まつPONの「hanaと共に生きる」

まつPONの「hanaと共に生きる」

中の人の職業観、人生観の変遷が垣間見れます。

Amebaでブログを始めよう!

気付いたら1年以上も放置しておりました。


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昨日、市場の並びの同業者が閉店された。詳細は不明だが行き詰ったのだろう。


ここは他市場を含めても社長のワンマン度の極めて高い会社で、従業員の自発的な行動を

決して良しとしない風土に違和感を感じていたが、確かにそれだけのことはある随一の「目利き」、

商品調達力のある職人型の社長であった。

それだけにこだわりを持った個人生産者、デザイナー型花店の信頼は厚かった。


通常、場内のなか卸同士は荷の融通をしあうもので、その会社の従業員も弊社に荷を買いに

来ることがあるにも関わらず、我々が買いに行くと「それはちょっと待て」と止められることは

日常茶飯事、曰く「それが欲しいかも知れないお客さんが後で来るかもしれないから・・・」。

もらえた場合でも付いている値札よりもかなり高い値段で伝票を切られることもしばしば。

曰く「その値札は見きりで値下げしたあとの価格だから・・・」。

「嫌なら来るな」という断固たる姿勢には反発を感じることも多かった。


それでも私はこの社長を憎めなかった。一貫した方針や態度、使命感。ブログも本当に毎日、

年中無休で写真入りで長年継続されていた。それだけでも尊敬に値すると感じていた。

1日に何缶も同じ烏龍茶を飲み、場内禁煙も何のその、店頭に同じ銘柄の煙草を積み上げ只管吸う。

自分のスタイルを決して曲げない、絵にかいたような「一途な男」。


きっと誰にも相談できなかったのだろう。烏龍茶と煙草だけが相談相手だったのかも知れない。

また一人、名物親父が去った。彼のことを、もう過去形でしか書けないことにただ寂しさを感じます。


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彼が退出せざるを得なくなった原因は何だったのだろうか。

本人のやり方がまずかった、と言い切ることは容易いが、果たしてそれで良いのか。


この会社の退出を知った花屋さん、デザイナーの方々は口々に残念でありショックである旨を

語り合い、今朝の市場は全体に重苦しいムードが漂っていた。

どうか「責任の一端は自分にもあるのではないか」、と思う想像力を持った方がいることを願いたい。


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私は花の業界、正確には花の流通業界に入って10年になりました。

たった10年で偉そうにすみません。


最近になって強く感じることは、この仕事が「花に合わせて生きる」仕事であるということ。

人間(自分)の事情よりも花の事情が優先されるというか・・・


例えばお客様からいくら注文を頂いても、花が咲かなければ納品することはできない。

通販の仕事の場合、来週や再来週に咲きそうな花の種類と本数と相場をイメージして、

「見込み」で注文を取る。市場の方や生産者の方という人間を通して、花の顔色を伺う。


それでも咲かないこともあり、その時はお客様に謝り、時には怒られる。

逆に花が思いのほかたくさん咲くと、今度は「相場」に泣かされる。


花がお客様の手元についた時に傷んでいると我々の責任となり、代品やお値引きは

当然としても、時にはそこまで言うかと悲しくなる罵詈雑言にも耐えなくてはならない。


もちろんお客様にはお客様の事情があり、いや、お客様の事情しかないわけで、

そのお客様に「花の事情」をお伝えし、理解して頂き、ご納得を頂くことが究極のミッション。


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いわば、「花と人間のトランスレーター」。現在の私はそういう境地にあります。

そしてそのミッションにも誇りを持ち、楽しんで挑んでいる自分がいます。


件の社長は「孤高であること」を自らに課したために、多くの人間にわかるような「翻訳」が

苦手だったのではないだろうか。だから毎日、ブログに花の写真をアップし続けたのではないか。


以前、強面の彼に、「昨日のブログの写真は・・・」と感想を話すと、はにかんだ笑みを浮かべて

「読んで頂いてるんですね、ありがとうございます」と言われたのは印象的でした。


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「三方よし」あるいは「四方よし」という言葉があるように、ビジネスにおいても、社会全般においても、

