奇天烈音楽館・別館 -7ページ目

はじめてのColtrane

ジャズジャイアンツJohn Coltraneとの本格的な出会いは意外と遅く、30歳の頃です。
それまではギター音楽一辺倒で過ごしてきましたが、
何となく違う楽器にも触れてみようかという気になったからです。
まぁどう考えてもボーカルやピアノという柄でもないわけで、
数多ある楽器の中で一番自由性が高い(と思われる)楽器は何だろうと考えていた時に思い浮かんだのがサックスだったのです。

となればColtrane抜きにはお話は進みません。
手始めに聴いてみたのがこれです。
まぁ後から考えたら大変手堅い路線なわけです。
ジャイアント・ステップス(+8)/ジョン・コルトレーン

¥1,800
Amazon.co.jp
なかでも「Naima」は名曲中の名曲♪
最初の奥さんに捧げた曲だと言われています。
甘く切ないほどにトロケるような旋律ですね。

ところがそんな糟糠の妻と別れ、ジャズピアニストAlice と再婚してしまいます。
AliceとColtraneはステージをたびたび共にしていますが、この「Naima」も定番曲でありました。
最初の奥さんに捧げた熱烈なラブソングを淡々と演奏するAliceの心境はいかに?という感じです。


オリジナルは1959年ですが死の2年前のライブではこんなフリーな感じになっています。
1965年パリライブより♪



はじめての東京ドーム

英国ロックの雄、ローリング・ストーンズが紆余曲折を経て初来日を果たしたのが1990年。

ご存じのようにそれまでも来日の動きは何回もあったのですが、薬物での逮捕歴などがネックになって実現には至らなかったのです。
それが何とやっとこさ来日が実現したのです。

当時、企業広報の仕事をしていた私は、主催者であるY新聞系列の広告代理店の営業担当者にそれこそ必死になってお願いをしました。
「チケットよろしくです♪」
その営業担当の方は私よりも遙かに年輩で、おそらくストーンズの存在もご存じないのではと思われました。
それでも、ふだん個人的なお願いなどしたことのない私が突然そんなことを言い出したので、
ただならぬものを感じ取ったのでしょう。
ベテランの剛腕を存分に発揮して、チケット手配に尽力していただきました。

そんなわけで、野球観戦ではなくストーンズ見たさで「はじめての東京ドーム」に足を踏み入れることに成功したのです。
思えばまだバブルの頃でした♪

いまさらですがMさん、その節は大変お世話になりました。

はじめてのプログレ

「プログレ」というと難解、暗い、1曲1曲が長い、聴いていて飽きる、わけがわからん…とまあ、世間的にはあまり評判が芳しくないようです。

いまでこそネットやSNSなどで堂々と「プログレ大好き!」と高らかに宣言されている方々が多いので、妙な孤独感を味わうことは少なくなりましたが、私が学生時分の頃は「実はプログレ好きなんだけど…」とカミングアウトすることは結構な勇気が必要でした。
そのためか、人前で音楽の話をすることは結構勇気が必要だったりしました。特に初対面の方との音楽の話はタブーに近いものがありました。当時はABBAとかああいう明るい感じの曲が主流だったという状況もあったのです。
それにしてもTwitterやFacebookなどを拝見すると堂々とプログレ好きを公言されている女性は多く、彼女たちが少女時代に味わった苦しい思いを想像すると胸が詰まります。

というわけで、当時は隠花植物的な存在だったプログレと出会ったのは高校入学後。
仲が良かった友人が放送部に在籍していて、彼は職権を濫用して好きなレコードを放送室でガンガンかけていたのです。
生粋のHR少年だった私が部員でもないのに放送室に入り浸るまで時間はかかりませんでした。

ある日、いつものようにやれDeep Purpleじゃ、Jimi Hendrixじゃと大音量で聴いていたところ、友人がおもむろ出したのがこれです。
Yessongs/Yes

¥1,629
Amazon.co.jp
アナログ時代はなんと3枚組という超大作にして名作です。
はからずしも当時ギターを始めたばかりの私はSteve Howeが繰り出すテクニカルなプレイに一瞬にして心を奪われたのでした。
ギター小僧は「超絶技巧」の四字熟語にからきし弱いのです(これは初老となった今でもたいして変化していませんが)。

プログレの導入部として多くの人がKing Crimsonの「クリムゾンキングの宮殿」をあげるようですが、私にとっては幸か不幸かYESでした。もし友人が「クリムゾンキングの宮殿」を取り出したら、あまりに衝撃が強すぎて逆に引いてしまったかもしれません。