2021.7 NO.154   VS  つ
 6月は我妻の誕生月(2人の幼い孫娘も同じ)。今回は我妻のことを話してみたい。
  仲睦まじい三浦友和・(山口)百恵夫妻は昨年11/19に結婚40周年を迎えられた。半年後結婚した我ら夫婦もどうにか5/3に40周年(ルビー婚)を迎えられた。「別にめでたくもないけど」と言う妻と二人で祝杯を挙げるべく店を予約していたが、緊急事態宣言により店側からキャンセルの連絡が入った。長男ファミリーと一緒に妻と孫の誕生日会と併せて折を見てお祝いすることにした(妻は娘が嫁ぐ時「お父さんは女性的だから結婚記念日とか誕生日とかに飲食店に予約したりするけど、世の旦那はそうとは限らないのよ」と申し送りしていた)。
  結婚を前提にと数寄屋橋のソニービルで再会した23歳の妻は眩しかった。綾小路きみまろさんの漫談ではないが「あれから40年」。「同じだったらお化けでしょ!?」と妻は言う。「お化けでもいいから・・・」とは、さすがに口が減らない私でも口にしない。私が40年前に戻りたいと言うと、妻は「私は出会う前に戻りたい」とぬかしおる。
  結婚当初は、神戸市の東端、深江本町に住んでいた。阪神大震災の際国道43号線上の高速道路が芦屋市側との繋ぎ目から神戸市側の道路が横倒しになった、その繋ぎ目の近くに。
  昭和53年秋、5年程の東京勤務を終え本部の審査部に半年間ほど席をおいた。融資の可否を判断する審査役のアシスタントの仕事だ。決算書や資金繰り表、他行の融資状況等から矛盾、問題点を洗い出す(これからはAIがとって代わるだろう)。その時、以前新宿支店で上司だった人が同じ審査部にいた。その人から取引先が賃貸マンションを建てるので借りないかと勧められ、実家を出て昭和54年4月4階建ての4階に入居した。今は亡き母が好きだった、苦節十数年の小林幸子さんの『おもいで酒』が大ヒットして行く頃であった。
  それから2年後の昭和56年5月に妻と結婚し同居した。翌年に長男が生まれ、高速道路に近く洗濯物が汚れ空気がよくなく、またベランダの手すりが低く幼児にはアブナイと考え、転居した。

 新神戸駅から北に7㎞のトンネルを抜けると新興住宅街が見えてくる。その一角にある中古だが敷地58坪の一軒家に昭和57年秋に移った。そこで平成6年3月まで居住した。
  その頃、子供はまだ小さく成績やいじめの問題もなく、亭主は順調にそれなりに出世の階段を登っていた。妻自身はまだ若く、エアロビクスの教室に通い他の主婦と楽し気に飛び跳ねていた。その頃が妻の人生のバイオリズムの最高点であったろう。
  そんな平和な生活が急転する。私が妻に相談することもなく、銀行を辞めてできるかどうかも分からない社団設立に参画すべく平成6年正月ひとり上京した。社団のメドは立ったが、私自身は(今から思えば、考えが甘かったとしか言えないが)すぐに二重生活が出来なくなり、妻が自身の城と思っていた自宅を急遽売り家族も上京することになった。不動産業を営む高校の同級生が買い取ってくれた。私の方には過不足はなかったが、翌年思いもよらぬ阪神大震災が起こり同級生は損を被ったらしい(壊れた故郷を見るに忍びなく5年程帰郷しなかったこともあり、そのことに思い至らなかった)。
  家族も上京するに際し、私は「どうせ家ごと壊すので要らない物はそのままにしておいていい」と言い残しておいたのだが、律儀?な妻は (まだ家が建っていない) 向かいの車庫に廃棄するソファを置いた。それが近所の悪ガキによる花火でボヤ騒ぎになり妻は消防署からきつく絞られたらしい。加えて、銀行で優遇されていたハズの私が表面上泥舟からいち早逃げ出した形になるので、あることないこと噂が流されたのであろう。同じ銀行のOGである妻も元同僚と疎遠になってしまった。母を置き去りにし、妻を苦しめ、同級生の好意に甘えて転身したのだが。銀行を辞めたことには悔いはない。皆の想いを背負いながらも、自身の「志」を信じ切れず完全燃焼できなかったことは、後悔したくなくても、してしまう。
  平成6年の春休みに上京した家族は一旦妻の実家にヤドカリし、日本シリーズで長嶋監督が宙に舞った10月から家族5人狭いマンションで一緒に住むことになった。その年末長男が虫垂炎で手術した。翌正月3日見舞に妻が自転車で向かった。電話が鳴り警察からだった。妻が踏切で単車と喧嘩した。吃驚したがムチ打ちで済んだのは幸いだった。1年弱か妻の太短い首に首輪がついていた。生活の不安もあり、上京する(東京生まれの妻としては出戻り)直前からの数年間が妻の人生のバイオリズムの底だったと思う。その頃つんく♂さんがMY BABE~と熱唱していた。
  私自身は、社団の運営も容易ではなかったのだが、その頃メジャーでトルネード旋風を巻き起こした野茂英雄(NOMO)投手に夢中だった。NOMOに自分自身を重ねていたこともあるのだが。NOMOの引退後は競馬界の至宝ディープインパクト(以下「ディープ」)に入れ込んだ。仕事が思うにまかせず日々鬱々としていた私の心をディープの快走が唯一晴らしてくれていた。ディープが一昨年7月末急逝したのは、私にとって痛恨の極み。
  そんな私に対して、妻は、私の母がかつて妻に私に関して申し送りしていたことをわざわざ口にする。「偉そうに言う」「食事にうるさい」「のんき」だと。私自身は前の2つは自覚があるが、心配性で呑気だとは思ってはいないのではあるが。
 妻は、上京した平成6年から正社員として働きだし、いつの間にか24年が経った。平成30年に妻も退職し、ある時二人で墨田区主催のカラオケ教室に向かった。歌は上手いが方向音痴の妻は最短コースでは30分で歩いて行ける所を三角形の2辺を辿り50分もかかってしまった。帰りは、土地鑑のない私がタブレットでグ―グルマップを見ながら最短コースを辿っていると、途中で「あら、私が働いていた会社の近くだわ!?」と妻が声をあげた。妻が勤めあげた会社を初めて見て、24年間も働いてくれたことを思い起こし、熱い物がこみ上げてきた。妻は体調不良で会社を休むことは一度もなかった。雨の日も風の日も通い続けた。
 今妻は、次男が独り立ちしていないことと自身の髪の毛とが気懸かりながら、職場でのストレスから解放され、週に2回一人カラオケに勤しみ(新型コロナ禍自粛しているが)、長男、長女の孫と戯れるのを楽しみにしている。振り回されてきたクソ亭主もポチ犬からナメクジへとさらに小さくなり、それでも目障りなら塩を振れば(死にはしないが)見えなくなる。ようやく妻の心に安寧さが戻ってきた。銀行時代の同僚にも再会してみようかとの気になってきたみたいだ。

 結婚当初に住んだ所から妻の実家を立て替えた今の家まで、これまで4回ほど引っ越しをして来た。本はその都度整理しいくらか処分したが、レコードとCDはそのまま持ち込んだ。しかし、今やレコードプレーヤーは壊れ、CDも面倒だとして聴いていない。もっぱらパソコンでYou Tubeを視聴している。反戦歌ではなく若い男女の切ない恋愛模様を綴ったフォークソングを聴くと銀行に入行した翌年昭和49年1月思いがけず新宿支店に転勤となり独身寮に入寮し寂しさを覚えた当時が蘇る。私は元々群れるのは好きではないし、アウトドアタイプでもない。独りでいることは苦痛ではないと思っていた。一人で居る孤独は耐えられる。しかし、大勢の中での孤独は耐えがたいことを悟った。
  それでも、昭和50年の後半に入る頃には、それなりに青春気分を味わった。気の置けない後輩も入寮してきた。ゴルフも覚え始め、正月三が日も帰省しなくなった。元旦は女子行員も来るので支店長社宅での新年会で過ごした(当時まだ入行していない妻には言えないこともあった)。
 寂しいと思っていた頃はビートルズ等の洋楽曲より歌詞が直接心にしみる、『心もよう』の井上陽水さんや『神田川』のかぐや姫などをアルバムで聴いて無聊を慰めていた。
 当時の歌を懐かしくYou Tubeで視聴していると、ファンではなかったが同時期ヒットしていたクラフトの『僕にまかせてください』、シグナルの『二十歳のめぐり逢い』がYou Tubeにアップされているのが目に入った。私には特段思い出はないが『二十歳のめぐり逢い』の「風に震える オレンジ色の 枯葉の舞い散る 停車場で・・・」を聴きながら、投稿コメントを読んでいると私と同世代と思しき女性Mさんの次のコメントに嗚咽してしまった。
    「この曲は、亡くなった主人が私によくギターで歌ってくれてました。息子が六才、娘が三才でした。親子苦労しましたが、今では孫が癒してくれます。・・・大切な思い出です。」
 妻子のご苦労、ご主人の死んでも死にきれない想いを思うと涙が溢れてきた。チューリップの『青春の影』の歌詞「自分の大きな夢を追うことが 今までのぼくの仕事だったけど 君を幸せにするそれこそが これからの僕の生きるしるし」を思い出した。人生は一度きり。残り少ない余生を妻への罪滅ぼしに使わねばと強くそう思った。といっても、要らぬことを言っては、妻を怒らせるのだろうけれど。

2021.6 NO.153 イ・ビョンン VS イ・ビョン
 日本人の反感を買う韓国の政治家に対しては時に私も「反韓感情」をもたげるが、韓流映画・ドラマ並びに俳優には好感を抱いている。今第4次韓流ブームが到来しているらしいが、私的には第3次マイ韓流ブームと言える。
  第1次のキッカケは、ドラマ『冬のソナタ』が話題沸騰したことによる。日本ではNHKが2003年(平成15年)BSで放送して大反響を呼び、それを受けて翌年の総合テレビでの再放送版を観た。それを機にヒロインのチェ・ジウさんのファンになり、2004年10月から日本で放映された『天国の階段』も観ていた。悪女役で出演していたキム・テヒさんが私好みの美人だと思ったが、ソウル大出の才媛であることはずっと後から知った。
 2005年10月8日よりNHK総合で毎週土曜日午後11時10分から放映された『宮廷女官チャングムの誓い』は評判を呼び、ヒロインの「韓国の吉永小百合」と呼ばれたイ・ヨンエさんが人気になっていた。妻は毎週観ていたようだが、私は観なかった。私の第1次マイ韓流ブームはその程度であった。
 映画では、2005年公開された映画『私の頭の中の消しゴム』(日本のTVドラマ『Pure Soul〜君が僕を忘れても〜』のリメイク)を妻と観た。彼女が若年性認知症に罹る切ない話とヒロインのソン・イェジンさんと夫役の俳優が素敵でその映画は今でも心に残るものなったが、しばらくして第1次のマイ韓流ブームは去っていった。
 第2次マイ韓流ブームは10年後の2015年8月から。65歳の誕生日の前日をもって当時勤めていた業界団体を離職した。朝・昼TV観られる時間ができたので、韓流ドラマを観る機会ができた。とくに、日本と違い今も韓国では人気が高い時代劇・李王朝時代のドラマをよく観ていた。巨匠イ・ビョンフン監督が手掛けたTVドラマ『トンイ』(李氏朝鮮21代国王・英祖の母親の波乱の半生を描く)や同じく『イ・サン』(英祖の孫でありながら22代国王となる正祖の波乱万丈の人生を題材とする)。今も国民から敬愛される4代国王『大王世宗』など(この李王朝を日本は朝鮮併合という直接支配により廃した。その恨みが反日の源泉の一つにも。第二次世界大戦連合国の代表米国は間接支配により天皇制を存続させた。日本は日本人の精神的支柱を失わずに済んだ)。
  その頃本ブログ2016年4月号NO.58(「キムテヒVSキムソヒ」)にて23歳で『トンイ』に主演して以降国民的清純派女優として“千万女優”とも呼ばれるハン・ヒョジュさんを取り上げ注目していたのだったが、5年後の今年3月に邦画『太陽は動かない』(藤原竜也さん主演)を映画館で観た時、気がつかなかった。日本語を話す妖艶なアジア人女スパイは誰かと後で調べたらハン・ヒョジュさんと判り驚いた(26歳で主演の映画『監視者たち』で「韓国のアカデミー賞」と呼ばれる青龍映画賞で2013年の主演女優賞受賞の時はあれほど清純派だったのに)。これでは私はとても韓流ファンとは言えない。
 第3次マイ韓流ブームは、昨年秋あたりから新型コロナで悲観論的な感染学者を“偏用”するTV情報番組を嫌い(我々庶民はできることが決まっているし限られている)ドラマやWOWOWの映画を観る機会(とくに梅や桜が咲いている頃に)が増えたことによる。

