大阪市立桜宮高校の2年男子生徒が自殺し、


バスケットボール部顧問の男性教諭から体罰を受けていた


と記した手紙を残していた。


男子生徒の顔面を平手打ちされるなどの体罰を繰り返していた。


スポーツ指導の名の下に行われていたとしても、


暴力を伴う体罰は実質に虐待であり、絶対に許されない。


体罰の実態や自殺ろの関連を徹底的に調査し、


再発防止策を確立しなけれがならない。


教育現場での体罰は学校教育法で禁止されている。


だが、実際には体罰は減少せず、文科省の統計では、


90年代後半以降、体罰で処分された教職員は年間400人前後で推移している。


よく体罰を「愛のムチ」と言われる。


果たしてそうだろうか。厳しく叱るということと体罰というものは、


あまりにも時限が違いすぎる。


教師が上、生徒が下。という昔かたぎの考えは明らかに間違いだ。


当たり前のことだが、体罰は違法。


しかも、法を守るべきことを教える教員の方が違法行為を行ったのだから、


末期的だ。こういう教師は現場から去って欲しい。

「現代で最高のホームランバッターだった」


長嶋茂雄氏が、ユニホームを脱ぐ松井秀樹選手に、


最大級の賛辞を贈った。


昨年末に飛び込んだニュース。


同選手が「一番の思い出」として挙げたのは、


「高校時代の甲子園での5打席連続敬遠」でもなく、


「長嶋監督と二人で素振りした時間」だった。


野球と真摯に向き合った人でなければ言えない言葉だ。


背番号「55」が放つ本塁打の放物線は、


多くの人に喜びを贈った。


昨年、苦節の末につかんだ復帰後の試合でも、


豪快な一発。


ベースを回る背中の数字は「35」に変わっていた。


その時も、長嶋氏の背番号「3」を意識し、


「師匠の番号を一ついただいた」と。


日米通算507本塁打のうち、背番号「35」で放った昨年には、


特別な輝きがあるように思える。


私は筋金入りの阪神ファンではあるが、


松井選手は打てるとか打てない以前に、人間性が素晴らしい。


日本人打者で、「これほどまで打てる」ということを、


彼は結果として残した。何度も言うが、素晴らしい。


おつかれさん、と松井選手にエールを贈りたい。

中国広東省の週刊紙「南方週末」の記事が当局の指示で削除、


差し替えられた問題で、


同紙の元記者や元編集者ら約50人が、


メディアを管理する共産党・広東省宣伝部の部長に対し、辞任と謝罪を求める書簡を、


ネット上で公開した。


政治的な言論を厳しく統制する中国で、


公然と党幹部の辞任を求めるのは極めてまれだ。


以前にもこのブログで書いたが、1989年の天安門事件に関し、


中国人の友人が書道の関係で来日していたが、


この事件によってひどいショックを受け、


中国当局を糾弾するビラをまいた。


当然、在日中国大使館からきついマークを受けた。


彼は中国に妻子がいた。


しかし、帰国すれば、「逮捕」がまっている。


帰るに帰れない彼の気持ちは十分分かった。


私が毎日新聞社をやめてから、音信不通になっている。


今でも彼のような方は「政治犯」は


帰国は無理だと思う。


それにしても、ここ最近の中国はひどい。尖閣だけとっても「おかしい」。


恐らく、中国はここ数年後は、実態経済を伴わないバブル期から


不況期に入ることが予想される。


だから、今のうちにやるべきことは全てやってしまおうという、


一種、あせりが感じられる。いずれにしても、中国は危ない。



前ぶれもなくて申し訳なかったのですが、

今、東京のホテルにいます。

プロフィールにも書いているように、私はNPO法人・ノーチラス会の理事です。

明日は講演会があります。

それと仕事がらみで会わなくてはならない人がいるので、

明日はてんてこ舞いでしょう。

東京、思ったより寒いですね。

バーバリーのコートを着てきてよかったです。

それにしても、ちょうど帰省ラッシュにぶつかって散々でした。

これから、少し休みます。

昼ねをしてしまったので、仮眠をとり、時間が許せば、書き込みします。

明日も東京へ泊まります。

読者のみなさま、風邪がはやっています。

くれぐれもご自愛を。

東京電力福島第1原発事故後、2~3月、足元のがれきなどが高1線量なのに、


胸部だけで放射測定し作業していたことが、


元東電社員らの証言から分かった。


手足の被ばくは「未端部被ばく」、


頭などの被ばくが胸より多ければ「不均等被ばく」と呼ばれ。


その場合は胸とは別に手足などへも線量計装置が法令で定められている。


東電は「当初は胸部での測定で全身の線量管理はできていた」とするが、


専門家は疑問視し、将来健康被害が生じた場合に備え、


手足はどの被ばく総量を早急に推計すべきだとしている。


以上、毎日新聞の痛恨の一面トップのスクープでした。

ひさしぶりに、著名人インタビューをしたことをお伝えしたい。


山形県川西町生まれ。家は薬品、レコード、文具を扱っていた。


だが、5歳の時に父親が他界した。母親はたぐいまれな商才をもっていた。


そして、全国を飛び回っていた。


井上さんは、小説、戯曲、エッセイに多彩ぶりを発揮した。


中学三年の時。母親が知人に全財産をだましとられた。


一家は離散。母親と一緒に岩手県一関市に身を寄せた後、


仙台市にあるカトリック系施設に預けられた。


施設から、名門仙台市一高二通った。


が、それはまれ。先生に「作家か映画監督にある」と公言し、


学校には行かないことを告げた。。


午後は新聞部の作業した。


いとつ上の、同部にいた菅原文太さんの紫煙をくゆらせるのは、


同性であっても、かっこよかったです。




ここでちょっとしたことがあったのだが、井上さんの事務所に行った時は、


