マスメディアの弊害
「マスメディアの弊害」というお話です。
----------↓
物事の本質を見誤らないためには、主流思考を身につける必要があります。
主流?何のこと?そう思うのは無理もないことです。簡単に言えば毎日見て
いるテレビの世界は、特殊の世界です。つまり主流ではありません。
例えばニュースやワイドショーで取り上げられていること、これは特殊のケ
ースを報道しているのであって、私達の日常のことではありません。
ニュース、英語でNEWS、新しいことという意味ですが、日本語では事件と訳
されます。つまり事件や事故を報道するのがニュースです。
一言で言えば、いいことではなく、悪いこと。問題となっていること、大変
なこと。
これを、毎日毎日、繰り返し、繰り返し、無防備に見聞きしているとどうな
りますか?気分が滅入って来ますね。
どうしても潜在意識に、暗いこと、嫌なこと、フラストレーションの溜まる
ことがインプットされると思いませんか?
人は、残念ながら物事を特殊が主流と思って行動してしまう傾向があります。
例えば、福島の原発事故の問題が起きた時、外国に住む人々は日本中が放射
能に汚染されたと判断したはずです。その証拠に、日本支社に勤務する外国人
達が、本社の指示により一斉に日本から一時帰国したと言います。
リビアでカダフィ政権批判の暴動が起きたと報道されると、リビア全土で騒
乱状態だと思ってしまうのです。暴動が起きているのはほんの一部、特殊な地
域で、国土の大半は、穏やかな日常が流れているはずです。
このように私たちが、物事を見るときは、主流は何なのか、見極める必要が
あります。でないと本質を見誤るのです。何より想念が暗くなります。
マスコミは暴力と言われることがあります。毎日、毎日、静かにマインドコ
ントロールにかかってしまうのです。とりわけテレビは、つけっ放しですから。
目立たない、地味な、主流を常に意識しながら物事を判断する習慣を身に付
けることです。自分の人生を台なしにしないためにも。
見山 敏
----------↑
そのとおりだと思います。
マスメディアにとって、好ましくないこと、不利なことは、悪いイメージを国民に植え付けるように、マスメディアが「洗脳」していると感じています。
マスメディアの報道主旨とは正反対の真実もあるのではないか? という懐疑的な姿勢を常に忘れずに、心の整理をすることが、幸せを実感するための条件だと思いますが、いかがですか?
----------↓
物事の本質を見誤らないためには、主流思考を身につける必要があります。
主流?何のこと?そう思うのは無理もないことです。簡単に言えば毎日見て
いるテレビの世界は、特殊の世界です。つまり主流ではありません。
例えばニュースやワイドショーで取り上げられていること、これは特殊のケ
ースを報道しているのであって、私達の日常のことではありません。
ニュース、英語でNEWS、新しいことという意味ですが、日本語では事件と訳
されます。つまり事件や事故を報道するのがニュースです。
一言で言えば、いいことではなく、悪いこと。問題となっていること、大変
なこと。
これを、毎日毎日、繰り返し、繰り返し、無防備に見聞きしているとどうな
りますか?気分が滅入って来ますね。
どうしても潜在意識に、暗いこと、嫌なこと、フラストレーションの溜まる
ことがインプットされると思いませんか?
人は、残念ながら物事を特殊が主流と思って行動してしまう傾向があります。
例えば、福島の原発事故の問題が起きた時、外国に住む人々は日本中が放射
能に汚染されたと判断したはずです。その証拠に、日本支社に勤務する外国人
達が、本社の指示により一斉に日本から一時帰国したと言います。
リビアでカダフィ政権批判の暴動が起きたと報道されると、リビア全土で騒
乱状態だと思ってしまうのです。暴動が起きているのはほんの一部、特殊な地
域で、国土の大半は、穏やかな日常が流れているはずです。
このように私たちが、物事を見るときは、主流は何なのか、見極める必要が
あります。でないと本質を見誤るのです。何より想念が暗くなります。
マスコミは暴力と言われることがあります。毎日、毎日、静かにマインドコ
ントロールにかかってしまうのです。とりわけテレビは、つけっ放しですから。
目立たない、地味な、主流を常に意識しながら物事を判断する習慣を身に付
けることです。自分の人生を台なしにしないためにも。
見山 敏
----------↑
そのとおりだと思います。
マスメディアにとって、好ましくないこと、不利なことは、悪いイメージを国民に植え付けるように、マスメディアが「洗脳」していると感じています。
マスメディアの報道主旨とは正反対の真実もあるのではないか? という懐疑的な姿勢を常に忘れずに、心の整理をすることが、幸せを実感するための条件だと思いますが、いかがですか?
