしないためにも情報は共有しなければなりません。

日本で現在起きている問題は、日本人の悪いところが出てしまっている、またそうした面に付け込まれているとしか思えません。

 

 

 

 

古事記には、出雲の国譲り神話がありますが、出雲以外にも日本中国譲りがあったことが日本各地の神社の御祭神からわかります。それをみるとやはり日本の特色がみえてきます。
1争いが嫌い、必要最小限戦争はしたくない
2.無駄な争いはせず、話し合いをする
3.負けた相手を尊重する
4.敵とも事が終われば仲良く協力する
5.勝った方も負けた方も事が終われば後にひかない
等、他にも色々あるかと思いますが、これが代表的なところかと思います。

こうしてみるとこれを悪用されたり、漬け込まれているのが現在の日本です。日本国内はこれでうまくいってきました。むしろこういう形をとらないと物事はうまくいきません。一見うまくいったように見えることでも長い目で見ると失敗してしまうことは、こうしたやり方を踏まなかったからということがあるものです。でもそれはあくまでも国内の話です。
 
日本では、ある国の人達の特色が紹介されると、問題視されることがあります。しかし、そうした各国の特色に応じて対応するのが外交の基本であり、日本はそうしたところに漬け込まれて現在のような状況になっていることに私たち自身が気づかなくてはそれに対応できません。
 
そして私たち日本と日本人の取説は日本国内にとどめ、私達のやり方を外国に当てはめては絶対にいけないのです。国譲りからわかる日本人の特質はすべて海外に当てはめたら日本が不利になる要件だということを自覚しなくてはならないのです。そして、国外においてはその国々の特色を知って、その国にあった対応をしなければならないのです。

 
 スパイが研究する日本人の取説、日本神話を日本人が知らないなんてありえません。神話は民族の成り立ちとして生まれたものですから、どの民族にも神話があります。そしてその民族が造るのが国です。だからこそ日本と日本人の特色を知り、その特色は国内においては生かし、国外においてはつけ入られないようにしなくてはならないのです。もちろん国外においても使えるものは使うのです。


以前、国をまとめるのは物語だ!と奥山真司さんが話されていました。(残念ながらその動画は削除されてます)フィリピンの狩猟民族の部族を調べたところ、まとまりのある部族は話のうまい人がいたそうです。つまり狩猟の上手さよりも喋りが上手い人がいることが部族に重要だというのです。そして、そこから国もそうであるというわけです。事実、ほとんどの国には創生神話があり、日本にもあります。

 

しかし世界中の国々でそうした民族神話から続く国で現存している国家は日本だけです。著名な歴史学者のアーノルド・トゥインビーは世界中の民族を研究して言いました、「12,3歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は100年後みな滅びている」と。

 

つまり、民族の物語がなくなるということは、その国のまとまりがなくなるということだから滅びてしまうというわけです。

 

戦後GHQの政策により日本では神話を公に教えなくなりました。これはじわじわと日本を滅ぼす政策の一つでした。修学旅行ではお寺には行っても神社には行きません。行ったとしてもただ行くだけではないでしょうか。日本中に2000年以上前の創建と云われる神社がありますし、千年以上前の神社はもっと多くあります。そうした創建のいわれを知るだけでも、日本人としての自覚や誇りを養うのにふさわしい場はありませんが、そういう機会を我々日本人は奪われてきたのです。

 

現在、神話教育は復活していますが、まだまだ十分ではないし、何十年ものブランクの間に大人になった人達の問題もあります。

 

現在多くの自己啓発本がありますが、私は古事記を知ってから日本人には古事記が自己啓発本として一番ふさわしいと考えるようになりました。自己啓発本は中毒になる人が多いといいます。私がそうでした。次から次へと自己啓発本を読み漁っていた時期がありました。しかし下手な自己啓発本を読むより、日本人なら古事記を読めばどれほど救われるかしれません。もしなにかに行き詰まったら、古事記を読めばそこに答えを見つけることが出来るかと思います。

 

欧米の文学を読むと何かが起きた時、答えや救いを見つけようと聖書を読むというシーンがあります。日本人であればそんな時は古事記を読むといいのです。あるいはその時には答えが見つからないかもしれません。しかし、そうして読んでみると何かの時に「そうか!」とわかることがあるかと思います。実は私にもそんなことがあり、感動した覚えがあります。これは民族の習性等も織り込まれている古事記ならではのことです。