 さらにドラマ『愛の不時着』及び主役二人のロマンスが話題になったことも影響している。このドラマ自体は観ていない(あらすじは把握した)が、人気俳優ヒョンビンさんとソン・イェジンさんが初共演した映画『ザ・ネゴシエーション』をWOWOWで観た。役柄とはいえ感情移入し熱愛に発展してもおかしくないと感じた。また、映画のラストで車で去ろうとする黒幕の権力者に対して逮捕を通告する警部補役のイェジンさんが凄く凛々しく惚れ惚れした。
 そう言えばと、映画『私の頭の中の消しゴム』でイェジンさんと共演した主演俳優はどうしているかと思い出した。名前も忘れ、15年前当時背が高くややワイルドなとおぼろげながらそんな印象を持っていたが、WOWOWで観た映画『無垢なる証人』でさわやかで誠実な弁護士を好演(2019年青龍賞主演男優賞受賞)したチョン・ウソンさんが彼と分かり、健在ぶりが確認でき、安堵した。
 韓国のホームドラマ等現代劇は、30話以上完結(日本は10話前後)も珍しくなく、ありえない設定で、あり得ないことが次々起こり(ありえないほど簡単に解決もするが)、妻の小言でも大きなストレスを感じる弱った老体の私には耐えられない。私が観るのは2周遅れの時期なので、既にファンが各話のあらすじをネット上に掲載している。あらかじめネタバレした上で観るようにしている。
  第3次のマイ韓流ブームの今回、名前は未だ覚えにくいが、顔を覚えた韓国俳優が格段に増えたと思う。熱心な韓流ファンからは青葉マークの初心者扱いされるだろうが。
 WOWOW『魔女たちの楽園~二度なき人生~』でゴルフ教習所コーチ役のオ・ジホさんが同時期BS日テレ『ガンバレ! プンサン』では髪を短くしてギャンブル狂の役を演じていた。イケメンながら演技派なオ・ジホさんはさしずめ“韓国の西島秀俊”と言ったところか。また、プロゴルファー役のソン・ウォンソクさんがBSテレ東『たった一人の私の味方』でヒロインに恋慕の情を抱くパン屋のアルバイト店員に扮しているのを見つけた。
  訳ありの人を長期宿泊させる楽園荘の女主人役のユン・ヨジョンさんが韓国映画ではなく米映画の『ミナリ』の祖母役(韓国人初のアカデミー賞俳優賞、2021年度助演女優賞受賞)を演じたが顔を観ただけですぐにヨジョンさんと判った。

 韓国の二大映画賞、青龍映画賞の主演女優賞、助演女優賞、大鐘賞の助演女優賞を受賞しているヨジョンさんは、過去の出演作品から“韓国の岸田今日子”かと思ったが、アカデミー賞に詳しい某映画評論家は若い頃からお婆ちゃん役が多かったからとして“樹木希林”と評していた。
  毎週金曜の19時からWOWOWに放映された、『シュリ』『8月のクリスマス』等を代表作とする名優ハン・ソッキュさん主演の『浪漫ドクター キム・サブ2』では、新型コロナで競うかのように立場を履き違えたかのような発言を繰り返す日本医師会会長と東京都医師会会長を見て、医師への尊敬の念を薄れさせてしまう。が、このドラマの医師・看護師たちの使命感や良心に感銘を受け、医師に対する敬仰する気持ちを蘇がえらせていた。
  全16話見たので、出演者の顔を覚えることができ、前病院長役のキム・ホンパさんがBS朝日『ブラックドッグ』の校長役など多数出演している。主任看護師役のチン・ギョンさんが上述のBSテレ東『たった一人の私の味方』で“韓流時代劇王”と呼ばれるチェ・スジョンさん扮する主人公の新妻役を演じていたことが判るようになった。
  時代劇では、遅ればせながら、『オクニョ 運命の女(ひと)』(これも巨匠イ・ビョンフン監督作)の全51話の後半をBS-TBSで観た。日本女優瀧本美織さん似の目が印象的なチン・セヨンさんを知った。同時期“チン・セヨン祭り”のごとく、これまた彼女がヒロインのBSテレ東『不滅の恋人』、前後してテレ東『カンテク~運命の愛~』が放送されていた。ストーリーがごちゃ混ぜになり少し頭が混乱した。
 
  映画では、WOWOWで観たが、2019年制作のヒット映画『エクストリーム・ジョブ』で紅一点の刑事役を演じたイ・ハニさんが同年制作の『権力に告ぐ』で映画のラスト主人公の検事を裏切る国際弁護士役で出演していた。最初似ているが、美人過ぎる。別人かと思った。2006年のミスコリアなので美しいのは当たり前なのだが。ソウル大卒の才媛でもある。
  『KCIA 南山の部長たち』(2020年青龍映画賞の作品賞受賞)は印象深い。朴大統領暗殺事件が題材で、しかもWOWOWで観た『王になった男』で李王朝の王様とその影武者の二役を好演し、それ以来私がファンになったイ・ビョンホンさん(この映画で2012年、青龍映画賞と並んで「韓国のアカデミー賞」と称される大鐘賞の主演男優賞を受賞)が主演ということで映画館に足を運んだ。
 映画を観た時は、本ブログ2021年3月号NO.148「えんざいVSめんざい(1)(2)」を掲載し、亡くなった近財の職員赤木の妻による文書改竄に関する提訴は、近財のスケープゴートが本省のスケープゴート佐川元理財局長を訴える皮肉なものと記した、その直後であった。
  映画を見て、『葉隠』で有名な山本常朝の「二者択一は、死に近い方を選べ」は現代に通用するやはり明訓だという思いを一層強くした。故赤木と朴大統領を暗殺したKCIA部長故金載圭は似ていると思う。仏になった人に何度ムチ打てば気が済むのかと叱られるが、(残された妻のやりきれない思いは理解するも)その死を美化するようなことではなく、我々は尊い教訓とすべきなのだ。

 赤木は改竄指示を拒否し抗議の意味で自殺した訳ではない。そうであれば“国民全体の奉仕者・公僕の鑑”として永らく祀られよう。苦渋の選択とはいえ指示に従い改竄に手を染めた。組織が守ってくれるどころか自分一人とり残された。罪悪感と恐怖心から精神が壊れた末自殺して不正の告発と恨みを晴らそうとした。私にはそう思える。
  KCIAの金は権力とともに傲慢不遜になった朴大統領から外されそうになっていた。映画によれば、朴政権の腐敗を世に告発する前KCIA部長を消したいと思う大統領は消せ!とは言わない。「いつも私は君のそばにいる」としか言わない。尊敬していた大統領とはもう違うと思っているのに誤った選択をした。金は部下に前部長を消さすが、大統領から褒められるどころか大統領側近の前で「こいつは前部長を殺すような奴だ」とののしられる。そして進退窮まる。赤木との違いは、恨みを晴らした後死んだこと。ただ、暴力装置・軍部へ根回しがなく、(世直し)クーデターとして理解が得られず、個人的な恨みによる犯行として処刑される。新たな軍事政権樹立に利用されて終わる。
  佐川元理財局長も同じ。夫妻が関係していたらとの後戻りできない首相発言を受けて善後策を協議する会議で菅官房長官が直接改竄を指示したとは考えられない。無理筋の案件で保身の為か近財は公文書に余計な?事を記した。それを知った官邸は弓を引くのかと激怒したとしてもおかしくない。佐川局長は自身の着任前の問題であり甘く考えたのかもしれない(結果は、未だに裁判の被告であり、世間からは人殺し呼ばわりされる。生活はできても、家族にも肩身が狭い思いをさせる)。

 佐川局長が、積極的にしろ苦し紛れにしろ、改竄という間違ったことを近財に指示してしまえば、本省で自らだけが窮地に追い込まれるだけ。何も言えなくなる。今「さざ波」発言で波風を立てた財務省OBからかつて貶められるような言い方をされても反論すらできない。矮小化された問題の責任を一人背負わされてしまう(赤木ファイルはそれを裏付けるに過ぎないのか。佐川局長より上の者は触れられていない、でなければ黒塗りするから、ファイルの存在を国は認めるのか)。
 宮仕えの現役各位、日本のトップ層は私が若かりし頃より官民問わず劣化している。明日は我が身と心得よ。常朝の明訓(「二者択一の際は死に近い方を選べ」)を肝に銘じるべきだ。
  韓国では1979年の朴大統領暗殺事件の真相を約40年経ってから映画化した。日本においても、ロッキード事件や森本学園問題の真相に迫った映画が放映される日は来るのだろうか。

2021.5 臨時号NO.152 ルセー VS ルセー
 今月二つの嬉しい知らせが届いた。一つはゴルフの松山英樹プロが2021マスターズ・トーナメントを制したこと。アジア人初の優勝者かつ日本人男子プロ初の海外メジャーチャンピオンとなった。

 もう一つは有吉弘行さんと夏目三久さんとが結婚したこと。本ブログ前号で「出過ぎた杭は、打たれず、抜かれてしまう」と書いたが、お二人は抜かれてはいなかったのだ。ひそかに一途な愛を貫いていた二人にネット上はお祝いコメント一色となった。ファンなるも「熱愛・妊娠報道」騒動時の有吉さんの男気に疑問を抱き続けてきた私にとっても朗報となった。

 

 さて、新型コロナ禍がまだなかった一昨年の6月末妻と二人で短期留学中の長男ファミリーに会いにパリに渡った。数日間の滞在に過ぎず皮相的になろうが、私が感じたパリの印象、感想を述べてみたい。
 パリ初心者としては、ベタな観光名所を巡ることになるのだが、中でも美術館に訪れるのを楽しみにしていた。印象派の名画が多く展示されているオルセー美術館(旧オルセー駅駅舎を改装)に入り驚いた。まるで百貨店のようで、照明も明るく子供たちも大勢おりうるせーなぁと思うぐらい。義娘(長男の嫁)もベビーカーに乗せた当時0歳と4歳の孫娘2人を連れていた。

