エーコープ銘茶55記念 茶のある風景 囲炉裏
家に入ると爺さん(父)が「この写真はどうだ?」と言って、上がり端(あがりはな)にある写真を指さしました。囲炉裏端で婆さん(母)が爺さん(父)にお茶を注いでいる写真でした。
横には「エーコープ銘茶55年記念 2009年 茶のある風景 フォトコンテスト 優秀賞 題名:お茶をどうぞ 撮影:守屋萬吉」と書いてありました。
我家のお客さんが囲炉裏端で撮った写真が、雑誌「家の光」の主催したフォトコンテストで優秀賞を受賞したとの事でした。
爺さん(父)によると雑誌「家の光」は、JA(農協)グループの出版・文化団体 家の光協会が発行しているもので、1925年5月に創刊され、戦時中でも発刊し続けた数少ない雑誌のひとつだそうです。2009年には創刊から通算1000号を迎え、新聞等でも取り上げられ話題になったそうです。主催者は全農生活部、ハラダ製茶株式会社と書いてありました。
もしかしたら雑誌「家の光」に載るかも知れないとの事でした。
白馬帰省 囲炉裏の薪の準備
爺さん(父)は朝から、冬のあいだ囲炉裏で焚くための薪の準備をしました。薪小屋から運ぶのかと思って、軽トラを薪小屋の横にまわしておきましたが、ここの薪は去年積んだばかりでまだ乾いていないので、3年前に積んだ井戸屋の薪を運ぶとのことでした。
爺さん(父)は、薪が倒れないように、釘で壁に固定していました。
軽トラで庭まで運びます。下に敷いてあるブルーシートは、下に落ちた木の皮や粕の片づけを楽にするためです。
途中で、自称「マル七の長女」という、常連のお客さんも来て、手伝ってくれました。
左側に積んでない部分があるのは、背の低い婆さん(母)でも取れるようにしたためです。
これで、冬の囲炉裏の薪の準備は完了です。
白馬帰省 肥料を埋める穴掘り
10時まで休んで外にでると、雪がやんで、すっかり青空になっていました。私は晴れ男のようです。
爺さん(父)は薪運び、婆さん(母)は畑の片付け、私は肥料を埋める穴掘りと、手分けして作業に取りかかりました。
畑のほぼ中央に、肥料を埋めるための穴を掘ります。ちょうどナスが植わっていたところです。
婆さん(母)の指導のもと、スコップと耕運機を用意して作業にかかりました。
耕運機で耕して土を柔らかくしてからスコップで掘り、また耕運機で耕して掘りを5回ほど繰り返して穴を掘っていきました。
2時間ほどで、幅1.2m、長さ6m、深さ40cmほどの穴が完成しました。ここに来週肥料を埋めて、冬の間に畑全体に行き渡らせます。
白馬帰省 家のまわりの様子
家につく頃には、みぞれが雪に変わり、落下速度がかなり遅くなってきていました。
北アルプスも西山も雲が下がってきて、山の上はかなり積もるのではないでしょうか。
東山も雲が下がってきて北太郎山の山頂は、かすんできていました。
前回帰省時に積んだ堆肥です。
藁の時は軽トラ3台分のボリュームでしたが、すっかり萎んでいました。
左側のキャベツはこのまま雪の下で保存し、右側には大根が埋めてあります。どちらも雪の下に置くことで、保存にもなり、甘みが増します。
昨年葺き替えた西側の茅葺き屋根もすっかりまわりの色と同色になりました。
家の中にはいると正面に、菊の里の伊藤節子さん
が育てた菊の花が並んでいました。家の中なので、まだまだ楽しめそうです。
爺さん婆さん(両親)とお客さんは、ちょうど食事中でした。いっしょにこたつにあたって、しばらく茶飲みばなしをしました。
白馬山麓のスキー場の様子
7時半に南小谷(みなみおたり)駅で松本行きに乗り換え、白馬大池駅
を過ぎると、栂池(つがいけ)高原スキー場
が見えてきました。ここは小谷村(おたりむら)ですが、白馬オールマウンテン共通リフト券
に、今年は栂池高原スキー場も加わりました。
