明日は、早退して保護者会に出席するというのだ。

普段は、息子の学校のことには興味がないような顔をしているが、事が事だけに出席するということだろう。

普段は、何もしてくれないだんななのに、何か急に逞しく思えてきた。

やはり、男の人は、肝心要のところでは男になるのか。男というよりも親であることの感覚が強いのは当たり前だと思う。明日は、だんなと一緒に初めて保護者会に出席する。

多分、保護者会は大荒れになると思う。大荒れは大荒れでいいのではないか。

普段、親として言いたいことをはっきりと言うべきである。

今回は、いじめられた子供の自殺未遂という大きな問題について、学校側の本心を真剣に聞きたいと思った。

どのような親御さんでも同じであると思う。

翌日、学校の体育館には入りきれないほどの保護者が集まっていた。問題の大きさを物語っていると思う。

噂では、自殺未遂の女の子は、学校には登校していないらしい。

あくまで、噂なのだが、その女の子の家庭は複雑で、母親が離婚して、一緒に暮らしている男と今は内縁関係だということだ。地味でおとなしい女の子ということと、内縁の夫にも中学生になる女の子がいるらしい。

その4人の家族だということしか分からない。

最初に、校長の話が始まったのだが、どうも歯ぎれが悪い。10分もしたであろうか、保護者の一人が立ち上がって自殺未遂までの経緯を説明しろと詰め寄った。それからは、校長や教頭の答弁もしどろもどろになっていった。

周りを見渡してみてもマスコミ関係の人はいないようである。

今の時点ではマスコミには知られていないようだ。ただ、保護者の中にはマスコミに話して問題を大きくしたほうが解決としてはいいのではないかという話をしている人もいた。

結局、自殺未遂までの詳細な経緯ははっきりとしないままに所定の時間になってしまった。

保護者からは、時間を延長して経緯をしっかりと説明すべきだとの意見が多くだされたが、学校側は、子供のために専門のカウンセラーを常駐させて子供のケアにあたるということを繰り返し言うだけだ。

怒号がうずまくままに終了したのだが、何が原因で何を解決していくかということが先延ばしになってしまった格好である。すでに、夜の7時を過ぎていた。

私の息子の学校も所詮、他の学校と同じであると思ったのだ。だんなも、怒り心頭という態度で、校長に詰め寄ったが、今後、精査して保護者の方には説明をするということしか言わない。

何のための保護者会だったのか、全く意味不明であった。

しかし、誰かがマスコミにリークしたのかもしれない。翌日の新聞に、このことが大きく出てしまったのだ。

その日の夕方に、校長はマスコミに対して説明会を開いて、事の全てを公開し始めた。

各テレビ局の中継車も学校の周りに待機している。どうも、大きな社会問題化しそうな予感である。

2度目の校長の説明会で、学校側が謝罪をしてきた。事の経緯が自覚できたのかもしれない。

今後は、職員一丸となって、いじめ撲滅に向けて頑張っていくとのコメントだ。

私の身近に起こるということは予測もしていなかったのだが、いざ、起こってみると学校側の対応というものは、不透明であり、責任を負うというものでもない。何か、いい加減な公務員じみた責任のなすりあいのようで、親としては非常にやるせなく、悲しく、怒りすら覚えてしまった。

今後は、どうなるのであろうか。時間とともに風化していくのかもしれない。

学校の対応を見ていると、今だけ乗り切れば何とかなるという考えであるように見えてならない。





それから、数時間して、新開刑事から、電話がかかってきた。

博多中央署からの連絡で、井上八千代の任意同行に向かったなら、所在が不明だということだ。

尾行していた刑事が、少し目を離したスキに、逃走されたらしい。

自宅にも事務所にもいない。県内及び隣接県境の検問を始めたということであった。

他県にでも行ったなら、探すことは時間がかかるであろう。有力な、容疑者を取り逃がしたことは大きな汚点だ。

やはり、何かあるに違いない。それにしても、お粗末なことだ。新開刑事は、僕と話しながら、舌打ちしていた。

「やられたな・・・博多中央署は何をやっていたんだ。尾行までしていて逃がしてしまうとは・・・話にならん。これで、もし、海外にでも逃亡されたなら、どうしようもない。まさか、そんなことはないとは思うが・・・」

「海外?それはないでしょう。全国の空港や港は、出国禁止にしているでしょう。その網を、かいくぐって海外なんて・・・無理ですよ。新開さん・・・捕まる時間の問題だと思いますよ・・・」と、僕も楽観していた。

しかし、その期待は、後日完全に裏切られることになるのであった。

井上という女は、僕たちの予想していた以上に、裏のルートとの付き合いが深かったのであった。

井上が逃亡したということは、金田にも、何らかのアクションがあってもおかしくない。東京では、出口刑事以下、5名の刑事は、金田のことを調べていたが、所在は不明のままであった。

勿論、金田の福岡支店の事務所にも、博多中央署の刑事が張り付いていた。

そして、丁度、そのころに、フィリピンのマニラ郊外のトンド地区において、金田の部下の、アンジェラスの他殺体が発見されていたことは、知る由もなかった。※トンド地区 マニラ市の北端にある、最貧民層の住む地域

ほぐれかけた糸が、さらに、複雑にからまってしまったように感じた。

三章  過去が見えてきた  

新開刑事は、出口刑事と同じように、ジョジズ・カンパニーの金田純一郎を追っていたのであるが、いっこうに所在は不明のままである。全国の、空港、港から出国したという確認はとれていない。

まだ、国内に潜伏しているものと思われていた。

数日後、フィリピンの佐藤さんから、電話が入った。ケソン市の、ジョジズの支店が分かったということだ。

「雪田さん、分かった・・・やはり、ケソン市の中にあった。名前は、ジョジズではなく、ラマダという名前だった。車の部品の輸出入が中心だそうだ。そうだというのは、ここ、3ヶ月は、閉店しているらしい。近所の、仲間に聞いてみたが、全くといっていいほど、素性は不明だということだ。近所との付き合いもないし、時折、フィリピン人や、中国系の人間が出入りしていたらしい。事務所を契約した人物は、中国系フィリピンの、候燐長という男だ。推測するに、華僑ではないかと思われる。金田という男のことは分からないが、アンジェラスという男のことで分かったんだ。何でもアンジェラスという男は、過去に、ケソンの他の車部品の会社にいたということで、何人かの人が知っていた。何でも、日本語は達者に話すということだ。今のところは、それだけだけど・・・何かの参考になりますかな?もう少し、調べてみようとは思っているが・・・」と、話してくれた。