  日本では、上野の森にある諸美術館に時々足を運ぶが、皆会場は薄暗く、係員があちこちに立ち監視されているような雰囲気。親御さん達は幼児を連れて行く気にはならないのでは。
  印象派の父、近代美術の父と呼ばれるマネの代表作『草原の昼食』(それまで女性の裸体は宗教画に限られていたが生身の女性の裸体を描き猥褻と批判を浴びた)も無防備に展示されていた。フランス人は芸術に対する民度が高いのか。だとしても奔放な外国人観光客も多く心配するのだが。ルーブル美術館も同様の状況であったが、さすがに『ミロのビーナス』や「目には目を、歯には歯を」で著名な『ハンムラビ法典の石棒』などには係員か警備員がついていた。とりわけ『モナリザ』は2m前後離れたところに柵が設けられそこに5重6重に人垣ができ、押し合い圧し合いスマホで写真を撮り合う(絵が劣化するフラッシュを焚かなければOK)中、絵があるのは見えたが、観たとはとても言えない。
 もう一つ楽しみにしていたのは、ステンドクラスで有名なサントシャペル(礼拝堂)。以前よりステンドグラスに興味を持っていたが、金沢ステンドグラス教会しか行ったことがない。
  地震がないお国がらかサントシャペルの2階の礼拝堂にはステンドグラス(高さ15m以上)が全面に並び(ステンドガラスの総面積670㎡)、その荘厳さに圧倒される。日本からの観光客も多く日本語版の案内冊子があったので、土産に購入した。 
  留学先の大学の某コースを卒業し暫く休みになるので、長男が連日一日中アテンドしてくれた。猛暑の中歩き通しで疲れも出てきたので翌日予定していた(エッフェル塔近くでは川幅が墨田川の半分以下で思ったより狭い)セーヌ川下りをキャンセルした。
  すると、長男が気を利かせて、モンマルトルの丘の麓にある『ムーランルージュ』(赤い風車)のディナー付きショーを予約してくれた(日本にも1931年から20年間 新宿3丁目に『ムーランルージュ新宿座』があった。パリ本家との関係は分からないが、学生や知識人の間で人気を博した。同劇場から故森繁久彌、故由利徹らが輩出したという)。
  フレンチ・カンカンで有名な歌と踊り、コントがメインであるが、観ているうちトップレスの踊り子さんたちが皆美(微)乳なのに気がついた。大きければ踊りの邪魔になり、品位も損なうということなのだろうか。小さい胸が採用の条件かと感じた。
  この他に、脊椎がないのかと思うほど自由に体をくねらせる女性や、急に舞台が奥に引かれ下から大きな水槽が現れひとりの踊り子と2m以上あるウミヘビが戯れるのを見て驚いた。満足して外に出ると23時だというのに空は濃い紺色でまだ真っ暗ではなかった。なにしろ日の入りが21時半ということなのだから。
 世界三大料理の一つとされるフランス料理。本格的なフレンチは私には荷が重い。 それで庶民的なビストロで牛ヒレの一品を食べたが、肉は固く野菜が添えられず(妻の鴨には添えられていたが)マクドナルドやケンタッキーで供されるようなフライドポテトが大量に添えられていた。イタリアン等他の店でも山盛りにフライドポテトが供される。主食の代わりということか。フランス庶民は野菜も余り摂っている風にも思えず、これでよく成人病にならないものだ。人種(体質)が違うのか。それともよほど運動とかしているのかと感じた。
 凱旋門を訪れた時の昼食には、留学生仲間のブラジル人に推奨されたとして長男に連れられシャンゼリゼ通り近くのポルトガル料理の店に入った。席に案内しておきながらなかなか注文を取りに来ない。「何してんねん!?」と手を上げようとしたら、長男に制せられた。呼びつけるのはマナーの悪い客と思われる。じっと来るのを待たないといけないという。注文した物が来ず忘れているのかと思っても、店員と目が合うか店員から来るのを待つものらしい(アホちゃうか)。“郷に入っても業に従う”私はこの町に住めそうにない。
 宿泊先は、長男ファミリーが住む所から3分ほどで行ける小さなホテル。パッシー地区(16区)という高級住宅地にあり、この辺は治安がよいので駐在日本人が多く住むという。
 周りは100年ほど経過したオスマン風のアパルトマン(アパート)が立ち並ぶが、洗濯物は外で干してはならず、お店も極力景観を損なうことがないように留意されている。
 古く美しい町並みは画家を刺激し日本からも戦前から佐伯祐三、藤田嗣治等の多くの日本人画家がパリで活動している。『酒場放浪記』(BS-TBS月曜21時~)で酔いどれて一句紡ぐ吉田類氏も若い頃絵の修行で10年ほどパリに滞在している。

  どこの国のアンケートでも、パリは訪れたい町としては5本の指に入るだろう。しかし、物価は高いし、住みたい町としては10指にも入らないのではないか。古いのがよいとされるアパルトマン。私にはボロアパートしか思えないが、16区あたりでは一室1億円は下らないとする。100年前ではエレベーターがなかったから後から無理やりエレベーターを設置している。エレベーター内も2人入れるかどうかの狭さ。なんだか不安でホテルでは余り利用せず0階(日本の1階)から5階まで急なラセン階段を利用した。
 景観にはよく留意されているが、道端には犬の糞が転がり、エッフェル塔近くの橋にはペットボトルやごみが散見された。昔窓から汚水を投げ捨てていた習性の名残りなのか。
 トイレが少なく、また汚い。とくに公衆トイレは。便座もない所が少なくないらしい。潔癖症でなくとも日本女性なら顔が引きつることだろう。
  幼稚園は、日本ならバスで送迎してくれる。パリでは路線バスを利用して送り届け、終わればまた迎えに行かなければならない。義娘も5歳の孫娘を通わせるため1歳の孫をベビーカーに乗せ路線バスで毎日往復している。その路線バスの運転が乱暴で、急に止まったりして実に危ない(私も乗って実感した)。義娘も「ベビーカーが転倒してその母親が激怒しているのを見かけた」と言う。日本の主婦は庶民ならパリに住んで日本が恵まれていることを実感する。今般の新型コロナウイルスなどがあればなおさらに。
 渡仏する前からスリが多いと長男から幾度となく念押しされた。義娘のママ友もスリに遭ったという。オペラ座を見学に行く際にも金目のものは一切持たせてもらえなかった。中に入り写真を撮り終えれば私のタブレット、妻のスマホは直に取り上げられ長男のリュックサックに仕舞われた。そこまでしなくてもと思ったが、日本人の呑気そうな老夫婦はスリから見れば鴨がネギを背負っているとしか見えないのだろうか。
 往路空港に着きタクシーでホテルへ向かった際「初めてボラれた」と出迎えの長男がぼやいた運転手も黒人。ベルサイユ宮殿最寄り駅前のマクドナルドの店内トイレ(有料でないがレシートを見せないと利用不可)の番人も黒人。サントシャペルで行列に並んでいるときすり寄ってきたスリらしき老婆も黒人。店先で空き缶を差し出し物乞いするのも有色人種。
 能力の違いによるある程度の収入格差は不平等とは私は思わない。しかし、貧困や差別で同じ土俵に立てないのは、不平等、不公平。働く機会が与えられないなら、スリや物乞いしか生きる道はない。数日の観光では「ムスリム移民」への差別や偏見問題は見かけなかったが、フランス革命のスローガン「自由、平等、友愛」は、どこへ行ってしまったのか?
 帰国する日の昼食時ムール貝の酒蒸しを食べながら久しぶりに長男と三人で談笑した。それで妻がアホ気な事をしていることが判明しあきれた。私は銀行の支店長、証券部長等歴任したが、無駄遣いが過ぎると信用していない妻はお金のことは私に相談しない。妻に「何かするときは長男に相談しなさい」と言った。長男も30台後半、親孝行する年頃になり、また世の中の仕組みが分かってきた。「老いては子に従え」という。もう私は『ちびまる子ちゃん』の友蔵爺でよい。

 

 

2021.5 NO.151 ムネオハウ VS ムネオハウ
 今回は前々々号(NO.148「えんざいVSめんざい(1)(2)」)に続いて国策捜査に関する話。
 昨年新型コロナウイルスでテレビに引っ張りダコになっていた私大教授に対しデーターねつ造疑惑が報じられた。まさに、出る杭は打たれる。
 では、出過ぎた杭はどうなるのか。打たれないのか。否、抜かれてしまうことになる。
 国策捜査で抜かれる杭には二種類あるようだ。否認しようがしまいが、どちらにしろ有罪となる確率が高いが(よほど特捜部の捜査の組み立てが杜撰でなければ)。
 国策捜査で逮捕されすぐ検事の言いなりになり、他人を売る者は「鉄の杭」。シャバに出れば、世間の塩気を含んだ冷たい風に晒されて行くうちにサビて朽ち果ててしまう。
 「私はお金にきれい」と無実を主張するも「鈴木宗男は嘘をついている」と有罪が最高裁で確定した、ムネオハウス事件等7つの事件が絡む鈴木宗男事件で佐藤優氏は連座し逮捕された。担当検事と丁々発止にやり合い、512日もの長期勾留に耐え無実を主張し続けた佐藤氏は「木の杭」。抜かれた後世間から漆喰を施され、光り輝き続ける。
 国策捜査の対象になるのは政治家や官僚だけではない。商社マンに限らず銀行員だって連座する。まさかの事態が起き、真っ逆さまの奈落の底に突き落とされる。
 私は検事と対峙した経験がない。ヤメ検(弁護士)のイメージを悪くした一人、大物の元検事で弁護士の故田中森一に挨拶したことがある。もう国家権力を身に纏ってはいなかったが、威圧感は凄かった。「現職の検事時代どれほど怖かっただろう」と思ったことを覚えている。
 しかし、高校同期生でヤメ検がいるが、高校時代は互いに知らず親しくもないのに同窓会で会ったとき「よう、ヤメ検!」と声を掛けると、一瞬顔が歪むが「無礼だろう!」と威圧することはない。じつに穏やかに接してくれる。検事は生まれながらに検事になる訳ではない。検事も我々と同じ人間。検事という役柄を演じる俳優と同じだろう。相手に合わせ演じ分けるのを学ぶのか。
 経験がなく叩かれ弱い企業エリートなら、差し出された名刺をその場で破り捨て、「オマエは地位も名誉もない、捨てられて寒さと飢えに震える仔犬だ!」と頭からかます。そして徐々に味方は検事しかいないと思わせる(そう言う私は「講釈師、見てきたような嘘を言い」みたい。本ブログ2013年6月号NO.24「ゆい と ぬい」で書いたが、高校の先輩I支店長が検察に不愉快な目に遭わされたことを聞いたことぐらいしか知らない)。ヤクザの手口は正反対。女を利用するとき、最初徹底的に優しくするらしい。後からどんなに酷い目に遭わせても、「本当はやさしい人だから」と女が思い込むように。
 そんなヤクザに対しては、検事は企業エリートと同じ取り調べ方法を採らないのだろう。(精神的に)叩いても口を割らない。検事よりも組組織の方が怖いから。
 国策捜査に限らず検察の取り調べは、無観客試合で、セコンドもつかないアマのボクサーがヘッドギアなしでより階級の重いプロと闘うようなもの(ミスマッチはフロイド・メイウェザー・ジュニアVS那須川天心戦の比ではない)。弁護士は同席出来ず、黙秘権の行使は不利。裁判官は正当な権利とみなさない。これでは勝てるハズがない(「自白中心主義」がそうさせるのか。私は、検察は本来日本の最後の砦、「良心」と思うから、西洋社会がすべて正しいとは思わないが長期拘留等の拷問や冤罪を生みやすい「自白中心主義」の後進性を内外から指摘され続けるのは残念至極に思う)。
 それでも「木の杭」になるよう心に銘記すべきだ。心の拠り所家族、特に子供たちが、渡る世間に鬼ばかりの中で力強く生き抜いて行けるのは、「お父さんは無実だけど検事に従うしかなかった」という弁解ではなく、無実だと最後まで闘い抜いた父の姿であろうから。

 上記佐藤氏の逮捕に関して、事件の背景や国策捜査での取り調べのやり取りを記したのが、佐藤氏の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)。そのP384~385にて記憶を映像として克明に甦らせる天才将棋棋士と同じ頭脳を持つ佐藤氏をして敵ながらあっぱれと評す担当検事の西村尚芳氏(高松検察庁検事正を最後に昨年退官)は国策捜査についてこう述べる。「被告が実刑になるような事件はよい国策捜査ではないんだよ。うまく執行猶予をつけなくてはけない。国策捜査は逮捕が一番大きなニュースで、・・(省略)・・判決は小さい扱いで、少し経てばみんな国策捜査で摘発された人々のことを忘れてしまうというのが、いい形なんだ。国策捜査で捕まる人たちはみんなたいへん能力があるので、今後もそれを社会で生かしてもらわなければならない。うまい形で再出発できるように配慮するのが特捜検事の腕なんだよ。だからいたずらに実刑判決を追求するのはよくない国策捜査なんだ」
 被告人からすれば「世間は簡単に忘れない。疵物にされた相手から転身して頑張れと言われても」と受け入れ難いが、検察論理からすれば、それが国策捜査の王道なのだろう。
 その点からすれば、ライブドア事件等での堀江貴文氏、村上世彰氏の逮捕は、国策捜査の王道に適うものと言えようか。二人を冤罪ではなく微罪で逮捕し、日本人の美徳・価値観に反する欧米的な拝金主義を払拭し、株式分割で国家権力の一つ「紙幣発行権」を脅かす等既存秩序を壊しかねないのを未然に防いだ。西村検事が言うところの「時代のけじめ」をつけた。堀江氏は実刑で収監されたが、西村検事なら執行猶予が付いたのかもしれない。
 先般の日産コーン会長事件は、国策捜査とするなら、「時代のけじめ」という大義のない、良くない国策捜査の典型(本ブログ2020年3月号NO.129「はんげきVSかんげき(1)(2)」参照)なのだろう。

