<概要>
「自ら考え行動できる自律型の人間を育てること」が教育の目的だ、と称する工藤勇一に対して、鴻上氏が対談というよりもインタビュー形式っぽく、その教育の真髄を紐解く著作。
<コメント>
クーリエ・ジャポン「今月の本棚」で平原依文という方が推薦していて、わたし的には鴻上尚史が絡んだ著作だったので、アフリカ勉強の合間の気休めの一環で読んでみました。
本書を読んでの「素朴な疑問」は、子供の成績がそこそこ良い場合は「名の知れた有名大学に行かせたい」という親子が今でも多いように感じるのですが、工藤さんのような授業をしていて「本当に大丈夫なのかな」という心配。
いわゆる有名校に行きたい子供たちは「余計なことをしないでいいから、とにかく教えるのが上手い先生をそろえて、受験勉強できる環境を用意してくれればいい」みたいな感じだと思うのですが、この辺りは実際どうなんでしょう。
ただ、有名校を目指すエリートの子どもたちは、全体の「一部」でしょうから、あまり問題ないのかもしれませんが。。。。
さて、個人的には工藤氏の教育方針とその教育内容は、まったく同感。以下は、2020年に工藤氏が横浜創英中学・高校の校長になってかかげたという目標(本書より引用)。
【仕事面】
▪️自律
仕事面でも、上記の教育の狙いを子供がしっかり身につければ究極的に役に立つと思います。
30年間働いた自分の経験においても、複数のビジネススクールで学んだ経験においても、けっきょく優良企業というのは「自ら考えて行動できる従業員が、どれだけいるか」にかかっているように感じるからです。
従業員が、ただ目の前に与えられた仕事をこなすだけではなく(たとえ単純業務であっても)、自分の仕事に当事者意識を持って「よりよくするためにどうしたらいんだろう」と常に問題意識を持って働いているかどうか、ということ。
そんな風土が徹底されている企業は、おおよそ優良企業(=より多く、より長く稼げる企業のこと)に多いように感じます。これは利益を目的としない公的機関でもそのパフォーマンスを最大限発揮させる、という意味では、ほぼ同じではないかと思います。
特にわたしが勤務していた小売業の世界(他業界でも?)では「従業員満足度(ES)が高ければ高いほど、顧客満足度(CS)が高くなる」というセオリーがあります。
自分で考えて行動できるようになれば(さらに周りから評価されて結果も出れば)、仕事が楽しくなるはずなので、子供の教育現場において「自ら考え行動できる人間を育てる」というのは仕事的には「実に理に適った教育」ではないか、と思うのです。
▪️対話
もちろん組織ですから「上位方針に則って」というのが大前提ではあるものの、仮に上司と違う意見であれば、その都度会話して修正をしていけば良い。
その能力も工藤氏の教育方針である「対話」能力を磨くことで養えるようになっています。自分と異なる上司や部下の意見でも、必ずその意見にはその意見なりのロジックがあるはずです。
その中でも工藤氏がいうのは「さすがだな、なるほどな」という方法。
対話によって共通了解を図るためには、どんどん「目的」を上位にしていく、ということ。その目的が上に行けば行くほど、意見は一致しやすいから。企業だったらより「多く稼ぐためには」「よりお客様満足度を上げるためには」などが上位概念になります。そのための手段や優先順位が人によって異なってくる、ということですから。
加えて「誰でもそうだな」と思える意見からスタートしよう、ということ。
たとえば、以下教育現場で本当に大事なものは何か?優先順位をつけてみよう、という内容があります。
①コンビニで万引きした
②下校時に雨が降ってきたので、玄関にあった誰かの傘を黙って持ち帰った
③学校にお菓子を持ち込んで食べた
④放課後、係の仕事をサボって黙って下校した
⑤授業中に隠れて漫画を読んだ
⑥4回の教室のベランダの柵にまたがって友達と遊んだ
⑦授業を勝手に抜け出した
⑧クラスのある生徒を「お前は障害児だ」と馬鹿にした
⑨授業中に寝た
⑩ひとりの友達を数人で無視し続けた
11.友達とけんかして殴って怪我をさせた
12.深夜、友達と公園で大騒ぎして近隣に迷惑をかけた
13.違反の服装で登校した