「色々と有難うございました。そこまで、調べていただくとは感謝の言葉もありません。とにかく、そのアンジェラスという男が、そこにいたということが分かっただけでも大きな収穫です。それにしても、架橋?の、候という男も気になります。候という男を、もう少し調べていただけますか?勝手な、お願いですが、宜しくお願いします」

「そういうと思って、調べているよ。少し時間はかかるとは思うが・・・何とかなると思うよ。それは、それとして、雪田さんに、逆にお願いがあるのだけど、今、うちの会社で積極的に仕入れをしている部品があるのだけど、協力してもらえないかな?タイヤのアルミホィールなんだ。こっちでも、日本と同じように、車のドレスアップが人気でね。アルミホィールが足りないんだよ。何とかなるかな?」

「はい、少しの傷はいいのでしょうか?」と、中古品では、傷があるのは当たり前なのである。

「修正できるレベルなら何の問題もない。できるだけ多く欲しい。メインの取引先は、埼玉県にあるから、そこに納めてくれたらいいよ。価格と、サイズ等は、後で、FAXしておくから・・・」

と、ビジネスの話になっていた。僕としても、何でもいいから、ビジネスの儲け話に繋がるということは嬉しいことであった。また、佐藤さんの会社と取引ができることに感謝していた。

博多中央署は、必死で、井上八千代の逃亡先を探しているが、全く不明のようだ。

金田純一郎も同じで、不明のままであった。

ただ、一つ、大きな進展は、井上の髪の毛を採取することができたということと、金田の髪の毛も採取できた。

お互いの事務所内に何本も落ちていた髪の毛を、DNA鑑定しているという。

結果は、10日後に分かるということを、新開刑事から聞いた。

これで、もしかしたなら、親子関係が確認できるかもしれない。

そのころになると、群馬と静岡の両警察署は、何も収穫がないので、全ては、多摩西部署と、博多中央署に任せて、継続捜査という、人員の減らされた形になっていた。

最初の殺人事件が起こってから、4ケ月が経過しようとしていた。

「雪ちゃん・・・何もないなぁ・・・何も、収穫がない。どうなっているんだ・・・皆、焦り始めている。井上と金田が親子だとしても、二人の所在が不明なら、何にもならない。一体、どこに隠れているんだ・・・」

と、少し怒鳴りながら、僕の事務所に入ってきた。

「変ですね?まさか・・・死んでいることは・・・・そんなことはないですよね。それとも、海外へ・・・」

と、僕が言うと。

「自殺か・・・ないとは言えないが・・・海外は、絶対にないと思う。出国履歴も何もないし・・・まさか、偽造したパスポートでも、使っていたなら、お手上げだが・・・一番、困ることは、井上の写真はあるが、金田の写真はなくて、似顔絵しかないことだ。どちらかが捕まれば、展開は変わってくると思うが、どちらも不明だしな・・・」

DNA鑑定が出たなら、少しは進展しますよ。冷たい、ビールでも飲みますか?」

「それは、ありがたい。一本、貰おうか・・・」と、缶ビールを飲み干した。

「新開さん、僕は、動機を考えていたのですが、動機が全く推測できません。金田親子は、何故、御手洗たちを殺すことになったのでしょうか?あくまで、殺したという前提ですが・・・以前にも話しましたが、こんな手のこんだことは絶対にないと思うのです。動機として考えられることは、怨念にも匹敵する、復讐ではないかと思うのです。怨念を持っていなければ、こんなことはできないと思うのです。親子にとって、一番大事な人を殺されているとしか思えないのです。そうすると、父親、父親の栄一は、フィリピンで、釣りの途中に海に落ちたということですよね。ここに何かあるのではないでしょうか?落ちたのではなく、落とされたとしたなら、つじつまが合うと思うのです。それとも、それ以外の何かかもしれませんが・・・」

「俺も、そう考えないこともない。しかし、マニラ警察によると、落ちた現場には、争った形跡もないし、釣りの道具を入れた箱も、壊れてもいないしな・・・それと、靴もない、釣竿もない、ないないづくしだ。目撃者もいたらしいが、釣竿に魚がかかって、大きく引こうとして足を滑らせたということだ。目撃者は、何でも、近くに住んでいる中国系の男だということだ。その男が、警察に連絡したらしい。その男も、釣りをしていたということは、確認されている。ただ、いい忘れていたが、金田栄一の死体は発見されていない・・・」

「死体が見つかっていないのですか?それは、聞いていませんよ・・・死体がない・・・変ですね?」

「あぁ、何日も、海を捜索したらしいが、発見できなかったということだ。その崖から落ちると、海流によっては、かなり沖に流されてしまうらしい。目撃者の話を完全に信用するしかなかったということだ。その、目撃者には、何の前科もないし、近所では、とても信頼されている人ということで、警察も捜索を打ち切って、死体のないままに、書類をつくったということらしいな・・・それが何かあるのかい?・・・」

新開刑事は、僕の疑問を否定するような素振りであった。

「いえ、何かひっかかるのです。せめて死体でも発見されていたならいいのですが・・・その目撃者のいうことは本当に信用してもいいのでしょうか?仮に、嘘をついてしたとしたなら・・・全く、違うことになります。僕は、何かあるのではないかと思うのです。目撃者が、何人かいたなら疑問はないのですが、一人だけということがひっかかります。もし、金田栄一が、そこで殺されていたとして、その事実を、井上や息子の純一郎が知ったなら、この事件の動機は納得できます。あー、何なんだろう・・・早く、知りたい・・・あっ、それと、徳野茂美のことですが、先日、新開さんに話した通り、疑う余地はないと思います。まだ、尾行をしているのですか?」

「いゃ・・・尾行はしていない。こっちも、浅田が、近所のホテルに数日間宿泊していた裏もとれた。徳野の言っていることは間違いないと思うな。当面、徳野はマークしないことになった。ただ、完全に信用しているわけではない。何か、俺の勘として、ひっかかるものがある」

