健康幸せ活き活き習慣 -61ページ目

本気で、真剣だからこそ、人間は緊張する

「本気で、真剣だからこそ、人間は緊張する」というお話です。

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松岡修造氏の心に響く言葉より…

緊張するのは、自分自身が本気になっている証拠です。

僕自身、テレビ番組や講演会など人前で話すときは、今でもかなり緊張しています。

手が氷のように冷たくなり、心臓の鼓動が聞こえるときもあります。

でも、緊張している状態は嫌いではありません。

極度に緊張するのは、「この思いをしっかり伝えたい」「この試合は絶対に勝ちたい」、そんな気持ちが強いからです。

なんとなく中途半端だったら、緊張しないはずです。

それだけ自分が本気になっている証ですから、「緊張してきた。どうしよう」と不安を覚えてはいけません。

逆に『緊張してきた。よっしゃあ!!』というぐらい、自分を応援したり、喜んじゃいましょう。

人前で緊張するのは、人間の自然な反応です。

特異な反応ではありません。

これっぽちも恥ずかしくないですよ。

自分の本気を真っ直ぐぶつけるぐらいの気持ちで目の前のことに取り組んでください。

そういうシーンを乗り越えると人は強くなります。

思わず逃げ出したくなるような緊張感がなくなったら、成長するモチベーションもなくなってしまいます。

『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』アスコム
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まさに、「本気で、真剣だからこそ、人間は緊張する」ということですね。

緊張感を楽しめるぐらいになると、とても、いい結果がついてくるのではないでしょうか。

但し、妙に場馴れしていて、如才ないよりも、自分自身が緊張していることを楽しめる心を持っている方が、良い結果が得られると思います。

松岡さんではないですが、『緊張してきた。よっしゃあ!!』という、感覚がベストなのですね。

完璧な暗闇と完璧な静寂

「完璧な暗闇と完璧な静寂」というお話です。

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齋藤利也・小原美千代氏の心に響く言葉より…

ブータンには「幸せの国」という形容詞がついて、人々の注目を集めています。

先の調査(2005年)で、全国民の97%が幸福だと思っていることがわかったのです。

国の政策で、公の場では民族衣装の着用が義務付けられており、男性はゴという日本の和服に似た着物を着ています。

女性は1枚布を巻きつけるようにまとうキラというものです。

農業以外に主要な産業はなく、人々の暮らしも質素で、いまだに自給自足の生活がほとんどです。

石油や石炭などの地下資源には限りがあります。

一方、樹木は再生可能だし、水は気候が安定していれば雨としてずっと供給されます。

田んぼや畑の作物も、土地という資源を使って人が繰り返し再生できます。

ブータンの人々が争いごともそれほどなく、穏やかに暮らしてきた根底には、仏教の教えがあります。

いま生きているのは一時的なものだし、死ぬときは何も持っては行けない。

あれもこれも欲しいという消費型の経済に染まったら、現状に満足しなくなってしまいます。

「もっと、もっと」とエスカレートするのではなく、「これでじゅうぶん」と思うこと。

人々が“足るを知る”生活ができれば、消費社会のスパイラルに飲み込まれることもないのです。

近代化を急がないというのは、そういうことです。

ブータン研究センター所長のカルマ・ウラさんは、近代化についてこう語ります。

世界は近代化によって経済的に発達しましたが、社会的な関係は悪化し、いまも崩壊しつづけています。

コミュニティはなくなり、家族は円滑な状態ではなくなってしまいました。

さらに、都市部に住む若者たちは、“いい自然”というものをまったく知りません。

たとえば彼らは完璧な暗闇を知りません。

人間が眠るときには完璧な暗闇が必要です。

あるいは耕されていない土地、澄んだ空気も、精神的に発達するためには必要です。

人々がはっきりした考え方をもつには静寂も必要です。

近代化は、こうした神聖な感覚を破壊しているのです。

だからこそ、私たちは注意深く近代化をすすめていかなければならないのです。

ブータンは、そうした近代化のやり方とは違うタイプの方法で進みます。

それがGNH(国民総幸福量)という考え方です。

『幸福王国ブータンの知恵』 光文社知恵の森文庫
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完璧な暗闇で熟睡しないといけないわけですね。

