2021.9 NO.158 しょうちょう VS きょうちょう(1)
東京五輪が閉幕した。開幕前日までのゴタゴタにより興味が半減していたが、アスリートたちの奮闘ぶりを見て、「開催して本当によかった」と実感した。
プロゴルフのメジャーチャンピオン松山英樹選手は新型コロナに罹患して体調が万全でない中日本代表として参加した(メダルに届かなかったが日の丸を背負って奮闘してくれた)。同じく日系4世のコリン・モリカワ選手は「五輪はスポーツにとって最高峰の場、ゆかりのある日本で金メダルを獲得することは、大きな目標だった」と想いを口にしていた。新種目スケートボード(ストリート)に金メダリスト堀米雄斗選手し自身の栄誉だけではなく日本でも練習場が整備されボーダーへ見方が変わり米国ような人気スポーツにしたいとの想いから金メダルを目指したという。「テニス選手にとってポイントも賞金もない五輪は価値が低い」という意見がある中で、錦織圭選手は「自分のためだけではない。五輪だから」と疲労覚悟の単複に出場した。
ゴルフ、テニス、野球、バスケット等高額な報酬が得られる人気スポーツでないなら、なおさら五輪はアスリートとって人生を賭けた大舞台となる。女子ソフトボールで優勝した日本チームと死闘を演じた米チームの選手の中には13年振りに開催されると知り引退から復帰した選手もいた。柔道女子57キロ級で優勝したノラ・ジャコバ選手は10年以上の競技生活の中で挫折もあつたが、内戦で傷ついた小国コソボを世に知ってもらいたいと五輪に臨んだ。
2020年4月号NO.130(「にとVSにとう」)で、「2019年10月世界陸上でオランダのシファン・ハッサン女子選手が、前代未聞となる、体力的にきつい中距離1,500mと精神的に難しい長距離10,000mとの両方を制した。東京五輪でこの二冠を達成すれば2018年の平昌五輪でスノーボード女子パラレル大回転とアルペンスキー女子スーパー大回転の2種目同時金メダルエステル・レデツカ選手の二刀流に匹敵する偉業となる」と書いた。そのハッサン選手が8/2の1,500m予選にて残り1周最後方で転倒したが、11人ごぼう抜きし1着となった。その夜5,000mの決勝(優勝)があるのに。普通は諦めるのに、五輪での二刀流の偉業達成の為なのか。ハッサン選手は野球界の大谷翔平選手とも並び称せられると思ったが、さすがに転倒後のスパートの疲れが残っていたのか足が重く1,500mの決勝で3着に敗れた(凱旋門賞でいつも後ろから行くのに前に押し出され結局3着に終わったディープインパクトを思い出した)。ニ刀流は実現しなかった(10,000mは優勝。長距離トラック二冠は達成)。
卓球や柔道で3位決定戦に勝ち銅メダルを得たのにうれし涙ではなく(優勝戦で負けたことの)悔し涙を流すのは五輪しかないのではないか。柔道女子70キロ級で金メダルに輝いた新井千鶴選手と準決勝で16分超の死闘を演じた対戦相手の女子選手が締め落とされた。女子で死んでもタップしないとの覚悟は五輪ならではではないか。
アスリート達の、死にもの狂いで闘う姿を見て、各々の五輪に賭ける想いを知って、五輪はIOCや主催国及び都市の権力者の為にあるのではなく、アスリートの為にあると当然のことを再認識した。
そんなアスリート達のことを一顧だにせず、五輪中止を訴えた、感染症学者、野党議員、メディアらを見て、数年前港区南青山にて児童相談所等の複合施設建設を巡り「南青山のブランドイメージにふさわしくない」「地価が下がる」などと反対した一部住民のことを思い出した。
五輪選手は旅行者とは違う。5年にも亘り血が滲む練習に励み、ストイックな生活を続けた努力が感染すれば一瞬にして水の泡となる。誰よりもアスリートたちが新型コロナを恐れ、警戒しているというのに。不幸にも新型コロナウイルス検査で陽性反応を示し、五輪を欠場したアンバー・ヒル選手(女子クレー射撃女子スキート種目の世界ランキング1位)は、「心はズタズタに切り裂かれた。いまこの痛みをあえて描写するなら、こんな言葉になります。5年間ずっと五輪のために練習と準備を積んできたのに、昨晩、Covid-19陽性とされて、ただ打ちひしがれています。」との悲痛な想いを吐露したという。
