(画像引用元:amazon.co.jp)
全5話。アメリカ合衆国・HBO制作。
Amazon Prime Videoにて鑑賞(1話毎に有料)。
評価: (4.7)
1986年4月に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故が、
ソヴィエト政府によって現地の一般国民や世界にどのように隠ぺいされ、世界が知ったあとも事故の原因と被害規模をどう隠し通そうとされたかを描いた意欲作。
※本記事の最後に追記のリブログあり (2020.1204 12:08)
災害パニックの再現ドラマ的な気持ちで観はじめたが、
とんでもなかった。
子供だましのドラマじゃなかった。
本気度が違う。
もう少しユルいか、放送大学の講義みたいに
退屈な場面が多いと思ってた。
つかみの第1話が特に秀逸。
第1話があったから第3話の酷さ(むごさ)が活きてくる。
(第1話と第3話は満点の×5でも足りないくらい良い。)
ウィキペディアの『チェルノブイリ原子力発電所事故』によれば、
事故の報告書には二つある。
ひとつは事故発生から約4か月後の1986年8月にソ連政府がIAEA(国際原子力機関)に提出したもの。
そこでは、事故はあくまで “運転員のきわめて信じ難いような規則違反の数々の組み合わせによる”人為的災害とされていた。
もうひとつは、1991年1月にソ連原子力産業安全監視委員会の特別委員会が再調査したうえで発表したもの。
こちらでは、事故の原因は “規則違反などではなく、
炉の欠陥(制御棒の欠陥)と当局の怠慢”
と指摘・報告されている。
後者の方がまともな報告に思えるが、それでもまだ
事実・情報の公開・開示(グラスノチ)からは遠かったようで、
現在では
事故から2年後に自死したレガソフ博士が遺した告発メモが
もっとも信じるに足るとされている。
レガソフ博士は、ソ連科学アカデミー正会員にして
モスクワ大学化学部化学工学科長。
当時のソヴィエトサイエンスアカデミーのトップの一人だ。
当然、彼は 、「ソヴィエトの原子炉は世界最高峰」と謳う
国家の面目をなんとしても保たなければならない立場にいる。
しかしインテリゲンツィヤの責務として、
彼は事故発生直後からの
当局の判断や指示の経緯と誤りを詳細に綴り、
ソヴィエト連邦共産党機関紙『プラウダ』の
科学担当記者に託して亡くなった。
ドラマ『チェルノブイリ』は、
チェルノブイリ原発事故の発生前後の
制御室や周辺地域住民の様子、
消防隊の決死の消火活動を再現するとともに、
政府中枢に近い立場にいる科学者レガソフの葛藤を描くことで
“強大な組織と個人” “立場(役割)と良心”の問題を
浮かび上がらせる。
ドラマ仕立てでありながら、
資料と実地調査に基づいた再現度はかなりリアルだ。
もちろん、ドラマである限り、
そして死人に口なしである限り、
大筋を損ねない程度のフィクションが差し挟まれている。
当初対立していたシチェルビナ副議長とレガソフ博士の
バディムービーとして観ることも可能だ。
体制の改革と情報公開を旗印にしたゴルバチョフ政権下で、
初動からなぜ事故の過小評価と隠ぺいが行われたか、について、
ウィキペディアの『チェルノブイリ原子力発電所事故』には
こう書かれている。
“実際の事故の原因や経過に関しては、ソ連首脳部に対しても、より現場に近い組織、人間が事実を隠蔽しようとする動きがあった。これは、スターリン体制以来の恐怖政治から、当事者が懲罰を恐れ自らの保身を第一に考えたためである。”
レガソフ博士の告発文は、
死の3週間後に『プラウダ』に掲載された。
当時の『プラウダ』は党の情報宣伝紙であるとともに、
ゴルバチョフの掲げる政策を「修正主義」と批判する
ごりごりの原理主義・教条主義的なメディアだったはずである。
なのになぜ、アメリカを枢軸国とする西側諸国に対抗する自国の
威信を失墜させるような告発文を載せる判断に至ったのか。
単純に時の政権トップであるゴルバチョフの失脚を狙ったか、
あるいは、レガソフ博士が告発文を託した記者が
科学担当の良心に基づき、
喧々諤々の議論の末に掲載を勝ちとったか。
