会社に行き、日がな一日中ずっと椅子に座って一角の技術者になるためのお勉強をしてきたこの4ヶ月間の社会人生活。
それもそろそろ終わりの時が近づいてきました。

今まで東京本社に仮配属という形で、技術者としての基礎研修を受けてきました。
しかし10月の頭についに基礎研修は終わり、その後は配属先でOJTをやっていくことになります。


実は、先だって所属長と面談をしたわけなんですよ。
話の内容はズバリ「配属先の希望」について意見聴取。


配属先の決定。
今ボク達にとって最もホットで切実な話題。
ともすれば甘く甘美、しかしその一方では破滅の危機すら孕んだ忌わしき言葉。
希望通りになるか夢敗れるか、この違いはあまりに大きい。


皆希望通りの配属先に行くための最後のアピールのとき。
まかり間違ってもI城県のK島は勘弁願いたいものです。
できれば本社か関西がいいと希望。

今までの研修で散々たる結果を残し続けた凶状持ちの分際で、しっかり希望だけはほざくとはなんておこがましい人間なんざんしょ。
破廉恥きわまりないわ。

きっと所属長様は
「コイツ厚顔無恥にも程があるぞ・・・」
と思ったに違いありませんね。
遠まわしに色々苦言も呈されて、思わず萎縮してしまったりもしましたし。


さて、配属の決定は今月の23日頃に通知するとおっしゃっていました。
はてさて、あとはもうどうにもならないので後悔の無いように残りの研修に挑んでいくだけですわね。


ただ確実にいえるのは、ボクのような愚物が本社に残れる可能性は消費税率よりも低そうです。
だから、今のうちに東京観光をしっかり楽しんでおくことにしよう。

土曜日。

金曜日は夜通し遊び倒した影響か、夕刻まで眠るという実に無駄な休日の過ごし方をしてしまいました。
昔ならこんな状況でも昼までには起きれたのですが、ボクもロートル、そうは問屋が卸さないといった塩梅でしょうか。
しかし、貴重な休みをこうも問答無用とばかりに無駄にしていては、心身ともにあまりよろしくはありませんな。


起床した段階で既に午後5時、しばしボンヤリしていると夕闇が押し迫ってきます。
そうなるともはや外出もままなりませんね。
ああ、また無為に休日を過ごしてしまったな・・・と反省しつつも、今からはどうしようもないのでただ流されるようにゲームを始める体たらく。

すると午後7時を過ぎた頃、

ドォーォォンッ!
という炸裂音が突如聞こえてきました。
それも一度ではなく、何度も何度も繰り返し聞こえてきます。

やがてそれが打ち上げ花火の音だとわかると、家に引きこもっているのが我慢ならなくなりました。
炸裂音はかなり大きく、花火はかなり近いところで上がっているに違いないと思ったボクは、愛車「シルバーチャリオッツ」にまたがり、とりあえず江戸川のほうへ向かった。

案の定、花火がやっていた。
江戸川の河川敷は既に多くの人たちが集まって空を見上げていた。

花火を見に行くのは何年振りだろう?
少なくとも京都では見た覚えがない。
確か盆に地元で見て以来だから3年振りくらいだろうか?

今回久々にみたがやはり花火は美しい。
赤、青、黄、緑、山吹・・・色とりどりの花火が暗闇の空を照らし感動的でした。
そしてそれをたくさんの人が見に来ると言うことにもボクは嬉しかった。

花火は何も日本だけの文化ではありませんが、これほど繊細な仕事をする"職人"は、日本ならではでしょう。
この繊細かつ壮大な美しい技こそが、日本の花火の最大の魅力なのでしょう。
皆が皆、こうしてわざわざ外に見に出てくることがそれを裏付けているといえます。
やはり日本の文化が賞賛されるのは非常に嬉しい。
ボクは日本人で本当に良かったと思える瞬間です。

一瞬の美しい輝きを見せ、消えてゆく花火。
終わった後の儚さも含め、夏の風物詩ですね。
んっん~、夏ってやっぱいいすね!
きれいな浴衣のお姉ちゃんもしっかり鑑賞してこれたので土曜日はまったく無駄な日ではなくなりました。


これでボクのとなりにもキレイなお姉ちゃんがいてくれれば申し分なかったのに・・



先日、Javaの再試験を受けてきました。
んで昨日、Javaの再試験の結果が返ってきました。
最初の試験に落ちてから約一ヶ月、曲がりなりにも頑張ってきた日々。
はたしてその結果やいかに!?