「刑事の勘というものですか?」

「まぁ、そういうことだよ・・・もう一本、缶ビールいいか?」と、勝手に、冷蔵庫を開けた。






今日は、かなり忙しい日であったので。徳野が来る前に、新藤を早く返した。新藤も、かなり疲れていたと思う。

一人、事務所に残って、これまでの経緯を思い出していた。そうすると、徳野茂美がドアを開けた。

いつもと同じで、やや派手な色の服装である。こんな事件に関わっていなければ、僕は惚れてしまっていたかもしれない。

「こんばんは・・・久しぶりですね。雪田社長・・・」と、大きな目で僕を見た。

「こちらこそ、事件のことで何もお役に立てないでいて・・・すいません・・・」

「いえいえ、少しでも何かが分かればいいのです。それも、そうですが・・・探偵さんとして契約しているのですから、必要経費は請求して下さいね。お忙しいのに・・・」

「はい、それは、色々とはっきりとしたなら、請求させていただきます。今は、まだ、そんなに多くはありませんから・・・心配しないで下さいね・・・」

「分かりました・・・それはそうと・・・お話とは何でしょうか?何か、気になりますが・・・」

僕は、少し躊躇してしまったが、静岡で殺された、浅田のことを尋ねた。浅田と徳野との関係であった。

徳野は、少し驚いたような顔になった。そして、静かに話し始めた。

「隠していた訳ではないのですが、私に疑いがかかると思い・・・すいません。浅田の家に居たのは、間違いなく私です。浅田と、御手洗は長い付き合いがあり、私は、かなり前に紹介されました。決して、浅田と関係があったわけではありません。御手洗の命令で、浅田の家に行っていたのです。浅田は、元々フィリピンでレストランをやっていました。最初、帰国後は、御手洗の副業のレストランの店長として都内にいたのですが、大きく儲けられる車の輸出に未練があり、御手洗の手先として動くようになったのです。勿論、店は他の人が店長になりました。しかし、何年かしたら、勝手に、飛び出したということです。何か、仕事上のトラブルがあったと聞いていますが、詳しいことは知りません。その後、浅田の仕事もうまくいかなくなり、また、御手洗に助けを求めてきたということです。それで、御手洗は、浅田に、全国で車を買い取るセクションに置いたのです。それで、静岡にいたということです。その前は、長野にいました。そういう形で全国を回っていたのです・・・」と、話した。

「もしかしたら、一部には、タクシーの中古車を探していたのですか?地元に密着しないと、なかなか出してはくれないですよね?そうじゃないですか?」

「おっしゃる通り、廃車タクシーの仕入れもありました・・・」

「やはり、そうでしたか。タクシーの仕入れは、地元に密着していないとなかなか難しいと聞いています。そうだと思いました。しかし、何故、浅田の家に何日も泊まったりしていたのですか?」

「はい・・・浅田の仕入れた車の、リストを確認していたのです。浅田という男は、御手洗に隠れて秘密に仕入れをしたり、仕入れ値段をごまかしたりするのです。ですから、私が、仕入れ先などを確認したりしていたのです。浅田の家というよりも、御手洗の支店のような形です。ですから、私が帳簿などを確認している時は、夜は、浅田は、近くのビジネスホテルに泊まっていたのです。近所の人は、そんなことは知らないと思いますから、私が来ていることに、何か愛人でも来ているのかと思ったのではないでしょうか。私と浅田が関係あるなんてことは絶対にありえないことです。これは、本当のことです。私が御手洗を裏切ることはありえません。御手洗は、浅田に対して、何か、とても親切にしていました。昔の仲間というよりも、親か兄弟のようでした。少し、羨ましい気持ちになったこともあります。それほど、御手洗は、浅田を大事にしていたのですが、浅田は、そんなことは関係なく、勝手なことばかりしていたので、近くに置くよりも、全国を回らせたほうが、目に見えない分、楽だと思ったのかもしれません。しかし、裏帳簿を作ったりしたので、私が調査していたのです。御手洗が、どうしてあそこまで、浅田を可愛がるのかは知りません・・・・しかし、税務問題に発展すると困るので、私が・・・」

「そうでしたか・・・分かりました。それは、大変でしたね。浅田の件は、わかりましたが、それでは、倉重のことも知っていたのではないですか?それも、隠してしいたということですか?」

「いえ、倉重さんのことは全く知りません。御手洗からも聞いたこともありまぜん。御手洗から聞いたのは、浅田だけです。本当です、信用して下さい・・・」と、僕に懇願するような目であった。

嘘ではないと思うが、嘘だと思う気持ちと、そうではないという気持ちが交差していた。

この女は、今まで、浅田以外のことで嘘をついたことはない。僕は信用したいと思っていた。

「徳野さんこれからは何も隠し事はしないで下さいよ・・・警察も動いていますし、僕も依頼を受けた以上は、隠し事があると困るのです。もう、御手洗さんとのことで隠し事はないですか?今後、また、隠し事があると、僕は、協力することはできません。それだけは覚えておいて下さい。それと、隠し事があると、徳野さん、あなたが、疑われることにもなりかねない。そんなことをしたなら、損ではないですか?」

「はい、もう何もありません。このことは、新開刑事には、お話になるのでしょうか?」

「当たり前です。人が、3人も殺されているのですから、どんな些細なことも話します。事件に関係があるのか、ないのかは警察が判断することですよ。僕は、徳野さんのことが、気になっているし、今後、仕事でもタイアップしていくつもりですから、嘘は駄目ですよ。ちょっと、きつい言い方かもしれませんが・・・」

「そんなに思っていてくれて、ありがとうございます。これ以上、何も隠し事はありません。本当にごめんなさい」

少し、睫毛が濡れていた。

その夜、二人して近くのバーで飲んだ。それにしても、いい女であった。

翌日、徳野から聞いたことを新開刑事に全て話した。新開刑事は、黙って聞いていた。

そして「事件とは関係ないが、徳野のことは雪ちゃんに任せるよ・・・何か、いい感じじゃないか?なぁ・・・」

「何を言っているんですか・・・そんなことはないですよ・・・妄想ですよ・・・」

「ハハハハ・・・・冗談だよ。いい女だからなぁ・・・」と、電話を切った。







水泳が一番だ。何故かというと、目の保養にもなるのだ。若い女が沢山泳いでいる。これを見ることも、楽しみの一つであった。体を動かすということと、目の保養。独身の僕にとっては、最高の楽しみでもある。

今夜は、どんな可愛い女の子がジムに来ているかと思うと、心は浮き足だってしまっていた。

が、しかし、今夜は、残念な結果になった。老人会の方が占領していたのだ。初めてである。どこを見ても、僕よりも更に高齢な人だけであった。トレーナーにそれとなく聞いてみると、何でも、9時までは、この状態が続くということであった。若い女の子や男の子は、ほとんどいないのだ。どうやら、トレーニングマシーンのほうへ行っているらしい。僕は、仕方がないので、老人会の方の中で、泳ぐしかなかった。