今の選択習慣を変える
「今の選択習慣を変える」というお話です。
----------↓
「選ぶ!
カギは選ぶ事です。」
恐らく自己啓発や
成功哲学のジャンルで
最も読まれている作家の一人である、
オグマンディーノはこう言った。
彼は続けてこうも言っている。
「あなたには選択肢があります。
あなたは失敗や無知、
悲しみ、貧困、恥そして、
自己憐憫のなかで
のたうちまわりながら
人生を送る必要はないのです!
もっといい生き方があるのです!」
成功している人のタイプは
全ての結果、人生における
全ての結果は自分の選択の結果だと
捉える傾向がある。
一方で、自分の人生に
不満が多い人は、全ての結果は
環境のせいだと捉える傾向がある。
何かのせいで、
自動的に今の現状に
自分が運ばれた。
それに対して
自分ができることは何もなかった。
こう考えるのは
とても危険な事だ。
仕事でもプライベートでも、
どんな場面でも全ては
自分の選択からスタートしている。
例えば、今日、このメールを開くのだって
あなた自身の選択だったはずだ。
誰も後ろからナイフで脅して
メールを開けなんて言われてはいない。
自分の自由意志で選択した事だ。
今の自分のおかれた環境や
状況なども同じ。
ほとんどの場合、
それが恵まれていると思うか、
恵まれてないと思うかは、
自分自身の解釈次第であって、
状況そのものに原因がある事は少ない。
その状況、今の環境を
どう捉えるかも
自分自身で選択できる。
よく感情は自動的に起きる
と考えがちだが、それも選択だ。
ただ、あまりにも長い間、
同じパターンの選択をしていたので、
それが、習慣となり、
自分の選択だった事を
忘れてしまっているだけだ。
13の習慣の本にも書いたけど、
買ったばかりのカバンを忘れて、
怒る事もできるし、笑う事もできる。
そんな状況で
よく笑う選択をして、
それを習慣にしている人は、
自動的に笑いがでる。
毎日が選択の繰り返し。
今もあなたの目の前には、
次々と選択肢が飛び込んでくる。
何も考えずに
いつもと同じパターンの
選択を繰り返すのも一つだが、
もし、自分の仕事や
プライベートの質を上げたいと思うなら、
自動的な選択が起きる前に、
一瞬だけ、
立ち止まって考えてみよう。
どちらの選択が、
今の自分にとって
いい選択だろうか?
どちらの選択が、
自分の目標に向かっている
選択だろうか?
ー小川忠洋
----------↑
人間は常に選択しながら生きています。
意識していなくても、無意識にでも、全て選択して生きています。
そして、過去に、この選択したものが、現在の自分を作っているのです。
そう考えると、今、あなたは、どういう選択をすべきなのか?
現状に満足していないのなら、今までの選択の方法を変える必要があるのではないか?
そう、考えてみませんか?
----------↓
「選ぶ!
カギは選ぶ事です。」
恐らく自己啓発や
成功哲学のジャンルで
最も読まれている作家の一人である、
オグマンディーノはこう言った。
彼は続けてこうも言っている。
「あなたには選択肢があります。
あなたは失敗や無知、
悲しみ、貧困、恥そして、
自己憐憫のなかで
のたうちまわりながら
人生を送る必要はないのです!