 『深層 カルロス・ゴーンとの対話』(小学館)を上梓したヤメ検郷原信郎弁護士はゴーン氏の日産「私物化」以上に森本特捜部は検察の権限を「私物化」をした(国連作業部会も「4度にわたる逮捕と勾留は根本的に不当だ」と意見書)と言えるのではと結論づける。将来の検察トップとの噂はまだ生きているのだろうか。

 上述の佐藤氏の単行本は長男の家の書棚に並んでおり、今般文庫本を購入し10数年ぶりに読み返した。ロシア人は身内がロシア大統領とかの悪口を言ってもよいが他国の人が同じことを言えば怒るという下りで昔母に叱られたことを当時思い出したことをまた思い出した。大学生の頃古くからの知合いの家の中学生の家庭教師をしていた時その親が「うちの子は出来が悪くて」と言ったのを親しいから正直に「そうですね」と答えた旨母に報告すると同じ説明を受けて「そういうことを言うもんじゃない!」と。

 小渕首相が倒れ、プーチン大統領が鈴木氏に向かって小渕首相がここにいるみたいだねと言ったとき鈴木氏の目から涙が流れ大統領がそれをじっと見つめていたという話が印象的だったこと。その小渕首相に対し愚直だとのイメージを私は抱いていたのだが、日本国の総理に足るしたたかで有能な人物だと佐藤氏が見ていると感じ小渕元首相への見方を変えたことも思い出した。
 小渕首相に関しては、切れ者で辛口の元参議院議員平野貞夫氏(小泉首相を厳しく批判し、安倍首相も内乱罪で告発し続けていた)も著書『亡国 民衆狂乱「小泉ええじゃないか」』(展望社)のP72で「龍馬の会員だから持ち上げるわけではないが、小渕氏は政治家としての志を失いたくない、自分が日本を亡国の道から救わねばならないという危機意識を持っていたのは事実」と評価している。

 小渕首相が急逝していなければと残念に思う。連立を組む(政治改革を推し進めたい)自由党の小沢一郎党首と(平野氏から見れば)自民党の守旧(保守)派幹部との間の板挟みになり心労が重なり倒れた。それが無ければ、五人組の密室談合による森首相の誕生もなく、その後の加藤の乱もない。倒閣に失敗したYKKの山﨑拓議員、加藤紘一議員の沈下で浮上した小泉議員が首相になることもなかったのではないか。
 それなら鈴木氏、佐藤氏が逮捕されることもなかったかもしれない(『国家の罠』の本では森元首相の名前が出たとたん国策捜査が突然終了する。小泉首相がマッチポンプしたと示唆するに止まるが、のちに発刊された『反省 私たちはなぜ失敗したのか?』(アスコム)で鈴木氏が貸しを作った相手小泉首相からこんな形で返されるとは思わなかったと述べている)。
 森首相を誕生させた五人組も、その時は清和会から首相が続き、こんなに日本をダメにし、世界での地位低下をもたらすとは夢にも思わなかったのではないか。
 佐藤氏は、上記『反省』の本の中で、極めて能力が高いと認める東郷和彦外務省キャリア官僚(鈴木氏と佐藤氏の間に立ちこの超切れ者3人がタッグを組んだことより、周りの嫉妬と怨嗟を招くが)の官僚観を紹介している。「官僚には4通りある。それは、第一が『能力があり意欲もある』、第二が『能力があるが意欲がない』、第三に『能力がないが意欲はある』、第四が『能力がなく意欲もない』のどれかだ。どれが最低かといえば、(第三の)能力がなくて意欲があるヤツだ」
 それは官僚よりも国のトップの方がより問題となると言うべきではないか。小泉元首相からの流れを断ち切る必要があろう。

 偉大なゲーテも言う。「活動的な馬鹿ほど恐ろしいものはない」と。
 

2021.4 NO.150  しんう VS しん
 我家の合い言葉は「好き・嫌い」と言える。卒職して過去を振り返るにつれ妻に対する感謝の念が昂じて、恥ずかしげもなくよく妻に好きと言うようになったが、嫌いと妻から必ず返ってくる。「正直な気持ち」という妻の言葉を嘘だと私は信用しない。
 齢を重ねるごとに、私の頑固さ、見方の偏りは、きつくなる。世の信用しないことが増えてくる。
 第1は、「天皇には基本的人権がなく、気の毒だ」と言う人。そんな人を私は信用しない。そんなのに限って天皇制を批判している立場の人が多いからだ。天皇を敬仰している人々は一労働者と同列に論じるようなことは言わないものだ。
 天皇(上皇)及び皇族は、国民であるが、憲法の枠組みを超えた、特別な存在である。国民の大半がそれを是認しているのに、皇族自身が問題提起されているかのような様相にある。
 眞子様が憲法を盾に「彼」との結婚を貫くことを主張し、それを秋篠宮殿下がそれを認めたとの報道を受け秋篠宮殿下に対しても「憲法をつまみ食いされるのか」との批判があがった。批判するのは皇室を敬愛する人々からでもあり、憂慮する事態と言える。天皇陛下をも巻き込みずるずると問題を引きずるなら国民の皇室への信頼に揺らぎを生じさせかねない。と言えば、言い過ぎか。

 もはや「彼」の言動如何で国民の理解・祝福が得られる段階は過ぎていないか。「彼」の事をとやかく言えぬ身の程をわきまえぬ私だが、秋篠宮殿下ご自身がご当主として決断を下し早く決着をつけなさるべきなのではと思う。たとえ親心としては忍び難い選択肢(庶民でも名家なれば、破談か、勘当して娘の好きにさせるかになるか。父親が娘の覚悟を求めよう)しか残されていないとしても。

 何にせよ、英国ヘンリー王子ファミリーの王室離脱のような最悪の事態は起きないであろう。悠仁親王殿下だけが天皇のご養子として皇室に留まるようなことは皇室典範第9条で禁止されている。
 ちなみに、私は(本ブログ2020年2月号NO.127「じょせいてんのう VS じょけいてんのう」で述べたように)男系・万世一系の天皇制維持の立場をとる。
 第2は、ご利益があるという宗教。宗教評論家ひろさちやさんが言っていたように、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教のような2千年以上も続く宗教は厳しい戒律を求めるだけ。御利益などあるとは言わない。今から50年以上前私が受験勉強していた頃婦人が二人連れで訪れた。あいにく家人は私一人しかいなく私が応対した。一所懸命拝めば合格できると婦人たちは言った。私が不合格になったらと問うと「それは精進が足りない」と言われ、それで話が終わった。二度と勧誘に来なかった。
 元々信仰心は持ち合わせていなかったが、それでも正月には初詣に神社にお詣りしていた。阪神大震災のとき壊れた神社に八つ当たりした(2012年3月号NO.9「アダムとサダム」参照)。それ以降各地神社仏閣に見学に行くことはあっても参拝することはない。そんな態度では罰が当たると言われても、罰が当たり続けたような人生なので少々の罰では気がつかない。
 神社には自然や過去の偉人を祀る神社も多いが、怨霊を鎮めるために作られた怨霊神社もある。昔は本当に怨霊が存在すると思われていた。今日でも不可思議な現象が続き祟りかと怖がられて東京・大手町にある将門の首塚が動かせないでいる。
 権勢を誇る藤原氏から讒言、京から追放された菅原道真を祀った大宰府天満宮は怨霊神社だったと言える。が、時間の経過とともに怨霊神社は御霊神社に性格を変え、道真公は“天神さま”学問の神様として崇められるようになる(そりゃそうだろう。怨霊と聞けば気味悪がって庶民は参拝に二の足を踏むだろう)。
 年末年始大勢の受験生が全国各地にある天神さんゆかりの神社に参拝に向かう。受験生は、「合格しますように」と願掛けする。全員合格する訳ではないから天神さんも困惑するだろう。御利益を期待するのではなく、「一所懸命勉強しました。試験は必ず合格させて見せます!」と天神さんに対して決意表明するのが正しい作法というものだ(こう私が言っても誰も信用しないだろうが)。
 第3は、新型コロナに関する悲観論的な感染症学者。そんな感染症学者は不安を煽る悪意もなければ嘘もついていないだろう。相手側の問題ではなくこちら側の問題。信用しないと言うのは言い過ぎで、占いと同じで信じないと言うのが妥当か。占いとの違いは、占って欲しい人は能動的に占い師に会いに行く。感染症学者の意見はテレビをつければ毎日否応なしに(同じ話を)聞かされる。聞きたくない者にとって苦痛でしかない。反射的にTVを消してしまう。
 この世は若者の為にある。あの世は我々老人の為にある。新型コロナが乳幼児や若者を重篤化させることが少ないと分かった時点で、私は、新型コロナは(少なくとも日本においては)人類にとって脅威ではないと思っている(私の関心事は、感染症は免疫力の低い老人と乳幼児が重篤化しやすいハズなのに、なぜ新型コロナは乳幼児等を重篤化させにくいのか、ということ)。
 新型コロナに対応する指導者・関係者も内心そう思っているのではないか。そのため本気になっていないと見える。三蜜を避け時短等を国民に強いるが政治家たちはそれが守れない。分科会の会長は、「自身の傘下の病院では新型コロナ患者の受け入れが少ない」と批判報道される。ある感染症学者は「政府の対策が後手、後手だ」と叫びながら、その裏でバラエティー番組に出演し「愛の告白は自身からできないから相手からしてもらいたい」と色ボケた発言をしていた。 
 医師は新型コロナぐらいでは医師の使命感が燃え上がってこないのだろう(未曽有の関東大震災の時は全国から多くの医師がボランティアで上京したという)。指定感染症2類相当で負担が大きいなら、なおさらにコロナ患者の受け入れに消極的になるのか。その医師たちに働きかけるべき医師会のトップらは、相変わらず国のトップと勘違いしているかのような発言を繰り返している。
 これでは、新型コロナ対応で、台湾のように国民全体が心一つになれるハズがない。
 第4は、政治家の公約。公約とかけて膏薬と解く。その心は「時間が経つと効き目が無くなり貼り換えが必要です」。それもあって最近は選挙で公約と言わずにマニフェスト(manifesto。産業廃棄物管理票はmanifest)と言うのか。アジェンダと言う政治家もいた。
 早晩衆議院議員総選挙があり、各党マニフェストが提示されるのであろうが、橋下徹弁護士によると、「公約」は政治家のいわば願望であり、「マニフェスト」は、政治家が示す大きな方向性の下に、役所が具体的に政策や制度を作り込む際の工程表・スケジュールの意味合いである。政治家が示すものではない、とする。それでは結局看板の架け替えに過ぎないということになるか。
 最後は、「正直に言ってくれたら絶対に怒らない」という妻の言葉。それを真に受けてはいけない。ある芸人さんがTVで言っていた。妻から「私太ったと思わない?」と聞かれ、「太っていないんじゃない」と答えた。また同じことを聞かれ、同じ返事をした。それでもまだ聞いてくるので、「そういえば、少し太ったかなぁ?」と答えたら、「なにーっ!!」と妻に切れられたという。
 妻は「正直」を求めていない。求めているのは「否定」。夫は(妻が信じたくないことは)否定し続けなければならないのだ。次の芸人さんの下ネタはその真理をよく突いている。
 ホテルで愛人といるところを妻に見られたら、ベッドインしていないと否定する。ベッドインしているところを見られたら、脱いでいないと否定する。脱いでいるところを見られたら、していないと。していたら・・・と、あくまで否定する。それが正解なのだ。
 我妻に「信用できないものは?」と問うてみた。聞くや否や、「アンタ!」と妻は即答した。
 

