2021.5 臨時号NO.152 オルセー VS ウルセー
今月二つの嬉しい知らせが届いた。一つはゴルフの松山英樹プロが2021マスターズ・トーナメントを制したこと。アジア人初の優勝者かつ日本人男子プロ初の海外メジャーチャンピオンとなった。
もう一つは有吉弘行さんと夏目三久さんとが結婚したこと。本ブログ前号で「出過ぎた杭は、打たれず、抜かれてしまう」と書いたが、お二人は抜かれてはいなかったのだ。ひそかに一途な愛を貫いていた二人にネット上はお祝いコメント一色となった。ファンなるも「熱愛・妊娠報道」騒動時の有吉さんの男気に疑問を抱き続けてきた私にとっても朗報となった。
さて、新型コロナ禍がまだなかった一昨年の6月末妻と二人で短期留学中の長男ファミリーに会いにパリに渡った。数日間の滞在に過ぎず皮相的になろうが、私が感じたパリの印象、感想を述べてみたい。
パリ初心者としては、ベタな観光名所を巡ることになるのだが、中でも美術館に訪れるのを楽しみにしていた。印象派の名画が多く展示されているオルセー美術館(旧オルセー駅駅舎を改装)に入り驚いた。まるで百貨店のようで、照明も明るく子供たちも大勢おりうるせーなぁと思うぐらい。義娘(長男の嫁)もベビーカーに乗せた当時0歳と4歳の孫娘2人を連れていた。
日本では、上野の森にある諸美術館に時々足を運ぶが、皆会場は薄暗く、係員があちこちに立ち監視されているような雰囲気。親御さん達は幼児を連れて行く気にはならないのでは。
印象派の父、近代美術の父と呼ばれるマネの代表作『草原の昼食』(それまで女性の裸体は宗教画に限られていたが生身の女性の裸体を描き猥褻と批判を浴びた)も無防備に展示されていた。フランス人は芸術に対する民度が高いのか。だとしても奔放な外国人観光客も多く心配するのだが。ルーブル美術館も同様の状況であったが、さすがに『ミロのビーナス』や「目には目を、歯には歯を」で著名な『ハンムラビ法典の石棒』などには係員か警備員がついていた。とりわけ『モナリザ』は2m前後離れたところに柵が設けられそこに5重6重に人垣ができ、押し合い圧し合いスマホで写真を撮り合う(絵が劣化するフラッシュを焚かなければOK)中、絵があるのは見えたが、観たとはとても言えない。
もう一つ楽しみにしていたのは、ステンドクラスで有名なサントシャペル(礼拝堂)。以前よりステンドグラスに興味を持っていたが、金沢ステンドグラス教会しか行ったことがない。
地震がないお国がらかサントシャペルの2階の礼拝堂にはステンドグラス(高さ15m以上)が全面に並び(ステンドガラスの総面積670㎡)、その荘厳さに圧倒される。日本からの観光客も多く日本語版の案内冊子があったので、土産に購入した。
留学先の大学の某コースを卒業し暫く休みになるので、長男が連日一日中アテンドしてくれた。猛暑の中歩き通しで疲れも出てきたので翌日予定していた(エッフェル塔近くでは川幅が墨田川の半分以下で思ったより狭い)セーヌ川下りをキャンセルした。
すると、長男が気を利かせて、モンマルトルの丘の麓にある『ムーランルージュ』(赤い風車)のディナー付きショーを予約してくれた(日本にも1931年から20年間 新宿3丁目に『ムーランルージュ新宿座』があった。パリ本家との関係は分からないが、学生や知識人の間で人気を博した。同劇場から故森繁久彌、故由利徹らが輩出したという)。
フレンチ・カンカンで有名な歌と踊り、コントがメインであるが、観ているうちトップレスの踊り子さんたちが皆美(微)乳なのに気がついた。大きければ踊りの邪魔になり、品位も損なうということなのだろうか。小さい胸が採用の条件かと感じた。
この他に、脊椎がないのかと思うほど自由に体をくねらせる女性や、急に舞台が奥に引かれ下から大きな水槽が現れひとりの踊り子と2m以上あるウミヘビが戯れるのを見て驚いた。満足して外に出ると23時だというのに空は濃い紺色でまだ真っ暗ではなかった。なにしろ日の入りが21時半ということなのだから。
世界三大料理の一つとされるフランス料理。本格的なフレンチは私には荷が重い。 それで庶民的なビストロで牛ヒレの一品を食べたが、肉は固く野菜が添えられず(妻の鴨には添えられていたが)マクドナルドやケンタッキーで供されるようなフライドポテトが大量に添えられていた。イタリアン等他の店でも山盛りにフライドポテトが供される。主食の代わりということか。フランス庶民は野菜も余り摂っている風にも思えず、これでよく成人病にならないものだ。人種(体質)が違うのか。それともよほど運動とかしているのかと感じた。
