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まつPONの「hanaと共に生きる」

中の人の職業観、人生観の変遷が垣間見れます。

新年明けましておめでとうございます。(松の内ぎりぎり)

今年も(は)皆様に取って良い年になりますように。



さて今、サ○ゼリヤで「真○カのパプ○カソース」というメニューを注文し、食べています。


というのも先ほど、会社での話。


某社員「今日はこれから帰ってお粥つくらないと!」

わたし「なんで?(某社員はたった今、弁当を食ってたばかりだという驚き)」

某社員「七草粥じゃん。」

わたし「あぁ、そうか。」

某社員「あと今日はイカも買って帰らないと!」

わたし「なんで??」



いわく、20年近く前に亡くなったお父様が、たいそうイカがお好きだったそうで、

生前は毎日のようにイカが食卓に上っていたのだそうです。

そして今日はそのお父様の誕生日なので、この日は家族全員、毎年欠かさずイカを食べることに

しているのだと。


心がほころんだ。


慕われ、愛され、尊敬され、今も当時のまま、妻や子どもたちの心の中で生き続けている、

そんなお父様にお会いしてみたかったです。


少しでも近づけるかもと、イカを食してみているわけであります。

先週は水・金と怒涛の出荷ラッシュでした。
特に金曜は一表日としては過去最高クラスの数字を叩き出しました。
前年割れが続いていただけに、来年に向けての良い景気づけとなったと思います。


今年の特徴は、不況の割に高単価花材の出荷数が伸びたこと。
蘭類、大輪maム、オriエンタruユリ、グロriオサなどの注文が伸びました。
蘭については産地さんの努力、マムについては私が市場や産地にせっついたこと、
グロriオサについてはよくわかりませんが品種の独自性でしょうか。



特筆すべきはオriエンタruユリ。弊社が入場しているHI花きのH川タヘイ君が、
史上初の産地企画提案をしてくれました。
この市場の若手から、このような提案を頂くのは思い出せる範囲では例がなく、
しかも入荷面でもほとんどトラブルがなかった。完璧です。
新しい年に向け、期待を持てる嬉しいエピソードでした。



その他、今年のトピックスとしては、



・コラボするサプライヤーさんが増えたこと
 →花plaん富gaし君(金いさんの結婚式で出会った)、すzuきの百合の鈴kiさん
  (ブログで出会った)、ローseファーmケiジさん(アイfexで出会った)、ほか、
  多くの産地さんに使って頂きました。
  弊社は産地さんに対し「買う」立場ではなく、「使ってもらう」立場でありたいと、
  考えています。ご自分の商品なりスタイルを、87don8の媒体を通してアピールして
  頂きたいところです。



・K橋花きさんへの仕入れ協力のお願いをしたこと(bアリアk社長からのご紹介でした)
 →お付き合いしてみて、その仕入れ力、きめ細やかさには脱帽です。
  私たちがどこを探しても無い花でもさらっと揃えて下さいます。
  リーダー格であるE兄貴が多くの方々から支持を集めるのも納得です。



・お客さんとコラボした花レsiピの展開
 →立ち上げ当初、アクセス数があまりにも伸びずひやひやしましたが、定着しました。
  何より担当する社員スタッフのスキル向上に繋がっているのでよかったです。



・大阪の市場から阪sinトレーdングさんを通しての仕入れ
 →こちらもK橋花きのE兄貴のご紹介。能登の某産地さんに夏に伺った際に、
  紹介をお約束した案件だったのですが、大阪の市場しか取り扱えないことが
  間際になって確定し、もうだめかと思いましたが皆さまのご協力で助けて頂きました。
  前に阪神さんのことはこのプロパガンダでも言及しましたが、そのサービス精神には
  これまた脱帽です。



・鉢ものの仕入れを開始
 →車の免許を取ったこともあり、夜中にFAじぇーに行けるようになったので、
  少しずつですが引き荷を開始しました。キオスクには大変な衝撃を受けました。
  来年はビジネスベースで鉢の販売を考えることができるか、お正月の課題です。




それでは皆様、良いお年を!!!


昨日の松市は、売上ベースで久しぶりに前年比を上回りました。

(と言っても大した金額ではないのですが。。。)

