雨にも負けず菩薩道

雨にも負けず菩薩道

菩薩の心で人生を生きる。

一級建築士のお客様が初めて建売を建てられ弊社で売却を頼まれました。

その家の名前が「繭の家」というのです。中々思いつかないタイトル名です。

温かくて、上品で愛で家族を包み込むようなイメージです。

昔は我が家でも蚕を育て、繭をつくっていました。

 

中学生の頃は朝起きると蚕の餌である桑の葉を籠をぶら下げて採りに行っていました。

所で口から糸を出し、繭をつくる蚕という虫は何者なのかを調べてみました。

カイコガの幼虫で、孵化 したては黒く小さいが、のち白い芋虫となり、体長7センチくらいです。

桑の葉を食べ、ふつう4回脱皮し、繭を作ってさなぎになります。

繭から生糸がとれ、育つ時期により春蚕 ・夏蚕・秋蚕などと呼びます。

養蚕が全国に普及したのは近世以降との事です。

 

何千年間もの累代飼育によって習性が変化し、人の管理下で飼育しないと生命を維持することができず、成虫は飛翔力を失ったのだそうです。

野生への回帰能力を完全に喪失しており、人間の飼育下でしか生育することができない(完全家畜化された)体になってしまったのです。

これは地球上の動物では唯一の事例とされており、その昔、より多くの絹糸(生糸)を得るために人間が身体を大きく改造しすぎたのが原因と言われています。

 

 

よくぞ、100歳まで生きられ、大往生でしたねーなどと言います。

普通は往生とは亡くなって極楽浄土に往くという事なのでしょう。

この「往」という字は、どこまでもどんどん歩いていく、という意味で生死のない際限のない浄土を表す言葉なのでしょうが、更にどこまでも歩き続けなさいと言うようにも考えられます。

謂わば俺は悟ったと思って浄土に居座っていては駄目なのです。

その先には戻って来て衆生を助けるという永遠に続く勤めがあるのです。

死んでも尚、勤めなければならない仕事があるのです。

原点に立ち返ってみましょう。

この世には神も佛もいるはずがない、という無神論、無宗教者が日本人には何と多い事でしょうか。

正月には神社の初詣、結婚式は教会で、葬式は仏式でというような事は、謂わば何でもいいという事であり、教えが定まっていないのであり、苦が押し寄せてきた時に、どの様な教えを頼りにして乗り越えていくかを探そうとも思っていないのです。

他人が亡くなったとしても他人事であり自分の身に必ず来る苦を意識しないのです。人間とは能天気で何も考えない動物のようでもあるのです。

しかし四苦八苦は誰にも必ず訪れます。

その人間に必ずやって来る四苦八苦の悩みを救ってやりたい、という佛様が必然的に不思議な事に顕れて下さったのが阿弥陀様なのです。

阿弥陀様がまだ法蔵比丘の時に如何にすれば全ての衆生を救う事が出来るかと五劫という長い長い時間にわたって思惟し修行をされました。

そして四十八の請願を立てられたのです。

その誓願のあらましは「私は自ら仏となって、浄土を建立したいのです。

そして、その浄土に、悩める衆生たちを救いとりたい。

衆生たちが私の浄土に往生したいと願い、それで私の名前を呼んだなら、必ずや私の浄土に往生できるようにしてあげたい。

もしそれが不可能であれば、私は誓って仏にはならない。」法蔵比丘はその誓願にもとづいて修行し、そしてついに阿弥陀佛になられたのです。

その阿弥陀様の世界が極楽浄土なのです。

故に私達は、「南無阿弥陀仏」と称えれば、必ず極楽浄土に往生できるのです。

私達はそれを信じて、そして只々「南無阿弥陀仏」を称え続けなさいというのです。

私達は既に法蔵比丘が阿弥陀仏になられた事で極楽浄土の中に生まれているのです。

只、煩悩が邪魔して気付かないだけなのです。

それに気付いて下さいというのが南無阿弥陀仏というお念仏でもあるのです。

 

30年位前であろうか民謡を10年位習った事がありました。

一番初めに習った歌は「長者の山」という歌でした。

この民謡は秋田の唄で、高音と低音の幅が狭く節に特別な技巧が凝らされていないので歌いやすい唄なので初めに習ったのでしょう。

この唄の伝承では奥羽山麓を岩手、鹿角に通う通路に宿場駅の「宝仙台」辺りの長者の繁栄を讃えた唄だと言われています。

その一番は「盛る盛ると 長者の山盛るな 盛る長者の山 さーさ 末永くな」

単純な唄であり、そこがまた魅力的なのでしょう。

長者とは金持ちの事ですが銭の金と心の金があってこそ長者と呼ばれたのではないでしょうか。

所でわたしという人間は自分を一代とし、一代が20年とすると20代前、400年前は徳川家康の時代だと思われますが、どれ位の先祖の命が継続されてきたかを計算してみると何と2,097,156人もの血が繋がって、わたしという命が今此処に生きていられるのです。