もっといい生き方があるのです!」
成功している人のタイプは
全ての結果、人生における
全ての結果は自分の選択の結果だと
捉える傾向がある。
一方で、自分の人生に
不満が多い人は、全ての結果は
環境のせいだと捉える傾向がある。
何かのせいで、
自動的に今の現状に
自分が運ばれた。
それに対して
自分ができることは何もなかった。
こう考えるのは
とても危険な事だ。
仕事でもプライベートでも、
どんな場面でも全ては
自分の選択からスタートしている。
例えば、今日、このメールを開くのだって
あなた自身の選択だったはずだ。
誰も後ろからナイフで脅して
メールを開けなんて言われてはいない。
自分の自由意志で選択した事だ。
今の自分のおかれた環境や
状況なども同じ。
ほとんどの場合、
それが恵まれていると思うか、
恵まれてないと思うかは、
自分自身の解釈次第であって、
状況そのものに原因がある事は少ない。
その状況、今の環境を
どう捉えるかも
自分自身で選択できる。
よく感情は自動的に起きる
と考えがちだが、それも選択だ。
ただ、あまりにも長い間、
同じパターンの選択をしていたので、
それが、習慣となり、
自分の選択だった事を
忘れてしまっているだけだ。
13の習慣の本にも書いたけど、
買ったばかりのカバンを忘れて、
怒る事もできるし、笑う事もできる。
そんな状況で
よく笑う選択をして、
それを習慣にしている人は、
自動的に笑いがでる。
毎日が選択の繰り返し。
今もあなたの目の前には、
次々と選択肢が飛び込んでくる。
何も考えずに
いつもと同じパターンの
選択を繰り返すのも一つだが、
もし、自分の仕事や
プライベートの質を上げたいと思うなら、
自動的な選択が起きる前に、
一瞬だけ、
立ち止まって考えてみよう。
どちらの選択が、
今の自分にとって
いい選択だろうか?
どちらの選択が、
自分の目標に向かっている
選択だろうか?
ー小川忠洋
----------↑
人間は常に選択しながら生きています。
意識していなくても、無意識にでも、全て選択して生きています。
そして、過去に、この選択したものが、現在の自分を作っているのです。
そう考えると、今、あなたは、どういう選択をすべきなのか?
現状に満足していないのなら、今までの選択の方法を変える必要があるのではないか?
そう、考えてみませんか?
アンチエイジングの特効薬は好奇心を持ち学ぶこと
「アンチエイジングの特効薬は好奇心を持ち学ぶこと」というお話です。
----------↓
「若い気持ちを保つ人は、
老化が遅い」
と、アメリカのパデュー大学で、
社会学と、加齢医学を研究している、
マーカス・H・スチャファー博士は、
言っています。
若い気持ちを保つことは、
「情熱」を保つことと、
密接に関係しています。
では、若い気持ちを、
いつまでも保つために、
私たちは何を考え、
何を行ったらよいのでしょうか?
そもそも、
若い気持ちを保つための妙薬など、
あるのでしょうか?
私はある、と信じています。
ある動物実験で、
成体になった、ねずみの例があります。
遊び道具の多いカゴに入ったねずみは、
普通のカゴに入ったねずみよりも、
1つのニューロン当たりの、
より樹状突起の数が
多くなるのだそうです。
つまり、
脳がより発達するということです。
私たち人間も、
楽しいことにチャレンジすること、
好奇心を持って、
新しいことにチャレンジすることで、
心を、若く保つことができるのです。
また、学び続ける人も、
常に「情熱」を持ち続ける人です。
実際の年齢が80歳であろうとも、
「情熱」を持っている限り
若々しくみえるものです。
しかし、学ぶ事をやめ、
固定観念に支配された人は、
年老いていくのです。
たとえ、20歳であろうとも、
心は年老いていきます。
学び続ければ、
新鮮な発見と出会える喜びもあります。
それが若さの秘訣といえるでしょう。
年をとっても、
人の脳には「可塑性」という、
死滅した脳細胞を、
蘇らせる脳力が、
備わっているのだそうです。
この脳力こそ、
人の脳の特徴でもあるのです。
ですから、
自分には無理だとあきらめず、
否定せず、脳に
刺激を送ることが大切です。
好奇心を持って、
前向きに趣味や、読書、
思いっきり笑うことなど、
何より、チャレンジする心構えが
重要だと思います。
私が「若い気持ちを保つ」1つの方法は、
孫たちと楽しく遊ぶことです。
飽きやすい子供たちと、
ずっと楽しく遊ぶためには、
工夫が必要です。
あなたは、
若い気持ちを保つために、
どんなことに
チャレンジしていますか?