上記の13項目に優先順位をつけるとなると、まず命が大事、だから⑥が最優先になります。
その次に大事なのが犯罪や人権に関すること、なので①万引き、11.怪我をさせる、となるし人権で言えば⑧の障害に関すること。
このように誰でも賛同しやすい事柄から一緒に取り組んでいこうという教育の優先順位を明確にしていけば、自ずとコンセンサスが得られるし、工藤先生も実際そうやって、職員同士の対話で共通理解を得てきた、と言ってます。
▪️創造
そして先が見通せない不確実要素の多い、ビジネスにおいては、常に新しい視点で仕事を不断に見直していく必要があります。
時代の流れは本当に速くて昨日正しかったことが、明日正しくなかったりして、朝令暮改は、あたりまえな世界です。
そんな世界では、新しい価値を「見出していく」「気づく」「理解する」のはとても大事なことです。一つの考え方に固執していては、儲けられません。
常にアンテナを高くして、さまざまな視点の異なる考え方や新しい考え方を吸収するなど、最新の情報をもとにアップデートしていくスピリットが大事。
このように、工藤さんの救育は間違いなく「あるべきビジネスパーソン」になるためには非常に有効な教育ではないかと思います。
【人生面】
▪️自律
人生の目的が幸せだとすると、自分にとって何が幸せなのか、自分のほんとうの快不快を明確にして自覚することはまずは大事です。
自分が本当に何が好きなのか、何を心地よく感じるのか、
自覚できなければ、つまり何が自分にとっての幸せなのか、が言語化できなければ、その先には進めません。言語化した上で、どのようなことを身に付けてできるようになったらいいのか、を探求するといいのでは、と思っています。
そのためには、人の言っていることや世の中の当たり前をそのまま鵜呑みにするのではなく、理解しつつ自分は「どう思うのか、どう感じるのか」考えたり、感覚を研ぎ澄ます訓練をする必要がああります。つまり工藤さんのいう自律のための教育訓練です。
ちなみに好きなことがわからなければ、とりあえず仲の良い友人やウマが合う人、親などの近しい人の真似っこをしていれば良いと思います。人間は関係性の中で生きているので、自分が一緒にいて居心地のいい人と同じ生活スタイルや価値観で生きると幸せになれることが多いからです。
▪️対話
そして、自分の考えや行いは、常に他者との関係性の中で訓練されるべきです。なぜなら人間の幸福は、関係性の中で実感できるものだからです。つまり「承認欲求」。
そのためには、自分の理解と同時に、他者を理解する訓練が必要です。
鴻上さん的には「エンパシー」を身につけろ、というふうになります。「相手の立場になって考える、感じる」ということです。
これはハイデガーやユクスキュルの「環世界」の考え方と同じで、犬には犬の見える世界、ダニにはダニの見える世界があるのと同様に、わたしが見ている世界とあなたが見ている世界が違うからです。
わたしが見ている世界はわたしが作った世界であり、あなたが見ている世界はあなたが作った世界。
なので違うのは当たりまえです。
「違うのは当たり前」なんですが、「他人も自分と同じ世界を見ているに決まっている」と人間は思いがち。でもそれは100%違います。
なので、お互いが対話しながら共通了解できる世界を作るしかないのです。
実は、そうやって「100人中100人がそうに違いない」という事柄が出てきたら、そのことを「事実」というのです。
▪️創造
ここは、ビジネスの世界と同じですが、世界はどんどん変わっていくので、自分が同じところにとどまっているとどんどんギャップが生まれてきます。
「新しい人と会話する」「行ったことないところに行ってみる」「普段見ていない動画youtubeもたまにはチェックしてみる」など、新しい情報をどんどん仕入れて体験してみると、自分の世界はどんどん多様化して広がって、楽しくなっていき、どんなことが起きても辛くなることが少なっていくはずです。
一つの世界にとどまっていると、その世界が壊れてしまった時に逃げ場がなくなってしまう。そうやってメンタルを壊した人を私はたくさん見てきてしまいました。
なので、自分の世界はどんどん変わっていく、そして、いろんな世界を作っておくと「より幸せになれる」と思います。