不思議であり、有る事難しの摩訶不思議な有るはずの無い命を戴いているのです。

故に衆生の生きものは皆、命からして長者なのです。

只、その事に気付かないだけなのです。

更に人間の世界は苦の娑婆である所から阿弥陀様が顕れて下さってこの世に慈悲の雨を注いで下さっておられるのです。

その阿弥陀様の働きは幾ら四苦八苦の苦が押し寄せてきたとしても、今、此処に命を授かり花が咲いているではないか、阿弥陀様に抱かれて決して摂取不捨しないと誓われた幸せの真っただ中にいるのです。

   

その仏さまの思いとは、全ての衆生は私が既に救い摂って決して離さない、どんなに罪を犯した人であっても一人たりとも見落とさずに救っているのですよ、この事は煩悩が邪魔して信じない人こそ、私が救うべき人なのです、と阿弥陀様の本心をあらわされておられるのです。

謂わば、我々は既に皆救われている長者なのです。

しかし煩悩が邪魔して気付かないだけなのです。

 

その気付かない凡夫に対して施して下さったのが南無阿弥陀仏というお念仏なのです。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

目的が叶うという事は、そこまでに至るまでの過程がなければ目的は達成致しません。

中國では共産主義の独裁から全ての自由が奪われ若者達の間に閉塞感が広がり、「寝そべり主義」なる考えが広がっているという。

夢や希望、目的を持ったとしても最後は共産党に搾り取られてしまう。

このような政権に対しての抵抗が底辺にあるようです。

既に中国においては優秀な人材は外国に脱出しているそうです。

国内にいたとしても共産党と拘わらざるを得ないのです。

日本においても貧富の格差から立ち直れない若者達が多くなってきているようです。

役所などに行くと生活保護などの申請でごった返しているようです。

目的地のない舟は太洋に浮かぶ浮遊船なのです。

人生においても目的を持って生きている人と全く目的など考える事無く生きている人がいます。

人生の目的の追求は「己とは何者か」から始まるのではないでしょうか。

考える事をしなければ単なる生きものであり単なる動物なのです。

優しさや嬉しさ悲しさ寂しさ、笑顔など関係のない動物になってしまいます。

人間とは決して単なる動物ではないのです。

さて人生の目的、生まれてきて、どのような人間になりたいのかという事なのです。

妙好人になる為、成仏する為に人間は生まれてきたのです。

この最も大切な事を教えるのが教育の目的です。

この事を学校では教えないということから人類の危機的状況が生まれているように思えるのです。

南無とは帰命とも訳します。

人生の目的を忘れないでください、という言葉ではないでしょうか。

目的らしき所まで行きつくと今までの道のりを振り返りみる縁が訪れます。

オリンピックで金メダルを得た選手は泣いて喜びます。

暫く間をおいてからインタビューの時には少し冷静になり、此処までこれたのは自分の力ではなく多くの人達からの協力のお蔭であることに気付きます。

その一つの、お蔭がなかったならば金メダルまでには至らなかったと思えるようになるのです。

今までの道のりが如何に大切であったかに気付いた時、その道のりの一つ一つが光、輝いて見えるのです。

人生の目的においても同じような事がいえるのです。

還相回向という言葉があります。

自己の功徳を他の人に振り向けてともに浄土に生まれようと願うことを往相回向といい、浄土に往生した者が再びこの穢土(迷いの世界)に還ってきて、人々を教導し共に浄土へ向かうことを還相回向と言います。

目的の達成が往相回向であり、その道のりを顧みて戻ってきて今一度、浄土に光り輝く花を咲かせる、この事こそが大切であるという事が還相回向という事ではないでしょうか。

 

 

朱に交われば赤くなる、類は友を呼ぶ、などは人間の悪を諫める諺ととらえがちです。

しかしその諺は決して悪い考え方ではなく良い方に生かす事こそが人間として生きる方法ではないだろうか。

28日の親鸞聖人の御命日に坂東市の妙安寺さんにお参りにまいりました。

御本堂でふと思ったのですが、月に一度ですが既に20年位前から参らせて戴いているのです。

当初は単に佛の道に生きたい、というような単なる思いだったと思うのですが、いつの間にか阿弥陀様の世界に、入り込み、はまってしまっているのではないだろうか、と思えたのです。

御住職にも話したのですが、20年も参らせていた事が、謂うならば形であり行動が、いつの間にか知らず知らずの内に佛の世界に交わっていた、という事ではないだろうかと話したのです。