凱旋門を訪れた時の昼食には、留学生仲間のブラジル人に推奨されたとして長男に連れられシャンゼリゼ通り近くのポルトガル料理の店に入った。席に案内しておきながらなかなか注文を取りに来ない。「何してんねん!?」と手を上げようとしたら、長男に制せられた。呼びつけるのはマナーの悪い客と思われる。じっと来るのを待たないといけないという。注文した物が来ず忘れているのかと思っても、店員と目が合うか店員から来るのを待つものらしい(アホちゃうか)。“郷に入っても業に従う”私はこの町に住めそうにない。
宿泊先は、長男ファミリーが住む所から3分ほどで行ける小さなホテル。パッシー地区(16区)という高級住宅地にあり、この辺は治安がよいので駐在日本人が多く住むという。
周りは100年ほど経過したオスマン風のアパルトマン(アパート)が立ち並ぶが、洗濯物は外で干してはならず、お店も極力景観を損なうことがないように留意されている。
古く美しい町並みは画家を刺激し日本からも戦前から佐伯祐三、藤田嗣治等の多くの日本人画家がパリで活動している。『酒場放浪記』(BS-TBS月曜21時~)で酔いどれて一句紡ぐ吉田類氏も若い頃絵の修行で10年ほどパリに滞在している。
どこの国のアンケートでも、パリは訪れたい町としては5本の指に入るだろう。しかし、物価は高いし、住みたい町としては10指にも入らないのではないか。古いのがよいとされるアパルトマン。私にはボロアパートしか思えないが、16区あたりでは一室1億円は下らないとする。100年前ではエレベーターがなかったから後から無理やりエレベーターを設置している。エレベーター内も2人入れるかどうかの狭さ。なんだか不安でホテルでは余り利用せず0階(日本の1階)から5階まで急なラセン階段を利用した。
景観にはよく留意されているが、道端には犬の糞が転がり、エッフェル塔近くの橋にはペットボトルやごみが散見された。昔窓から汚水を投げ捨てていた習性の名残りなのか。
トイレが少なく、また汚い。とくに公衆トイレは。便座もない所が少なくないらしい。潔癖症でなくとも日本女性なら顔が引きつることだろう。
幼稚園は、日本ならバスで送迎してくれる。パリでは路線バスを利用して送り届け、終わればまた迎えに行かなければならない。義娘も5歳の孫娘を通わせるため1歳の孫をベビーカーに乗せ路線バスで毎日往復している。その路線バスの運転が乱暴で、急に止まったりして実に危ない(私も乗って実感した)。義娘も「ベビーカーが転倒してその母親が激怒しているのを見かけた」と言う。日本の主婦は庶民ならパリに住んで日本が恵まれていることを実感する。今般の新型コロナウイルスなどがあればなおさらに。
渡仏する前からスリが多いと長男から幾度となく念押しされた。義娘のママ友もスリに遭ったという。オペラ座を見学に行く際にも金目のものは一切持たせてもらえなかった。中に入り写真を撮り終えれば私のタブレット、妻のスマホは直に取り上げられ長男のリュックサックに仕舞われた。そこまでしなくてもと思ったが、日本人の呑気そうな老夫婦はスリから見れば鴨がネギを背負っているとしか見えないのだろうか。
往路空港に着きタクシーでホテルへ向かった際「初めてボラれた」と出迎えの長男がぼやいた運転手も黒人。ベルサイユ宮殿最寄り駅前のマクドナルドの店内トイレ(有料でないがレシートを見せないと利用不可)の番人も黒人。サントシャペルで行列に並んでいるときすり寄ってきたスリらしき老婆も黒人。店先で空き缶を差し出し物乞いするのも有色人種。
能力の違いによるある程度の収入格差は不平等とは私は思わない。しかし、貧困や差別で同じ土俵に立てないのは、不平等、不公平。働く機会が与えられないなら、スリや物乞いしか生きる道はない。数日の観光では「ムスリム移民」への差別や偏見問題は見かけなかったが、フランス革命のスローガン「自由、平等、友愛」は、どこへ行ってしまったのか?
帰国する日の昼食時ムール貝の酒蒸しを食べながら久しぶりに長男と三人で談笑した。それで妻がアホ気な事をしていることが判明しあきれた。私は銀行の支店長、証券部長等歴任したが、無駄遣いが過ぎると信用していない妻はお金のことは私に相談しない。妻に「何かするときは長男に相談しなさい」と言った。長男も30台後半、親孝行する年頃になり、また世の中の仕組みが分かってきた。「老いては子に従え」という。もう私は『ちびまる子ちゃん』の友蔵爺でよい。