2021.3 NO.148 んざい VS  んざい(1)

 内閣総理大臣田中角栄(以下「角栄」)が逮捕されて今年で45年を迎える。オヤジと慕う石井一元国会議員は「冤罪」であると言って憚らない。東大卒を中心とするエスタブリッシュメントと(米国を出し抜く中国との国交回復と日本独自の資源外交で米国の尾を踏んだと激怒するキッシンジャー元国務長官を急先鋒とする)米国政府との思惑が一致。出過ぎた杭は、叩かれず、抜かれてしまった話だと。
 ロッキード社の贈賄としては、角栄が5億円を受け取ったとされる全日空から民間機トライスターを受注する件よりはるかに軍用機PC3の方が受注額も大きく贈賄額も桁違いであったハズ。しかし、角栄は、首相たる者として政府が関わる大きな闇に対してそれを口にすることを憚った。中曽根は角栄に救われた形だが、中曽根はそれを利用しただけなのか、恩義を感じていたのか、それとも両方あったのであろうか。
  令和元年に大勲位の中曽根が亡くなり、翌年(2020年)2月に石井元議員は過去に発刊した自著に補筆して『冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相』(産経NF文庫)を再発刊した。社会主義国家ではなく独裁国家の毛沢東やスターリンが存命中批判されることはなかった。それほどではないにしろ、大勲位の死後真相解明が進むと期待しているのではないか(石井元議員に対しては、自身や家族の問題でもないのにあの執念と行動力の凄さに畏敬の念を抱くとともに終生変わらず敬仰できる人生の師を持つことに羨ましさを感じる)。
  大勲位が亡くなった今石井元議員の真相解明の期待を後押しするかのように、2020年10月に春名幹男氏が『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』を刊行した。ただし、春名氏は角栄が5億円を受け取ったと見ている。P249では「『四回の授受の場所と日時を特定したのは、・・・検察である』と木村喜助弁護士と同様事実上のでっち上げ説をとっている」と田原総一朗氏の角栄無罪説を飛躍と退けている(ただ新年1/14に文春オンラインは『ロッキード事件「5億円は本当に田中角栄に渡ったのか」 弁護士と元検事が抱いた“違和感”とは』を掲載している)。
  角栄が5億円を受領したか否かは私には判断できないが、春名氏の本を読んで、米政府は日米同盟堅持から自民党をつぶすつもりはなく、角栄に個人的な憎しみを抱いた“影の大統領”キッシンジャー元国務長官が三木元首相とタッグを組んだ事件との印象を持ち、そうであるならキッシンジャー氏(97歳)が天寿を全うしてからでないと真相解明は始まらないと感じた。

 2009年の障害者郵便制度悪用事件(郵便不正事件)に対する大阪地検特捜部の杜撰極まりない捜査は、特捜部なら政治家を検挙したいと思うのは普通だが、制度を悪用したとする被告の一人が石井元議員の元私設秘書であったことから、ロッキード事件でいつまでも反抗的な言動をとる石井元議員を疎ましく思う検察が彼を葬る千載一遇のチャンスと浮足立った為なのか(穿ち過ぎか)。
 特捜部の描いたストーリーの序章、(忙しさにかまけて勝手に証明書を偽造しただけの)係長に対して上司の村木厚子厚労省企画課長が偽造を命じたとした嫌疑は、無理筋を超えて、検事よる証拠の改竄を引き起こした(たまたま発覚しただけで国策捜査なら何してもよいと思っているのではとの国民の疑念を惹起させた)。
 村木氏に対してはそんなことする訳がないとの周りからの信頼があった。角栄の場合は事件の前に金権政治が大々的に批判されており、「角栄なら賄賂を受け取ったに違いない」との先入観が大衆にあり、その大衆の「反角(栄)」心理をメディアは煽った。石井元議員が指摘する検察や最高裁の問題的側面(ロス地裁で嘱託尋問を受けるコーチャンらの証言に対する不起訴宣明)に背を向けていたのでは。角栄が冤罪か否かは別にして、権力を監視すべき立場の大手メディアとしてはどうなのか(キッシンジャー国務長官の思い通りに、日本人の手で稀有な首相角栄を葬り去ったことが、今の米国への従属姿勢にどう影響したのか。その辺りを検証しているのか)。
 この前の日産ゴーン会長事件(本ブログ2020年3月号NO.129「 んげき VS んげき(1)」参照)も同じだろう。検察からのリークをそのまま垂れ流し、ゴーン氏の強欲?に対する大衆の嫌悪感を煽る。が、一方古巣を痛烈に批判する“ヤメ検”としては異質な郷原信郎弁護士による「逮捕するほどの犯罪でない」との言説や会計学が専門の東大教授や元会計士が「裁判では有罪にならないのでは」との論評に対して、大手メディアは取り上げようとしない。
  ゴーン氏は日本で裁判しても東京裁判の二の舞になると国外逃亡した。ゴーン氏は、自らも救出したが、東京地検特捜部も救ったのかもしれない。国民にとっては、とくに国策捜査の名の下なら何をしてもよいという誤った悪弊を糺す機会を失ったとも言える。