御住職も蓮如上人も兎に角、何度も何度も繰り返して阿弥陀様の話を聞きなさい、と言われています、と話して下さいました。

坂東市の同業の社長さんの名刺の裏に「はきものをそろえる」という題の言葉が書いてありました。

「はきものをそろえると心もそろう 心がそろうとはきものもそろう ぬぐときにそろえておくと はくときに心がみだれない だれかがみだしておいたら だまってそろえておいてあげよう そうすればきっと世界中の人の心もそろうでしょう」

形が心を動かし心が形となってあらわれる、という心身一如という言葉なのでしょう。

知人が梅干しを40キロ漬けたという。

赤紫蘇と塩を入れて一ヶ月位は漬けるのでしょう、直ぐには赤くはならないのです。

つけ終わった所で更に仕上げで、天日で干すのです。

日に干す事で殺菌効果と味がまろやかになり、更に赤くなり完成するのです。

急ごしらえでは美味しい梅干しは出来ないのです。

手間暇をかけてこそ完成するのです。

その手間暇が言うならば完成品目指しての間接的な応援団なのです。

幾ら理論上で人が幸せになる為には、阿弥陀さまに命を預けましょう、必ず成仏できると、分かったとしても不可能なのです。

回りから徐々に阿弥陀様の世界に入れる事の行動、形をつくるのです。

そして継続するのです。

そして仏縁が訪れた時に、はっと極楽浄土の中に既に入っている事に気付き驚き感謝の心があふれてくるのです。

その時の思いを法悦というのでしょう。

かなり前ですが、海ほたるから東京方面をみてコンビナートの石油タンクや小さく見えるビルなどを見て直感的に海を怖く感じました。

海の直ぐ近くの大都市が津波に呑み込まれるようなイメージが脳裏をかすめたのです。

大都市に平気で暮らしている殆どの都民を思うと何と哀れな生きものなのだろうか、と思ってしまった事がありました。

中国では7月20日前後に異常気象と台風が重なり千年に一度の大雨に見舞われ地下鉄に濁流が入り込み多くの死傷者が出てしまいました。

又、ダムが決壊し甚大な被害が起きています。

更に多くのダムの決壊が予想され何十万人もの人が避難しているようです。

このような事は他国の事だと思ってはいられないのです。

今、世界中で大雨、暴風雨、竜巻などが起こっています。

サイジアラビアでは砂漠が川に変貌しているのです。

いつ日本にも千年に一度の大雨、や巨大竜巻などが起きるかは誰にも分かりません。

日本には3000以上のダムが存在しているそうです。

ダムとは堤の高さが15m以上のものをダムと呼んでいます。

高さでは富山県にある黒部ダムが一位で貯水容量では福島にある奥只見ダムが一位となっています。

確かにダム建造がもたらす多くの利点はありますが、今後の異常気象からしてはダムが耐えられない程の大雨や巨大地震によるダムの決壊もありうるのです。

最近の異常気象がもたらす災害は人智を越えたものになっています。

ダムは、河川を分断して本来の流れを変え、上流からの土砂や有機物を堆積するものです。

そのため、河川生態系を大きく変え、海岸浸食の主因ともなっています。

ダムは河川や河川敷、周辺の生物生息地を変化、消失させ、魚類をはじめとする動植物を絶滅の危機に追いやっています。

また、ダムに貯まった土砂を税金を使って人為的に海岸に運んで養浜(ようひん=人工的に海岸を造成すること)したり、ダムの中には、ほとんどが土砂で埋め尽くされ、安全管理のうえでも危機的な状況となっているものが多くあります。

このような問題を解決するための方法として、ダム撤去が提案されています。

熊本県の球磨川では荒瀬ダムの撤去工事が完了しているそうです。

ダムの規模によりますが荒瀬ダムの場合の撤去費用は100億円程度といわれています。

人類は神から生まれたとする教えから、人類の奢りが根底にあり自然破壊に繋がっているのではないだろうか。自然破壊は必ず人類を脅かすのです。

近くのデェスカウントショップに行っていると4歳位の男の子が迷子になり大声で泣いていました。

さぞ寂しかったのでしょう。

店員がそれを聞きつけ連れて行きました。

そして迷子の放送をしていました。

いるはずの、お母さんがいなくなったのです。

子供にとっては大事件なのです。

カラオケで、たまにフランク永井の「おまえに」を歌います。

「そばにいてくれる だけでいい 黙っていても いいんだよ 僕のほころび ぬえるのは おなじ心の 傷をもつ おまえのほかに だれもない そばにいてくれる だけでいい 。」

人間とは一人で生まれ一人で死に往く、孤独な生きものです。

しかし幾ら仲のいい夫婦あっても、恋人同士でも、いつ病気や事故で亡くなってしまうか分かりません。

 