トレーニングマシーンの別契約はしていなかったのである。至極、残念な夜であった。

その夜は、ジムの帰りに自宅の近くの居酒屋で、酒を呑んで帰ったのである。

翌日は、不思議なことに、中古車が5台も売れた。久しぶりの大きな利益になった。中でも、トヨタのアリスト

が売れてくれたのは良かった。3ケ月も在庫していて、このままならオークションに出品して現金化しようと思っていたのだ。走行距離は、10万キロを越しているが、さかずに、アリストVである。280馬力には何の遜色もない。

保険会社に言わせると、車両盗難では、常にワーストのトップになる車であり、海外でも人気がある証拠なのだ。

日産では、スカイラインGTR、トヨタでは、このアリストVなのであった。

徳野との待ち合わせは、夜の9時になっていたので、まだ、時間がある。そこで、僕は、以前に何度調べても、車業界には、ジョジズ・カンパニーという名前が出てこないことに不思議な感覚を持っていたので、もしかしたなら、フィリピンでは何とかなるのではないかと思い、知り合いのフィリピンの輸入業者に電話をしてみることにした。マニラでも大手の会社であり、過去に数回取引をしていたので、面識はあったのだ。

運のいいことに、副社長は日本人であり、言葉の問題は何もない。

時差が1時間あるので、まだ会社にはいると思った。

「東京のプラスワンオートの雪田といいますが、佐藤副社長を・・・と」ヘタな英語で尋ねた。

どうやら、在籍しているような感じである。

ほどなくして、佐藤さんが電話口に出た。

「久しぶりですね。雪田さんもお元気ですか?あれ以来ですから、1年近くになりますかね。たまには、観光でもしてくださいよ。儲かっているでしょう?」年のころなら僕と同じぐらいの副社長であった。

「久しぶりですね。儲かっていないから海外なんて無理ですよ。たまには日本にも来られていますか?」

「いゃー、檻の中の犬ですよ。2年ぐらいは出ていませんよ。たまに、大阪のたこ焼きを食べたいと思いますが・・・ハハハ・・・それは、そうと何かビジネスの件ですか?雪田社長から、直接電話があるとは何だろうと思いますよ。いつもは、例の会社からの話ではないですか?何かいい話でもありましたか?」と、早速、ビジネスの話にもっていった。彼は、僕からみてもやり手の人である。今のフィリピンの大きな輸入会社に、何でも10年前にスカウトされたと聞いている。以前は、日本の商社の社員であったらしい。

「いぇ、ちょっとお伺いしたいことがありまして・・・佐藤さんなら、ご存知ではないかと・・・」

「私の知っていることなら・・・何でも・・・」

「有難うございます。単刀直入に、お伺いします。そちらで、金田純一郎という、ジョジズ・カンパニーという輸出入の会社の社長の名前を聞いたことがありませんか?もしかしたら、フィリピンでは、会社名が違うかもしれませんが・・・・金田という男です・・・」

「金田?・・・純一郎?・・・・うーん・・・私とは付き合いがないのは確かだけど・・・」と、悩んでいるようであった。

「佐藤さんと同じ業種だと思います。東京に本社があり、福岡にも支店があります・・・」と、続けて言うと。

「確か・・・その会社なら、アン何とか?・・・という男のことは聞いている。うちの社員が何度か会ったことがあったと思うが、金田という名前は知らないな・・・アン何とか・・・」と、言いかけて。僕が

「アンジェラスではないですか?」と、口を挟むと。

「そうそう、それだ。そいつだ・・・私の記憶が、確かなら、ケソン市にある会社だと記憶している。もう、数年も前だと思う・・・それが何か?・・・」

「ちょっと、その会社を探しているのですが・・・ビジネスではなくて、ちょっと日本で事件があったものですから・・調べているのです。詳しくはお話できないので勘弁して欲しいのですが、勝手な申し出で本当に申し訳ありませんが、その会社のことを知っている人がいたなら教えてもらえませんか?決して、佐藤さんには迷惑はかけません。僕を信用して欲しいのです。警察が調べるような事件なのです・・・」

「ほう・・・何か物騒な・・・雪田さんのことは信用しているから、少し時間を下さい。こちらから、連絡しますよ。それで、その会社の何を調べればいいのかな?」

「すいません。会社の所在と、社長の名前です。それと、何を取り扱っているのかも知りたいのです。何とかお願い出来ますか?」と、丁寧に話した。

佐藤さんは、快く引き受けてくれ、後日、連絡してくれると確約してくれた。

こんなところでも、人脈というものは大切だと実感したのだ。







いじめを見過ごしたり、隠したりしている学校が多いなかで、息子の学校は信頼できるのかもしれない。

この学校は、先生たちが真剣に子供のことを考えていてくれるのかもしれない。

私の大好きな、さじかげんという言葉があるが、子供でも子供なりに相手に対してのさじかげんができたのなら、陰湿ないじめというものはなくなるかもしれない。否、いじめというものはなくならないが、さじかげん次第では、自殺をする人はいなくなるのかもしれない。

子供の時から、子供に対してもさじかげというものを教えていいのではないかと思う。そうしたなら大人になったとしても、色々な場面で、さじかげんということができるかもしれない。

ふと、そんなことを思った。私も、さじかげんというものが完全にできるわけではないが、早い時から教育していくことができたなら、今よりも少しは良い時代になったかもしれない。

私なりに解釈しているさじかげんというものは、相手に対して思いやりをもつということだ。

いつも相手の気持になって考えたなら、自然とさじかげんができるのだと思う。

そんなことを考えていると電話が鳴った。

「田口さん、明日の保護者会のこと知っている・・・」と整備工場の泉さんだ。

「いじめという議題らしいけど・・・」と言うと、とんでもないことを話してきた「5年生の女の子が自殺未遂らしい・・・」と言ったのだ。手首を切ったのだけど傷口が深くなくて、全治1週間程度の怪我だったということである。

それも、3日前の事件ということであった。全くの寝耳に水であった。

「その女の子は、どうして自殺なんかしようとしたの」と泉さんに聞くと「2学期に転校生で来たらしいのよ、それで何かの理由でいじめにあったらしい」と言うのである。

泉さんは続けて「噂だけど、3人の子供に毎日いやがらせを受けていて、10日前から不登校になっていたらしいの、いじめていたのは、前々から問題のある子で、男の子が一人と女の子が二人だそうよ」とふぅーうとため息をつきながら話してくれた。