どんなことに
「情熱」を持ち続けていますか?
----------↑
好奇心を持って、学び続けることが若さを維持する最良の方法なのです。
其れにはは、未知の世界を探求するという「情熱」が不可欠です。
情熱的な人で、年老いていく人はいません。
自分のまだ見ぬ世界を好奇心旺盛に学び続けましょう!
----------↓
「若い気持ちを保つ人は、
老化が遅い」
と、アメリカのパデュー大学で、
社会学と、加齢医学を研究している、
マーカス・H・スチャファー博士は、
言っています。
若い気持ちを保つことは、
「情熱」を保つことと、
密接に関係しています。
では、若い気持ちを、
いつまでも保つために、
私たちは何を考え、
何を行ったらよいのでしょうか?
そもそも、
若い気持ちを保つための妙薬など、
あるのでしょうか?
私はある、と信じています。
ある動物実験で、
成体になった、ねずみの例があります。
遊び道具の多いカゴに入ったねずみは、
普通のカゴに入ったねずみよりも、
1つのニューロン当たりの、
より樹状突起の数が
多くなるのだそうです。
つまり、
脳がより発達するということです。
私たち人間も、
楽しいことにチャレンジすること、
好奇心を持って、
新しいことにチャレンジすることで、
心を、若く保つことができるのです。
また、学び続ける人も、
常に「情熱」を持ち続ける人です。
実際の年齢が80歳であろうとも、
「情熱」を持っている限り
若々しくみえるものです。
しかし、学ぶ事をやめ、
固定観念に支配された人は、
年老いていくのです。
たとえ、20歳であろうとも、
心は年老いていきます。
学び続ければ、
新鮮な発見と出会える喜びもあります。
それが若さの秘訣といえるでしょう。
年をとっても、
人の脳には「可塑性」という、
死滅した脳細胞を、
蘇らせる脳力が、
備わっているのだそうです。
この脳力こそ、
人の脳の特徴でもあるのです。
ですから、
自分には無理だとあきらめず、
否定せず、脳に
刺激を送ることが大切です。
好奇心を持って、
前向きに趣味や、読書、
思いっきり笑うことなど、
何より、チャレンジする心構えが
重要だと思います。
私が「若い気持ちを保つ」1つの方法は、
孫たちと楽しく遊ぶことです。
飽きやすい子供たちと、
ずっと楽しく遊ぶためには、
工夫が必要です。
あなたは、
若い気持ちを保つために、
どんなことに
チャレンジしていますか?
どんなことに
「情熱」を持ち続けていますか?
----------↑
好奇心を持って、学び続けることが若さを維持する最良の方法なのです。
其れにはは、未知の世界を探求するという「情熱」が不可欠です。
情熱的な人で、年老いていく人はいません。
自分のまだ見ぬ世界を好奇心旺盛に学び続けましょう!
糖尿病は人間の適応能力が働いた結果である
「糖尿病は人間の適応能力が働いた結果である」というお話です。
----------↓
長生きの基本になるのは、もちろん健康です。
この健康を保つために、どうしてもクリアしなければならない関門が
メタボリックシンドロームです。
実はメタボには診断基準というのもがあります。
まず必須項目に「ウエストのサイズ(腹囲)」が挙げられています。
男は85センチ以上、女は90センチ以上です。
次に選択項目として、メタボの「三高」が挙げられています。
三高といっても「高身長、高学歴、高収入」ではありません。
もっと怖い「高脂血症(脂質異常症)、高血糖、高血圧」がメタボの三高です。
このうち2項目以上を満たしている人がメタボリックシンドロームと呼ばれるわけです。
これらに隠されているメッセージとは、次の通りです。
ウエストが太い → 食べ過ぎ。
高脂血症 → 脂の摂り過ぎ。
高血糖 → 砂糖の摂り過ぎ。
高血圧 → 塩の摂り過ぎ。
このようにとらえると、メタボの意味がずっと明確になります。
メタボとどう向き合えばいいのか?