「自分だけが一人勝ち」という状況はあり得ず、また、必ずしっぺ返しが来ることは先人からの学び。


今回のケースは、あの社長が身を挺して考えるヒントを与えてくれたのではないだろうか。

いつもながらの、とてもわかりにくいやり方で。


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大変難しいことでしょうが、いかなる形かでの彼の復帰を望んでいます。

ああいう男が、今だからこそ貴重だ!

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花の商売なんぞしてますと、本当情熱が無い時は何やっても駄目。
情熱が全てみたいな職業で、それが無くなったら、死人同然のような気もします。

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心より共感!

このタレントの存在価値がもっともっとクローズアップされることを祈ります。


プリンスShishidoさん。

このブログを開設した当初は、「はな業界」の全体が良くなるためには、などという、

大それたおこがましい考えで「プロパガンダ」と名付けましたが、どうもここ1年くらい、

そうした青色の気概が薄れてきたため、改名することにしました。


最近はFacebookの流行により、学生時代の友人などと久々にコンタクトを取る機会が

俄かに増え、「なんでお前が花?」という初歩的な質問に答える機会が急増しています。


そこでの答え方は今も昔も一貫していて「花というより、この業界に興味を持った」と

言っていますし、それは本心であり核心です。

プレイヤーのほぼ全員が小規模であり、多くが好きで生業としていて、「農」が絡む、

この業界の経済活動や人々の生きざまを研究し、広く世に生かすことは世界平和に繋がると、

本当にそう思っています。


しかし一方で、小規模ながら経営を中心的に担う位置についてから、そうしたパースペクティブを

常に持ち続けることが難しくなっている現実もあります。

まずは個人としての根幹をなすこの部分を強固なものにするまでは致し方ないことです。


この4年半の間、業界は人も環境もずいぶんと変わりました。

以前の「収縮(まとまろう)」モードから、今は逆に「拡散(個々でしっかりやろう)」モードに

移ってきているようにも思えます。

収縮と拡散の繰り返しは自然の摂理ですので、だからどうという訳ではないのですが、

どの局面においても「業界への愛」みたいなものが皆の中に絶えずあるといいなぁと願います。


このブログは引き続き、何かを思った時に開いて行きたいと思います。

タイトルは初心を忘れず徹底してやって行きたいという思いから、「毒を食らわば皿まで」とします。


ご興味のある方は、引き続き、期待せずにアクセスしてみて下さい。


                                          まつPON

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東日本大震災の犠牲になられた皆様のご冥福をお祈り致します事とともに、

