昨日は午後の部で動物病院に行ってきたので、少しバタバタしていてブログを書くことができなかった。

 

毎月処方してもらっている薬をもらいに行き、イヌたちはフィラリアの検査をしてもらった。

 

病院には来週に行く予定(ギリギリ)だったが、来週、何かあり病院にいけなくなると困るので、急遽、昨日にした。

 

イヌたちには午前中に「今日はお昼から病院へ行くよ」と伝えたのだが、犬の春ちゃん(♂11歳)は「え!?病院!!」と2.3秒固まり、その後、「怖いことしないよね?」とわたしの顔を舐めて言ってきた。

 

わたしは春ちゃんに「今日は、手術じゃないからすぐに帰れるよ」と話した。

 

イヌたちは診察中ジッとして診察を受け入れ、イヌのひよりちゃん(♀8歳)は採血中、無心になろうと頑張っている様子だった。

 

ひよりちゃんは採血される場所から顔を背け一ミリも動かず、置物化していた。

 

ひよりちゃんは恐怖で固まり動けなくなっているのではなく、自分の意思で動かない選択をしているようだった。

 

イヌたちは採血が済むと看護師さんたちからフードをもらって喜んで食べていた。

 

ふたりともよくがんばったね。

 

ところで、今日、北海道新聞に環境保護団体、熊森協会がベアドックの勉強会に参加した記事が掲載されていた。

 

●熊森強化がベアドッグ勉強会に参加した記事はこちら下矢印

 

記事には、「自然保護団体『日本熊森協会北海道支部』は19日、ヒグマが市街地などに出没するのを防ぐ『ベアドッグ』の全道での導入に向けて、初の勉強会を札幌市内で開いた。ベアドッグの訓練士が『人を警戒しないクマがトラブルを起こす。人里に出没しないよう教育するためには、ベアドッグが効果的』と強調した」と書かれている。

 

ベアドッグについては、国内外で根本的解決策ではなく、人身事故や他の事故を引き起こす可能性があると指摘されている。

 

過去に、ベアドッグが人間を殺した出来事も怒っている。

 

記事には、ベアドッグハンドラーの言葉も書かれている。

 

「悪さをしないクマの存在を容認するという逆転の発想が大事。ベアドッグによる威圧や追い払いにより、札幌の市街地周辺のクマの『教育』が必要ではないか」とベアドッグハンドラーである岩井氏は語っている。

 

氏のこの言葉は、クマを尊重しておらず、クマの行動を変えようとする支配性に基づく発想である(=クマとの共存を真剣に考えていない)。

 

「悪さをしない」という言葉からもわかるように、人間目線でクマを見ているということだ。

 

北海道支部が行おうとしているベアドッグ全道導入について、わたしは本部に意見を述べたが、熊森協会には話を聞いてもらえなかっただけでなく、熊森協会はベアドッグハンドラーを称賛していた。

 

ベアドッグハンドラーである氏について熊森協会は「イヌをかわいがり大事にしている」と言っていたが、氏とベアドッグが映る動画を見ると、イヌがハンドラーの横を歩かせる(ヒール・つけ、などと言う)ために、ハンドラーは犬にジャーク(首輪に接続しているリードを人間が引っ張り犬に嫌悪刺激を与え犬が人間の言うことをかせるようにすること)をしていたのだ(ジャークは犬の訓練系の施設でよく行われている)。

 

動画に映っていたジャークは、イヌに関心のない人や一般の人は気づきにくいだろう。氏はわかりにくいようさりげなくイヌにジャークをしている。これは、見る者からすればイヌに苦痛を与えてイヌを人間の支配下に置いているのは一目瞭然だ。

 

記事に掲載されている写真のベアドッグはやつれた表情で、非常にしょぼくれた表情をしている。そして、ベアドッグの耳や頭部、顔には力がはいり緊張をしている。

 

イヌが人間にどのような扱いを受けているか、イヌは行動、動作、姿勢、表情、筋肉など全身で表す(イヌ以外の動物たちもそうである)。

 

熊森がなぜ、このような施設と協力するか理解できない。

 

熊森協会は、ベアドッグ育成施設を建設すると言っていたが、箱物を作りイヌを利用するために資金を使用するなら、クマが棲みやすい環境作りや人間活動が野生動物に与えている影響を明らかにする研究などにその資金を投入してほしい。

 

ちょうど、動物認知行動学者で動物のフィールド調査を行っているマーク・べコフ氏が、人間活動が野生動物に与える影響を明らかにすることの重要性を指摘した記事を書いていた。

 

●べコフ氏の記事はこちら下矢印

 

 

記事には、人間活動が野生動物に与える影響を明らかにし、「特に公園や保護区の周辺では、広範囲に渡る野生生物の生息地の質と連結性を維持するために、積極的な生息地の保護と修復活動が必要になるだろう」と書かれている。

 

調査で、人間活動は野生動物から食糧を得ることや休息することを奪っていることが明らかになった。

 

野生動物が人間の存在によって奪われていることは、個々の動物たちはもちろん、種の存続に非常に甚大な影響を与えている。

 

べコフ氏の記事の最後にはこのように書かれている。

 

「世界的に見ると、他の動物との共存を促進するためにより良い方法を取ろうとする人間がいる一方で、無数の人間以外の動物にとって世界を厄介で住みにくい場所にし続ける人間がたくさんいる。

 

人間が、さまざまな野生動物の生活に深刻な悪影響を与える可能性があることを知ることは、もうひとつの収穫です。なぜなら、多くの侵入は有害であり避けるべきものだが、中にはより深刻で、個人や家族の生活に長期的かつ予期せぬ影響を与えるものもあるからだ。そして、ドミノ効果によって、私たち自身を含む動物の社会全体に永遠に影響を及ぼす連鎖反応を引き起こす可能性があるのだ」。

 

べコフの記事に書かれているように、野生動物に関することは、まず、調査して実態を明らかにすることが重要なのだ。

 

言い換えれば、それなしで野生動物との共生に向けた人間活動は何も始まらないということだ。

 

ベアドッグがどれほど非科学的であるか言うまでもない。

 

わたし数か月前、熊森協会に、クマはなぜ市街地や人里に脚を運んでいるのか、その調査を全国で行っているのか?と問い合わせをしたが、担当者不在で折り返し連絡すると言われたまま、わたしは熊森協会から放置されている。

 

人間活動が野生動物たちに与える影響を明らかにすることで、わたしたちはどのような行動を行えばよいか明確になってくるだろう。

 

「教育」するのはクマではなく、「人間」である。このことは、他の国のクマ関連サイトによく書かれていることだ。

 

人間の行動を変えず、人間以外の動物だけの行動を変えようとしてもうまくいかないだろう。

 

大事なのは、野生動物たちを尊重することだ。

 

野生動物を尊重することなく、野生動物と人間との間に生じている問題が解決に向け動きだすことはない。

 

野生動物を尊重することなく、野生動物問題が減少したり、無くなったりしたときは、時すでに遅し。

 

野生動物の多くの種が絶滅寸前になっているか、絶滅していることだろう。

 

そのことによる連鎖反応は永遠にわたしたち自身にふりかかる。

 

繰り返しになるが、「教育」を行うのは、クマやその他の野生動物ではなく、わたしたち「人間」である。

 

野生動物を尊重する精神を育てることに力をそそぎたい。

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