仏陀になるのは菩薩道による 14-4   六波羅蜜は常に反芻しないと | たこなぐりの宗教ブログ

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この世での生活状況

 

地獄人口や離婚の増加

現代人は傲慢になっているらしい。

コーランでアッラーが繰り返し嘆いているのと同じ問題

 

 菩薩は六波羅蜜(布施・持戒・忍辱(にんにく)・精進・禅定・智慧)を修行する者ともいわれ、戒律を保ち、人に施し、あらゆる困難に耐えて精進し、良く心に禅定を保って智慧を磨くという意味です。
 本来の僧侶は、菩薩道を目指すものの姿なのですから、今の日本の仏教界・宗教界がいかに遠い姿か分かるはずです。また涅槃経巻三十一には、菩薩の十法が説かれ、菩薩の守るべき徳目を十法として記されています。
1、信心具足

2、浄戒具足

3、親近善知識(しんごんぜんちしき)

4、楽寂静

5、精進

6、念具足

7、軟語・実語・妙語

8、護法・正法

9、供給同学

10、具足智慧

以上が十法ですが、9.の供給同学を除けば意味は分かるはずです。

 

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過去世、寺の法話とかを聴いて必死でメモをとり、覚えたんでしょうな。

今は「カビ臭い」?

これ以上のことは説けないし、できないのも事実。

 

宗教は古くならない。

釈迦以降、仏教の教えはすたれることはあっても進歩してないか。

ここいらは黄色光線の畏ろしさで、非常に霊的な価値を含む。

銀色光線なんかは地上に非常に近い考え方。

哲学(青色)も教学(黄色)にくらべたら、人間知に近い。

ソクラテスやヘーゲルクラスになると、神(如来)の領域だが。

 


 供給同学とは、同じ志を持ち、修行している者を助けよという意味と思えば良いでしょう。他に菩薩の五十二位などがありますが、これは省略します。
 これによって考えると、ずっと昔お釈迦様は菩薩の道を修行されて仏陀となったという事は、何を意味するかが理解されたと思います。菩薩道が明らかになったからです。

 

*

方便とも言えるし。

実際に釈迦の魂が最初に創られた頃なんて、人間の領域を超えている。

如来を人間知でおしはかる。

あんまり傲慢になっても仕方がない。

 


 では我々も久遠のお釈迦様と同じ修行をしなければならないかというと、それは違います。ピタゴラスの定理を自分で発明する必要はないように、我々にとって、仏陀となられたお釈迦様から教えを受ける事が、現代の菩薩行であり、教えを実行する事が仏陀への道の唯一だからであります。
 法華経如来寿量品で、仏の寿命の長遠なる事を明かされたのは「仏陀にはこの地上でちょっとばかり修行してもなれないぞ、私は久遠の昔に成道しておったのだから、君達が仏陀になりたいのだったら、自ら悟りを得ようとしても無駄なのであり、私の教えを信ずる事が大事だ」との宣言にもとれるのです。
 仏陀とは縁起中道法を悟った人のことであり、妙法蓮華経を悟った人のことであります。我等はこの妙法蓮華経を信開して、行じてゆく事が成仏への直道であり、智慧なきが故に(仏陀に比べてという意味)南無(帰命)する事が必要なのです。
 故に現代の真性の菩薩とは、釈尊の悟りを妙法蓮華経と知り、それに南無する、南無妙法蓮華経を信じ、行じ学び唱える人の事をいうのであります。
 それを身をもって実行された日蓮聖人に深く学ばねば、現代の成仏はあり得ないのです。

 

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全くそのとおり。

何を信仰すべきか、管理人には明言できません。