毎週金曜の夜に
元夫が大事故に遭ったときの事を、記憶を辿りながらお話しさせて頂いています
過去のブログはこちら
(元夫の大事故①)
(元夫の大事故②)
(元夫の大事故③)
(元夫の大事故④)
看護師さんに案内されICUにつき、キャップとガウンを着用し面会した元夫は
意識がない中、沢山の点滴につながれ、酸素を送られてかろうじて生きながらえているといった状態にかわりはありませんでした
それでも、
今晩が峠です
と言われたのに、とにかく私がまた戻ってくるまで生きていてくれて良かった、ありがとう
という気持ちになりました
余談ですが、後に息子の大事故の時はアメリカのICUのお世話になりました
私は、何の因果か日本とアメリカのICUの大きな違いをいくつも体験する事になってしまった訳ですが、
日本のICUはアメリカのICUと違って、入り口でキャップや面会者用のガウンを着用しないと中に入ることができませんでした
当時元夫が入院した日本のICUは、大部屋のようなところに、各々を隔てる感じでもなく患者さんのベッドが並んでいる感じでしたが
アメリカは、日本と違いICUも完全個室ですし面会ガウンの着用もありませんでした
ただし個室のドア部分がアコーディオン式にたためる大きなドアになっていて、いつでも全開にする事ができる作りでしたので
エマージェンシーの時は全開にして処置をするのだと思います
また、アメリカのICUでは
意識がない重症患者が入院していたICU病棟の個室にも、お花やお見舞いの品を飾る棚がありました
日本のICUは個室ではなかったからか、当然お花やお見舞いの品を飾る棚などはありませんでしたが、
息子がアメリカで大事故に遭った際に入ったアメリカのICUには
意識がない人も、無意識なだけできっと何かを感じている
という考え方で患者さんに接するらしく、無意識でも大きな声で話しかけてください
きれいな物を見せてあげる感覚でお花を飾ったり好きな音楽なども沢山聞かせて下さい
これは潜在意識では聞こえているという考え方があるからです、とナースの方から説明があったのでが
日米の違いなのか、医療の発展で考え方がかわったのかはわかりません
とにかく当時元夫が意識不明だったときにはそのような事を言われることはありませんでした
アメリカのICUは面会時間はあってないようなもの、家族なら24時間付き添いが可能で、個室のため一人用ですがリクライニングチェアもあったのでそこで寝泊まりが出来ましたが
日本のICUでは限られた面会時間内で、しかも一回の面会の時間も決まっていたため
(最近の現状はわかり兼ねますが…)
今となっては日本とアメリカのICUのいろいろな違いを感じます
当時の元夫、事故前には身体を鍛えていた事もあり筋肉もあり、体格的にはとても健康そのものの人でした
そんな人が、ベッドに横たわって意識もなく機械と管に繋がれたまま、お花も会話もないICUにいるという姿は
信じがたく見ているだけで悲しいものでした
でも交通事故というのは、そういうこと
さっきまでビックリするほど元気で笑っていた人が、一瞬のうちに生死の境を彷徨う状況になってしまう
それが事故なんだという事を、ICUにいる彼をみて思った私でした
続きは、また来週の金曜日の夜に…
to be continue …
Have a good night