一人きりになったら何を支えにして生きていけばいいのでしょうか。

人という字の下の方はお互いの支えであり、上に伸びている方は佛様のように思えるのです。

支えの一人がいなくなったにしても佛様を頼りにして生きなさいという字にも思えてしまうのです。

そのような意味もあり、いつも身に付けたり持っているキーホルダーに付けるストラップの念仏札を作ろうと思っています。

片方には阿弥陀如来の映像を一方には南無阿弥陀仏の名号を書き、アクリルでしっかりしたものをつくる予定です。

 

南アジア一帯の仏教国では、挨拶の代わりに合掌して相手に礼を尽くします。

インドでは、右手は清浄、左手は不浄を表しますが、仏教では、右手が仏、左手は衆生を表しています。

この右手と左手を合わせることで、仏と衆生が合体し、成仏するという意味になります。

掌を合わせることは、左右相対したものがひとつになり、信じることや調和を保つことの象徴でもあります。

手紙の文章の最後を、敬具ではなく、九拝や合掌で締めくくるのも、仏教徒の作法です。

インド元来の仏さまや菩薩さまを拝む習慣に、神仏などの目には見えない力やはたらきへの畏敬の念が加わり、発展したものが日本独自の合掌です。

畏敬の念とは何かというと、それは「すべては当たり前」「生きている」という自己の驕りの反省です。

本来の私たちの姿は、すべては当たり前ではなく、目には見えないはたらきかけにより、生かされているのです。

ここに「申し訳なさ」「感謝」「尊さ」の思いが湧き起こり、これらの思いが合掌となって体現されているのです。

合掌自体は手を合わせる動作ですが、その深意を踏まえると、目には見えないはたらきへの感謝の体現とも言えます。

合掌とは字のとおり掌(たなごころ・手の平)を合わせることです。

もともとは仏教の興ったインドで、相手に最大の敬いの気持ちを伝える作法として行われていたもので、今でも「ナマス・テー」と声に出しながら合掌をして頭を下げる挨拶が交わされています。

「ナマス」は「尊敬」を、「テー」は「あなたに」の意味です。

昔、この言葉が中国に伝わった際、「ナマ(ナム)」に漢字「南無」を当て、その下に仏さまや菩薩の名前を付して帰依を表す言葉としたものの一つが、お念仏の「南無阿弥陀仏」なのです。

合掌は形から念仏道に入る一つの方法であり修行なのです。

オリンピックで卓球の試合だったと思いますがタイの女子選手が合掌してから試合に臨んでいました。

とても微笑ましく嬉しくなりました。

暫く前ですが針灸、整体の診療所をやりたい、と家を探しに来られたお客様がおられました。

色んな話から、先生は体も治すけれども心も治す仕事だと思います、と偉そうな事を言ってしまいました。

先生も全くその通りですと言ってくださいました。

更にお客様が来られたら合掌して迎えられ、帰られる時にも、お大事に、と声をかけながら合掌して見送られたなら素晴らしいのではないでしょうか、とも申し上げた所、最もです、と共感されました。

わたしはお医者さんから今まで合掌された事がありません。

日本の家庭の多くでは食事の前後には「いただきます」と「ごちそうさまでした」と挨拶し合掌するのが当たり前になっています。

お医者さんの家庭では行わないのでしょうか。

決して患者に対して合掌で迎え、送られても問題はないのではないでしょうか。

変に思う人は、逆に変な人なのです。

オリンピックが始まりました。

7月23日 23:59 時点のコロナの日本での感染者数は86万2855人で死者数は1万5129人だそうです。先月、同業者の社長さんが73歳で、コロナで亡くなりました。

家族や親せき、多くの友人達の悲しみを思うと胸がいたみます。

朝日新聞の世論調査では、開催の「中止」か「再び延期」がよいと答えた人は計60%にのぼりました。にも拘らずの開催とはオリンピックのアスリート達や開催者達の金銭的な利益と政治的な理由などを優先しての開催なのでしょう。

例えばの話ですが金メダルを取った選手の親が地元で祝賀会を開催して、父親がコロナに感染してオリンピックが終了する8月8日に亡くなってしまった、としたならば金メダルを取った喜びは吹っ飛んでしまい、何故、国民の60%もが反対していたオリンピックを開催したのだろうかと悔やまれる事でしょう。そうした事もあるのです。

今回のオリンピック開催による直接的、間接的な死者数は計算の仕様が出来ないとは思いますが、必ず開催した事により多くの命が失われる事でしょう。

オリンピックの開催で世界の人々に喜びを与える、とは言えるかも知れませんが、その裏には開催したことで亡くなられる多くの命が散ってしまう事を思うとメダルを返上するような気持ちも湧き出てくるのではないでしょうか。

メダル獲得者と、オリンピック開催で亡くなってしまった家族と面談などの開催が有った場合にはメダル獲得者や開催を主張し押し通した権力者達は出席する事が出来るでしょうか。

出来たとしても、開催を主張し押し通した権力者達は殺人犯罪者であると罵声をあびせられるかも知れません