被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

私個人としても出来る事を見つけましたら積極的に取り組む所存です。

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今、花業界人として出来ることは何か。

当然のことながら、それはいくらでもある。



では、「やらなければならないことは何か?」と問われるとどうか。



ここにジレンマがあるのが現状であろう。

有事においては、「出来ること」「やった方がよさそうなこと」の価値は相対的に軽視され、

「やらなければならないこと」「必要なこと」が絶対化される。

当然の現象だが、今の世の中、「振れ幅」は大きい。


つまり、平時は美徳とされる「出来るしやった方が良い」ことを、有事にやろうとすると咎められる、

しかも割と強烈に咎められる。


例えば、「被災地の皆さんに花をお届けしよう」という動きが東京で起こる。

一方で「花どころではない」「売名目的」「現地の花屋への配慮が足らない」等、多くのお咎めが起きる。

この「お咎め」は生易しいものではなく、下手をすると後に戻る平時のビジネスにまで影響する可能性も

あるため、慎重に対応しなくてはならないのは当然ですが・・・


しかし今、被災地の方々に花をお届けしようと言う気持ちを持っている人は(私もその一人ですが)、

少し大袈裟に言うと、花に日々、携わる人間としては当然の感情であり、今、自らの気持ちを

実践できなければ、それこそ一生後悔するのではと思います。


逆に、被災地の方々におそるおそるお花をお届けして、喜ばれたり、感謝されたりした場合には、

一生の誇りとして胸に刻まれ、人生の自信になることでしょう。


一時的に「お咎め」が起きても、対応策はいくらでもあるので、突っ走りたいものである。

「心」を伴った花であれば多くの人々の心に大きく響くはずです。

第一回FVが、日付としては終了しました。


WTという形で参加させて頂きおよそ半年が経ちました。




こうしたキャンペーン系の取り組みに参加したのは初めてということもあり、


中にいる身としても一体、この取り組みがどのように収束して行くのか、世間(業界内外)からどのように


見られるのか、どのように理解されるのか、全体像がつかめないまま当日を迎えた次第です。




プロジェクトの数値的な成果は後々判明するとしても、これほどまでに業界全体が一体感を持って


一つの事象に注目し、喧々諤々と議論したこと、同じワードを共有したことは過去なかったのでは


ないだろうか。


そうしたトピックが作れたこと、しかも全員が「来年はどうする」と今日からおぼろげながらも


頭に描き始めていること、それだけで十分、第一回の役割は果たしたのではないかと思う。




結果的にその中心組織の末席を汚すことが出来たことは、文字通り「有難き幸せ」です。




立場ごとに様々な利害がありながらも、全体として一つの目的を共有できる世界が成り立てば、


戦争の無い世界が成り立つのではないか、日本の当業界はそのモデルケースになるのではないか、


そんな思いもおぼろげにあって、この業界に従事した経緯もあり、そうした意味でも今回の学びは


よく咀嚼して自らの血となり肉として行かなくてはならない。貴重なケーススタディとなった。




「アソシエ」というコンセプトで、ECサイトの延長でそうした「世界観」を演出したいと考えたことは、


今にして思えば浅はかな考えであったと、率直に認めざるを得ない。


上部構造と下部構造、即ち行政機関と経済活動は基本的に相いれない要素を持っており、


今回の場合、推進委員会は参加メンバー(業界で経済活動を行う者)にルールを強いた訳だが、


その推進委員会は100%、参加メンバーの支えによってのみ成り立つのである。


(追記)ただし今回の推進委メンバーは何ら報酬は受け取っておらず、かつ諸経費も全て自腹負担であり、そうした意味ではプロジェクトが大失敗したところで責任を問われる筋合いはなかった。
今回は仕方がないにしても、今後はご協賛を募る以上は個人あるいは組織としてもある程度の責任あるプロジェクトにすべきではないかと感じます。(追記終わり)

様々な局面で推進委員会に対する痛烈な批判を目や耳にし、心を痛めたあの心境は、


わずかながらメディアの世論調査の結果を恐れる政権のそれの疑似体験に近いのかもしれない。




火中の栗を拾う覚悟を持った人間、石の上にも3年の覚悟を持った人間、これこそが今の業界に


おいて必要なのであり、それはそのままこの国にも当てはまる。評論家はいらない。

FV、様々な問題を内包しつつも、よくここまで形になったと思う。


ワーキングT(中でもOリーダー、HBYのMさんのすさまじい活躍)を始め、委員会メンバー諸氏の

「一丸となって、とにかくやってみよう」という気持ちのもとの推進力に、この業界も捨てたものではないとの

思いを新たにしている次第である。各卸会社の惜しみない協力の姿勢も特筆に値する。

私も微力ながらあと半月、力を注ぎたい。



そのような中、今日はラジオ番組での特集があった。



番組内容はもちろん素晴らしかったが、そのリスナー(大学受験生?)のツイッターでのコメントに、

ある清々しい思い、賛否両論ある中でも、間違いなくやって良かったと心に沁みるものが

ありましたのでご紹介します。


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今日の◎◎(番組名)は凄くためになった気がする。。 これを機に

