感動日記 四二〇五 平和とは  令和六年五月十日 | 雨にも負けず菩薩道

雨にも負けず菩薩道

菩薩の心で人生を生きる。

世界は戦争の繰り返しで戦争が無くなる事がないようです。

どうしてなのでしょうか。

平和とは普く須らく皆が平等に世界を戦争のない世界にすることが出来るという意味ではないでしょうか。

先日、新聞に『政治と宗教を考えると政教分離はそれほど簡単な原理原則ではなさそうだ。

難しさは二月にスイスのイタリヤ語放送局が行ったのインタビューからも読み取れる。

教皇はロシアによるウクライナ侵略の終結に向けて両国に「白旗を掲げて交渉する勇気」を持つよう促した。

これに対してウクライナの駐バチカン大使は「誰がヒトラーに白旗を掲げることを考えただろうか」と強く反発したのだ。』さてこのような問題について世界の皆が積極的に平和の為に議論をしなさいというのが平和という言葉なのではないだろうか。

ロシアのウクライナ侵略戦争、テロ集団ハマスとイスラエルの戦争で多くの人が亡くなっています。

人の命は尊いとは言いますが何故尊いのかは世界的には共有する答えがないままに、只、尊いという所までで回答がないままになっているのです。

更に言えば「人間の真の幸せ」とは何かについても人類としての回答が得られていないのです。

人間には佛心が備わっているから尊いのです。

そして真の絶対的幸福者に妙好人という人がいる事を世界人類は知るべきです。

世界平和をもたらすにはまずは小さな和、話、輪、環、のグループをつくるべきです。

そのグループが結集して大きな和になり世界を平和に導くのです。

それが出来るのは大和民族なのです。