フライドチキンと海のおと。 -43ページ目

長いエスカレーター

T女史は最寄の駅で終電を降りた。
ホームに人はいない。
Tさんは改札に続く長いエスカレーターに乗った。


とんとん、とエスカレーターをのぼる足音が聞こえる。
Tさんのすぐ後ろで足音は止まった。


彼女は自分が股上の浅いローライズジーンズをはいていることを思い出した。
下着が見えていないかを確認するために、
彼女はジーンズの腰の部分に手をやった。


「だ~いじょ~おぶ~。パンツ見えてないよぉ」



耳に息がかかる距離で聞こえた。
ぞっとするほど高い声だった。

びっくりしてTさんはがばっ、と振り返った。




誰もいない。



エスカレーターに乗っているのはTさん一人だった。

猫ミニュケーション

友達のAちゃんと半年振りにご飯を食べた。
Aちゃんは大の猫好きである。
自身も猫を飼っているし、猫トモもたくさんいる。
その猫トモの一人がEさんという人で、
この人は今「モコちゃん」という三毛猫を飼っているという。


その猫は五歳。
写メを見たが、ほんとに不思議なくらいモコモコしている。
Eさんが寝ていると、枕を前足でくっ、くっ、と踏む。
「布団に入れておくれ」の合図なのだ。
そしてEさんが布団に入れてあげると、
モコちゃんはちゃんと枕に頭を乗せ、

必ずEさんに背中を向けて寝るらしい。


「つれないなあ、モコちゃん。わたしのほう向いてよぉ」


と言いつつEさんが無理やりモコちゃんの体をこっちに向けても、


「ちっ。やれやれ」


という感じでモコちゃんはすぐに向こうむきになる。
Eさんはその仕草にメロメロなんだとか。
ま、僕にはあんまりわからない。





実はモコちゃんは、目がほとんど見えていない。
モコちゃんは、Eさんの昔の同僚のSという人から引き取られた。
このSさんには情緒不安定なところがあって、
モコちゃんのお母さんがモコちゃんを産んだ時、
つまり産まれて間もない時に、モコちゃんの頭を強く叩いたらしい。
そしてあつかましくもこのSさんはEさんに、


「なんかイライラしてる時はついペットにあたっちゃうんだよね」


と言った。
Eさんはこれはいけない、と思い、
ブチの模様のバランスが悪くて
貰い手の無かったモコちゃんを引き取った。
そのためにEさんは「ペット可」のマンションに引っ越した。
Sさんは子猫を手放したあと会社を辞め、
そのまま行方がわからなくなったらしい。




頭を叩かれた時のショックで、
モコちゃんは失明してしまった。
今でも頭の近くを触ると、
モコちゃんの体は小さく震える。
雨が強く降っている夜はことさらに怯え、
「布団に入れておくれ」
の合図をする。
色々なことが怖くてたまらないのだろう。



でもEさんのはかり知れない深い愛情によって、
子猫の頃やせっぽちだったモコちゃんは今、
ちょっと太りぎみといえるくらい大きくなった。
Eさんは目下ダイエットに励ませている? らしい。
しかし「痩せさせなくては!」と思っているものの、
おいしそうに煮干しを食べているモコちゃんを見るとEさんはついにやにやして、


「モコちゃんありがとう。わたし、しあわせよ」


と言ってしまうそうだ。

怪人T

このページで二度、
その珍奇かつポテンシャルの高い寝言で紹介されたT君。
二十代前半、二年くらい同居していたT君。
彼は学歴も高いし、仕事もするどくデキる男なのだが、
何しろ天然ボケというか、超自然児なのである。
その自然児っぷりは例をあげるとキリがない。
存在そのものがネタなのだ。


以下、そのネタを少しだけ紹介させてもらう。




・Tは実家にいた頃、台所に立ったことが一度もない。
 僕がTに米を洗わせた時、すごくヌカ臭いご飯を炊いたので、
 「もっとしっかり洗いなさい!」と注意したら、

 翌日はママレモンを米にブチ込んで洗った。



・部下に電話で、
 「最初は誰でもビギナーなわけじゃん?
  でも経験積んだらな、ベテランになるわけだよ、これが」
 と、ものすごく当たり前のことを説教口調でこんこんと語っていた。