一つひとつの項目の問題点について検討していけばいいのです。
まずは「ウエストが太い」、つまり「肥満」について考えます。
あなたは「ちょっと食べても太ってしまう」と悩んでいませんか?
これは考え方によっては悩む必要はありません。
なぜなら、このことは人類の進化の証しであるからです。
どういうことかを説明しましょう。
30万年に及ぶ人類の歴史は「飢餓(きが)」との闘いでした。
次にいつ食事にありつけるか分らないため、
食べられるときに栄養を蓄えておかなくてはならないわけです。
そこで、少し食べただけでも脂肪が蓄えられる
栄養効率のよい者だけが生き残ることができたわけです。
このときに働いていた遺伝子を「倹約遺伝子」と呼んでいます。
つまり、私たちは「ちょっと食べれば太ることのできる」
飢餓に強い人類の子孫であると考えることができます。
そう考えれば「そんなに食べていないのに太ってしまう」理由が
見えてくるのではないでしょうか?
メタボ、メタボとネガティブに言いますが、体に脂肪を蓄えることができるのは、
実は進化した人類の証しであるとも言えるのです。
もちろん、倹約遺伝子がある私たちが好き放題に食べていったらどうなるでしょうか?
脂肪がどんどん蓄えられ、体は巨大化して身動きが取れなくなりますね。
これではとても生きてはいけません。
そこで、私たちの体は「適応」を始めます。
いくら食べても太らない体になるわけです。
この、いくら食べても太らない体になるという「適応」は、
実は「糖尿病」と呼ばれる状態なのです。
病気をただ悪いものと捉えている人には分かりにくいかもしれませんが、
糖尿病は環境に適応した結果として現れるものと考えることができます。
実は「進化」と「適応」のバランスが非常に大切になってきます。
何万年もの長い時間をかけて、環境に適した遺伝子を持った者だけが生き残る、
これを「進化」と言います。
一方、一人の人生の中で、遺伝子の変化とは関わりなしに環境に適した体質を手に入れる、
これを「適応」と言います。
アフリカのサバンナで暮らす人たちが5.0の視力を持っているのは、
ライオン以上に視力が良くなければライオンに食べられてしまうからです。
これは「進化」の証しと言えますが、
彼らにパソコンを与えて一日中、仕事をさせれば、やがて近視になります。
ただ、それは目が悪くなったのではなく、近くが見えるように変化したのです。
これが「適応」に当たります。
では、糖尿病が飽食に対する適応であるなら、症状が進むことで、
なぜ目が見えなくなったり、手足の先が腐ったりという合併症が現れるのでしょうか?
目や鼻や耳は感覚器で、エサを見つけるための器官の一つです。
また、手や足は運動器官で、
こちらもやはりエサを捕まえるための器官として機能するものです。
自分でエサを捕まえなければならない動物たちは、こうした器官がとても発達しています。
しかし、ニワトリのように人間に飼われていると、やがて飛べなくなってしまいます。
これと同じで、人は嗅覚も視力も退化してしまいました。
手足も衰えました。
本来の空を自由に飛べる鳥ではなく、
ニワトリのイメージが人間の未来の姿なのかもしれません。
そう考えれば、糖尿病こそが、飽食に対する進化であり、
適応の結果であることが分かると思います。
体は悪いことをしているわけではなく、自らを生かすために働いているわけですから、
うらめしいと思っても仕方ありません。
それがいやだというのなら、やはり食べ過ぎ、飲みすぎを避け、
飽食の適応が進まないように対処していくべきではないでしょうか?