・・・知りたいですか?
え、別にそんなのどうでもいいって?
そんなヤツはあっちいって!


なに、聞きたいですか?
しょうがないですね~
ではお教えしましょう、実はですね・・・




合格でした。
ただし警告付きの合格ですが。
平均点を大きく下回っていたのでまぁ酷いものです。
ボクの試験の解答を見た同期は、呆れてモノもいえないという塩梅でしたから、相当のものだったのでしょうな。
まぁ、人生の落伍者に過ぎぬ俗物にはおあつらえむきの結果といえるでしょう。


しかし再来週には、Javaのさらに難易度の高いコースが始まるのでホッとする暇もありません。
なにしろ、今回の結果でアドバイザーさんにまでお叱りを受けてしまいました。


ボクの会社では、新入社員に先輩社員がアドバイザーとして就き、研修の相談だとか進捗報告なんぞをします。
まぁ徒弟制度もどきですわね。


ボクのアドバイザーさんは普段は非常に温厚な方なのですが、今回の結果に関して、ボクがやばい状況にいることを思い知ったのでしょう、今までは週一の報告が、来週からは毎日Javaの進捗報告をするよう命じられました。


だから来週一週間は死ぬ気でJavaを勉強して理解していかなければいけません。
アドバイザーさんの顔に泥を塗るような真似は出来ませんし。


ふう、落伍者というのもラクではありませんね・・・



貴重な3連休、皆様はどうお過ごしでしたでしょうか?
里帰りした方もいれば、どこかにご旅行に行かれた方もいらっしゃるでしょう。
のんびりゴロゴロと呆けていた方もなかにはいらっしゃるかもしれません。


誰も興味はないでしょうが、ボクの三連休についてここで少し書いてみます。


あ~、言わなくてもわかってますよ。
そんなの誰も知りたくはないってことくらい。
でも書きたいことを書く、それが日記の元来の姿だと思うんですよ。
だから自分勝手に書いてみますわ。
文句のあるヤツはかかってこい。



ボクはこの三連休は京都にいっていました。
目的は祇園祭を見るためである。

祇園祭は、毎年7月に行なわれる京都の祭で、葵祭・時代祭と並ぶ京都三大祭の一つ。
さらにいうと東京の神田祭、大阪の天神祭と並ぶ日本三大祭のひとつでもある、由緒正しきお祭なのです。



最大のハイライトである7月17日の山鉾巡行と、その前日までの3日間(14~16日)の宵山の時期は、洛中に人があふれかえります。
その多さたるや、穏やかな心に殺意が生まれてしまうほど。


宵山の3日間では、夜になると山鉾の提灯に明かりがともり、祇園囃子の音色がにぎやかに奏でられ、非常に美しい!


祇園祭に来るのはこれで4回目。
去年は意地になって全ての山鉾(32基)を携帯の写メで撮影してみた。
ただの暇人丸出しですね。



が、今年はちょっと違う楽しみ方ができました。
今年はなんと山鉾に上れる券を幸運にも手に入れることが出来たのです。
デイモールト、ディモールトうれしい!