2021.3 臨時号NO.149  さそう VS さそう
 昨年新型コロナで実施されなかった春の甲子園高校野球大会が来月19日から開催される。同様に夏の大会も実施されるか。15年前の夏の決勝戦ではハンカチ王子こと斎藤佑樹投手が、駒大苫小牧高校のエース田中将大投手に投げ勝ち、早実高校を優勝に導いた。そのすぐ後の国体においても優勝戦で斎藤投手が田中投手に投げ勝っている。しかし、社会人になると、ライバル二人の立場は大きく逆転する。それは周知で説明は不要だろう。
 野球は、対人の格闘技である柔道にある体重別階級がない。無差別級で争う競技。高校生という制限がある場合には活躍できても、無差別級のプロの世界になると活躍できない場合が起こり得る。
 人間だけではなく、サラブレットの世界でも同じことが言える。日本でクラッシック競走という3歳(人間換算で17歳。4歳は同20歳。4歳以上を古馬と呼ぶ)限定のG1レースがある。正式には、(昨年コントレイルが無敗の三冠馬となった)皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞の3冠と(牝馬限定の)桜花賞、優駿牝馬(オークス)を言う。
 日本タービーを勝って3歳チャンピオンになっても3歳限定がはずれ、古馬と一緒に走れば勝てなくなった馬がいる。2016年のダービー馬マカヒキは、凱旋門賞の前哨戦3歳限定のニエル賞で優勝したが、古馬と一緒の凱旋門賞に惨敗(肉体的、精神的ダメージは不明だが)した後日本に戻ってから一度も優勝していない。マカヒキより2年前にダービー馬になったワンアンドオンリーも菊花賞の前哨戦3歳限定の神戸新聞杯を勝ったのが最後。その後3歳のハンデをもらっても自ら古馬になってからも一度も勝っていない。2018年のダービー馬ワグネリアンも古馬になってから勝利していない。

 ゴルフも野球と同じで身長、体重に制限のない無差別級の競技。ボクシングは一対一で殴り合う。彼我の体格(パンチ力や耐久力)差はいやでも思い知らされる。下手すると命に関わる。一番強いのはヘビー級(200ポンド、90.72㎏超) チャンピオンに決まっている。それでは味気ないので、仮に体重差がなかった場合に最強と目されるチャンピオンに与えられる称号を設けている。パウンド・フォー・パウンド(Pound for pound)と呼ばれ、各階級のチャンピオンの中で各階級で最もずば抜けた存在は誰かとランク付けする。従って軽量級のバンタム級(118ポンド、53.52㎏以下)でありながら天才井上尚弥選手が現在2位であり、1位になる日も近いと見られている。
 ゴルフは、ゴルフボールの飛んだ距離を争う競技ではなく最小スコアで回った選手を優勝者とする。体力だけではなく、ドライバー、セカンドのアイアン、アプローチ、パター等の技術が物を言う。それでも飛距離が出る方が有利。圧倒的な飛距離でジャック・ニクラス選手やタイガー・ウッズ選手が時代を変えてきた。今の世界ランク1位のダスティン・ジョンソン選手は、飛んで曲がらないから鬼に金棒だ。
  同学年のライバル石川遼選手と松山英樹選手。最初は石川選手が2007年に15歳史上最年少で日本の男子プロツアーで優勝し一躍“ハニカミ王子”と脚光を浴びた。その陰に隠れていた松山選手はその後頭角を現し米ツアーでメジャー優勝争いができる活躍を見せている。
  石川選手には、本ブログ2014年4月号NO.34(「ウッズ と キッズ」) で、体格面から日本に居てジャンボ尾崎さんのように日本のスーパースターを目指し日本ツアーを盛り上げてほしいと書いた。だが、田中投手のような凱旋ではなく、米ツアーからの出戻りでは遼フィーバーは再燃しない(石川選手が日本男子ツアーを背負うべき義務や責任などないのではあるが)。

 日本の第5のメジャーとも言うべき昨年11月ダンロップフェニックスの優勝賞金は20百万円(例年でも40百万円)。その前に変則開催された海外メジャー・マスターズの優勝賞金は約2億円。大きく差がついてしまった。これでは海外の有力選手が新型コロナが無くても来日しようとは思わない。
 プロデビュー当時“3R”と呼ばれた石川選手は175cm、71㎏か。ロリー・マキロイ選手は175cm、73㎏。リッキー・ファウラー175cm、68㎏。マキロイ選手が4大メジャーの内3つ勝利しており、体格的に石川選手が自分もできると思っても不思議ではない。しかし、一緒に回れば飛距離が違う。マキロイ選手の筋力等基礎体力が違うこと認識しただろう(ど素人の私には技術面は言及できない)。
 今やドライバーは400ydを目指す時代。20歳の南アのウィルコ・ニエナベール選手は欧州ツアーで439ydを記録。米ツアーのブライソン・デシャンボー選手は、極論すれば、ドライバー、サンドウェッジ、パターの3本で難攻であるハズの全米オープンを昨年制してしまった。181cm、90㎏の松山選手なら別だが、平均的な日本人の体形では太刀打ちするのが難しい(飛ばないボールへの変更が議論されているようだが)。
 昨年のダンロップフェニックスでプロ初優勝した金谷拓実選手(172cm、75㎏) が2019年世界アマチュアランキング1位となり、2つ年下の中島啓太選手(178cm) が同じく2020年の1位となった。いずれ両名米ツアーに挑戦するのだろうが、怪力が集うプロの世界でどう戦えるか、体格の壁を越えるのか否か興味深い。

  女子プロの世界でもライバルがいる。黄金世代の畑岡奈紗選手(158 cm)がウサギなら渋野日向子選手(167cm)はカメ。遅れてきたカメがウサギを追い付き追い越そうとしている。実際海外メジャーでは追い越している(畑岡選手が抜き返すのは可能。海外メジャー勝利に対する意識過剰と焦りがネックにならなければ)。
 渋野選手は、一昨年の全英女子オープン優勝に加え、この前の全米女子オープンでは最終日をトップで迎え(勝てなかったが)実力が本物と海外の強豪選手らにも再認識させた。渋野選手が不調時称賛から様変わりに辛辣な批判を浴びた青木コーチをも救ったと言える。
  過去の世界最高峰全米女子オープンにおいて、1998年の朴セリ選手優勝を皮切りに、2005年~19年の15年間で、韓国女子選手8人(9回)が優勝(米国選手は4名のみ)しており、その内6人が初出場で勝利している。内訳は、05年バーディーキム、08年朴仁妃(13年も)、11年ユソヨン選手、15年チョンインジ選手、17年パクソンヒョン選手、19年イジョンウン6選手。2013年からは奇数年に韓国選手が優勝しており、偶数年の2020年は韓国選手以外が優勝する番。それが渋野選手ならよかったのだが、韓国ツアーでプレーしていた韓国キムイェリム選手が韓国7人目の初出場優勝を遂げた。これでは優勝と米ツアーで揉まれることとは関係しないと言っても過言ではない。
  米ゴルフチャンネル解説者が渋野選手を(飛距離が売りでないメジャーチャンピオン)コリン・モリカワ選手に似ていると言った(飛距離と高弾道を武器として世界一を夢とする笹生優花選手に対して渋野選手が難しい設定の海外メジャー全制覇を目標とするのは理に適っている。笹生選手がマキロイ選手を真似るなら、渋野選手が目指すべきはモリカワ選手か)。
  この前の全米女子オープンにおける天候が良かった予選ラウンドのドライバー平均飛距離(GDO調べ)では、全英女子オープンを勝った後女ダスティンかと呼ばれた渋野選手は246.6yd。元々こんなものなのか、それとも飛ばなくなったのか153cmの古江彩佳選手(246.5yd)と変わらない(笹生選手262.3yd、原英莉花選手261.1yd、畑岡選手251.9yd)。悪天候で気温が下がった決勝ラウンドではセカンドの番手が2番手ほど変わり思うようにクラブコントロールできなかったと渋野選手本人も認めている。岡本綾子さんが言うようにショット力に磨きをかけるのが優先課題か。
  世界最強の韓国選手のショット力とメンタルの強さを学ぶなら、日本に居て、海外メジャーだけ参戦すればいい。レキシートンプソン選手等米女子選手が手本にならないなら、なにも遠い米ツアーに行く必要などないのでは。層が厚く距離も近い韓国ツアーにスポット参戦すればよい。大いに歓迎されるだろう。 
 米ツアーを熱望する渋野選手が古江選手に昨秋世界ランクを一瞬抜かれた時「東京五輪よりも米ツアーへ」と言ったとされる。信じられないが本当に言ったとすれば、考え方もアメリカナイズされたということか。渋野選手に期待を寄せる張本勲さんが全米女子オープンの後「普通の一流選手で終わっちゃう」と苦言を呈していた。ファンは彼女の何を知っているのかと反発しようが、張本氏の気持ちが分かる気がする。高額スポンサーがつかない頃の原点に戻って欲しいと私は思っている。
 黄金世代の2つ年下のプラチナ世代の安田祐香選手と古江選手とは兵庫県の滝川第二高校の同級生でライバル。プロ転向直前は安田選手の方が活躍し、渋野選手からマスコミに「プロテストを免除してあげて」と言わしめるほどであった。しかし、実際に免除されたのはアマでプロトーナメントを優勝した古江選手の方だった。そして古江選手は昨年プロとして3勝を挙げたのに、安田選手は優勝どころか故障を抱える。アマと違いプロでは試合数が多く体力を消耗し無理すれば故障につながる(それにプロは賞金を稼がないとのプレッシャーが重くのしかかってくる)。

 1985年全米女子アマを制した服部道子東京五輪ゴルフ日本代表女子コーチも現役時代ビジュアルの変化には目を瞑り体重を増量していた。163cm、53㎏で線の細い安田選手に対してファンは増量を願ったが、1日5食摂ると安田選手が言ったという(3/4からの開幕戦では違いが見られるか)。
  プラチナ世代のフロントランナー古江選手に続く西村優菜選手(プロ1勝)は150cmしかない。二人ともすぐには米ツアーに挑戦しなさそうだが、まず同じタイプの元世界女王申ジエ選手(156cm)を日本ツアーにて凌駕することに専念してもらいたい。
 

 野球のMLBと同様男子プロゴルフの最高峰は米ツアー。米女子ツアーは世界一とはいえ韓国選手に席巻される。日本ツアーがそのマイナーツアーの地位に甘んじる必要はない。申ジエ選手や日本ツアーに転戦希望を表明しているキムヒョージュ選手等韓国強豪選手の方が日本ツアーの価値を理解している。協会はもっと日本選手に自国ツアーへの愛着、誇りを持たせるべきだ。飛ばし屋だけでは勝てない一大世界ツアーに日本ツアーを昇華させるべきなのに韓国の強豪選手を実質締め出す制度変更は明治維新政府が鎖国を言い出すのと同じではないか。
 

2021.3 NO.148 んざい VS  んざい(2)

 佐川氏も不運で気の毒な面がある。佐川氏は問題の核心「8億円の値引き」には何ら関わっていない。前任の迫田英典理財局長時代の問題である。なのに、本筋の問題に付随した改竄問題で一身に非難を受け四面楚歌の状態に置かれる。財務省OBの高橋洋一氏からも昨年8月新刊『国家の怠慢』(新潮新書)のP120~121にて、「彼はとても不勉強だった。不勉強の典型で、答弁ミスして、それであとで決裁文書消せと言ったのが真相だと私は思います。・・・(中略)・・・だから全部、佐川氏が保身のために、自分の答弁を正当化するために言って、それで近畿財務局の方が亡くなっちゃった話じゃないでしょうか。とんでもないと思いますよ。」と言われてしまう。この発言の方がよほどとんでもないと思うのだが、菅首相からは愛い奴と思われるのであろう(高橋氏は昨年10月内閣官房参与に任命された)。

 赤木の遺書及び元上司が「改ざんは佐川さんの判断」などと述べたとする音声データーの提出は、真相解明に寄与することなく佐川氏に責任を擦り付けるにアシストするだけに終わるのでは。

 仮にも天下の財務省キャリア官僚で理財局長の要職にある者が自身の不始末でないのに自らの意思で改竄を部下に指示するとは到底思えない。直接的な指示があろうとなかろうと改竄を上から命じられた同じ立場なのだ。「遺書には私の名前がない」といみじくも安倍首相が言ったように、近財の一職員では本省の理財局長の向こう側は知ることはできない。