6月以降、ほぼ全ての数値が前年を大きく割っているだけに、特筆に値する。


ある花事業者に言わせると、「不況の時は正月用の花がよく売れる」とのこと。

ある意味、真理かもしれません。

家で正月を迎える向きが多い、ということも要因としてあるでしょうが、それ以上に、

心機一転を図りたい、厳かな中にも華やかな空間を演出したい、そんな心理的な要素が

多分に手伝っていることでしょう。


今日は某銀行主催のイベントに参加。

そこでも、複数の企業経営者や頭取から、「こういう時は花は売れるんじゃない?」と言われました。

彼らが花業界に関する何かしらの根拠をもち合わせているかどうかは別としても、

自身が「花的なもの」を求めていることの表明と、好意的に受け取りたいところです。


元マッ機ンゼーの川moと裕子氏による講演では、日本の行方について鋭い切り口で語られた。

極めて当たり前のこと、当然のこと、なのにそれが出来ていない社会、企業に対しての警鐘。

「規律がないところには、希望もない」という言葉が大変印象的でした。


今年の漢字は「変」だったようだが、そのような中にこそ、規律やけじめが大切なのでしょう。

奇をてらわない、古き良き正月が市場法改正の年の幕を開ける。

家の近所に、月に1度は行くちゃんこ屋があります。

元関取がやっている大変繁盛しているお店。


実は今日も行ったのですが、味は最高、コストパフォーマンスも高い、しかし何より、笑顔がここの持ち味と感じる。

元関取と、奥さんと、娘さんと、料理の職人さんと、接客のパートさんが2人くらいでまわしている店なんですが、

とにかくみんな感じが良い。

感じが良いというのは、愛想が良いのとはまた違い、作られた感、押し付け感の無い中にも、自然な笑顔で

接する相手をほっこりとした気分にさせ、相手からも微笑みを引き出す、言葉にしにくい、感じの良さ。


飲食店というのは、お客さんを迎え入れるという点で、そういう部分が特に重要なんだろうとは思うが、

注文をいただき、出荷をする立場の我々こそ、もっとそういった面での成長を考えるべきではないかと、

ついつい気分よく飲みすぎた夜に思いました。

一昨日の日曜、母校である1橋大にて吉永sa百合さんの朗読会がありました。

原爆の悲惨さを訴えるためにライフワークとして、吉永さんが続けておられる会で、

被災者による詩を中心に朗読がなされます。1橋の研究機関の主催でした。


私は同窓会組織より、檀上に飾る花を寄贈して欲しいとの要請があり、寄贈したところ、

招待席のチケットを頂いたのでした。

同窓会組織の職員の方が、弊社のお客さんであるという奇縁が発展したものです。


吉永さんがいかに美しかったか、朗読会がいかに素晴らしかったかにつきましては、

言わずもがななので割愛しますが、フィナーレで特筆すべきことがあったので記します。


戦争、原爆の悲惨さを心より再認識し、生きていること、家族や友人の尊さを実感した

朗読会の最後に、学生や市民、そして吉永さんも参加して合唱された歌のタイトルが、


「花koそは心のいこい」


ネットで調べたところ、吉永さんの朗読CDにも収録されている曲のようで、朗読会では頻繁に

合唱される曲のようです。

5年目を迎えたIF☆X、皆さま、どういったご感想をお持ちでしょうか。

色々な意味で今年は試金石の年。


2日目を終えた今日、私として思うことは、この業界に無くてはならないイベントに、

成る可能性を高めることができたのではないかと思っています。

理由は3つ。


1.業界内の「出会いの場」「再会の場」として定着しつつある。


2.メリットを感じている出展者(特に小規模の初回出展者)は多いようである。


3.自分自身、この5年の全日程を参加してみて、収穫の期待と成果はほぼ一致している。


なので、来年再来年を失敗しなければ、20年30年と続くイベントになることでしょう。



来年、再来年に失敗してしまう引き金を引く地雷があるとすれば、



1.出展者数の減少(下降曲線の始まり、今年、その予兆あり)

  →出展者に対し、「費用対効果」の算盤の合わせ方を啓蒙する必要がある。


2.出展者(小間)数の減少の予防線を張っての主催者側の防衛

  →即ち出展料の値上げ。これに踏み切るのは時期尚早である。


3.マンネリ感の蔓延

  →年ごとにもっと強烈なテーマを打ち出す必要がある。

   事前営業、オープニング、レセプションパーティ含め、余りにも変わり映えがしない。



自分が主催者であるとすれば、



1.累積出展小間数が○小間に達した出展者への優遇(例えば無料コンサル、集客支援等)

