肉体は魂の服だ という話について ちょっと考えていた。

魂について説明するときに
「肉体は魂が着込んだ服のようなものです」
という言い方をするのをよく見るよね。

それの話。



魂は目には見えなくて 肉体は見える。
魂が見える人もいるんだけど、ひとまず 魂は見えなくて肉体は見える ということで話を進めよう。


魂は目には見えなくて 肉体は見える。

つまり、
本体が見えなくて 外側に着込んだものだけ見える。



この見え方を説明するたとえばなしとして
「肉体は見えなくて 洋服やお化粧をした“外側の様子”だけ見える」というのと似たようなことですね。
という言い方ができるな と思いついた。

本体という肝心なところが見えなくて、ガワだけ見える。





服だけマン↓ 

本当は肉体はある。見えないだけ。

透明人間が服を着ていて、服は見える というのをイメージした。



肉体は見えない。服だけ見える。

服だけマンが踊っている。



その踊りの様子から、見えないけれどもなにか「本体」と呼ぶべきもの(透明人間)がそこにいるのを感じられる。

本当に服だけしかなかったら踊らないからね。



踊る服と 踊らない服がある。
私たちは、それを けっこう自然に感じ分けている。

命が入っているものと 命が入っていないものを、感じ分ける力みたいだ。



魂と肉体の説明を、「こういうのと似ているよ」と話すのもおもしろいな。





「中学生男子や高校生男子の眼力(想像力)なら
服の奥にあるものを透視できる」
というのはどなたかのジョークだけど

しかし
この眼力に似た大事なものを見通す力で
我々は魂を感知しているんだな。






【進化占星術関連のご案内】


Kindleバージョンと紙バージョンがあります。


ご案内

相原あすかのドラゴンヘッド本
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
詳しくはこちらをどうぞ!



この透明人間、
よく考えたら
下半身に何もはいていないな。



変態さんだった。