月鉾の祇園囃子を間近で見聞きでき、ちょっと感動してしまいました。

が、間近すぎてドラの音が大きく、耳が痛くなってしまいそうになった。
伝統を守る立場の人も大変ですわね。
また、ちょっと高いところから祇園祭をみれて新鮮だった。
人がゴミのようだった。


そして新撰組好きな人間ならば忘れてはいけないのは池田屋事件!
祇園祭の宵山で洛中が盛り上がっている中、少し歩いた先にある池田屋で過激派の長州藩の志士と斬りあい、京都を火の海から救った新撰組。
美しい山鉾に感銘を受けつつも、
「ああ、142年前の今頃は新撰組がすぐそばの池田屋で戦っていたんだなぁ・・・」と脳内で妄想。
うん、100%変態ですな。


祇園祭を楽しみ、帰ろうとしたらもうバスがなかったので歩いて帰ることに。
途中、新撰組の壬生屯所を軽くみて142年前に思いを馳せながら、京の夜は更けていくのでした・・・


写真も何枚か撮ったの近いうちにアップします。

月曜からまた集合研修が始まりました。
今回は5日間の長丁場の研修、グループワークがメインの色々大変な日々となることは目に見えています。
ボクのように無能な阿呆にどの程度ついていけるかはなはだ疑問ではあるが、やらねばなるまい。


システムを構築し、お客様のところにご提案に参上する、というところまでをこの5日間でやってまいります。
グループワーク中心なのでもめることもありましょうが、とにかく考えて積極的に参加して色々体験し、肥やしにして成長していかねば。
全ての行動を肥やしにしていきたい。
「我以外、皆、我が師」


いよいよ研修の終わりのときも見えてきた。
研修を終えたとき、胸を張って成長した!と言えるほどの、実りある時間を過ごさなければ!


・・・そのためにはまず、今月のJavaの再試験をクリアすることが最優先事項ですな。
やれやれ、落伍者というのもラクじゃないな・・・

遊園地!
そのステキな好奇心が人々を行動させた!



昨日、会社の同期の皆様計8人でと富士急ハイランドに行ってまいりました。
配属が決まれば皆全国バラバラだし、関東に住んでいる今だからこそ!ということで、皆で楽しんできましたよ。



遊園地。
実に7年半振りの遊園地。
中学の卒業旅行で長島スパーランドに行って以来だ。
ホワイトサイクロンに乗ったけど、目を閉じて乗ってたチキンなボク。
この長年のブランクとヘタレな性分で、はたしてフジヤマやドドンパに乗れるのか非常に心配である。



朝、新宿からバスで行く手筈でしたが、方向音痴の俗物が見事新宿で迷子になってしまい、遅刻してしまいました。
かろうじてバスの出発には間に合いましたが、遅刻など社会人としてあるまじき行動をやってしまった。
ホンマすいませんでした。



富士急についてさっそく、絶叫マシンに並ぶボク達。
最初のターゲット、それはドドンパだ。
チャオズの必殺技ではありませんよ、ジェットコースターですから。
いざ乗る段に至って同期の一人がシートに座れないと言うアクシデントに見舞われる。
彼はとても体格の大きい御仁で、係員の人も必死こいて座席に座れるよう頑張ってはりました。
が、徒労に終わってしまい彼はドドンパに乗れませんでした。

彼を残し、発進するドドンパ。
皆を送り出すときの彼の目が印象的でたまらなかった。



ドドンパ。
いきなりドッギャーン!と弾丸のように発進する絶叫コースター。
発進でちょっぴりブルっちまったがすごく面白かった。
怖いと言うよりも楽しかったと言う感想がまず出てきたボクは、見事ジェットコースターの恐怖を乗り越えたと言うことだ。



その後、トンデミーナ、武田埋蔵金伝説、レッドタワーを午前中で楽しみ、昼飯時に午後はどこに行くかと言う話に。
ボクは、できればガンダム・ザ・ライドに行きたいと話した。

富士急には、ガンダムのア・バオア・クー会戦のアトラクションがありすごく興味があった。
しかし、同期にはガンダマーは少人数しかいないのでダメもとで言ったが、見事希望が叶い、午後から皆で行くことになった。
ディモールト・グラッツェ!(どうもありがとう)