花について色々調べてみようと思った! 受験終わったら花屋さんに

行ってみようかな(☆▽☆ )


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こういう気持ちになって頂く、一人でも多くの方に、それが当業界の長年の大命題だと思いますが、

一つの試みの中で、実際の形(表明)となって発露された。

これは画期的なことだと思います。



ただ、この方は単にラジオを聴いただけでこのような思いに達したのではなく、最初はむしろ、

ネガティブな反応を(ツイッター上で)していた。

その後、FVツイートと数回のやり取りを経て、上記のような心境に達したものと思われる。



やり取りの詳細はツイートをご参照頂きたいところだが、ポイントは2つ。



1.花を買ったことが無い人に、花を買おうと思ってもらうことは可能!

 →「買わない人はどうやっても買わない」という諦めはもったいない。どころか、意外と簡単?



2.ツイッターとラジオの相性の良さ!

 →「耳で聞きながら、目で読む」ラジオから流れるメッセージのライトさ、ツイッターのTLのライトさが

  妙にマッチしている気がした。程良く挟まる音楽の時間がツイートをやり取りしたり、頭を整理する

  時間にぴったり。





今後、業界を挙げて取り組むべきは「ラジオとツイッターを駆使した消費者教育」かもしれない。

コストも低く抑えられるし。

ちょっと前、ひっそりと、「楽天店」をオープンしました。




自社サイトもカツカツしてる中、なんやかやで売上の10%前後を上納しなければならない

モール出店は、都度検討しては却下して来た事項だったが、それでも繰り返し議論になるので

「だったら一度!」ということでオープンしてみました。


以下気づき。


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・実は私は以前、企業が楽天に出店する際のコンサルみたいなことをやっていたのですが、

今回、自社で出店して驚いたことは、約10年を経て基本仕様が当時と殆ど変っていないこと。

これは初期からのユーザーが根づいていて、管理画面を大きく変えることが即ユーザー不満に

繋がると言うことの表れであろう。


逆に言うと、初期のインターフェイスがかなりのレベルで完成されていたことの証左でもある。


・もうひとつ驚いたことは、注文が入って来る入って来る。

一番最初は正直ショボイ見た目&品揃えでのスタートだったが、それでも注文が入って来る、

変な話、「ここでよく注文しましたね・・・」という感じだったが、裾野を広げればニーズも千差万別、

その中の1つのニーズを捉えられたということだろう。(利益が残るかはこれからのやり方次第)



・開店して初めて気づいたこと、当社のサイト名を漢字にした同業他社の店舗があった。

内容はさておき、もしパクられたのであれば、これほど名誉なことはないと思います。

ただサービスのクオリティが余りに低くて、お客さんにネガティブなイメージを与えられては

非常に困りますが。


まだまだ本店の20分の1くらいの売上だが、付き合い方によっては面白いチャネルになると


想いを新たにした次第です。

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この話題のポイントは、詰まる所、「だったらもっと早く出店すべきだったんじゃ?」ということ。


コスト(人的、金銭的)は掛かるし、「そもそも自前のサイトがあるんだし」という自負。

この目に見えるコトがチャレンジを阻み、まだ見ぬ「やってみなわからん」ことに目隠しをしていた。


物事の判断で、特にイキかナシかの判断においては、「イキ」に少し御アドバンテージを、ひいきを

与えるべきではないかと感じた次第です。


それは仮に主目的(例えば単年黒字化)が失敗したとしても、予期せぬ副産物(学び、

飛躍のチャンス)をもたらしてくれましょう。


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IF●X。


基本仕様はほぼ変えず、あるタイミングで一気に変える(値上げ)は楽天と似ている。

「出展料が高すぎる」等の不満はさておき、ビジネス的にはセオリーを踏襲しているのだろう。


但し、そこにはユーザー満足(出展者、来場者ともに)があってのことという前提がなければならず、

その前提まで共有されての類似かというと、大いに疑問も浮かぶ。


2008年(第5回)のIFE●の感想  ←提言

2009年(第6回)の●FEX感想  ←不信


今年の第7回は残念ながら直近2回の懸念点を助長する傾向が強かった。

ただ、ようやく「動ける層」までほぼ同様の認識が拡がったようにも感じる。


今年は首1枚つながり、来年に試金石は持ち越し。

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個人的には菅家さん、松山さん、大輔さんという、このプロパガンダを最初にお伝えした3人と、