日本で新型コロナ禍が収まっていないと知りながら世界各国が次々とキャンセルするのではなく200以上の国々が五輪参加してくれる。菅首相が五輪に固執するのは首相個人の利害・保身と見るのは一面的な見方だ。東京五輪はIOCに押し付けられた訳ではない。安倍首相が「フクシマはアンダーコントロール」と強弁し、関係者による積極的なロビー活動やプレゼンを展開し、他の候補都市と争って勝ち得たものだ。しかも、日本政府は新型コロナによる「中止」とせず、「1年延期」を選択した。
菅首相は、五輪開催の直前「やめることは一番簡単なこと、楽なことだ。挑戦するのが政府の役割だ」と雑誌インタビューに答えた(アスリートか?とツッコミをいれたくなる首相発言に反発を感じた人も多かったのではなかったか)。
そうではなく、「日本が1年延期を決断し、200以上の国々が“おもてなしの国”日本を信頼して選手を送り出してくれる。その信頼を日本が裏切ることはできない。長年築き上げてきた日本の信頼を一瞬のうちに失うことはできない」(噂されるパラリンピックの中止はしてはいけない。それなら五輪と両方中止した方がよほどまし)と強調した上で、有効な新型コロナ対策がとれてこなかったことを真摯に謝罪し、デルタ株による感染急拡大と東京五輪開催とは関係がないことの理解を求め、国民に協力と一層の自粛を求める。拙劣でもいい。切々と国民に訴えかけることが必要なのだ。国難に際し日本人の心を一つにすべき時に、木で鼻をくくる、恫喝するような物言いしかできないようなトップは首相には向いていない。
国民が現政権に批判の目を向けるべきなのは、五輪強行自体ではなく、延期した責任あるこの1年で、有効な感染拡大防止策が打てず、ワクチン接種も遅延していることであろう。
デルタ株の感染力は強く、重症化のスピードも早いと言われるが、乳幼児、若者が重篤化しにくいのは従来株とほとんど同じでは。人間という宿主の細胞の中でしか生きられないが、人間が拒否するから新型コロナが手を替え品を替え変異しているだけ。人間を攻撃する意図はないしそんな考える器官もない。風邪と一緒とは決して言わないが、人類存続における脅威となる深刻なウイルスとは思えない。憂慮すべき問題は、感染者数>医療キャパの事態。
今必要なのは、耳にタコができた国民に行動自粛を訴える(もう恐ろしいとは思わないから老若男女家に閉じ籠らないのだろう。だからと言って、今さらロックダウンはウイルスより飲食店等の息の根を止めるのでは)ことよりも、民間開業医を含めて全病院に検査と治療をさせる体制に変えること。治療方法の確立、ワクチン接種の進捗を理由にして新型コロナの指定感染症のレベルをインフルエンザと同じ5類程度に下げるべきだ(メディアも、無症状も多く含まれる陽性者数を新規感染者数と報じ、同じ感染症学者や医師を使い不安を煽り国民に行動自粛を求めるだけの報道を続けるのはもういい加減止めたらどうだ)。
新型コロナに奮闘する栃木の倉持仁医師は立派で菅政権を批判するのはもっともだが、それでは医師会のトップらとスタンスが同じではないか。他者に言及する前に全医師が新型コロナに立ち向かうよう声を上げるべきではないのか。
そんな中菅政権は、新型コロナ専門病院を作ろうともせず、さりとて全病院による新型コロナ医療体制を構築するわけでもなく、8/2泡を食ったごとく突然命の選別と言える「中等症コロナ患者まで自宅療養させる」と発表した。ネットでは棄民政策との反発の声が上がる(「医は仁術」と言うが、新型コロナを扱わない医師は何を思ったか)。
与党からも批判があり、事実上撤回した感があるが、さすがに権力者に従順な日本国民も堪忍袋の緒が切れたのではないか。菅首相が新春首相として新年挨拶する可能性はかなり低くなったろう。