ガンダム・ザ・ライド




このアトラクションはア・バオア・クーから脱出船に乗って戦域を離れるという、極めてせまっくるしいシートに座って脱出船のなかの状態と映像を楽しむと言うものらしい。

ガンダム知らない人間にとっては全くもって訳がわからないだろうな、って言うのが正直な感想。
ガンダム知っている人間には随所に「おお!」ってなる演出が挿入されているのですが、素人さんには絶対わかんない。
おまけに、午後一発目で行ったものだから、揺れまくるこのアトラクションで気分を害された同期が数人いらっしゃりました。
ホンマすいませんでした。



その後、お化け屋敷「戦慄迷宮」に。
4人ずつに分かれて入ったのですが、ボク以外の3人がお化け屋敷が苦手らしく、屋敷内では3人とも終始ボクの服を後ろから引っ張っていた。
所要時間40分の世界最長のお化け屋敷ですから、出る頃にはボクの服は老婆のようにシワクチャになっていました。
やれやれだぜ・・・
でも、正直怖くはなかったな。
やはり「学校であった怖い話」や「弟切草」で鍛えられていたからか?



そしてようやく昼飯も消化された頃に、いよいよ本日のメインディッシュ・フジヤマに。
高さ79メートルから最高130キロで一気に降下する、まさに富士急の最恐アトラクション。
ドドンパを楽しんで乗れたとはいえ、やはり列に並んでいるときは心中穏やかではない。
ひたすら恐怖におびえる俗物。



これは「試練」だ。
過去に打ち勝てという「試練」とオレは受け取った。
人の成長は未熟な自分に打ち勝つことだと・・・


だがとにかく落ち着かない・・・
だから素数を数えて落ち着せる。

素数。
1と自分自身でしか割りきることのできない孤独な数字。
私に勇気を与えてくれる。



そしていよいよ搭乗のとき。
ゆっくり進みだすコースター、虚勢をはって係員にハイタッチするボク。
ゴトゴト音を立ててゆっくり上っていくコースター、上っていく途中、「あれが富士の樹海だよ・・・」と遥か彼方を指差した同期が恨めしかった。


そして79メートル地点、ついに上りきり、降下。
一瞬体が浮き、風を切る音とともに猛スピードで降下するコースター。
ジョジョで、ブチャラティとプロシュートが超特急の列車にしがみついていたシーンを不意に思い出した。

最初の落下はひたすら恐怖に耐えた。
恐ろしかったが、何とか耐えることが出来た。
そして恐怖を乗り越えた先には、えも言えぬ恍惚感があった。



最高にハイッ!ってヤツだァアアアア!!
というテンション。



ボクは何とか未熟な過去を乗り越えることが出来た。
ヘタレさ加減では、超一流のヘタレから一流のヘタレに格下げではあるが。



その後ゴーカートを楽しみ、やや時間が余ったので再びフジヤマへ。
1回目は純粋に楽しんだが、2回目のポーズをとって写真に写ることを目標にすえる。
フジヤマには、降下するところを写真撮影し、降り口で販売すると言うシステムがあるので、皆でポージングすることに。


ポージングのために、
「次の落下のときだ!」
などと声を掛け合う皆。
そしてそのときがきた!
皆が皆、思い思いのポーズをとる。
フジヤマを降りて写真の確認!


・・・蝶・微妙でした。
ポージングの最中で撮られているヤツもいた。
ボクは、ポージングと表情はバッチリ決まりましたが、頭がカツラが吹っ飛びそうになっていてかなりヤバかった!
吹っ飛ばなかったのがせめてもの救いです。



そうやって富士急を存分に楽しんでボク達は新宿行きのバスに乗った。
新宿で飯を喰らいながら酒を飲む。
大いに盛り上がった。
酒を飲んでテンションが高揚したのは久し振りだった。
高揚しすぎて絡みづらかったようです。
すいませんでした。



高揚と反省の繰り返し、7月8日はそんな一日だった。



masaさんから回ってきました「指定付バトン」。

ボクにまわされたテーマは「土方歳三」です。

さぁ、トシさんを語ってやろうぞ、まわしたことを後悔するでないぞmasa殿!