それぞれにまとまった時間を持って一対一で交流することが出来た、薫陶を受けさせて頂けたことだけで

非常に満足度の高いEXPOでした。このイベントがなかったら、あの時間は生まれない。


プラスな知恵も、マイナスな感情も、人間らしい情報も、このイベントなしでは触れられなかった。


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楽天的思考で、現実的に行こう。

先の土曜、予て療養中だった父方の祖母が逝去しました。

春先に鹿児島に見舞いに訪れた際には思ったより元気で安心しましたが、私にはあれが最後となりました。


2年前に腎臓癌を患い摘出手術を受け、一旦は旅行にも行けるくらい回復しましたが、

持病と高齢、そしてこの夏の暑さもあってか急激に悪くなったようでした。

然し、余命24時間~48時間と言われてから2週間以上生きながらえ、しかも死の直前まで

意識があり受け答えにはユーモアもまじえると言う、エネルギッシュな人でした。


そのような訳で今年は個人としては喪中欠礼となります。


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息子の私が言うのも何ですが、私の父(故人の長男で喪主)は日本を代表する大企業の役職に就いており、

国内外の名だたる企業の社長さん方から田舎町ではあり得ない数のスタンド花が届きました。


斎場には、私が予対分も断られたリンドウが200本以上はあったでしょうか。


職業柄、そうした所に目が行くようになりました。と遺影に話しました。


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ありがちですが、嫁姑(私の母と祖母)の仲は、決して良いとは言えないものでした。

お互いに正論と、わがままがあり、とうとう止揚を見出すに至りませんでした。


当然ながら私は母親との時間が長かったため、片方からの偏った意見に半ば洗脳された時期もあり、

祖母に対し、批判的な目を向けることも多くありました。


しかし、祖母は初孫の私を、他の孫たちから明らかに贔屓する形で、溺愛してくれました。

祖母が長崎へ遊びに来る折は、仕事で忙しい父に代わり、母と祖母の挟間で三角関係の中心に、

そんな複雑な感情、人生勉強の記憶の始まりは幼稚園時代でした。


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私の両親は26歳の時に職場結婚。

開業医の次女だった母は大卒後、ほんの少しの社会人生活を経て、家庭に入った人。


だからか、良くも悪くも少女のような心を持っている。息子の私が言うのも何ですが。


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仮通夜、本通夜、葬儀と、遺族8名で切り盛りした3日間。

通夜の夜は斎場の座敷で雑魚寝、交代で線香の火を絶やさないように見守る夜。


親戚の中にも何人か、斎場での夜を一緒に過ごしてくれる人があった。


そんな中、「きつい」「眠い」とクレームを一人ぼやき続ける母。

見かねた喪主の父が「座敷で寝てなさい、布団敷いてあげるから」と声を掛けるも、

「あそこには○○さんたちも寝てるでしょ、一緒の部屋には寝られん!」とのたまった。


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「お母さんのことをみんな心配して言ってるのに、何でそんなことを云うのさ!」と私。

何かを感じたのか、黙って座敷へ寝に行った母。


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なんと社会性の無い母なんだろうか。

きつくて眠いのは皆一緒、それでも一生に一度のことだからと皆、頑張っているのに。


そんな思いが逡巡した本通夜の夜。


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葬儀はしめやかに滞りなく行われ、火葬、初七日と終えて、精進落としの席。

