それから、数時間して、新開刑事から、電話がかかってきた。

博多中央署からの連絡で、井上八千代の任意同行に向かったなら、所在が不明だということだ。

尾行していた刑事が、少し目を離したスキに、逃走されたらしい。

自宅にも事務所にもいない。県内及び隣接県境の検問を始めたということであった。

他県にでも行ったなら、探すことは時間がかかるであろう。有力な、容疑者を取り逃がしたことは大きな汚点だ。

やはり、何かあるに違いない。それにしても、お粗末なことだ。新開刑事は、僕と話しながら、舌打ちしていた。

「やられたな・・・博多中央署は何をやっていたんだ。尾行までしていて逃がしてしまうとは・・・話にならん。これで、もし、海外にでも逃亡されたなら、どうしようもない。まさか、そんなことはないとは思うが・・・」

「海外?それはないでしょう。全国の空港や港は、出国禁止にしているでしょう。その網を、かいくぐって海外なんて・・・無理ですよ。新開さん・・・捕まる時間の問題だと思いますよ・・・」と、僕も楽観していた。

しかし、その期待は、後日完全に裏切られることになるのであった。

井上という女は、僕たちの予想していた以上に、裏のルートとの付き合いが深かったのであった。

井上が逃亡したということは、金田にも、何らかのアクションがあってもおかしくない。東京では、出口刑事以下、5名の刑事は、金田のことを調べていたが、所在は不明のままであった。

勿論、金田の福岡支店の事務所にも、博多中央署の刑事が張り付いていた。

そして、丁度、そのころに、フィリピンのマニラ郊外のトンド地区において、金田の部下の、アンジェラスの他殺体が発見されていたことは、知る由もなかった。※トンド地区 マニラ市の北端にある、最貧民層の住む地域

ほぐれかけた糸が、さらに、複雑にからまってしまったように感じた。

三章  過去が見えてきた  

新開刑事は、出口刑事と同じように、ジョジズ・カンパニーの金田純一郎を追っていたのであるが、いっこうに所在は不明のままである。全国の、空港、港から出国したという確認はとれていない。

まだ、国内に潜伏しているものと思われていた。

数日後、フィリピンの佐藤さんから、電話が入った。ケソン市の、ジョジズの支店が分かったということだ。

「雪田さん、分かった・・・やはり、ケソン市の中にあった。名前は、ジョジズではなく、ラマダという名前だった。車の部品の輸出入が中心だそうだ。そうだというのは、ここ、3ヶ月は、閉店しているらしい。近所の、仲間に聞いてみたが、全くといっていいほど、素性は不明だということだ。近所との付き合いもないし、時折、フィリピン人や、中国系の人間が出入りしていたらしい。事務所を契約した人物は、中国系フィリピンの、候燐長という男だ。推測するに、華僑ではないかと思われる。金田という男のことは分からないが、アンジェラスという男のことで分かったんだ。何でもアンジェラスという男は、過去に、ケソンの他の車部品の会社にいたということで、何人かの人が知っていた。何でも、日本語は達者に話すということだ。今のところは、それだけだけど・・・何かの参考になりますかな?もう少し、調べてみようとは思っているが・・・」と、話してくれた。

「色々と有難うございました。そこまで、調べていただくとは感謝の言葉もありません。とにかく、そのアンジェラスという男が、そこにいたということが分かっただけでも大きな収穫です。それにしても、架橋?の、候という男も気になります。候という男を、もう少し調べていただけますか?勝手な、お願いですが、宜しくお願いします」

「そういうと思って、調べているよ。少し時間はかかるとは思うが・・・何とかなると思うよ。それは、それとして、雪田さんに、逆にお願いがあるのだけど、今、うちの会社で積極的に仕入れをしている部品があるのだけど、協力してもらえないかな?タイヤのアルミホィールなんだ。こっちでも、日本と同じように、車のドレスアップが人気でね。アルミホィールが足りないんだよ。何とかなるかな?」

「はい、少しの傷はいいのでしょうか?」と、中古品では、傷があるのは当たり前なのである。

「修正できるレベルなら何の問題もない。できるだけ多く欲しい。メインの取引先は、埼玉県にあるから、そこに納めてくれたらいいよ。価格と、サイズ等は、後で、FAXしておくから・・・」

と、ビジネスの話になっていた。僕としても、何でもいいから、ビジネスの儲け話に繋がるということは嬉しいことであった。また、佐藤さんの会社と取引ができることに感謝していた。