 私は、本ブログ2018年 5月号 NO.92(「かんりょうVS まんりょう」)で次の疑問を投げかけている。「現時点の疑問は、昨年2/17の夫妻が関係していたらとの後戻りできない首相発言を受けて2/24の佐川理財局長が「学園との交渉記録は破棄し、残っていない」と国会答弁で強弁した後の記者会見で、なぜ菅官房長官が「基本的には、決裁文書は30年保存するのだから・・」と、佐川局長が口にしていない、問題の「決裁文書」にあえて言及したのか、ということ。記録がないと言い張るなら、わざわざ改竄する必要はない。軽率な私と違いあの菅長官がそう発言した意図は何か。決裁文書を見せろ!と言われるのは明々白々なのに(2/17時点で首相の進退問題になっており改竄前決裁文書の内容を知らなかったとは考えにくい)。改竄前の決裁文書について官邸と佐川局長との間に事前協議があり、記録はないととりあえず時間稼ぎして、後で急いで改竄するということに決まっていたのか。その上で官邸は関与していないとのそぶりを見せたということなのだろうか。」

 その答えは、2/24の発言の2日前に菅官房長官は、当時の佐川理財局長、太田充大臣官房総括審議官、中村稔理財局総務課長を官邸に呼んでいる。上記籠池氏の告発本のP 472によれば、「2月22日に官邸で行われた菅官房長官による密会には、昭恵夫人の名前が3カ所書かれた『特例承認』の決裁者である中村稔総務課長も参加していました。当然、菅官房長官にも昭恵夫人の名前が記載されている事実が伝えられていたハズです。ところが、その2日後の記者会見で、『決裁文書を見ればすべてがわかる』と言っていました。菅官房長官は決裁文書から『昭恵夫人の名前が消える』ということを知っていたのではないでしょうか」とライターの赤澤氏は指摘する。なお、近財が改竄するのは2/26の日曜日。

 

 佐川局長が困惑したことは想像に難くないが、「二者択一」を誤った。スーパー官庁の中で出世競争に生き残ろうと奮闘していた佐川氏に「官僚の矜持」「官僚道とは」を考える余裕はなかったか。上に背けば、前任者と同じく花形ポスト国税庁長官(事務次官に次ぐポスト。昔は同期のトップが主計局長から事務次官に。NO.2が主税局長から国税庁長官に昇進することが慣例。安倍政権になると理財局長から国税庁長官に昇進も) になることが出来なくなるばかりかどんな酷い目に遭うか。そう思う気持ちは理解できなくはない。

 しかし、『葉隠』の「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」で有名な山本常朝は、むやみに死ねと言っているわけではない。「常住死身」、いつも死を覚悟する中で、「二者択一に際しては、死ぬ確率の高い方を選べ」と言う。今我々はそれが真理と思い知らされる。

 佐川氏は、国税庁長官にはなったが、任期半ばで辞任に追い込まれた。市民団体から告発されると不起訴になった。終わったと思ったら検察審査会に「不起訴不当」とされ、再捜査でまた不起訴になるも今度は民事訴追された。今でもマスコミが家に押しかけ家族も辛い思いをしていよう。名誉も尊厳も失い、残るは命だけ。命まで奪われたら本当の意味で生贄となってしまう。赤木の妻はそんなことは望んでいない。「なぜ夫が自裁しなければならなかったのか」と真相を知りたいだけであろう。35万人以上の署名を集めたことには大きな意義がある。だが、民事裁判で佐川被告の口から真実が語られることはないだろう。民事なら本人は出廷しないことだろうし。

 隣国韓国では、政権が代われば、現政権が前政権の暗部を暴く(強大な権力を有する韓国検察の捜査を見て見ぬふりをするというのが真相か)。日本ではまずそんなことは起きないだろう(当事者かもしれない現菅首相下ではありえないし、今後他の首相に代わっても同じ自民党議員でありながら第二の三木首相になろうと思う政治家はいないのでは)。

 ロッキード事件と同じく、モリ・カケ問題(公権力の私物化)の真相解明があるとすれば、関係者が鬼籍に入ってからということになろうか。

 

 私は、自らは能力的にも性格的にも不向きな(志がないと続けられない)警察官、消防士、自衛隊員、白衣を着ている時の医師、看護師、介護士を尊敬している。それと同等以上に上記の職業ほど表立って感謝されることが少ない裁判官、検察官、国家公務員、新聞記者(週刊新潮2020.4.9号高山正之氏の『変見自在』で新聞記者の過酷さを垣間見た)を敬仰している。

 能力も高く、志もあり、刻苦勉励して難関の国家資格試験や狭き門を突破し、念願の職業についた。その人たちが、志した当時の夢や理想と今の現実とのギャップに対して、「どのように感じているのか」「どう折り合いをつけているのか」について、とくに安倍政権以降、他人事ながら考える機会が増えた。

 組織の主従関係において、「主」が賢者なら問題が少ない。「主」が賢者でなく「従」が賢者な場合、面従腹背では済まされず「従」が究極の「二者択一」に迫られがちになる。

 その場合、人は本能的に死から遠い方を選ぼうとする。目先の利益に飛びつく。それが却って死に追いやられることを知らない。実際は逆なのだと佐賀藩士山本常朝は説く。

 角栄と同じく有能だがエスタブリッシュメントから見れば異質の政治家鈴木宗男議員に対する国策捜査が鈴木宗男事件。連座した佐藤優氏の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)によれば、鈴木議員の場合は、「狡兎死して走狗烹らる」という諺の通り、田中真紀子外相を追い出す為に利用した鈴木議員を用済みになれば“知りすぎた男”として疎ましく思う外務省と華々しく活躍する鈴木議員に嫉妬した政治家との思惑が一致して、出過ぎた杭は抜かれた。

 ノンキャリア外務官僚でありながら準キャリア扱いに処遇されていたからキャリア、ノンキャリア双方から出過ぎと嫉妬(女の専売特許ではない。男性ホルモンが強い分より攻撃的。しかも武家・政治家より公家・外務官僚の方がより陰湿)されていた佐藤氏は、郵便不正事件の構図と対比すれば、村木企画課長の位置に当たる。本来東郷和彦キャリア外務官僚だが逮捕を免れたので(鈴木議員は石井元議員に)。村木氏(公留164日)と同じく佐藤氏も長期公留(512日)による検察の取り調べに屈しなかった。しかし、結論ありき?で佐藤氏は執行猶予付きの有罪判決を受けてしまった。

 佐藤氏は、外務省の意向に沿えば、さらなる厚遇もあったかもしれないが、断固鈴木議員を売ることを拒否した。最悪の場合逮捕の憂き目に遭うのは予想していたにも拘わらず。

 それでどうなったか。「世間」からケガレとして「はずし」に遭うどころか、国家公務員を志す若者達から憧れの目で見られる存在になっている。

 文字通りの“ラストサムライ”佐藤氏のように、確固たる信念と強い意志を持ち、さらに宗教がバックボーンにあり、「鈴木議員と一緒に沈むことがロシア等の政治家・官僚からの日本人に対する信用を維持することになり、国益にも適う」と言える日本人は今はまずいない。ならばこそ、銘肝するものが必要不可欠。昨年7月頬に90針縫う大怪我を負うも襲う犬から妹の盾になり続け、その理由を「もし誰かが死んでしまうくらいなら、自分がそうなろうと思った」と答えたという、米国の6歳児ブリッジャー・ウォーカー君なら必要ないが(彼を称賛してBoxing団体WBCがクルーザー級とヘビー級の間に「ブリッジャー級」を新設した)。

 「二者択一に際しては、死ぬ確率の高い方を選べ」は現代に通じる、先哲による明訓だ。公的な世界で人の上に立つ者こそ心に刻み付けるべきであろう。

 

2021.3 NO.148 んざい VS  んざい(1)

 内閣総理大臣田中角栄(以下「角栄」)が逮捕されて今年で45年を迎える。オヤジと慕う石井一元国会議員は「冤罪」であると言って憚らない。東大卒を中心とするエスタブリッシュメントと(米国を出し抜く中国との国交回復と日本独自の資源外交で米国の尾を踏んだと激怒するキッシンジャー元国務長官を急先鋒とする)米国政府との思惑が一致。出過ぎた杭は、叩かれず、抜かれてしまった話だと。
 ロッキード社の贈賄としては、角栄が5億円を受け取ったとされる全日空から民間機トライスターを受注する件よりはるかに軍用機PC3の方が受注額も大きく贈賄額も桁違いであったハズ。しかし、角栄は、首相たる者として政府が関わる大きな闇に対してそれを口にすることを憚った。中曽根は角栄に救われた形だが、中曽根はそれを利用しただけなのか、恩義を感じていたのか、それとも両方あったのであろうか。
  令和元年に大勲位の中曽根が亡くなり、翌年(2020年)2月に石井元議員は過去に発刊した自著に補筆して『冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相』(産経NF文庫)を再発刊した。社会主義国家ではなく独裁国家の毛沢東やスターリンが存命中批判されることはなかった。それほどではないにしろ、大勲位の死後真相解明が進むと期待しているのではないか(石井元議員に対しては、自身や家族の問題でもないのにあの執念と行動力の凄さに畏敬の念を抱くとともに終生変わらず敬仰できる人生の師を持つことに羨ましさを感じる)。
  大勲位が亡くなった今石井元議員の真相解明の期待を後押しするかのように、2020年10月に春名幹男氏が『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』を刊行した。ただし、春名氏は角栄が5億円を受け取ったと見ている。P249では「『四回の授受の場所と日時を特定したのは、・・・検察である』と木村喜助弁護士と同様事実上のでっち上げ説をとっている」と田原総一朗氏の角栄無罪説を飛躍と退けている(ただ新年1/14に文春オンラインは『ロッキード事件「5億円は本当に田中角栄に渡ったのか」 弁護士と元検事が抱いた“違和感”とは』を掲載している)。
  角栄が5億円を受領したか否かは私には判断できないが、春名氏の本を読んで、米政府は日米同盟堅持から自民党をつぶすつもりはなく、角栄に個人的な憎しみを抱いた“影の大統領”キッシンジャー元国務長官が三木元首相とタッグを組んだ事件との印象を持ち、そうであるならキッシンジャー氏(97歳)が天寿を全うしてからでないと真相解明は始まらないと感じた。

 2009年の障害者郵便制度悪用事件(郵便不正事件)に対する大阪地検特捜部の杜撰極まりない捜査は、特捜部なら政治家を検挙したいと思うのは普通だが、制度を悪用したとする被告の一人が石井元議員の元私設秘書であったことから、ロッキード事件でいつまでも反抗的な言動をとる石井元議員を疎ましく思う検察が彼を葬る千載一遇のチャンスと浮足立った為なのか(穿ち過ぎか)。
 特捜部の描いたストーリーの序章、(忙しさにかまけて勝手に証明書を偽造しただけの)係長に対して上司の村木厚子厚労省企画課長が偽造を命じたとした嫌疑は、無理筋を超えて、検事よる証拠の改竄を引き起こした(たまたま発覚しただけで国策捜査なら何してもよいと思っているのではとの国民の疑念を惹起させた)。
 村木氏に対してはそんなことする訳がないとの周りからの信頼があった。角栄の場合は事件の前に金権政治が大々的に批判されており、「角栄なら賄賂を受け取ったに違いない」との先入観が大衆にあり、その大衆の「反角(栄)」心理をメディアは煽った。石井元議員が指摘する検察や最高裁の問題的側面(ロス地裁で嘱託尋問を受けるコーチャンらの証言に対する不起訴宣明)に背を向けていたのでは。角栄が冤罪か否かは別にして、権力を監視すべき立場の大手メディアとしてはどうなのか(キッシンジャー国務長官の思い通りに、日本人の手で稀有な首相角栄を葬り去ったことが、今の米国への従属姿勢にどう影響したのか。その辺りを検証しているのか)。
 この前の日産ゴーン会長事件(本ブログ2020年3月号NO.129「 んげき VS んげき(1)」参照)も同じだろう。検察からのリークをそのまま垂れ流し、ゴーン氏の強欲?に対する大衆の嫌悪感を煽る。が、一方古巣を痛烈に批判する“ヤメ検”としては異質な郷原信郎弁護士による「逮捕するほどの犯罪でない」との言説や会計学が専門の東大教授や元会計士が「裁判では有罪にならないのでは」との論評に対して、大手メディアは取り上げようとしない。
  ゴーン氏は日本で裁判しても東京裁判の二の舞になると国外逃亡した。ゴーン氏は、自らも救出したが、東京地検特捜部も救ったのかもしれない。国民にとっては、とくに国策捜査の名の下なら何をしてもよいという誤った悪弊を糺す機会を失ったとも言える。