  →このあたりはJR共催であることのメリット


2.「自然への感謝」「安全祈願」など大きなものに対する不偏的な「儀式」の実施・定番化


3.尖ったコンセプトの設定。  →例えば08年であれば「力強く生き残る」的なものを設定。

   そのコンセプトに対する自分なりの解を出展者、来場者が持ち寄りすり合わせる

   機会とする。


誠におせっかいながら、そのようなことを思いました。



タイトルは、今日、松尾ふと1。さんと触れ合って感じたこと。

3拍子揃ったあんな人間はなかなかいない。

閉塞感というものは、あくまでも自己とそれ以外の環境との関係性に起因するものであって、

実際に物理的な八方塞がりという状況にある訳ではまずない。だから語尾に「感」がつくのだろう。


閉塞を打破する、すなわち関係性を変えるには、自己を変えるか、環境を変えるか。


ここでとりわけ問題となるのは、「自己」を何に設定するかという問題。

「我が人類」「我が国」「我が業界」「わが社」「私」「私の魂」。。。


そこを考えだすと、変えるのは自己か環境かという議論は実はあまり有益ではなく、むしろ、

「環境を変える」ことに十割目を向けることが必要なのかも知れない。自己も環境の一部とした方が自然。


当然、環境というものは無量大数の利己的な遺伝子が作り出す「結果論」の世界なのだが、

そこに働く力学、作用反作用というもののルールは非常にシンプルでわかりやすいように思う。


卑近な例で言うと、「業績が上がらない」「景気が悪い」「新しいことをしようにも人手も資金も足らない」状況。

閉塞感を感じる最たる例の一つでしょう。いわゆるじり貧。


しかし、「自己」を「わが社」から「働く社員個人(自分も含む)」に設定しなおした場合、「わが社」という環境に

対しては必ずしもネガティブな面だけではないということがわかる。

例えば「業績悪化」「景気後退」という共通の敵に対して一致団結し、これまでに無い成果が生まれる素地が

できることもある。


恐らく、多くのイノベーションはこの「自己」の設定を大きく変えることができた時に実現しているのではないか。

ブログ、ドロップシッピング、大きくはインターネット、これらの隆盛のルールを見ても、そう思う。


ポイントは、「環境が変わっている」のではなく、自分個人の行動も確実に「環境を変える」ことに作用していると

認識を持つことからはじまるということだと思います。

市場近くにできて1年ほどになるラーメン屋があります。


「店の外観を見て、美味いか不味いかほぼわかる」という意味不明な自負を持っている私は、

食事時の候補としてこの店を加えることはしませんでした。


ところが先週だったか、い○船が「あの店、相当うまいっすよ!」と報告してきた。

いわく、「ラーメン」ではなく「ごちそう」なのだと。「あのラーメンはごちそうですよ」と。


で、今日の昼にさっそく行ってみたら、その意味がよくわかった。本当にごちそうだった。

何というか、スープにかくし味が二つも三つも施されていて、「凝ってるなぁ」という感じ。

麺もしっかりしている。その上、中盛(50円増し)、大盛(100円まし)のほか小盛(50円引き)まで。

中盛で味玉載せると1,000円弱と、高めの価格設定ながら、「また来よう」と思わせる店。


この店が成り立つ背景には、「ラーメン」に関する「消費者教育」が十分になされていることがある。


今日、一休さんから、「花が売れないのは生産者でも市場でも花屋でもなく、花にふれる機会が

少なかったから、その影響が今出てきた」という訓話を頂いた。消費者教育が大切であると。


ごちそう花屋。

このところ、異業種からの提案を受ける機会が相次いでいます。

今日は午前中にお菓子屋さん、午後はお茶っ葉屋さんが来社されました。


前回に書いたように、やはり彼らの業界も伸びしろがなく、他業種とのコラボに解を求めたいとのこと。

その中で、花という商材は大きな候補の一つとのこと。

自分としてもそんな切り口で他業種へ営業を掛けようと考えていた矢先だったので、向こうから来てくれて

渡りに舟。話もとんとん拍子というもの。大変ラッキーでした。


まあそれはいいとして、


彼らは、自分たちの商品を「魅せる」方法を、総じて私たちよりも知っていると思い知らされた。

今日来た方々の例は紹介できないのですが、今日の87どんヤブログで紹介したケースも典型的。

「美味しい」「高品質」だけではない価値をどのように「魅せる」か。感動の演出。

高級ブランドのチョコレートをもらうことよりも感動される「せんべい」が追求されている。努力の賜物。


地道に、試行錯誤、努力努力。ローマは一日にしてならず。

先ほどの続き。


花業界は特別でもなんでもない。


よく「景気後退のあおりを一番受けるのは花業界」などという話をされる方もあるが、

外部環境の変化の脅威は全ての経営体(企業、個人問わず)に対して等しく存在する。

原油高騰の影響しかり、消費後退の影響しかり、温暖化、高齢化、人口減少などマクロ要因から、

競合動向、顧客の嗜好、云々云々ミクロ要因まで。


その中で花業界特有の問題を過大評価し、その解決策のみを一生懸命考えるのは近視眼的である。

一生活者として、一顧客として、為政者として、経営者として、競合の経営者として、視点を変えて

物を見ることがとても重要な気がする。


どこかのブログに、卸やなか卸の従業員はサラリーマンでどうの、などという批判的なコメントがあったが、

こういうのが最たるものである。

例えば生産者の立場から見て、市場はこうあるべきだ、花屋はこうあるべきだ、こうあって欲しいなどと

いくら主張しても絶対に埒は明かない。

相手の立場、感覚、考え方を感じ取ることで、自分の動き方を決定することができる。


ブログというのは読んでためになるものというのはほとんどない。しかし感じられる物は多くある。


色々な角度から物を感じ取る感受性というのは、本来この業界の人間が最も磨かれているであろう、

有力な武器ではないでしょうか。