白馬岩岳スキー場です。晴れていればバックに白馬三山が見えるのですが、今日は雲の中です。白馬岩岳スキー場には全日本スキー技術選8連覇の松沢聖佳さんや、スノーボード界のカリスマといわれているチャーボーさんが所属するスキースクールがあります。山麓には塩分の多い、「塩の道温泉」が湧いています。
松川鉄橋から見た白馬八方尾根スキー場です。今年はICカードによるフリーゲートシステム「iCoPPa!(イコッパ)」
がスタートします。スキー技術選
は今シーズンもここ白馬八方尾根スキー場で開催され、今回は2年に1界のデモンストレーター選考会も開催されます。
以上3つのスキー場はいずれも東急系の経営で、雪が降り次第オープン予定とのことです。白馬駅のホームからは「木流かさ地蔵」
が見えました。
今期の営業が中止になった白馬ハイランドスノーパーク
です。
飯森駅の手前から見た白馬五竜スキー場のいいもりゲレンデです。私が小学校で白馬少年スキークラブに所属して競技スキーをやっていた頃には、ほとんどこのバーンで練習をしていました。ふもとには「白馬かたくり温泉 十郎の湯」があります。この裏側にあるHakuba47ウィンタースポーツパークとは上部で繋がっていて、共通リフト券です。
神城駅から見た白馬五竜スキー場のとおみゲレンデです。上部のアルプス平ゲレンデには、もう雪がついていました。白馬村でもっとも利用客の多いスキー場です。スキースクールはSAJイグザミナーの太田具英さんが所属する白馬五竜とおみスキースクールの他に、白馬五竜スノーボードアカデミー、白馬五竜フリースタイルアカデミー、白馬五竜レーシングアカデミーがあります。
7時58分に南神城駅に到着しました。天候は、みぞれ混じりの雨でした。
今回は小学生の頃の通学路を歩いて行きました。前回帰省時に花梨(カリン)の木のバックに撮った茅葺き屋根
の家です。
小学生の頃は小さな田んぼの間を曲がりくねった道でしたが、中学入学の頃、舗場整備によって7m道路となり、オリンピック前に歩道付の12m道路になりました。
後ろを見ると、白馬さのさかスキー場が見えました。超ビギナーコースから上級者コースまで4ステージにレベル分けされたモーグルコースがあり、全日本の大会や海外の有名選手が出場する国際大会も開催されます。大学の頃、当時トップ選手だった、ジャンリュックブラッサールやリサハッタスタッドの滑りを見て感動しました。上村愛子ちゃんもこのバーンで練習しています。また、スノーボードはトップデモが在籍するAZプロスノーボーディングスクールの本拠地です。今シーズンはスノーパークがリニューアルされて、キッカーやボックスが増設されるそうです。
夏季の利活用が検討されている
クロスカントリー競技場「白馬スノーハープ」です。夏は、サッカー大会や、クロスカントリー大会、トレイル体験などで賑わっています。白馬村の村民運動会もここで開催されます。今シーズンは、インカレが開催されます。
姫川温泉 ホテル國富翠泉閣
大糸線の平岩駅
に6時40分に到着しました。ようやく夜が明けてきました。ここで17分間の待ち合わせです。
前回は姫川温泉の「白馬荘」と「朝日荘」
を見に行ったので、今回は反対側にある「ホテル國富翠泉閣」を見に行くことにしました。「すぐそこ」と書いてあったのですが、田舎のすぐそこは、けっこうあるので、ちょっと心配でしたが、とにかく向かってみました。
旧国道148号線を白馬方面に向かって歩いていくと、「平岩隧道」というスノーセットがあり、その向こうにホテル國富が見えました。
階段を上っていくと、ロビーが広がっていました。太い柱と梁が渡してありました。質素な玄関とのギャップが大きかったですが、とても好感が持てる造りでした。
フロントに行ってパンフレットをもらいました。客室数43室、収容人員242名、大広間180畳「四季彩の間」、中広間42畳のほかに、和風レストラン「ふる里」、料亭3室、スナック「越後」、カラオケルーム「信濃」、ロビーラウンジ「堅香子」などがあるそうです。客室は、「囲炉裏客室」「檜(ヒノキ)風呂のある檜客室」「和室8畳+フローリングのツインルーム」「マッサージチェアのあるリラクゼーション客室」「テーブル席と座椅子席のある和洋客室」などバラエティーに富んでいます。