◆最近思う【土方歳三】
近年、土方歳三=山本耕史という図式が出来ているような気がします。

日野や会津の新撰組パレードに、山本耕史さんが土方歳三役で参加されていたり。

やはり大河ドラマの影響が強いのだと思います。

これまで山本耕史さんは少々気弱な優男のイメージが強かったのですが、大河ドラマはいい意味でそのイメージを打ち壊し、新たな「土方歳三」を構築できたと思います。




◆この【土方歳三】には感動!!!!
大河ドラマ「新選組!」第29話「友の死」


多摩にいた頃からの同志・山南敬助が新撰組を脱退。

局中法度によって、隊を脱退すると切腹の罰が待っています。

隊の規律を守らなければならない立場の土方は、山南を切腹をさせなければいけない状況になります。

山南の切腹を決定する土方。

隊士達あれこれと山南を逃がそうと手を回します。

土方自身も隊士達の思惑を知りつつ、あえてそれにのって山南に逃げる機会を与えます。

しかし、すでに切腹を覚悟した山南は脱走せず、静かに切腹し死んでいきました。


全てが終わった後、近藤とともに縁側にたたずむ歳三。

厳しい顔をしていたが、やがて顔が崩れ、声をあげてボロボロ泣く。


いくら隊の規律維持のためとはいえ、新撰組結成以前からの付き合いの人間を切腹に追いやったのだ。

なにも感慨が湧かないわけがない。

このときの土方が非常に人間くさく、また山本耕史の演技が本当に真に迫って涙が出そうになりました。




◆直感的【土方歳三】
すごく孤独な人だったと思う。

京都にいた頃は鬼の副長と恐れられ、心の休まるときってあったのだろうか?

京都を追われ、勝沼・会津・仙台・函館と転戦していきましたが、近藤が処刑され、次々に隊士達が戦死したり脱退したりして自分の元を離れていく様子をみて、土方はどう思ったのでしょう?

新撰組結成以前からの同志で、函館まで付き従ったのは結局誰一人いませんでした。

彼の人生とは、孤独との戦いだったのではないと思います。



◆好きな【土方歳三】

壬生義士伝の土方歳三。

多摩訛りの喋り方が、土臭いカンジがステキ。


◆こんな【土方歳三】は嫌だ!

実はカツラ



◆この世に【土方歳三】がなかったら
彼がいなかったら、おそらく新撰組は烏合の衆と化し、すぐに瓦解することになっていたと思います。

そうなると池田屋で長州の過激派志士を止める事は出来なかったでしょう。

過激派志士達による京都の焼き討ち、および天皇の奪還計画が実現していたかもしれません。



幕末について論議するとき、よく挙がるのが

「池田屋事件は明治維新を早めたか遅くしたか。」についてです。

これに関してボクは、維新は遅くなったと思いますが、池田屋事件があったからこそ西欧列強の植民地にならずにすんだと思います。

池田屋事件がなければ、長州と薩摩が組むこともなかったでしょう。

倒幕戦争はおそらく長州か薩摩がそれぞれ単独で行い、戦争は泥沼化し、国力は衰退したでしょう。

日本の植民地化を虎視眈々と狙う欧米にとってそれは願ってもない状況。


長い目で見れば非常に重要なターニングポイントとなった池田屋事件。

それを阻止した新撰組を指揮した土方がいなかったら、大きく歴史は変わっていたのかもしれません。




◆次に回す、5人(『指定』付きで)
のさぼうさん 「カフェ」

ブルさん 「酒」

ノンタさん 「お笑い」

南海先生さん 「ムスカ大佐」


もしやってみようと思いましたらお気軽にやってみてくださいな。



5月末から始まったJavaの学習、もうじき1ヶ月が経とうとしている。
周りの同期達は最初は困惑しながらも、次第にJavaを理解していく。
だがボクはやればやるほど深みへと突き進んでいく。
濁流に飲まれ押し流されていく感覚。


