[口福学入門:/6 喫煙は歯や口の大敵=山根源之]
(毎日新聞 2011年9月5日 東京朝刊)
たばこはかつて、動くアクセサリーなどといわれ、文化人と称する人は皆
愛煙家でした。
歌舞伎の助六にとってキセルは粋な小道具です。
20歳を過ぎなければ喫煙できない法律は、子供を健康被害から守るための
ものでしょうが、単に大人と子供を区別するだけだったような気もします。
私も人並みに大人の仲間入りと同時にたばこを吸ってみました。
団伊玖磨のエッセー「パイプのけむり」に刺激され、パイプたばこの優雅な
香りを楽しみ、格好をつけていた思い出もあります。
まもなくパイプ愛好者が多いイギリスで口唇がん患者が多いと知り、パイプは
磨くだけのものになりました。
同じ煙でも工場や車によるものは比較的早く規制されましたが、たばこの
規制は遅々として進みません。
海外のたばこの箱には、かなり前から喫煙は肺がん、脳卒中、心筋梗塞、
呼吸器疾患、胎児への影響、インポテンツ、喉頭がん、口腔がんなどの発生に
関係し、歯周病を悪化させることが明記されています。
ところが我が国では、輸出向けたばこには同様な警告の写真を付けている
のに、国内向けには文字の簡単な警告だけです。
たばこの害を指摘する学術団体や市民団体の提言に対して、健康に害がある
ことを認めながら国は大きな財源ゆえ曖昧な態度を取り続けています。
肺がんや脳卒中など致命的な疾患は、愛煙家にとって気になりますが、
口腔へのダメージには気づいていないようです。
たばこは生命に関わる口腔がんをはじめ、味覚異常や口臭の原因になり、
歯の着色や口腔粘膜に炎症を起こします。
歯肉の色素沈着は本人だけでなく副流煙により子供にも起こります。
私たちが一生懸命治療をしても喫煙者の歯周病はなかなか治りません。
最近では歯科でも禁煙指導を行っています。
板前やシェフは客の喫煙を嫌います。
喫煙者は味覚が鈍るだけでなく、たばこの煙と臭いは他の客に不愉快な思いを
させるからです。
卒煙した人の多くは、食事がおいしくなったと言っています。
卒煙を応援する方法はいろいろとあり、最近の禁煙外来では、喫煙しながら
たばこが嫌いになれる保険適用の処方薬も出ています。
(山根源之東京歯科大名誉教授)
http://mainichi.jp/life/health/medical/kouhukugaku/news/20110905ddm013100010000c.html