そして、完璧な静寂の中で、自分の考え方をまとめる習慣を持たなければいけないのです。

私たちは、近代化により、便利な生活を手に入れてきましたが、本来、人間が行わなければならないこの2つの習慣すらも、忘れ去られていたことに気づかされました。

「完璧な暗闇と完璧な静寂」、この2つは、人間が幸せを実感するための条件であるように思います。

完璧を期すのは難しいかもしれませんが、近づく努力はしたいものです。

誰に知られているか

「誰に知られているか」というお話です。

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水野俊哉氏の心に響く言葉より…

人脈とは、「誰を知っているか」ではなく、「私は誰か」が大事である。

つまり、「誰に知られているか」や「誰を呼べるか」が真価となる。

「同じ勉強会に参加したことがある」とか「○○さんセミナーに参加したことがある」は知っていることにはなろうが、そこで安心しては意味がない。

相手が自分を知っていて、なおかつ「会いたい」と思われるようなレベルを目指すべきである。

そうなるためにはまず、「人脈以外のことへ使う時間が人脈を開拓する」ことを理解しなければいけない。

例えば週に5回、交流会に参加し、週末はセミナーやパーティー。

さらに平日の朝も勉強会に参加するなどすれば、月に1000人と名刺交換することも可能である。

しかし、そうした労力に対して得られるリターンは少ないだろう。

なぜなら自分自身の価値を高める時間が奪われているからだ。


例えば、昔週に8回合コンに参加している知人がいたが、そんな生活をしていても、まともな恋愛にたどり着くのは難しいだろう。

なにしろ毎日が合コンなのだから知り合った相手とデートする暇もないし、頭の中も色恋のことばかり。

毎日勉強会やセミナーに参加して、名刺交換やfacebookで友達リクエストばかりしていないで、会を厳選して参加した方が時間効率は良いのではないだろうか。

『「成功」のトリセツ』角川フォレスタ
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名刺交換をしただけ、Facebookで友達になっただけ、では、人脈とは言えないわけです。

結局は、自分を磨き、また自分に会いたいと思ってくれる人を、どれだけ増やせるか、がポイントです。

ということは、何かこちらから、提供するもの(魅力)がなくては、始まりません。

「ために生きる」ことを心がけている人は、常に自分を磨き、魅力的な人です。

そして、そういう人こそ、幸せを実感できる人だと思います。

努力―報酬モデル

「努力―報酬モデル」というお話です。

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精神科医の松崎一葉氏の心に響く言葉より…

どんなに努力しても叶わないこと、自分でコントロールできないことに直面した時、私たちはどう対処したらいいのか?

努力すれば報われる(報酬が得られる)という形態を、「努力―報酬モデル」と呼ぶ。

努力―報酬モデルは、「頑張れば結果に繋がる」という極めて単純明快なシステムだ。

「一生懸命勉強すれば成績が上がる」

「練習すればできるようになる」

「頑張って働けば給料が増える」

人は、この努力―報酬モデルが成立しているうちはストレスをあまり感じない。

大変な努力をしても報酬が得られればストレスは最小限で済む。

ところが、このシンプルな努力―報酬モデルが崩れてしまうと、人は非常にストレスを感じることになる。

この単純明快な努力―報酬モデルが崩壊した時、人は心を病むことが多い。

世の中は、必ず優れたほうが勝つとは限らない。

いい企画が必ずコンペで勝てるわけではない。

何らかの力が働いて、明らかに勝っているほうが落とされる。

それは論理では割り切れない理不尽さだ。

私が子供の頃、まだ日本社会にはコミュニティが存在していて、地域の繋がりはとても密接だった。

そして、ガキ大将の兄貴的な保護の下に、時に厳しく躾(しつ)けられ、成長できた。

そういった地域や集団での関わりの中で、理不尽さをいっぱい経験した。

子供のころ群れて遊ぶと、とにかく人に揉まれる。

そいいった小学生の頃の年代を「ギャングエイジ」と言う。

宇宙飛行士に必要な資質、「同じ釜の飯体験」と「理不尽体験」を、ギャングエイジで得ることになるのだ。

理不尽なことをたくさん経験してきている人というのは、社会に出て、明らかに上手くいかないことがあっても「まあ、そんなもんだわな」と乗り越えることができる資質=『情けの力』を身につけている。