最初Javaに困惑したものの多くは、プログラミング経験の無いものだった。
Javaに触れたことが無いものでも、C言語などをやっていた者はスンナリと理解していく。
プログラミング経験の有無が、これほど明暗を別けようとは・・・
ゼロから学ぶことの大変さ、今ボクはそれを嫌と言うほど痛感している。



そんなボクの焦燥感とは関係なく、時間は流れていきます。
先日、Javaの集合研修が再びあり、重い足取りで研修センターに向かいました。
ボクの足取りを重くさせるもの、それはJavaの試験でした。


不合格になれば再試験、それもだめならコース未修了になってしまうという大事な試験。
これを落とすわけにはいかない。


ボクはボクなりに勉強した。
お世辞にも明瞭とは言い難い頭で必死に勉強した。
Javaがわかる同期に、迷惑がられながらも教えてもらった。


そんなボクを嘲笑うかのように、、試験の出来は芳しくなかった。
この時点でボクは最悪の結果を覚悟した。


そして今日、結果が送られてきた。
結果を見て一喜一憂する同期達。
余裕で合格の者、プログラミング未経験の状態から始まっても努力が実って合格を掴んだ者、条件付で合格の者・・・
多くの者は合格だった。


ボクはなかば結果を確信しつつ結果のメールを開いた。
そして目に映る文字。




「不合格」



はい、普通に落ちました。



「受かってるわけねだろ、バカジャネエノ?」
って思ったそこのアナタ。
アナタの言うことは正しい。


ま、出来具合を考えれば確実に落ちてますよ。

確実!
そう、コーラを飲めばゲップが出るくらい確実!
確実!
風の強い日に立ちションをすればズボンにかかるくらい確実!
あの出来で合格なんて、太陽が西から昇らないのと同じようにありえないことです。



結果そのものは、試験を終えたときから覚悟をしていたんで落胆はしませんでした。

が、別の部分では少々凹んでいます。
所属長とアドバイザーさん、そして勉強を教えて下さった同期の方々に申し訳が無いという思い。
貴重な休みの日に、貴重な時間を割いて教えて下さった同期の方に、申し開きも出来ない状況です。
これのみが、今のボクの心の引っ掛かりです。


1ヵ月後に再試験があるので今はそれに向けて復習あるのみ。
他の勉強も山積みですが、こんな状況を招いたのは間違いなく自分自身。
今は甘んじてこの状況を受け入れなければなりません。