自殺なんてテレビの報道でしか聞いたことがないので、体が震えてしまった。

まして、息子の通っている学校で起きてしまったのだ。未遂ということと怪我が軽くて本当によかったと思う。

親の気持になったら、いたたまれない。その子の親はどんなにか心が痛むだろう。

それよりも、その子の心は、どうしてそこまでいってしまったのだろうか。

「で、その子は今どうしているの・・・」と聞いてみた「学年が違うから詳しいことは分からないけど、うちの客の5年生のお母さんに聞いたのよ」と泉さんが言った。

「それで明日の緊急保護者会になったの・・・」と言うと「以前からいじめはあったのだけど、こんな大きな問題は初めてだから学校としても隠せないと思ったんじゃないの、亡くならなかったからニュースには今のところなっていないようだし・・・でも、マスコミにでるかもしれないよね」と言う。

「マスコミに騒がれたらどうなるの・・・」と泉さんに聞いた「町中が大変なことになるし、子供たちにとって何もいいことはないだろうね、それよりも明日行くの」と言うから「行くよ、行くに決まってる。学校の対応も確認したいし、保護者として当然だと思う、だんなにも話してみて会社を早退できるなら一緒に行くようにしたいのよ」

と答えると「うちのだんなも行くって言っているし、普通の保護者会とは違うから・・・」と言って電話を切った。

早速、だんなの携帯にメールして、メールには事の顛末を簡単に書いた。

ほどなくして、だんなからの返信メールが届いた。





その夜、僕たちは、最終の飛行機で東京に帰った。

それから、数日して大きな展開になっていた。

全く予想もしなかった展開に、僕と、新開刑事は、小躍りしてしまった。

新米刑事の出口のお手柄であった。死んだ御手洗の経歴を調べていたのであるが、思いもよらないところから経歴の一部が発覚したのであった。これは警察庁の国際部というところに記録があったのである。

つまり、フィリピンにいる時に、微細な輸出違反事件を起こして、フィリピン警察に取り調べをうけ、それが、警察庁の記録に残っていたのだ。何でも、禁輸製品をコンテナに入れて日本へ船で送ろうとしたのであるが、本牧の税関で運良く発見され、そのコンテナはフィリピンに戻されたということで、フィリピン警察の事情聴取を受けていたのであった。日本では、陸揚げされていないということと、軽微だということで、記録に残っていたというのだ。御手洗は、フィリピン警察が聴取した書類に経歴も記載されていたというのだ。

そこで、本庁の国際課を通して、フィリピン警察に資料を提出してもらったのであった。

そこには、倉重の話していた通り、御手洗、倉重、浅田の名前も記録されていた。

しかし、もう一人、金田栄一という名前も記載されていた。その4人の共謀による輸出法違反なのであった。

金田、つまり、ジョジズ・カンパニーの金田と何らかの関係があると思われるのだ。

年齢から推測すると、親子か親族だと思われる。出口刑事は、その、金田栄一という男の経歴を調べることになったのだ。数日後、驚く発見が、僕にもたらされた。

栄一は、22年前に何らかの事故で死んでいたのであるが、その子供が、純一郎なのであった。

栄一の死亡原因は、フィリピン警察の記録によると、海での釣りの最中に、誤って転落したという記録だ。

今となっては、その事故についての詳細な目撃者もいないし、書類の中だけの記録しかない。

純一郎は、フィリピンで生まれ、8才の時に、日本に出国して、国籍も日本になっていた。

母親も同時に、日本に帰国していた。その母親の名前は、金田八千代となっている。

おそらく、井上八千代と同一人物であろうと推測できる。何かの理由で名前が変わっているのであろう。

ジョジズ・カンパニーの社長の、金田純一郎と、母親の井上八千代とは親子なのである。

博多中央署からも、井上の素性の連絡が入った。

戸籍を調べてみると、20年前に、井上姓になっていたのだ。井上という貿易関係の社長と結婚して姓が変わっていたのだ。その井上という旦那は、17年前に、不慮の交通事故で死んでいた。

この事故についても、調査してみたのであるが、単純な交通事故に間違いないと再確認されたのである。

つまり、井上八千代は、旦那の死後、その会社の社長として生きてきたのであろう。

しかし、井上と金田が親子だとしたなら、金田純一郎は、御手洗と顔見知りではなかったのではないか?

それよりも、井上八千代は、元の主人の奥さんであるから、御手洗とは絶対に顔見知りなのだ。

それが、御手洗の福岡支店の保証人になっているというのは、どう考えても不自然だ。

ということは、御手洗と井上は、お互い、過去の素性を知らなかったということになる。

そうでなければ、この事件は最初から無理なことではないだろうか?

この人たちの人間関係について、僕たちの知らない何かが隠されていると思うしかないと思う。

新開刑事は、ここまで分かってきたのなら、解決は早いのではないかと思っている感があった。

新開刑事も、自信ありげに今後の展開を楽しむような素振りをしている。

「雪ちゃん、想像していたことと全く違う展開だな。面白くなってきた。博多の大吾は、任意でひっぱるらしい。しかし、確たる証拠もないから、一応、複線として押さえておこうということだろう。後は、金田と御手洗の繋がりを探すしかない。これから、忙しくなるぞ。なぁ・・・雪ちゃん」と、目を細めた。

「しかし、新開さん。動機が見つからないのですが、何が動機なんでしょう。もし、金田親子が御手洗や倉重、浅田を殺していたとしたなら何らかの動機があると思いますよ。それが、いま一つはっきりしない。推測ですが、金田の父親は、御手洗たちに殺されたとしたなら・・・・そして、それの復讐だとしたなら・・・しかし、そこまで人の怨念というものは、20年も持続するものでしょうか?父親殺しの復讐としても、時間がかかりすぎているし、こんな手のこんだ殺し方をするものでしょうか?殺すだけなら、もっと簡単な殺し方でいいような気がするのです。何か他にあるような気もしてならないのです。新開さんはどう思いますか?」

「確かに、雪ちゃん言うことにも一理ある。しかし、そんな複雑な問題かな。完全犯罪を遂行しようとして、手のこんだトリックをしただけだと思うがな。そんなもんだろう・・・・」確かに、そうとも思えるが、僕としては何かひっかかるものを感じていた。

それと、ジョジズ・カンパニーの福岡支店のことも脳裏をよぎったのである。

福岡支店については、今まで一切調べていないのである。ミタライにも福岡支店があり、ジョジズにも福岡支店がある。これも単なる偶然なのであろうか。更に言うならば、フィリピンにも同じように支店があるのであった。

僕は、そのことを新開刑事に話してみようと思い。

「新開さん、ジョジズの福岡支店を調べなくていいのですか?全く、蚊帳の外になっていると思う。もしかしたら、何か関係があるのではないかと思うけど・・・」

「うーん、それは一理あるが、単なる偶然じゃないか。とにかく、井上八千代を任意で調べることになっているから、それからでも遅くはないよ。どっちにしても、福岡のことは、博多中央署に任せておけばいいさ。これ以上、管轄外の行動をとるとなぁ・・・俺も困るしな・・・ハハハ・・・こっちは、こっちだよ。金田と井上が親子だという確証を得ないといけないし・・・場合によっては、DNA鑑定も必要になるかもしれない。何とかして髪の毛の一本でも採取できたらいいが・・・とにかく、出口刑事が動いているから、何とかなるだろう・・・」