温泉もたくさんあって、室内風呂の「奴奈川の湯(ぬながわのゆ)」「八千矛の湯(やちほこのゆ)」「露天風呂」の他に、「家族湯の棟」というのがあって、「開運 地蔵湯」「べっぴん まどろみ湯」「元気湯 樹の香」という露天風呂付きの家族風呂があるとのことでした。一度泊まりに来てみたいです。
この廊下の先が温泉のようで、朝風呂に入った人たちが出てきていました。
この建物が和風レストランのようで、朝食の準備が進んでいました。
白馬帰省 きたぐに号で糸魚川へ
3連休で白馬に帰省しました。いつものように新大阪駅を23時32分発の急行「きたぐに号」
に乗りました。今回は3週間前に寝台券を買いに行ったのですが、パンタグラフの下の上段がない座席(通称:パン下)
を買うことは出来ませんでした。でも、寝台席は満席、自由席は大変混みあっていますというアナウンスが流れていたので、早く買っておいてよかったです。
大糸線のホームにはキハ52
が待機していました。
ここで36分間の待ち合わせです。いつもなら糸魚川駅周辺を散策
するのですが、暗いし、小雨も降っていたので、駅にいることにしました。
待合室には、二人のお客さんしかいませんでした。ここで、夕べ広島駅のドトールコーヒーで買っておいた朝食を食べることにしました。
ミラノサンドC(鳥肉の炙り焼きチーズレタスサンド)とシナモンロールといろはす、それに自動販売機でカフェラテを買いました。まだ寝ぼけていて、間違えてコールドを買ってしまったのですが、待合室内はかなり暖房が利いていたので、ちょうどよっかったです。
改札口には、大糸線小滝駅近くの小滝川で採れた原石を使って作られたという、日本一の翡翠(ヒスイ)の勾玉(まがたま)が置いてありました。
ホームに出ると、糸魚川駅の発車メロディーの説明書きがありました。糸魚川出身の相馬御風先生 が作詞された歌が流れ、春は「春よ来い」夏は「ふるさと」秋は「夏の雲」冬は「カチューシャの唄」となっているそうです。
大きな翡翠(ヒスイ)の原石もありました。これも小滝川で採れたもので、糸魚川では縄文時代からこの翡翠を用いた装身具が作られていたそうです。
手前に止まっていたのが、キハ52首都圏色
です。
今回乗ったのはキハ52横須賀色
でした。独特のエンジン音が、耳に心地よかったです。
改札が始まってすぐに出ていったので、車内はまだ人が少なくて、
出発の頃には、ボックス席がほぼ2人掛け程度埋まるくらいの乗車率となりました。
第4回 白馬スノーハープ利活用検討委員会
私の実家近くにある白馬クロスカントリー競技場(スノーハープ)利活用検討委員会
の4回目の会合が16日、白馬村役場で開かれたという記事が、11月18日の大糸タイムスに掲載されていました。
現在スノーハープメイン会場に確保できている芝ピッチのサッカーコート3面が減ることは、大規模サッカー大会の誘致が困難になるため、陸上競技とサッカー場の整備両立策について意見をかわしたが結論にいたらず、小委員会を立ち上げて検討を行うことを決めたそうです。今回は陸上競技場を整備した場合の試算も示され、水はけ改善工事を含め、100m8レーンを加えた全天候型400メートルトラック6レーンは約1億7900万円。陸上競技場整備にあわせ、メイン会場のり面改修やクロスカントリーコースの一部改修、管理塔新設など、委員会で上がった要望や提案をすべて実施した場合の試算は約5億円にのぼるとの事です。
各団体ごとにいろいろな要望があると思いますが、より多くの人に利用される、白馬らしい競技会場にしていってほしいと思います。






