そのために大事なのは、自分の体が今、どんな状態にあるのかを把握するということ。
「己を知る」ことです。
田渕 裕哉
----------↑
田淵さん、面白いお話をありがとうございます。
糖尿病は人間の適応能力が働いた結果である、と考えると、すごく納得できます。
ダーウィンの進化論は、環境に適応してきた生物を総称して表現しているのだと思います。
変化に適応し、変わらなければ死に絶えてしまう、ということはわかりますが、こんな、とんでもない副作用もあるんですね。
生物の適応のメカニズムを理解した上で、変化に対応しなくてはならないのだということですね。
ところで、前半のメタボの基準「腹囲85センチ以上」は、結構、中年男性には、厳しい基準なんですが・・・
----------↓
長生きの基本になるのは、もちろん健康です。
この健康を保つために、どうしてもクリアしなければならない関門が
メタボリックシンドロームです。
実はメタボには診断基準というのもがあります。
まず必須項目に「ウエストのサイズ(腹囲)」が挙げられています。
男は85センチ以上、女は90センチ以上です。
次に選択項目として、メタボの「三高」が挙げられています。
三高といっても「高身長、高学歴、高収入」ではありません。
もっと怖い「高脂血症(脂質異常症)、高血糖、高血圧」がメタボの三高です。
このうち2項目以上を満たしている人がメタボリックシンドロームと呼ばれるわけです。
これらに隠されているメッセージとは、次の通りです。
ウエストが太い → 食べ過ぎ。
高脂血症 → 脂の摂り過ぎ。
高血糖 → 砂糖の摂り過ぎ。
高血圧 → 塩の摂り過ぎ。
このようにとらえると、メタボの意味がずっと明確になります。
メタボとどう向き合えばいいのか?
一つひとつの項目の問題点について検討していけばいいのです。
まずは「ウエストが太い」、つまり「肥満」について考えます。
あなたは「ちょっと食べても太ってしまう」と悩んでいませんか?
これは考え方によっては悩む必要はありません。
なぜなら、このことは人類の進化の証しであるからです。
どういうことかを説明しましょう。
30万年に及ぶ人類の歴史は「飢餓(きが)」との闘いでした。
次にいつ食事にありつけるか分らないため、
食べられるときに栄養を蓄えておかなくてはならないわけです。
そこで、少し食べただけでも脂肪が蓄えられる
栄養効率のよい者だけが生き残ることができたわけです。
このときに働いていた遺伝子を「倹約遺伝子」と呼んでいます。
つまり、私たちは「ちょっと食べれば太ることのできる」
飢餓に強い人類の子孫であると考えることができます。
そう考えれば「そんなに食べていないのに太ってしまう」理由が
見えてくるのではないでしょうか?
メタボ、メタボとネガティブに言いますが、体に脂肪を蓄えることができるのは、
実は進化した人類の証しであるとも言えるのです。
もちろん、倹約遺伝子がある私たちが好き放題に食べていったらどうなるでしょうか?
脂肪がどんどん蓄えられ、体は巨大化して身動きが取れなくなりますね。
これではとても生きてはいけません。
そこで、私たちの体は「適応」を始めます。
いくら食べても太らない体になるわけです。
この、いくら食べても太らない体になるという「適応」は、
実は「糖尿病」と呼ばれる状態なのです。
病気をただ悪いものと捉えている人には分かりにくいかもしれませんが、
糖尿病は環境に適応した結果として現れるものと考えることができます。
実は「進化」と「適応」のバランスが非常に大切になってきます。
何万年もの長い時間をかけて、環境に適した遺伝子を持った者だけが生き残る、
これを「進化」と言います。
一方、一人の人生の中で、遺伝子の変化とは関わりなしに環境に適した体質を手に入れる、
これを「適応」と言います。
アフリカのサバンナで暮らす人たちが5.0の視力を持っているのは、
ライオン以上に視力が良くなければライオンに食べられてしまうからです。
これは「進化」の証しと言えますが、
彼らにパソコンを与えて一日中、仕事をさせれば、やがて近視になります。
ただ、それは目が悪くなったのではなく、近くが見えるように変化したのです。
これが「適応」に当たります。
では、糖尿病が飽食に対する適応であるなら、症状が進むことで、
なぜ目が見えなくなったり、手足の先が腐ったりという合併症が現れるのでしょうか?