大きく出遅れてしまったエンジニアとしての長い長い道、今はとにかく同期の背中を見失わないよう必死に追いかけるのみ。
そしていつかは追いつかなければならない。

止まる事はもう、許されない。



花の金曜日、通称“花金”。

多くのサラリーマン達がその日を一日千秋の思いで待ち焦がれ、血湧き肉躍る、馬鹿らしくも楽しい一時。

一週間分の鬱憤を一挙に晴らせる絶好の時。

学生時代は平日でも気にせず飲めましたが、社会人ともなるとそうもいきません。

なにしろ遅くまでのんべんだらりとしたら、次の日の勤務にひびきますからね。

でも金曜日は違います。

次の日は待ちに待った休日。

明日にひびくから・・・なぁんて危惧する必要ナッシングなわけです。

そんなわけで、金曜日は自然と心がウキウキしてくるものです。

素晴らしくも甘美なもの、それが花金なのです。

現在、ボクの同期は毎週金曜日は必ず飲みに行っています。

参加者は週によってマチマチですが、飲み会自体は必ず毎週催されています。

今週も御多分に漏れず飲み会。

まず銀座で焼肉の食い放題。

餓鬼や畜生のように浅ましく死肉を喰らってきました。

その後は新宿に場所を移し、某居酒屋チェーンで朝まで過ごし、始発で岐路に着くという無茶をやりました。

いつもの飲みでは、酒が入ってテンションが高揚した数人が調子こいてしゃべりまくります。

そして他の面子はそれを傍観するか、冷たい目で見るか。

ボク達同期の飲みはそんな塩梅で展開されます。

自分はと言うと、そのノリにはついていけず「やれやれだぜ・・・」と承太郎のようにのたまっています。

ボクは酒がほとんど飲めないし、飲んだら飲んだでテンションが落ちてしまうので、飲み会では大概温度差を感じてむしろ冷静になってしまうタチの人間です。

さらに言うと、ボクの話は下手でつまらないと言う事は23年生きてきて嫌というほど知っているので、あまり自分の話にはもっていきません。

ですから、ボクは飲み会では傍観者として人の話を聞き、たまにちょっかいをだすのがせいぜいというのヘタレっぷり。

そうやって23年過ごしてきましたが、今回ついにダメだしされました。

同期として一緒に飲めるのはもうしばらくの間しかできないんだから、もっと皆はじけて欲しいと。

そりゃあ出来ることならば、ボクも酒を飲んで高揚し、

最高に「ハイ!」ってやつだァァァァハハハハハハハハァーッ!

ってなりたいものです。

が、それは体の基本スペックが低いので無理っぽいです。

だからそりゃあきついと言うのが正直な感想ですが、まぁ言いたいことはわかりますよ。

たしかにあと3ヶ月もすれば研修は終わっちゃうし、皆バラバラに散ってしまいます。

「今」という時を過ぎれば、皆で轡を並べることも難しくなってしまいます。

時は止まることなく流れるもの、ザ・ワールドかグルドさんくらいしか時間は止められません。

そう思うと、なんだかすごく「今」という時がかけがえのないもののように思えてきます。

遠慮しあってそれでハイ、おしまいサヨウナラ。なんてあまりにも寂しいですよね。

何かしらの縁があって今こうして同期として出会ったわけですから、その縁は大切にしたいものです。

時に助け合い、時に競争し高め合い、時に共に馬鹿をやる。

それこそが正しい同期の在り方だとボクは思うんですよ。

だからもっとみんな親密になるために、もっと自分を出し、まわりももっと個性をだしていったらいいのかな?なんて思った週末でした。

まぁつまり何が言いたいかというと、




「花金サイコー!」

ってことで。

javaがわからない。



ひとかどのシステムエンジニアを目指すボクにとって、これはゆゆしき問題です。
研修でjavaの学習を始めて2週間ほどになりますが、まだまだ習得のレベルまで到達できるなんてこともなく、テンパっています。
今週の火曜日にjavaのテストがあるのですが、心配事は尽きません。



本来ならば、ミクシィを更新するという悠長なことをしている暇があるなら勉強しなきゃいけないのでしょう。
が、四六時中javaの勉強していたらストレスでハゲてしまいます。
ただでさえ少なくて貴重な髪の毛だから大切にしないと・・・



本来ならば、金曜日で一通りの勉強を終了しなければならなかったんですが、ボクのなかでの理解度が低すぎました。

何がわからないのかすらわからないと言う末期症状的な状態。
このまま月曜日からの研修&テストに望むのは愚の骨頂。
甲子園優勝チームに、バットを握ったこともない茶道部か何かが挑戦するくらい無謀な行為。


そんな状態で土日遊んで過ごしたら、
「てめー頭脳がまぬけか?」
と言われるのは目に見えています。



しかし自己学習でなんとかなるというレベルではないので、同期の教えを乞うために土曜日は会社の寮まで行きました。

そこで色々わからないところを教えていただきました。
昼に行き、結局終電で帰るまでやってましたが、教えて下さった同期には感謝の念でいっぱいです。



最近、同期の皆様には世話になりっぱなしで非常に申し訳がありません。
いつかは恩返しをしなければ・・・