努力―報酬モデル | 健康幸せ活き活き習慣

努力―報酬モデル

「努力―報酬モデル」というお話です。

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精神科医の松崎一葉氏の心に響く言葉より…

どんなに努力しても叶わないこと、自分でコントロールできないことに直面した時、私たちはどう対処したらいいのか?

努力すれば報われる(報酬が得られる)という形態を、「努力―報酬モデル」と呼ぶ。

努力―報酬モデルは、「頑張れば結果に繋がる」という極めて単純明快なシステムだ。

「一生懸命勉強すれば成績が上がる」

「練習すればできるようになる」

「頑張って働けば給料が増える」

人は、この努力―報酬モデルが成立しているうちはストレスをあまり感じない。

大変な努力をしても報酬が得られればストレスは最小限で済む。

ところが、このシンプルな努力―報酬モデルが崩れてしまうと、人は非常にストレスを感じることになる。

この単純明快な努力―報酬モデルが崩壊した時、人は心を病むことが多い。

世の中は、必ず優れたほうが勝つとは限らない。

いい企画が必ずコンペで勝てるわけではない。

何らかの力が働いて、明らかに勝っているほうが落とされる。

それは論理では割り切れない理不尽さだ。

私が子供の頃、まだ日本社会にはコミュニティが存在していて、地域の繋がりはとても密接だった。

そして、ガキ大将の兄貴的な保護の下に、時に厳しく躾(しつ)けられ、成長できた。

そういった地域や集団での関わりの中で、理不尽さをいっぱい経験した。

子供のころ群れて遊ぶと、とにかく人に揉まれる。

そいいった小学生の頃の年代を「ギャングエイジ」と言う。

宇宙飛行士に必要な資質、「同じ釜の飯体験」と「理不尽体験」を、ギャングエイジで得ることになるのだ。

理不尽なことをたくさん経験してきている人というのは、社会に出て、明らかに上手くいかないことがあっても「まあ、そんなもんだわな」と乗り越えることができる資質=『情けの力』を身につけている。

ギャングエイジの体験によって情緒的に理不尽さを享受できる『情けの力』が育つのだ。

『情けの力』幻冬舎
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現代社会では、この「努力―報酬モデル」の崩壊を、いたるところで目にします。

と同時に、「ギャングエイジ」を経験していない人たちが、成人し、社会に出てきたことで、この「努力―報酬モデル」の崩壊に対する免疫力が足りず、様々な社会問題が顕在化してきているのかもしれません。

近隣住民とのトラブルなど、昭和30年代の日本では、当たり前だった地域コミュニティーのなかの『情けの力』が機能しなくなっているのでしょう。

以前もお話しましたが、この解決策として、私は、「3世代以上が同居する家族」を増やすことを理想としています。

「核家族化」にブレーキをかけ、「大家族化」を加速する。という策です。

環境問題、少子高齢化問題、老人孤独死問題、待機児童問題などなど、あげればきりがないほど、現在の社会問題を解決する糸口が見つかると思っています。