目や鼻や耳は感覚器で、エサを見つけるための器官の一つです。
また、手や足は運動器官で、
こちらもやはりエサを捕まえるための器官として機能するものです。
自分でエサを捕まえなければならない動物たちは、こうした器官がとても発達しています。
しかし、ニワトリのように人間に飼われていると、やがて飛べなくなってしまいます。
これと同じで、人は嗅覚も視力も退化してしまいました。
手足も衰えました。
本来の空を自由に飛べる鳥ではなく、
ニワトリのイメージが人間の未来の姿なのかもしれません。
そう考えれば、糖尿病こそが、飽食に対する進化であり、
適応の結果であることが分かると思います。
体は悪いことをしているわけではなく、自らを生かすために働いているわけですから、
うらめしいと思っても仕方ありません。
それがいやだというのなら、やはり食べ過ぎ、飲みすぎを避け、
飽食の適応が進まないように対処していくべきではないでしょうか?
そのために大事なのは、自分の体が今、どんな状態にあるのかを把握するということ。
「己を知る」ことです。
田渕 裕哉
----------↑
田淵さん、面白いお話をありがとうございます。
糖尿病は人間の適応能力が働いた結果である、と考えると、すごく納得できます。
ダーウィンの進化論は、環境に適応してきた生物を総称して表現しているのだと思います。
変化に適応し、変わらなければ死に絶えてしまう、ということはわかりますが、こんな、とんでもない副作用もあるんですね。
生物の適応のメカニズムを理解した上で、変化に対応しなくてはならないのだということですね。
ところで、前半のメタボの基準「腹囲85センチ以上」は、結構、中年男性には、厳しい基準なんですが・・・
ちょっとだけ
「ちょっとだけ」というお話です。
----------↓
上手な悩み方
「人生には、解決法なんかないんだ。
あるのは前に進む力だけだ。
解決法は、後からついてくるものさ。
悩みの壁を破るとは、停滞する自身の〝生命の壁〟を破ること」
—サン・デグジュベリ
上手な悩み方とは、
少しだけ悩むこと。
この、「少しだけ」というのがポイント。
少しだけ悩んで、
前に進み始めれば、
解決法が見つかると言うのです。
少しだけ悩むのは、
心にいいのです。
それと同じように、
「少しだけ不快なストレス」を与えるのは、
身体に取ってもいいこと。
例えば、朝起きて、
冷たい水で顔を洗うこと。
「冷たい」という、
不快な刺激が、
頭の働きを目覚めさせます。
このようなストレスは、
自律神経では、
交感神経を刺激して、
血圧を上げ、代謝を上げます。
ある程度緊張し、
注意・集中できる状態にあるほうが、
リラックスして、ゆったりした、
ぼんやりした状態のときよりも、
仕事をするには適した状態ですよね。
大脳皮質の働きが活発になり、
意欲も出てくるのです。
そうした状態を誘発するのが、
「自分にとって少し不快なストレス」です。
朝、顔を洗うというのは、
不快なストレスを、
あえて自分にかけるといってもいいのです。
でも、こうした不快な刺激が強すぎたり、
長く続いたりすると問題になります。
「少しだけ」が大事なのです。
「少しだけ」を、もう1例。
朝起きて、
まだ頭も体も目が覚めていない状態で、
歩きはじめるのはきついものです。
体はまだ重いし、
何だか、だるい感じ、
まず表に出ようというだけでも、
ストレスがかかります。
そういう状況のときに、
あえて「歩きましょう」
というのです。
この「少しだけ不快なストレス」が、
外から加わることによって、
大脳の働きが目覚めるのです。
実際、しばらく歩いているうちに、
体も頭も目が覚めてくるのを、
実感するはずです。
そして気分が、
だんだんスッキリしてきます。
このように軽い、
適度なストレスであれば、
いい効果をもたらすのです。
ですから、
外部からの刺激で加えられるストレスは、
必ずしも、
避けたほうがいい、
というわけではありません。
一般には、
外から加えられるストレスが、
私たちの体や心に、
悪影響を与えることが多いのですが、