 

京都大学の名誉教授中西輝政氏は、ご自身の経験から海外留学を控えた生徒には古事記を読むことを薦めているそうです。日本人としての自覚や誇りがないと実は海外生活が途中で行き詰まるといいます。海外留学中、あるいは海外生活中に日本人としてのアイデンティティに目覚めるという人が多いのは、異文化の中で自分を見つめることが多いことからでしょう。ところがそんな時に自分という存在がわかっていないと迷子になってしまうのです。グローバリズムが進むほどにローカリズムになるというのは、どんな人にもその人の出自があるからです。

 

 

例えば私は東京に住むようになってからの方が生まれ育った栃木県での時間よりも長くなっていますが、そうなるほどに栃木県出身だという事を意識させられることが増えています。しかも、それは若い時よりも年月を経た今の方が強く感じられるのです。東京は田舎者の集まりだといいますが、昔は各地方を国といったものですし、東京はいわば日本という地球の中のグローバル国のようなものです。そしてそこでは、多くの人達が自分の国である出身地を意識しているのではないでしょうか。

 

古事記は、日本各地の神話が組み合わさったものです。実際風土記というものが日本各地にあります。風土記には失われたものも多いですが、日本各地には様々な神話が残されています。その神話と、古事記の神話を比較したりしてみるのも一考です。そうした神話が組み合わされて出来上がったのが古事記でもあるからです。

 

日本書紀にはない出雲神話が古事記には登場し国譲りが出てきますが、実は国譲り神話が古事記の核ともいいます。そして出雲が代表的に登場していますが日本中で国譲りが行われていたことが隠されているのです。そして、そうしたことを実際に目に出来るのが日本中にある神社です。神社に祀られている神様は一柱だけでないのが多くの神社です。その神様を辿るのは国譲りを辿ることなのです。日本では譲った方も譲られた方もお祀りしてきました。現在の神様も古い神様も神様に変わりはないのです。

 

御由緒の古い神社へ行くと、国譲りの形を目にします。一昨年末お参りした大甕神社も、そうした神社でした。表に出ている神様と、古来からの神様を両方お祀りしているのは、日本中で国譲りが行われてきたという記録にほかなりません。

 

 

 

実は東照宮にも国譲りが生かされていました↓

 

こうした日本の成り立ち、日本人の習性をを知ることが出来るようになる第一歩が古事記です。

 

そして古事記の後半は天皇の物語。つまり日本の神話から続く歴史書が古事記でもあります。

 

古事記がなぜ書かれたのか、序文に稽古照今と書かれています。過去に学んで今の世の指針を見出す、ということです。歴史を学び現在の生活に生かすため古事記は書かれているのです。誰しも過去を知らずに現在の判断はできませんし、経験から学んでより良い社会にしようとしてきたのです。経験を学ぶという意味で、実は世の中で一番必要な学問は本来は歴史です。そしてそれが細分化されていったのが、色んな分野の学問であるとも言えます。その大本の歴史を学ばずに他の学問は活かせないのだともいえるかと思います。そして、その歴史の基礎中の基礎が日本では古事記なのです。

 

神話から続く話だから本当の話ではないとか、神武天皇から九代までの天皇はいないとか色んなことを言う人がいます。文字にきちんと残されたものが、記紀以前にはないから歴史もないのだとまでいう人がいます。確かに記録としてはそうかもしれません。しかし、日本では口伝という伝承方法が様々な伝統に残されています。その口伝を信じないのもおかしな話ではありませんか?そうして伝えられていることの中には、各地に残る神様の話があります。神話というのは、神話となるほど昔昔の話だという説もあります。つまり神話の登場人物は神話となるほど大昔の人達の話だということです。だからこそ、各地に伝承だけでなく神社、あるいは神社の元となった祠などの伝承地があり、祭りなども伝わっているわけです。そうした中に、天孫降臨の時代から神武天皇東征、また欠史八代と言われる天皇の伝承も残されています。

 

神武天皇の宮があったといわれる橿原神宮は明治時代に創建されたものですが、その伝承地があったからこそ畝傍山の麓に創建されたのです。

 