と、事件は、もう、解決したと思っているような口調であった。

そんなおり、徳野茂美から電話があった。

事件についての進行状況を確認したいということだ。僕も、忙しくて、徳野のことはすっかり忘れていたのであった。調査依頼を受けておいて、何も連絡しないということは、不自然であるが、徳野と死んだ浅田の関係も、何ひとつ調査が出来ていない。そのこともあって、躊躇していたのも確かだった。

「雪田社長さん、福岡に行かれていたと聞いていますが、何か大きな動きがあったのでしょうか?その後、何も連絡がないものですから・・・ちょっと心配になって・・・」と、徳野が尋ねた。

「はい、連絡が遅れてすいません。色々なことが判明したのですが、まだ、確実なものはありません。御手洗社長の死と、倉重、浅田の死とは、同一犯ではないかと思っています。ただ、動機が今ひとつなのです」

「ということは、犯人は分かっているのですか?それならば早く何とかなりませんか?」

「いえ、動機が不明ですし、証拠も何も見つかっていません。それは、そうと一度聞きたいことがあるので、時間を作ってもらえませんか?大事な話です」と、少し冷たい感じで話した。

「えっ、はい、何でしょうか?明日でもいいですけど・・・」

ということで、明日の夜に徳野と会うことになった。このことは、新開刑事には内緒にしていた。

明日は、徳野に浅田との関係を聞いてみようと思っていたのだ。

それにしても、人間関係が複雑すぎて、本当に頭が混乱している。こんな時は、近くのスポーツジムで汗をかくのが一番だ。僕は、ジムに向かった。






突然、運転手が「東京の方ですか、警察関係ですか?」と、聞いてきた。

僕は「まぁ、そんなものです。何か?」

「いえね、聞いたことのある名前があったものですから、えっと、井上とかいう女のまことを話していたでしょう。もしかしたら、井上社長のことではないかと・・・いえ、たまに、おたくたちが乗った場所の近くが井上社長の自宅で、過去に何度か、迎車をしてもらったことがあるものですから、もしかしたらと思ってね」と、目をルームミラーにやった。

「運転手さん、知っているの?」僕が問いただすと。

「やっぱり、そうですか。いゃー、大きな家で、高級な車が何台も置いてあるから、車好きな俺としては興味があったものですからね。たまに、中州の事務所まで送っていくのですよ。仲間うちでも有名ですよ。美人で金持ちで、チップもくれますからね・・・へへへ」と、舌を出した。

「運転していかないのかい?タクシーに乗るのかい?」と、新開刑事が聞いた。

「いゃ、事務所の前で一旦降りてから、事務所に入って、数分して出てきて、福岡空港に行くのですよ。あまりよくは知りませんが、東南アジアに行くということを聞いたことがあります。たかだか、数千円の距離なんですがね、3万円ぐらいくれるのです。だから、仲間うちでは有名な社長なんですよ。息子さんも気前のいい人でね。福岡空港から、社長の家まで送るのですが、その時も、チップをはずんでくれますから・・・仲間は、大喜びです」

「息子・・・? 30才ぐらいの・・・」僕は、すかさず聞いた。

「息子らしいですよ。何でも東京で会社を経営していると聞きましたが。息子だと噂ですよ。まさか、愛人ではないと思うけどね。へへへ」と、運転手は、何か得意げに話してくれた。

僕たちは、それ以上は何も聞かなかった。余計なことを教えることはないと思ったのである。

ほどなくして、タクシーは博多中央署の近くに着いた。

運転手は、何度か、刑事さんなのかと聞いたが、無言で車を降りた。

署に入って、捜査本部のある部屋に向かった。

「新開さん・・・困るなぁ。多摩西部署から何度も電話がありましたよ。課長が、何度電話してもつながらないと怒っていますよ。携帯切っていますよね・・・」と、若い刑事が困った顔で聞いてきた。

「すまんな、どうも携帯は、好きにならん。邪魔な時もあるからな・・・後で、課長に連絡しておくから。それと、捜査状況で、皆に話しておきたいことがある。できたら、全員を呼んでもらいたい。俺は、今日、東京に戻るから、早く話しておきたいことがある。大至急、お願いできるかな?」と、新開刑事は、早口でまくしたてた。

若い刑事は、その迫力に負けたのであろうか、捜査員に電話をしている。

1時間もしたであろうか、一応、担当捜査員が揃った。責任者の課長は、何でも東京に出張しているということで、不在だということであった。

「皆さん、忙しいところを申し訳ないが、新しい情報があったなら、教えて欲しい。俺も、話したいことがある・・・」

と、一人の刑事が席を立った。

「新開さん、いくら合同捜査といっても、あまりに勝ってな動きは困りますな。それだけは、覚えておいて欲しい。うちには、うちのやり方がある。まぁ、そんなことを言っても仕方ないか。あんたは、有名な人だと聞いているからな。それと、俺のことを覚えていないかい・・・」と、新開刑事の顔を覗きこんだ。

「えっ・・・もしかして、大ちゃんか?」と、目を丸くした。

「思い出したか・・・懐かしいなぁ・・・元気そうだな・・・」

「お前も、白髪が多くなったなぁ・・・俺は薄くなったがな・・・ハハハ」

何でも、警察学校の同期だということと、この大ちゃんとは、大吾さんという名前で、一年ぐらい、警視庁管内にいたということであった。二人は、懐かしむように握手をした。

「新開、こちらには何もない。倉重の死因は特定できたが、全く、足取りがつかめない。それと、誰と会っていたのかもな・・・ただ、新開の言っていたタイヤ痕は、もうすぐ分かると思う。お前の言っている、女の車と一致すればいいが・・・」と、大吾刑事が話した。

「そうか、タイヤ痕だけだな。それと、井上には息子がいて、何でも東京で会社を経営しているということだ。これは、確定したわけではないが、タクシー運転手からの情報だ。早速、ウラをとって欲しい。井上という女の過去の経歴も徹底的に調べてくれ。息子も一緒にな」