博多中央署は、必死で、井上八千代の逃亡先を探しているが、全く不明のようだ。

金田純一郎も同じで、不明のままであった。

ただ、一つ、大きな進展は、井上の髪の毛を採取することができたということと、金田の髪の毛も採取できた。

お互いの事務所内に何本も落ちていた髪の毛を、DNA鑑定しているという。

結果は、10日後に分かるということを、新開刑事から聞いた。

これで、もしかしたなら、親子関係が確認できるかもしれない。

そのころになると、群馬と静岡の両警察署は、何も収穫がないので、全ては、多摩西部署と、博多中央署に任せて、継続捜査という、人員の減らされた形になっていた。

最初の殺人事件が起こってから、4ケ月が経過しようとしていた。

「雪ちゃん・・・何もないなぁ・・・何も、収穫がない。どうなっているんだ・・・皆、焦り始めている。井上と金田が親子だとしても、二人の所在が不明なら、何にもならない。一体、どこに隠れているんだ・・・」

と、少し怒鳴りながら、僕の事務所に入ってきた。

「変ですね?まさか・・・死んでいることは・・・・そんなことはないですよね。それとも、海外へ・・・」

と、僕が言うと。

「自殺か・・・ないとは言えないが・・・海外は、絶対にないと思う。出国履歴も何もないし・・・まさか、偽造したパスポートでも、使っていたなら、お手上げだが・・・一番、困ることは、井上の写真はあるが、金田の写真はなくて、似顔絵しかないことだ。どちらかが捕まれば、展開は変わってくると思うが、どちらも不明だしな・・・」

DNA鑑定が出たなら、少しは進展しますよ。冷たい、ビールでも飲みますか?」

「それは、ありがたい。一本、貰おうか・・・」と、缶ビールを飲み干した。

「新開さん、僕は、動機を考えていたのですが、動機が全く推測できません。金田親子は、何故、御手洗たちを殺すことになったのでしょうか?あくまで、殺したという前提ですが・・・以前にも話しましたが、こんな手のこんだことは絶対にないと思うのです。動機として考えられることは、怨念にも匹敵する、復讐ではないかと思うのです。怨念を持っていなければ、こんなことはできないと思うのです。親子にとって、一番大事な人を殺されているとしか思えないのです。そうすると、父親、父親の栄一は、フィリピンで、釣りの途中に海に落ちたということですよね。ここに何かあるのではないでしょうか?落ちたのではなく、落とされたとしたなら、つじつまが合うと思うのです。それとも、それ以外の何かかもしれませんが・・・」

「俺も、そう考えないこともない。しかし、マニラ警察によると、落ちた現場には、争った形跡もないし、釣りの道具を入れた箱も、壊れてもいないしな・・・それと、靴もない、釣竿もない、ないないづくしだ。目撃者もいたらしいが、釣竿に魚がかかって、大きく引こうとして足を滑らせたということだ。目撃者は、何でも、近くに住んでいる中国系の男だということだ。その男が、警察に連絡したらしい。その男も、釣りをしていたということは、確認されている。ただ、いい忘れていたが、金田栄一の死体は発見されていない・・・」

「死体が見つかっていないのですか?それは、聞いていませんよ・・・死体がない・・・変ですね?」

「あぁ、何日も、海を捜索したらしいが、発見できなかったということだ。その崖から落ちると、海流によっては、かなり沖に流されてしまうらしい。目撃者の話を完全に信用するしかなかったということだ。その、目撃者には、何の前科もないし、近所では、とても信頼されている人ということで、警察も捜索を打ち切って、死体のないままに、書類をつくったということらしいな・・・それが何かあるのかい?・・・」

新開刑事は、僕の疑問を否定するような素振りであった。

「いえ、何かひっかかるのです。せめて死体でも発見されていたならいいのですが・・・その目撃者のいうことは本当に信用してもいいのでしょうか?仮に、嘘をついてしたとしたなら・・・全く、違うことになります。僕は、何かあるのではないかと思うのです。目撃者が、何人かいたなら疑問はないのですが、一人だけということがひっかかります。もし、金田栄一が、そこで殺されていたとして、その事実を、井上や息子の純一郎が知ったなら、この事件の動機は納得できます。あー、何なんだろう・・・早く、知りたい・・・あっ、それと、徳野茂美のことですが、先日、新開さんに話した通り、疑う余地はないと思います。まだ、尾行をしているのですか?」

「いゃ・・・尾行はしていない。こっちも、浅田が、近所のホテルに数日間宿泊していた裏もとれた。徳野の言っていることは間違いないと思うな。当面、徳野はマークしないことになった。ただ、完全に信用しているわけではない。何か、俺の勘として、ひっかかるものがある」

「刑事の勘というものですか?」

「まぁ、そういうことだよ・・・もう一本、缶ビールいいか?」と、勝手に、冷蔵庫を開けた。