「神武天皇はたしかに存在した」という本では、そうした伝承地をたずねていますが、生誕の地宮崎から東征の奈良までの各地に神社や祭りが沢山残っていることが分かります。場所によってはいくつか候補があるのも、その存在感の大きさを示しているものと思われますし、神武天皇の時代に馬はいなかったはずなのに馬で通ったという伝承が伝わる後の名馬の産地は、伝承が一部変更されても誰も気が付かないほどの長い間伝えられてきたことを示しているといえます。

 

 

この本は平成二十八年四月三日に橿原神宮で行われた神武天皇2600年祭の日に、天皇陛下が神武天皇陵で山稜の儀を行われた話から始まっています。このような祭りが行われているのは(例え儀式の整備が明治以降で新しいとしても)、日本だけでしょう。ところが、こうしたことが行われていたのは、ほんの一部の人しか知らないのです。勿体ないことだと思います。なぜなら、この書物に登場し、神武天皇縁の地でその伝統を伝えてきた人達の言葉の端々からは誇りが感じられたからです。きっと多くの日本人がこれだけの歴史があるということをちゃんと知ったら、日本人と云うだけで誇りを感じる人は多くなるに違いありません。

 

例えば、私は北関東の生まれで、しかも朝敵と言われる足利高氏縁の地の出身で、私の知る限り神武天皇にも皇室にも縁はありませんが、それでも橿原神宮の神武天皇2600年祭に参列する機会を得た時はとても誇らしく感じました。


例え自分に誇りを感じることが出来なくても、生まれに誇りを感じることが出来たらラッキーじゃありませんか?誇りの第一歩が他の人よりも早く踏み出せるのです。誇りというのは自尊心のためにも必要な物の一つですが、若ければ若いほど自分が頼りなく誇りは持ちづらいものですが、自国の歴史を知るだけでその最初の誇りを持てるとしたら素晴らしいことだと思います。

 

また、神話を教わらず、ある程度の年齢を経て自分の限界が見えてしまったと年齢の限界を感じている人でも、神話を知れば頑張ろうという気になるかもしれません。なんといっても、神武天皇が東征に出発するのは45歳なのです。

 

色んな意味で古事記は私達日本人を励ましてくれる本です。


また、上記「神武天皇はたしかに存在した」を読んで、あらためて古事記に書かれた言葉にハッとしましたので紹介します。

 

それは、「言向け和(やわ)し」という言葉です。

 

日本ではいつの時代も同時代の世界と比べて争い、戦が少なかったことが知られています。そうした日本の精神を表す言葉がこの「言向け和し」であり、この精神で神武東征は行われたと古事記に書かれているのです。これは「相手の自発的な服従を促して、平和裏に国土を広げた」ことを示しており、大国主命への国譲りやイワレヒコ(神武天皇)の大和平定の時にも使われた言葉で、後には孝霊天皇の吉備の国平定の際にも使用されている言葉です。つまり、言向けは相手が能動的に服属するように仕向けるためにかける言葉、説得で、それでも従わない者にだけ武力で対峙したということなのです。現代に言い換えれば「相手が能動的に賛同し平和な外交を進める」ことに当てはまります。これはほぼそのまま万国共通に使えるものなのではないかと思います


 国譲りの時、タケミカヅチ命と大国主命の子のタケミナカタ命が対決したのは、タケミナカタが最後まで刃向かったからでした。東征中のイハレヒコも生駒の地に行きつくまで戦った形跡はありません。地道に時間をかけ味方を増やしながら東征を続けていったのです。そして、最後に戦いました。

 

古事記には三度「言向け和し」が登場します。
 
最初は大国主命の国譲りにおいて、天照大神から派遣された建御雷神が国譲りが終わり奏上する言葉に出てきます。
「故、建御雷神、返り参上(まゐのぼ)りて葦原中國を言向け和平(やは)しつる状(さま)を復奏したまひき」
 
次は、神武東征の最後に登場します。
「故、かく荒ぶる神等(かみども)を言向け和平し、伏(まつろ)はぬ人等を退(そ)け撥(はら)ひて、畝火(うねび)の白橿原宮に座(ま)しまして、天(あめ)の下治(したし)らしめしき。」
 