「分かった。それは、うちの署に任せてくれ。明日からでも調べに入る。それはそうと、新開の横にいるのは、署の刑事かい」と、僕のことを尋ねてきた。

「いや、雪田君という。この事件を発見した人だよ。東京で、中古車屋をやっている。俺の警察以外でのパートナーだ。彼の、意見がなかったなら、単なる交通事故として処理されていた。まぁ、刑事じゃないが、変な刑事よりは役にたつと思うから、協力してやってくれ」と、誉めているのか何なのか分からない。

僕は、皆に深くお辞儀をした。

少し雑談をしていると、鑑識から連絡が入った。タイヤ痕が一致したということであったが、ベンツの新車の標準タイヤだということで、確証にはならない。さらなる、証拠がためが必要になったのだ。

そのベンツとは、600SLCという高級車だ。





四話 いじめと宝物見つけた

艶子さんの引越しも無事に終わって、住んでいるようである。

その後、艶子さんが来ることはなかった。多分、部屋の片付けが忙しいのかもしれない。

私に言わせると、一生忙しくしておいて欲しいものだ。

それと、息子と一緒に住んでいるから、話し相手もいて、以外と寂しくなくて、他人の家に行っておしゃべりをする必要もないのかもしれない。

以前は、艶子さんが一人で住んでいたから話し相手もなくて、毎日、ぶらぶらしていたのかもしれない。

ある意味において息子に感謝しないといけないのかもしれない。

ある日の夕方である。学校の連絡網で電話がかかってきた。

明日夕方、緊急の保護者会があるので必ず参加して下さいとのこと。

何でも、子供同士のいじめについてのことのようだ。何かあったのかもしれない。

最近は、いじめで自殺する子供の報道が多くなっている。人ごとではない。

息子は、いじめにあっていないと思うのだが、本当のところは息子にしか分からない。

以前、息子の祐樹と、いじめについて話し合ったことがあった。

祐樹のクラスでも、軽いいじめはあるようだが、加担したりしていることはないし、そのいじめも単発的なもので、続いていることはないと言っていた。

私の子供のころには、いじめられたりいじめたりした記憶はある。特に、女の子は難しいように思う。

しかし、続くことはなくて、自然になくなったり、また、違う子がいじめられたりしながらの学校生活であった。

思い出というには語弊があるかと思うが、それ以外の良い思い出のほうが多かったので、今思うと気にしていないのかもしれない。いじめというものは大人の社会にも多く存在している。

就職した時に、先輩にいじめられた記憶があるが、それがいじめという言葉で片付けられるのか、単に、新入社員だから小言が多かっただけなのか、相手に聞くこともできないので不明である。

あの当時の私にとっては、いじめという認識があったのかもしれないが、相手の先輩社員にとっては、早く仕事を覚えなさいという愛のムチだったのかもしれない。

今となっては、どうでもいいことなのだが、あの当時は出勤するのが辛い日もあった。

と、昔のことを思い出していた。

息子の祐樹が学校から戻ってきたので、明日の保護者会の議題のいじめについて聞いてみた。

「いじめをしている人はいるの」と聞くと「いるよ、何人もいるよ、僕はいじめられていないけど・・・」と坦々と答える。「祐樹がいじめている友達はいないよね」と恐る恐る聞くと「そんなことはしないよ、だって人をいじめちゃいけないんだよ。お母さんも先生も言っている」と僕は誰もいじめていないということを子どもながらに力説している。何か安心したのと、この子は本当のことを言っているのだろうか、もしかしたら、いじめに加担しているのではないだろうか。親としては、100%信じたいのだが、一抹の不安はある。

親が子供を信用しないで、誰が信用してくれるのか、はっと気付けば何とも情けない親である。

「祐樹は大丈夫だよね」と言うと「当たり前だよ」と言って自分の部屋に行ってしまった。

その後ろ姿を見ながら、何かほっとした。

明日の保護者会は、どうなるのだろう。誰かがいじめられているから緊急なのだと思う。




「どこに引っ越すのですか、会えなくなると何か寂しくなりますね」と心にもない言葉を使っていた。

「あなた、何を言っているんだ、そばだよ、あんたの家のそば」と言う「えっ 近くですか・・・」と少し強い口調になって問い返した。

「ああ そばだ。ここからすぐの家だ。貸家を持っているのは知っているだろう、あんたの家の裏にあるクリーニング屋知っているだろ、その横に貸家が2軒並んでいる右端の家だ」と艶子さん。

確かに、裏にはクリーニング屋がある。だんなのスーツなどは出している。

その横、確かに2軒貸家があるのを思い出した。

それが艶子さんの持っている貸家なのだ。その一つに住んでいる人が出たので、明日、そこに越して来るというのだ。ましてや、同じ町内ではないか、そして、前の艶子さんの家よりもはるかに近い。

どういうことだ、何という恐ろしい偶然なのだ。目の前が真っ暗という言葉は絶対に当てはまらない、目の玉が落ちたというべきだ。私の目の玉は完全に地面に落ちてしまったのだ。

「・・・同じ・・・町内会・・・」と言うと「同じだ、これからは近くなるしな」と、にやりとした顔をした。

こんなことは予想すらできない。貸家の存在は知っていたが、こんなに近いところにあったとは信じられない。

なんてことだ。来年からは、町内の経理担当になることも決まっているし、どんなに嫌な人でも付き合うしかない。

地面に落ちた目の玉は、当分目の中に戻ってくることはないだろう。

全身の力が抜けたと同時に、鳥肌までたってきた。

悪夢だ悪夢に違いない、今、私は何かの夢を見ている。絶対に夢だ。

「そ そ そうでしたか。こちらこそ宜しくお願いします」と、言うしかなかった。

それだけ言うと艶子さんは帰って行った。

大変なことになった。皆に電話しないといけない。と、思った時に、噂話の好きなパン屋の小田さんになっている自分に気付いて少し可笑しくなった。

まず、小田さんに電話した「小田さん、田口です。艶子さんが家の裏に越してくるのよ、大変なことになった」と言うと「えっ 遠くに越すのではないの。田口さんの裏・・・」と、びっくりして声が上ずっている。

「そう、クリーニング屋の横の貸家が艶子さんの持ち物で、そこが空いたから、そこに息子と住むのよ」とまくしたてた。

「前よりも近くなったの。どうするのよ」と聞いてきたが、どうするのと言われても何もできない。

「仕方ないわよ。まるで小説のような最悪の結末ね」と、声を落として答えた。

「本当に決定したの、家は売れたの・・・」と聞くから、今しがたの艶子さんとの会話を全て話した。

小田さんは、がっかりとして電話を切った。

小田さんのパン屋でも、艶子さんの横暴ぶりは、ほとほと困っていると聞いていた。

パンをいくつか買ったら、少し値引きしろとか、パンの味がいつもと違うとかと言うことをお客さんのいる前で平気で言うということだ。

さて、大変なことになってきた。

そして、すぐに何人かの知り合いに同じ内容で電話をした。

皆、これからが大変という感じで、同情してくれている。

つまり、艶子さんとはある意味において、艶子さんが死ぬまで付き合うしかないのかもしれない。

死んで欲しいという気持が湧いてきたのも事実だが、人が死ぬことに期待をしている自分が惨めな人間にも思えてきた。そんなことを考えるのは最低の人間になったということか。自問自答を繰り返してしまった。