私ごときにそのあたりの事情はうかがい知れないが
いささか興味を覚えるところである。
レガソフ博士のプロフィールはこちら
レガソフ博士が遺した告発文の日本語訳はこちら
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/tyt2004/annex-1.pdf
(注:pdfファイルです)
投稿後、他の人の感想記事を漁っていたら
‘ししまる’さんの面白い記事発見
意味わかんなくてスルーしたまま忘れていたことや、
所長以下3人組の
絶妙なキャスティング↓のことが書かれてました
以下、少々ネタバレを含む私的感想とメモ。
共産圏の軍服は、
北朝鮮といい中国といい、どうしてあんなに色や形を似せるのか。
天井のでかい士官軍帽を見て北朝鮮に空目した。
ゴルバチョフ役の人、
頭のシミと髪型、顔や体の輪郭は本人に似てるけど
目が可愛いすぎて違和感爆発。
すぐ目が泳いで唇がとがるし、トップ政治家の表情じゃないでよ。
チェルノブイリ原子力発電所の主な人々
・所長 ブリュハーノフ ←事故当時は家で寝てた。
・フォーミン技術師長 ←事故当時は家で寝てた(maybe)。
・ディアトロフ副技師長 ←実験を指揮した現場主任。
・制御室当直班長アキーモフ ←なるべく誠実でいたかった人。
事故処理のための緊急政府委員会で副議長が言う。
「パニックを抑えるために町を封鎖し、情報と通信を遮断しよう。
誤った情報の拡散を防ぐため、住民の移動は禁止だ。
誰のためにもならない質問をする者には
『自分の仕事に専念しろ』と言ってやればよい。
国の問題は国に任せるべきだ、と。
そうしないと人々は自らの幸せを自ら害してしまう」。
もっともらしい理屈で
情報を渡さず行動を制限するこの種のセリフ、
上意下達の管理(マネジメントとも言う)を
「絶対是」にする組織では、
平時でも非常時でも上の人がしょっちゅう放つ。
日本でも、「国や自治体」に限らず地域や学校、職場、家庭で
さんざん聞いたことのあるセリフじゃまいか。
第3話でシチェルビナ副議長がレガソフに言う。
「実直なバカは脅威じゃない」。
そうか、だからワシ今まで軽く見られてきたのねと、目からウロコ。
熱交換器を地下に設置するため動員された炭鉱夫たち。
炭鉱夫の頭領が、動員の責任者シャドフ石炭相に
「外からトンネルを掘ると言うがどうやって?」と尋ねる。
石炭相の答えは
「私は知らない。その情報は今必要か?」。
熱交換器は、炉心溶融物をコンクリート床で食い止めるため
炉心の真下に設置するのだが、岩盤を破壊しないためには
手掘りが必須。燃え盛る炉心の真下は異常に熱く、
岩盤を通してその熱が伝わる。放射線量もハンパない。
つまり炭鉱夫たちは泥だらけの汗まみれで死にに行くのだ。
石炭相を裸にして地下にぶちこんでやりたくなった。
第2話~第4話では、
「なるのなら科学者か大きな組織の上位者だ。
組織の中では上に行けば行くほど身の危険から遠ざかる」
と痛感した。今さら無理だけど。
第5話でチェルコーフKGB第一副議長がレガソフに、
「IAEA本部へは事故の原因は職員のミスだと報告しろ。
そうすれば君が要求する“原子炉の欠陥の修理”をしよう」と
取引を持ちかける。
レガソフはそれを信じ、IAEAに虚偽の報告をするが、
約束は守られない。そればかりか、
「事故にかかわる国内での裁判でも偽証しろ。
そうすれば君を所長に昇進させよう」と、次の餌をぶら下げる。
あるあるである。親から教師から上司から、持ち掛けられる罠。
子どもたちに教えたい。
強者との取引、交換条件は、応じたら負ける。
ドラマには、ホミュックという女性科学者が登場する。
彼女の存在はレガソフの手記にもネット検索にも出てこないから、
レガソフの葛藤をわかりやすくするために創られた、
ドラマのオリジナルキャラクターかもしれない。
彼女はレガソフに「世界に真実を話すべきだ」と迫るが、
かえって実際のレガソフの“科学者としての良心”を、
自発的なものではなく
他者の熱意にほだされた受動的な印象にした気がする。
(ホミュックが実在の人物で
実際にそのような働きかけをしていたなら仕方がないが)