適度であれば、
必要な刺激になるのです。
大脳の覚醒レベルを上げるのです。
そして、私たちが活動するのに、
適した状況をつくります。
ちょっとだけ、
つらい運動したり、
少し悩んだりと、
身体や脳に、
適度なストレスを与えて、
自分の意欲を高め、
結果を出していきましょう。
育自コンサルタント
-自分を育てるお手伝い-
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
----------↑
覚醒するためには、ちょっとだけ、刺激することが効果的なのですね。
適度なストレスを加えることは、気分を一新するための、効果的な方法のようですね。
同じストレスの繰り返しではなく、毎回、違ったストレスを加えると、なお、効果的だと感じました。
トライしてみようと思います。
----------↓
上手な悩み方
「人生には、解決法なんかないんだ。
あるのは前に進む力だけだ。
解決法は、後からついてくるものさ。
悩みの壁を破るとは、停滞する自身の〝生命の壁〟を破ること」
—サン・デグジュベリ
上手な悩み方とは、
少しだけ悩むこと。
この、「少しだけ」というのがポイント。
少しだけ悩んで、
前に進み始めれば、
解決法が見つかると言うのです。
少しだけ悩むのは、
心にいいのです。
それと同じように、
「少しだけ不快なストレス」を与えるのは、
身体に取ってもいいこと。
例えば、朝起きて、
冷たい水で顔を洗うこと。
「冷たい」という、
不快な刺激が、
頭の働きを目覚めさせます。
このようなストレスは、
自律神経では、
交感神経を刺激して、
血圧を上げ、代謝を上げます。
ある程度緊張し、
注意・集中できる状態にあるほうが、
リラックスして、ゆったりした、
ぼんやりした状態のときよりも、
仕事をするには適した状態ですよね。
大脳皮質の働きが活発になり、
意欲も出てくるのです。
そうした状態を誘発するのが、
「自分にとって少し不快なストレス」です。
朝、顔を洗うというのは、
不快なストレスを、
あえて自分にかけるといってもいいのです。
でも、こうした不快な刺激が強すぎたり、
長く続いたりすると問題になります。
「少しだけ」が大事なのです。
「少しだけ」を、もう1例。
朝起きて、
まだ頭も体も目が覚めていない状態で、
歩きはじめるのはきついものです。
体はまだ重いし、
何だか、だるい感じ、
まず表に出ようというだけでも、
ストレスがかかります。
そういう状況のときに、
あえて「歩きましょう」
というのです。
この「少しだけ不快なストレス」が、
外から加わることによって、
大脳の働きが目覚めるのです。
実際、しばらく歩いているうちに、
体も頭も目が覚めてくるのを、
実感するはずです。
そして気分が、
だんだんスッキリしてきます。
このように軽い、
適度なストレスであれば、
いい効果をもたらすのです。
ですから、
外部からの刺激で加えられるストレスは、
必ずしも、
避けたほうがいい、
というわけではありません。
一般には、
外から加えられるストレスが、
私たちの体や心に、
悪影響を与えることが多いのですが、
適度であれば、
必要な刺激になるのです。
大脳の覚醒レベルを上げるのです。
そして、私たちが活動するのに、
適した状況をつくります。
ちょっとだけ、
つらい運動したり、
少し悩んだりと、
身体や脳に、
適度なストレスを与えて、
自分の意欲を高め、
結果を出していきましょう。
育自コンサルタント
-自分を育てるお手伝い-
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
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覚醒するためには、ちょっとだけ、刺激することが効果的なのですね。
適度なストレスを加えることは、気分を一新するための、効果的な方法のようですね。
同じストレスの繰り返しではなく、毎回、違ったストレスを加えると、なお、効果的だと感じました。
トライしてみようと思います。