見つめる猫
後輩のNさんは会社からの帰宅途中、猫を見た。
それは塀の上に座ってNさんをじいっと見ていた。
しかし、「ちちちち」と言っても指を振っても何の反応も見せない。
撫でようとしてアゴに少し触れた時。
猫の口がばかっと開き、中から大きなハエが大量に飛び出した。
猫は座ったままで死んでいた。
タスケテ!
せきがとまらなくて往生している。
普段はそんなにひどいわけではないんだけれど、
寝ようとして布団に入り、
うとうとしはじめるとせきが出る。
そして目が覚める。
すごく疲れている日などはすっと眠れるんだけれど。
もう二ヶ月くらい続いているかな。
有体だけど、
本当にこうならなければ健康のありがたみってわからない。
もう今ちょっと、
「せきが出ない感覚」
を忘れつつある。怖い。
じっとしていると「せきの気配」がじわじわやってくるのがわかる。
辛いなあ。
あ、これは関係ないのかあるのかわからないが、
くしゃみもすごく出る。
ちなみに僕はくしゃみがものすごくでかい。
昨日の夜も僕的に気持ちいい感じで
「へーくしょん!」
とでかいのを出したらとなりの家のいびきがとまった。
ごめんなさい。
どちらも風邪の症状だけれど、
せきとくしゃみ以外は体に異常がない。
すこぶる健康で食欲もあり、
フライドチキンとカレーライスがうまくて困っている。
いやいや、それ以上にせきが困る。
なんだろなあ?
未だ原因はわからない。
父カレー
食べることが好きなせいで全然痩せない。
掃除をしていると、
たまたまティーンネイジャーの頃の上半身裸写真が出てきて、
そのボディラインのあまりの美しさに落涙した。
今より体重が十キロ以上少なかったのだからしかたないな。
でも一日五食くらい食べてたのにな。ちえっ。
そして涙を流すくらいなのだから、
もう少し自分の体を尊敬したいな、と思ってダイエットを決意した翌々日。
父が車で一時間半かけて遊びに来た。けっこう唐突に。
お、やばい。と思いましたね。
なぜならこの人は「お土産魔」(母もだけど)なのである。
母は「不要な食材買い込み魔」(父もだけど)なので、
たまごやら、パスタやら、パスタソースやら、レトルト食品やら、
海外の香り高いチーズやら、まあそういった雑多なもんを買いまくる。
そしてそれらは賞味期限切れぎりぎりの段になって我が家にやってくる。
まあとてもありがたいことではあるのでいいのだけれど。
父はだいたいカレーを大量に作ってくる。
なにがやばいって、このカレーがやばいのだ。
僕は大のカレー好きで、
自分でもよくカレーを作るし、もちろん外にも食べにゆく。
おいしいカレー屋さんがたくさん載っている本も持っていて、
それで紹介されているカレー屋さんにはよっぽど遠くない限り訪れる。
中には180円のカレーもあったし、1800円のカレーもあった。
イマイチなものもあったし、何度も食べたくなるものもあった。
思わず店長にレシピを聞きたくなるものもあった。
しかし、どのカレーよりもうまいやつを、僕はタダでよく食べている。
それが父のカレーだ。
僕が十歳くらいの時から、カレーを作るのは父の仕事だった。
家で仕事をしている父の、気分転換の一つだったのだと思う。
それがいつしか
「うまいカレーとはなんぞや!?」
という、美味求心的なファイヤーが父のハートにともってしまい、
以来ずっと「父カレー」が我が家の定番になっているのだ。
作り続けてはや二十数年。
研鑽され続けたこのカレーは、もうめちゃくちゃうまい。
牛スジ肉がホロホロになるまで煮込まれていて、
何をどうしているのかまったくわからないけれど、
いろんな出汁の味がする。
で、その出汁のずっと奥の方に、
かすかにかすかに焦げたような苦味がある。すごく深い場所に。
名店とか老舗とか言われているカレー屋さんで食べても、
この味にはかなわない。
身内びいきか、と思ったこともあったけど、
いろんな人に食べさせてもみんな
「こんなうまいカレー、食べたことない」
と言ってくれる。
もちろん僕も毎回、
「うまいねえ。父ちゃんのカレー、うまいねえ」
と言いながら食べる。
父は嬉しそうに、またいそいそカレーを作る。
あ、考えてみたら、そりゃそうだな。
二十数年作り続けてるんだもの。
そりゃもうプロ的にもなるか。
そして今日もうまい父カレーに手を合わせつつ、
僕はハイカロリーを摂取する。
ま、いいけど。
こんなうまいカレーの食べられない人生なんて味気ないよ。
No Curry,No Life.
水の陰に棲むもの その2
最初、僕にはそれが掃除機のホース部分に見えた。
色といい(くすんだ灰色だった)、太さといい、
それは掃除機のホースにそっくりだったのだ。
一センチ間隔くらいに、節のようなヒダがあった。
ヒダからは真っ黒な毛のようなものがびっしり生えていた。
そしてもちろん、ゆっくりと動いていた。
鯨が深海に潜ろうとする時のように、
背(であろう部分)を弓なりに曲げ、
静かに水の中に身体を滑り込ませる。
「…………。」
僕は何も言わず、
ゆっくりとM君の方に視線を向けた。
M君の足元で、そいつは鎌首をもたげていた。
目も口も鼻も何もない、
ミミズのようなつるりと丸い顔だった。
M君は気づいていない。
「M君!」
僕の鋭い呼びかけにM君が振り向くより速く、
ばしゃっ! という大きな音を立ててそいつは水中に身を隠した。
M君はぽかんとしながら言った。
「なんかおった?」
そのあと一時間くらいかけて、
僕とM君はそいつを捜した。
だがどこへ行ったのか、
水の中を逃げ回っていたのか、
そいつを見つけることができなかった。
僕達はそれっきり、そこで遊ぶのをやめた。
それから何年間も、
その広場は湿地帯のような不気味な様相を呈していたが、
僕が二十歳くらいの時にきっぱりと埋められた。
団地もきれいに建て直され、
広場はこじんまりとした公園に生まれ変わった。
水の陰に棲むもの その1
子供の頃の話なので、記憶も少しあいまいだ。
家の近所に古い、大きな団地があった。
その団地の裏にはちょっとした広場があった。
幼い僕達の格好の遊び場ではあったのだが、
三方をぐるりと防風林におおわれたそこは日当たりが悪く、
一日中じめじめしていた。
水捌けも最悪だったので、雨なんか降ろうもんなら、
何日も湿地帯のような状況から復旧しなかった。
幼稚園児だった僕は、
幼馴染のM君とよくそこで遊んだ。
その日も何か水棲の、
珍しい昆虫か何かを捕まえようと思っていたのだろう。
僕とM君は補虫網を手に持ち、
裸足になってそろそろと水に入っていった。
ふくらはぎくらいの水位だ。
泥水なので透明度はゼロ。
僕は息をつめ、
網を水に浸してゆっくり左右に振っていた。
M君が僕から十メートルくらい離れ、
僕におしりを向けて土をさらうのに夢中になっていた時だ。
それを見た。
僕のすぐ足元で。
確かに三十年以上前の話ではあるのだけれど。
でも、僕は見たのだ。
<つづく>