 2017年2月9日付けの朝日新聞の報道により火がついた森友事件(森友学園問題)は、信用失墜した大阪地検特捜部の名誉回復の好機であり、しかも女性検事ならかえってと期待された。が、国民からの信頼回復を得るには至らなかった。証拠を改竄した大阪地検が決裁文書を改竄した天下の財務省を糾弾できないと言わんばかりの結果に。①国有地を不当に安く売却したとする背任、②決裁文書を改竄した虚偽公文書作成等で告発された佐川宣寿理財局長を初め財務省職員ら計38人全員が不起訴処分とされた。
  指揮した大阪地検山本真千子特捜部長は上と下に挟まれて究極の「二者択一」を迫られたのであろう。噂される東京からの指示に応えるか、それとも圧力を無視して財務省職員を起訴するか。山本特捜部長は前者を選び、覚えめでたく? (起訴にしくじり国民の期待に沿えなかったが)今や大阪地検NO.2の地位にある。だが、その恩恵は一代限り。厳しい評価は鬼籍に入って以降も森友事件が歴史に残る限り受け続けることになるのではないか。

  森友事件の主役籠池泰典氏は、補助金の不正受給で逮捕され、一審で有罪となった。構図が角栄の場合と似ている。国有地を不当に安く売却した問題を矮小化させる、国民の目をそらす為ということか。なぜなら、上述郷原弁護士は、「補助金を返還したのに起訴された例はない。補助金の不正受給で詐欺罪が適用されたのは前代未聞」と言う。
  無関係な妻まで口封じのために逮捕され、長期勾留されたと憎悪を一段と滾らせてか、2020年2月15日付けで籠池氏はライター赤澤竜也氏の手を借りて『国策不捜査 「森友事件」の全貌』(文藝春秋)を上梓した。財務省38人全員を「免罪」(「冤」と「免」は似て非なるもの。「冤」は罠で上から兎(ウサギ)を捕まえる。「免」はお産を表した、狭き道を通り抜けるという意味の象形文字)としたのは不当だと籠池氏は世に告発した。
  一通り目を通して、「恨みに思う相手、1位は松井一郎大阪府知事(当時)、2位が安倍前首相」と言うのは予想どおり。昭恵夫人には夫側に付かざるを得ないと理解しているのでは。この他普段から?と思う政治家、著名人が登場しその人物に関する裏話は興味深かった。
  籠池氏自身に対しては、いい人とは言えないが、他人を騙すよりは他人に乗せられるお人よしの面があり、それが自身をより窮地に立たせるとの感想を抱いた。
 
  籠池氏にまるで呼応するかのように籠池氏の告発本が発刊された1か月後の昨年3/18に「佐川理財局長からの指示で決裁文書改竄に加担して自裁に追い込まれた」として佐川氏と国を相手取り近畿財務局(以下「近財」)故赤木俊夫の妻が民事訴訟を起こした。翌3/19発売の週刊文春(3/26号)の誌上に、赤木の遺書の全文が妻と共闘する元NHK記者相澤冬樹氏(森友事件のスクープで褒められるどころかNHK上層部の逆鱗に触れ退職)により載せられた。
 赤木の妻と佐川氏の関係で見れば、近財のスケープゴートの妻が財務省本省のスケープゴートを訴えたという皮肉な関係にあると言える。
 自裁した赤木にとって、決裁文書の改竄を指示され泣いて拒否していたときが、生死を分ける「二者択一」の決断の時。
  死者に鞭打つのかと非難されるかもしれないが、愛する妻に時の政権のNO.1、NO.2を敵に回して辛く怖い思いをさせるのなら、改竄を断固拒否して欲しかった。
 「僕の契約相手は国民です」が口癖だったのなら、自身がやらなければ部下がやらされると思うのではなく、部下に天下の公僕としての矜持を身をもって教授すべきであった。
  それで辞職することになっても、あの妻なら理解してもらえる。どんな境遇が待っていようと、夫を愛する妻にとって夫が生きていることが何よりも大切なのだから。
  改竄に手を染めてしまった後部署替えを切望したのに自身だけが残された(万が一の為のスケープゴートとして)ときでは、赤木にはもう絶望感しかなかっただろう。

2021.2 臨時号 NO.147 コロ VS  コロ
 新型コロナ禍は、天災と言うより新型コロナより支持率低下を恐れる首相とその首相に責任転嫁しているような自治体の首長による人災の様相を呈している。

 新型コロナが問題になった当初厚労省は新型コロナウイルスのPCR検査に向けた「相談・受診の目安」を「37.5度以上の発熱が4日以上続いた場合に」としていた(故志村けん、故岡江久美子らの容体急変死を受けて削除したが)。我々が普段風邪を引いてなかなか治らないから病院にでも行くかと思案するのと同じではないか。未知のウイルスにしては悠長すぎないか。怖いウイルスと捉えていないと思われてもしかたないだろう。
 日本の感染症対策の「はしり」と言われるのは江戸時代末期に蔓延した「コロリ」と呼ばれたコレラ対策(久喜市のH.Pによれば、1858年の流行では江戸だけで26万人もの人々が亡くなったらしい)。

 コレラに関しては、『世にも奇妙な人体実験の歴史』(文春文庫)のP129に、「運のいい患者は発病してから数時間以内に死亡した。もう少し長くコレラと闘った患者の多くは青黒く変色し、極度の脱水症状によって死亡した。排泄する液体がなくなると、腸壁の一部がはがれ落ちて出てきた。その痛みは『剣を腰に柄まで突き通されるよう』だった。それは恐ろしい死に方だった」と書いている。
 『細菌と人類』(中公文庫)によれば、コレラは太古から知られた災害で、紀元前331年に作られたマケドニア王配下の一士官の墓石にはアレクサンドロス(50年以上前の教科書では英語読みのアレキサンダーだったが)大王の軍勢がコレラの災害に遭ったことが刻まれているという。
  顕微鏡による微生物の研究が盛んになる19世紀になってようやくコレラ菌が発見され、治療薬、治療法も確立され、日本では最近指定感染症の2類から3類に変更されている。
  こんな恐ろしいコレラが3類なのに対して、インフルエンザ(高齢者の死亡もあり、無症状感染者もいる)と変わらない、冒頭に述べたように怖いウイルスと思っていないようなのに、新型コロナをなぜ2類相当にしたのか。厚労省の「権益、予算の拡充」、政権の治療薬、マスク、go toキャンペーン等「コロナ利権」の思惑が、そうさせたのか。下衆の勘ぐりと言われても、1990年前後のエイズ騒動の折「エイズ利権」で必要以上に不安、不快な思いをさせられたと記憶する私にはそう思えるのだ。
 昨年7月頃ニューヨーク州一日の感染者1万人、カリフォルニア州同5千人なのに東京で100人超えたとメディアが騒いでいた時「海外とは違う、日本は大したことない」と思っていた国民が多数いたのではないか。その頃には免疫力の弱い乳幼児が重症化せず無症状者も多いと分かっており、その時が新型コロナを指定感染症の2類相当からインフルエンザと同じ5類に変更するチャンスだった。

 インフルエンザと同じ医療態勢になっていれば、今の保健所職員、医療従事者の悲痛な声が我らの耳に届くことはなかったのではないか。

  そうこうしているうちに(『心もよう』の歌詞を借りれば)「秋風の後雪が追いかけ」、我が世の春がきた新型コロナの第3派が来て医療崩壊が叫ばれている。医療ひっ迫の現状を氷山にぶつかり座礁した悲劇のタイタニック号に譬えると、「女、子供から救命ボートに乗り移っている。男は割り込み乗船すれば末代の恥と覚悟を決めている。老婦人の中にはお父さんと最後も一緒にとボートに乗り移らない人もいる。船員は他のボートもあるじゃないですかと船長に訴える。船長は「あのボートは許可なしでは使えない。ヘリを要請する」と答えた。船員は「それで何人救えるのか。そんなの待っていたら船は沈んでしまう」と叫ぶ。こんなところか。
  東大法科大学院の米村滋人教授・内科医はこう指摘している。「コロナ患者を受け入れることで従来の患者を失い、結果的に経営が圧迫される可能性がある民間の医療機関は、政府からお願いをされてもコロナ患者を受け入れようとはしない」「結果的に今日本では、強制はされなくても『義侠心や使命感』からコロナ患者の受け入れを決めた一握りの医療機関にコロナ感染者が集中し、そこだけで「医療の逼迫」や「医療崩壊の危機」が起きているのだ」と言う(「世間」は、新型コロナを受け入れる病院に感謝すべきなのに、逆に感染者と同じようにその病院を差別視し、それが病院経営を圧迫し医療従事者をさらに疲弊させる罰当たりなことをしていることに早く気付くべきだ)。
 米村教授は医療の逼迫を理由に大規模な行動制限措置を導入することには否定的だという。その中で東京都医師会尾崎治夫会長はGOTOトラベルの中止を声高に叫んだ。人の命を救う為の医師会が(コロナ利権の匂いがするとはいえ)瀕死状態の宿泊業等を救おうとする政府の施策を止めさせようとする(自民党支援を盾にした診療報酬等の圧力団体かと過去批判されたこともある医師会のトップらの口にマスクをさせるのはかの二階自民党幹事長をもってしてもできないのか)。
  感染源が特定できないのは東京では6割を超え他地域も5割前後か。さらに感染源が分かっている中で割合の高い「家庭内感染」は二次感染にすぎないことを勘案すれば、市中にコロナが蔓延していること意味しよう。仮に感染者予備軍が1万人東京から大都市札幌に移動したとしたら、札幌で一定数感染者が増えるのは当たり前。その代わり東京で1万人感染者予備軍が減っているから日本全体で見れば移動しようとしないと何も変わらないと言えないか。海外からの入国の方がよほど問題だ。

 少なくとも感染拡大リスクと経済効果をにらみどちらを優先させるかは自治体に選択させるべきなのに、首相が相談もせず尻に火が付いたかの如く全国一斉に停止させた。さらにまたぞろ年明け泥縄的に1都3県での緊急事態宣言を発出した。コロナ疲れした国民をさらに混乱・疲弊させても、感染拡大防止策としての効果は不確実。確実なのは新型コロナを担当していない民間病院が大半残っていること。今政府がすべきことは全病院による臨戦態勢を構築することだ。
 尾崎会長は、年末年始を前に『都民は「感染を減らす努力を」国は「有効な政策を」私どもは「東京の医療崩壊阻止を」』と発信した。日本は人口当たり世界一の病床数を誇ると言われるのに、一方米国の何十分の一の感染者数でしかないのに、医療崩壊だとして自衛隊までに応援を要請する事態に。世界から日本の医療はどれだけ後進国なのかと嗤われている中で、何を上から目線でと首を傾げた方も多いのではないか。12/23にゴゴスマで尾崎会長が年末年始での行動自粛の発言をしたことに対して古舘伊知郎氏は「お医者さんが政治家の役割を果たしてメッセージを出すなんていうのはおかしい。お医者さんはお医者さんでめちゃくちゃ大変な時期なんだから」と指摘したというのは当を得ている。
  私は開業医でもある尾崎会長の言動には驚かない。自身の実体験から開業医に偏見を持つ私からすれば。私が銀行で最初の店の支店長になった時前任支店長からの重要な引継ぎ事項の2つの内1つが「開業医たちに気をつけろ!」であった。開業医はプライドが高く(それ自体悪くはないが)自らを特権階級と思っている。常識が通用せず、ありえない預金金利や低金利の貸し出しを要求してくる。町の名士として一定の影響力があるから言下に否定もできず、たとえ断っても聞き入れようとせず対応に苦慮した(私が医師を尊敬していると言うのは白衣を着た時の医師に対してだけ)。
 『日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』の(幻冬舎新書)の著者で医師・医療経済ジャーナリストながら一介の町医者と謙遜する森田洋之氏も日本の医療ひっ迫の背景をこう説明する。日本の病院の7割が医療法人の「民営」で厚労省は民間病院に「病床をコロナ専用にせよ」という権限がない。医師会は「町の開業医」(と一部の病院勤務医)の希望者だけが加入する任意団体でこれまた「感染症病床を増やしなさい」との診療内容の変更を指示する権限を持たないと言う。
  上記譬えの「船長」が医師会だとは言わないが、「国難に際して全病院が一致結束して!」と呼びかけろと言われると困るので、「攻撃は最大の防御」。医師会は、国民に、政府に、注文をつけ続けるのではないかと私はそう思っている。現場の医療従事者の悲痛な声を受け止める医師会等医療関係団体がすべきなのは、民間病院の医師の使命感に訴えかけることであり、そのためには民間病院にとって負担が大きい指定感染症2類相当から新型コロナを外すよう国に要請することであり、それに対する理解と支持を国民に求めることなのだ。それなのに、上から目線で国民に責任転嫁するがごときの発言は許されない。