こういう時しか交流の無い親戚の女性がポツリと言う。


「あんたのお父さんはすごいねぇ。でもね、おばあちゃんはお父さんが偉くなったのは

お母さんのお陰だっていつも言ってたのよ。」


祖母が母に対して、そういうことを言っていたのかと、少し驚いた。


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考えてみたら、そうかもしれない。いや、本当にそうだ。

伝え聞いた祖母の言葉に、気づかされた。


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母はこの35年、主婦として、父のみならず、私や妹のために日々を過ごし、外の世界で

活躍してみたいという欲求も封印してきたのだ。

家事を怠らず、子育てもぬかりなく行い、父が安心して働ける環境を作ることに人生の全てを費やしてきた。


若干極論かもしれないが、そういうことだと思った。


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一般的な順番からすると、私が母の喪主を務める可能性は高い。

その時に思い残すことの無いように、と祖母からの最後のメッセージだった気がしてならない。

「フラワーDリーム2010」という3日間に亘るイベントがあり、本日終わりましたね。

関係者の皆さま、お疲れさまでした。


まだ終わったばかりであり、かつ、私は納品業者&観客として訪れただけなので、

それ自体にどうこうと言える立場にはありませんが、その周囲の方々の感想を

伝え聞くに、「いよいよカオスだなぁ」と感じた。


立場を問わず、「大成功」と捉えている向きと「大失敗」と捉えている向きに分かれる模様。

前者の理由は「規模」、後者の理由は「コンセプトがない」に帰結するようである。


従来、例えば「荷主と買参人」、「卸と買参人」、「既存業者と新規参入者」などの

対立軸はあったが、今回は「とにかく何かやらなくちゃいけないんだ!」組と

「やりさえすればいいってもんじゃないよ」組、思想、哲学の部分に対立軸があったような気がした。


これまでは同一業態、同一企業、同一団体であれば、その内部に強い対立軸が

生まれる事は少なかったが、今回は如実に、それが起きているように見えた。

個人の中の精神的な葛藤が、そのまま表面化した感じだろうか。


この対立軸は、これまでの軸に比べると一段高いレベルの軸であり、

業界としての議論が熟成しつつあると好意的に捉えることもできる一方で、

個人におけるそれと同様、意見或いは行動として具体的に発露させる場合には、

ある程度のレベルまで自らの中で葛藤を繰り返した上のものでなくてはならない、

もしかするとまだ十分ではないのではないか、とも感じた。

葛藤を繰り返すにはコストが掛かるからであり、決して思慮に欠ける訳ではないのですが。


熟成された思想上の対立には必ず止揚が見出されるが、稚拙なそれの行く末は子供の喧嘩で終わる。



もう一つ、ポイントがあるとすれば、イベントが実際に行われた以上、

この議論は「大成功」陣営に大いなるアドバンテージがあるということ。


その事実が、このイベントを発展・継続させるための落とし穴であることを十分に理解すべきであろう。



それはそのまま、本日より始まった某プロジェクトのリーダーを務める自らへの自戒でもある。

JFえむAセミナーに参加しました。

仏国のギフト需要に特化した花の通販会社社長の講演。年商約40億円、商圏は仏国にとどまらない。


ちょうど2年前の同セミナーでは独国の花チェーンの社長の講演 をお聞きし、

同様の感想を持ったが、彼らは何も特別なことをしている訳ではない。

やるべきことを規定し、徹底して愚直にやる、トライアンドエラーの繰り返し。


だからこそ、努力を傾ける方向性の設定が非常に大切ということを肝に銘じることが出来た。

逆に言うと、見当違いな方向にいくら頑張っても、望む結果には辿りつけない。



尚、同氏は講演当日の朝6時に成田に着き、その足でO市場へ視察に向かったとのこと。


「卸売市場で売られている花の価格があまりにも高くて驚いた!」

「卸売市場で花があんな高温にさらされているが大丈夫なのか?」


と忌憚の無い率直な感想を述べておられました。