その夜、だんなに話したのだが、だんなは昼間いないので、そんなに気にしても仕方ないという、まるで他人ごとのようであった。なるようにしかならないと考えるしかなかった。





何やら、何度も相槌をしている。どうやら、多摩西部署の課長のようである。

どうやら、早く戻ってこいという内容の話のようである。2日も福岡にいるのであるから、課長もカンカンになっているようであった。「明日には帰りますから・・・宜しく・・・」と、新開刑事は、電話を一方的に切った。

「煩い課長だな。それはそれでいいが、御手洗の本社も閉鎖になったようだ。出口刑事が調べているが、昨日、閉鎖したらしい。御手洗の部下の行方も分からないということだ。それにしても、ジョジズ・カンパニーの金田という男のことは何も出てこないな。何らかの関係があってもいいと思うが・・・」

「えぇ、新開さん、僕もそのことを考えていました。金田という男は何者なんでしょう。もしかしたら、全く関係のない・・・・と思いますが」

「そうかもしれんな。どちらにしても出口や他の刑事が調べているから、それは任せておくことにしよう。しかし、何かはっきりしない。複雑な関係のように見えるが、実際は、単純なことかもしれない。御手洗、倉重、浅田と金田とは何の関係があるのか。皆、死んでしまっているから、外堀からしか調べることしかないな。やっかいな事件だよ。雪ちゃんも、付き合ってくれるのはいいが、店は大丈夫なのかい?」

「まぁ、新藤がいますから、何も連絡がないというのは何もないことだと思います。ちょっとは心配だけど」

と、新開刑事の横顔を見ると、何やら考え込んでいる様子であった。からまった糸がほどけないもどかしさで二人は無言のままに、井上の自宅に着いた。

一章 からまった糸

大きな家である。女一人にしては大きすぎると思うぐらいの豪邸であった。

表札に、大きく井上と書いてある。敷地は、100坪はあるのではないか。

洋風な建物であった。

ガレージには、車が3台は入ることのできる広さである。1台は、真っ赤な外車のスポーツカーであった。

僕が、一生かかっても買えないであろう、ベンツの600SLのクーペなのだ。

そして、驚いたことに、もう1台は、スカイラインGTRの新型である。ここでも、スカイラインGTRに出会った。

しかし、あの年の女性が、GTRに乗るのであろうか。もしかしたら、他に家族がいるのかもしれない。

そんなことを考えていると、新開刑事は、近所の人に聞き込みを始めていた。

数軒の家を訪ねて、新開刑事が「もう1台大きな黒い車があるそうだ。それと、30才ぐらいの息子らしい男が、たまに来ているらしい。息子かどうかは不明だが、一緒に出かける姿を見ていると親子のようだと感じたと話してくれた。それと、もう一つ、以前は、旦那がいたらしいが、20年ぐらい前に亡くなったということらしい。ここの家は、20年ぐらい前に中古で買ったらしいな。それ以外は、付き合いがないので、分からないということだ」と、新開刑事が話していると、携帯が鳴った。

どうやら、駐車場の車の所有者が分かったようである。

1台は、全く別人。しかし、もう1台は、まぎれもなく井上の車であった。

さっき、見た車は、大型の黒いベンツだ。それが、井上の所有になっていたのだ。

釣り人が見た、大きな黒い車というものと合致する。あくまで、推測の域ではあるが・・・

「とりあえず、何らかの収穫はあったな。例の黒い車のタイヤ痕を調べてみることにしよう。博多中央署には、一応、博多港の岸壁にあったタイヤ痕を調べておくように指示はしている。それと、井上の車が合致したなら、確立は高くなる。しかし、特殊なタイヤではない限り、確証にはならないがね・・・」と、新開刑事は呟いた。

「それでも、一歩前進しましたよ。僕も、おぼろげではあるけど、何か関係があるなではないかと思います。それにしても、息子らしい?という男にもひっかかりますね。もし、井上一人の犯行というのなら、疑問が残ります。井上一人で倉重を海に突き落とすことはできるでしょうか?倉重は、大柄な男ですし、女一人の犯行にしては無理があると思うのですが・・・その息子らしい男も共犯ではないかと思っています。新開さんは・・・」

「可能性はあるな。どっちにしても、井上にも尾行をつけたほうがいいな。とにかく、署に戻ろう」

帰りのタクシーの中で「雪ちゃん、事故のトリックの件だが、科捜研では、人為的だと確定しているが、井上が一人でやったとは考えにくいな。誰かが後ろにいることは確かだと思う。井上の素性も徹底的に調べる必要がある。俺の勘だが、ミタライ・コーポレーションは勿論だが、ジョジズ・カンパニーとも関係があるのではないかと思う。ミタライとの関係で、井上が御手洗を殺すとは考えにくい、そうすると、繋がりがはっきりとしてくると思う。これまで、色々と調査しているが、ジョジスの名前は、ほとんど出てこない。それが、不思議なんだよ。倉重も浅田も、ジョジズと関係していた。御手洗からは、ジョジスの名前が出てこない。何かおかしいと思わないか?御手洗と倉重と浅田は昔の仲間だ。そうしたなら、御手洗からもジョジズという名前が出てきてもいいだろう。それが全くない。徳野が隠していたとしたなら別問題だがな・・・」

「隠す・・・それは考えられないと思いますが・・・しかし、浅田と徳野は何課関係があった。そうすると、徳野も知っていてもおかしくないですね。あー、何が何だか、頭の中がぐちゃぐちゃになっていますよ。御手洗と倉重と浅田。御手洗と井上という女。御手洗と徳野。浅田と徳野。ジョジズの金田と、倉重、浅田。完全に糸がからまっていますよ。どこから、ほどいていけばいいのか・・・・」と、僕は頭をかいた。

「そうだな。みんな繋がっているようで、バラバラなんだ。一本の線になりそうで、点と点の集まりになっている。どこかに見落としがあるかもしれないな」と、新開刑事は、タバコに火をつけた。

しばらく無言のままにタクシーは走った。