 多くの銀行の窓口で忙しすぎると悲鳴が上がったら銀行協会が各銀行に改善の働きかけもせず「国民が消費をせず貯蓄ばかりするから悪い」と発言するとでも思うのか。
  医師会の言うことをお上の言葉と同一視する大衆は、今の感染急拡大がなくとも悲観論の感染症学者を“偏用”するTV局からも恐怖心を毎日煽られ、「正しく恐れる」を超えクスリが効きすぎた状態にあるか(新型コロナ死亡者は医療従事者の奮闘もあり4千人強に対し年間自殺者は2万人前後)。今更政府は新型コロナを指定感染症の2類相当からインフルエンザと同じ5類に変更するとは言い出せないか。だからといって、時短要請に応じない(新型コロナ対策をとり、憲法に保障された職業遂行の自由を行使しているだけの)飲食店等を罰しようとするなら、それは間違い。令和の魔女狩りであり、前々号NO.145(「さいきんVSばいきん(2)」)で述べた権力者の暴力に過ぎない。

 新型コロナ自身は電子顕微鏡で見ないと目に見えないが、世の中は見えていなかったものが顕微鏡でなくとも見えてきた。新型コロナ禍は、上に立つ者たちが後藤新平のような本物かどうかを気づかせ、日本の医療業界に内在していた問題点も明るみにさせた。災い転じて福となしたいものだ。もっと怖いコレラと闘った明治人、未曽有の関東大震災から直ぐに立ち上がった大正人に恥じぬよう。

 

2021.2 NO.146 トラル VS トラ
 先月14日突然GOTOトラベルの全国一斉一時停止が発表された。その日の深夜女子ゴルフの世界最高峰全米女子オープンで渋野日向子選手が最終日崩れ、彼女が熱望する来季からのGOTO米ツアーは幻となった。だが渋野選手の強さは本物と海外の強豪選手らから再認識された。

 一方、菅首相は勝負の3週間が終わらないうちにいきなり全国一斉GOTOトラベル年末年始停止を発表した後高齢者?8人によるステーキ会食に向かったことが発覚。国民から批判を浴びた。

 ホテル・旅館や飲食店も、十分な新型コロナ対策がとれても、首相の予測不能な言動には対処不能。書き入れ時にぬか喜びさせられては、何が支援だとGO INTO A RAGEとなっても無理はない。

 年末の感染拡大状況は一斉停止の正当化に資するが、検査数、無症状感染者数を知らせない“大本営的発表”では、斜に構える私にとっては半信半疑でしかない。

 元旦からカリカリする話をしても。それは次号(1/20予定)にするとして本号は他愛もない我が夫婦の旅行の話でもしてみるか。

 私は妻と旅行するのを好む。旅先では妻はしおらしくなるから。副詞を多用した本ブログ昨年の正月号NO.126(「はんなりVSげんなり」)の末尾でそう書いた。
  なぜ妻がしおらしくなるのか。家では妻は主導権を握りすべてを仕切り私にお願いすることはない。ほとんど「・・・して!」と「命令」とは言わないが「指示」を私がされるだけ。旅行になると私に任せきりで事前にどこそこ行きたいとも言わない。従順になるしかないのだ。(記憶違いでないなら)番組進行の仕切りが上手いと評判のダウンタウンの浜田雅功さんも我妻と同じで私的旅行になると「次どこ行くの?」と聞くタイプという。
 我が夫婦の観光先での定番は、美術館・博物館、城郭(城フェチではないが)、回転寿司店。なぜ回転寿司店か。まず、妻は寿司が好物で寿司だとグズグズ言わない。私も海鮮が好きなので、港に近い町へ行くことが多い(飛騨高山には一度訪れたいと思っているが)。
  各地高級すし店があるが、庶民の我々には旅費・宿泊費が嵩む旅先で一回の夕食に夫婦二人で4、5万円もかけられない。例えば、秋田であれば、人気芸能人なら『すし匠』(食べログ3.85)に行くところだろうが、私ら夫婦は回転寿司『市場のすしやさん』(同3.48)に行くだろう。それも回転寿司店は長居出来ないのでランチ時に。夜は居酒屋や郷土料理の店に足を運ぶことが多い。
  加えて、平成16年3月中居正広さんが主演のTVドラマ『砂の器』が放映されていた頃金沢駅西口から少し距離のある『金沢まいもん寿司』本店に行き、味、質、コスパ三拍子揃っていることに感動を覚え、それ以降当時のこの本店を凌ぐ回転寿司店があるかと各地回転寿司店巡りと相成った。
  妻は旅行が嫌いと言うが、旅行先では絵画、城の資料等私よりも好奇心を滾らせ、じっくりと観察する。どこが旅行嫌いなのか。テンションもMAXとなるとホテルや案内所のちらしやパンフレットを見てどこそこに行きたいとか言い出す。こちらは一年前から行程表を作りそれに沿ってJR等の切符も手配しているので困惑する。(GoToトラベルの泥縄的対応ですっかり陳腐化した)「トラベルがトラブルに」を口にすることになる。

 ただ、妻は怒っても切符等全て私が所持しているから一人で帰れない。狐ではなく狸の嫁入りで、黙って雨宿りしていると妻の機嫌は知らぬ間に晴れ間が戻っている。
  妻は、本気で怒るとき、体型的に淑やかな仕草は無理とはいえ、せめてしくしく泣けばと思うが、幼子みたいにオイオイと泣く。こちらは逆切れするどころか「そうかそうか。ヨシヨシ」と慰めてしまう。我が夫婦は犬も喰わない痴話喧嘩しかできないのだ。

 熟年夫婦の旅となると、クルーズ船の旅を思い浮かべる。数日程度よいので、一度くらいは豪華客船に乗船してみたいと思った。妻に誘いをかけても色よい返事が返ってこない。若い頃道後温泉に泊まるべく神戸から松山までヘリーで行ったことがある。が、船酔いと幼子がおねしょしないか気が気でなく寝られなかったことがトラウマではないが頭から離れないらしい。大きな客船は揺れないと言っても気乗りしてこない。それが、耳の問題で飛行機に乗れない近所に住む妻の幼馴染から再三船旅のよさ聞くに及び関心を示してきた。その矢先新型コロナウイルス騒動が起こりクルーズ船の旅は幻に終わってしまった。
 飛行機はANA。JALには基本乗らない。私は35年前銀行の組合専従を数年間務めた。銀行は御用組合だと思われるが、当時は徹夜交渉等それなりに労使対立関係をみせていた。
  当時から企業が倒産する10要件の一つに「組合が強すぎること」が挙げられていた。そんなところの飛行機には怖くて乗れないとJALを敬遠していた(再生後組合も変っているだろうし、私の先入観をJALファンに押し付けるつもりはない)。
 1985年3月イラン・イラク戦争の折紛争地に取り残された邦人がトルコの救援機に助けられた。トルコの大統領が自国民をさておき昔の大恩に報いようとの男気を見せた。一方当時大蔵大臣が50%前後の大株主という半官半民の航空会社日航が救援機として救援に向かうことを拒んだ(本ブログ2016年11月号NO.65「アイヒマンVSアイスマン(1)」参照)。
  昨年“紛争地”でない武漢への救援についてANAが名乗りを上げた。TVドラマ『半沢直樹2』の帝国航空と違い、経営破たんした際(銀行団が87.5%にあたる3,830億円を債権放棄した上)公的資金(国民の税金)3,500億円が投入された恩返しとしてJALが名乗り出ると私は期待した。武漢への路線がなく難しいとしても男気だけでも見せるかと思ったが、メディアを通じて伝えられて来ることはなかったのは残念(『半沢直樹2』での銀行の大和田常務は「施されたら施し返す。恩返しです!」と口癖のごとく言っているのをJAL幹部はなんと聞いたか)。それなのに新型コロナ禍で大幅減収の中社員に特別手当最大15万円を支給するのは報じた。国民がそれを好感するとでも思うのか。
  国が救済するのは当然のことなのか。親方日の丸の気風から抜け出せていないということか。そんな日航が好きになれない(会社より役員の保身の為内部で処理すべき問題を世間に晒し会社を大きく棄損しておきながら、政投銀からの1,800億円の融資のうち1,300億円もの異例の政府保証を受ける日産ほどではないにしろ)。
  ただ、パリに短期留学していた長男ファミリーに一昨年6月末夫婦で会いに行った際(パリ初訪記は152号にて掲載予定)長男がJALのマイルを使って航空券を用意してくれた。シャルル・ド・ゴール空港に着き荷物が廻って出てくるのを待っていたらベテラン?女性CAがたまたま私を見かけ「席の下にハンカチを落としていましたよ。少し待っててくださいね」と言って、たかが安物のハンカチなのに忘れ物預り所へ走って取りに行き手渡してくれた。
  トイレが近い私は飛行機の真ん中のトイレに近い席の通路側に座っていた。何度もトイレに行くのを見られていたかもしれないが、多数いるエコノミー席の一人に過ぎず(アンチJALということなど知る由もない)飲食物の選択時しか声を発さない私を覚えていて親切に対応してくれた。少し感動を覚えた。私は、耐用年数を過ぎた脳コンピューターに「JALはJALでしかない。今後とも乗らない。しかし、女性CAは優秀のようだ」と上書き保存した。
 海外へは、業界団体での視察(中には妻も同伴)もあり卒職する前の10年ほどは公私に亘って東アジアに旅行する機会が多かった。それでこれまで上海(3回)、台湾(数回)、韓国(数回)、シンガポール(1回)、香港・マカオ(1回)、ベトナム(1回)を訪れたことになる。
  ANAカード(VISAカード)で決済し、ANAかそれとアライアンスを結ぶ外国航空に乗りマイルを貯めて、夫婦国内の往復航空券分が貯まれば国内旅行をしていた。
 卒職してからは海外に行くことがほとんどなくマイルが余り貯まらなくなった。それで夫婦2人分の片道のマイルが貯まれば、もう片道はJR『大人の休日倶楽部 ジパング』(3割引)を利用する。

 一昨年末は京都、松江に宿泊の後出雲大社に行き、歌手竹内まりやさんの実家の旅館『竹野屋』(料理自慢)に宿泊した。翌日ANAで帰るべく米子鬼太郎空港に向かう。直行せず、わざわざ境港に足を延した(水木しげるロードがなければ行かない。天才漫画家が郷土の町興しに貢献している)。
 次回(2022年新春)は、羽田から大分に飛び、そこから未訪の佐伯城、小倉城、備中松山城、小田原城への列車の旅を予定。小倉で一泊した後神戸北野ホテルに泊まり「世界一の朝食」を摂る。大分の河豚、知り合いの娘さん夫婦が営む三宮『アヒル』の焼鳥、小田原のおでん以外は各地の回転寿司店を巡るつもり。
 
  70歳にもなると日本ならどの県も足跡ぐらいは残しているハズと思っていたが、佐賀県だけは行ったことがあるかはっきりしない。隣の福岡県には飽きるほど行っているのだが。
 JRの会誌『ジパング倶楽部』の2020年3月号に温泉の達人山崎まゆみさんが武雄温泉を紹介していた。東京駅、日銀本店を手掛けた“日本近代建築の父”辰野金吾が設計した桜門や樹齢3千年以上という武雄神社の大楠を見上げに訪れてみようか。佐世保の(未訪の)ハウステンボスから近いこともあるし。武雄バーガーというのがあるらしい。佐世保バーガーとどう違うのか食べ較べるのも一興か。
 妻は行きたくないときははっきりNO!と言う。行ってもよい時は「知らない」とか生返事しかしない。いつでも「行かない!」攻撃できる権利を留保する。こちらは発動されないよう留意しながら手配を進めるのだが、それでもつい余計なことを言って怒らせてしまう。
  もっとも「怒った顔もかわいいね」とか何とか煽てればすぐにも木に登るのだが。あっ! それが一言も二言も余計なんだね。