そしてもう一度登場するのは、孝霊天皇の二人の御子が吉備の国を平定したと書かれているところです。
「大吉備津日子命と若津吉備津日子命とは、二柱相副(あいたぐ)ひて、針間の氷河の前に忌甁を居(す)ゑて、針間を道の口として吉備國を言向け和したまひき。」
 
ここで、重要なのはいずれの場合も武が控えていて最終的に闘っていることです。特に神武東征の場合は、東征に時間をかけ各地で地道に何年もかけて味方を増やしまた武力も蓄えていき最後の最後に戦っており、それが「言向け和し」だということなのです。

 

そして、この「言向け和し」が形を変えて表されたのが「敵国降伏」でこの言葉は、元寇の後歴史に刻まれるk言葉ともなりました。「敵国降伏」が意味することは、武力によって敵を降伏させることではなく、徳の力をもって導き、相手が自ら降伏するという我国の国柄が現れた言葉であり、日本的な考え方の下地があったから生まれた言葉です。その下地は神話であり、「言向け和し」です。
  
日本に限らず、戦わずに済めば戦わないというのは世界の常識でもあります。なんといっても武力を使わずに済めばお金も人も使わないで済むのですから。民間防衛でも静かなる侵略について書かれていますし、最近ではサイレントインベ―ジョン、眼に見えぬ侵略についての認識も増えています。特に近年、世界中でそれが明らかになってきており、各国の政策も変わってきている中、変われないでいるのが我が国ですがそれは隣国であるからということで地道な努力をしている面もあることが、江崎道郎氏によって語られてもいますが、はっきり言わなくてはいけないことを言っていない現在の政権に失望している人が多いかと思います。


 
日本は世界中から狙われていますが、その日本と日本人を守るのは日本人だけです。そのためにも日本人の共通認識として日本を知るには、古事記が必要です。そしてそうした下地を培って世界も知る必要があります。


古事記を読むのは最初は読みづらいかもしれませんが、そんな方にお薦めなのが「まんが古事記」です。まんがとあなどるなかれ、私は初心者用古事記としてこれを超えるものはない!と何年も断言しているお気に入りの古事記です。ビジュアルと合体した素敵な古事記となっていて、これを超えるビジュアル入門古事記は生まれないんじゃないか、と思うほどの完璧さです。神代の話がメインですが、うまく古事記全体の話を盛り込んでいるのは著者ふわこういちろうさんの技だと思います。

 

山口采希さんとコラボした「まんが古事記」


古事記に唯一神社として登場する奈良の石上神宮では以前境内でこの「まんが古事記」を購入できました。著者のふわこういちろうさん直筆のPOPもありましたが、今もあるかな?

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入門古事記を読んだら、もっと興味が生まれるかと思います。もっと知りたくなったらこれです。古事記が物語の中の物語、劇中劇の形となって読みやすくなっています。こちらも神代がメインとなっている児童書ですが、大人も楽しめる読み応えのある本となっています。設定がとても上手く、古事記を作ることとなったいきさつもわかるようになっています。

 

 

いやもっとちゃんと読みたい、でも原文は・・・という方にお勧めなのがこれです。出版当時最新の考古学ニュースも盛り込まれ、読み応えがあります。単行本と文庫版がありますし、また講義版もありますので、お好きなのを選んでください。

 

目からウロコの百人一首本を書いたねずさんの古事記本、壱~参まであります。これは一文字一文字の意味から調べ上げた凄い本です。

 

出版社には色んな思想の方が入り込んでいるといいます。現代語訳や子供用神話等でもおかしなもの、あるいは意図的に変えられているものがあります。古事記は日本の宝だから狙われているのです。世の中の古事記全てを読んでいるわけではありませんが、ここで紹介しているものは全て私が読んでお薦めしています。御自身で選択する場合、そうしたことも踏まえて選んでいただきたいと思いますし、お子さんに選ぶ場合は全て読んでから与えて欲しいと思います。

私がお薦めの読み方は、原文である大和言葉が味わえる書き下し文の古事記を横に置いて読むこと。もちろんそのまま読める方はそのまま読んでほしいのですが、なかなか普通の人には難しいです。でも、現代語訳を片手にだったら読めるかと思います。


古事記が楽しめるかるたもあります。いにしえの世界へ探検古事記(ふることぶみ)、こちらは靖国神社にある遊就館内の売店でも扱っています。

 