ギャングエイジの体験によって情緒的に理不尽さを享受できる『情けの力』が育つのだ。

『情けの力』幻冬舎
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現代社会では、この「努力―報酬モデル」の崩壊を、いたるところで目にします。

と同時に、「ギャングエイジ」を経験していない人たちが、成人し、社会に出てきたことで、この「努力―報酬モデル」の崩壊に対する免疫力が足りず、様々な社会問題が顕在化してきているのかもしれません。

近隣住民とのトラブルなど、昭和30年代の日本では、当たり前だった地域コミュニティーのなかの『情けの力』が機能しなくなっているのでしょう。

以前もお話しましたが、この解決策として、私は、「3世代以上が同居する家族」を増やすことを理想としています。

「核家族化」にブレーキをかけ、「大家族化」を加速する。という策です。

環境問題、少子高齢化問題、老人孤独死問題、待機児童問題などなど、あげればきりがないほど、現在の社会問題を解決する糸口が見つかると思っています。

未来を信じる

「未来を信じる」というお話です。

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西沢泰生氏の心に響く言葉より…

国民的ベストセラー『窓際のトットちゃん』。

トットちゃんこと黒柳徹子さんが、子供のころに通っていたトモエ学園での体験を綴った小説です。

終戦の直前まで現在の自由が丘にあったトモエ学園は、教育者の小林宗作が校長となり、自由奔放な教育を展開した学校でした。

小林校長がすべてを捧げて創り上げた理想の学校のトモエ学園は、この物語の最後に、B29からの焼夷弾で焼けてしまいます。

燃え上がる校舎をじーっと見ていた小林校長は、そばに立っている大学生の息子に声をかけます。

その言葉とは…

「おい、今度は、どんな学校作ろうか?」

テレビのあるニュース番組で、福島県南相馬市にある小学校のマーチングバンドの特集を放送していました。

福島県南相馬市…。

そうです。

放射能の影響で、多くの方々が故郷を離れて閑散としてしまった土地です。

マーティングバンドはチームプレーが命。

単に演奏を合わせるだけでなく、複雑なフォーメーションの動きをピタリと合わせなければなりません。

ですから普通は、全体練習を何度も何度も繰り返します。

ところが、この小学校のマーティングバンドのメンバーは、放射能によって、散り散りばらばらになっていました。

各々(おのおの)のメンバーが、各々の避難先で、東北大会へ向けた練習を続けなければならなかったのです。

やっと全体練習ができたのは東北大会の直前。

練習を指導した先生は愕然(がくぜん)とします。

演奏がぜんぜん合わない、何度やってもうまく行かない、全体で動くフォーメーションなんてまったくダメ…。

子供たちも焦ります。

「もし、全国大会に行けなかったら、この仲間たちと集まることは2度とないかもしれない」。

そんな思いがプレッシャーとなって、余計にうまく行かなかったのです。

結局、練習では一度も成功せず、不安一杯のまま本番を迎えてしまいます。

東北大会の当日、楽屋裏で指導の先生は、演奏直前の子供たちへの最後の言葉を贈ります。

この言葉が子供たちに魔法をかけたのです。

本番では、練習で一度も合うことがなかった演奏がピタリと合います。

全体のフォーメーションもバッチリ決まる。

そして、一度もミスすることなくフィニッシュ!

会場は拍手喝采です。

すべてのチームの演奏が終わり、全国大会へ行くことができるバンドの名が読み上げられます。

そして、南相馬市のこの小学校の名前が。

はじける子供たち。

泣きじゃくりながら抱き合って喜びます。

先生が本番直前に子供たちに投げかけた言葉は…

「先生は、実はそんなに心配していません。

おまえたちは本番に強い!

必ずやってくれると信じています」

奇跡は、こんなにも短い一言で生まれたのです。

『壁を超えられないときに教えてくれる 一流の人のすごい考え方』アスコム
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未来を信じて、前向きな言葉を使うことが、どれほどの結果を生むことになるのかを教えてくれています。

本当は、「奇跡」ではないんだと思います。

「一つの法則」なのです。

最近、そう信じられるようになってきました。

感謝です。