・USJに行った時、
 「知ってる映画、一本もねえよ」と言った。



・竜雷太と峰竜太の差がわからない。



・武藤敬司と神奈月の差がわからない。



・水族館に行ったあと、必ず寿司を食べる。



・石原裕次郎を架空の人物だと思っていた。



・ペガサスを実在する生物だと思っていた。



・眼鏡のレンズにヒビが入ったのでガムテープをべたべた貼って補修したら、
 貼ったガムテープが邪魔で前が見えなくなった。



・勝手に僕のジーンズを穿いている時に限ってウンコをもらした。
 そしてウンコまみれの僕のジーンズを駅のトイレに捨てた。



・横で寝ているTに悶絶するほど臭い屁をされる夢を見て目覚めると、
 横で寝ているTは実際に悶絶するほど臭い屁をしていた。




ね、なかなかすごいでしょう?
これがTという男なのだ。
いやあ、ネタにことかかないなあ。

実に不思議だけど

のどの調子が悪い、という記事を書いたとき、
たくさんの読者の方から「大丈夫ですか?」コメントを頂きました。
ありがとうございます。



それでですね、金曜の夜に友達とカラオケに行ったのですよ。
そこで僕はミスチルの「ファンファーレ」を歌ったのですよ。
僕は普段話す声がかなり低いので、
原曲キーでこの曲を歌うのはきつかったのですよね。
でも僕は昔バンドで歌を歌っていたせいか、
どんな状況であれマイクを持つと真剣に歌ってしまうのですよね。
おちゃらけてとか、力を抜いて歌えないのですよね。


で、そのあと、かなりのどを絞って「雨上がりの夜空に」も歌って。
店を出ると、案の定声は結構がらがらになってたわけで。
いかんな、タダでさえのどの調子悪いのに、と思って、その翌日。


声が普段より低音になっているのだけど、咳が止まっているのだ。
不思議だ。まだ出ないよ。
こんなことってあるのかな。
ただ、異常が上乗せされただけ? 人体ってワンダー。


鍛えた感じになったとか?
でも胃の調子が悪い時に2リットルくらい酒飲んで、
そのあと3リットルくらい吐いたこともあるなぁ。
ナイフを指に差した時も、
アロンアルファで血を止めたら神経がちょっとおかしくなったし。


実にばかだよなあ。
でものどの件は不思議だなあ。
でも実にばかだよなあ。

動物愛護団体の歪んだ見解

映画「ザ・コーヴ」に関することは、
あちこちで色んな話を聞いたり話したりした。

シンプルな問題のはずなのに、
多くの人が多方面から発言しすぎてとても複雑化している。



中でも特にシンプルな問題にして、
本質に限りなく近いものを一つ。
極めてシンプルなはずなのだ。
だから不思議で仕方がない。



どうして、異文化を、受け入れようと、しないのか。



捕鯨禁止デモの最前列で、
巨大なプラカードを持って大声でがなっているアメリカ人女性が、
大きな身体ををすっぽりとミンクのコートで覆っていた。
そのコートを作るために一体何匹のミンクが殺されたかなんて想像もできない。
彼らは言う。



「鯨やイルカはとても頭のいい動物だ。殺すなどとんでもない」



頭が悪ければ殺してもいいのか?
魂の重さとは頭の良し悪しに関係するものなのか?



「鯨やイルカを食べる必要があるのか? 他にいくらでも食べるものはある」



何を食べても、命を奪うことに変わりはない。



僕達は命を奪い、食べることで自らを長らえている。
人間は、何かの命を奪わなければ生きてゆけない業の深い生き物だ。
「いただきます」
という言葉はそこから生まれた。
命をいただき、次の命を創る。
その連鎖を断ち切ることなどできないし、
あえてはみ出す必要もない、と僕は思う。



“鯨の数が減っている”なんてもはや前時代的なカビの生えた話だ。
どんな国でどんなものを食べようが、
それが生態系に著しくダメージを与えるものでないのなら、
“長年培ってきた異文化”ととらえてほしい。
そう思うのは、僕が日本に生まれたからなのだろうか。



ただ、映画「ザ・コーヴ」は、
ドキュメンタリー映画としてはよくできていると思う。
あくまでそれは、ドキュメンタリーでもルポルタージュでもなく、
ドキュメンタリー“映画”として、である。

内容が面白いだけに残念だ。


本当にドキュメントならば、

過剰に音楽で盛り上げたりナレーションをいれる必要がないからね。

家畜と食肉加工の現実をするどくえぐった映画、

「いのちの食べかた」などはとてもいい例だ。