番外編:大祓詞は記紀の神々の話の短縮版といわれています。古事記は祝詞であるともいいますが、その古事記とは少し内容の変わる神々の祝詞が大祓詞です。奈良時代にはすでにいつから伝えられてきたのかわからないぐらい古い口伝といわれていた祝詞が今でも変わらぬ言葉で伝えられています。(※微妙に違う言葉で伝えられている大祓詞もあります)大祓詞を読むのもある意味古事記を知ることになります。そしてなぜ長い間この祝詞が言葉も変えられずに伝えられてきたのか、考えてみるのもいいかもしれません。

 

日本中のほとんどの神社が毎朝大祓祝詞を唱えています。神社にもよりますが、9時前後の時間帯に神社にお参りすれば神話である祝詞を聴くことが出来ます。


これを機に、是非、古事記に親しんでいただけたら幸いです。


古事記1300年の年にフランスのジャパンエキスポで歌われた古事記の歌「ひとつの物語り」神主でもある吉木誉絵さんが作詞し佐久弥レイの名前で歌っており、プロデュースは竹田恒泰氏です。

 

竹田恒泰さんは、古事記の勉強会から発足した竹田研究会を主宰していますが、2012年の古事記1300年を機に古事記の普及活動として古事記プロジェクトを立ち上げました。これは日本中の旅館やホテルに古事記を置こうというものです。現在、大多数のホテルに聖書あるいは仏典までが置かれていますが、日本なのに古事記は置かれていませんでした。そこで日本全国の旅館・ホテルに順次古事記の配布始めたのです。これは全て寄付で賄われております。

 

 

現在、ホテルだけでなく、図書館、病院、介護施設、刑務所、拘置所、自衛隊などにも配布されていますが、まだまだ足りません。賛同して頂ける方は是非、寄付をしていただきたいと思います。私も何度か寄付しております。

HPではその詳細や配布先リストも見ることができます。配布先リストには多分配慮して載ってないのだと思いますが、他にも配布先があります。寄付が増えれば配布先も増やすことが出来ますので、よろしくお願いいたします。

なお寄付された方は、國酒禊を戴くことが出来ます。こちらは竹田研究会の方々が自然栽培で作られたお米から作ったお酒で、愛知と愛媛の二つのバージョンがあります。このお酒がまたとても美味しい。是非、禊と古事記両方を楽しんで頂きたいと思います。


古事記の勉強会も最近は多くあります。

神社検定を行っている日本文化興隆財団でもいくつかありますがなかでも元湯島天満宮権禰宜で、現在は渋川八幡宮禰宜である小野善一郎先生の講義は私は面白くて2年連続同じ講義を受けたほどのお薦めです。小野先生の古事記の本もお薦めです。

 

 

是非是非、多くの日本人に古事記に親しんで欲しいと思います。そうして古事記に親しんだら、さらに深くその内容を知りたくなることと思います。実際様々な古事記関連書を本屋、図書館で目にすることができます。そうした知的好奇心をくすぐることができるのも日本という歴史の古い国に生まれればこそです。

 

そしてもちろん、日本書記そのものもあります。日本書記は漢文ですがその書き下し文は大和言葉となっており、その大和言葉がとても美しいです。私は現代語訳日本書紀を最初読んでいたのですが、それには大和言葉が書かれていない為、結局原文主体の本を手に入れました。日本書紀は、古事記と違って長いため、古事記ほどの盛り上がりに欠けるように思えますが、日本書紀には古事記と違った魅力があります。


 

古事記・日本書紀で日本神話や日本の成り立ちを知ると、きっと日本を見る目が変わってくると思います。私はそこから神社や天皇への興味を深めましたし、歴史を見る目が随分変わりました。また、メディアによって問題とされることが全然問題ではなく、日本の文化や言葉の意味が分からない人達が難癖をつけて作り上げたものであることもわかってきます。

 

日々日本人としての自己認識を再構築していくと、きっとこう感じるようになります。

 

日本人に生まれて良かった(^O^)/

 

歪められた八紘一宇の言葉の意味を素直に理解するとこんなほのぼのとした歌になります↓

まほろばの国、という言葉から浮かぶのは神話を知ればまず倭建命/日本武尊です。

 

 

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