 2017年2月9日付けの朝日新聞の報道により火がついた森友事件(森友学園問題)は、信用失墜した大阪地検特捜部の名誉回復の好機であり、しかも女性検事ならかえってと期待された。が、国民からの信頼回復を得るには至らなかった。証拠を改竄した大阪地検が決裁文書を改竄した天下の財務省を糾弾できないと言わんばかりの結果に。①国有地を不当に安く売却したとする背任、②決裁文書を改竄した虚偽公文書作成等で告発された佐川宣寿理財局長を初め財務省職員ら計38人全員が不起訴処分とされた。
  指揮した大阪地検山本真千子特捜部長は上と下に挟まれて究極の「二者択一」を迫られたのであろう。噂される東京からの指示に応えるか、それとも圧力を無視して財務省職員を起訴するか。山本特捜部長は前者を選び、覚えめでたく? (起訴にしくじり国民の期待に沿えなかったが)今や大阪地検NO.2の地位にある。だが、その恩恵は一代限り。厳しい評価は鬼籍に入って以降も森友事件が歴史に残る限り受け続けることになるのではないか。

  森友事件の主役籠池泰典氏は、補助金の不正受給で逮捕され、一審で有罪となった。構図が角栄の場合と似ている。国有地を不当に安く売却した問題を矮小化させる、国民の目をそらす為ということか。なぜなら、上述郷原弁護士は、「補助金を返還したのに起訴された例はない。補助金の不正受給で詐欺罪が適用されたのは前代未聞」と言う。
  無関係な妻まで口封じのために逮捕され、長期勾留されたと憎悪を一段と滾らせてか、2020年2月15日付けで籠池氏はライター赤澤竜也氏の手を借りて『国策不捜査 「森友事件」の全貌』(文藝春秋)を上梓した。財務省38人全員を「免罪」(「冤」と「免」は似て非なるもの。「冤」は罠で上から兎(ウサギ)を捕まえる。「免」はお産を表した、狭き道を通り抜けるという意味の象形文字)としたのは不当だと籠池氏は世に告発した。
  一通り目を通して、「恨みに思う相手、1位は松井一郎大阪府知事(当時)、2位が安倍前首相」と言うのは予想どおり。昭恵夫人には夫側に付かざるを得ないと理解しているのでは。この他普段から?と思う政治家、著名人が登場しその人物に関する裏話は興味深かった。
  籠池氏自身に対しては、いい人とは言えないが、他人を騙すよりは他人に乗せられるお人よしの面があり、それが自身をより窮地に立たせるとの感想を抱いた。
 
  籠池氏にまるで呼応するかのように籠池氏の告発本が発刊された1か月後の昨年3/18に「佐川理財局長からの指示で決裁文書改竄に加担して自裁に追い込まれた」として佐川氏と国を相手取り近畿財務局(以下「近財」)故赤木俊夫の妻が民事訴訟を起こした。翌3/19発売の週刊文春(3/26号)の誌上に、赤木の遺書の全文が妻と共闘する元NHK記者相澤冬樹氏(森友事件のスクープで褒められるどころかNHK上層部の逆鱗に触れ退職)により載せられた。
 赤木の妻と佐川氏の関係で見れば、近財のスケープゴートの妻が財務省本省のスケープゴートを訴えたという皮肉な関係にあると言える。
 自裁した赤木にとって、決裁文書の改竄を指示され泣いて拒否していたときが、生死を分ける「二者択一」の決断の時。
  死者に鞭打つのかと非難されるかもしれないが、愛する妻に時の政権のNO.1、NO.2を敵に回して辛く怖い思いをさせるのなら、改竄を断固拒否して欲しかった。
 「僕の契約相手は国民です」が口癖だったのなら、自身がやらなければ部下がやらされると思うのではなく、部下に天下の公僕としての矜持を身をもって教授すべきであった。
  それで辞職することになっても、あの妻なら理解してもらえる。どんな境遇が待っていようと、夫を愛する妻にとって夫が生きていることが何よりも大切なのだから。
  改竄に手を染めてしまった後部署替えを切望したのに自身だけが残された(万が一の為のスケープゴートとして)ときでは、赤木にはもう絶望感しかなかっただろう。