ちょうど昼時。井上さんが「熱海さん、ぼくお腹がすきました。


近くにおいしいそば屋があるので、出前を取りませんか?と言われた。


しかし、新聞記者というものは、相手側から金品をもらうことがご法度になっている。


本来なら、これが一番厳格なのが朝日新聞だ。


だから、私は困り果て、「井上さんの事務所に、この原稿が本になったら、


至急届けるという事でお互いざるそばを食べた。


お亡くなりになって時間がたったが、井上さんには哀悼の意を評したい。






当ブログをお読みいただいているみまさま。


明けましておめでとうございます。


今年は昨年より、一層忙しいため、


ブログのアップは難しくなりますが、


最低でも二日にいっぺんは返していきます。


私のブログはとか硬いと言われますが、


こうしたブログが一つや二つもあってはもよいでしょう。


今年一年、頑張って、ニュースバリューのあるものを、


取り上げていきます。


よろしくお願いいたします。

一昨年、昨年、そして、今年は、私にとって、


充実した一年でした。


唯一の誤算は、書きかけの本の出版が遅れたことです。


しかし、締め切りのない本ですし、内容の濃いものにします。


ほぼ、終えていますが、総仕上げの段階です。


NPO法人・ノーチラス会の理事を今夏から務めています。


何かと忙しい一年でした。


安倍総理の再登板が、今年の一番高いニュースバリューでしょう。


被災地・フクシマに住む、私にとって、心を痛めた一年でした。


とりわけ、近くの仮設住宅に住んでいらっしゃる方に、


お話をいただく機会がありました。


身も心もズタズタとのことです。


帰るに変えられない事情があるからです。


日本の政治家は、異口同音に、


「福島の復興なくして日本の復興はなし」


といいます。


ですが、その道筋を教えていただきたいです。


口で言うのは、簡単。実行が伴わなければなりません。


このブログは、かれこれ4年になります。


この一年に訪問いただいた読者の方に、


まずは、お礼を申し上げます。


みなさまの健康と幸せを祈ります。


どうか、良い、お年をお迎え下さい。



石原伸晃環境相兼原子力防災担当相が27日、福島県庁などを訪れた。


佐藤雄平同県知事と会談した。


これ以降は後輩記者の話。


記者会見した石原氏は、中間貯蔵施設の調査候補地の自治体名を、


いいよどむなど「認識不足」をうかがわれる場面もあったようだ。


被災地をなめている、としかいいようがない。


具体的に触れる。


「えー、地元との信頼関係を早く築いてほしい」との佐藤知事に要望されたことを、


記者会見で問われ、答えようとした石原氏。


調査候補地3町のうち、双葉・楢葉両町は頭に浮かばなかったのか、


「さまざまな」とごまかした。


これは紙面にも載った話であるが、9月の民放のニュース番組で、


汚染土壌の保管場所に関し「運ぶところは福島原発の第1サティアンしかない」


など、とんでもない発言をした。


私がかつて取材責任者をしたオウム真理教事件の本部と間違えたのだ。


ウマ、シカだ。


ただでさえ、もう二度と古里へ戻ることが困難が難しい原発避難民を、


なんだと思っているのか!!


石原氏は、もともと慶大文卒で「暴走老人」の父親のコネで、


日本テレビに入局した、苦労知らずのおぼっちゃま。


人の痛みが分からず、NHKの国会中継で自分のところが写されると、


「えー、今日はテレビを通じてみなさまに申し上げますと・・・」


ウマ、シカは分かったから、ちゃんと質問して、より良い答弁、引き出してくださいよ。


新聞各紙を読む限りでは、共通して言えるのは、


政治家として「軽い」とのこと。


私の知る限りでは、国会議員は政策を学ぶだけでなく、


例えば、20世紀最大の歴史家と言われたアーノルド・トインビーを学ぶなど、


「教養」を積み、かつ、市民感情も含めて世の中を読む。


そして、それを自らの政策として立案していく。


こういうプロセスが石原氏にはあまりないと思う。


要は、自己顕示欲旺盛なだけなのだ、とも言いたくなる。


石原さん、期待は全く期待していませんが、県民感情を逆なでするのはやめて下さい。

私は今回の安倍第二次組閣について、前にも言った通り、触れない。


だが、この部分だけは書かざるを得ない。


麻生氏の財務相と、金融担当相の兼任のことだ。


麻生氏は首相時代(08年9月~09年9月)時代、


中川昭一氏にも両ポストに兼務させる人事を発令している。


麻生氏は当時の記者会見で、


「財務相と金融相は兼務されるべきだ。役所も一つにするべきかどうかは


やって、みてみてから」


との爆弾発言をしている。


調べてみると、先進諸国では、財政・金融分離は進んでいるらしい。


だが、日本は事情が違う。


この財政・金融の分離だが、これにはそれ相応の事情がある。


元をたどれば、これは旧大蔵省幹部に対する金融機関からの過剰な接待や、


バブル崩壊後の金融危機への対応の失敗を受け、


96年、金融行政を同省から分離することを決定した、などだ。


日本の官僚システムというのは、かなり複雑だ。


普通の国なら、政治家が官僚を使いまわすことが普通だ。


だが、旧大蔵省での異様な権力集中は許しがたい。


それを元に戻すというのは、強硬路線で知られる麻生氏ならではだ。


このようなタカ派の政治家は、あまり、個人的には好きではない。


能力は認めるが。


ただし、こうしたベースを作ったのは、安倍総理だ。


麻生氏を責めるべきではないかも知れない。


「人事」は総理の仕事の最も英断を下すものだ。


安倍総理のお手並み拝見をしたい。